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朋也「軽音部? うんたん?」

  1. 名前: 管理人 2010/09/26(日) 14:32:00
    1 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:23:32.35 ID:cUBlBpOS0
    4/5 月

    春。始まりの季節。
    春休みが明けた、その初日。
    体に気だるさの残るまま、通いなれた道を進む。
    辺りは閑散としていた。
    時刻はもう、正午に差し掛かっている。
    つまりは、遅刻。
    三年に進級しようが、俺の生活態度が改善されることはなかった。
    深夜に帰宅し、明け方に眠る。
    そうすると、起きるのは昼近くになってくる。
    高校に入ってからの俺は、ずっとそんな生活を続けていた。
    それも、父親を避けて、なるべく接点を持たないようにするためだ。
    親父とは、昔から折り合いが悪かった。
    小さい頃、俺の母親が交通事故で亡くなってしまったショックからなのか知らないが…
    親父は、日々を酒や賭け事に費やすようになっていった。
    そんな風だから、家ではいつも言い争いが絶えなかった。
    だが、今ではその関係も変わってしまった。
    親父が俺に暴力を振るい、怪我を負わせたことをきっかけに、急に他人行儀を感じさせるようになったのだ。
    俺の名前を呼び捨てではなく、『朋也くん』とくん付けで呼ぶようになり…
    まるで旧友であるかのように、世間話まで始めるようになった。
    それは、俺に怪我を負わせたことへの罪悪感から、俺と向き合うことを拒否した結果なのか…
    どういうつもりかわからなかったが、もう、親子じゃなかった。ただの他人だ。
    息子に向けるそれでない態度を取る親父をみると、胸が痛くなって、いたたまれなくなって…
    俺は家を飛び出すのだ。
    だから俺は、顔を合わせないよう、親父の寝入る深夜になるまで家に帰らないようにしていた。

    朋也「ふぅ…」

    一度立ち止まり、空を仰ぐ。


    2 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:24:04.57 ID:cUBlBpOS0
    やたらと自然の多い町。
    山を迂回しての登校。
    すべての山を切り開けば、どれだけ楽に登校できるだろうか。
    直線距離をとれば20分くらいは短縮できそうだった。

    朋也(一日、20分…)

    朋也(すると、一年でどれぐらい、俺は時間を得することになるんだ…)

    計算しながら、歩く。

    朋也(ああ、よくわかんねぇ…)

    ―――――――――――――――――――――

    この時間、周囲を見回してみても、制服を着て歩くのは、俺ぐらいのものだった。
    だからだろう、通りかかる人はみな、俺に一瞥をくれていく。
    そんな好奇の視線を浴びながらも、学校を目指す。

    ―――――――――――――――――――――

    校門まで続く長い坂を登り終え、昇降口へ。

    ―――――――――――――――――――――

    始業式も終わり、生徒は教室へ戻っているはずだった。
    その教室は、クラス替えが行われ、新しく割り振られたもの。
    どこになったかは、ここに設置された掲示板で知ることができる。
    俺は自分の名前を探した。
    そして、しばらく目を通し、みつける。

    3 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:24:36.95 ID:cUBlBpOS0
    朋也(D組か…)

    朋也(ん…あいつも同じクラスなのか)

    同じクラス。そこに、見知った名をみつけた。
    春原陽平。
    こいつの遅刻率は俺より高い。
    ふたり合わせて不良生徒と名指しされることも多かった。
    だからだろう、よく気が合う。

    朋也(いくか…)

    俺は掲示板を離れ、自分のクラスへ向かった。

    ―――――――――――――――――――――

    がらり。

    戸を開ける。
    すでにグループがいくつか出来上がり、各々が机を囲んで昼食を摂っていた。
    三年ともなれば、部活や、同じクラスだった等、すでに顔見知りになっている割合が高い。
    だから、最初からある程度空気が出来上がっていたとしても、別段不思議じゃなかった。
    教室内を見渡してみる。そこに春原の姿があることを期待して。
    だが、目に入ってくるのは、顔だけは知っているが、話したこともないような奴ばかり。
    居れば、昼に誘おうと思ったのだが…。
    諦めて、座席表で自分の席を確かめ、荷を降ろした。
    そして、ひとり学食に向かう。

    ―――――――――――――――――――――


    4 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:24:39.03 ID:ohKm1eSv0
        ひ ぐ ち カ ッ タ ー                    |     . /
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             i   '';;: ;: ;;,'':;i`y'_i,;;;:::''         / .、´. '` /  \; : ;.'´./  ,`: ; ´ 
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               ヽ、  !,ン'´ '-´ /       /        /  . |  /\   .  ` '
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    5 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:25:09.23 ID:cUBlBpOS0
    適当なパンを買い、食事を済ませ、昼休みが終わるぎりぎりに教室に戻る。

    ―――――――――――――――――――――

    声「こら、岡崎」

    教室前の廊下までやって来たとき、声をかけられた。

    さわ子「あんた、なにしょっぱなから遅刻してるのよ」

    さわ子「もう3年なのよ? いい加減にしとかないと、卒業できなくなるわよ」

    朋也「別に…いまさらだろ」

    さわ子「別にじゃないでしょ」

    さわ子「あんたと春原を3年に進級させるために、私と幸村先生がどれだけ苦労したか、ちょっとは考えなさい」

    朋也「まぁ、一応感謝してるよ」

    さわ子「なにが一応よ、まったく…」

    さわ子「まぁいいわ。ほら、もう席に着きなさい」

    そう言って戸を開け、俺を促す。

    朋也「って、なんだよ、このクラスの担任なのか」

    さわ子「そうよ。じゃなきゃ、あんたが今日遅刻したかどうかなんて断定できなでしょ」

    6 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:25:24.99 ID:ohKm1eSv0
    豆もやし!!!!

    7 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:25:52.37 ID:cUBlBpOS0
    それもそうか…。

    ―――――――――――――――――――――

    さわ子「はい、それでは午前中に決まらなかった係を…」

    クラス担任となったこの山中さわ子という教師は、去年の担任だった。
    幸村は、一年の時の担任だ。
    その縁で、ふたりにはなにかと世話を焼いてもらっている。
    今まで無事進級してこれたのも、この人たちの計らいがあったからだった。

    さわ子「えー、なかなかクラス委員長が決まりませんでしたね…」

    委員長決めが難航しているようだった。
    それもそうだろう。
    なにかと面倒を押し付けられるような役を進んでやりたがる奴なんて、そういない。

    さわ子「それじゃあ、立候補じゃなくて、推薦でいきましょうか」

    こうなれば、もう決まったも同然だった。
    大方、おとなしい奴が推され、抗うこともなく、そのまま決定するのだろう。
    俺は頬杖をついて視線を下に落とした。
    特に興味はなかったが、他にすることもなかったので、配布されたプリントを読んでやり過ごした。

    ―――――――――――――――――――――

    さわ子「えー、もう時間がないので、配布係は…平沢さん」

    女生徒「え!? わたし?」

    8 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:26:25.06 ID:cUBlBpOS0
    一人の女生徒が身を乗り出し、声を上げた。
    少し大げさな反応に思える。

    さわ子「と、岡崎くんでお願いね」

    朋也「はぁ? なんでだよ…」

    いきなりのことで面食らう。
    俺の素行を知っていて、クラスの係に抜擢するその意図がわからない。

    さわ子「岡崎くんは遅刻してきたから知らないでしょうけど、午前中のうちに決まってたの」

    朋也「………」

    さわ子「だから、お願いね」

    ぎらり、と圧倒的目力でダメ押しされる。
    拒否権はないようだった。

    さわ子「係もすべて決まったので、今から席替えをします」

    さわ子「一人ずつクジを引きにきてください。じゃあ、一番右の列から…」

    ―――――――――――――――――――――

    すべての生徒がクジを引き終わり、移動が始まった。
    俺も自分の席、一番後ろの窓際へ向かう。

    女生徒「あ…」

    9 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:26:57.45 ID:cUBlBpOS0
    机を移動させてくると、俺と同じ係になった、あの女生徒とはち会った。
    向こうも同じように机を引いてきている。
    このあたりの席にでもなったのだろうか。

    女生徒「あ…えっと、岡崎くん…だよね? もしかしてここの席?」

    机を定位置に定め、自分の隣を指さして言う。
    そこはまさに、俺の目指した場所。
    どうやらこいつと席を隣接することになるらしい。

    朋也「ああ、そうだ」

    机を移動させながら答える。

    女生徒「そうなんだぁ。じゃ、隣同士だねっ」

    朋也「ああ」

    俺はそう無愛想に返し、席に着いた。

    女生徒「…あ、あはは。えっと…」

    女も着席した。笑顔が少し曇っている。
    俺の非友好的な態度に戸惑っているのだろう。

    女生徒「私、平沢唯っていうんだ。よろしくねっ」

    気を取り直したようで、再び話しかけてきた。
    なかなか気丈な奴だ。


    10 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:27:30.22 ID:cUBlBpOS0
    朋也「…ああ」

    が、俺はまたそっけなく返す。
    これ以上会話するのも面倒だった。
    もう話しかけるな、と暗に示したつもりだ。

    唯「岡崎くん、自己紹介の時きてなかったよね。下の名前教えてよっ」

    …伝わらなかったようだ。

    朋也「…岡崎朋也だ」

    かといって無視するのも気が引けたので、一応答えておく。

    唯「へぇ~、朋也くんかぁ…ふぅ~ん、へぇ~」

    うんうん、と頷いている。
    これで満足してくれただろうか。

    唯「いっしょに頑張ろうねっ、配布係」

    ただ配布するだけなのに、どう頑張るというのだろう。

    唯「無呼吸でぜんぶ配り終えることを目標にしようっ!」

    意味がわからなかった。

    朋也「ひとりで達成してくれ」

    唯「えぇ~、ノリ悪いなぁ…」

    11 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:28:02.57 ID:cUBlBpOS0
    朋也(変なのと隣り合っちまったな…)

    俺は少し、先行きに不安を覚え始めていた。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    SHRが終わり、放課となった。
    初日ということもあり、授業もなく、いつもより早い時間だ。
    結局、今日一日、春原が姿を現すことはなかった。
    サボリなのだろう。

    唯「部っ活ぅ~部っ活ぅ~♪」

    こいつは何かの部活動に入っているんだろうか。
    隣でひとり浮かれていた。
    俺はそんな平沢を尻目に、席を立った。

    唯「あ、岡崎くん、帰るの? それとも部活?」

    朋也「帰るんだよ」

    唯「部活はなにかやってないの?」

    かつてはバスケ部に所属していた。
    だが、親父との喧嘩で怪我をしてから、退部してしまっていた。

    12 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:28:39.34 ID:cUBlBpOS0
    朋也「…やってねぇよ」

    唯「そうなんだ? じゃあさっ…」

    なにか言い始めていたが、俺は構わず歩き出した。

    唯「あ…」

    背中から小さく声が聞こえた。
    が、俺は気にも留めず、そのまま教室を出た。

    ―――――――――――――――――――――

    帰宅してすぐ服を着替え、また家を出る。

    ―――――――――――――――――――――

    向かう場所は、学校の坂下にある学生寮。
    うちの学校は部活動にも力を入れているため、地方から入学してくる生徒も多い。
    俺のように学生生活に夢も持たない人間とはまったく違う人種。
    関わり合いになることもなかったが、そんな場所にあいつ…春原は住んでいるのだ。
    春原は元サッカー部で、この学校にも、スポーツ推薦で入学してきた人間だ。
    しかし一年生の時に他校の生徒と大喧嘩をやらかし停学処分を受け、レギュラーから外された。
    そして新人戦が終わる頃には、あいつの居場所は部にはなかった。
    退部するしかなかったのだ。
    その後も別の下宿に移り住む金銭的余裕もなく、この体育会系の学生が集まる学生寮に身を置き続けているのだ。

    ―――――――――――――――――――――

    がちゃり。

    13 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:29:12.57 ID:cUBlBpOS0
    俺はノックもなしに部屋のドアを開け放った。

    春原「うぉっ、いきなりなんだよっ」

    春原はなぜか上半身裸で焦っていた。

    朋也「なにって、俺だよ」

    ずかずかと上がりこむ。
    そして、もう春だというのに未だ設置されたままのコタツに潜りこんだ。
    というか、このコタツは季節に関わらず一年中設置されているのだ。

    春原「そういうことを言ってるんじゃないだろっ! ノックとかしろよっ」

    朋也「中学生かよ。俺の足音で察知できるようになれ」

    春原「できませんっ」

    朋也「なんでもいいけど、服着ろって。ほら」

    俺はその辺に散乱していた洗濯物のひとつを放った。

    春原「つーか、おまえ、ちょっとは僕のプライバシーを…ってこれズボンじゃん」

    朋也「おまえなら違和感ないよ」

    春原「上下ズボンで違和感ないってどういう意味だよっ!」

    朋也「いや、なんかおまえ、全体的に下半身っぽいしな…トータルでみて、オール下半身でもいいかなって」

    14 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:29:44.86 ID:cUBlBpOS0
    春原「よくねぇよっ! 意味わかんないうえに変なコーディネイトするなっ!」

    春原「ったく…」

    ため息混じりに自分で上着を探し始める。

    朋也(ん…?)

    今気づいたが、春原の前、テーブルの上に鏡が置かれていた。

    朋也(ああ、なるほど…)

    今、上半身裸だった謎が解けた。
    こいつはおそらく、俺が来るまで自分の肉体美でも追及していたのだろう。

    朋也(ナルシストな野郎だ)

    そう結論づけ、雑誌を読み始めた。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「あーあ、明日からまた学校かぁ…ちっ、めんどくせぇな…」

    朋也「明日からって…おまえ、今日からもう始まってるぞ」

    春原「え? マジ?」

    朋也「ああ」

    春原「………」

    15 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:30:17.76 ID:cUBlBpOS0
    春原「はは、でもさ、あれだよね、時差があって一日ずれたってやつ?」

    この部屋だけ異空間にでも飲みこまれているのだろうか。

    朋也「ちなみにクラス発表の掲示板におまえの名前はなかったぞ」

    春原「えぇ? なんでよ?」

    朋也「知らねぇよ。留年でもしたんじゃねぇの。ああ、除籍かも」

    春原「あ…そ、そうかよ…」

    春原「………」

    春原「へっ、岡崎……僕、おまえと過ごしたこの二年間、楽しかったよ。達者でな…」

    朋也「俺、明日カツ丼食いたいんだけど」

    春原「唐突だな…こんな時だっていうのに、最後までおまえは…」

    春原「まあ、いいよ、僕がおごってやるよ。ほら」

    渋い顔で小銭を渡してくれる。

    朋也「お、サンキュ。これからも昼代、よろしくな」

    春原「はっ、なに言ってんだよ、これからはおまえ一人でやっていかなきゃならないんだぞ?」

    朋也「そんな寂しいこというなよ。同じクラスになったんだしさ」


    16 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:30:52.08 ID:cUBlBpOS0
    春原「はい?」

    朋也「あったよ、お前の名前。俺と同じD組だ。んで、担任はさわ子さんな」

    春原「おまえ…金、返せよっ!」

    朋也「ちっ、しょうがねぇな…はぁ、ほらよ」

    春原「なんで加害者のおまえが不満そうなんだよっ!」

    春原「くそぅ…タチの悪い嘘つきやがって」

    朋也「いや、でもさ、お前の名前のうしろに(故)って書き加えといたし、あながち嘘でもないぞ」

    春原「勝手に殺すなっ!」

    朋也「つじつま合わせなきゃだろ?」

    春原「だろ? じゃねぇよっ! いらんことするなっ!」

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「ふぁ…」

    時計の針はすでに深夜の2時を指していた。
    テレビもないこの部屋で出来ることなんて、雑誌を読むか、話をするくらいの二択だったのだが…
    この時間にもなれば、さすがにどちらも飽和状態を迎えてしまう。
    帰るなら、ここいらが頃合だった。
    俺は無言でコタツから出た。


    17 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:31:27.44 ID:cUBlBpOS0
    春原「帰るの? だったら、僕ももう寝るから電気消してってくれよ」

    春原「布団から出るのめんどうなんだよね」

    朋也「ああ、わかった」

    パチっ

    がちゃり

    俺は電気を消し、部屋を出た。
    廊下には、『ドアもちゃんと閉めていきしょうねっ!』と春原の声が響き渡っていた。

    ―――――――――――――――――――――



    18 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:34:45.77 ID:cUBlBpOS0
    4/6 火

    今日も遅刻しての登校。ともかく、自分の席までやってくる。

    唯「あ、おはよ~、岡崎くん」

    朋也「………」

    すると、平沢を囲むようにして3人の女生徒が集まっていた。
    その内の一人は、図々しくも俺の席に座っている。
    そして、全員が来訪した俺に注目していた。
    なんとも居心地が悪い…。

    唯「あ、ほらりっちゃん、どかないと岡崎くんが座れないよ」

    女生徒「おっと、悪いね」

    その女生徒と入れ替わりに着席する。
    だというのに、まだ注視され続けていた。
    息苦しくなって、俺は机に突っ伏した。

    朋也(って、なんで俺が弱い立場なんだよ…)

    朋也(くそ、なんか納得いかねぇぞ。睨み返してやろうか…)

    唯「それでね…」

    と、思ったが、すぐに平沢たちの声が聞こえてきた。
    会話を再開したのだろう。
    その気はなかったが、嫌でも耳に入ってくる。

    19 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:37:04.23 ID:cUBlBpOS0
    軽音部の新入部員がどうのとか、そんな話だった。

    朋也(こいつら、軽音部の奴らなのか)

    朋也(まぁ、なんでもいいけど…)

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    声「起立、礼」

    生徒が号令をかける。
    ありがとうございました、と一つ響いて授業が終わった。
    ややあって、教師に質問をしにいく者や、談笑し始める者が現れ始めた。

    朋也(ふぁ…あと一時間で昼か)

    次の授業は英語。英作文だ。
    担当教師の名前を見てみると、堅物で知られる奴のものだった。
    授業を聞いていなかったりすると、その場で説教を始めるのだ。
    その最後に、みんなの授業時間を使ったことを謝罪させられる。
    俺みたいな奴にとっては、まさに天敵と言っていい存在だった。

    朋也(たるいな…サボるか)

    唯「ねぇねぇ、岡崎くん」


    20 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:37:37.27 ID:cUBlBpOS0
    サボリの算段を立てていると、平沢に肩をつつかれた。

    朋也「…なに」

    唯「じゃんっ。これ、すごくない?」

    平沢が俺に誇示してきたのは、シャーペンだった。
    ノックする部分が、球体に目が入った謎の物体になっていた。
    どこかで見たことがあるような気がするが…。

    朋也「…別に」

    唯「なんで!? これ、だんご大家族シャーペンだよ!? レア物だよ!?」

    そうだ、思い出した。だんご大家族。
    もうずいぶん前に流行ったアニメだか、歌だかのキャラクターだ。

    朋也「なんか、汚ねぇよ」

    唯「うぅ、ひどいっ! 昔から大切に使ってるだけだよっ」

    唯「っていうか、私の愛するだんご大家族にそんな暴言吐くなんて…」

    唯「もういいよっ。ふんっ」

    朋也(なんなんだよ、こいつは…)

    なんとなく気力がそがれ、サボる気も失せてしまった。

    朋也(はぁ…聞いてるフリだけでもするか…)

    21 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:38:09.29 ID:cUBlBpOS0
    結局、俺はサボリを断念することにした。
    こんな奴に影響を受けて気分を左右されるのは、少しシャクだったが…。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    授業が終わり、昼休みに入った。

    唯「ねぇ、岡崎くん」

    学食へ出向くため、席を立とうとした時、呼び止められた。

    朋也「なんだよ」

    唯「部活入ってないんだよね?」

    朋也「昨日言わなかったか」

    唯「だったね。じゃあさ、軽音部なんてどうかなっ? 入ってみない?」

    朋也「はぁ? 俺、もう三年なんだけど」

    朋也「入ってすぐ引退するんじゃ、意味ないだろ」

    唯「う…あ…そうだったね…ごめん」

    朋也「別に謝らなくてもいいけどさ…」

    22 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:38:43.54 ID:cUBlBpOS0
    唯「うん…」

    そんなにも新入部員が欲しいのだろうか。
    学年も見境なく勧誘してしまうほどに。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「よぅ、今から昼?」

    廊下に出ると、ちょうど登校してきた春原と顔を合わせた。

    朋也「まぁな」

    春原「どうせ学食だろ? 一緒に食おうぜ」

    春原「鞄置いてくるから、ちょっと待っててよ」

    俺の返事を聞かず、そう言うなりすぐさま教室に足を踏み入れる。
    が、そこで動きを止めて振り返った。

    春原「あのさ、おまえ、僕の席どこか知らない?」

    こいつは先日サボったせいで、自分がどこの席かわからないのだ。
    俺がいなければ、クラスさえわからなかっただろう。

    朋也「あそこだよ。ほら、あの、気軽に土足で踏み荒らされてる机」

    朋也「みんな避けずに上を通って行ってるな」

    朋也「お、座ってたむろしてるやつまでいる。あ、ツバ吐いた」

    23 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:39:16.49 ID:cUBlBpOS0
    春原「そんな一昔前のコンビニ前みたいな席あるかっ! 適当なこと言うなっ」

    春原「ったく…おまえに訊いた僕がアホだったよ…」

    朋也「うん」

    春原「いちいち肯定しなくていいです」

    春原「で…担任、さわちゃんなんだよな?」

    朋也「ああ、そうだよ」

    春原「そっか。ま、さわちゃんなのはいいけど…今から職員室まで訊きにいくの、たるいなぁ…」

    朋也「いや、座席表見ろよ。教卓の中に入ってるぞ」

    春原「最初から言いましょうねっ!」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「でもさ…むぐ…担任がさわちゃんって、運いいよね、僕ら」

    カレーを口に含ませたまま、もごもごと喋る。

    朋也「かもな」

    春原「僕、三年連続あの人だよ」

    春原「おまえは二年からで、一年のときは幸村のジジィだったよな」

    24 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:39:48.97 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ああ」

    春原「僕らに甘いって点ではジジィでもよかったけど、やっぱさわちゃんでよかったよ」

    春原「女教師のが目に優しいし、その上、なんだかんだいって、可愛いしね、あの人」

    朋也「そうだな」

    購入したうどん定食、そのメインである麺をすする。

    朋也「でも、あの人よくわかんないとこあるからな」

    春原「ああ、素を隠してるとことか?」

    朋也「まぁ、それもあるけど、なんか俺クラスの係にされちまってたし」

    春原「マジ? おまえが? ははっ、こりゃ荒れるぞ。学級崩壊するかもな」

    朋也「ちなみにおまえもされてたぞ」

    春原「マジで? なんの係?」

    朋也「駆除係」

    春原「なにそれ」

    朋也「この学校って周りに自然が多いだろ?」

    朋也「だからさ、時たま教室にゴキブリとか、ハチとかが襲撃してくるじゃん」

    25 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:40:21.04 ID:cUBlBpOS0
    朋也「それで、おまえはそいつらと戦うんだよ」

    春原「へぇ、なるほど。そりゃ、おもしろそうだね」

    真に受けてしまっていた。

    春原「なら、有事に備えて、全盛期の動きを取り戻しとこうかな」

    朋也「どうせたいしたことないだろ」

    春原「ふん、あんまり僕を侮るなよ。壁走りとかできるんだぜ?」

    ゴキブリのような男だった。

    朋也「まぁ、おまえ一回スズメバチに刺されてリーチかかってるしな」

    朋也「さわ子さんも、おまえを始末したくて選んだのかもな」

    春原「そんな裏あるわけないだろっ! っていうか僕、スズメバチに刺された過去なんかねぇよっ」

    春原「選ばれたのは、純粋に僕の戦闘力を見て、だろ?」

    朋也「はいはい…」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    26 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:40:54.18 ID:cUBlBpOS0
    清掃が終わってからSHRまでの時間。
    配布係は、この間に職員室まで配布物を取りに行くことになっていた。

    唯「うぅ~、初仕事、緊張するね」

    相変わらずこいつはよく話しかけてくる。
    授業間休憩の時も、しょっちゅう話を振ってきた。
    人と会話するのが好きなんだろうか…。
    俺のような無愛想な男に好き好んで絡んでくるくらいだから、そうなのかもしれない。
    ただ単に、席が隣同士だから、良好な関係を築いておきたいだけ、という線もあるが。

    唯「岡崎くんは、緊張しないの?」

    朋也「しようがないだろ」

    唯「へぇ、すごいねっ。いい心臓持ってるよっ」

    よくわからないが、褒められてしまった。
    もしかすると…
    こいつはただ単に思ったことを言っているだけで、他意はないのかもしれない。

    ―――――――――――――――――――――

    各学年、クラス毎に設置されたボックスの中に配布物が入っている。
    俺たちはD組のボックスを開けると、中にあったプリントを出し始めた。

    唯「よいしょっと…」

    なかなかに量が多い。
    生徒に勉学を奨励するような新聞の記事やら、偉人の格言など、そんな類のものも混じっている。

    27 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:41:37.28 ID:cUBlBpOS0
    進学校だからなのかどうか知らないが、こういう事になにかと熱心なのだ。
    進学するつもりもない俺にとっては、余計なお世話でしかなかったが。

    唯「っわ、ととっ」

    プリントを抱え、よろめく。
    見ていて少し危なっかしい。
    バランス感覚に乏しいやつなんだろうか。

    朋也「おまえ、大丈夫なのか。少し俺が持つか?」

    唯「ううん、大丈夫だよ。いこ?」

    なんでもないふうに言って、職員室の出入り口に向かう。
    俺もその背を追った。
    その間も足元がおぼついていなかったが、かろうじてこけることはなかった。
    何事もなく教室まで辿り着ければいいのだが…。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「ふぃ~、あとちょっとだね…」

    俺に振り向きながら言う。
    その時…

    唯「わっ」

    男子生徒1「痛っ…」

    ばさっ、と平沢の抱えていたプリントが舞い落ちて、床に散らばった。

    28 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:42:15.48 ID:cUBlBpOS0
    俺の方を向いたのと、向かいから来た男が脇見したタイミングが重なってのことのようだった。

    男子生徒1「…あ~、ごめん」

    肩を軽く抑えている。

    男子生徒2「うわ、おまえ最悪っ」

    隣にいた男が意気揚々と囃し立てる。

    男子生徒1「いや、おまえじゃん。俺の注意力をそらしたのが主な原因だから」

    男子生徒2「はははっ、マジおまえ」

    朋也「………」

    なんとなく気に入らない奴らだった。

    唯「私も、よく見てなかったから、ごめんなさ…」

    唯「あ…」

    その男たちは、平沢の言葉を聞くことなく、プリントを拾いもせずに立ち去ろうとしていた。

    唯「あはは…ごめん、岡崎くん。先にいってて」

    ひとり、散らばったプリントを集め始める平沢。

    朋也「………」


    29 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:42:49.00 ID:cUBlBpOS0
    俺はその場に自分の持っていたプリントの束を置いた。

    朋也「おい、待てって」

    男たちの背に怒気を含んだ声を浴びせる。

    男子生徒1「………は?」

    男子生徒2「………」

    どちらも怪訝な顔で振り向いた。

    朋也「おまえらも拾え」

    言いながら、近寄っていく。

    男子生徒1「いや…は?」

    男子生徒2「…なにこいつ」

    朋也「むかつくんだよ、おまえらはっ」

    俺は平沢にぶつかった方の胸倉をつかんだ。

    男子生徒1「っつ…は?」

    男子生徒2「は? なにおまえ…なにしてんの? やめろって」

    もう片方が引き離そうとしてくる。


    30 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:43:23.26 ID:cUBlBpOS0
    唯「私のことはいいよ、岡崎くんっ、落ち着こう! ね?」

    平沢も俺の袖を引いて止めに入ってきた。

    朋也「…ちっ」

    掴んでいた手を離す。

    男子生徒1「意味わかんね、バカだろ普通に」

    男子生徒2「頭おかしいわ、もうだめだろあいつ」

    罵りの言葉を吐きながら立ち去っていく。
    俺はその後姿を睨み続けていた。

    唯「ごめんね…岡崎くんにまで嫌な思いさせちゃって…」

    袖を持ったまま、俺を見上げてそう謝った。
    初めて見た、こいつの悲しそうな顔。
    いくら俺の応答が悪くても、まったく見せなかったその表情。
    巻き込んでしまったことが、そんなに辛いのだろうか。
    そんなの、俺が勝手に首を突っ込んだだけなのに。
    ………。

