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唯「じゃあ私も来年生徒会長に立候補しようかな」和「マジで!?」

  1. 名前: 管理人 2011/02/27(日) 21:26:18
    1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:19:33.23
    「うん、マジ、マジ」

    幼馴染がからかうような口調で言った。
    往来で大声を出したことが恥ずかしくて、私は一旦周りを見渡す。
    そのあとで、彼女の頬を両手のひらで挟んで、瞳をじっと覗き込んだ。

    「ふざけて言っていいことじゃないのよ?」

    「なんで?」

    「だって、私本当に生徒会長になりたいのよ。内申点がどうとかじゃなく」

    この一年間は、薄い人生経験の中でも割合重い意味を持っていた、と手前勝手ながら思っている。
    高校生でありながら公私の区分がはっきりと出来ている現会長の曽我部先輩に憧れたり、
    別の意味で公私を判然と分けている山中先生に失望したりした。

    「私は真面目だから、唯も真面目になってね」

    「真面目だもん」

    唯は私と同じくらい真剣な声で言った。
    その割にふざけているように見えるのは、私が頬を挟んでいるせいだと分かり、そっと手を離す。
    唯もタコのような口をしていた表情の滑稽さに自分で気づいたようで、わざとらしく背筋を伸ばし、顎を引いて、もう一度言った。

    「真面目だよ。和ちゃんが生徒会長に立候補するなら、私も立候補する」

    それを見て、ああ、やっぱりふざけているんじゃないかと思ってしまう。

    「和ちゃんと同じくらい、私も真面目」


    2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:22:02.79
    きっ、と私の顔を見つめてくる。
    そんな表情を見るのが怖くて、私は目を背けて、優しく微笑んだ。
    姑息だ。

    「そうなんだ、じゃあ、ちょっとアイス屋さんにでも行きましょうか」

    「ホント!?」

    彼女は真面目な表情を崩して、いつも通り無邪気に笑った。
    それを見て、私は卑怯にも安心する。

    二人していつも通る道を歩く。
    いつも通る道で、今まで何度もしたように彼女とアイスを買いに行くのに、私はいつも通りに会話が出来なかった。

    「今日はね、チョコミントが食べたいなあ」

    彼女が隣でこんなことを言っていても、どう返事をすれば良いのか、そもそも返事をするべきなのか迷ってしまう。

    「ね、和ちゃんは?」

    「私は抹茶」

    それで、こんな風に短い受け答えをすることしか出来なかった。

    「抹茶かあ、なかなか渋いっすねえ」

    唯はいつも通り笑って、いつも通りに軽い足取りで歩いている。
    それがどうしようもなく、恐ろしい。

    3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:25:03.44
    そのアイス屋は、大きめの公園の中にある。
    車を改造して店にしていて、店の前にはいくつかパラソル付きのテーブルが置いてある。
    そのうちの一つに私たちは座った。

    「抹茶と、あとチョコミント一つずつくださいな」

    唯が明るく言うと、店員の女性もつられて明るい笑顔を見せた。
    そんな中で、私だけが辛気臭く感じられた。

    しばらく無言で待っていた。
    その間、唯は公園の滑り台で遊ぶ子どもなんかを眺めて、楽しそうに口笛を吹いていた。
    なんだか気まずく感じて、

    「その曲、なに」

    と訊くと、唯は驚いて、ええっと、と首を捻った。

    「ぱすかるなんとか。なんか、ピノキオみたいなの」

    ふうん、と答えて、また何か話題はないかと考えていると、アイスが運ばれてきた。
    わあ、と唯が声を上げる。店員さんからアイスを受け取ると、無我夢中で食べだした。

    「では、ごゆっくり」

    そう言って私たちの席から離れていくとき、店員さんはくすりと笑った。

    6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:29:36.00
    「おいしいよう」

    唯が子供のように言う。
    私は自分の手の抹茶アイスを見つめて、唯に尋ねた。

    「食べる?」

    「やった」

    小さく声を上げて、アイスに齧り付く。
    歯型を残して、丸いアイスは大きく抉れた。
    今なら。
    やっぱり卑劣な私は、アイスを前に小さい頃から変わらない無邪気さではしゃいでいる唯に言った。

    「アイス上げたから、生徒会長になるのはやめときなさいね」

    すると、唯はへらへら笑って、私にアイスをさし出してきた。
    安心して、私はそれをちろと舐める。
    そして、

    「私もアイス上げたから、和ちゃんも生徒会長は辞めだね」

    と言われて、また不安のどん底に突き落とされた。

    「どうして」

    私はそう呟いた。何に対して呟いたのかは、自分でも分からない。
    だから、唯の答えが答えになっているのかどうかも、良く分からなかった。

    「私真面目だもん、和ちゃんと同じくらい」

    8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:32:36.42
    生徒会長の話はそれなりにして、アイスを食べ終わった後、私たちはまた一緒に帰った。
    道中、やはり唯はいつも通りだった。
    私には、たまに寄る通学路にある本屋も、地平線に真っ二つにされている夕陽も、すごく不自然に見える。

    「おーる ざ ぶっくす あい……えっと、あいぶ ねばー れっど」

    「えっと……なんて?」

    努めていつも通りにしようとする。
    いつも通りに、少し大人びた笑みを浮かべて、拙い発音で歌う唯に尋ねる。

    「だからあ、おーる ざ ぶっくす あいぶ ねばー れっど」

    「私の読んだことのない本?」

    「いや、意味は知らないけどさ」

    「それ、さっき口笛で吹いていた曲?」

    「うん。ぱすかる云々」

    私は音楽のことはよく分からないけれど、唯の可愛らしい声によくあった曲だった。
    唯があんまりいつも通りだから、だんだんと私も、無理やりいつも通りになっていく。

