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唯「毒憂」

  1. 名前: 管理人 2010/08/31(火) 21:00:55
    1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 09:37:56.78

    梓「久しぶり」

    憂「久しぶりだねー梓ちゃん。あ、服かわいー」

    梓「ありがと。って、なんかこれずっと前にもあったよね、こんなやりとり」

    憂「あはは、そうだねー。あれからもう、二年? 三年かなあ」

    梓「早いね、なんか」


    3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 09:41:07.11

    憂「大学はどう?」

    梓「ぼちぼちだよ。軽音サークルはやめちゃったけど」

    憂「あれ、そうなの?」

    梓「別に喧嘩別れとかじゃないんだけどね。今は外部でやってるよ、サークルの先輩に紹介してもらった人たちと」

    憂「そっか。それならよかった」

    梓「唯先輩は?」

    憂「……ふふ」

    梓「なに?」

    憂「いや、まずお姉ちゃんのことなんだなーってね」

    梓「あ……ごめん。でも憂はなにも心配なんてなさそうだし」

    憂「でもお姉ちゃんだって心配なんてなさそうでしょ? 私よりも見かける機会は多いんだから」

    4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 09:43:28.47

    梓「雑誌とかテレビの中、だけどね。うん、でもそれが逆に心配というか」
    梓「もはや私が心配するような存在でないような気もするんだけど」

    憂「梓ちゃんは私よりお姉ちゃんだもんね!」

    梓「ご、ごめん、そんなつもりじゃなくって、憂のことは信頼してるし、その」

    憂「ごめんごめん、冗談。私は梓ちゃんの想像のままだと思うよ。なにも心配ない。それにお姉ちゃんは――」



    唯先輩は、大学に進学して一年ほどで、シンガーソングライターとしてソロデビューした。
    大学を中退したのが先だったか、デビューしたのが先だったかはよくわからない。
    他の先輩方も納得してのことだった。