    朋也「…プリント拾って帰るぞ」

    せめて今だけは助けになってやりたい。
    そう思えた。

    唯「あ…うん」

    31 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:43:55.55 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    配布物も無事配り終え、SHRが終わった。

    唯「岡崎くん」

    直後、平沢に声をかけられる。

    朋也「なんだよ」

    唯「さっきはありがとね。私…ほんとはうれしかったよ」

    唯「プリントも一緒に拾ってくれたしさ」

    朋也「…そっかよ」

    唯「あ、でも乱暴なのはだめだよ? 愛がないとね、愛が!」

    唯「それじゃあねっ」

    一方的にそれだけ言うと、うれしそうにぱたぱたと教室を出て行った。

    朋也「………」

    俺はなにをあんなに怒っていたんだろう。
    俺だって、あいつらと大して変わらないだろうに。
    無神経に振舞って、冷たく接して…
    ………。
    それでも…平沢はずっと話しかけてくるんだよな…。
    そして、最後には、俺に礼まで言っていた。

    32 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:44:27.72 ID:cUBlBpOS0

    朋也(なんなんだろうな、あいつは…)

    春原「岡崎、帰ろうぜ」

    ぼんやり考えていると、春原が俺の席までやってきた。

    朋也「ああ、そうだな」

    さわ子「あ、ちょっと待って、そこのふたりっ」

    小走りで俺たちのもとに駆け寄ってくる。

    春原「なに? さわちゃん」

    さわ子「話があるの。ちょっとついてきてくれる?」

    春原「え、なに? 僕、告られるの? さわちゃんに?」

    さわ子「そんなわけないでしょっ」

    さわ子「というか、さわちゃんって呼ぶのはやめなさいって、いつも言ってるでしょ」

    春原「じゃ、なんて呼べばいいの? さわ子・オブ・ジョイトイ?」

    さわ子「なんでインリンから取るのよ…」

    春原「M字開脚見たいなぁ、って…」

    ぽか

    33 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:45:00.55 ID:cUBlBpOS0
    持っていたファイルで軽く頭を殴られる。

    春原「ってぇ…」

    さわ子「変なこと言わないの。私のことは、普通に山中先生と呼ぶように」

    春原は頭をさすりながら、はいはい、と生返事をしていた。

    さわ子「さ、とにかくついてきて」

    ―――――――――――――――――――――

    さわ子「あんた達ねぇ…」

    俺たちは人気のない空き教室に連れてこられていたのだが…

    さわ子「遅刻、サボリ…それも初日から連続で…」

    さわ子「ほんとにもう、大概にしなさいよっ」

    その途端、素に戻って荒い言葉遣いになるさわ子さん。
    変わり身の早い人だった。

    春原「んなに怒んなくてもいいじゃん。なんとかなるって」

    さわ子「ならないわよ、バカ」

    春原「え、もしかして…ヤバいの?」

    さわ子「まぁ、けっこうね」

    34 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:45:33.33 ID:cUBlBpOS0
    この人が言うのだから、本当にマズイのだろう。
    教師の中で味方といえるのは、さわ子さんと幸村ぐらいのものなのだから。

    さわ子「助かるかもしれない方法がひとつだけあるわよ」

    春原「校長でも校舎裏に呼び出すの?」

    さわ子「あんたは私の話が終わるまでちょっと死んどきなさい」

    春原「ちょっとひどくないっすか、それ?」

    朋也「早く仮死れ」

    春原「ああ、やっぱあんたが一番鬼だよ…」

    朋也「で…方法って、なんだよ」

    さわ子「一番いいのは生活態度をまともにすることだけど、あんた達には無理でしょうからね…」

    さわ子「他の事で心証をよくするしかないわ。気休めかもしれないけど」

    朋也「ボランティアしろとかいわないだろうな」

    さわ子「まぁそれに近いわね」

    春原「えぇぇ? やだよ、献血とかするんでしょ? 痛いじゃん」

    さわ子「だから、あんたは少し黙ってなさいって」

    朋也「そうだぞ。それに、おまえの血なんか輸血されたら、助かるはずの患者も即死するだろ」

    35 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:46:05.33 ID:cUBlBpOS0
    朋也「仮に助かっても、脳に重大な後遺症が残るだろうし」

    春原「しねぇよっ! 毒みたくいうなっ!」

    さわ子「とにかく! あんた達には部活動の手伝いをしてもらうから」

    朋也「はぁ?」
    春原「はぁ?」

    同時に素っ頓狂な声を上げる俺たち。

    さわ子「今日から軽音部の新入部員集めに協力しなさい」

    軽音部…というと、平沢が所属しているところか…。

    さわ子「さぁ、今から行くわよ。ついてきなさい」

    呆然とする俺たちを残し、教室を出ていく。

    春原「おい…どうすんだよ」

    朋也「どうするって…やんなきゃ、卒業がやばかったり、退学処分だったりが現実味を帯びてくるんじゃねぇの」

    春原「じゃあ、やんのかよ、おまえ」

    …なにも知らなければ、抵抗があっただろう。
    だが、もう平沢のことを知ってしまっていた。
    会ってまだ間もないが、悪い奴ではないように思う。
    だから、協力してやれるなら、それでもよかった。

    36 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:46:37.90 ID:cUBlBpOS0
    春原「…ふーん、部活なんかしてる連中とは関わりたくもないって、そういう奴だと思ってたんだけど」

    春原「それが最初に僕たちが意気投合したところだしねぇ」

    さわ子「なにやってんの? 早く来なさい」

    ドアから顔を覗かせ、手招きする。

    春原「…ま、いいや」

    呼びかけに応え、春原が教室を出ていく。
    遅れて俺もその後を追った。

    ―――――――――――――――――――――

    さわ子「みんなやってるぅ?」

    女生徒「あ、さわちゃん…って、そっちのふたりは…」

    唯「あれ…」

    さわ子「新入部員獲得のための新兵器よ。ま、こき使ってやって」

    さわ子「そんじゃねー、がんばってー」

    ばたん

    朋也「………」
    春原「………」

    37 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:47:09.75 ID:cUBlBpOS0
    あれだけしか言わずにちゃんと伝わったのだろうか…。
    軽音部の連中…見れば女生徒ばかりだった。
    彼女たちも事情を飲み込めずにいるのか、ポカンとしている。

    女生徒「あんたら…同じクラスの岡崎と…そっちの金髪、名前なんだっけ」

    春原「ちっ…春原だよ。覚えとけっ」

    女生徒「なっ…なんだこいつ、態度悪いな…」

    唯「岡崎くん、新兵器って…?」

    朋也「ああ、いろいろあって俺たち、軽音部の新入部員集め手伝うことになったから」

    唯「え!? ほんとに?」

    春原「ありがたく思えよ、てめぇら」

    女生徒「なっ…あんたなぁっ」

    唯「まぁまぁ、りっちゃん。せっかく手伝ってくれるんだから感謝しようよ」

    女生徒「うぐぐ…」

    さっそく春原は不協和音の引き金となっていた。

    朋也(しかし…部員はこいつらだけなのか…?)

    朋也(だとすると、1、2…5人か…少ないな)


    38 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:47:42.27 ID:cUBlBpOS0
    俺の見立てが正しいなら、駆り出された理由は、この人手の足りなさからなのかもしれない。

    唯「そうだ、自己紹介しよう! ね! まず私から!」

    唯「ボーカルとギターの平沢唯です! よろしく! はい、つぎ澪ちゃん!」

    女生徒「あわ、わ、わたし…?」

    女生徒「………」

    女生徒「…秋山澪です…」

    唯「はい、澪ちゃんはベースやってます! 美人です! 恥ずかしがり屋です! つぎ、ムギちゃん!」

    女生徒「琴吹紬です。担当はキーボードです。よろしくね」

    唯「ムギちゃんはお嬢様です! 毛並みも上品です! でもふわふわしてます! そこがグッドです!」

    唯「はい、つぎあずにゃん!」

    女生徒「はあ…」

    女生徒「えっと…二年の中野梓です」

    唯「あずにゃんはみたとおり可愛いです! 担当はギターです! あずにゃんにゃん! あずにゃんにゃん!」

    平沢が奇声に近い声を発し、中野という子に頬をすり寄せ始めた。

    梓「ちょっと…唯先輩、やめてください…」

    39 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:48:14.52 ID:cUBlBpOS0
    唯「でひゃっひゃっ」

    ひとしきりじゃれついた後、ようやく離れた。

    唯「…うおほん。では最後に、われらが部長、りっちゃん!」

    女生徒「あー、田井中律。部長な。終わり」

    唯「りっちゃんはみたとおり、おデ…」

    律「その先はいうなっ」

    パシっ

    唯「コッ! った~い…」

    妙な連中だった。
    それは、平沢が中心になっているからそう見えたのかもしれないが…。

    唯「それじゃ、次は岡崎くんたちね」

    朋也「岡崎朋也」

    春原「…春原陽平」

    朋也「こいつの担当は消化音だ。ヘタレだ」

    春原「変な補足入れるなっ! つーか、消化音って、どんな役割だよっ!」

    朋也「胃で食い物が消化されたらさ、ピ~、キュ~って鳴るだろ。あれだよ」

    40 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:48:46.55 ID:cUBlBpOS0
    春原「恥ずいわっ!」

    唯「春原くん、消化音でドの音出してみてっ!」

    春原「できねぇよっ!」

    律「しょぼっ…」

    春原「あんだとっ、てめぇデコっ」

    律「はぃい? なんだってぇ?」

    間を詰めて、今にも掴みかかっていけそうな距離で火花を散らし始めるふたり。

    唯「ストップストップ!」
    紬「りっちゃん、どうどう」

    部員に両脇を固められ、その態勢のままなだめられる部長。

    律「んむぅ~…むぅかぁつぅくぅ」

    梓「あの…ちょっといいですか?」

    場が落ち着いたところを見計らったように、控えめな声が上がる。

    律「なんだよっ、梓」

    梓「律先輩たちって同じクラスなんですよね?」

    律「? そうだけど」

    41 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:49:24.30 ID:cUBlBpOS0
    梓「その…岡崎先輩と、春原先輩もそうだって言ってましたよね?」

    律「ああ、いったけど」

    梓「じゃあ、なんで今自己紹介なんですか?」

    唯「それはね、最初の自己紹介の時に、ふたりともきてなかったからだよ」

    梓「え、そうだったんですか…」

    唯「春原くんにいたっては、今日初めて見たんだよね」

    律「ああ、昼休みにいきなり派手な金髪が現れたからびっくりしたよな」

    春原「いや、そっちの琴吹ってのも金…」

    紬「私が…なに?」

    その時、なんだかよくわからないが、すさまじい闘気のようなもを感じ取った。

    春原「ひぃっ」

    そしてすぐにわかった。それが春原に向けられたものであるということが。

    春原「なんでもないです…」

    そう、こいつには黙る以外の選択肢はなかったはずだ。
    それぐらい有無を言わせないほどの圧力だった。
    …何者だよ、あいつは。

    42 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:49:56.10 ID:cUBlBpOS0
    梓「昼…?」

    律「ああ、前にこのふたりと同じクラスだった奴から聞いたんだけどさ、こいつら、不良なんだと」

    律「それで、サボりとか、遅刻が多いんだってさ」

    梓「ふ、不良ですか…」

    俺と春原に恐る恐る目を向ける。
    やがてその視線は春原の頭で止まっていた。

    春原「ああ? なんだよ?」

    梓「い、いえ…」

    春原「ちっ、さっきからチラ見してきやがって…」

    無理もない。今時金髪で、そんな奴がこんな進学校の生徒なのだから。
    普通の奴からしてみれば、物珍しいはずだ。

    澪「………ぅぅ」

    怯えたように後ずさっていく。

    唯「澪ちゃん、怖がらなくて大丈夫!」

    唯「岡崎くんはいい人だよっ。私が保証するよっ!」

    …保障されてしまっていた。
    まさか、あの廊下での出来事を根拠に言っているんだろうか…。

    43 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:58:16.78 ID:1qYNd8dxO


    44 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 10:59:42.83 ID:nA+fsB9bP
    この投稿密度は評価に値する

    45 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:14:09.26 ID:1qYNd8dxO
    規制

    46 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:33:04.59 ID:lDL7A+qX0
    さるでも喰らったか

    47 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:33:35.52 ID:1qYNd8dxO
    それ以外、この評価に繋がりそうなことなんて、思い浮かばないのだが…
    でも、そうだとしたら、安易過ぎる…。

    梓「え?」

    紬「あら…」

    澪「………」

    律「唯…おまえ、岡崎となんかあったのか?」

    唯「ん? なにが?」

    律「いや、なにって…そりゃ…その…男女の…いろいろとか…」

    唯「へ? 男女のいろいろって?」

    律「だから、惚れた腫れたのあれこれだよ。つまり、おまえが岡崎に気があるってことな」

    唯「え、あ…そ、そういうのじゃないけど…」



    48 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:34:33.15 ID:1qYNd8dxO
    律「う~む…こいつ、顔立ちは整ってるけど…不良だぞ?」

    唯「だから違うってぇ~…」

    春原「………」

    無言でそのやり取りを眺める春原。
    こいつは今、なにを思っているんだろうか…。


    49 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:36:59.78 ID:lDL7A+qX0
    携帯からじゃ大変だろうけど期待してるから頑張れ

    50 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:37:25.52 ID:1qYNd8dxO
    春原「へぇ…そういうこと」

    俺に向き直り、口を開いた。

    朋也「…なにがだよ」

    なにか、あらぬことを邪推されている気がする…。

    春原「いや、ずいぶんなつかれてるなと思ってね」

    朋也「言っておくけど、なにもないからな」

    春原「ああ…そうだね」

    その含み笑いが腹立たしかった。

    朋也(勘違いしてんじゃねぇよ…)

    ―――――――――――――――――――――

    唯「えー、おほん。それでは新入部員捕獲作戦ですが…こちら」

    そこに並べられていたのは、犬、猫、馬、豚、ニワトリ…等、動物の着ぐるみ。
    どれも微妙にリアリティがあって少し不気味だった。

    唯「この着ぐるみを着てやりたいと思います」

    澪「えぇ…それ着なきゃだめか?」

    唯「だめだよ。普通にやったんじゃインパクトに欠けるからねっ」

    51 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:39:35.32 ID:1qYNd8dxO
    律「ま、これ着てれば顔割れないし、恥ずかしくないからいいんじゃないか?」

    澪「そうだけど…はぁ…あんまり気が進まないな…」

    梓「私も…なんとなく嫌です…」

    唯「やってればそのうち楽しくなるよ、たぶん」

    澪「たぶんて…」

    梓「はぁ…」

    律「私ニワトリー」

    唯「じゃ私豚ー」

    紬「私、犬~」

    部長を皮切りに、しぶっている部員も含め、皆選び始めた。

    朋也「おまえ、どうする」

    春原「あん? 適当でいいでしょ。余ったやつでいいよ」

    朋也「そうか」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「………」


    52 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:40:13.41 ID:BXhBzgnMO
    もう最高
    頑張ってください^ ^

    53 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:41:05.20 ID:1qYNd8dxO
    全員の着替えが終わる。
    …約一名、春原を除いて。

    唯「あれ? 一着たりなかったね」

    律「どうするかなぁ、こいつは」

    唯「う~ん…」

    朋也「おまえ、全裸でいけ」

    律「ぶっ」

    澪「ぜ…ぜん…」

    唯「それ、すごいインパクトだよっ」

    春原「死ぬわっ! 社会的にっ!」

    朋也「じゃあその上からロングコート一枚着込んでいいから」

    春原「典型的な変質者だろっ! 実質大差ねぇよっ!」

    律「わははは!」

    梓「あの…春原先輩は染髪してますし、そのままでも十分インパクトあると思いますけど…」

    唯「それもそうだねっ」

    春原「なら、僕はこのままいくからなっ」

    54 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:42:33.49 ID:1qYNd8dxO
    紬「待って、こんなものがあったんだけど…」

    その子が持ってきたのは、カエルの頭だった。

    唯「ムギちゃん、それって…」

    紬「うん、唯ちゃんが部室に置いてたカエルの置物」

    紬「あれ、頭部が脱着可能で、中が空洞になってたの」

    律「ふ~ん、じゃあ春原、あんたこれつけてけよ」

    紬「はい、どうぞ」

    春原「カエルかよ……まぁ、いいけどさ」

    受け取り、装着する。

    春原「あれ? これ、前が見えないんだけど」

    紬「あ、そっか、目の部分、穴開けなきゃ…」

    紬「唯ちゃん…」

    唯「う~ん、しょうがないな…あけちゃおうか」

    律「うし。じゃ、あんた、動くなよ」

    春原「わ、馬鹿、脱いでからあけろよ!」

    55 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:43:31.27 ID:NTPMRZDvP
    がんばるな

    56 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:43:53.45 ID:1qYNd8dxO
    律「ははは、冗談だよ。そうビビんなって」

    いや…でも、もしかしてあいつなら…

    ―――――――――――――――――――――
    ―――――――――――――――――――――

    紬「あ、ちょっと動かないでね。外すと後味悪いから」

    春原「な、なにを…」

    紬「ショラァッ!」

    ゴッ ゴッ

    春原「ひぃっ」

    春原「あれ…前が見える…」

    二つの衝撃音と、春原の悲鳴の後、カエルの目の部分に穴が開いていた。

    律「ひぇ~、相変わらずすごいな、ムギの“無極”」

    唯「うん。“無極”からの左上段順突き、右中段掌底で穴を開けた…」

    唯「普段ならあそこから“煉獄”につなげてるけど、今回は穴を開けるだけが目的…」

    唯「命拾いしたね、春原くんは…」

    ―――――――――――――――――――――

    57 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:45:46.67 ID:1qYNd8dxO
    ―――――――――――――――――――――

    ということに…

    春原「おい、岡崎。なにぼけっとしてんだよ。もう出るみたいだぞ」

    朋也「あ、ああ」

    どうやらもう穴あけが終わっていたらしい。
    アホな妄想もほどほどにしなければ…。

    朋也(にしても、男の部員がいないよな…一応訊いておくか)

    朋也「なぁ、平沢」

    唯「ん? なに?」

    朋也「ここって女ばっかりだけど、男の部員は募集してないのか」

    唯「ん~、それはねぇ…私は別にいいんだけど…」

    ちらり、と横に立つ馬の着ぐるみに顔を向ける。

    澪「な、わ、私だって別に…でも、女の子同士のほうがいろいろとやりやすいっていうかだな…」

    澪「えっと…そ、そうだ、梓はどうなんだ? 来年はもう梓しか残らないんだし…」

    澪「どっちがやりやすいとか、あるか?」

    猫の着ぐるみに問いかける。

    58 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:47:38.39 ID:1qYNd8dxO
    梓「私ですか? 私も別に…」

    澪「で、でも放課後ティータイムで活動してきたわけだし…」

    澪「やっぱり女の子のほうがいいかもな、うん」

    律「こいつがこんな感じで恥ずかしがりだからさ、まぁ、できれば女で頼むわ」

    言って、ニワトリの着ぐるみが片手を上げた。

    朋也「ああ、わかった」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「ふぁ~、かったるぅ」

    春原は地面に座り込み、ビラを数枚重ね、うちわのようにして扇いでいた。

    朋也「おい、おまえもそれ配れよ」

    俺と春原は、軽音部の連中とは別の場所で勧誘活動をしていた。
    あいつらは正門へ続く大通り、そして俺たちは玄関で張っている。

    春原「こんなもん配ったって効果ねぇよ」

    朋也「じゃ、どうすんだよ」

    春原「気弱そうな奴を脅せばいいんだって」

    春原「お、ちょうどいいところにカモ発見」

    59 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:50:38.05 ID:1qYNd8dxO
    春原「おい、おまえ」

    高圧的な態度で進路を塞ぐようにして、通りかかった男子生徒のもとへにじり寄って行った。
    あの時の話を聞いていなかったのか、条件を完全に無視していた。

    男子生徒「は、はい…?」

    春原「軽音部…入るよな?」

    男子生徒「え、いや…僕ラグビー部にもう…」

    春原「ああ? おまえみたいなのがラグビー?」

    春原「ははっ、やめとけよ。死んじまうぜ? それに、あいつら馬鹿ばっかだから…」

    男子生徒「誰が馬鹿だって?」

    春原「ひぃっ」

    春原の背後に現れたのは、同じ寮に住んでいるラグビー部の三年。

    ラグビー部員「その声、春原だろ。なにウチの部から引き抜こうとしてんだよ」

    春原「い、いや、ちがいま…」

    ラグビー部員「カエルの被り物なんかしやがって…バレバレなんだよっ。こっちこい!」

    春原「ひ…ひぃぃぃぃぃいい」

    そのままずるずるとどこかへ引きずられていってしまう。

    60 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 11:57:21.41 ID:NTPMRZDvP
    文章自体はいいと思うんだが正直>>1で失敗してると思う
    VIPでいきなり地の文がズラズラならんでると読む気なくす
    まず朋也と唯の会話から入ったほうがよかったんじゃないか?
    続ける限りは読むけどさ

    61 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:00:38.31 ID:9xUtZMAIi
    クラナドとけいおんかぁ
    パッとしないなw

    62 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:03:06.51 ID:NTPMRZDvP
    まあけいおん厨と鍵厨はなんか違うなという気はする

    63 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:03:16.34 ID:1qYNd8dxO
    どこまでもお約束な男だった。

    ―――――――――――――――――――――

    もういい時間になったので、とりあえず部室に戻ってくる。

    澪「ぁ、わわ…」

    唯「わぁっ! 春原くん、なんでそんなボコボコになっちゃたの?」

    春原の装備していたカエルは、ところどころひびが入り、返り血さえ浴びていた。

    春原「…大物を勧誘してただけだよ」

    律「なにを勧誘したらそうなるんだっつーの…」

    ―――――――――――――――――――――

    着ぐるみを脱ぎ、身軽になる。
    今は全員でテーブルを囲み、ひと息入れていた。
    そのテーブルなのだが、ひとつひとつ机を繋げて作られたものらしかった。
    そこで急遽、俺と春原の分も継ぎ足してくれていたのだ。

    律「で? そっちはどんな感じだった?」

    朋也「ビラは何枚か渡せたけど、けっこう逃げられもしたな」

    律「そっか、こっちとあんま変わんないな」

    唯「なんで逃げられちゃうんだろ?」

    64 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:05:15.56 ID:xFG93jWa0
    前にも似たようなのあったよね
    しえ

    65 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:09:51.51 ID:1qYNd8dxO
    春原「着てるもんが不気味なんだろ」

    律「あんたがいうな。血なんかつけて軽くホラー入ってたくせに」

    春原「ふん…」

    澪「直接勧誘活動していいのは今日までだから、あとはもう明後日にかけるしかないな」

    唯「あさって? なんで?」

    澪「春休み中に予定表もらっただろ? みてないのか?」

    唯「う、うん。ごめん、みてない」

    澪「はぁ…まったく…」

    やれやれ、とため息をひとつ。

    澪「ほら、この時期はさ、放課後、文化部に講堂で発表する時間が与えられるだろ」

    澪「それで、軽音部は4/4木曜日の放課後からってことになってるんだよ」

    澪「まぁ、規模の小さい創立者祭みたいなものだな。去年もやっただろ?」

    唯「ああ、新勧ライブだね」

    澪「そうそう」

    紬「梓ちゃんはあの時のライブで入部を決めてくれたのよね」

    66 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:13:34.61 ID:mBoopxQC0
    けいおんとクラナドか。大支援。

    クラナドの女キャラも出してくれると嬉しいぜ。

    智代とか、生徒会にいないのか?

    67 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:14:25.22 ID:1qYNd8dxO
    梓「そうですね。最初はジャズ研と迷ってましたけど、あのライブが決め手になりました」

    澪「やっぱり、重要だよな、新勧ライブは」

    律「だな。そんじゃ、気合入れてがんばりますか、明後日は」

    部長が言うと、皆こくりと頷いていた。

    春原「なんか結論出たみたいだし、僕たち、もう帰るぞ」

    春原「いこうぜ、岡崎」

    朋也「ん…ああ」

    春原に言われ、席を立つ。

    紬「あ、まって」

    春原「あん? なに、まだなんかあんの?」

    紬「ケーキと紅茶あるんだけど、食べていかない?」

    春原「マジで?」

    紬「うん、ぜひどうぞ」

    春原「へへ、けっこう気が利くじゃん」

    68 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:15:56.49 ID:IVG1FJ0nO
    >>66
    和どうすんだよ

    69 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:16:00.15 ID:BXhBzgnMO
    >>66
    いや、いらない邪魔になる
    これでバランス良い

    70 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:17:44.75 ID:SBICiwHrO
    支援

    71 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:17:59.29 ID:mBoopxQC0
    >>68
    和の後輩として。

    72 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:19:56.39 ID:1qYNd8dxO
    上機嫌で座り直す春原。

    唯「わぁ、待ってましたっ」

    律「って、ムギ、こいつらにもやんの?」

    紬「うん、せっかく手伝ってくれたから…」

    律「くぁ~、ええ子やで…感謝しろよ、てめぇら」

    春原「ああ、ムギちゃんにはするよ」

    律「ムギちゃんって…いきなり馴れ馴れしいな、あんた…」

    紬「? 岡崎くんは、いらない?」

    座ろうとしない俺を見て、その子…確か、琴吹…が問いかけてくる。

    朋也「俺、甘いの苦手だからさ。帰るよ」

    紬「だったら、おせんべいもあるけど」

    朋也(せんべいか…)

    それなら…ご相伴に預かっておいてもいいかもしれない。

    春原「ただでもらえるんだぜ? 食っとけば?」

    朋也「ああ…そうだな」

    73 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:21:48.67 ID:SUG0sLZlO
    超いい
    支援

    74 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:22:17.04 ID:G/pIhVfiO
    これは久しぶりの良SS

    まぁそんなに絡まないなら出してもいいんじゃないから >クラナド女キャラ
    って確かに今のバランスはいいよね

    75 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:25:02.58 ID:1qYNd8dxO
    紬「じゃ、みんな待っててね。今持ってくるから」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「お、ウマイ」

    一口分にしたケーキの一片を口に放ると、すぐにそう感想を漏らしていた。
    よっぽどうまかったんだろう。

    紬「ほんと? よかったぁ」

    紬「岡崎くんはどう? おせんべい」

    朋也「ああ、うまいよ」

    せんべいの方も、醤油がよく染みていて、ぱりっとした歯ごたえもあり、いい味を出していた。

    紬「あはっ、よかった。持ってきた甲斐があったな」

    唯「ムギちゃんの持ってくるおやつって、いつもクオリティ高いよね」

    律「だよな。これのために軽音部があるといっても過言じゃないな」

    澪「おもいっきり過言だからな…」

    春原「え、おまえらいつもこんなの食ってんの?」

    唯「うん。でね、食器類も、そこの冷蔵庫も全部ムギちゃんちのなんだよ。すごいでしょ」

    そう、この部室には食器棚と冷蔵庫が設置されていた。

    76 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:28:26.49 ID:wjZKrqgrO
    登場人物は多くない方が特定の組み合わせでの
    やりとりが増えるから、今ぐらいのバランスの方が良いなあ

    支援

    77 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:30:05.33 ID:1qYNd8dxO
    学校の備品で、物置代わりにされているのかと思っていたが…私物だったようだ。

    朋也「教師に何か言われたりしないのか」

    部室での飲食を含め、ここまでやれば、普通はお咎めがあるように思うのだが…どうなんだろう。

    律「ああ、それは大丈夫。顧問がさわちゃんだからな」

    律「あんた、さわちゃんの素顔、知ってる?」

    朋也「ああ、まぁ」

    律「そか。なら想像つくだろ。あの人もここで飲み食いしてるんだよ」

    朋也「そうなのか…」

    朋也(つーか、あの人、軽音部の顧問だったのか…それで…)

    なぜ軽音部の手伝いだったのか、ようやく合点がいった。
    人手不足なだけではなかったのだ。そういうコネクションがあったからこそだった。

    春原「なんかここ、住もうと思えば住めそうだよね」

    朋也「おまえの部屋より人の住まい然としてるしな」

    春原「どういう意味だよっ」

    朋也「ほら、お前の部屋ってなんていうか、閉塞感あるじゃん。窓に格子とかついてるし」

    春原「それ、まんま牢獄ですよねぇっ!」

    78 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:32:46.28 ID:kKKJ3pyS0
    まさに俺得SSスレだ