    「そっか、私も聴いてみようかしら」

    「うん、聴いてみなよ」

    「そう。分かったわ」

    9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:35:36.99
    そんな会話をして、分かれる頃にはすっかり普段と変わらない笑顔で、手を振れた。
    だから余計に、胸の奥にある違和感みたいなものが気になって、それを払拭しようとして私はインターネットでさっきの曲を調べてみた。

    pascal pinon、だった。
    それを"ぱすかるぴのきお"だなんて覚えてしまう幼馴染は、昔と変わっていないような気がする。
    無料試聴してみると、思いの外唯が上手に歌えていたことに驚いた。

    「All the books I've never read.All the words and phrases I've never said」

    最初の句だけを何度も頭の中で繰り返して、二、三度聴いたっきりの曲を思い返していると、直ぐに眠くなった。
    明日もまだ、唯は生徒会長になるだなんてことを言っているだろうか。
    そればかりが気になった。

    11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:38:37.39
    あまり気にしていたものだから、その日私は早くに学校に着いてしまった。
    暫く自習をしていると、教室に入ってきた同級生に驚いたような顔をされた。

    「随分と早いな、和」

    「たまにはね。澪も早いじゃない」

    「私も、たまにはな」

    長い黒髪を扇のようにゆらゆらと揺らす彼女は、端正な顔立ちをしていて、朝の澄んだ空気がよく似合っている。
    曽我部会長も、綺麗な娘ね、などと言っていた。

    「いつもは律に構っていて早く来れないからな。和もそうだろ?」

    「そうね。今日は、律は?」

    「おいてきた」

    くく、と喉を鳴らして、澪は笑った。
    あ。私も唯を置いてきてしまった。
    すまないことをしたが、一体全体どうしたものか、と思い悩んでいると、澪が昨日聴いたのと同じ曲を口ずさみ始めた。

    「the music playing around my ears......えっと、なんだっけか」

    「I am trying to evaporate all my fears、だったわよ確か」

    澪は意外そうな顔をして、すぐに、唯か、と言って笑った。

    「私も唯から教えてもらったんだ。あいつ、ジャケットが可愛いから買ったとか言ってたけど、全然可愛くないんだよ」

    12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:41:38.14
    そうなんだ、と返して私は黙る。
    なにか言おうとしたけれど、特に何も思いつかない。
    すると、澪は自分の幼馴染のことを話し始めた。

    「あれだな、やっぱりだらしない幼馴染を持つと片方はしっかりするんだな、きっと。
     そこのところは律に感謝してる」

    「そう、じゃあ私もね」

    そう言って、笑いあう。
    その時にふと、私が昨日から妙な心持ちでいるのは、唯がしっかりすると反対に私が駄目になる、という、
    迷信めいた予感のようなものがあるからなのかとも思ったが、どうも違うような気がする。

    「そういや、唯のセンスは良く分からないよな。さわ子先生が持ってくる衣装を楽しそうに着てるの、唯とムギだけだし、変わってるよ、やっぱり」

    「そうなんだ。唯のことは、良く分からない?」

    「まさか。一年間もずっと一緒にいたんだから、ある程度は分かってるつもりだよ」

    「そう、どんな風に?」

    「可愛い」

    そう即答し、けらけらと笑う澪を見て、私はなんとなく寂しくなった。

    授業は真面目に受けた。
    仮にも生徒会長になろうと思っている者が居眠りなどしては示しがつかない。
    それでもすべての授業を終える頃には、流石に疲れてしまった。

    13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:44:38.72
    「和、大丈夫か。偉く眠そうだけど」

    などと澪にも訊かれてしまう。

    「大丈夫よ、このくらい。もう放課後だし、生徒会の後は帰って寝るだけだしね」

    と答えて、生徒会室へ向かった。

    生徒会室へ向かう途中、唯のクラスの教室を覗いてみたが、唯はいなかった。
    大方もう部活へ向かっているのだろう。
    私も唯を見習って、真面目に生徒会の雑務にとりかかることにする。

    生徒会室の扉を開けると、まだ曽我部先輩しかいなかった。
    それに加えて、何故か山中先生がいる。

    「あら……じゃあ曽我部さん、そういう方向でよろしく」

    「はい、こちらこそよろしく」

    そんな謎の遣り取りをした後、山中先生は急いで生徒会室を出て行った。
    私は首を傾げる。

    「どうしたんです、山中先生。生徒会室にいるなんて珍しいですね」

    すると、曽我部先輩は何故だか顔を赤くして、

    「色々あるのよ、大人だもの」

    と言った。
    なんだというんだ。

    14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:47:39.28
    「そういえば、軽音楽部の講堂使用許可届、もう出てますか? 新勧ライブの予定があると思うんですが」

    「えっとね……」

    そう言って先輩はクリアファイルの中を探す。
    何枚か、生徒会認という印の押されている書類が見えた。

    「無いわね。じゃあ、お手数ですが」

    曽我部先輩は軽く頭を下げた。

    「はいはい。じゃあ私が取りに行ってきますね」

    「うん。あ、山中先生によろしく言っておいて」

    「はあ」

    意図が掴めず、なんとも曖昧な返事をして、私は音楽室へ向かった。

    16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:50:39.68
    音楽室は生徒会室からはちょっと離れている。
    階段を登っているときに亀の置物に手を触れて池や川に考えが向かい、ふと、唯がザリガニで我が家の風呂を一杯にしたことを思い出した。
    そんなこともあったなあ。