    今は、事務所の用意した都心のマンションで一人暮らしをしている。
    憂はよく会いに、というか世話をしに行っているみたいだ。

    誰もが知っている、というわけではないが、邦楽誌なんかにはよく載っている期待の若手というかんじ。

    5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 09:46:13.64

    梓「でもアーティストのマンションってどんなかんじなの? やっぱ警備とかすごいのかな」

    憂「そこまで有名ってわけじゃないし、あんまりお高いところには住めないから普通だよ」
    憂「あのへんってワンルームでもかなりするんだよね」

    梓「でもやっぱりすごいよね、唯先輩……」

    憂「?」

    梓「当たり前だけど、ギターで食べていくなんてどうやっても無理だって、身にしみて感じるもん最近」

    憂「うん、すごいよね、お姉ちゃん……」

    梓「憂だって十分すごいけどね。○○大」

    憂「ううん、確かに大学の名前はあれだけどね、うちの学部はそんなじゃないんだよー」

    梓「イヤ、一回模試で書いてみたらドギツイ判定が出たんですけど……」
    梓「記念受験する気にもなれなかったよ」

    6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 09:51:23.67

    梓「まあそれはいいとして。最近律先輩とよく会ってるの?」

    憂「え」
    憂「うん、けっこう……ね」

    梓「そうなんだ」

    梓「唯先輩よりも?」

    憂「あ、うん、お姉ちゃんはなかなか忙しいからけいおん部のみなさんとはもう随分会ってないんじゃないかなー」

    梓「そうじゃなくて、憂とだよ」

    憂「え?」

    梓「唯先輩より、律先輩とよく会ってるの?」

    7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 09:52:23.02


    憂はなにも答えなかった。
    私が知っていることを知っていたのか、それともそのときにわかったのか、それはわからないけれど。


    私は、唯先輩も律先輩も憂も好きだ。
    みんな好きだ。

    だからこそ、いまの三人のことをどういうふうに受け取ればいいのかなんてわからなかった。

    いや、結局私がどうこう考えても仕方のないことなのだ。




    梓「前の私なら、おせっかいに、それこそ学級委員気取りに、注意してたかも」

    梓「私も大人になっちゃったのかな」



    9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 09:58:13.52

    1 高3の律と高2の憂





    平沢家へ向かう途中、今日もまた不毛な仮定を幾つも立ててみる。



    『私が唯よりも先に君に出会っていたらどうなっていた?』



    「え?」

    彼女は顔を上げた。

    「今、なんて言いました?」
    「いや、何も」

    私はわらいながら答えた。

    10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:01:48.84

    「そうですか? ……まあいいや。ていうかお姉ちゃんお手洗い長いなぁ」
    「そうだね」

    二人きり。
    願ってもいないシュチュエーションだが、憂ちゃんの顔は暗い。

    「もしかしなくても、寂しいの?」
    「いや、こんなちょっとの時間くらい……って、はっ!? り、律さんっ!」

    慌てる彼女に私は言った。

    「照れ?」
    「もう! 律さんてば……」

    顔を真っ赤にして、笑う私を睨む。

    私は唯と憂ちゃんの関係についてはっきりとは聞いてない。
    でも、唯の態度から、わからないほうがおかしい。

    「憂ちゃんは面白いな」
    「面白くないです! そんなにさらりと、そんなこと……」

    さらりと言わなきゃ、どう言えばいい?
    つらい顔して言えばいいのか?
    言っていいのか?

    言えるわけない。

    11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:04:36.34

    「いいじゃん、唯は立派な奴だよ。私もダチとして誇りに思ってるし。憂ちゃんも堂々としてれば!」
    「そんな問題じゃないんです!」
    「どんな問題? 唯は憂ちゃんのこと、すごく大事にしてるよな」
    「そ、それはそうだけど……律さん絶対誤解してます!」
    「誤解?」

    私はつい怪訝な顔をした。

    「あ……」


    一瞬止まる空気。
    彼女が口を開いた。

    「すみません……律さんは、友達としてお姉ちゃんとずっと一緒にいるんですもんね。
     私には……というか、律さんにしか見せない部分があるのかも知れないし、そっちが本当のお姉ちゃんなのかも」

    下を向きながら呟く。
    しゅんとしないでくれ。違う。逆だ。

    唯には憂ちゃんにしか見せない部分があるんだろう。
    憂ちゃんには本当の意味で気を許せるんだろう。

    12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:07:40.15

    私はきっと一生憂ちゃんに気を許すことなんてできない。
    本心を口にすることなんてできない。


    ──でも、もし、唯がいなかったら?


    首を振った。

    「いなかったら会ってもないよな」
    「え?」

    唯はいい奴だ。ちょっとだらしないところもあるけれど。
    桜高に入って、一緒に軽音ができて、それがすごく嬉しい。

    その楽しいが高校生活も、もう少しで終わってしまうけれど。

    「いや、唯のお陰で憂ちゃんのみたいなカワイイ後輩ができて嬉しい、ってさ」
    「……だから真顔でそーゆーこと言わないでくださいー」

    照れ笑いする憂ちゃんに思わず目を背らした。

    全く伝わらない気持ちに安心なのか絶望なのか、なんなのか、心が軋む。

    君は知らない。気付かない。はずだ。
    だからきっとこんなことを言っても。


    「けど、私は本当に憂ちゃんのことが好きだよ」

    14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:11:00.74
    震える唇にきっと君は気付かない。

    「だから!……で、でも、私も律さん好きです、よ」

    ああほら。そうやって憂ちゃんはは私の気持ちを殺す。
    私はわかっていて確かめる。
    これは確認作業だ。

    気持ちを消し去りたいわけでもなく。

    少し後悔はしている。
    運命やら唯やら憂ちゃんやらを恨みもしているけれど。

    「けどほんっとに唯トイレ長いなー」
    「本当だな。見てくるか?」
    「大丈夫ですよ」
    「便器に巻き込まれてたりして」
    「いつものことですから」

    平然と言うのも、関係の深さを表している。でも少し心配そうに口を歪ませる。
    私の気持ちも歪む。

    唯を好きな彼女も好きなのだから、救いようがない。


    けれど、

    なあ憂ちゃん、今私が君を抱き締めたら、どうする?

    15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:13:27.27

    好きと言ったらどうする?