    79 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:34:28.96 ID:iMgd5qpBO
    CLANNADが一番好きな俺得スレ
    面白いわ、頑張れ

    80 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:35:23.12 ID:1qYNd8dxO
    律「わははは!」

    ―――――――――――――――――――――

    春原の部屋、いつものように寝転がって雑誌を読む。

    春原「あーあ、軽音部の手伝いって、いつまで続くんだろうね…」

    朋也「さぁな。でも部員集めは今日までだったみたいだし…」

    朋也「明後日なんかあるとかいってたから、それまでじゃねぇの」

    春原「それもそうだね」

    春原「でも、ケーキうまかったなぁ。あれが毎回出るなら、手伝うのも悪くないね」

    俺はせんべいとお茶だったが、確かにうまかった。

    朋也「だな」

    春原「明日はなにが出てくるんだろうね。お嬢様とかいってたし、キャビアとかかな」

    朋也「さすがにそれはねぇよ。金粉をまぶしたサキイカとかだろ」

    春原「そっちのがありえねぇよっ」

    春原「ま、なんにせよ、行けばわかるか、ふふん」

    朋也(こいつは…嫌がってたんじゃないのかよ)

    81 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:37:11.84 ID:KfhKOVhkO
    昔CLANNADとけいおん!を混ぜたSSスレがあって、それはそれは立派な保守スレで終わりましたよ

    82 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:39:19.32 ID:c05aHK30O
    もし力量に自信があるのなら古河一家だけで良いから追加してホスィ

    特にあっきーは

    83 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:39:21.05 ID:SBICiwHrO
    >>66
    けいおんの画風に智代は美少女すぎて違和感w

    84 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:40:06.49 ID:1qYNd8dxO
    4/7 水

    唯「おはよう、岡崎くん」

    朋也「…はよ」

    唯「わ、今日は返事してくれるんだねっ」

    朋也「無視したことなんかあったか」

    鞄を下ろし、席に着く。
    ついで、思い返してみる。
    一応、態度は悪くとも反応はしていたはずだ。

    唯「きのうは挨拶かえしてくれなかったよ?」

    朋也(ああ…)

    そういえば、そうだったような気がする。
    あれはただ注目の的になったせいでたじろいでしまい、そんな余裕がなかっただけなのだが…。

    朋也「悪かったな」

    いちいち釈明するのも煩わしかったので、謝って話を終わらせることにした。

    唯「いいよ。これからずっと返事してくれればね」

    これからも挨拶され続けるのか、俺は。
    別に、そこまで親しくなろうとしなくてもいいのに。

    85 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:41:10.55 ID:O+NrsYv+P
    純ジュワ~

    86 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:42:32.53 ID:SUG0sLZlO
    >>81 よかったら詳細を教えてくれないだろうか

    87 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:45:15.88 ID:1qYNd8dxO
    朋也「できるだけな」

    だから、イエスともノーともとれるよう、そう答えておいた。

    唯「うむ、よろしい」

    腕を組み、こくこくと頷く。

    唯「あ、それと、岡崎くん。やっぱり、遅刻はだめだよ?」

    朋也「いいんだよ、俺は。不良だって知ってるだろ」

    唯「う~ん、でも、そうは見えないんだけどなぁ…」

    唯「だって岡崎くん、優しいよね。ちょっと乱暴なところもあったけど…」

    もうこれは、あの時のことを言っていると思って間違いないんだろう。
    平沢が体をぶつけられ、プリントをばら撒いてしまった時のことだ。
    ならやっぱり、昨日もそうだったのだ。
    大勢の前で、俺がいい人であるなんてことを保障していた。
    …そんなわけないのに。

    朋也「その乱暴なところが不良だっていうんだよ」

    唯「でも、あれはその…私のためにっていうか…」

    朋也「馬鹿。勘違いするな。あいつらが気に入らなかっただけだ」

    朋也「おまえのためじゃない」

    88 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:50:13.59 ID:1qYNd8dxO
    唯「でも、止めたらちゃんと聞いてくれたし…そのあと一緒にプリント拾ってくれたよ?」

    朋也「そのくらいで優しいなんて言ってたら、悪人なんてこの世にいないぞ」

    唯「そんなぁ…私には十分いい人に思えるけどなぁ…」

    朋也「思い違いだ」

    唯「そんなことない」

    朋也「なんでそう言い切れるんだよ…」

    唯「う~ん…なんでかな」

    首をかしげる。

    唯「でも、そう思うんだよね」

    朋也「そう思って、いつか痛い目見ても知らねぇからな」

    唯「大丈夫。そんな目にはあわないよ」

    また言い切っていた。
    唯「私は、岡崎くんがいい人だって信じてるから」

    結局、この結論に戻ってきていた。いい加減、面倒になってくる。

    朋也「…好きにしろよ」


    89 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:52:00.72 ID:c/+LQZXq0
    いくらなんでも外野が口出し杉だ
    このSSを支援しつつ見守ろうぜ


    90 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:53:12.07 ID:1qYNd8dxO
    どうせ、俺がどういう奴かわかれば、すぐ離れていくだろう。
    こいつが好意的に接してくるのも、それまでだ。

    唯「うん、好き放題するよっ」

    朋也(はぁ…)

    また、妙な奴と関わってしまったものだと…
    窓の外、晴れ渡った空を見ながら思った。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「ん~、やっとお昼だ」

    隣で平沢が伸びをして、解放感に浸っていた。

    唯「ねぇ、岡崎くんも一緒に食べない?」

    ひょい、と手前に弁当箱を掲げた。

    朋也「いや、俺、学食だから」

    唯「学食かぁ、私いったことないなぁ…おいしいの?」

    朋也「別に。普通だよ」

    91 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:56:05.45 ID:1qYNd8dxO
    唯「そっかぁ…あ、引き止めちゃってごめんね。いってらっしゃい」

    朋也「ああ、それじゃ」

    見送られて席を立ち、いまだ机に突っ伏している金髪を起こしに向かった。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「おまえね…もっと普通に起こせよ…」

    朋也「なにがそんなに不満なんだよ」

    春原「不満しかないわっ! 起きたら黒板けしの粉の霧に包まれてたんだぞっ!」

    春原「なにが、ミノフスキー粒子散布だよっ! ちょっと気管に入っただろっ!」

    朋也「それくらい許せよ。ちょっとした余興だろ」

    春原「昼飯前の余興で変なもん口に含ませないでくれますかねぇっ!」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「そういやさ…」

    春原が水を飲みほし、口を開いた。

    春原「軽音部の手伝いが終わったら、次はなにさせられるんだろうね」

    春原「まさか、これだけで終わりなんてことはないだろうしさ」

    92 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:57:35.18 ID:1qYNd8dxO
    朋也「さぁな。草むしりでもさせられるんじゃねぇの」

    言って、カレーを口に運ぶ。

    春原「うげ、めんどくさ。雑用系は勘弁して欲しいよなぁ…」

    春原「とくにトイレ掃除とかはね。この前なんか、見ちゃったんだよね、僕」

    春原「便器にさ、すっげぇでかいウン…」

    ぴっ、と春原の目にカレーの飛まつを飛ばす。

    春原「ぎゃあああああああああぁぁあぁ辛口ぃぃぃいいっ!!!」

    地面に倒れこみ、もんどりうつ春原。

    朋也「カレー食ってるときにそんな話題は避けろ、アホ」

    春原「うぐぐ…そんなの、口で言ってくれよ…」

    這い上がるようにして、なんとか体勢を元に戻す。

    春原「いつつ…ふぃ~…うわ、なんか福神漬け出てきた…」

    おしぼりで目を冷ましつつ、拭き取り始める。

    春原「ところでさ、軽音部って、よく見たらかわいいこばっかだったよね。部長は除くけど」

    春原「おまえもそう思わない? 部長は除くけど」

    93 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 12:59:03.04 ID:1qYNd8dxO
    朋也「そうか? つーかおまえ、あの部長敵視してんのな」

    春原「まぁね。なんか気に食わないんだよね、生意気だし、下品だし」

    明らかに同属嫌悪というやつだった。

    朋也(つーか、おまえがそれを言うのか…)

    部長が気の毒でならなかった。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「おかえり~」

    学食から戻ってくると、軽音部の連中が平沢の周りに集まっていた。
    相変わらず部長は俺の席に陣取っている。
    各自弁当箱を机の上に置いているところを見るに、食事が終わってそのまま雑談でもしていたんだろう。

    律「おかえりって…夫婦のやり取りかよ。それも、こんな昼下がりに…」

    律「意味深だなぁ、おい」

    紬「まぁ、りっちゃんたら、深読みして…ふふ」

    唯「う~、違うよぉ。っていうか、昼下がりなことがなにか関係あるの?」

    律「ふ…そう、それはずばり、昼下がりの情事…」

    澪「昼下がりの…情…うぅ…」

    94 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:00:23.85 ID:cUBlBpOS0
    唯「りっちゃんなに言ってんの」

    朋也「なんでもいいけど、部長、どいてくれ」

    律「こりゃ失敬」

    俺は席に着き、部長は平沢の後ろに回った。

    唯「はっ、まずい、りっちゃんに背後取られたっ!」

    唯「ま、間に合わない…アレを…くらうっ…あのハンマーフックをっ…」

    律「もうお前ができることは病院のベッドの上で砕けたあごを治療することだけだっ」

    スローモーションで平沢の顔面にこぶしをくりだす。

    唯「お…おおっ…!!!?」

    ぐにゃり、と緩やかにめり込んでいった。

    紬「唯ちゃんは殴られる直前に後ろに跳んでる…まだ戦えるよっ」

    澪「ムギ…おまえまでこんな茶番に合わせなくていいからな…」

    男子生徒「あの…すんません。いいですか」

    澪「え? あ…」

    いつの間にか一人の男子生徒が所在無さげに立ちつくしていた。
    その席本来の主だった。

    95 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:02:17.50 ID:ZEYbEskVO
    支援

    96 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:02:25.97 ID:1qYNd8dxO
    澪「こ、こっちこそ、すみません…」

    慌しく立ち上がり、席を譲る。

    律「あ~あ、いつまでも人の席でだべってるからそういうことになるんだよ」

    律「和を見習えよな~。ちょっと話した後すぐ席に戻って次の授業の準備してんだぜ?」

    澪「う、うるさいな、おまえが言うな」

    澪「でも、そろそろ戻ったほうがよさそうなのは確かだな。私はもう戻るよ」

    紬「じゃ、私も」

    律「待てっ! 部長である私が一番戻るんだよぅっ」

    澪「一番戻るって…意味がわからん…」

    紬「あはは」

    かしましくそれぞれの席へと散って行った。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    配布係の仕事のため、平沢と共に職員室までやってくる。
    俺はここで、さわ子さんにひとつ訊いておきたいことがあった。

    97 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:02:36.67 ID:TnBbwF6WO
    席とられてるとちょっと困るよな

    98 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:02:42.03 ID:cUBlBpOS0
    朋也「平沢、先いっててくれ」

    唯「え? なんで? 一緒にいこうよ」

    朋也「野暮用があるんだよ。すぐ追いつくから、行け」

    唯「ちぇ、わかったよ…」

    平沢を先に帰し、さわ子さんのもとへ向かう。

    さわ子「あら? なにか用? 岡崎くん」

    朋也「あのさ、軽音部の手伝いのことなんだけど、明日まででいいんだよな?」

    さわ子「う~ん、そうね、明日だものね、軽音部の新勧ライブ」

    さわ子「うん、いいわよ」

    朋也「それで俺たちの遅刻、欠席のペナルティはチャラ、ってことには…」

    さわ子「そこまで甘くないわよ」

    予想はしていたが、やっぱりまだなにかしら続くようだった。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    99 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:04:10.12 ID:cUBlBpOS0
    放課後。

    唯「岡崎くんたち、今日も来てくれるの?」

    朋也「手伝いを命じられてるからな」

    唯「そんなこと関係なく来てくれていいのに」

    朋也「迷惑だろ」

    唯「そんなことないよ。なんか男の子いるのって、新鮮でいいもん」

    朋也「じゃ、男の部員が入ってくること祈っとけ」

    唯「でも、どこの馬の骨かわからない人より、岡崎くんたちのほうがいいよっ」

    それはせっかくの新入部員に対して失礼なんじゃないのか…。

    律「おぅ、唯、いこうぜ~」

    軽音部の連中が固まってやってくる。

    唯「うん、待って~」

    平沢もそこに加わり、廊下へ出ていった。

    春原「いこうぜ、岡崎」

    入れ替わるようにして春原が現れる。

    100 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:07:07.02 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ああ」

    ―――――――――――――――――――――

    律「うん?」

    廊下、軽音部員たちの後ろを歩いていると、部長が振り返った。

    律「あんたら、なんでついてきてんの?」

    春原「今日もいやいや手伝ってやるっつーんだよ。それ以外の理由があるかっての」

    律「いや、今日はいらねぇよ。練習するだけだし。明日の設備搬入の時にこいよな」

    春原「あん? せっかくここまでついて来てやったんだから、茶ぐらい出せよ」

    律「頼んでねぇし、ありがたくもねぇ! 帰れ帰れ、しっしっ!」

    紬「まぁまぁ、お茶なら私が出すから」

    律「ムぅギぃ~…」

    春原「お、さすがムギちゃん、話がわかるねぇ」

    律「なにがムギちゃんだよ、ほんっと馴れ馴れしいな…」

    春原「ふん、僕とムギちゃんの仲だから、愛称で呼び合っても不思議じゃないんだよ」

    律「きのう会ったばっかだろ…」

    101 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:11:23.78 ID:cUBlBpOS0
    春原「時間は関係ないさ。ね、ムギちゃん」

    紬「えっと…ごめんなさい、春原」

    春原「呼び捨てっすか!?」

    律「わははは! ナイス、ムギ!」

    春原「うう…くそぅ…」

    朋也「その辺にしとけ。帰るぞ」

    春原「なんでだよ、お茶出してくれるって言ってんだぜ」

    朋也「わざわざ練習の邪魔することもないだろ」

    律「お、岡崎。あんた、いいこというねぇ。目つき悪いくせに」

    朋也「そりゃ、どうも。ほら、帰るぞ」

    春原「ちっ、なんだよ、もったいねぇなぁ…」

    唯「まって!」

    きびすを返しかけた時、平沢に手を引かれ、立ち止まる。

    唯「せっかくだから、お茶していきなよっ」

    朋也「いや…」


    102 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:13:08.47 ID:1qYNd8dxO
    唯「いいからいいから。澪ちゃんも、それでいいよね?」

    澪「私? 私は…」

    と、俺と目が合う。

    澪「うぅ…文句ないです…」

    顔を伏せ、そうつぶやいた。

    律「おまえ、ビビってYESしか言えなかっただけだろ」

    澪「う、うるさい…」

    唯「ほら、裏の部長である澪ちゃんもいいって言ってるんだし」

    律「唯~、そんな裏とか表とか使い分けてないからなぁ~」

    唯「ムギちゃん、手伝ってっ」

    紬「任せて~」

    朋也「あ、おい…」

    ふたりに両脇をとられ、連行される犯罪者のようになってしまった。
    力ずくで振り払うこともできたが、それはあまりに感じが悪すぎる。
    こうなってしまうと、そのまま従うより他なかった。

    春原「ちっ、うらやましい連れてかれ方しやがって…」

    103 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:13:26.37 ID:cUBlBpOS0
    律「あんたは私がつれていってやるよっ」

    がしっと、春原のネクタイをつかみ、そのまま歩き出した。

    春原「ぅうっ…おま…やめっ…呼吸っ…」

    どんどん首に食い込んでいくネクタイ。

    律「さっさと歩けぃ、この囚人がっ」

    だっと走り出す。

    春原「うっ…だ…れがっ…つかっ…止まっ……」

    半ば引きずられるようにして、視界から消えていった。
    …部室に着いた時、まだあいつの息があればいいのだが。

    ―――――――――――――――――――――

    紬「はい、どうぞ」

    律「…サンキュ」

    部長を最後に、全員に紅茶とケーキ(俺にはお茶とせんべい)がいき渡った。

    唯「もう、りっちゃんが春原くんのネクタイ引っ張るのがいけないんだよ」

    澪「律、謝っときなよ。大人気ないぞ」

    律「…悪かったな」

    104 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:18:12.62 ID:cUBlBpOS0
    俺たちが部室の扉を開けた時、いきなり春原が血を吹いて倒れこんでいた。
    死んでいるように見えたが、ただの鼻血だった。
    なんでも、部長と言い争いになり、ドラムスティックで殴られたらしい。
    今は琴吹の介抱により、血は止まっていたが。

    春原「…おまえはアレだけど、ムギちゃんのふとももに免じて許してやるよ」

    春原は膝枕してもらっていたのだ。

    律「…なにがふとももだよ、変態め」

    春原から目を逸らし、小さくつぶやく。

    春原「聞こえてるんですけどねぇ」

    唯「あーっ、やめやめ、喧嘩はやめ! ね? ケーキ、食べよ?」

    春原「ちっ…」

    律「ふん…」

    いらだちを残したままの様子で、ふたりともケーキと紅茶を口にした。
    それを機に、俺たちも手をつけ始める。
    その空気は、ふたりの発する負のオーラでひどく歪んでいた。
    こんなことなら、やっぱりあそこで帰っていた方がよかったのかもしれない。

    がちゃり

    梓「こんにちは…」

    105 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:20:57.91 ID:1qYNd8dxO
    そんな中、新たな来訪者が現れる。二年の子だった。

    梓「あ…」

    入ってきて、俺と春原に気づく。

    梓「どうも」

    軽く会釈し、ソファに荷を降ろし始めた。

    朋也「ああ、よお」

    春原「よぅ、二年」

    梓「………」

    無言で春原をじっと見つめる。

    春原「あん? なに?」

    梓「あの…春原先輩、血が…」

    春原「ん?」

    手で鼻の辺りに触れる。

    春原「おあっ、やべ…」

    紬「はい、ティッシュ」

    106 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:21:27.01 ID:cUBlBpOS0
    春原「お、ありがと」

    朋也「お前を見て興奮したんだろうな。気をつけたほうがいいぞ」

    梓「え…」

    朋也「こいつ、告る前には血が出るからさ」

    春原「力みすぎだろっ!」

    律「ぶっ…けほけほ」

    澪「律…なんか私にかかったんだけど」

    律「わり」

    梓「………」

    春原にじと~っとした視線を向け、警戒しながら一番遠い席に座った。

    春原「信じるなよっ! こいつの脈絡のない嘘だからなっ!」

    紬「梓ちゃんの分、今持ってくるね」

    梓「ありがとうございます」

    春原「聞いてんのか、こらっ」

    唯「って、春原くん、もう片方からも血が…」

    107 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:22:55.78 ID:1qYNd8dxO
    春原「おわ、やべ…」

    朋也「おまえ…まだ告白もしてないのに、そんなことやめろよ」

    春原「血の出具合によってやること変わるって設定で話すなっ!」

    律「わははは!」

    春原「笑うなっ!」

    唯「春原くん、今ので血の勢いが増したよっ」

    春原「うぉっ…」

    律「いやん、私、こいつになにされるのぉ、こわぁい」

    春原「うぐぐ…」

    さっきまでの重い空気は立ち消え、もう普通に軽口を叩けるまでになっていた。
    ひとまずは場の修復ができたようで、安心した。

    ―――――――――――――――――――――

    澪「よし、じゃ、そろそろ練習しよう」

    梓「ですね」

    律「え~、もうか? まだ紅茶のこってるぞ。飲んでからに…」

    澪「だめだ。明日は新勧ライブなんだぞ」

    108 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:23:17.59 ID:cUBlBpOS0
    梓「そうですよ。出来次第で部員の獲得数が変わってくると思います」

    唯「そうだよ、がんばらなきゃ」

    律「へぇ~ええ、そんじゃ、やるかぁ…」

    律「あ、残りの紅茶、あんたらで処理しといて」

    軽音部の面々が立ち上がり、準備を始めた。
    俺たちはぼーっとその様子を眺めながら、紅茶をすする。
    そして、飲み干してしまうと、もうここにいる意味もなかった。

    春原「そんじゃ、帰ろうか」

    朋也「ああ」

    俺たちも席を立った。

    春原「じゃあね、ムギちゃん。ケーキも紅茶もおいしかったよ」

    紬「あれ? 聴いていかないの?」

    春原「ん? うん、まぁ…」

    同意を求めるような目で俺と向き合った。
    練習を見てもしかたない、とは俺も思う。
    さして演奏に興味があるわけでもない。
    そこはこいつも俺も同じところだろう。

    唯「私も聴いててほしいな。リハーサルみたいにするからさ、観客ってことで」

    109 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:24:39.85 ID:1qYNd8dxO
    唯「そのほうがいいよね、澪ちゃんも」

    澪「そうだな。見られてるのを意識できていいかもな」

    唯「あずにゃんも」

    梓「そうですね。いいかもしれません」

    唯「りっちゃん」

    律「ん? まぁ、なんでもいいよ」

    唯「ね? どうかな」

    特にこのあとなにがあるわけでもなかった。
    時間を潰せて、なおかつ役に立てるのなら、断る理由もない。
    俺は部室のドアではなく、軽音部の連中がいる方に歩いていった。
    そして、まるで観客席であるかのように備えつけられたソファーに腰掛けた。

    春原「じゃあ、僕も」

    春原も俺に続き、隣に座った。

    唯「ようし、がんばるぞぉ」

    律「じゃ、いくぞ。ワンツースリー…」

    演奏が始まる。
    そこにいる全員の表情が真剣だった。
    あの、茶を飲んでいる間にみせる顔とはまったく違う。

    110 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:25:06.88 ID:cUBlBpOS0
    何かに情熱を傾ける人間のそれだった。
    そう…それは、俺や春原のような奴らからは、最も遠いところにあるものだ。

    春原「………」

    こいつも今、俺と同じことを思っているんだろうか。
    こいつらといて、そんなに居心地は悪くなかった。
    だがやはり、根本の部分で俺たちとは相容れることがない、と。

    春原「ボンバヘッ! ボンバヘッ!」

    ただのアホだった!

    唯「ぶっ」
    律「ぶっ」
    澪「ぶっ」
    梓「ぶっ」
    紬「……」

    春原のヘッドバンキングを使った野次によって演奏が中断された。

    唯「もう、なにぃ、春原くん…」

    春原「いや、盛り上がるかなと思って…」

    律「全然曲調にあってないわっ、あんたの動きはっ!」

    梓「デスメタルじゃないんですから…」

    春原「はは、悪いね」

    111 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:27:37.69 ID:1qYNd8dxO
    澪「も、もう一回な。律」

    律「はいはい。ワンツースリー…」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「ま、なんだかんだいって、僕らとは違うよね」

    ベッドの上、仰向けになり、ひとり言のように漏らす。
    それは、今日の軽音部でのことを言っているのだろう。

    朋也「………」

    やはり、こいつも俺と同じようなことを感じていたのだ。
    こいつにしてはめずらしく気を許し始めていたのかもしれない。
    だから、その分、見せられた違いを心苦しく思っているんだろうか。

    春原「いいけどね、別に」

    また、誰に言うでもなくつぶやいた。
    ………。
    かける言葉が見つからなかった。
    だが、考えてみれば、あいつらと関わるのも明日で最後だ。
    埋まらない溝があったところで、なにも問題はない。
    所詮、短い間のつき合いだったのだ。
    俺は一度寝返りを打った。
    いや…
    平沢とはまだしばらく関わることになるのか…。
    といっても、席が隣で、クラス係が同じというだけの、薄いつながりだったが。


    112 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:29:54.74 ID:1qYNd8dxO
    4/8 木

    唯「おはよう」

    朋也「おはよ」

    今日はちゃんと返事をして、席に着く。

    唯「岡崎くん、ちゃんと寝てる?」

    朋也「ああ、さっきまで寝てたけど」

    唯「そうじゃなくて、夜更かししてるんじゃないかってことだよ」

    唯「もうずっと遅刻してるし…」

    朋也「だから、言っただろ。不良だって」

    唯「でも…」

    朋也「もういいだろ。おまえには関係ない」

    反射的にきつく言ってしまう。
    そのことであまり探られたくはなかった。
    俺の身の上話なんて、他人にしてもしょうがないから。

    唯「…そうだね。ごめん…」

    朋也「いや…俺もなんかきつく言っちまって、悪かったよ」

    113 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:31:55.28 ID:1qYNd8dxO
    唯「そんな…私がしつこかったから、しょうがないよ」

    朋也「いや…」

    唯「いやいや…」

    どちらも譲歩しあってらちがあかなかった。

    唯「…あはは」

    朋也「…は」

    軽く笑いあう。
    そこでこの譲り合い合戦は終わった。
    理屈じゃない。けど、すぐにわかった。
    これで決着がついたこと。
    勝ち負けがはっきりしたわけじゃない。
    それでも、お互いに納得していたことが伝わっていた。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「岡崎くん」

    朋也「なんだ」

    唯「今日のお昼のこと、きのうみんなで話したんだけどね…」

    114 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:37:36.45 ID:1qYNd8dxO
    唯「学食で食べてみようってことになったんだ」

    唯「でも、私たち、誰も学食使ったことなかったからさ、ちょっと不安なんだよね」

    唯「だから、岡崎くんがガイドしてくれたらうれしいんだけど…だめかな?」

    朋也「ガイドって…食券買ってそれ渡すだけだぞ」

    グルメ番組じゃあるまいし、必要ないと思うのだが…。

    唯「でも、経験者がいたほうが心強いっていうか…」

    唯「ほら、なんか常連だけの暗黙のルールとかあったら、絶対やぶっちゃうだろうし」

    一見さんお断りの隠れ家的名店か。
    ただの学食にそんなものはない。

    唯「ね? だから、いっしょに食べて?」

    朋也「…まぁ、いいけど」

    春原とふたりだけで食べるのもマンネリ化してきて、ずいぶんと経っていたところだし…。
    たまにはそういうのもいいかもしれない。

    唯「やったぁ! じゃ、みんな呼んでくるねっ」

    ―――――――――――――――――――――

    平沢が連れてきたメンツ、プラス二人で学食を目指す。

    115 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:39:34.97 ID:cUBlBpOS0
    春原「なるほどね、いい目してるじゃん。僕、自称学食の帝王って呼ばれてるくらいだからね」

    自称では意味がない。

    唯「わぁ、すごいんだねっ」

    今だけは平沢の賞賛も皮肉に聞こえた。

    春原「まぁね。僕がいつもの、っていえば、カツ丼と水が出てくるんだぜ?」

    律「?つけっ。つーか、岡崎に頼むって聞いてたのに、なんであんたがついてきてんの?」

    春原「岡崎はいつも僕と食ってるんだぞ。こいつと食うってことは、僕と食うってことと同じなんだよ」

    律「気持ち悪いくらい仲いいな…」

    春原「ふふん、まぁね」

    朋也「キモっ」

    春原「なんでだよっ!」

    律「わははは!」

    朋也(ん…?)

    視界の隅、グループの中に見慣れない顔をとらえた。

    朋也「平沢、そっちのは…」

    116 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:40:01.80 ID:KfhKOVhkO
    春原にも春をあげてください

    117 名前:訂正[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:43:10.84 ID:1qYNd8dxO
    春原「なるほどね、いい目してるじゃん。僕、自称学食の帝王って呼ばれてるくらいだからね」

    自称では意味がない。

    唯「わぁ、すごいんだねっ」

    今だけは平沢の賞賛も皮肉に聞こえた。

    春原「まぁね。僕がいつもの、っていえば、カツ丼と水が出てくるんだぜ?」

    律「うそつけっ。つーか、岡崎に頼むって聞いてたのに、なんであんたがついてきてんの?」

    春原「岡崎はいつも僕と食ってるんだぞ。こいつと食うってことは、僕と食うってことと同じなんだよ」

    律「気持ち悪いくらい仲いいな…」

    春原「ふふん、まぁね」

    朋也「キモっ」

    春原「なんでだよっ!」

    律「わははは!」

    朋也(ん…?)