    音楽室からは珍しく演奏が聞こえてきていた。
    やはり新勧ライブともなると気合が入るようだ。
    私は遠慮がちに扉を開いて、中を覗き込む。

    軽音楽部の四人が演奏していた。
    集中しているのか、私が音楽室に入っていっても、誰も気がつかない。
    紅茶とお菓子の置かれた席に座って、ぼうっと演奏が終わるまで待っていた。

    「お疲れ様」

    演奏が終わると、私は労いの言葉をかけて手を叩いた。
    演奏の善し悪しはよくわからないが、とにかく全員一生懸命だったからだ。

    「ありゃ、和ちゃんいたんだ」

    「いたわよ、失礼な」

    ハンカチで軽く汗を拭って、彼女たちがテーブルの方に寄ってきたから、私は席を立った。

    「椅子、出すわね」

    すると、ブロンドの女の子が空いている椅子を引きずってきてくれた。
    私が頭を下げると、その子はえへー、と笑った。

    17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:53:40.39
    「まあ、一生懸命練習してたところ悪いんだけど、いつも通りね」

    「出てないッスか」

    カチューシャの女の子が慣れた口調で平謝りをする。
    どうしよう。生徒会長を志す身としてなにか言うべきだろうか、と迷っていると、唯が

    「りっちゃん、私が来年生徒会長になったらビシバシ取り締まっていくからね!」

    と元気よく言ったので、私はまた足元がぐらつくような気持ちになって、苦笑する。
    カチューシャの女の子、律は、なんだあ、と胡散臭そうな声を上げる。

    「唯が生徒会長になるわけ」

    「そ。立候補するんだよ」

    「冗談よせやい」

    律がけたけたと笑うと、唯はまた、昨日私に見せたような、そして普段は見せないような真面目な顔をする。

    「真面目なの」

    律も、澪も、金髪のムギも、みんな一瞬黙り込んだ。
    けれど、律が、

    「よし!なんかよくわからんがとにかく頑張れ」

    というと、場は沸いた。

    18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:56:40.80
    不可解だ。
    私はみんなに合わせてにこにこと微笑みながらも、全く理解できないでいた。

    なんでみんな、唯のわけのわからない行動をそんなに簡単に受け入れているのか。
    普段の唯と明らかに違う行動に違和感を覚えないのだろうか。

    「おー、じゃあ唯が生徒会長になったら和は唯の部下だな。アタシも怒られなくて済むのかな」

    律が大きな笑い声を上げて私のほうを見る。
    私は微笑んだまま、

    「そんなわけないじゃない」

    と答えた。

    とにもかくにも早くその場を離れようと、私は急いで律から書類を受け取って、音楽室を後にした。
    音楽室を出るときに、唯が

    「和ちゃん、一緒に頑張ろうね!」

    と言った。
    私は、頑張ろうとも頑張りなさいとも返すことが出来ずに、ただ首を傾げて見せて、扉を閉めた。

    19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 15:59:44.21
    「はい、お疲れ様」

    生徒会室へ帰ると、曽我部先輩の他に会計係の一年生がいた。
    まだ今年度は始まったばかりだというのに早々に生徒会に入った、見上げた娘だ。

    「真鍋先輩、また軽音楽部ですかあ」

    「そう。語尾伸ばすのやめたほうがいいわよ、みっともない」

    「ちぇ……でも大変ですね。なんかやけに軽音楽部贔屓してませんか」

    「そりゃあ……」

    言葉に詰まった私の代わりに曽我部先輩が笑って答える。

    「幼馴染がいるものね。ちなみに私も軽音楽部は贔屓したいわ、個人的に」

    ねっ、と曽我部先輩が私に向かって首をかしげたから、私は、ええまあ、と気のない返事をする。
    私たちの言葉を聞いて会計の娘は、

    「ああー、でも駄目ですよ。生徒会が私的な理由でそんな風に特定の部活を贔屓なんて」

    それを聞いて、私はどきりとする。
    そんな私の心境を知ってか知らずか、曽我部先輩は取り繕うように言ってくれた。

    「でもね、軽音楽部の待遇が他の部活よりいいという訳じゃないのよ。仲良しがいるから、書類を貰いに行ってるだけ」

    「むう……でもやっぱりなんか狡い気がします」

    22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:02:44.81
    曽我部先輩は、

    「あら、お堅い」

    とおよそ生徒会長らしからぬ言葉を吐いて、自分の職務に戻って行った。
    雑談の中では飄々とした感じを受けたが、いざ生徒会長として仕事をするとなると、先輩は厳しい。

    「あなた、ここ計算間違えてるわよ。コンピューターに入力するだけなんだからしっかりなさい」

    などと会計の娘を叱りつけている。
    私も急いで、他の部活の提出物の検査を始めた。

    何度か隅まで見渡してみたが、特に不備は見つからなかった。
    私が点検を終わらせるまでに、会計の娘は三度ほど叱られていた。

    「先輩、こっちは特に問題ないようです」

    「そう。じゃあちょっと休憩しましょう」

    そう言って先輩は頬杖を突いた。
    会計の娘は、べえ、と舌を出して、

    「もう下校時刻です。私は帰りますからね」

    と言い、本当に帰ってしまった。
    曽我部先輩は他人事のように笑っている。

    「中々分からない娘よね。まあ、会ったばかりだもの、分かるはずもないのだけれど」

    23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/27(日) 16:03:51.38
    マジで!?は原作でもアニメでもあったじゃないの
    和ちゃんの可愛さ爆発名台詞だよ