    それでも君は笑うかもな。何の冗談ですか、と残酷に。


    「……律さん?」
    「……」

    好きだ。
    憂ちゃん、君が。


    「律さん……」
    「あ、ああ」

    何度も呼んだらしい。
    憂ちゃんが、不思議そうに私の顔を覗き込む。

    「…………」
    「ういちゃ……」
    「すみません」

    「え?」

    「すみません…………」

    16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:18:09.00

    顔を見て、ゾッとした。瞬間血の気が引く。

    知っていたのだ、彼女は。



    「ああ……」

    私は乾いた声で返事をし、頷いた。




    知られていた。

    けれど、だからといって表面的には何も変わらないことに私は気付いた。
    彼女にとっても、唯にとっても。

    ただ私の道がより一層、完全に閉ざされただけ。

    17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:19:32.05


    仮定なんて意味無かった。
    最初からわかっていたけれど。

    もうくだらない仮定を立てることさえ許されないんだな。


    「ごめんなさい」


    悲しいでもない、切ないでもない、ただ真剣に、本当に申し訳なさそうな彼女の顔を見て、私は何も言えなかった。
    もうきっと一生言えない。


    ただ一度、好きと言いたかったのに。





    1 終わり

    18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:24:26.37

    2 大学生の律と大学生の憂(とミュージシャンの唯)




    律は大学生になった今も実家住まいだ。
    通えない距離ではないし、卒業するまでこのままでいいと思っている。

    親友の唯のように、都心のマンション一人暮らしなんてのに憧れないわけではないけれど。

    そしてちょうど今、その唯についての相談や雑談で、唯の妹に憂が部屋に来ている。



    「じゃあ私はもうこれで」

    立ち上がった憂の手を、律は掴んだ。

    19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:29:26.10

    「……え?」
    「忘れもの」

    紙袋を指差す。
    憂は笑った。

    「いえ、それは置いていくつもりだったんです。あの、お菓子ですけど……嫌いですか?」
    「いや……ありがとう」

    律は袋を開いた。

    「いつも悪いね。いろいろ気を遣わせて」
    「そんなことないです。私こそいろいろ話を聞いてもらって……」

    「それじゃあ、」と軽く会釈して憂はドアに手を掛けた。
    瞬間、ぐんと体が後ろに引っ張られた。


    「え……」


    軋むくらいきつく抱かれた体。

    驚いて身じろぎする憂に、抱きすくめた律の腕がピクリと動いた。

    「ちょ……ちょっと……」

    21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:33:12.52

    何ふざけてるんですか? というふうにその腕から逃れようとする。
    しかし全くといっていいほど律は動かない。

    「あ、強……っ」

    全然敵わない。

    それは

    「唯とは違うよ」
    「!」

    思っていたことを口に出され、憂はドキリとする。

    「知ってるなら、やめてください」
    「いやだ」

    困惑しつつも憂は鋭く言った。

    「放してください」
    「……」
    「これからお姉ちゃんのところに行かなくちゃなんです。……だから」
    「帰さないって言ったら?」
    「え?」
    「このまま帰さないって言ったらどうする?」

    22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:38:01.48


    憂は息を詰めた。
    しかしすぐに気持ちは落ち着いた。

    後ろ向きで表情は見えはしないが、律の声が微かに震えているのがわかった。
    緊張なのか興奮なのか。

    きつく抱かれた背中から伝わる律の激しい鼓動に、憂はため息を漏らした。

    それからもう一度軽く身じろぎし、律に自分の身体を放す意思がないことを確認してから、言った。


    「そうだなあ、どうしよう……」
    「……」
    「うーん……」

    本当に困っているような憂の声に、律は苦笑した。

    23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:42:56.38

    「本気で考える? 普通。唯のこと変だと思ってたけど、憂ちゃんも十分変だな」
    「だって律さんがどうする? って聞くから」
    「で、どうするの」

    尋ねる律に、憂はきっぱりと答えた。

    「抵抗し続けますよ、放してくれるまで」

    「だって私はお姉ちゃんのところに行かなくちゃならないんです」と何かの呪文のように憂はブツブツ呟いた。

    「そんなに会いたいのか」
    「え?」
    「唯に」
    「ああ、」

    憂は口元で笑った。

    「見ての通りですよ」
    「妬けるな」
    「あはは。どうも。だから」

    「……わかったよ」

    24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:46:45.64

    放された腕に憂は深く呼吸をした。

    「あー苦しかった。律さん馬鹿力なんだもん」
    「悪いな、馬鹿で」
    「冗談です。律さんもこんな冗談やめてください。笑えないですから」
    「……冗談?」