    視界の隅、グループの中に見慣れない顔をとらえた。

    朋也「平沢、そっちのは…」

    118 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:44:10.53 ID:SBICiwHrO
    さるよけ

    119 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:45:31.51 ID:1qYNd8dxO
    唯「ん? 和ちゃんだよぉ。同じクラスだし、みたことあるでしょ」

    そういえば、あるような気もする。

    唯「いつも私たちとお昼してるんだよ」

    女生徒「どうも。同じクラスの人に今更なんだけど…」

    女生徒「真鍋和です」

    唯「和ちゃんは、岡崎くんと春原くんのこと知ってるよね」

    和「ええ。一応クラスの人全員の名前と顔は一致してるわ」

    唯「さすが和ちゃんっ」

    和「ま、そのふたりに関しては、前から知ってたけどね」

    唯「へ? なんで?」

    和「生徒会の間ではちょっとした有名人だったからね。問題児として」

    唯「あわ、問題児って…の、和ちゃん…」

    春原「生徒会?」

    春原が反応する。

    和「ええ。私、一年の時から生徒会に所属してるの」

    120 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:47:08.91 ID:cUBlBpOS0
    和「だから、あなたたちの素行については、いくらか知ってるつもりよ」

    春原「…ふぅん、そう」

    怪訝な顔で返した。
    生徒会なんていったら、風紀にも敏感な連中じゃないのか。
    春原同様、俺もあまりいい気はしない。

    和「ま、安心して。あなたたちにどうこう言うつもりはないから」

    まるで心のうちを見透かされたかのようなセリフだった。

    律「和ってさぁ、今度の生徒会長の選挙、立候補すんの?」

    和「一応、しようと思ってるわ」

    唯「和ちゃんならなれるよっ」

    澪「そうだな。私もそう思う」

    和「ありがと」

    春原「生徒会長ねぇ…」

    釈然としないようで、不満気にそうこぼしていた。

    ―――――――――――――――――――――

    律「うっへ、混んでんなぁ」

    121 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:47:54.61 ID:cUBlBpOS0
    春原「いつもこんな感じだからな」

    春原「おまえら、人の波に飲み込まれないようについてこいよ」

    春原「おら、どけっ」

    乱暴にかきわけ、進んでいく。

    和「…あまり感心しないわね」

    唯「ま、まぁまぁ。私たちのためにやってくれてるんだし…」

    ―――――――――――――――――――――

    春原の先導により、券売機の前に辿り着いた。

    春原「ここで食券を買うんだ。まず僕がお手本を見せてやる」

    律「んなもんさすがにわかるわ」

    春原は財布から千円札を取り出し、券売機に投入した。

    ぺっ

    吐き出される千円札。

    春原「あれ? っかしいな…」

    律「帝王とか言ってたくせに、こんな機械にナメられてるな、あんた」

    122 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:49:43.48 ID:cUBlBpOS0
    春原「うるせぇ、こんどこそっ」

    ぺっ

    またも戻ってくる。

    律「あんた…それ、偽札じゃないだろうなぁ?」

    春原「ちがわいっ! 次こそ成功するってのっ!」

    春原「カァアアアアアアアアアッ!」

    気合十分で投入する。
    今度は飲み込まれたまま戻ってこなかった。
    やっとのことで認識されたのだ。

    春原「ふぅ。ま、僕が本気になれば、こんなもんさ」

    朋也「つーか、早くしろ」

    ピッ ピッ ピッ

    俺は後ろからボタンを押した。
    選んだのは、ライス(大)、ライス(中)、ライス(小)。

    春原「ああっ! なんで全種類のライスコンプリートなんだよっ!」

    朋也「しるか。ライスの上にライスかけて食っとけ」

    春原「意味ないだろっ!」

    123 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:50:22.10 ID:NTPMRZDvP
    ライスはおかず

    124 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:50:32.07 ID:cUBlBpOS0
    朋也「おまえが遅いのが悪い」

    春原「ぐ、くそぅ、覚えてろよ、てめぇ」

    春原「…おまえら、見たか? このように、学食はそんなに甘い場所じゃないんだぞ」

    律「号泣しながら言われてもな…」

    ―――――――――――――――――――――

    券を買うのも、残すところ二人だけとなった。

    紬「うわぁ、いいなぁ、こういうの」

    目を輝かせ、券売機を見つめる。

    春原「お、さすがムギちゃん。期待通りのういういしい反応してくれるねぇ」

    紬「うん。私、一度こういう券を買ってみたかったの」

    お嬢様だと聞いていたが、やっぱりこういう庶民的なところには普段来ないんだろうか。

    紬「なににしようかな」

    言いながら、財布から取り出したのは、一万円札。
    なんともセレブリティなことだ。

    春原「ははっ、すげ…ちゃんとお釣り返ってくるかな…」

    さすがにそこまでの額じゃない。

    125 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:51:08.93 ID:cUBlBpOS0
    紬「う~んと…これにしよ」

    ピッ

    少しかがんで、出てきたお釣りと食券を回収した。

    紬「はい、澪ちゃん、お待たせ」

    澪「うん」

    最後の一人に位置を譲る。

    澪「う~ん…なんか、重たいものばっかりだな…」

    朋也「なら、パンにするか?」

    澪「え? あ、パ、パン…?」

    朋也「ああ。ほら、あそこで売ってるだろ」

    人だかりができているスペースを指さした。
    今は激しい人気パン争奪戦が行われている最中だった。

    澪「じゃあ…パンにしようかな…」

    朋也「まぁ、これから行ったんじゃ、ロクなの残ってないだろうけどさ」

    澪「そ、そうですか…」

    律「なんで敬語なんだよ」

    126 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:51:42.38 ID:cUBlBpOS0
    澪「いや…だって…」

    律「まぁだ恥ずかしがってんのか…」

    澪「恥ずかしいっていうか…遠慮は必要だろ…」

    律「そっかぁ?」

    澪「そうだよ…」

    言って、視線をパン売り場に戻す。

    澪「…それにしても、混んでるなぁ」

    律「澪、行って全員蹴散らしてこいっ!」

    澪「無理だって…」

    蹴散らすのはもとより無理だとしても、買ってくるだけでも女の子では苦労するだろう。
    ………。

    朋也「…おまえら、先に食券替えて、席確保しといてくれ」

    朋也「春原、俺の分頼んだ」

    強引に食券を握らせる。

    春原「あん? おまえどっかいくの?」

    朋也「そんなところだ。ほら、もういけ」

    127 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:52:15.23 ID:cUBlBpOS0
    春原「? ま、いいけど」

    春原「じゃ、いくぞ、おまえら」

    律「いいかげん仕切るのやめろよなぁ、ったく」

    唯「じゃ、あとでね、澪ちゃん、岡崎くん」

    春原の後に続き、平沢たちもカウンターへ向かっていった。

    朋也「で、なにがいい」

    澪「え?」

    朋也「パンだよ。買ってきてやるから」

    勧めたのは俺だったので、最後まで面倒をみてやらないと後味が悪い。
    だから、そう申し出ていた。

    澪「え、あ、悪いですよ、そんな…」

    朋也「いいから、言えよ」

    澪「うっ…は、はい…じゃあ…」

    メニュー表をしばしみつめる。

    澪「クリームパンとあんぱん、それとやきそばパンで…」

    朋也「わかった。金はあとで合流した時にな」

    128 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:54:37.17 ID:1qYNd8dxO
    澪「あ、はい…」

    朋也(いくか…)

    俺は覚悟を決め、人ごみの中に突っ込んでいった。

    ―――――――――――――――――――――

    パンを購入し、春原たちがついているテーブルを探す。
    とくに苦労することなく、その場所はすぐにみつかった。
    目立つ金髪はこういう時には便利なものだ。
    俺はその集団に歩み寄って行った。

    朋也「わり、遅くなった」

    澪「あ…いえ…そんな」

    朋也「ほら、パン」

    澪「ありがとうございます」

    朋也「540円な」

    澪「はい…どうぞ」

    朋也「ん、ちょうど」

    代金を受け取り、俺も席に着いた。

    唯「ね、だから言ったでしょ。岡崎くん、いい人なんだって」

    129 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:55:02.01 ID:cUBlBpOS0
    律「いやぁ、悪人の善行ってやつじゃねぇの。ギャップでよくみえたりな」

    唯「もう、りっちゃん! そんなことないよ、普通にいい人だよっ」

    唯「ね、澪ちゃん」

    澪「う、うん…」

    紬「やさしいのね、岡崎くん」

    春原「ムギちゃん、だまされちゃだめだっ」

    春原「こいつのは計算なんだよっ。好感度上げようとしただけだってっ」

    律「人の足引っ張るそのおまえの好感度が最悪だわ」

    春原「なにぃっ!? ムギちゃん、今僕の好感度、どれぐらいある!?」

    紬「えっと…ごめんなさい、不快指数のほうで表していいかな?」

    春原「マイナスのメーターっすか!?」

    律「わははは!」

    騒がしい奴らだった。

    ―――――――――――――――――――――

    律「にしても澪、部活でも甘いもの食べるのに、昼も菓子パン食べちゃって…」

    130 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:56:50.02 ID:1qYNd8dxO
    律「そろそろ腹まわりヤバいんじゃないの?」

    腹の辺りに手を伸ばす。

    澪「わ、馬鹿っ、つかむなっ」

    その手を払いのけた。

    律「ぷにってしたぞ」

    澪「うそつけっ、まだ大丈夫…なはず」

    最後は消え入りそうな声になっていた。

    唯「心配しなくても、澪ちゃんスタイルいいよ」

    律「ま、服の上からじゃわかんないよなぁ」

    澪「う、うるさいっ! いいんだよ、今日は新勧ライブでカロリー消費するんだから」

    和「あら、軽音部は今日なの?」

    唯「うん、そうだよ」

    和「そう。がんばってね」

    唯「うん、全力でやるよっ。今日はみんなを沸かせて、総スタンディングさせるんだ」

    唯「それで、客席にダイブするよっ」


    131 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:57:25.08 ID:cUBlBpOS0
    和「危ないから、それはやめときなさい…」

    律「あんたら、今日はきっちり働いてもらうからな」

    春原「わぁってるよ。あ、ムギちゃん、今日もお茶よろしくね」

    紬「うん、用意するね」

    律「だぁから、ムギ、しなくていいって。こいつを調子づかせるだけなんだからさ」

    紬「おいしそうに食べてくれるから、なんだか私も嬉しくて…」

    律「でもこいつ、ケーキつつんでたラップまでなめまわすから、きちゃないじゃん」

    春原「それだけうまいってことなんだから、いいだろっ。ね、ムギちゃん」

    紬「えっと…ごめんなさい、あれは正直ドン引きしてたの」

    春原「笑顔で内心そんなこと思ってたんすかっ!?」

    律「みんなそう思ってたわい。あと、お前が座った席は消毒してるんだからな」

    春原「マジかよ…」

    澪「そんなことしてないだろ」

    律「あーも、澪、ネタバレすんなよ」

    春原「てめぇ、話盛ってんじゃねぇよ、デコっ」

    132 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 13:58:51.36 ID:1qYNd8dxO
    律「あぁん? 春原のくせに反抗的だな、おい」

    春原「“さん”をつけろよ、デコ助野郎っ」

    どこかで聞いたことがあるような気がする…。

    律「はぁ? なんであんたにさんづけなんだよっ」

    春原「お約束だろっ。察せよ、ったく。空気読めないやつだなぁ」

    律「存在自体が場違いなあんたに言われたくないわっ」

    春原「あんだよ、やんのかデコ」

    春原がファイティングポーズを取る。

    律「上等だっつーの」

    部長もそれに応じて構えた。

    唯「はいはい、ストップ、ストーップ!」

    平沢が審判のように割って入り、ふたりを制した。

    澪「律、なんでそんなに喧嘩腰なんだ」

    律「だってさぁ…」

    唯「ふたりとも、仲直りの握手しよ、ね?」

    133 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:00:10.36 ID:LPTrAdZv0
    頑張ってください!!

    134 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:01:07.01 ID:cUBlBpOS0
      律「やだ」
    春原「やだ」

    唯「うわ、いきぴったり」

      律「あわせんなっ」
    春原「あわせんなっ」

    唯「まただ」

    澪「あはは、ほんとは相性いいのかも」

      律「よくないっ」
    春原「よくないっ」

    紬「ふふ、またね。すごい」

    唯「あははっ」

    澪「ははっ」

    俺たちの中に、ひとつ小さな笑いが起こる。

    春原「ちっ…」

    律「ふん…」

    それに当てられてか、喧嘩は収まったようだった。

    ―――――――――――――――――――――

    135 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:03:01.82 ID:1qYNd8dxO
    俺と春原は食べ終わると、すぐに教室へ戻ってきた。
    平沢たちはまだだべっていくつもりのようで、その場で別れていた。

    唯「やっほ、岡崎くん」

    と、戻ってきたようだ。

    唯「今日は付き合ってくれてありがとね」

    朋也「ああ、まぁ、俺はなにもしてないけど」

    ほとんど春原が牽引していたように思う。

    唯「そんなことないよ。澪ちゃんにパン買ってあげてたし」

    朋也「ああ…それか」

    唯「うん、それだよ」

    言って、席に着く。

    唯「いやぁ、でも、学食おいしかったよ。満足満足~」

    朋也「そっか」

    唯「それに、いつもよりにぎやかで楽しかったし」

    唯「岡崎くんはどうだった? 私たちと食べて」

    朋也「騒がしかったよ」

    136 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:03:26.85 ID:cUBlBpOS0
    唯「それだけ?」

    朋也「ああ」

    唯「ぶぅ、もっとなんかあるでしょ~」

    朋也「まぁ、退屈はしなかったかな」

    唯「ほんとに? なら、また一緒に食べようね」

    朋也「気が向いたらな」

    唯「うん、約束ね」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    そして、迎えた放課後。

    律「ほんじゃ、これみんな運んどいて」

    俺にはよくわからないが、スピーカーやらなにやらがずらっと並べられていた。

    春原「あのドラムはおまえが持ってけよ。自分のだろ」

    律「私は両手がふさがってるから。ほら」

    137 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:04:43.53 ID:1qYNd8dxO
    スティックを両手でもち、春原に示した。

    春原「そんなもんどうとでもなるだろっ」

    律「うるせぇなぁ。なんのためにあんたらがいるんだよ」

    律「こういう汚れ仕事をするためだろ?」

    澪「汚れって…ただの力仕事だろ」

    律「とにかく、私たちは先にいってコードの配線とかやっとくから」

    律「じゃ、がんばってねん」

    部室から、いの一番に出ていった。

    澪「ああ、もう、あいつは…」

    澪「あの、私たちも運ぶんで、安心してください」

    朋也「いいよ。おまえらも行っててくれ」

    澪「え? でも…」

    春原「おい、岡崎…」

    朋也「部長の言った通りだ。こういうことをするために俺たちがいるんだからな」

    唯「いいの? 岡崎くん」

    138 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:05:02.54 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ああ」

    唯「そっか。それじゃ、おねがいね」

    朋也「任せろ」

    唯「いこう、澪ちゃん、あずにゃん、ムギちゃん」

    澪「う、うん…。それじゃ、お願いします」

    梓「お願いします」

    紬「よろしくね」

    平沢たちも出ていった。

    春原「はぁ…これ全部だぜ。おまえ、カッコつけすぎな」

    朋也「いいから、運ぶぞ」

    春原「へいへい…」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「あ~、疲れた」

    言われていた物は全て運び込み、設営も整った。
    軽音部の連中は、実際に音を出してなにか確認しているようだった。
    時計を見てみる。
    ライブが始まると聞いた時間までまだ30分はあった。

    139 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:06:21.60 ID:1qYNd8dxO
    だが、ちらほらと生徒が講堂に入ってきていた。

    春原「おい、二年とか三年までいるぞ。暇なやつらだなぁ」

    おまえが言うな。

    ―――――――――――――――――――――

    開演時間5分前となった。
    すでに席は埋め尽くされている。
    それだけにとどまらず、立って見ているやつらもいた。

    春原「おい、出ようぜ、岡崎」

    俺たちも席に座らず、一番後ろで壁に寄りかかっていたのだが…
    もう、ここまで人が詰まってきていた。春原の言い分もわかる。
    正直、うっとうしい。

    朋也「そうだな」

    俺も出ることにした。
    最後にと、一度ステージに目をやる。
    すると、偶然平沢と目が合った…気がした。

    唯「………っ!」

    平沢は、ステージから大きく手を振っていた。

    朋也「………」

    140 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:06:41.02 ID:cUBlBpOS0
    振り返したほうがいいのだろうか…今から出ていくというのに。
    少しの間考える。

    朋也(あんな愛想振ったあと、出てかれるの見ると、士気が下がるかもしれないよな…)

    なら、やっぱりここで見ていたほうが…

    男子生徒1「唯ちゃんこっちに手振ってね?」

    男子生徒2「俺にむいてね? 俺じゃね?」

    男子生徒1「ははっ違いすぎる。あ、でも振り返してみれば?」

    男子生徒2「っおまえ。むり、はずすぎる」

    近くにいた奴らの会話が聞こえてきた。
    こいつらは平沢の知り合いかなにかなんだろうか。
    だとしたら、あれは俺ではなくこいつらにむけられたものだったのか。

    朋也(はっ…なに勘違いしてんだ、俺…)

    一瞬でも自分に向けられたものだと思ってしまったのが恥ずかしい。
    止まりかけた体を再び動かし、外に出た。

    ―――――――――――――――――――――

    唯『新入生のみなさん、御入学おめでとうございます』

    講堂の中から平沢の声が漏れ聞こえてきた。
    自分が軽音部に入ったいきさつなどを喋っているようだ。

    141 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:07:58.45 ID:+09I4avA0
    面白いな

    142 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:08:07.56 ID:1qYNd8dxO
    ………。

    唯『…こんな私でも一生懸命になれることをみつけることができました』

    唯『すごく練習をがんばってきた、なんて胸を張っていえませんが…』

    唯『でも、今まですごく楽しくてやってこれて…とても充実してました』

    唯『みなさんも、私たちと一緒にバンド、やってみませんか?』

    春原「なぁ、岡崎。場所移らない? 別に、こんなとこで待ってなくてもいいと思うんだけど」

    俺たちは講堂の入り口付近の壁に背中を預けるようにして座り込んでいた。

    朋也「…ああ、だな」

    立ち上がり、歩き出す。
    去っていったその場所からは、軽音部の演奏が僅かに届いてきていた。

    ―――――――――――――――――――――

    学食まで訪れて、ジュースを購入する。
    そして、適当なテーブルについた。

    春原「あ~あ、ムギちゃんのケーキも今日までかぁ」

    春原「なんか、惜しいなぁ」

    朋也「だったら、入部でもしろよ」

    143 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:08:31.41 ID:cUBlBpOS0
    春原「はっ、馬鹿いうなよ。楽器なんか興味ないね」

    春原「それに、音楽はボンバヘッで全て事足りるしね」

    朋也「あ、そ…」

    何も言うまい。

    春原「でも、ムギちゃんなら頼めばくれそうだよね。軽音部となんの関係もなくなってもさ」

    朋也「表立って断られはしないだろうけど、裏ではおまえを始末する計画練り始めるだろうな」

    春原「んなことする子じゃねぇよ。それに、けっこうフラグたってたと思うし」

    朋也「はぁ?」

    春原「わからない? あの、ムギちゃんが僕を見る目の熱っぽさが」

    朋也「わかるかよ…」

    春原「おまえはまだまだ青いねぇ。あとちょっとで落とせるとこまできてんだよ」

    どう考えてもこいつの思い込みだった。

    春原「そろそろ、呼び捨てしてもいい時期かもね」

    春原「あ、それから、住所と電話番号もつきとめてさ、毎日一緒に登下校したり…」

    春原「軽い恋人同士のいたずらで、無言電話してみたりとかね、ぐっへへ」

    144 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:10:38.69 ID:1qYNd8dxO
    もはやストーカーになっていた。

    朋也(ふぅ…)

    妄想に浸る春原を視界からフェードアウトさせる。
    椅子に体重をかけ、体を少しのけ反らせてから天井を見つめた。

    ―――…こんな私でも一生懸命になれることをみつることができました

    平沢の言葉を思い出す。

    朋也(一生懸命、ね…)

    体勢を戻し、一気にジュースを飲み干す。
    かつては、俺も…そして、春原もそんな風だったのかもしれない。
    今では、そんな奴と関わることさえ嫌になってしまうほどだったが。
    だが、なぜか今、平沢には…軽音部の連中には普通に接してしまっている。

    朋也(なんでだろうな…)

    俺は空になった空き缶を持ち直し、ゴミ箱に狙いを定め…

    しゅっ

    左腕で放った。
    それは放物線を描き、ゴミ箱に吸い込まれていった。

    春原「お、ナイッシュ」

    春原「おし、僕も」

    145 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:11:10.20 ID:cUBlBpOS0
    空にするためか、ごくごくと残りのジュースを飲み始める。

    朋也「実はさ……う○こっ!!!!!」

    春原「ぶっ!!!」

    ドバっ、と鼻からも液体が噴出される。

    春原「いきなりなんだよっ!?」

    朋也「こうなるかな、と思って」

    春原「じゃあ、やるなよっ!」

    朋也「いや、でもまさかうん○で笑うとは思わなかったんだよ」

    春原「笑ったんじゃねぇよ。おまえの声のでかさにおどろいたのっ」

    朋也「あ、そ」

    春原「ったく…くだらないことすんなよな…」

    ―――――――――――――――――――――

    朋也(そろそろか…)

    終了時間も間近にせまっていた。
    今から行けば、ちょうど終わった頃につけるだろう。

    朋也「春原、いくぞ」

    146 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:13:04.99 ID:1qYNd8dxO
    春原「ちょっとまって、あと少しで読み終わるから」

    春原は途中学校を出て、コンビニで漫画雑誌を買ってきていた。

    朋也「先にいってるぞ」

    春原「あー、うん。わかった」

    雑誌を読みながら、気の無い返事。
    俺は春原をその場に残し、ひとり講堂へ向かった。

    ―――――――――――――――――――――

    「アンコールっ! アンコールっ!」

    つくなり、聞えてくる観客の声。

    唯『えへへ…みんな、ありがとう! じゃあもう一曲…』

    続いて、平沢の声がして、演奏が始まった。
    扉を開けてみる。

    ―――――――――――――――――――――

    場内は熱気に包まれ、蒸し暑かった。
    その中で軽音部の連中が演奏している。
    ボーカルは、平沢と、秋山だった。
    扉を閉め、中に入り、しばしそのまま聴き入る。

    女生徒1「お姉ちゃん、すごい…」

    147 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:13:27.09 ID:cUBlBpOS0
    女生徒2「憂のお姉さん、演奏してる時はかっこいいよね」

    女生徒1「うんっ」

    朋也(お姉ちゃん…?)

    近くにいた女生徒の話が、大音量の中かすかにきこえてきた。

    朋也(あいつらの中の、誰かの妹か…)

    暗くて顔はあまりみえなかったので、誰の妹かは見当がつけられなかった。

    きぃ

    春原「ありゃ、まだやってんの」

    扉を開け、春原が入ってきた。

    朋也「アンコールだと」

    春原「ふぅん…」

    春原もその場にとどまり、演奏を聴き始めた。
    すぐに引き返して雑誌の続きでも読み始めるかと思ったのだが…。

    春原「………」

    ステージの上、あいつらは本当に楽しそうに演奏していた。
    練習の時にも見たが、本番ではよりいっそういきいきとしている。


    148 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:14:56.72 ID:1qYNd8dxO
    春原「……絶対、ボンバヘッのほうがいいっての」

    そうこぼしたのは、強がりだったのか。
    俺たちと、あいつらのいる場所、その距離に対しての。

    ―――――――――――――――――――――

    ライブも終わり、観客も捌けはじめた。
    一度外に出て、そのまま待つ。

    ―――――――――――――――――――――

    場内が空いてくると、中に入ってステージに向かった。

    唯「岡崎くんっ!」

    機材を片していた平沢が俺に気づき、あげた第一声。

    唯「私、手振ったよね? 気づいたでしょ? なんで出てっちゃったの?」

    ああ…あれはやっぱり、俺に振っていたのか。
    勘違いではなかったようだ。

    朋也「悪い。気づかなかった」

    唯「嘘だよっ。目もあったじゃん」

    朋也「おまえ、目いいな。俺、わからなかったよ」

    唯「えぇ~、でも、ちょっと止まったじゃん…」

    149 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:15:20.99 ID:cUBlBpOS0
    朋也「暗かったからな。慎重に動いてたら、そうなったんだ」

    唯「そうなの…?」

    朋也「ああ」

    唯「そっか…」

    なんとかごまかせたようだ。

    朋也(って、別に嘘つくようなことでもなかったか…)

    正直に、勘違いしてたら恥ずかしいから、と言えばよかったのに。
    俺はなにを見栄張ってるんだか…。

    唯「はぁ、春原くんもすぐ出てっちゃうし…ふたりにも聴いててほしかったのに」

    朋也「最後のは聴いてたよ。な」

    春原「ああ、まぁね」

    唯「あ、じゃあやっぱりあの時入ってきたの、岡崎くんと春原くんだったんだ」

    唯「背格好で、なんとなくそうなんじゃないかと思ってたんだ」

    朋也「そっか」

    唯「うん。どうだったかな? 私、メインで歌ってたんだけど…」

    それは、会場の沸き具合がそのまま答えになっていた。

    150 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:16:26.93 ID:8H/im8MH0
    そういえばコテも蔵などとけいおんで書いてた気がする
    コテのクセに結構完成度高かったな

    151 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:16:31.19 ID:1qYNd8dxO
    だめだったら、あそこまで盛り上がるはずがない。

    朋也「よかったんじゃないか」

    唯「ほんとに?」

    春原「そこそこね」

    唯「そこそこかぁ…じゃ、まだまだだね、私も」

    言って、微笑む。
    前向きな奴だった。

    律「おーい、岡崎に春原。こっちの、もう運んどいてっ」

    舞台の端で部長が呼んでいた。

    春原「ふぁー、めんどくさ…」

    ―――――――――――――――――――――

    機材の往復も終わり、部室では軽い打ち上げが行われていた。

    紬「みんな、おつかれさま」

    琴吹がティーカップに紅茶を淹れ始める。

    律「ムギもおつかれだろ~。だから、今日はお茶はセルフサービスな」

    紬「あら、そう?」

    152 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:16:55.83 ID:cUBlBpOS0
    律「うん。今淹れた分はムギのってことで」

    春原「僕はムギちゃんが淹れたのが飲みたかったけどね」

    紬「そう? なら、やっぱり私が…」

    律「いいよ、ムギ。座ってなって」

    座っていろ、と身振りで示す。

    律「春原…あんた、部員でもないのにちゃっかり打ち上げに参加しやがって…」

    律「あまつさえ自分のために働かせるって、どういう脳みそしてんだよっ」

    澪「い、いいじゃないか。ふたりのおかげで、今日はほんとに助かったし…」

    春原「だそうだ」

    律「くむむ…だとしても、あんまり調子に乗るなよなっ」

    澪「とりあえず、淹れてから乾杯しようか」

    唯「さんせーい」

    全員がカップに紅茶を淹れ、中央に寄せ合った。

    唯「春原くんと岡崎くんも」

    朋也「俺たちもか」

    153 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:18:14.46 ID:1qYNd8dxO
    唯「うん」

    誘いを受け、俺と春原もそこに混じる。

    ちんっ

    軽く触れて乾杯し、一斉に飲み始めた。

    律「くぅ~、うんめぇ~。一仕事終えた後の一杯は格別だな」

    澪「オヤジ臭いな…お酒じゃないんだぞ…」

    唯「今日は大成功だったよね。アンコールももらったし」

    唯「入ろうと思ってくれた人がたくさんいてくれればいいなぁ」

    梓「大丈夫ですよ。今日の出来はすっごく良かったですから」

    唯「あずにゃん…うん、そうだよね」

    唯「これで、あずにゃんに後輩ができるといいね」

    梓「後輩ですか」

    律「今回、それで唯が一番張り切ってたんだぞ」

    律「今年部員が入らないと来年梓がひとりになってかわいそうだから~ってな」

    澪「それがあの着ぐるみにつながったわけだけどな…」

    154 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:18:38.05 ID:cUBlBpOS0
    澪「でも、梓も思わなかったか。いつもより音に気合が入ってるって」