    24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:05:45.41
    会ったばかりだから、それはそれでいいのだろうが、私は……いや、私たちは。

    「真鍋さん」

    考え込んでいると、曽我部先輩に名前を呼ばれる。
    先輩の薄茶色の髪の毛に夕陽が当たって、綺麗な赤色になっている。
    さっきまでは子供を叱りつける母親のような、そして今は姉のような表情を見せる瞳は、湿った睫毛で煌めいていて、
    それが変わらぬ彼女の知性を湛えているようだった。

    「何か悩み事かしら」

    相変わらず頬杖を突いたまま、少し気だるそうに私のほうを眺めてくる。
    私が返事もせずに、ただ見つめ返していると、独りで合点して、

    「悩み事ね」

    と言う。
    それで私は仕方無しに頷いた。

    「悩み事というか、考え事、です」

    「あら、その違いは分かるのね」

    「ええ、まあ」

    「上出来よ」

    それで、会話は途切れた。

    25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:08:45.85
    しんと音を生みそうな静寂が部屋の中を流れている。
    じっと曽我部先輩の、笑うと線になる綺麗な目の奥を覗き込もうとするけれど、何も分からない。
    けれど、だからと言ってどうということもない。
    最初から、彼女のことは分からない、そんなものだという考えがどこかにあった。

    「考え事?」

    「ええ」

    「そ。考え事はいいわよね。悩んでいると時間切れになることもあるでしょうけど、考える分にはどれだけ考えたっていいものね」

    こういうふうに彼女が悩むことと考えることを分けていた、ということも今はじめて知った。
    なにも分かっていやしないのだ。

    「ま、考えなさい。時間が無駄になったら、それはそれで面白いわよ」

    曽我部先輩は腕時計を気にしながら言った。
    そんなものかしら、そう思って私はぼうっと天井を眺めた。

    「あの娘、本当に帰っちゃったわね、もったいない」

    そう言われて曽我部先輩を見てみると、じっとドアのほうを見つめていた。
    私は首を傾げる。

    「もったいない?」

    「そう」

    先輩が言い終わる前に、ドアが開いた。

    26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:11:46.44
    「やっほー。生徒会もお疲れ様」

    長い髪が揺れている。
    澪と違って、濃い茶色の髪で、それだけに光輪が鮮やかだ。
    ふふ、と声を漏らして笑って、曽我部先輩が言う。

    「下校時間が過ぎても来なかったらどうしようかと思いましたよ、山中先生」

    どうやら待ち合わせていたらしい。
    山中先生は子供のような顔をして、腰に手を当て胸を反らした。

    「ムギちゃんのケーキ食べてたら遅くなった」

    そして、その手を顔の前に持ってきて、軽く謝る仕草をした後、もう片方の手に持っていた紙箱を掲げた。

    「じゃあ、いつも迷惑かけてるお詫びに」

    とす、と机の上に置いて箱を開ける。
    中には何切れかケーキが入っていた。

    「真鍋さんも遠慮しないで食べていいわよ。なんだかんだで軽音楽部が一番迷惑かけてるの、あなただろうし」

    そう言って席に座ると、山中先生は紙皿に苺のショートケーキを取り分けてくれた。
    クリームがやけに甘い。

    27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:14:46.87
    「でね、曽我部さん」

    「ちょっと!」

    ポケットから何かを出そうとした山中先生を制して、曽我部先輩が責め立てるような声を上げる。

    「あとで、です」

    「ああ、そうなの」

    山中先生は私のほうを見て、くつくつと喉を鳴らして笑う。
    私はただ肩を竦めて、

    「なんですか、いったい」

    と訊いた。

    「秘密よ。ひみつ」

    曽我部先輩はそう言うだけで、何も教えてくれなかった。
    不思議と、それが彼女の聡明な雰囲気に少し神秘的な何かを加味しているようだった。
    くすくす笑いながら、強引に山中先生が話題を変える。
    思いついたように、

    「そういえば唯ちゃんが、"生徒会長に、私はなる!"って言ってたわ」

    と言ってきた。

    28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:17:47.30
    「あら、秋山さんじゃなくて、平沢さんが」

    曽我部先輩は驚いたような残念そうな顔をして、肩を落とす。
    私は理由のわからない唯の行動に、胸の中の気持ち悪い違和感が、どんどんと大きくなっていくのを感じた。
    曽我部先輩に関しては、こんなことも無かったのに。

    「そ、唯ちゃんが。それでね、生徒会長って生徒会の役員じゃなくてもなれるのかしらね」

    「まあ、規約上は特に問題ありませんけど、後ろ盾の面でちょっと」

    ね、と曽我部先輩は私に目配せをする。
    私はまた肩を竦めて言う。

    「というか、生徒会役員以外で生徒会長になりたがる人なんて殆どいませんから」

    「そりゃそうよねえ。唯ちゃんは一体何考えてんのかしら」

    私は思わず手を打ち合わせて、山中先生を指差し、言いたくなった。
    そう、それだ。
    それが分からない、だから気持ちが悪いし気分が悪い。

    山中先生はしかし、こともなげにその場で軽く伸びをした。

    「ま、どーでもいいけどねー」

    「あら、仮にも顧問がそれはないんじゃないですか。ただ、個人的に私は秋山さんを推薦したいですね、秋山さんを」

    すぐに唯の話題は流れてしまって、それで私は驚いた。
    それで黙ってじっと座っていると、曽我部先輩が慌てて言った。

    29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:20:48.02
    「嘘よ嘘、もちろん生徒会長としては真鍋さんに頑張ってもらいたいわ。しかし個人的には秋山さんも捨てがたいというか」