    「冗談! でなきゃなんだっていうんです?」

    ニコ、と笑った憂の手を、律は掴んだ。

    「また、冗談ですか」
    「……憂ちゃんは酷い」

    「私が酷い?」

    憂は両手で律の顔を掴み、口付けた。

    「…………う」
    「私はね、律さん。こんなことをしてもちっとも心が痛まないの」

    かすれた低い声に律は驚きも忘れた。

    25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:50:57.49
    「酷いのはあなたのほうです」

    思わず手を放した。

    憂は俯いてふふ、と笑った。
    それから顔を上げた。

    見つめる目。

    「あなたもお姉ちゃんみたいにするんですか……?」

    私のことを。

    「優しく、優しく、何度も何度も何度も、愛の言葉をくれるんですか」


    憂の瞳からいつもの輝きが失われていた。

    律はたじろいだ。


    『憂ちゃんは』
    『唯を』
    『どうして』

    頭の中を疑問が駆け抜ける。

    しかし、何も言えなかった。

    27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:54:05.85

    「ははは。何て顔してるんですか。あははははは」
    「……なに、笑って……」
    「だって私は笑わなくちゃ」

    「憂ちゃん」

    唸るように呟いた律に、憂は振り返って手を振った。


    「さようなら」



    憂が出て行ったドアの先。
    唯の前ではずっとずっとずっと笑う憂がいるのだと思い、律はその場に崩れた。







    「笑ってる憂が好き」っていうお姉ちゃんがきらいだ.


    2 終わり

    28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 10:59:04.82

    3 高2の唯と高1の憂




    「好きだよ、憂」

    優しい目。甘い声。暖かい手。
    お姉ちゃんの身体が、私に重なる。

    欲していた。
    私はこれを欲していたはずなのに、どうしてだろうか。


    29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 11:02:38.88

    お姉ちゃんは「好き」だとか「愛してる」だとかたくさん囁きながら、私を強く抱擁する。

    愛しくて愛しくて堪らないというようなその腕は、いつもギターを抱えているその腕と一緒。
    そう思うと少し、少し体温が上がるのがわかる。

    お姉ちゃんは、私しか見ていない。


    「あいしてるよ……っ、あっ憂、はぁ」
    「ん……、私も」

    あいしてる。
    あいしてた。

    いや、今でも好きは、好き。

    ただ、

    「……っ……、」

    果てるとき、私は目を背らす。


    30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 11:08:26.48


    疲労を引きずって起き上がった。
    朝だ。


    「……激し、かったね昨日」
    「ごめん、ういー。痛かった?」
    「ううん、気持ちかったよ」
    「う、憂ったら~!」

    お姉ちゃんが照れて布団に顔を埋める。
    喜ばせるために言ったはずなのに、喜ばないでほしいな、と思った。


    こんな関係になったのは、たしか私がまだ中学生のときだったと思う。
    そのときのお姉ちゃんは、友達は多いけれど浅い付き合いばかりで、本当に気を許しているのは幼なじみの和さんくらいだった。