    梓「そういえば…」

    唯「えへへ。私、がんばったんだよ? ほめて、あずにゃんっ」

    梓「わっ…」

    抱きつき、頬を寄せる。

    梓「もう…唯先輩は…」

    抵抗せず、されるままになっていた。

    律「お? 今日は嫌がらないな?」

    梓「う…そ、それは…そんな話聞いたあとですし…」

    唯「やった! ついにあずにゃんが私の支配下に!」

    梓「し、支配ってなんですか…や、やっぱり離れてください」

    ぐいぐいと懸命に平沢を引きはがしている。

    唯「あっ、ちぇ…」

    密着状態が終わる。

    紬「くす…唯ちゃん、支配下に置くにはまだ調教が足りなかったようね」


    155 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:20:02.06 ID:1qYNd8dxO
    ばっ、と全員が琴吹に振り返る。

    紬「? どうかした?」

    律「いや…うん…」

    澪「ムギって…時々…いや、なんでもない…」

    梓「ムギ先輩…」

    春原「…僕はそういうのもアリかな…ははっ…」

    紬「?」

    琴吹だけがわかっていなかった。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「おまえ、さわちゃんからなんか聞いてる?」

    コタツから上体だけ起こし、訊いてくる。

    朋也「いや、なにも。でも昨日、これで終わりじゃないみたいなこと言ってたけど」

    寝転がったまま答える。
    明日以降なにをするかは聞いていない。
    多分、明日の放課後にでも通達がくるのではないかと踏んでいるのだが。

    春原「そっか。じゃあさ、このままバックレても大丈夫かな」

    156 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:20:29.67 ID:cUBlBpOS0
    朋也「さぁな。でも、担任だからな。逃げられんだろ」

    春原「近づいてきたらダッシュで逃げればいいじゃん」

    朋也「あの人なら絶対追ってくるぞ」

    春原「僕の俊足なら振り切れるさ」

    朋也「おまえにそんなイメージないからな」

    というか、そもそもそういう物理的な問題でもない気がする。

    春原「おまえ、知らねぇの? ちまたで噂のエスケープ春原の異名を」

    情けなすぎる異名だった。

    朋也「知らねぇよ…そんなもん初耳だ」

    春原「どんな手段を使っても逃げ切る男として恐れられてるんだぜ?」

    逃げているのに恐れられるなんてことがあるのか。

    春原「へっ、これでまた僕の実績が増えるね」

    朋也「そうか、よかったな」

    逃げの歴史に新たな一行が加えられることがそんなにうれしいのだろうか。
    なぜそんなことを誇っているのかよくわからない…。

    朋也(やっぱ、アホなんだろうな…)

    157 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:22:05.15 ID:1qYNd8dxO
    4/9 金

    唯「おはよ~」

    朋也「ああ、おはよ」

    からっぽの鞄を机の横に提げ、椅子に腰掛ける。

    唯「岡崎くん、私、考えたんだけどね…」

    朋也「ああ、なんだ」

    唯「えっとね、朝、私が迎えにいくっていうのはどうかなぁ」

    朋也「はぁ? いや、つーか、いろいろ言いたいことはあるけどさ、まずうちの住所知らないだろ…」

    唯「うん、だからね、よかったら教えてくれないかなぁ、なんて」

    朋也「いいよ、いらない」

    唯「そっか…残念」

    朋也「つーか、おまえの家から遠かったらどうしてたんだよ…」

    唯「あ、そこまで考えてなかったよ…」

    無計画にもほどがあった。
    本当にただの思いつきで言ったようだ。

    朋也「なぁ、なんでそうまで世話焼きたがるんだ?」

    158 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:22:23.23 ID:cUBlBpOS0
    朋也「俺が遅刻しようが、欠席しようが、関係ないだろ」

    これは純粋な疑問だった。
    わりと話すようになったとはいえ、まだお互いのこともよく知らない。
    それなのに、やたら俺を気遣って、遅刻のことを言ってくる。

    唯「なんでかな…私もよくわかんない」

    唯「でも…ここ何日か一緒にいて、岡崎くんのこと見てたらさ…」

    唯「うん…おもしろい人だなって。それに、不良なんていってるけど、ほんとは優しくて…」

    唯「だから、もっと普通に学校生活を楽しめたらいいのにって…」

    唯「それで、まずは遅刻から直していけばいいんじゃないかと思ったんだけどね」

    朋也「そういうことなら、春原の奴にでもやってやれよ」

    唯「まずは岡崎くんからだよっ。その次が春原くんね」

    ふたり共を更生させる気でいたのか…。

    朋也「…そうか、がんばれよ」

    もう、放っておくことにした。
    そうすれば、こいつも、自然とそのうち飽きるだろう。

    唯「うんっ、がんばるよっ…って、実際がんばるのは岡崎くんのほうだよっ」

    ―――――――――――――――――――――

    159 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:23:35.61 ID:1qYNd8dxO
    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    昼。春原と共に学食へ。

    春原「やっぱふたりだと身軽でいいよね」

    朋也「そうだな」

    春原「ついてくる素人もいないことだし、やっと玄人らしく食べられるよ」

    朋也「ただの学食に玄人もクソもあるかよ」

    春原「おまえ、何年学食で食ってるつもりだよ。あるだろ、決定的な違いが」

    朋也「知らねぇよ…」

    春原「マジで言ってんの? わかんないかねぇ…」

    朋也「なんだよ、言ってみろ」

    春原「ほら、あれだよ。あの…アレ…だよ」

    げしっ

    春原「ってぇなっ! あにすんだよっ!」

    朋也「もったいぶっておいて、リアルタイムで考えるな」

    160 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:23:54.74 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    ずるずるずる

    春原「学食のラーメンってさ、けっこううまいよね」

    ずるずるずる

    朋也「ああ、意外としっかりしてるな」

    春原「カップラーメン以上、うなぎパイ未満って感じ?」

    朋也「なんで比較対象の上限が非ラーメンなんだよ」

    春原「僕、あれ好きなんだよね、うなぎパイ」

    春原「おまえも、前にうまいって言ってたじゃん」

    朋也「言ったけどさ…」

    春原「だろ?」

    だからなんだというのか。
    本当に意味のない会話だった。

    ―――――――――――――――――――――

    昼飯の帰り、廊下を歩いていると、その先でラグビー部の三年を発見した。
    俺は立ち止まる。

    161 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:26:02.12 ID:1qYNd8dxO
    春原「どうしたの」

    朋也「おまえ、きのう異名がどうとか言ってたよな」

    春原「ああ、エスケープ春原ね」

    にやり、と得意げな顔をしてみせる。

    朋也「おまえの実力みせてくれよ、あいつで」

    ラグビー部員を指さす。

    春原「え!? う、ま、まぁいいけど…」

    明らかに動揺していた。

    朋也「じゃ、ちょっとここでまってろ」

    春原を待機させ、俺はラグビー部員のもとへ寄っていく。

    朋也「なぁ、ちょっといいか」

    ラグビー部員「あ?」

    談笑を止め、俺のほうに振り返る。

    朋也「春原がさ、おまえの部屋のドアに五発蹴りいれたって自慢してくるんだけどさ…」

    ラグビー部員「はぁ? んなことしてやがったのか、あいつはっ」

    162 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:26:19.57 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ほら、今もあそこで挑発してるし」

    俺の指さす先、春原はカクカクと生まれたての小鹿のように足が震えていた。

    ラグビー部員「春原ぁっ!」

    春原「ひぃっ!」

    両者ほぼ同時に駆け出す。

    朋也(お、意外に早いな)

    俺も小走りで追ってみる。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「うわぁ、どけっ、どけっ!」

    春原は通行人を弾くようにして逃げていた。

    春原「とぅっ」

    階段を下から数えて2段目から飛び降りる。

    朋也(2段じゃあんま意味ないだろ…)

    俺はその様子を上から見下ろしていた。

    ラグビー部員「まて、おい、こらっ」

    163 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:27:42.79 ID:1qYNd8dxO
    春原「ひぃぃぃっ」

    だんだんと差を縮められているが、かろうじて捕まっていなかった。
    だが、それも時間の問題だろう。

    朋也(アホくさ…)

    俺は追うのをやめ、教室に戻ることにした。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也(ん…?)

    再びさっきの場所まで戻ってくると、窓の外、金髪が疾走する姿が見えた。

    朋也(あいつ、外まで逃げてんのか…)

    よくよく見ると、追っ手が5人に増えていた。

    朋也(敵増やしてどうすんだよ…)

    しかし、あんな人を踏み台にするような逃げ方をしていれば、恨みを買うのも無理はない。
    俺はこの後訪れるであろう春原への制裁を案じて、合掌を送った。

    朋也(成仏しろよ…)

    キーンコーンカーンコーン…

    朋也(やべ、ちょっと急ぐか…)

    164 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:28:09.23 ID:kpGUQkTpO
    >>110
    ヘッドバンギングな

    165 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:28:14.94 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    5時間目が終わると、教室の入り口、春原が戻ってくるのが見えた。

    朋也(あれ…? 無傷か…)

    てっきりリンチされたものだとばかり思っていたが…。
    不思議に思っていると、春原がこちらにやってきた。

    春原「逃げおおせてやったぜ…」

    朋也「すげぇじゃん」

    春原「まぁね。あいつら、チャイムが鳴ったら、引き返してったからね」

    春原「僕の逃げ切り勝ちさ。今後はおまえも、僕をリスペクトしろよ、メーン?」

    言って、背を向けて帰っていく。

    唯「春原くん、なにかしてたの? 背中にクツ跡ついてたけど」

    朋也「さぁな。鬼が複数、獲物ひとりの鬼ごっこでもしてたんじゃねぇの」

    唯「それ、楽しいの?」

    朋也「知らん」

    166 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:30:03.87 ID:1qYNd8dxO
    一撃もらっていたようだ。
    あいつをリスペクトする日は永遠にこないだろう。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    SHRも終わり、放課となる。

    春原「岡崎……」

    朋也「うわ、なんだよ、いきなり」

    数瞬もしないうち、いきなり春原が現れた。

    さわ子「逃げようとしても、無駄だからね」

    そのとなりで、さわ子さんが春原の首根っこを掴んでいた。
    その温和な表情と、やっていることのギャップが怖い。

    春原「この人、速すぎるよ…」

    春原も大概素早いほうだったが、それを上回るほどなのか。
    やはりこの人は底知れない。

    唯「ねぇ、さわちゃんさぁ、最近こないよね」

    隣から平沢が語りかける。

    167 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:31:15.53 ID:cUBlBpOS0
    さわ子「吹奏楽部の方がちょっと立て込んでたからね」

    さわ子「新勧ライブもみてあげられなくて、ごめんなさいね」

    唯「私達だけでもなんとかなったよぉ、えっへん」

    さわ子「みたいね。頼もしいわ。今日はいけるから、琴吹さんによろしく言っておいてね」

    さわ子「じゃ、岡崎くん、春原くん、ついてきて」

    春原「自分で歩くんで、そろそろ離してくれませんか…」

    さわ子「あら、ごめんなさい」

    ぱっと手を離し、解放する。

    さわ子「いくわよ」

    言って、背を向ける。

    さわ子「ああ、それと、平沢さん、さわちゃんって呼ぶのはやめなさいね」

    振り返り、それだけ告げると再び歩き出した。
    俺と春原もそれに従った。

    ―――――――――――――――――――――

    今日さわ子さんに命じられたのは、中庭の整備だった。
    ぼうぼうに生い茂った雑草や、生徒が不法投棄したゴミなどの処理が主な仕事だった。

    168 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:32:42.70 ID:1qYNd8dxO
    春原「こんなもん、業者にやらせればいいのによ…」

    スコップでざくざく地面を削りながら、愚痴をこぼす春原。

    春原「岡崎、落とし穴でも作って遊ぼうぜっ」

    朋也「ガキかよ…」

    春原「じゃ、アリの巣みつけて、攻撃は?」

    朋也「同レベルだっての…」

    春原「じゃ、なんならいいんだよっ。砂の城か? 秘密基地か?」

    朋也「おまえ、ほんとに高三かよ…」

    春原「少年の心を忘れてないだけさっ」

    朋也「ああ、そう…」

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「ふぅ…」

    空を見上げる。
    陽も落ち始め、オレンジ色に染まりだしていた。

    朋也「春原、そっちはどうだ」

    春原「ああ、完璧さ…みてみろよ」

    169 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:33:01.04 ID:cUBlBpOS0
    そこには、立派な城が出来上がっていた。

    朋也「………」

    こいつ、黙々と作業してると思ったら…。

    げしっ げしっ

    春原「ああ、なにすんだよっ! 春原王国がぁああっ!」

    朋也「なにが春原王国だ、さっさと滅べ」

    げしっ

    春原「寝室がぁああっ! 謁見の間がぁああっ!」

    朋也「細かく作りすぎだろ…」

    もはや職人芸の域だ。

    声「お~い、ふたりとも~」

    春原「あん?」

    こっちに近づいてくる人影。

    唯「おつかれさまぁ~」

    平沢だった。

    170 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:34:30.06 ID:1qYNd8dxO
    唯「ジュースの差し入っ…うわっ」

    突如、足が地面にめり込み、つまづいて倒れた。

    春原「やべっ…」

    こいつの落とし穴だった。

    ぼかっ

    春原「あでっ!」

    とりあえず一発殴っておいた。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「足とか手、大丈夫か?」

    唯「うん、平気だよ」

    春原「いや、悪いね、ははっ」

    唯「こんなところに落とし穴なんて作っちゃだめだよっ、春原くん」

    春原「つい出来心でさ」

    朋也「恩をあだで返しやがって。最低だな」

    春原「そんなの、作ってる最中にわかるわけないだろ」

    171 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:34:49.83 ID:cUBlBpOS0
    平沢は、さわ子さんから話を聞いて俺たちがここにいることを知ったらしかった。
    そして、部活が終わって、渡り廊下から中庭を覗いてみると、まだ俺達がいた。
    そこで、差し入れを持ってくることを思いついたのだという。
    他の部員たちには先に帰ってもらったらしい。

    春原「ま、せっかくもらったことだし、一杯やりますか」

    プルタブを開ける。

    ブシュッ

    春原「うわっ!」

    噴き出した液体が春原を襲う。

    春原「平沢…おまえ、振ったなっ! 炭酸じゃねぇかよっ!」

    唯「ご、ごめんね、走ってきたから、無意識に…」

    朋也「お、すげ、今のでおまえから虹がかかってるぞ」

    春原「かかってませんっ」

    唯「あははっ」

    ―――――――――――――――――――――

    三人で坂を下る。

    唯「ここの桜って綺麗だよね」

    172 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:36:10.44 ID:1qYNd8dxO
    坂の脇にずっと並んでいる桜の木。
    今はもう、その花も少し散りはじめていた。

    春原「毛虫がうざいだけだよ」

    唯「だとしても、いいものだよ」

    朋也「こいつにそんなこと言っても無駄だぞ」

    朋也「花より団子を地でいくような奴だからな」

    朋也「この前なんか、変な虫に混じって花の蜜にむしゃぶりついてたし」

    春原「んなことしてねぇだろっ!」

    唯「春原くん…桜は荒らさないでね?」

    春原「信じるなっ!」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「じゃあな」

    唯「ばいばい」

    朋也「また後で寄るぞ、俺は」

    春原「ああ、だったね」

    俺たちに背を向け、歩いていく春原。

    173 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:36:56.47 ID:SBICiwHrO
    りっちゃんと春原は馬が合いそうだな

    174 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:38:18.69 ID:cUBlBpOS0
    平沢とふたりきりになる。

    唯「いこっ、岡崎くん」

    朋也「ん、ああ…」

    一緒に帰るつもりのようだ。
    どうせ、途中どこかで分かれることになるのだろう。
    それまでなら、いいかもしれない。

    ―――――――――――――――――――――

    予想に反して、いっこうに平沢と道を違えることはなかった。
    もう通学路の道のりを半分以上来てしまっている。
    今までと同じだけ歩けば、家に帰りついてしまう。

    唯「岡崎くんも、家こっちのほうなんだ?」

    朋也「ああ、まぁな」

    唯「私と同じ通学路なのかもね」

    朋也「かもな」

    唯「でも、今まで一度も遭ったことないよね」

    朋也「俺とおまえの通学時間が違うからじゃないか」

    唯「あ、そっか。岡崎くん、二、三時間目くらいにくるもんね」


    175 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:39:37.52 ID:1qYNd8dxO
    唯「一、二年生の時もそうだったの?」

    朋也「ああ、もうずっとそうしてる」

    唯「そっか…でも、帰りは…」

    唯「あ、帰りも、私、部活やってて遅いからなぁ…そりゃあ、時間、合わないよね」

    朋也「大変なんだな、部活」

    唯「そんなことないよ。いつもお菓子食べたり、お話したりが大半だから」

    朋也「でも、ライブではすごかったじゃないか。素人の俺にはよくわかんないけどさ」

    朋也「上手くやってるように見えたぞ」

    唯「そこが私達のすごいところなんだよっ。なんていうのかな…」

    唯「そう、仲のよさがそのまま演奏のよさにつながってるんだよっ」

    唯「だから、お菓子食べてだらだらするのも練習のうちなの」

    謙遜で言っているのではなく、本当にそんな風に過ごしているのだろうか。
    確かに、茶を飲んでいるところは見たが、練習と本番も同じく見ているので、あまり想像できない。
    普段は、こいつの言うように、緩いところなんだろうか。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「びっくりだよ…」

    176 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:40:10.36 ID:cUBlBpOS0
    もう、目の前には俺の自宅があった。

    唯「私のうち、この先をずっといって、信号二つ渡ったところだよ」

    唯「同じ地区だったんだね」

    朋也「みたいだな」

    唯「中学校はどこだったの?」

    朋也「隣町のほうだ」

    そこは、公立であるにもかかわらず、バスケが強いことで有名な中学だった。
    俺がこの町にある近場の中学ではなく、隣町を選んだのは、それが理由だった。
    毎年そこからは何人もスポーツ推薦でうちの高校に進学している。
    俺もそのうちの一人だ。

    唯「じゃ、小学校は?」

    朋也「あっちの、大通りを通って、坂下ってったとこのだよ」

    唯「うわぁ、そっちかぁ」

    唯「私は、和ちゃんが桜高のある方面にしたから、私もそっちにしたんだよね」

    唯「あ、私と和ちゃんって、幼馴染なんだよ」

    朋也「そっか」

    唯「うん。でも、どおりで今まで知りあってないはずだよね。家、そんなに遠くないのに」

    177 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:42:37.67 ID:1qYNd8dxO
    朋也「なにか力が働いたのかもな。風水的な。俺とおまえが遭わないようにさ」

    唯「風水?」

    朋也「ああ。なんかこう、立地が魔よけ的になってたりな…」

    唯「それ、私が魔だっていいたいの?」

    朋也「まぁ、そんなところだ」

    唯「ひどいよっ! こんな愛くるしい魔なんていないよっ!」

    自分で言うか。

    朋也「でもおまえ、頻繁にピンポンダッシュとかしそうじゃん」

    唯「しないっ!」

    とん、と軽く俺の胸を叩いてきた。

    唯「もう…変な人だよ、岡崎くんは」

    朋也「そりゃ、どうも」

    唯「…えへへ」

    朋也「は…」

    笑いかけ、止まる。

    178 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:42:58.64 ID:cUBlBpOS0
    親父「おや…お友達かい。女の子だね」

    親父だった。

    唯「あ…」

    親父は、平沢の後方からやってきて、俺たちの横についた。
    今、帰りだったのだろう。
    なんてタイミングの悪い…。

    唯「あ、は、はじめまして。岡崎くんのクラスメイトで、平沢唯といいますっ」

    やめてくれ、平沢…
    会話なんてしなくていいんだ…

    親父「これは、どうも。はじめまして」

    唯「えっと…岡崎くんの、お父さん…?」

    親父「………」

    なんと答えるのだろう。
    はっきりと、父親だと言うのだろうか。
    こんな子供だましのような、薄っぺらい、ごっこ遊びを続けたまま。

    親父「そうだね…でも、朋也くんは、朋也くんだから」

    親父「私が父親であることなんて、あまり意味がない」

    唯「え…?」

    179 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:44:31.92 ID:1qYNd8dxO
    熱を帯びた嫌悪感が、頭の奥から湧いてきて、全身を巡り、体が熱くなる。
    俺は家に入ることはせず、そのままそこから立ち去った。
    もう、これ以上あの場にいられなかった。
    あの人の中では、全部終わっているのだ。
    これからのことなんて、なにもありはしない。
    ずっと、衝突することもなければ、何も解決することもない場所に居続けるんだ。
    たった、ひとりで。
    そこに俺はいない。

    唯「岡崎くんっ」

    声…平沢の。
    すぐ後ろから聞えてくる。
    けど、俺は無視して進み続けた。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「…おまえはもう帰れよ」

    唯「でも…」

    朋也「もう、だいぶ暗くなってるぞ」

    陽は完全に落ちきって、外灯が灯っていた。

    唯「岡崎くんは、どうするの」

    朋也「いくとこあるからさ」

    唯「どこに」

    180 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:45:02.45 ID:cUBlBpOS0
    朋也「どこだっていいだろ」

    言って、歩き出す。
    それでも、まだ平沢は黙ってついてきた。

    朋也(勝手にしろ…)

    ―――――――――――――――――――――

    朋也(はぁ…)

    どこまで行こうが、帰る気配はなかった。
    俺の後方にぴったりとくっついてきている。

    朋也「…腹、減らないか」

    立ち止まり、そう訊いてみた。

    唯「…うん、すごく減ったよ」

    朋也「じゃあ、どっかで食ってくか」

    唯「私…憂が…妹がご飯作ってくれてると思うから…」

    朋也「そうか。なら、早く帰ってやれ」

    唯「岡崎くんは、外食でいいの? 帰って、ご飯食べなくて…」

    朋也「帰ってもなにもないからな」

    181 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:45:28.56 ID:Q3JO6EFxO
    おいついちまっただ

    182 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:46:20.78 ID:1qYNd8dxO
    唯「え?」

    朋也「いつも弁当で済ませてるんだよ」

    唯「えっと…お母さん、ご飯作ってくれないの…かな?」

    ためらいがちに訊いてくる。

    朋也「母親は、死んじまってて、いないんだ」

    唯「え…」

    朋也「うち、父子家庭でさ、どっちも料理できなくてな。だからだよ」

    唯「…ごめんね…嫌なこと言わせちゃって…」

    朋也「別に。小さい頃だったから、顔も覚えてないからな」

    朋也「いないのが当たり前みたいになってるからさ」

    唯「そう…」

    唯「………」

    何か思案するように、押し黙る。

    唯「もし、よかったら…」

    ぽつりとつぶやいて、その沈黙を破った。

    183 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:46:51.87 ID:cUBlBpOS0
    唯「岡崎くんも、うちで食べていかない?」

    それは、俺を気遣っての誘いだったのか。
    世話焼きたがりのこいつらしかった。
    でも…

    朋也「遠慮しとく」

    家族団らんの中、いきなり俺のような男が上がりこんだら、こいつの両親も困惑するはずだ。
    なにより、俺がそんな訝しげな目を向けられることが嫌だった。
    それに、どう対応していいかもわからない。

    唯「そう…」

    泣きそうな顔。
    それは、外灯の光に照らされ、瞳が潤んで見えたからかもしれなかったが。

    朋也「じゃあな。気をつけて帰れよ」

    ポケットに手を突っ込み、きびすを返す。
    一歩前に踏み出すと、くい、と制服の裾を引かれた。

    朋也「…なんだよ」

    振り返ると、平沢は顔を伏せていた。

    唯「やっぱり、気になるよ…だって、いきなりなんだよ…」

    唯「楽しくお話できてたと思ったのに、すごく悲しい顔になって…」


    184 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:47:20.66 ID:b85Rp19SO
    カユミドメアフター

    185 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:48:11.60 ID:1qYNd8dxO
    唯「それで、どこかに行っちゃおうとするんだもん…」

    唯「だから、もしかして私、なにかしちゃったのかなって…」

    こいつは…そんなふうに思っていたのか。
    俺についてくる間も、ずっと不安を抱えていたのかもしれない。
    俺は無粋な自分を呪った。

    朋也「違うよ…おまえじゃない。おまえはなにも悪くない」

    唯「じゃあ…どうして?」

    今度は顔を上げて言った。
    俺の顔を、じっと見据えていた。

    朋也「…親父と喧嘩してるんだ。もう、ずっと昔から」

    少し違ったが、わかりやすく伝えるため、そういうことにしておく。
    きっと今のひどさなんて誰にも伝わらない。
    俺にしかわからない

    唯「お父さんと…」

    朋也「ああ」

    唯「なにかあったの…?」

    朋也「ああ。色々あった」

    もう取り返しのつかないほど色々と。

    186 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:48:30.54 ID:cUBlBpOS0
    唯「えっと…」

    その先は、続かなかった。

    朋也「ま、父子家庭ってのはそんなもんだ」

    朋也「男ふたりが顔を突き合わせて仲良くやってたら、逆に気持ち悪いだろ」

    フォローのつもりでそう付け加える。

    唯「そう…」

    唯「でもどこかで…喧嘩してても、どこかで通じ合ってればいいよね」

    そうまとめた。

    朋也「そうだな」

    息をつく。
    俺は不思議に思った。どうしてここまで自分の家の事情など話してしまったのか。
    慰めて欲しかったんだろうか、こいつに。
    虫のいい話だ。ここまで何も言わずに付き合わせておいて。

    朋也「…もう、いいな? 俺、行くから」

    だから、俺からそう切り出した。
    黙っていれば、きっとこいつは優しい言葉を探して、俺になげかけてくれるだろうから。

    唯「あ、うん…」

    187 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:49:23.83 ID:qYcQf+I50
    なんじゃこりゃー

    188 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:49:59.21 ID:1qYNd8dxO
    背を向け、歩き出す。
    しばらく進んだところで…

    唯「岡崎くんっ! 辛いことがあったら、私に愚痴ってくれていいからねっ!」

    唯「だれかに話せば、それだけで楽になれると思うからっ!」

    後ろから、声を張って俺に呼びかけていた。
    俺は立ち止まらず、左腕を上げ、それを振って返事とした。
    そして、気づく。もう、俺は落ち着きを取り戻し始めていることに。
    それは、あいつの懸命さがそうさせてくれたのかもしれなかった。

    ―――――――――――――――――――――



    189 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:50:35.32 ID:cUBlBpOS0
    4/10 土

    朝。用を足し、自分の部屋に戻ってくる。
    モヤがかかった意識で、時計を見た。
    これも、もう目覚ましとして機能しなくなって久しい。
    今朝はその唯一の役割を立派に果たしてくれた。
    今から準備して学校に向かえば、四時間目には間に合うだろう時間であることがわかったのだから。

    朋也(今日、土曜だよな…)

    朋也(行っても、一時間だけか…)

    朋也(たるい…サボるか…)

    布団にもぐりなおし、目を閉じる。
    ………。

    朋也(ああっ、くそっ…)

    頭はぼんやりとしているが、体が落ちつかず、眠れない。

    朋也(運動不足かな…)

    ………。

    朋也(学校…いくか)

    そう決めて、布団から這い出た。

    ―――――――――――――――――――――

    190 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:52:41.79 ID:1qYNd8dxO
    支度を終え、居間に下りてくる。
    親父の姿はなかった。
    もう、出かけた後なのだろう。

    ―――――――――――――――――――――

    戸締りをし、家を出る。

    ―――――――――――――――――――――

    ちょうど角を曲がったところ。
    見覚えのある顔をみつけた。
    壁に背を預け、空を見上げているその少女。
    手には、その形から察するに、大きなギターケースなんかを持っている。

    「あっ」

    こっちに気づく。

    唯「おはよう、岡崎くん」

    平沢だった。

    朋也「おまえ…なにしてんだよ」

    唯「ん? 岡崎くんを待ってたんだよ?」

    朋也「そういうことじゃなくてさ…」

    なにから言っていいのやら…。

    191 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:53:05.26 ID:cUBlBpOS0
    朋也「もう、とっくに学校始まってんだぞ。むしろ、もう終わるだろ、今日は」