    なんだか偉く澪のことを気に入ってるらしい。
    意外だが、これで少しは曽我部先輩に近づけたような気がして、嬉しく思う。
    ただ、私が黙り込んでいたのはそのことが原因ではなかった。

    全く理解が出来ない。
    唯のこともそうだし、なによりそのことで延々と悩んでいる自分自身が。
    普通は、この二人みたいに流して済ませてしまうべきなのではないだろうか。

    でも、できるだろうか。できないだろうな。

    「考え事?」

    気がつくと、曽我部先輩がまた頬杖を突いて、私の顔を優しく見つめていた。
    西日が差し込んで瞳の中に赤い光が灯っている。
    澄んでいて奥まで見えそうだけれど、やはり見えない。

    「ええ、まあ」

    「ふうん。意外と分かりやすいのね、真鍋さんて」

    そう言われて、私は恥ずかしくなった。

    「分かりやすかったですか」

    「うん。顔に出てる」

    それきり、また黙ってしまう。
    そのあいだ、山中先生は一生懸命に、自分で持ってきたケーキを食べ続けていた。

    30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:23:48.76
    先生からもらったケーキをすっかり平らげて、生徒会室を後にした。
    校舎から出てみると日は半分沈んでいる。
    真横から建物に当たる日光が、チェス盤のように画一的な影を作り出していて、どうも味気ない感じがする。

    道を歩いて行くと、私に夕陽が当たったり、当たらなかったりして、なんだか面白いなと思う。
    目がチカチカしてきたけれど、それでも私は日向と日陰を行ったり来たりして、歩き続けた。

    気がつくと、また昨日と同じ公園にきていた。
    まさか歩いている途中でこんな風にぼうっとするなんてことがあるとは思わなかったのだが。
    せっかく来たことだし、今日もまた抹茶アイスを買おうとすると、後ろから声をかけられた。

    「あら、和ちゃん?」

    振り向いてみると、ムギがいた。
    柔らかい金髪に、真っ赤な夕陽が当たって綺麗なオレンジ色を作り出している。
    青い瞳には、曽我部先輩と同じように赤い光が灯っている。

    「なにしてるのかしら」

    「アイス、食べようと思って。ムギは?」

    「私もアイス。唯ちゃんに教えてもらったの」

    そう言って、ムギは笑った。



    31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:29:33.87
    私は昨日と同じように抹茶アイスを買って、昨日と同じ席に座った。
    ムギまで、唯や澪と同じ歌を歌っていた。

    「Things I may not understand are slightly getting out of hand.I don't know anything at all」

    綺麗な声で歌いあげて、ムギは柔らかい微笑を私に向けた。

    「どうかしら。私歌はあまり自信がないの」

    「上手よ」

    それから、二人同時にアイスを舐めた。

    分かりやしないことは少し手から溢れる。
    なにも知ってやしない、知りやしない……

    気がつくと、私も鼻唄でムギと同じ歌を歌っていた。

    「和ちゃんも歌上手よね。ポップとかロックって感じじゃないけど」

    ちろちろとバニラ味のアイスを舌で味わいながら、ムギが上目遣いにこっちを見た。
    なんとなく、私はその頭を撫でてやった。

    「どうも」

    と短く礼を言うと、ムギは照れたように笑った。そして、

    「和ちゃんに撫でられるのってこんな感じなのね。大発見」

    などと意味のわからないことを言う。

    32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:32:34.55
    私の怪訝そうな表情に気がついたのか、ムギはてへ、と眉を下げて笑う。

    「いつも唯ちゃんが頭撫でられてるじゃない。どんな感じなのかなあ、って思ってたの」

    「そんなにいつも撫でてるかしら」

    「撫でてるよ。犬と飼い主みたい」

    楽しそうに言って、ムギはまた柔らかい髪ごと私の手に頭を擦り付けてくる。
    だから私はまた撫でてやった。

    「気持ちいいわ。唯ちゃんの気持ちもちょっとわかるような気がするわね」

    「これでわかるようになるの?」

    ちょっと驚いて、私はムギを撫でていた手で自分の頭を撫でてみる。
    それを見て、ムギはくすくすと笑った。

    「変なの。分からないけど、分かった気にはなれるわよ」

    「気になれる、だけ?」

    「それで十分」

    一瞬会話が途切れる。
    ムギが、あっ、と声を上げて私の手にあるアイスクリームを舐めた。

    「溶けてるよ」

    33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:35:35.10
    そして、ムギはすっくと立ち上がり、私に軽く手を振ってアイスを舐めながら公園を出て行った。
    私はしばらく独りで席に座ったまま、アイスを舐め続けた。

    植え込みの木にも影が落ちている。葉も同じだ。
    黒いところと赤いところがあんまり密接に混ざり合っていて、境界線が曖昧だったから、私は嫌な気持ちになった。

    溶けて手に垂れ始めた抹茶アイスを急いで食べ終えて、私も公園を後にした。

    34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:38:35.53
    その次の日も、まだ胸の違和感は拭えない。
    ふんふんと鼻唄を歌いながら身支度を整えてみるけれど、気分は晴れない。
    落ち込んだ気分なのに行動だけ明るくするのも滑稽なので、結局私は気難しい顔をして家を出た。

    昨日は忘れてしまったから、今日は唯を迎えに行くことにする。
    不安ではあるけれど、私から生徒会の話を振ったりしなければ大丈夫だろう。
    しかし、そんな心配も杞憂に終わった。