    多分、もともと一つのものに深くのめり込む体質だったんじゃないかと思う。

    それが、友達としては和さん、そして恋愛の対象としては私だったのだ。

    32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 11:13:41.73

    「ね、お姉ちゃん、学校遅れちゃうよ」
    「いいよ~少しくらい~」

    お姉ちゃんは気付いてない。
    私が遠くを見てることに。

    「かあいいなあ、憂は」
    「……」

    愛しそうに髪を撫でられる。
    私は黙る。

    「好きだよ?」

    拒否するのも疲れるから、

    「私もだよ」

    笑える努力だけしてればいいやと思う。


    そうして調子を合わせて時間が過ぎて、そのうち学校へ行く時間になる。
    それが待ち遠しい。

    34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 11:17:52.06

    何故だか、

    「じゃ、バイバイ! また家でね!」

    別れたあとの背中、急にしがみつきたくなるような衝動が走る。
    でも抱きついて、それでお姉ちゃんがこっちを見たときにはもうそれは消えている。

    優しさなんていらない。

    欲しいのに手に入れた途端に手放したくなる。

    どうしてだか自分でもわからない。どうにもならない。
    嫌いな訳じゃないのに。
    好きなのに。



    ギターを弾いている姉ちゃんが好きだ。
    歌っているお姉ちゃんが好きだ。

    けいおん部の先輩や、クラスの友達や、私の知らない人と話しているお姉ちゃんが好きだ。

    一人でいるときのお姉ちゃんも好きだ。

    それから、道端の犬と遊んだり、馬鹿やったり……いろいろ好きなのに、何故だろう。

    35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 11:22:30.92


    ゆうべの情事でだるい身体とぼんやりした心のまま私は授業をやり過ごし、放課後を待つ。


    「唯、今日こそ練習だぞ! 全く、昨日も全然しなかったんだから……」
    「ええ~もうちょっとお菓子ぃ~」

    通りかかった廊下の向こう。
    お姉ちゃんと澪さんらしき人の声が聞こえた。
    胸が高鳴った。

    やっぱり好きだ。

    私が思わず音楽室の前まで行って耳を澄ませていると、ドアの前の陰に気付いたのか、お姉ちゃんがやってきた。
    扉が、開かれる。

    「あ、憂ー!憂だワーイ!」
    「ちょっ……唯先輩!? ダメです! 練習してくださいー!!」

    お姉ちゃんが駆け寄ってくる。
    縮まる距離に反比例して、心拍が減速した。

    さっきまであったものが、さっと消えた。


    「憂ヤッホー!元気?」
    「元気って、今朝会ったばっかだよ?」
    「そっかぁ」

    36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 11:27:17.85
    「お姉ちゃん、練習しなくていいの?」
    「いい! 憂に会うほうが大切だから!」
    「……そう」

    「好き好き大好き!」

    「あ、はは。私も」

    いつもの台詞。いつもの笑顔で。
    私は笑ってる、はずだ。

    「部活なんかいい。ずっと憂の側にいたい」
    「……」


    ───笑いながら、思う。


    “お姉ちゃんの言うことをまともに聞いてたら、頭がどうにかなっちゃいそうだよ”



    私を見てないときのお姉ちゃんが好きだ。


    私たちはものすごく近いところにいるのに、きっとずっと交われない。


    3 終わり

    37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 11:36:45.51

    4 働き始めた律と大学生の憂



    眠いのか眠くないのか、白々明け始めた夜のもどかしさに律は目を細めた。

    暗闇に慣れた目でもやはりぼやける視界の中に確かにいる憂を、ぎゅうと抱き締める。
    その腕がきつかったのか、憂は「ぐう」と鳴った。



    「痛いです」
    「ごめん」

    腕を放そうとすると、憂は『その潔さが物足りない』とでもいうように自分から抱きついてきた。


    「好き」


    絡み付く憂に律はくらくら崩れていく自分を感じながら目を瞑った。
    ああ、眠いかも知れない。


    38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 11:40:25.09

    「どうしてくれないんですか?」
    「え?」
    「いろいろ捨てて私はあなたのところに来ました。あなたが、欲しい」
    「……」

    囁くような甘い声に、落ちそうだ。
    律は堪らず腕を伸ばす。温かい。

    憂が言った。


    「ねえ、何もかも捨てて私のこと愛してくれますか」


    笑いの混じった色の無い声だった。


    「そう、してるつもりだよ」

    自身を確かめるように呟く律を無視して憂は言った。

    「なんで私がこんな馬鹿なこと言い出したかというとね、あの人が言ったんですよ」

    律は少し動揺を見せた。

    「唯……か」
    「他にいませんよ、私にそんなことを言う人」

    律は動揺を打ち消すように「それはそうだな」と低い声で言った。

    39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 11:44:28.41




    『憂のためなら全部すてるよ』

    唯は憂にそう言った。真剣な瞳で。




    「私はね、こう言ったんです」

    “三文小説じゃあるまいし、そんなこと言われると興覚めする。
     だって本当に捨てられるはずないじゃないか。本当に捨てられるの?”