    唯「そうだね」

    朋也「そうだねって…」

    ここまで軽く返されるとは思わなかった。

    朋也「つーか、きのう迎えはいらないって言っただろ」

    唯「だから、迎えてはないよ。待ってただけだからね」

    朋也「同じことだろ…」

    唯「いいでしょ、待つだけなら、私の自由だし」

    それならいっそ、呼び鈴でも鳴らしてしまえばいいのに。
    俺に拒否された上でやるならば、ただ待つよりは手っ取り早いはずだ。
    言おうとして…やめる。
    もしかしたら、とひとつの考えが頭をよぎった。
    こいつは、昨夜俺から聞いた話を考慮して、こんな行動に出たのかもしれない。
    俺が親父と接触することにならないよう、下手に干渉することを避けて。
    ………。

    朋也「…朝からずっと待ってたのか」

    唯「うん。いつ来てもいいようにね」

    そんなの、俺の気分次第で変わってしまうのに。
    最悪、サボることだってありうる。現に直前まで迷っていた。

    192 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:53:34.24 ID:SBICiwHrO
    渚の再来やな

    193 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:56:02.46 ID:1qYNd8dxO
    それなのに、こいつは…

    朋也「…なんで、そこまで…俺、なんかおまえに気に入られるようなこと、したか」

    思い当たる節がない。
    むしろ、その逆に当てはまる事例の方が多いような気がする。

    唯「う~ん…そう言われると、特別、なにもないような…」

    腕を組み、小首をかしげる。

    唯「でもさ、人が人を気になるのって、理屈じゃないところもあると思うけどな」

    胸を張ってそう言った。

    朋也「…おまえ、俺のこと好きなの?」

    唯「え?」

    朋也「恋愛的な意味で」

    唯「へ!? いや…それは…違う…かな?」

    流石にそれは自分でも都合がよすぎるとは思ったが。
    きっと、こいつはただ、俺のように腐っている奴を放っておけないたちなんだろう。
    ストレートにいい人間なんだ。

    唯「でも、岡崎くん、かっこいいし、その…いい人が現れると思うよっ」

    フォローされてしまった。

    194 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:56:29.31 ID:cUBlBpOS0
    朋也「そっか。ありがとな」

    ぽむ、と彼女のあたまに手を乗せる。

    唯「わ…」

    朋也「いくか」

    唯「うんっ」

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「これっきりにしとけよ」

    唯「なにが?」

    朋也「だから、俺の出待ちだよ」

    唯「私と一緒に登校するの、嫌?」

    朋也「そうじゃなくて、俺を待ってたら遅刻するって話だよ」

    いいや奴だと思うからこそ、巻き込みたくはなかった。
    こいつはまともでいるべきだ。

    唯「じゃあ、岡崎くんが朝ちゃんと起きればいいんだよ」

    朋也「おまえがやめればいいんだ」

    唯「やだよ。私、待ってるって決めたんだもん」

    195 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:57:54.64 ID:1qYNd8dxO
    唯「だから、私がかわいそうだと思うなら、はやく来てね」

    朋也「まったく思わないし、今まで通り起きる」

    突き放すつもりで、そう言った。

    唯「ひどいよっ、開店前のパチンコ店に並ぶ人くらい早くきてよっ」

    また、わかりづらい例えを…。
    というか、まったく堪えていない様子だ。
    初めて会った時の再現のようだった。

    唯「あ、今の通じた?」

    朋也「まぁ、一応…」

    196 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:58:14.79 ID:cUBlBpOS0
    唯「よかったぁ、少し自信なかったんだ」

    唯「だけど、あえて冒険してみました」

    朋也「あ、そ…」

    平沢のペースに巻き込まれてしまい、それ以上なにか言う気になれなくなってしまっていた。
    こいつのボケをまともに受けてしまうと、こっちの調子が乱される…。
    なるべく捌くように心がけよう…。

    ―――――――――――――――――――――

    ふたり、坂を上る。
    あたりまえだが、周りには誰もいない。俺たちだけだった。
    そんな状況にあるため、なんとなく隣を意識してしまう。


    197 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:59:31.80 ID:1qYNd8dxO
    俺は平沢をそっと盗み見た。
    前を向いて、ひたすらに歩いている。
    時々風で髪がそよぐ。
    桜を背景にして、景色によく映えていた。
    こいつのふわふわとした感じが、春という季節にマッチしているのだ。
    俺は、いつかの春原の言葉を思い出す。
    確か、軽音部はかわいいこばかりだとか言っていた気がする。

    朋也(こいつも、かわいい部類には入るよな…)

    大きい目、小さい口、通った鼻筋、弾力のありそうな頬、ふんわりとした髪質…

    朋也(つーか、余裕で入るな…)

    春原の言ったこと…少なくとも、こいつにはあてはまると思う。

    唯「? なに?」

    朋也「いや、別に」

    俺はすぐに視線を前に戻す。
    長く見すぎていたようだ。気づかれてしまった。

    唯「?」

    ―――――――――――――――――――――

    教室、四時間目までの休み時間に到着する。

    律「唯~、どうしたんだよ」

    198 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 14:59:49.32 ID:cUBlBpOS0
    ふたりとも席に着くと、部長がやってきた。

    律「とうとう、憂ちゃんに見捨てられたか?」

    唯「そんなんじゃないよ~。今日はちょっと先にいってもらっただけだよ」

    律「ふーん、先にねぇ…」

    ちらり、と俺に目をやる。

    律「こいつと登校するために?」

    朋也(げ…)

    やっぱり、一緒に教室に入ってきたのはまずかったか…。
    そういえば、ちらちらとこっちを見ていた奴らもいたような気がする…。

    唯「そうだよ」

    朋也(おまえ…んなはっきりと…)

    律「お? マジだったか」

    嫌な汗が出てくる。
    話がそういう方向へ向かっているように見えたた。
    実際は、平沢の親切心から出発したことなのに。
    昨日あったこと、俺が話したこと…
    全部含めて、そう決めたというのも、少なからずあるだろう。
    そういういきさつを知らずに結果だけ見れば、おおいに誤解される可能性があった。


    199 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:00:59.65 ID:Q3JO6EFxO
    唯可愛唯

    200 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:01:05.05 ID:1qYNd8dxO
    律「岡崎…あんた、やるねぇ。短期間で、あの唯を落とすなんてな」

    唯「落とす…?」

    思った通り、ばっちりされていた。

    律「いやぁ、唯はそういうこと、興味あるようにみえなかったんだけどなぁ」

    朋也「違う。勘違いするな」

    律「なにいってんだよ。遅刻してまであんたと登校したかったんだろ」

    律「思いっきり惚れられてんじゃん」

    朋也「だから、それは…」

    どう説明したものだろうか…。

    唯「ねぇ、りっちゃん。落とすって、なに? 業界用語?」

    律「うん? そんなことも知らないのか、おまえは…」

    律「落とすっていうのは、口説き落とすってことだよ」

    唯「口説く…って、岡崎くんが、私を?」

    律「うん。それで、今ラブラブなんだろ」

    唯「そ、そんなんじゃないよっ! 第一、岡崎くんには、私じゃ釣り合わないし…」

    201 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:01:25.13 ID:cUBlBpOS0
    律「見た目のこといってんなら、釣り合い取れてると思うぞ」

    律「唯は当然かわいいとして、岡崎もなんだかんだいって男前だからな」

    唯「そ、そうかな…って、ちがうちがうっ!」

    唯「今日一緒にきたのは、なんていうか…私のわがままっていうか…」

    唯「とにかく、そういうのじゃないからっ!」

    律「ふぅ~ん、でも、なぁんかあやしいなぁ」

    唯「もう許してよ、りっちゃん…」

    律「いやいや、こういうことは、はっきりさせなきゃだな…」

    キーンコーンカーンコーン…

    律「っと、タイムアップか。ま、昼にまた詳しく聞くからな。ばいびー」

    そそくさと自分の席へ戻っていった。

    唯「もう…ごめんね、岡崎くん。りっちゃん、いつもあんなだから…」

    朋也「いや、いいけど…」

    なんとなく挙動が誰かに似ている気がして、逆に親近感が湧くような…。
    そう思うのは気のせいだろうか。

    ガラリっ

    202 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:02:47.11 ID:1qYNd8dxO
    乱暴にドアが開かれる。
    教師かと思ったが、目に入ってきた金髪で、その予想が裏切られたことを知る。
    普通に春原だった。
    肩で息をしながら着席し、そのまま机に突っ伏すと、微動だにしなくなった。

    朋也(あ、死んだ…)

    かのように見えたが、呼吸のためか、上体が上下しはじめた。

    朋也(寝たのか…なにしにきたんだ、あいつは…)

    ―――――――――――――――――――――

    生徒「気をつけ、礼」

    声「ありがとうございました」

    授業が終わり、弛緩した空気になる。
    そこかしこから、昼は何にするだとか、そんな声が聞えてきた。

    唯「いこ、岡崎くん」

    朋也「ああ」

    いつものように平沢と職員室に向かう。
    土曜日は、4時間目が終わると、清掃なしで即SHRが行われ、放課となる。
    昼を摂れるのはそれからだった。

    ―――――――――――――――――――――

    203 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:03:04.66 ID:cUBlBpOS0
    声「平沢さん」

    唯「はい?」

    職員室でボックスの中を漁っていると、後ろから声をかけられた。

    さわ子「今日、なんで遅刻したの? 欠席かと思って、お家に電話したのよ」

    俺が主な原因だっただけに、どうもばつが悪い。

    さわ子「でも、誰も出ないし…携帯もつながらなかったし…」

    さわ子「だから、なにかあったんじゃないかって心配してたんだから」

    俺や春原なんかは常習犯だったし、この人は大体の事情も知っているから、いつものことで済まされる。
    だが、これが普通の生徒に対する、一般的な反応だった。

    唯「ごめん、さわちゃん。ただの寝坊だよ。携帯は電源切ってたんだ」

    部長の時とは違い、ごまかして伝えていた。
    仲がいいとはいえ、教師なので、俺の名前を出すことをしなかったのかもしれない。
    それを思うと、罪悪感を感じてしまう。

    さわ子「寝坊って…岡崎くんや春原くんじゃあるまいし…」

    さわ子「まぁ、いいわ。それで、いつきたの」

    唯「三時間目の終わりだよ」

    さわ子「それ、寝すぎじゃない? 夜更かしでもしてたの?」

    204 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:04:18.96 ID:1qYNd8dxO
    唯「えへへ、まぁね。ギー太がなかなか寝かせてくれなくて…」

    さわ子「よくわからないけど、夜中にギターを弾くのは近所迷惑でもあるから、やめなさい」

    唯「は~い」

    さわ子「夜はしっかり寝て、ちゃんと学校に来なさいね」

    唯「はぁ~いぃ」

    さわ子「過剰に間延びした返事はやめなさい」

    唯「へいっ」

    さわ子「ほんとにもう…。あ、それと、岡崎くん」

    朋也「…なんすか」

    少し落ちた気分を引きずったままこたえる。

    さわ子「中庭、がんばってくれたみたいね。用務員のおじさんも喜んでたわ」

    朋也「はぁ…」

    さわ子「今日は特にやること決めてないから、帰ってもいいわよ」

    朋也「そっすか」

    さわ子「春原くん…は今日来てる?」

    205 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:04:37.58 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ああ。来てるよ」

    さわ子「じゃ、あの子にも言っておいてね」

    そう言い残し、職員室の奥へ去っていった。

    唯「私達も、いこっか」

    朋也「ああ」

    ―――――――――――――――――――――

    唯「ねぇ、今日なにもないんだったらさ、部室に遊びにこない?」

    配布物を運ぶ途中、平沢が口を開いた。
    前にもこんな調子で誘われた覚えがある。

    朋也「遊びって…いいのかよ」

    唯「うん、もちろん。一緒にお茶飲んだり、お話したりしようよ」

    普段はそうしていると聞いていたが、真剣な平沢たちも見てしまっている。
    それもあって、やはり、俺がその中に割って入るのは野暮ったく感じる。

    唯「ね? 春原くんも誘ってさ」

    黙っていると、そうつけ加えてきた。

    朋也「俺は遠慮しとく。あいつはどうか知らないけどさ」

    206 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:05:54.45 ID:1qYNd8dxO
    仮に春原がその気になったとして、俺は止めることはしない。
    あの連中の中に入っていくことをどう思うかなんて、あいつの勝手だ。

    唯「ぶぅ、つまんないなぁ。くればいいのに」

    朋也「おまえがよくても、他の奴らがよく思わないかもしれないだろ」

    唯「そんなことないよ。みんな、ふたりがいた時はいつもより賑やかでよかったって言ってたし」

    朋也「部長もか」

    唯「うん。いないと、なんとなく寂しいって言ってたよ」

    朋也「そっか」

    少し意外だった。あんなにも春原と仲が悪かったのに。

    唯「だから、ね? 遠慮しないでいいんだよ?」

    朋也「いや…それでもやっぱ、いいよ」

    むこうが歓迎ムード寄りだったとしても、どうしてもおれ自身が気兼ねしてしまう。

    唯「ちぇ~…」

    ―――――――――――――――――――――

    SHRも終わり、やっと昼食の時間を迎えた。

    唯「岡崎くん、お昼どうするの? 学食?」

    207 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:06:14.38 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ん、ああ…決めてないな」

    唯「じゃあさ、また私たちと一緒に…」

    春原「おい、岡崎。さわちゃんなにも言わずに出てっちゃったんだけど、なんか聞いてる?」

    平沢がなにごとか言いかけた時、春原が現れた。

    朋也「今日はもう帰っていいってよ」

    春原「マジ? ラッキー」

    唯「ていうか春原くんって、さわちゃんって呼んでるんだね」

    春原「ああ、もう長い付き合いだからね」

    唯「私とりっちゃんもそう呼んでるんだよ。まる被りだね」

    春原「ま、最初にそう呼び始めたのは僕だろうけどね」

    なぜか対抗心を燃やし始めていた。

    唯「む、そんなことないよっ。私たちなんて、会った瞬間からそう呼んでたんだから」

    春原「甘いな。僕なんて、物心ついた頃から雰囲気でそう呼んでたんだぞ」

    朋也「時系列的にもありえないからな…」

    唯「だよね」


    208 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:06:28.23 ID:NTPMRZDvP
    支援

    209 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:08:49.41 ID:1qYNd8dxO
    春原「岡崎、余計なこというなよっ。あとちょっとで勝てたのによっ」

    なににだ。

    春原「ま、いいや。んなことより昼、食いにいこうぜ」

    朋也「ああ、そうだな」

    言って、立ち上がる。

    唯「どこいくの?」

    春原「ラーメン屋…でいいよな?」

    確認を取るように、俺を見る。

    朋也「いいけど」

    唯「あ~、外かぁ。じゃ、しょうがないか…」

    春原「あんだよ、なんかあんのか」

    唯「いや、学食だったら、一緒にどうかなと思ったんだけどね」

    春原「そんなにどうしても僕たちと一緒がいいなら、ラーメン屋ついてくりゃいいじゃん」

    そこまで熱望していない。

    唯「お弁当持ってきてるからね。学食なら一緒のテーブルにつけたでしょ」

    210 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:09:07.11 ID:cUBlBpOS0
    春原「あそ。じゃだめだな」

    春原「もういこうぜ、岡崎」

    言うが早いか、ぶっきらぼうに歩き出した。
    俺もそれに続く。

    唯「あ、春原くんっ、ご飯食べ終わったら、部室に遊びにこない?」

    春原「あん? 遊び?」

    振り返り、そう聞き返した。

    唯「うん。みんなでお菓子食べたり、お話したりするんだよ」

    春原「………」

    しばし逡巡する。
    こいつのことだ、食べ物に釣られて快諾するかもしれない。

    春原「それ、僕だけ? こいつは?」

    唯「岡崎くんは、こないんだって」

    春原「ま、そうだよねぇ、こいつは」

    俺を見て、納得したような顔をする。

    春原「僕も行かねぇよ」

    211 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:09:23.61 ID:SBICiwHrO
    りっちゃんうぜぇww

    212 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:10:25.75 ID:1qYNd8dxO
    唯「春原くんもかぁ…残念…」

    春原「ま、僕たち、部活なんか大嫌いだからね。わざわざそんなとこ、寄りつかないよ」

    どうしてそこまで話してしまうのか。
    ただ、行かないとだけ言っていればいいのに。
    俺は春原を恨めしく思った。
    それほど触れられたくないことだった。

    唯「え? どうして…」

    春原「別にいいだろ、なんでも。とにかく嫌いなんだよ」

    曖昧に答える。
    こいつも、詳しく話す気はないようだ。

    唯「…もしかして、楽しくなかったかな、私たちといて…」

    どうやら平沢は、断る口実として言ったものだと受け取っているようだった。
    …よかった。内心かなりほっとする。

    春原「ばぁか。んなもん、僕とこいつの友情にくらべれば屁みたいなもんだよ」

    春原「だよな? 岡崎っ」

    朋也「ああ、その通り。屁の化身みたいな奴だよ、おまえは」

    春原「なにを肯定してるんだよっ!? 一言もそんなこといってないだろっ!」

    唯「あははっ、確かに、仲いいよね、ふたりとも」

    213 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:10:47.05 ID:cUBlBpOS0
    春原「ふふん、まぁね」

    ぴと ぴと

    春原「あん? なに背中つついてんの、おまえ」

    朋也「いや、俺の服、ちょっとほつれてたからさ、その糸くずだよ」

    ぴと ぴと

    春原「いや、もうやめろよっ! 地味に嫌だよっ!」

    背に手を伸ばし、はたきだす。

    朋也「動くなよ、もう少しでバカって文字が完成するんだから」

    春原「あんた、めちゃくちゃほつれ多いっすね!」

    唯「あははっ」

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「おまえは行くと思ってたんだけどな」

    春原「なにが」

    朋也「軽音部」

    春原「はっ…行かねぇよ。おまえと同じ理由でな」

    214 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:12:08.51 ID:1qYNd8dxO
    朋也「そうか…」

    秤にかけるまでもなかったということか。

    朋也「でも、昼飯は一緒でもいいんだな。ラーメン屋ついてきてもよかったんだろ」

    春原「ああ、それくらいならね」

    こいつの中では譲れるラインらしい。
    普通ならもう関わることさえしなくなっているだろうに。
    やっぱり、こいつもどこか軽音部の連中のことを気に入っていたのかもしれない。

    春原「ま、ムギちゃんがいるってのがデカイんだけどね」

    朋也「ふぅん。つーか、おまえマジなの」

    春原「ムギちゃん?」

    朋也「ああ」

    春原「彼女にできれば、将来明るそうじゃん? お嬢様だぜ?」

    朋也「そんな理由かよ」

    春原「まぁ、それだけじゃないよ。かわいいし、いいこだしね」

    春原「僕の彼女になれる条件を満たしてるってことだよ」

    こいつは琴吹の『いつか殺りたい人間』リストの最上段に載れる条件を全て満たしているはずだ。

    215 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:12:29.51 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    春原「はぁ、うまかった」

    ラーメン屋で昼を済ませ、外に出てくる。

    春原「学食のもいいけどさ、たまにはがっつり、ニンニク入ったラーメンも食いたくなるよね」

    朋也「そうだな」

    これはかなり共感できた。
    チーズバーガーが無性に食べたくなる衝動と同じ原理だ。多分。

    春原「あ、コンビニ寄ってかない?」

    朋也「いいけど」

    ―――――――――――――――――――――

    近くのコンビニに入る。
    同じ学校の制服もちらほら見かけた。

    春原「今週は載ってるかな…」

    小さくつぶやき、雑誌コーナーへ向かう。
    俺もそれに倣った。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「うぉ…ははっ」

    216 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:17:22.63 ID:cUBlBpOS0
    手に取った雑誌を読みふけり、興奮を織り交ぜながら笑いをこぼしていた。

    朋也(口に出すなよ…うるせぇな…)

    朋也「春原、もうちょい奥にいってくれ。立ち読み客がつかえてる」

    春原「ん、おお」

    雑誌から目を離さずに移動する。

    朋也「まだ足りないって」

    春原「ん…」

    端までたどりつく。
    そう、そこはまさに、警告標識で仕切られた、いかがわしい雑誌コーナーの目の前。

    春原「うっお…へへっ」

    そんな場所で不気味なうめき声を上げるこの男。
    ただの変態だった。

    女生徒1「あれって…」

    女生徒2「えぇ…やばいよ…」

    女生徒1「大丈夫だって…」

    うちの学校の生徒にも目撃されていた。
    その女生徒たちは、なにやら携帯を取り出すと、カメラのレンズを春原に合わせているように見えた。

    217 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:17:33.92 ID:8kQTC7czO
    さるさん?

    218 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:18:22.37 ID:NTPMRZDvP
    支援

    219 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:20:07.41 ID:1qYNd8dxO
    そして、ちゃらりん、と音がすると、ダッシュで店を出ていった。

    朋也「………」

    あの春原の姿が全校生徒のデータフォルダに保存される日は近いかもしれない…。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「岡崎、なんか思いついた?」

    朋也「いや、なにも」

    俺たちはなんの目的もなく、ただ駅前に出てきていたのだが…
    そんなことだから、当然のように間が持たなくなっていた。
    今は適当なベンチに腰掛けて、遊びのアイデアをひねり出していたのだ。
    だが、どれも不毛なものばかりで、一向に納得できる案が浮かんでこない状態が続いていた。
    つまりは…いつもの通り、暇だった。
    これが俺たちの日常だったから、もういい加減慣れてしまっていたが。

    春原「じゃあさ、白線踏み外さずに、どこまでいけるかやろうぜ」

    朋也「おまえ、ほんとガキな」

    春原「いいじゃん、この際ガキでもさ。あそこのからな出発なっ」

    指をさし、その地点へ駆けていく。

    朋也(しょうがねぇな…)

    俺も仕方なくついていった。

    220 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:20:25.92 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    春原「おい、おまえもやれよ」

    俺は春原の横につき、白線の外にいた。

    朋也「俺は監視だよ。おまえがちゃんとルールに則ってプレイしてるかチェックしてやる」

    朋也「確か、踏み外すと、その足が粉砕骨折するってことでよかったよな」

    春原「んな過酷なルールに設定するわけないだろっ! どんなシチュエーションだよっ!」

    朋也「じゃあ、落ちてる犬の糞を踏んだら残機がひとつ増えるってのは守れよ」

    春原「なんでそんなもんで1UPすんだよっ!? むしろダメージ受けるだろっ!」

    朋也「いや、そういう世界観のゲームなのかなと思って。おまえが主人公だし」

    春原「めちゃくちゃ汚いファンタジーワールドっすね!」

    朋也「いいから、早くいけよ、主人公」

    春原「おまえがいろいろ言うから開幕が遅れたんだろ…」

    ぶつぶつと愚痴りながらも白線に沿って進み始めた。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「あー、もういいや、つまんね…」


    221 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:21:43.32 ID:1qYNd8dxO
    商店街を出て、しばらく来たところで春原が白線から出た。

    朋也「なに言ってんだよ、十分楽しんでたじゃん」

    朋也「その辺に生えてるキノコ食って巨大化とか言ってみたりさ」

    春原「どうみてもそのキノコのせいで幻覚みてますよねぇっ!」

    朋也「で、これからどうすんだよ」

    春原「帰るよ、普通に…ん?」

    春原の視線の先。
    電柱のそばに、作業員風の男がヘルメットを腰に提げて立っていた。
    時々電柱を見上げ、手にもつボードになにかを書き込んでいる。
    点検でもしていたんだろうか。

    春原「んん!? うわっ…マジかよ…やべぇよ…」

    その男を見つめたまま、春原がうわごとのようにつぶやく。

    朋也「どうした。禁断症状でもあらわれたか」

    春原「もうキノコネタはいいんだよっ。それより、おまえ、気づかないのかよっ」

    朋也「なにが」

    春原「ほら、あの人だよっ」

    男を指さす。

    222 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:21:59.52 ID:cUBlBpOS0
    朋也「作業員だな」

    春原「そうじゃなくて、あの人、芳野祐介だよっ! おまえも名前ぐらい聞いたことあるだろ」

    朋也「芳野祐介…?」

    確かに、どこかで聞いたことがあるような…。

    春原「ほら、昔いたミュージシャンの」

    朋也「ふぅん、ミュージシャンなのか。名前はなんとなく聞いたことあるような気はするけど」

    春原「メディア露出がほとんどなかったからな…顔は知らなくても無理ないか…」

    春原「でも、それでもかなり売れてたんだぜ? おまえもラジオとかで聞いてるって、絶対」

    朋也「そうかもな、名前知ってるってことは」

    春原「はぁ…でも、この町にいたなんてな…しかも電気工なんかやってるし…それも驚きだよ…」

    朋也「ただのそっくりさんかもしれないじゃん」

    春原「いや、絶対本人だって」

    朋也「なんでそう言い切れるんだよ」

    春原「あの人が出てる数少ない雑誌も全部読んでるからね」

    朋也「おまえ、んなコアなファンだったの」


    223 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:23:20.54 ID:1qYNd8dxO
    春原「いや、妹がファンでさ、そういうの集めてたんだよ」

    春原「それで、僕も影響されて好きになったんだけどね」

    朋也「おまえ、妹なんかいたのか!?」

    春原「ああ。言ってなかったっけ?」

    朋也「初耳だぞ。紹介しろよ、こらぁ」

    春原「実家にいるから無理だっての」

    …それもそうか。確か、こいつの実家は東北の方だったはずだ。
    というか…春原の妹なんていったら、きっとゲテモノに違いない。
    それを思うと、すぐに萎えた。

    春原「それよか、サインもらいにいこうぜ」

    朋也「俺はいいよ。ひとりでいけ」

    春原「もったいねぇの。あとで後悔しても遅いんだからな」

    朋也「しねぇよ」

    春原「じゃ、いいよ。僕だけもらってくるから」

    言って、芳野祐介(春原談)に振り返る。

    春原「あ…」

    224 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:23:42.95 ID:cUBlBpOS0
    その先へ向かおうとしたところで、ぴたっと動きを止めた。

    春原「………」

    朋也「どうしたんだよ」

    春原「いや…ちょっと思い出したんだよ」

    朋也「なにを」

    春原「いや、芳野祐介ってさ、もう引退してるんだけど、その最後がすげぇ荒んでたって聞いたんだよね…」

    春原「当時のファンだったら絶対声かけないってくらいにさ…」

    朋也「もう時効なんじゃねぇの。いけよ」

    春原「おまえ、ほんと誰にでも鬼っすね…」

    朋也「あ、おい、もう行こうとしてないか」

    芳野祐介(春原談)は、軽トラの荷台に仕事道具を積み始めていた。

    春原「やべっ…」

    春原「岡崎、おまえも協力してくれっ」

    朋也「なにをだよ」

    春原「それとなくサインもらえるようにだよっ」

    225 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:24:58.67 ID:1qYNd8dxO
    朋也「ああ? どうやって」

    春原「そうだな…」

    あごに手を当て、考える。

    春原「僕が合図したら、おまえは、うんたん♪うんたん♪ いいながらエアカスタネットしてくれ」

    朋也「はぁ? 意味がわからん」

    春原「いいから、頼むよっ」

    朋也「いやだ」

    春原「今度カツ丼おごるからっ」

    朋也「よし、乗った」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「あのぉ、すみません…」

    積み作業を続ける芳野祐介(春原談)の手前までやってくる。

    作業員「あん?」

    一時中断し、俺達に振り向いた。

    春原「僕たち、大道芸のようなものをたしなんでるんですけど…」

    226 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:25:23.10 ID:cUBlBpOS0
    春原「もしよかったら、今、みていただけませんかね?」

    作業員「大道芸なら、繁華街のほうでやればいいんじゃないか」

    春原「いや、まだそれはハードルが高いっていうか…」

    春原「まずは少人数でならしていこうと思いまして…」

    作業員「ふぅん…そうなのか」

    腕時計を見て、なにか考えるような顔つきで押し黙る。

    作業員「…まぁ、少しなら付き合ってやれる」

    春原「ほんとですか!? あざすっ!」

    春原「それじゃ…」

    春原が俺に目配せする。
    合図だった。

    朋也「うんたん♪ うんたん♪」

    春原「ボンバヘッ! ボンバヘッ!」

    いつかみたヘッドバンギング。
    その隣で謎のリズムを刻む俺。
    ………。
    俺たちは一体なにをしているんだろう…。
    というより、なにがしたいんだ…。

    227 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:26:47.22 ID:1qYNd8dxO
    やっている自分でさえわからない。

    作業員「………」

    芳野祐介(春原談)も明らかに怪訝な顔で見ていた。

    春原「…ふぅ」

    作業員「…もう終わりか?」

    春原「え? えっと…まだありますっ」

    多分、今ので終わる予定だったんだろう。

    朋也(まさか、いいリアクションがくるまでやるつもりじゃないだろうな…)

    と、また目配せされた。

    朋也「うんたん♪ うんたん♪」

    春原「ヴォンヴァヘッ! ヴォンヴァヘッ!」

    今度は横に揺れていた。
    くだらなさ過ぎるマイナーチェンジだった。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「ぜぇぜぇ…こ、これで終わりっす…」

    結局一度もいい反応を得ることなく、春原の体力が底を尽いていた。

    228 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:27:05.44 ID:cUBlBpOS0
    作業員「…ひとつ訊いていいか」

    春原「はい? なんですか…」

    作業員「一体、なにがしたかったんだ?」

    それは俺も知りたい。

    春原「え? やだなぁ、エアバンドじゃないっすか」

    そうだったのか。
    というか、おまえがやったのはどっちかというとエア観客じゃないのか。

    作業員「そうか…よくわからんが、まぁ、がんばれよ」

    励ましの言葉をくれると、車のドアを開け、そこに乗り込もうとする。

    春原「あ、ちょっといいっすか?」

    作業員「なんだ、まだなにかあるのか」

    春原「あの…このシャツにサインしてくれませんか」

    強引過ぎる…。
    話がまったくつながっていなかった。
    エアバンドの前フリは一体なんだったのか…。

    作業員「俺がか?」

    春原「はい。最初のお客さんってことで、記念にお願いします」

    229 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:28:33.53 ID:1qYNd8dxO
    作業員「…まぁ、あんたがいいなら、やるが」

    春原「あ、本名でお願いしますよ。あと、春原くんへってのもお願いします」

    ますます話が破綻していた。
    普通は役者がファンにするものだろうに。

    春原「春原は、季節の春に、はらっぱの原です」

    作業員「ああ、わかった」

    書き始める。
    これで名前が芳野祐介じゃなかったら爆笑してやる。

    作業員「これでいいか」

    春原「っ…ばっちりっす! あざした!」

    朋也(おお…)

    そこに書かれていたのは、芳野祐介という名前。
    同姓同名の他人…なんてことはやっぱりなくて、本物なのか…。

    芳野「…はぁ」

    また腕時計で時間を確認する。

    芳野「あんたら、時間あるか」

    春原「え? はい、有り余ってますっ」

    230 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:28:50.50 ID:cUBlBpOS0
    芳野「なら、バイトしないか」

    春原「バイトっすか」

    芳野「ああ。作業を手伝って欲しいんだ」

    春原「もちろんやりますよっ」

    芳野「助かる。なら、車に乗ってくれ」

    春原「はいっ」

    元気よく答えて、助手席に向かう。

    春原「岡崎、なにつっ立ってんだよ。早くこいって」

    朋也「俺もかよ…」

    春原「ったりまえじゃん」

    朋也(なにが当たり前だ…)

    しかし、バイトだと言っていたのだから、当然バイト代も出るのだろう。
    どうせ、暇だったのだ。
    金がもらえるなら、それも悪くないかもしれない。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「うぇ…しんど…」

    231 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:29:28.99 ID:miqd24nAO
    前に三日ぶっ通しで京アニクロスSSかいた人?