    「お姉ちゃんね、もう行っちゃったんだ……」

    洒落た洋風建築のドアから、唯にそっくりな顔をした女の子が申し訳なさそうにこちらを覗っている。
    私に対する謝罪以外にも、他の何かがその表情に込められている気がした。

    「そうなんだ。じゃあ、二人で行きましょうか、憂」

    「うん」

    憂は一度家の中に引っ込んで、直ぐに鞄を肩にかけて出てきた。
    眉を下げて微笑んで、

    「お姉ちゃんが早くに学校行くなんてさ、可笑しいよね」

    などと私に同意を求めてきた。
    訊くんじゃなく、明らかに同意を求めてきた。

    35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:41:36.19
    私はただ、そうかもしれないわね、と答えて歩き始める。
    すると、憂は忙しそうに私の後についてきた。

    「お姉ちゃん、何かあったのかな。急に生徒会長になりたいなんて言い出すし」

    「それは私も聞いたけど、正直なところよく分からないわ」

    互いに顔を見合わせて、首を傾げる。

    「絶対何かあったと思うの。心配なんだよね」

    「なにか、ねえ」

    憂にも不可解な決心の理由を教えていないらしい。
    私と憂に分からないとなると、唯本人以外の誰にも分からないような気がする。

    しかし、こんな風に色々な人に言って回って、唯は本気で生徒会長になる気のようだ。
    私と同じくらい真面目だ、と言った唯の顔が、道中何度も頭の中に浮かんだ。

    「でも、あれだね。今年からはまた私もお姉ちゃんと同じ学校に通うから、きっと大丈夫だよ」

    「何が大丈夫なのよ」

    「だってさ、高校でのこととか去年は話でしか聞けなかったし。
     和ちゃんは時々音楽室に遊びに行ってたんでしょ?」

    遊びに行っていたわけではない、とはっきり否定することも出来ず。その話はそれなりになった。

    36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:44:36.86
    「じゃあ、さよなら。また今度夕食でも食べに来てね」

    学校に着くと、そう言って憂は自分の教室へ向かっていった。
    私も足早に教室へ向かうと、澪がむつかしそうな顔をして携帯の画面を見ていた。
    どうしたのか訊くと、澪は携帯の画面を私に見せてきた。

    差出人、律。件名、今日は先に行くWA☆。本文、無し。

    「こいつ、昨日置いて行かれたのを根に持ってるのか知らないけど、今になってこんなメールしてきたんだよ」

    「そりゃあ、ご愁傷さま」

    「ホントだよ。律の家に寄ったのが無駄になっちゃったじゃないか」

    「つまり、寂しかったっていう話がしたいのね」

    違うよ、と澪は顔を真赤にした。
    こういう所、本当にこの娘は分かりやすいと思う。

    「律も悪気があったわけじゃないと思うわよ」

    「そうかなあ。こういうところ、本当に訳がわからないんだよなあ」

    「まあまあ、幼馴染なんだから、」

    「幼馴染でもわけのわからないことはあるさ」

    ぱたん、と携帯電話を閉じて、澪は溜息を付いた。
    しかし、なんだか楽しそうに見える。

    37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:47:37.66
    わからないことはある。
    それで済ませてしまう彼女が、なんだか不思議だった。
    少し考え込んでいると、澪に、

    「考え事か。多分、唯のことだろ」

    と言われたので、驚いた。

    「和の顔見てると、なんとなくな」

    「凄いわね。ちょっと感動よ」

    「どうも。幼馴染じゃなくても分かることはあるんだよ、ってことだ」

    澪は声を殺して笑った。
    私も幾分か気が楽になって、微笑んでみせた。

    38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:50:38.08
    その日も極真面目に授業を受けて、放課後はいつも通り生徒会室へ向かった。
    扉を開けると、曽我部先輩が窓際で何やらくねくねと動いている。

    「曽我部先輩?」

    と声をかけると、飛び跳ねるように背筋を伸ばして、ひっ、と高い声を上げた。
    驚いている私を突然叱りつける。顔はえらく赤い。

    「な……突然入ってくるんじゃありません!
     あと、軽音楽部の書類に不備があったわよ、ちゃんと点検なさい」

    すみません、と謝って、私はじっと曽我部先輩の顔を見つめた。
    先輩はびくびくしながら、なによ、と尋ねてくる。

    こんな風に子どもっぽいところがあったのか、と嬉しくなった。

    「いえ、なんでも。じゃあ私軽音楽部に行ってきますね」

    先輩から受け取った講堂使用許可届には、部長田丼中律、と書いてあった。
    呆れて、私は早歩きで音楽室へと向かう。

    その日も音楽室からは演奏が聴こえた。
    また、誰も気がつかないうちに私は音楽室に入って、そっと席に座った。

    唯は一生懸命にギターを演奏しながら、可愛らしい声で歌っている。
    それを頬杖を突きながら眺めていると、諦観のような、変な気分になった。
    ああ、わからないなあ。そんな気持ちだ。
    そういえば、唯がザリガニで浴槽を満たした時から、私は唯のことなんてこれっぽちも分かっていなかったのかも知れない。

    ちょっと、寂しいな。

    39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:53:38.69
    「お疲れ様。早々悪いんだけど、律、あなたふざけるのも大概にしなさいよ」