    唯は茫然としていた。不思議そうな顔で憂を見ていた。
    まるで憂が異国の言葉を喋ってでもいるように。



    「それを見てなんだか私はすごくイライラしたんです。だってお姉ちゃんったらちっともわかってないから。
     だから言ってやったんです。
    “そんな言葉で繋ぎ止めようとするなんてがっかりだ。つまらない。馬鹿みたい”って。私、酷いですか?」

    「いや……」

    否とも応とも取れる律の返事に、憂は眉を下げた。

    40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 11:49:40.81

    「でも、同じ言葉でも律さんが言うとぐっと現実味が増しますね。だって律さんには捨てるものがない」

    憂はバッと掛布を捲り上げた。そして笑う。

    「地位も名声もなーんにも!」

    憂はひとしきり笑ったあと、ぼふ、と律の上に覆い被さり耳元で言った。

    「あの人には捨てるものが多すぎたんです」

    トップミュージシャンの自分。父と母。友達。なにもかも。

    それでいて本気で捨てようとしている唯が怖かった。

    「だってあんな台詞は自分に酔っ払うためにあるようなものでしょ? 本気で思っていてもいざとなると逃げ出す。そうなる筈だった」
    「私だって君を取ったよ、何よりも」
    「……」

    43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 11:55:06.32

    憂は答えない。

    暗闇の中で、律は憂が悲しい顔をしている気がした。


    「嘘も知らないまっさらなお姉ちゃんが怖かった。そんなのは、私には我慢ならなかった」

    人はそうあるべきじゃない。

    逃げ出した理由はそれだけではないかも知れないし、それだけのことかも知れない。

    「あなたもそうでしょう?」

    唯が怖い。真っ白なものを自分が汚すのが。


    「それでも私は憂ちゃんを取った。もう後戻りはできないよ」
    「いいえ、律さんにはまだ捨て切れないものがあります」
    「ない…………」

    「嘘吐き」


    鋭い憂の言葉に律は顔を歪めた。

    嘘じゃない。自分は、そういう意気地がないだけだ。
    目の前にいる彼女のために全て捨てたのだ。口先だけのつくりものとは違う。

    唯と同じくらいに……。

    44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 12:06:29.21
    「あ……」

    律は止まった。
    しまった。自分には捨て切れていないものがある。それは。


    憂の上擦った声が遠く聞こえる。

    「ならどうして」


    夜が明ける。逃げ道が光を受ける。


    「どうして私を抱いてくれないんですか」


    緩く注ぎ込んだ朝日に、中途半端に着衣の乱れた憂が照らし出された。




    ───それは唯だ。



    4 終わり

    45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 12:29:43.06




    梓「久しぶり」

    憂「久しぶりだねー梓ちゃん。あ、服かわいー」

    梓「ありがと。って、なんかこれちょっと前にもあったよね、こんなやりとり」

    憂「三度目だね」

    梓「あはは」

    憂「ふふっ」

    46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 12:34:09.59

    梓「私は滞りなく生活してるけど、憂はどう?」

    憂「あ、今回は私のこと訊いてくれるんだ?」
    憂「ていうか、さりげなく自分についての報告を省略したよね?」

    梓「あはは」
    梓「で、どうなの」

    憂「元気だよ。学校もちゃんと行ってるよ」

    梓「律先輩は?」

    憂「お姉ちゃんのこと訊かないと思ったら、今度は律先輩なの?」
    憂「梓ちゃんは本当にけいおん部大好きだね」

    梓「そうじゃなくて。憂ありきの律先輩だよ」

    憂「……」

    梓「あ、ごめん」

    憂「ううん。それも、まあ心配ないよ」

    梓「心配ない、って……」


    47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 12:39:25.64


    どんなふうになのか。
    一体なにが起こっているのか。いや、いたのか?