    232 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:29:30.57 ID:c/+LQZXq0
    しえん

    233 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:30:18.93 ID:cUBlBpOS0
    朋也「俺も、脚パンパンだ…」

    梯子や街灯を支えていたのだが、これが大層な力作業だった。
    不安定なものを固定するというのが、ここまで神経を使い、なおかつ筋力も酷使するものだったとは…。

    芳野「助かったよ。ご苦労だったな」

    ちっとも疲労感を感じさせない、余裕のある佇まい。
    俺達よりよっぽど過酷な作業をこなしていたというのに…。

    春原「きついっすね…いつもこんなことしてんすか…」

    芳野「ああ、まぁな。今日はこれでも軽い方だ」

    春原「はは…これでっすか…」

    これが社会人と、俺たちのような怠惰な学生の違いなのだろうか。
    こんなにも疲弊しきっている俺たちを尻目に、この人は涼しい顔で軽い方だと言ってのける。
    午前中にも、ずっと同じような作業をしてきたかもしれないのに…。
    小さな悩みとか、そういうことをうじうじ考えているのが馬鹿馬鹿しくなるほどに、しんどい。
    社会に出るというのは、そんな日々に身を投じるということなのだ。
    想像はしていたけど…想像以上だった。
    今までどれだけ働くということを甘く考えていたか、いやというほど思い知らされた気分だ。
    でも、芳野祐介だって、俺たちとさほど変わらない歳の若い男だ。
    その男からいとも簡単に『軽い方だ』などと言われれば、ショックもでかかった。
    俺は歴然とした差を感じ、いいようのない焦燥感に襲われていた。

    芳野「あんたら、予想以上によく動いてくれたよ。体力あるほうだ」

    春原「はは…」

    234 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:30:22.15 ID:kpGUQkTpO
    >>226
    ヘッドバンギングになっとるwww
    頑張ってくれ

    235 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:31:42.81 ID:1qYNd8dxO
    朋也「そっすか…」

    なんの救いにもならない。

    芳野「今から事務所の方に行ってくるから、少し待っててくれ」

    春原「はい…つーか、動きたくないっす…」

    ふ、と笑い、俺と春原の肩を軽く叩き、労いの意を示してくれた。

    ―――――――――――――――――――――

    芳野「待たせたな。ほら、バイト代」

    灰色の封筒を差し出した。
    下の方に何やら会社名が書いてあった。

    春原「あざす」

    朋也「ども」

    芳野「悪いな、半分しか出なかった」

    芳野「一日働いてないのに、丸々出せるかって言われてな」

    俺は痛みの残る腕で封筒を開けた。ひのふのみの…

    朋也「これ、間違いじゃないんすか?」

    春原「はは…」

    236 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:31:59.89 ID:c/+LQZXq0
    >>234
    すげえww
    書き溜めている分まで訂正できるとは
    なかなか気づけないぞ

    237 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:32:09.78 ID:cUBlBpOS0
    春原もその額になにか思うところがあるようだ。

    芳野「ん? そんなことないと思うが」

    俺は芳野祐介に封筒を渡し、見てもらった。

    芳野「違わない。そんなに少なかったか?」

    いや、逆だ。どうみても、多いと思った。
    話では、これでも半分の額だという。
    もし満額もらっていたのなら。
    この額ならば、自分の力だけで食っていける…。
    けど、それはやっぱり甘い考えなんだろう。
    俺のように冷めやすい性格の人間に勤まるような仕事じゃなかった。
    きっとすぐに嫌気が差して、投げ出してしまうに違いなかった。
    じゃあ、俺はどんな場所に収まれるというんだろう…。
    俺はかぶりを振る。
    そんなことを今から考えていたくなかった。

    春原「いや、めちゃ満足っす。こわいくらいに…」

    芳野「そうか。なら、よかった」

    芳野「また暇な時にでもバイトしにきてくれ。ウチはいつだって人手不足だからな」

    芳野「ほら、名刺」

    春原「いいんすか? もらっちゃって」

    芳野「名刺くらい、別にいい」

    238 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:33:41.17 ID:cUBlBpOS0
    春原「っしゃ! ざぁすっ!」

    俺も名刺を受け取る。そこには電設会社の名前と、芳野祐介という文字が記されていた。

    芳野「じゃあ、急ぐんでな」

    芳野祐介は荷物を持つと、向かいに止めてあった軽トラへと歩いていく。
    中に乗り込み、最後にこちらを見て片手を上げると、低いエンジン音と共に去っていった。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「いやぁ、今日は大収穫があったね」

    ベッドに寝転び、もらった名刺を眺めながらごろごろと二転、三転している。

    春原「臨時収入はあったし、あの芳野祐介の名刺まで手に入るなんてさ」

    春原「やっぱ、日ごろの行いがいいと、こういう幸運に恵まれるんだね」

    朋也「確かに、この雑誌の後ろの方にある占いによると、おまえの星座、今日運気いいってあるぞ」

    春原「マジで?」

    朋也「ああ。でも、今日までらしいぞ。明日以降は確実に死ぬでしょう、だってよ」

    春原「どんな雑誌だよっ! 死期まで占わなくていいよっ!」

    朋也「ラッキーアイテムは位牌です、ってかわいいキャラクターが満面の笑みで言ってるぞ」

    春原「諦めて死ねっていいたいんすかねぇっ!?」

    239 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:35:04.53 ID:1qYNd8dxO
    ―――――――――――――――――――――

    朋也「そういやさ…」

    春原「あん?」

    朋也「おまえ、芳野祐介のCD持ってんの」

    春原「テープならあるけど。聞く?」

    朋也「ああ、頼む」

    春原「じゃ、ちょっと待ってて」

    立ち上がり、ダンボールを漁りだす。

    朋也「つーか、今時テープって、古すぎだろ。音質とかやばいだろ」

    春原「文句言うなよ。ほらっ」

    240 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:35:25.38 ID:cUBlBpOS0
    テープの入ったラジカセをよこしてくる。
    電源をいれ、再生してみる。
    ハードなロック調のメロディが流れてきた。
    歌詞もよく聴いてみると、音は激しいのに、心にじぃんとくるものがあった。

    春原「どうよ?」

    朋也「…いいわ、かなり」

    春原「だろ?」

    今日入った金もあることだし…。
    今度、中古ショップでも回ってCDを探してみよう。そう決めた。

    ―――――――――――――――――――――


    241 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:35:58.41 ID:NTPMRZDvP
    そういえばコイツがいたなあ

    242 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:36:59.64 ID:jMxjf7cx0
    頑張って最後まで書いてくれ
    楽しみにしてる

    243 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:37:39.51 ID:1qYNd8dxO
    4/11 日

    目が覚める。寝起きは悪く、けだるい。
    時計を確認すると、まだ午前中だった。

    朋也(寝直すか…)

    どうせ、この時間に起きて寮に行っても、春原の奴もまだ夢の中に違いなかった。
    寝ているあいつにいたずらするもの一興だが、それ以上に睡眠欲求が強い。
    俺は二度寝するため、目をつぶって枕に頭を預けた。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也(ふぁ…だる…)

    結局、起きたのは午後一時半。
    深夜に寝ついたとはいえ、眠りすぎだった。
    加え、二度寝もしているから、いつも以上に体も頭も重い。
    そして、そんな時は食欲も湧いてこないので、まだなにも食べていなかった。
    なにか食べたくなるのは決まって時間が経ってからだ。
    それも一気にくるから、こってりしたものが欲しくなる。
    なので、時間を潰し、かつそんな食事もできるよう、俺は繁華街へ出てきていた。
    当面はCDショップを巡るつもりだ。
    お目当ては、芳野祐介のCD。
    昨日、いつか探しに出ようと決めたが、そのいつかがこんなに早く来るとは…。
    我ながら、本当にいきあたりばったりだと思う。

    244 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:38:06.75 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    朋也(ないな…)

    大手CDショップの中古コーナーを回ったり、中古専門の店に入ってもまったく見つからなかった。
    すでに数件巡っているのにだ。

    朋也(もう、出るか…)

    朋也(ん? あれは…)

    懐かしいものを発見した。それは、ひっそりと棚の隅にあった。
    だんご大家族のCDだった。
    誰かが出しかけたまま放置していったのだろう。
    他のCDにくらべて少し飛び出していた。
    だからこそ俺の目に入ったのだが。
    手に取ってみる。

    朋也(平沢の奴、これのシャーペン持ってたよな、確か…)

    あいつから聞いていなければ、見つけても素通りしていただろう。

    朋也(買って、500円くらい上乗せして売りつけてやろうか)

    朋也(いや…好きなら、CDくらい持ってるか…)

    よこしまな考えをすぐに改め、CDを棚に戻し、店を後にした。

    ―――――――――――――――――――――

    245 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:39:28.57 ID:1qYNd8dxO
    朋也(あれ…この辺だったよな…)

    俺は無性にハンバーガーが食べたくなり、店を探していた。
    以前何度か利用したことがあったのだが…見つからない。
    最近、来ていないうちに潰れてしまったんだろうか。
    だとすると、駅前の方にするしかない。
    だが、ここからは少し距離があった。

    朋也(まぁいいか…行こう)

    そう決めて、踵を返す。

    朋也(ん…?)

    すると、小さい女の子が、さっと柱に身を隠した。
    挙動がおかしかったので、なんとなく気になった。
    歩き、近づいていく。
    そして、横についたとき、ちらっと横目でその子を見てみた。
    柱に顔を押しつけ、手で覆い隠すようにしている。

    朋也(なんだ、こいつ…)

    ちょっとおかしい奴なのか…。
    あまり見すぎていて、突然振り返られでもしたら怖い。
    俺はスルーして先へ進んだ。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也(さっきの奴どうなったかな…)

    246 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:40:29.28 ID:cUBlBpOS0
    ちょっと歩いたところで、好奇心から振り返ってみた。

    女の子「!」

    先程と同じく、柱に隠れる。

    朋也(…俺、尾けられてないよな)

    俺が振り返ると隠れるし、同じタイミングで方向変えたし…。
    しかしそれにしては下手な尾行だった。

    朋也(まさかな…)

    またしばらく歩く。そして突然…

    ばっ

    勢いよく振り返った。

    女の子「!!」

    また、隠れた…。

    朋也(なんなんだよ…くそ)

    俺は歩を進めて近づいていく。
    付近までやってくると、柱の両端から髪がはみ出ていた。
    さっき見て確認した時、ツインテールだったので、その部分だ。
    俺はその子の後ろに回った。


    247 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:42:24.41 ID:NTPMRZDvP
    風子か
    てかライブで終了だと思ってたらまだだいぶ続きそうだなおい

    248 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:42:47.88 ID:1qYNd8dxO
    朋也「おい」

    びく、と体が跳ねる。

    朋也「おまえさ…」

    いいながら、肩に手を置く。

    女の子「す、すみません、私…」

    俺がこちらを向かせる前に、自ら振り返った。

    朋也「あれ…おまえ」

    確か軽音部の…中野という子だったはずだ。

    梓「あの、私…CDショップのところから先輩を尾行してました」

    そんなとこから…気づかなかった…。

    梓「失礼ですよね…やっぱり…」

    朋也「いや、なんでまた…」

    梓「それは…」

    言いよどみ、顔を伏せる。
    きゅっとこぶしを作ると、俺を見上げた。

    梓「唯先輩の件で、気になることがあったからです」

    249 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:43:23.26 ID:cUBlBpOS0
    朋也「平沢の? それで、なんで俺なんだよ」

    平沢のことで尾行されるような心当たりがない。

    梓「きのう、聞いたんです。唯先輩が遅刻してきたって」

    梓「それで、その原因が岡崎先輩と一緒に登校するためだったっていうのも…」

    朋也(うげ…)

    あの部長、話題にあげたのか…。

    梓「だから、岡崎先輩が普段どういう人なのか気になって…」

    梓「ていうか、唯先輩にふさわしい人かどうか…」

    ふさわしい、とは…やっぱり、そういう意味なんだろうか。
    あの部長、いったいどういうふうに話したんだろう。
    おもしろおかしく盛り上げて、あることないこと喋ったんじゃないだろうな…。
    曲解されてしまっているじゃないか。

    梓「あ、す、すみません、私…また失礼なことを…」

    朋也「いや、つーか、まず俺と平沢はそんな関係じゃないからな」

    梓「え? だって、手をつないで登校したりしてるんですよね?」

    朋也「してない」

    やはり話が盛られていた。

    250 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:43:37.65 ID:NTPMRZDvP
    あ、ツインテって書いてあったな

    251 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:44:36.29 ID:1qYNd8dxO
    梓「じゃあ、休み時間にラブトークしてるっていうのは…」

    朋也「するわけない…」

    梓「そうですか…」

    安堵した表情で、胸をなでおろすような仕草。

    梓「じゃあ、律先輩のいつもの冗談だったんだ…」

    朋也「なに言ったか知らないけど、九割嘘だ」

    梓「え? じゃあ、残りの一割…あれは本当だったんですか…」

    朋也「なんだよ、それ」

    少し気になった。
    だが、残り一割なら、そうたいしたことはなさそうだ。
    もしかしたら、事実かもしれない。
    よく話しているとか、そんな程度のこと。

    梓「焼きそばパンを両端から食べあって真ん中でキスするっていう…」

    めちゃヤバイのが残っていた!

    朋也「それより軽いの否定してんのに、ありえないだろ…」

    梓「ですよね…ちょっとテンパッちゃってました」

    だろうな…。

    252 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:44:55.85 ID:cUBlBpOS0
    朋也「あー…まぁ、誤解も解けたし、もういいよな。それじゃ」

    言って、もと来た道を引き返し始める俺。

    梓「あ、まってください!」

    後ろから声。
    振り返る。

    朋也「なんだよ」

    梓「あの…失礼なことしたお詫びに、なにかしたいんですけど…」

    梓「私にできることならします。なんでもいってください」

    朋也「なんでも?」

    梓「はい。できる範囲でですけど…」

    朋也(そうだな…)

    朋也「じゃ、昼おごってくれ。飯まだなんだ」

    梓「それくらいなら、まかせてください」

    もともとハンバーガーを食べるつもりだったのだ。
    それくらいなら、そう負担にもならないだろう。

    ―――――――――――――――――――――

    253 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:46:23.96 ID:1qYNd8dxO
    店に入る。昼時は少し過ぎたとはいえ、人が多い。
    とりあえず並んで順番を待つ。

    ―――――――――――――――――――――

    店員「いらっしゃいませ~」

    朋也「あ」
     梓「あ」

    店員「あら…」

    その店員も、一瞬接客を忘れて素の反応が出てしまっていた。
    俺たちも、向こうも、相手のことを知っていたからだ。
    つまりは知り合いだ。

    紬「店内でお召し上がりになりますか?」

    琴吹だった。
    もう店員としての顔を取り戻している。

    朋也「ええと、そうだな…」

    梓「私も頼むんで、店内でお願いします」

    横から、そう俺に伝えてくる。

    朋也「ああ、じゃ、店内で」

    紬「かしこまりました。ご注文をどうぞ」

    254 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:46:50.29 ID:cUBlBpOS0
    朋也「チーズバーガー3つと、水」

    紬「はい」

    ピッピッ、とレジに打ち込んでいく。

    紬「お会計は、おふたりご一緒でよろしいでしょうか」

    梓「あ、はい」

    紬「かしこまりました。では、ご注文をどうぞ」

    梓「えっと…このネコマタタビセットをひとつ」

    紬「はい」

    同じように、またレジに入力する。
    会計が出ると、中野が支払いを済ませた。

    紬「では、この番号札でお待ちください」

    札を受け取り、空席を探しに出た。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「琴吹ってお嬢様なんだろ」

    梓「そう聞いてます」

    朋也「なんでバイトなんてしてるんだろうな」

    255 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:48:03.71 ID:1qYNd8dxO
    梓「それは…多分あこがれがあったんだと思います」

    朋也「あこがれ?」

    梓「はい。なんていうか、庶民的なことに」

    朋也「ふぅん…」

    梓「インスタントコーヒーとか、カップラーメンにも感動してました」

    朋也「へぇ…」

    反動というやつだろうか。俺にはよくわからなかった。
    いや…まてよ…庶民的なことに心動かされるということは…
    春原とは相性がいいかもしれない。
    あいつは典型的な庶民だからな…。
    俺も人のことはいえないが。

    梓「あの…チーズバーガー3つで本当によかったんですか?」

    梓「飲み物も水ですし…」

    朋也「ああ、俺小食だから」

    いくらおごりといっても、腹いっぱいになる量を頼めるほど図太くなれない。
    あとで適当な定食屋にでも寄ればいい。

    梓「そうですか。うらやましいです」

    朋也「おまえが頼んでたネコマタタビセットって、なに」

    256 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:48:23.00 ID:cUBlBpOS0
    なんとなく気になっていたので、訊いてみる。

    梓「あれはですね、マタタビ味のするハンバーガーとジュース、ポテトがついてきます」

    朋也(マタタビ味…)

    どんな味がするんだろう…。

    梓「そして、なんと、電動ねこじゃらしもついてくるんです」

    つまり、よくある玩具がついてくるセットのようなものなのか。

    朋也「ふぅん。それで、バーガーの肉は猫なのか」

    梓「そんなわけないじゃないですか。怖すぎますよ」

    きわめて冷静に返されてしまった。
    冗談で言ったのに、俺がバカに見えて、ちょっと恥ずかしくなってしまう。

    紬「お待たせしました」

    そこへ、注文の品を持った琴吹が現れた。

    朋也「あれ、おまえレジじゃなかったのか」

    紬「ちょっとわがまま言ってかわってもらったの」

    朋也「なんで」

    紬「私が持ってきたかったから」

    257 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:49:30.49 ID:1qYNd8dxO
    その理由を訊いたつもりなのだが…。

    紬「どうぞ、梓ちゃん」

    梓「ありがとうございます」

    紬「岡崎くんも」

    朋也「ああ、サンキュ」

    盆を受け取る。

    紬「ところで…」

    俺の耳にそっと顔を寄せる。

    紬「唯ちゃんはいいの?」

    ばっと勢いよく振り返り、顔を見合わせる。

    朋也「おまえまで、俺と平沢がそんなだと思ってんのか」

    紬「あれ、ちがった?」

    朋也「違うに決まってるだろ」

    紬「そうなの? なぁんだ…」

    にこやかに微笑む。
    悪びれた様子はまったくない。

    258 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:49:49.98 ID:cUBlBpOS0
    無垢な子供のようだった。
    これでは強く言うこともできなくなる。

    朋也(はぁ…なんつーか、人徳ってやつなのかな)

    冷静になったところで、思い出したように気づく。
    琴吹と顔を間近に突き合わせてしまっていることに。
    そういえば、さっきから、ふわりといい匂いが鼻腔をかすめていた。
    俺は思わず視線を外してしまう。
    琴吹は、ふふと笑い、俺から離れた。
    そして、ごゆっくり、と店員然としたセリフを言い残し、カウンターへ戻っていった。

    朋也(なんだかなぁ…)

    俺より余裕があって、負けた気分になる。
    お嬢様なのに、もう大人の風格を身につけているというか…。

    梓「なに話してたんですか」

    朋也「いや、ささくれの処理の仕方についてだよ」

    梓「はぁ…そんなのひそひそやらなくてもいいと思いますけど」

    朋也「ちょっとエグイ部分もあったから、店員のモラル的にまずかったんだよ」

    梓「そうですか…よくわかりませんけど」

    ―――――――――――――――――――――

    食事を終え、店を出る。

    259 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:50:48.99 ID:m67Qi8Pxi
    男の前だと微妙にキャラが変わる唯が、なんかリアルだな。

    260 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:50:51.08 ID:bHdRqFIC0
    支援

    261 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:50:57.97 ID:1qYNd8dxO
    朋也「昼飯、ありがとな」

    梓「いえ、そんな」

    朋也「そんじゃ」

    梓「はい」

    ―――――――――――――――――――――

    朋也(ここでいいか)

    中野と別れてからしばらく飯屋を探し回っていたのだが…
    ショーウインドウのモデルメニューに惹かれ、ようやっと店を決めた。
    中に入る。

    ―――――――――――――――――――――

    ガー

    腹を満たし、自動ドアをくぐって店を後にする。

    朋也(けっこううまかったな…)

    朋也(…ん?)

    道に沿うようにして広がる花壇の淵、そのコンクリート部分。
    そこに腰掛け、一匹の猫と戯れる女の子がいた。
    手には、うぃんうぃん動くねこじゃらし。

    262 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:51:25.73 ID:cUBlBpOS0
    梓「…あれ」

    こっちを見て、そう口が動いた気がした。
    次に、俺の後ろにある飯屋に目をやった。
    そして、立ち上がると、こちらに近づいてくる。
    猫はちょこんとその場に座り続けていた。

    梓「あの…岡崎先輩、今ここから出てきませんでしたか?」

    俺がさっきまでいた店を指さす。

    朋也「ん、まぁ…」

    梓「やっぱり、あれだけじゃ足りなかったんですね」

    梓「私に遠慮してくれてたんですか」

    朋也「いや、急に小腹がすいたんだよ」

    梓「そんなレベルのお店じゃないと思うんですけど」

    ショーウィンドウを見ながらいう。
    デザート類はあったが、それ以外はしっかりしたものばかりだった。

    梓「お詫びできたことになってないです…」

    朋也「いや、十分だって」

    梓「でも…」


    263 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:52:49.28 ID:1qYNd8dxO
    食い下がってくる。

    朋也(どうするかな…)

    朋也「…じゃあさ、あれでいいよ」

    俺は猫を指さした。

    梓「え?」

    猫のいる方に歩き出し、その隣に座る。
    顎下をなでると、にゃ~、と鳴き、体をすり寄せてきた。
    遅れて中野もついてくる。

    梓「あの…」

    朋也「こいつとじゃれるのでチャラな」

    梓「でも、私の猫ってわけじゃないですし」

    言ながら、俺とその間に猫を挟むような位置に座る。

    朋也「じゃ、その猫じゃらし貸してくれ」

    梓「あ、はい、どうぞ」

    受け取る。
    みてみると、弱、中、強と強さ調節があった。
    強にしてみる。

    264 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:53:09.49 ID:cUBlBpOS0
    うぃんっうぃんっ!