    私は田丼中律、と書かれた書類を突きつけて、律を睨みつけた。
    律は酷く傷ついたような顔をした。

    「いや、ちょっと、これはマジで書き間違え。インクが飛んだだけだからあんまり怒らないでくだちゃい」

    と言って、ハムスターのような目で私を見つめてくる。
    それで、私はため息を突いた。

    「そう、ごめんなさい。でも気をつけてね。私が怒られるのよね」

    「そうなのか」

    「そうなの。私が回収点検係だからなんだけどね。出来ればミスは減らしてほしいわ」

    すまんなあ、と老翁のように言って、律はサインをし直した。
    私はそれを二、三度、今度こそしっかりと見直して頷いた。

    「はい、じゃあオーケイ。それじゃ、練習頑張ってね」

    そうして、音楽室を出ようとすると、唯が妙に落ち着いた声で尋ねてきた。

    「大変だね?」

    「ええ、大変よ」

    41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:56:39.11
    それから、音楽室の扉に手をかけた私をじっと見つめて、

    「頑張ってね」

    と言ってきた。
    曽我部先輩や澪やムギと話して、私はなんとかいつも通りになっていた。

    「うん、頑張るわ」

    少なくとも、こう返せるくらいには。
    今日は却って、唯の不自然さが際立っているような気がした。

    変に落ち着いた気分で廊下を歩く。
    まだ日は半直角くらいの角度を地平線となしている。
    それだけに、廊下の窓から光が差し込んでいる部分と、そうでない部分は一層強いコントラストを作った。

    目が疲れて一瞬たじろぐが、しかし、しようがないことなのだ、とも思う。
    むしろ、こんなふうに判然と別れてくれているほうがまだ目にやさしいような気もする。

    生徒会室の前で、丁度部屋から出てきた山中先生と会った。
    あ、と声を上げて、いたずらっぽく微笑んでくる。

    「今は生徒会室入らないほうがいいわよ。今日はもう生徒会は無しね、帰りなさい」

    「なんでです?」

    「曽我部さんがエキサイトしてるから」

    そう言って、山中先生はくつくつ喉を鳴らして笑った。

    42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 16:59:39.87
    でも、と渋る私を呼んで、山中先生は歩き出した。
    仕方なく私もついていく。山中先生は私に通学カバンを渡した。

    「はい。本当に生徒会室には入らないほうがいいわ。面白いけど、あんまり見たくないものが見えちゃうから」

    「そうですか」

    なんだろう。すごく気になる。
    生徒会長が、生徒会長じゃないところを、もっと見てみたいと最近思うようになってきた。

    それで、ふと思う。
    仮に唯が生徒会長になったとして、私は唯が生徒会長じゃないところをよく知っていると言えるんだろうか。
    どうだろうな。

    「考え事かしら」

    山中先生に声をかけられて、私ははっと顔を上げる。
    先生は長い髪を煌めかせて、窓から差し込む西日を浴びていた。

    「考え事に制限時間はないから別にいいけどね、いっぱい考えた後は答え合わせも必要かもしれないわよ」

    十年近く一緒に過ごした唯のことでさえ私には良く分からない。
    まして、山中先生のことなんて分かるわけもない。
    しかし、柔らかい赤い光のなかで、多少なりとも先生が私を気遣ってくれていることは判然としている。

    43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 17:02:40.47
    「どうも。やってみますかね……亀の甲より、ってやつですね」

    「あんた、ぶっ殺すわよ?」

    「どうもすみません」

    そんな軽口を叩いて、私たちは別れた。

    答え合わせをする場所は、もうとっくに決まっている気がする。
    私はふらふらと、しかし明確な意思を持ってアイス屋のある公園へ向かった。

    流石に三日連続で訪れたせいか、店員さんに、

    「最近の女子高生は食べても太らない娘ばっかなんですかね、妬ましい」

    などと言われてしまった。
    どきっとして店員さんに渡された抹茶アイスを見つめるが、抹茶だから大丈夫だろうなどと根拠のない論を信じて、自分を安心させる。
    そうして、いつもの席に座ってちろちろとアイスを舐めだした。

    多分、唯は此処に来るだろうな、今日も。
    そうしたら、訊いてみよう。どうして生徒会長になりたいのか、尋ねてみよう。
    唯のことが分からないのは不安で、悔しいけれど、このままにしておいたってしようがない。

    事によると、新しい発見は、思いの外楽しい気分にさせてくれるかも知れない。

    44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 17:05:41.12
    そう思うと、昨日は嫌な気持ちになった、忙しく明暗が対比させられている木の葉の群れも、なんだか楽しい気分にさせてくれる。
    今日はアイスが溶けてしまわないように、早めに舐めた。

    しばらくすると、唯が来た。
    私の姿を認めると小さく微笑んで、またチョコミントを買ってから、当然のように私の隣りに座る。

    「和ちゃんはさあ、舐める派なんだね」

    そう言って、唯はアイスに齧り付いた。
    私はそれを見て、ちょっと笑い、

    「唯は齧る派なのね。今気づいた、大発見」

    と返した。

    「えへ、私も今ふと気づいたよ」

    可愛らしい笑顔で、今まで十数年ずっと見続けてきた笑顔だ。
    それを思うと、安心もするし、不安にもなる。

    「ねえ、唯は」

    そこまで言ってしまうと、意外と言葉はすんなり出てきた。

    「唯はどうして生徒会長になりたいの?」

    唯は一度私の目を見て、罰が悪そうに笑った。

    「叱られちゃってさあ」

    45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 17:08:41.76
    唯のアイスにはところどころ歯型が付いている。