    疑問はいろいろとあるけれど、やっぱり私にはどうしようもできないことだ。

    それに、ゴシップに対する興味と何が違うのかと言われたら反論はでしない。
    だからきっと私は知らないほうがいい。



    憂「あ、あとね、これから二年間、あんまり会えないかも」

    梓「えっ、なんで!?」

    憂「留学するんだ。やっと希望のところに行けそうなの」

    梓「えー!? それってアメリカとか!?」

    憂「ううん、スイスの大学。でも日本人はあまり行かないみたいなんだよね」
    憂「だからちょっと不安なんだけど」

    梓「いや、憂なら大丈夫だよきっと……でも」


    48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/31(火) 12:45:26.17

    でも、残された人たちは大丈夫じゃないかもしれない。
    いや、このままでいるほうがいけないのかも。
    それはわからないけれど。


    それに――、

    それに、なんでだか憂はもう帰ってこないような気がしている。

    嫌な動悸が胸を疼かせる。


    憂「あ、純ちゃん来たよ!」

    梓「あ、ホントだ。ったくいつも遅れるんだから……」




    憂「おーい、純ちゃーん!」

    梓「はやくーっ! 映画始まっちゃうー!」



    終わり

    50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 12:48:06.29
    おわりです
    気分を害した人がいたらすまない
    ムギかわいいよムギ

    61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 16:24:14.23
    意味わからなくてすみません
    お言葉に甘えて蛇足
    くりぃむれもん的なものに憧れて書いた反省はしている
    「つまんね」とかでもこんなにレスついたの初めてだから嬉しい



    憂「お久しぶりです。お姉ちゃんのコンサート以来、でしたっけ」

    澪「いや」

    憂「あ、そうだ、律さんの家で鉢合わせたことありましたよね」

    澪「……」

    憂「澪さんが連絡くれるなんて珍しいですね」

    澪「ああ。憂ちゃんが外国行くっていうから」
    澪「律を置いて」

    憂「……」


    63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 16:27:16.11

    澪「いや、正直感謝してるよ、そこだけは。それ以外はあれだけどな」

    憂「すみません」

    澪「え?」

    憂「律さんは親友ですよね、澪さんの」

    澪「ああ」

    憂「だから、すみません」


    憂「私、お姉ちゃんが好きなんです」

    澪「……っ」
    澪「じゃあなんで律を、」

    憂「律さんのことだって、好きでした」

    憂「でも、みんなお姉ちゃんのことが好きなんです」
    憂「律さんも、結局お姉ちゃんのことが好きなんです」

    澪「いや、律は真剣に憂ちゃんのこと考えてた……!」


    64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 16:31:07.11


    憂「いえ、身体の関係を迫ったら、きっぱり言われました。唯を裏切れないって」

    澪「そんな……そんな、じゃあ律は結局憂ちゃんを振り回しただけじゃないか!」

    憂「そうじゃないです。私が無理矢理言わせたようなものですから」
    憂「そして、それを聞いて、ショックだったけれど安心したような気持ちにもなったんです」

    澪「……よくわからないよ」

    憂「自分でも、わからないんです」
    憂「私を見てるお姉ちゃんは、違う。律さんや澪さんと一緒にいるお姉ちゃんは、すごく、すごく愛おしいのに」

    憂「そういう関係になってから、お姉ちゃんは変わってしまった」
    憂「私といると、おかしくなった。それもなにか私が悪かったのかもしれないけど」


    澪「……」

    澪「唯は、知ってたんだよな? 律とのこと」

    憂「ええ。でも知らないふりをしてました。徹底して。こわいほど」
    憂「律さんがお姉ちゃんとの関係を選ぶのを、わかってたみたいに」

    澪「ああ。こないだ会ったときも“親友”だって言ってたよ」

    65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 16:35:44.76

    憂「……」

    憂「やっぱり、そのほうがいいんですよね。みんなに好かれるお姉ちゃんが私は好きです」
    憂「それを阻害する私はどっかに行きます」

    澪「そんな」

    憂「冗談です。留学は勉強のためと、自分が成長するためです。もっとしっかりしなきゃ」

    澪「してるよ」

    憂「……。お姉ちゃんがいなくても、いいえ――いても、ちゃんとしていられるように」


    66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/31(火) 16:37:40.71

    結局私は心の中で用意してきた拳を振るうことはできなかった。

    憂ちゃんは努めて明るく振る舞っていた。
    実際になにを思っていたかなんて私にはわからない。


    唯と憂ちゃんのことは高校のときからなんとなくわかってた。
    律が憂ちゃんを好きなのもわかってた。

    大学に入ってからのことは、律は私に詳しいことは教えてくれなかったけど、


    澪「……頑張って」

    憂「はい」






    憂「行ってきます、お姉ちゃん」



    終わり

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唯「嘘ついてたんだ……最低だね」
梓「卒業しないでよぉ…」
紬梓「幼馴染!?」

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