    「さっき、ムギちゃんと澪ちゃんにねえ。私は和ちゃんの為に生徒会長になりたいです、って言ったらさ」

    それが答えになるのかならないのか、私には分からないけれど、私は黙って聴いていた。

    「和ちゃん、大変じゃない。半分くらいは私とりっちゃんが悪いかもなんだけどね」

    「でも、それは私が好きでやってるのよ」

    「……それなんだよねえ」

    唯は恥ずかしそうに頭を掻いて、心なし俯いた。
    柔らかい髪の毛が彼女の指に絡まっている。

    「それさ、なんていうの……私が好きって意味なの? それとも生徒会の仕事が好きって意味なのかな」

    私の返事を待たずに、唯は慌てて続けた。

    「いや、どっちでもいいんだけどね、私勝手にさ、和ちゃんが私のために嫌なこと我慢してないかって、思っちゃったんだよね」

    「どうして?」

    「ほら、幼馴染だから。なんかそういうこともあるのかなあ、って。和ちゃん、その……優しいし?」

    色々と一瞬で考えて、結局出てきた私の答えは、

    「そうなんだ」

    だった。

    46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 17:11:42.45
    「そうなんです。それで、澪ちゃんたちに叱られました」

    「なんて?」

    「和ちゃんだって色んな考えがあるでしょうに、邪魔になるような事しちゃ駄目だよ、って」

    「ふふ、優しいのね、皆」

    気がつくと笑い声が漏れていた。
    唯もへらーっと笑って、ごめんねえ、と言った。

    「私馬鹿だからなあ」

    「知ってる」

    「あ、非道い」

    そう言って、唯はけらけらと笑う。
    でも、ひょっとすると私も馬鹿なのだ。
    唯は何も考えないお馬鹿さんで、私は考えすぎる馬鹿だった、それだけだ。

    「帰ろっか」

    自然と言葉は出てきた。
    私たちは二人して立ち上がって、肩を並べて歩いた。

    48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 17:14:42.91
    「ほら、唯、アイスあげる。これで生徒会長の件はナシね」

    「そんなの貰わなくたってもうやめるよお」

    そう言って、唯は自分のアイスを囓った。
    私はその隣で抹茶アイスを舐めた。
    とん、と肩を叩かれて振り向くと、唯がイヤフォンを片方私に差し出していた。

    「ぱすかる……にゃー。一緒に聴こう」

    「pascal pinonね」

    私はそれを耳に着けて、音楽が流れるのを待った。
    夕陽が差して赤く染まった街は、色々と思うところはあるけれど、単純に美術的に綺麗だ。

    「私ちょっとがっかりなんだ。思ったよりも私たちって心通じてないよね」

    「そうね。でも、大丈夫よ」

    「どうしてさあ」

    「たまに通じた気になるから、それでいいわ。上出来よ」

    唯のことは良く分からない。分かっていたことなんて一度も無かったかも知れない。
    ただ、唯はまだ変わっていなくて、お互い分かっていなくてもこうして二人して帰ることが出来るのだから、それでいい。

    49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 17:17:43.32
    「変なの。でもちょっと恰好いいよ」

    「あら、有難う」

    私が微笑むと、唯も同じように微笑んだ。
    チョコミントアイスを齧って、言う。

    「私、部活頑張るね。目指せ新入部員獲得だよ」

    私は自分の抹茶アイスを舐めて、言う。

    「じゃあ私は生徒会を頑張るわ。実は憧れてる人がいます」

    「ええ!和ちゃんの浮気者!」

    「なによそれ」

    唯はくすくす、私はふふ、とそれぞれ違う声で、違う仕方で笑いながら、唯がポケットから取り出した音楽プレイヤーを一緒に握った。

    「これがいいわ」

    「私も私も。仲良しだね」

    一緒のタイミングで再生ボタンを押すと、音楽が流れてきた。
    別々のこと別々の仕方でしながら、同じ音楽を聴いて、私たちは一緒に歩いて行った。

    「I wonder what it will be like
     I am kind of excited, a little terrified
     I'm standing at a new beginning...」

    50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 17:20:43.74
    急に発音が良くなった唯の歌を聴いて、私は目を瞑った。

    唯がどんな娘なのか気になる。
    わくわくするし、でもちょっと怖い気もする。

    「ねえ、唯」

    「うん?」

    「頑張ろうね。頑張るから」

    「なんのこと?」

    今まで返していなかった返事をちゃんと返して、ギターを弾く唯を思い浮かべると、可笑しな気持ちになる。
    ひょっとすると、唯は私よりずっと頑張っているのかも知れない。
    実際どうだか分からない、でも、まあ、いいや。

    「なんでもない」

    私は唯の幼馴染だ。

    51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/27(日) 17:23:44.32
    そのころ!

    曽我部「ハアハア……澪たん、澪たあん……///」

    さわ子(うわあ……まだやってる……)

    さわ子(まあ軽音楽部贔屓してもらってるから、澪ちゃんの脱ぎたてメイド服と水着写真くらいは……いいかな。いいわよね、多分)


    つぎのひ!

    会計「曽我部先輩って格好いいですよねえ」

    和「ええ。私も来年生徒会長に立候補して、ああいう人になりたいわ」

    さわ子「マジで!?」

    おはり。

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澪「アイマァハァングリースパイダーユアァービューティフォーコックローチ」
和「汚物をぶちまけろ」
唯「まぬけい!」
  1. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2011/02/28(月) 00:07:07 URL [ 編集 ]
    和のSSってこういう雰囲気の多いね
  2. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2011/02/28(月) 02:42:10 URL [ 編集 ]
    生徒会長も大変だな

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