    激しく左右に振れだした。
    ………。
    駆動音といい、挙動といい…ひわいなアレを連想してしまう…。

    朋也(いかんいかん…)

    気を取り直し、猫の前に持っていく。
    猫もその早い動きに対して、高速で対応していた。
    バシバシバシ、と猫パンチが繰り出される。
    その様子がおもしろかわいかった。
    一通り遊ぶと、俺は満足してスイッチをオフにした。

    朋也「ほら」

    梓「あ、はい」

    猫じゃらしを返す。
    その折、猫の頭をなでた。
    しっぽをぴんと立て、体をよせてくる。

    梓「なつかれてますね」

    朋也「こいつが人に慣れてるんだろ」

    野生という感じはあまりしない。
    人から食べ物でもよくもらっているんだろうか。
    媚びれば、餌にありつけるという計算があるのかもしれない。

    265 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:54:28.87 ID:1qYNd8dxO
    朋也「そういえば、俺たち、反対方向に別れたよな」

    朋也「なんでここにいるんだ」

    梓「それは…」

    恥ずかしそうに目をそらせた。

    梓「…この子をみつけて、追いかけてたからです」

    朋也「逃げられたのか」

    梓「はい…」

    朋也「おまえ、マタタビなんとかっての食ってたし、寄ってきそうなもんだけどな」

    梓「逆に避けられました…それで、ここでやっと止まってくれたんです」

    朋也「気まぐれだよな、猫って」

    梓「ほんと、そうですよ」

    優しい笑みを浮かべ、猫をなでた。
    すると、甘えたように中野のひざの上で寝転び始めた。

    梓「かわいいなぁ…」

    中野がなでるたび、ごろごろと鳴いて、心地よさそうだった。

    朋也(いくか…)

    266 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:54:53.79 ID:cUBlBpOS0
    立ち上がる。

    朋也「それじゃな」

    今日二回目の別れ。

    梓「あ、あの、お詫びの件は…」

    朋也「だから、猫じゃらしでチャラだって」

    そう告げて、反論される前に歩き出す。
    ひざの上には猫がいる。それをどけてまで追ってはこないだろう。
    これから俺が向かう先は、当然坂下にある学生寮。
    もういい加減春原の奴も起きている頃だろう。
    まだ寝ているようなら、俺のいたずらの餌食になるだけだが。
    その時はなにをしてやろうか…などと、そんなことを考えながら足を運んだ。

    ―――――――――――――――――――――

    267 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:57:26.55 ID:lDL7A+qX0
    面白い

    268 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:57:27.28 ID:1qYNd8dxO
    4/12 月

    朋也(……朝か)

    カーテンの向こう側から朝日が透過して届いてくる。
    その光が目に痛い。頭も擦り切れたように思考の巡りが悪い。
    先日は起きる時間が遅れていたので、うまく寝つくことができなかったのだ。
    俺は今の今まで、小刻みに浅い眠りと覚醒を繰り返していた。

    朋也(今日はもうだめだ…サボろう…)

    混濁する意識の中、そう思った。
    まぶたを下ろす。
    ………。
    そういえば…

    朋也(今日も待ってんのかな、あいつ…)

    あの日、待つことにした、とそう言っていた。
    俺が今日サボれば、あいつも欠席になってしまうんだろうか。
    まさか、そこまでしないだろうとは思うが…。
    きっと、適当なところで切り上げるだろう。

    朋也(関係ないか、俺には…)

    頭の中から振り払うように、寝返りをうつ。

    朋也(だいたい、俺が風邪引いて休むことになった時はどうするつもりだったんだよ…)

    朋也(………)

    269 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:57:54.25 ID:cUBlBpOS0
    朋也(……ああ、くそっ)

    考え出してしまうと、気になってしょうがなかった。
    俺は布団から出た。
    学校へいく準備をするために。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「おはようっ」

    やっぱり、いた。

    朋也「…おはよ」

    唯「今日は早いんだねっ。これならまだ間に合うよっ」

    朋也「ああ、そう…」

    唯「なんか、すごく眠そうだね。やっぱり、体が慣れてない?」

    朋也「ああ…」

    唯「これから徐々になれていこう。ね?」

    朋也「ああ…」

    270 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:59:08.63 ID:1qYNd8dxO
    唯「じゃ、いこっ」

    朋也「ああ…」

    ―――――――――――――――――――――

    唯「岡崎くんさ、今日早かったのって、もしかして…私のため?」

    朋也「ああ…」

    唯「そ、そうなんだ…うれしいよ。やっぱり、岡崎くんはいい人だったよっ」

    朋也「ああ…」

    唯「岡崎くん?」

    朋也「ああ…」

    唯「さっきからリアクションが全部 ああ… なのはなんで?」

    271 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 15:59:29.50 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ああ…?」

    唯「微妙な変化つけないでよ…もう、真剣に聞いてなかったんだね…」

    ざわ…
         ざわ…

    朋也「ああっ…!」

    ざわ…
        ざわ…

    唯「某賭博黙示録みたいになってるよっ…!」

    ―――――――――――――――――――――

    学校の近くまでやってくる。
    うちの生徒もまだ多く登校していた。
    こんな風景を見るのはいつぶりだろうか。
    もう、長く見ていなかった。

    朋也(にしても…)

    こんな中をふたり、こいつと一緒に歩くのか…。
    周りからはどう見られてしまうんだろう。
    みんな、そんなの気にも留めないのかもしれないけど…
    万が一、軽音部の連中のように、勘違いする奴らが出てきたらたまらない。

    朋也「おまえ先にいけ」


    272 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:01:21.11 ID:1qYNd8dxO
    立ち止まり、そう告げた。

    唯「え? なんで? ここまで来たんだから最後まで一緒にいこうよ」

    朋也「いいから」

    唯「ぶぅ、なんなの、もう…」

    不服そうだったが、しぶしぶ先を行ってくれた。
    俺も少し時間を置いて歩き出した。

    ―――――――――――――――――――――

    教室に着き、自分の席に座る。

    唯「なんであそこから別行動だったの?」

    座るやいなや、すぐに訊いてきた。

    朋也「おまえ、恥ずかしくないのか。俺と一緒に登校なんかして」

    唯「恥ずかしい? なんで? おとといだって一緒だったじゃん」

    朋也「いや、だから、それが原因で俺たちが、その…」

    唯「うん?」

    きょとん、としている。
    そういうことに無頓着なんだろうか、こいつは。

    273 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:01:56.37 ID:cUBlBpOS0
    朋也「…付き合ってるみたいに言われるのがだよ」

    唯「あ、そ、それは…えっと…」

    唯「私は別に……あ、いや…岡崎くんに迷惑だよ…ね…?」

    朋也「まぁ、な…」

    というか、おまえはいいのか…。

    唯「あはは……だよね…気づかなかったよ、ごめんね…」

    朋也「ああ、まぁ…」

    唯「………」

    少し驚く。あの平沢が目に見えて落ち込んでいた。
    今までなら、そっけなくしても、ややあってからすぐ持ち直していたのに。
    少し打ち解けてきたと思ったところで拒絶されたものだから、傷も深いんだろうか。
    …でも、これでよかったのかもしれない。
    これで朝、俺を待つなんて、そんな不毛なことをしなくなってくれれば。
    それがお互いのためにもいいはずだ。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    4時間目の授業が終わり、昼休みになった。

    274 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:03:32.16 ID:1qYNd8dxO
    朋也(はぁ…きっつ…)

    朝から授業を受けて蓄積した疲労が堪える。
    休憩時間も、全て机に突っ伏し、回復に当てて過ごしていたにも関わらずだ。
    そもそも、俺が朝からいたことなんて、ほんとうに数えるくらいしかないのだ。
    出欠を取ったとき、さわ子さんも俺がいることにたいそう驚いていた。
    替え玉じゃないかと疑っていたくらいだ。
    そんな、代返ならまだしも、替え玉出席なんて聞いたこともないのに。
    それくらいイレギュラーな事態だったのだ。

    朋也(飯、いくか…)

    ふと、隣が気になった。
    思えば、ずっと静かだったような気がする。
    いつもなら、軽音部の誰かがやってきてふざけあっていたのに。
    少し心に余裕ができた今、ようやくそのことに違和感を覚えた。
    窺うようにして、隣を横目で見てみる。

    唯「…ん? なに」

    朋也「いや…別に」

    唯「…そ」

    朋也「………」

    まだ、引きずっているのだろうか。
    あの、たった一回の拒絶で、ここまで落ちてしまうものなのか。
    …いや
    回数の問題でもないか…

    275 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:03:52.45 ID:cUBlBpOS0
    春原「岡崎、昼いこうぜ」

    そこへ、春原がやってくる。

    朋也「ああ…」

    席を立ち、教室を出た。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「なんか、おまえ、元気ないね」

    朋也「いつものことだろ。俺が元気振り撒いてる時なんかあったか」

    春原「まぁ、そうだけどさ…今日は一段とね」

    朋也「眠いんだよ」

    春原「ふぅん…」

    結局、いつかはこうなっていたはずだ。
    いくら平沢が歩み寄ってきてくれても、俺自身がこんな奴なのだ。
    無神経に振舞って、人の好意を無下にして…
    そういうことを簡単にやってしまう人間だ。
    だから、再三警告していたのに。
    ロクでもない不良生徒だって。

    ―――――――――――――――――――――

    ああ…それでも…

    276 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:03:56.37 ID:ljNcvWWR0
    追いついて更新するたびに増えてる

    終わりまで追いつけないかと思った支援

    277 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:05:26.97 ID:1qYNd8dxO
    ずっと関わり続けようとしてきたのが、あいつだったんだ。
    そんなやつ、あいつしかいなかったんだ。
    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    春原より先に食べ終わり、一人で学食を出た。
    昼休みは中盤にさしかかったころだった。
    教室へ戻っても、まだ軽音部の連中が固まって食後の談笑でもしているはずだ。
    そんな中へひとり入っていく気にはなれない。
    どこかで時間を潰して、予鈴が鳴る頃を見計らって帰った方がいいだろう。
    俺は窓によっていき、外を見た。
    食堂から続く一階の廊下。俺のいるこの場所からは中庭が見渡せた。
    そこに、見覚えのある後姿を見つける。

    朋也(なにやってんだ、あいつ…)

    横顔が見えたとき、同時に一筋の涙がこぼれて見えた気がした。
    ここからじゃ、正確にはわからなかったが、確かにそう見えた。
    顔を袖で拭う動作。
    こっちの、校舎の方に振り向く。
    向こうも俺に気がついた。
    目が合う。
    一瞬、躊躇した後…
    笑顔を作っていた。
    また、涙が頬を伝い、それがしずくとなって地面に落ちた。
    今度は間違いなく、それが見て取れた。
    ………。
    俺は駆け出していた。
    中庭に直接出ることができる、渡り廊下へ向けて。

    278 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:05:53.83 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    上履きのまま、夢中で外へ出てきた。
    そして、辿り着く。今はもう、石段のふちに腰掛けているその女の子。
    俺も隣に座り、少し息を整える。

    朋也「…こんなとこでなにやってんだよ」

    もっと言いたいことはあったのに、こんなセリフしか出てこない。

    唯「…岡崎くんこそ、くつに履き替えもしないで、どうしたの」

    朋也「急いでたんだよ」

    唯「どうして」

    朋也「おまえが泣いてたから」

    唯「…私が泣いてたら、急いでくれるの?」

    朋也「ああ」

    唯「どうして」

    朋也「そりゃ…」

    どうしてだろう…。
    自分でもよくわからない。


    279 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:07:12.27 ID:1qYNd8dxO
    朋也「…泣いてるからだよ」

    唯「…ぷっ…あはは。見たまんますぎるよ」

    朋也「ああ…だな」

    作ったものじゃない、素の笑顔。
    ここまで出てきたその行為が報われたような気分になる。

    唯「私、泣いてないよ」

    朋也「あん?」

    唯「あくびだよ、あ・く・び」

    朋也「…マジ?」

    唯「マジ」

    なんてくだならいオチなんだろう…。
    じゃあ、なんだ、俺が単に空回りしていただけなのか…。

    唯「でも、うれしかったよ。そんなふうに思って、駆けつけてくれて」

    朋也「そっかよ…」

    唯「また泣いたら、今みたいに来てくれる?」

    朋也「ああ、すぐ行く。借りてた1泊2日のレンタルDVD返したら、駆けつける」

    280 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:07:31.79 ID:cUBlBpOS0
    唯「それ、私がついでみたいになってるんだけど?」

    朋也「しょうがないだろ。もう三日も延滞してるんだから」

    唯「そんな事情知らないっ。最初からその日数で借りなよっ」

    朋也「ちょっと見栄張ったんだよ。二日あれば俺には十分だ、ってさ」

    唯「意味わかんないよ、もう…」

    困ったように笑う。
    けど、その表情にはもうかげりがなかった。

    朋也「それで、ひとりでなにしてたんだよ。こんなとこでさ」

    唯「ひなたぼっこだよ。いい天気だし、気持ちいいかなって」

    朋也「ほかの奴らは」

    唯「誘ったんだけどね~。断れちゃった」

    朋也「そっか」

    唯「みんなわかってないよ、光合成のよさを」

    朋也「植物か、おまえは」

    唯「む、哺乳類でもできるんだよ。みてて」

    はぁ~…と気合のようなものをためていく。

    281 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:08:45.59 ID:1qYNd8dxO
    唯「ソーラー…ビーーームッ!」

    ズビシッ、と俺に人差し指を突き刺した。

    朋也「ビームって…ただの打撃だろ…肉弾攻撃だ」

    唯「えへへ」

    笑ってうやむやにしようとしていた。

    朋也「がんばって光合成でもしといてくれ」

    立ち上がり、校舎に引き返す。

    唯「あ、私もいくっ」

    声がして、後ろから元気な足音が近づいてきていた。

    ―――――――――――――――――――――

    律「よ」

    帰ってきた俺を見て、部長が声をかけてくる。
    今日は俺の席ではなく、空いた平沢の席に腰掛けている。

    朋也「…ああ、よぉ」

    平沢が抜けたことにより散会になったとばかり思っていたのだが…
    まだ三人とも残っていた。
    とりあえず自分の席につく。

    282 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:09:02.82 ID:cUBlBpOS0
    律「なぁ…」

    と、また部長。

    朋也「なんだ」

    律「あんた、唯のことでなんか知らない?」

    それは、今朝からの平沢の様子を気にして訊いてきているんだろう。
    容易に想像がついた。

    律「あいつ、朝ちょっかい出しにいった時から元気なかったしさ…」

    俺が机に突っ伏している間、やっぱり今日も平沢のもとに訪れていたのだ、部長は。
    その時異変に気づいたと、そういうことだろう。

    律「どうしたのか訊いても、曖昧にこたえるし…」

    律「そんで、唯から聞いたんだけど、あんたたち、今朝も一緒に途中まで登校してきたんだろ」

    律「だから、あんたならなんか知ってるんじゃないかと思ってさ」

    他のふたりも、俺をじっとみてくる。
    なんと言っていいのだろうか。
    俺が原因だなんていったら、自惚れにもほどがある気もするし…。
    今までの流れを言葉で説明すると、途端に安っぽくなるし…。

    唯「やっほ、帰ったよ」

    そこへ、ちょうど平沢が戻ってきた。

    283 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:09:51.32 ID:Ml5mDnaOO
    支援
    なんという投下速度

    284 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:10:04.78 ID:eihPR2Ta0
    そういえば前に岡崎と憂ちゃんがくっつくSSあったな

    285 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:10:17.09 ID:1qYNd8dxO
    下駄箱で上履きに履き替えるため、途中で別れていたのだ。
    だから、この時間差が生まれたのだ。

    律「あ、おう…」

    紬「おかえり、唯ちゃん」

    澪「おかえり」

    唯「ただいまぁ」

    言いながら、自然に部長の上から座った。

    律「ちょ、唯、重いっ」

    唯「あれ、悦んでクッションになってくれるんじゃないの」

    律「んな性癖ないわっ。どかんかいっ」

    唯「ちぇ、思わせぶりなんだから…」

    部長から身をどける。

    律「なに見てそう思ったんだよ…ったく」

    立ちあがり、平沢に席を譲った。

    澪「唯…その、もういいのか?」

    唯「ん? なにが?」

    286 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:10:39.42 ID:cUBlBpOS0
    澪「いや…ちょっとテンション低かったじゃないか」

    唯「ああ、もう大丈夫! 陽の光浴びて満タンに充電してきたからっ」

    澪「そっか…」

    部長、琴吹と顔を見合わせる。
    そして、みな一様に顔をほころばせた。

    律「ま、元気になったんなら、それでいいけど」

    紬「そうね」

    澪「ああ」

    唯「えへへ」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。
    さわ子さんによると、今日普通に登校してきた俺は、奉仕活動を免除されるということだった。
    なので、春原だけが捕まっていってしまった。
    唐突に暇になる。
    あんな奴でさえ、いれば暇つぶしにはなっていた。
    やることもない俺は、すぐに学校を出た。

    287 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:11:18.08 ID:SBICiwHrO
    むっちゃ相性いいな

    288 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:11:54.75 ID:1qYNd8dxO
    ―――――――――――――――――――――

    着替えを済ませ、折り返し家を出る。

    ―――――――――――――――――――――

    いつものように、春原の部屋でくつろぐ。
    今はこの部屋本来の主人も戻っておらず、俺が暫定主人だった。
    無意味に高いところに立ってみる。

    朋也(………)

    朋也(アホくさ…)

    むなしくなって速攻やめた。

    ―――――――――――――――――――――

    がちゃり

    春原「…あれ、来てたの」

    朋也「ああ、おかえり」

    春原「つーか、人の部屋に勝手にあがりこ…うわっ」

    上着を脱ぎ、コタツまで来たところで驚きの声を上げる。

    春原「なにしてくれてんだよっ」

    289 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:12:41.62 ID:cUBlBpOS0
    朋也「なにが」

    漫画を読みながら、おざなりに返す。

    春原「これだよっ! このフィギュアっ!」

    朋也「おまえの大事な萌え萌え二次元美少女がどうしたって?」

    春原「ちがうわっ! 僕のでもないし、そんな感じのでもないっ!」

    朋也「じゃ、なんだよ」

    春原「よくわかんないけど、電灯の紐で首くくられてるだろっ!」

    朋也「いいインテリアじゃん」

    春原「縁起悪いよっ!」

    必死に紐を解く春原。

    春原「なんなんだよ、これ。どうせおまえが持って来たんだろ」

    朋也「ああ、なんか飲み物買ったらついてきた」

    春原「やっぱりかよ…いらないなら、捨てるぞ」

    朋也「いいよ」

    ゴミ箱までとことこ歩いていき、捨てていた。
    戻ってきて、コタツに入る。

    290 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:14:12.28 ID:1qYNd8dxO
    時を同じくして、俺は飲みほしたペットボトルをゴミ箱に向かって投げた。

    ぽろっ

    朋也「春原、リバウンドっ」

    春原「自分で行けよっ! つーか、今ゴミ箱までいったんだから、そん時言えよっ!」

    朋也「ちっ、注文多いな…めんどくせぇやつ」

    春原「まんまおまえのことですよねぇっ!」

    俺はコタツから出て、こぼれ球を拾ってゴールに押し込んだ。
    また戻ってきて、コタツの中に入る。
    そして、スナック菓子を食べながら漫画を再開した。

    春原「ったく、しおらしかったと思ったら、もう調子戻しやがって…」

    春原「…ん? おまえ、そのコミック…」

    朋也「これがどうかしたか」

    表紙を見せる。

    春原「やっぱ、最新刊じゃないかよっ! べとべとした手でさわんなっ」

    朋也「ああ、悪い」

    ちゅぱちゅぱと指をなめとった。

    291 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:14:37.73 ID:cUBlBpOS0
    春原「そんな方法できれいにしても納得できねぇよっ!」

    春原「台所で手洗ってこいっ!」

    朋也「遠いからいやだ」

    春原「すっげぇむかつくよ、こいつっ!」

    朋也「ま、いいじゃん。また新しいの買えばさ」

    春原「おまえが自腹で自分の買えよっ!」

    春原「くっそぉ、やりたい放題やりやがって…」

    朋也「これにこりたら、早く帰ってこいよ」

    春原「あんたが大人しくしてればすむでしょっ!」

    ―――――――――――――――――――――

    292 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:17:04.98 ID:1qYNd8dxO
    4/13 火

    朋也「…おはよ」

    唯「おはよう」

    昨日と同じ場所で落ち合い、学校へ向かう。

    唯「今日も眠い?」

    朋也「…ああ、かなりな」

    だが、昨日よりかは幾分マシだった。
    普通に受け答えする気にはなる。

    唯「そっかぁ、じゃあ、まだ無理かな…」

    朋也「なにが」

    唯「もうちょっと早く来れば、私の妹とも一緒にいけるよ」

    朋也「そっか…」

    そういえば、妹がどうとか、いつか言っていた気がする。

    唯「私の妹、気にならない?」

    朋也「いや、取り立てては」

    唯「ぶぅ、もっと興味持ってよぉ…じゃなきゃ、つまんないよぉ」

    293 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:17:32.00 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ああ、気になるよ、むしろ、すげぇ眠いよ…」

    唯「すごい適当に言ってるよね、いろいろと…」

    ―――――――――――――――――――――

    あの時別れた場所までやってくる。

    唯「…えっと、ここからは、別々なんだよね」

    立ち止まり、前を向いたままそう言った。

    唯「じゃ…先に行くね」

    一歩を踏み出す。
    少しさびしそうな横顔。
    ………。
    そもそも…
    俺にはそんなことを気にする見栄や立場なんてなかったんじゃないのか。
    ただの不良生徒だ。周りの評判なんて、今更何の意味もない。

    唯「…あ」

    俺は黙って平沢の横に追いついた。

    朋也「なに止まってんだよ。いくぞ」

    唯「…うんっ」

    ―――――――――――――――――――――

    294 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:18:08.47 ID:kKKJ3pyS0
    けいおんキャラの性格が少し違うのと
    澪が影すぎるのが気になる

    295 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:18:50.28 ID:1qYNd8dxO
    唯「桜、もうほとんど散っちゃったね」

    朋也「ああ」

    もう、二割くらいしか残っていなかった。
    2、3日もすれば完全に散ってしまうだろう。

    ―――――――――――――――――――――

    教室のドア、そこに手をかけ、止まる。
    ここで一緒に入ってしまえば、また揶揄されてしまうんだろうか。

    唯「ん? どうしたの」

    だが、今俺が躊躇すれば、またこいつは落ち込んでしまうんじゃないのか。
    俺の考えすぎか…。

    朋也「…いや、なんでもない」

    俺は戸を開け中に入った。
    もう、ほとんど開き直りに近かった。

    ―――――――――――――――――――――

    律「はよ~、唯」

    紬「おはよう、唯ちゃん」

    澪「おはよう」

    296 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:20:12.47 ID:cUBlBpOS0
    唯「おはよ~」

    俺たちが席につき、間もなくすると軽音部の連中がやってきた。
    俺は眠さもあり、昨日同様、机に突っ伏していた。

    律「今日もラブラブしやがって、むかつくんだよぅ~」

    唯「だから、違うってぇ…家が近いから、それでだって言ったじゃん」

    律「ああん? そんなことくらいで一緒に登校してたら人類みな兄弟だっつーの」

    澪「意味がわからん…」

    会話が聞えてくる。
    案じていた通り、部長がその話題に触れてきた。
    俺も反論してやりたいが、いかんせん気力が湧かない。
    だから、じっと休むことに集中した。

    律「こいつも寝たフリして、全部聞えてんだろ~?」

    律「黙秘のつもりか~? デコピンで起こしてやろう」

    澪「やめときなよ」

    唯「そうだよ。かなり眠いって言ってたし、そっとしといてあげよ?」

    律「それだよ。こいつが早起きしてんだよなぁ。それって唯と登校するためだろ?」

    律「だったらさ、やっぱ、こいつも唯に気があるんじゃね?」

    297 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:20:36.39 ID:ba+fzhQoO
    脳内で唯が渚に変換されてしまう

    298 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:21:27.59 ID:1qYNd8dxO
    唯「そ、それは…いや、ちがくて、えっと…」

    唯「そうだよ、親切だよっ! 親切心っ!」

    律「親切?」

    唯「うん。私が待ってるって言ったから、遅刻しないように来てくれてるんだよ」

    澪「へぇ…」

    紬「いい人よね、岡崎くんって」

    唯「だよね~」

    律「なぁんか、腑に落ちねぇなぁ…」

    キーンコーンカーンコーン…

    律「あ、鐘鳴った」

    澪「戻ろうか」

    紬「うん」

    そこで会話は聞こえなくなった。
    3人とも言葉通り戻っていったようだ。
    直にさわ子さんがやってくるだろう。俺も起きなくては…。
    話が気になって、あまり回復できなかったが…。

    ―――――――――――――――――――――

    299 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:21:51.00 ID:cUBlBpOS0
    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    つん つん

    頬に感触。

    声「起きて~、岡崎くん」

    続いて、すぐそばで声がした。
    目を開ける。

    唯「おはよ~」

    …近い。すごく。
    ちょっと前に顔を出せば唇が触れそうな距離。
    俺は多少動揺しつつも、身を起こして顔を離した。

    唯「もう授業終わったよ」

    朋也「あ、ああ…」

    4時間目…そう、俺は途中で眠ってしまったんだ。
    担当の教師が、寝ようが内職しようが、なにも言わない奴だったから、気が緩んで。
    教師としてはグレーゾーンな奴なんだろうけど、生徒にとってはありがたい存在だった。

    唯「よく寝てたね」

    朋也「ああ、まぁな」

    300 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:22:59.60 ID:1qYNd8dxO
    朋也「ん…」

    伸びをして体をほぐす。

    唯「寝顔かわいいんだね」

    突っ伏していたはずだが…無意識に頭の位置を心地いいほうに変えていってしまったのだろう。
    それで、こいつに寝顔をさらしてしまっていたのだ。

    朋也「勝手にみるな」

    唯「え~、無理だよ。どうしてもみちゃう」

    朋也「授業に集中しろ」

    唯「それ、岡崎くんが言っても全く説得力ないよ…」

    春原「岡崎~。飯」

    そこへ、春原がだるそうにやってくる。

    朋也「動詞を言え、動詞を」

    春原「あん? んなもん、僕たちの仲なら、なくても通じるだろ?」

    朋也「わかんねぇよ。飯みたいになりたい、かと思ったぞ」

    春原「なんでそんなもんになりたがってんだよっ、食われてるだろっ!」

    朋也「いや、残飯だから大丈夫だろ」

    301 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:23:16.64 ID:cUBlBpOS0
    春原「廃棄っすか!? 余計嫌だよっ」

    朋也「じゃあ、ちゃんと伝わるように今度から英雄風にいえ」

    春原「ひでお? 誰だよ」

    朋也「えいゆう、だ」

    春原「英雄ねぇ…そんなんでほんとに伝わんのかよ」

    朋也「ああ、ばっちりだ」

    春原「わかったよ、なら、やってやるよ…」

    春原「じゃ、もういこうぜ」

    朋也「ああ」

    立ち上がる。

    唯「あ、待ってっ。今日は学食だよね? だったらさ、一緒に食べない?」

    春原「またあの時のメンバー?」

    唯「うん」

    春原「まぁ、別にいいけど…」

    唯「岡崎くんは?」

    302 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:24:33.84 ID:1qYNd8dxO
    朋也「俺も、別に」

    唯「よかったぁ」

    うれしがるほどのことでもないような気もするが…。
    賑やかなのが好きなんだろう、こいつは。

    唯「じゃ、みんなに言ってくるね」

    朋也「俺たちは先いって席取っとくぞ」

    唯「うん、よろしくね。それじゃ、またあとで!」

    ―――――――――――――――――――――

    無事席の確保ができ、平沢たちも合流した。

    唯「やっほ」

    律「おう、ご苦労さん」

    春原「あん? おまえ、なに普通に座ってんだよ」

    春原「おまえの席はあっちに確保してるから、移れよ」

    春原が指さすゾーン。ダストボックスの目の前だった。
    なんとなく不衛生な気がして、みんな避けている場所だ。
    実際、そんなことはないのだろうけど、気分の問題だった。

    律「あんたが行けよ。背景にしっくりくるだろ」

    303 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:24:53.91 ID:cUBlBpOS0
    春原「ははっ、おまえの自然に溶け込みそうな感じには負けるさ」

    律「おほほ、そんなことないですわよ。あなたなんて背景と判別がつきませんもの」

    春原「………」
     律「………」

    無言でにらみ合う。

    唯「あわ…ふ、ふたりとも、やめようよ…」

    澪「律…なんでそう、すぐいがみ合おうとするんだ?」

    律「えぇっ? 今のはあっちが先だったじゃんっ!」

    春原「けっ…」

    紬「春原くん…仲良くしましょ?」

    春原「ムギちゃんとなら、喜んでするけどね」

    律「ムギはいやだってよ」

    春原「んなことねぇよっ! ね、ムギちゃん?」

    紬「えっと…ごめんなさい、距離感ブレてると思うの」

    春原「ただの他人でいたいんすか!?」

    律「わははは!」

    304 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:24:57.05 ID:SBICiwHrO
    >>290
    律「人類みな兄弟だっつの」




    さすが俺の嫁

    305 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:26:04.11 ID:1qYNd8dxO
    久しぶりだが、この流れも変わらないようだった。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「そういえばさぁ、選挙っていつだったっけ?」

    和「今週の金曜日ね」

    唯「じゃ、もうすぐだねっ」

    和「そうね」

    律「絶対和に投票するからな」

    紬「私も」

    澪「私だって」

    唯「私も~」

    和「ありがとう、みんな」

    春原「なに? CDでも出してるの?」

    和「…どういうこと?」

    春原「ほら、CD買ったらさ、その中に投票券が入ってるっていうあれだよ」

    和「某アイドルグループの総選挙じゃないんだけど…」

    306 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:26:22.29 ID:cUBlBpOS0
    律「んなお約束ネタいらねぇって」

    春原「ふん、言ってみただけだよ」

    和「あ、そうだ。話は変わるんだけど、あなたたち、最近奉仕活動してるんですってね」

    朋也「やらされてるんだよ。今までの遅刻を少し大目にみてくれるって話だからな」

    和「そういう裏があるってことも、一応聞いてるわ」

    唯「和ちゃん、なんか情報いっぱい持ってるよね」

    和「そうでもないわよ」

    律「この学校の重要機密とか、校長の弱みとかも握ってるんじゃないのか?」

    和「何者よ、私は…っていうか、機密なんてそんなドス黒いものあるわけないでしょ」

    律「てへっ」

    春原「かわいくねぇよ」

    律「るせっ」

    和「まぁ、それで、昨日もあなたが書類整理してくれたって聞いたの」

    春原「ああ、あれね」

    和「けっこう大変だったでしょ」

    307 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:27:26.07 ID:NTPMRZDvP
    時事ネタを……

    308 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:27:30.44 ID:1qYNd8dxO
    春原「まぁね」

    和「あれ、私が選挙管理委員会に提出するものだったのよ」

    和「それで、期限が昨日までだったんだけど、整理が終わってなくてね」

    和「すぐにやらなきゃいけなかったんだけど、どうしても外せない用事ができちゃって…」

    和「でも、先生から、代打であなたにやってもらうから大丈夫だって、そう背を押してもらったの」

    和「本当に助かったわ。遅れたけど、この場を借りてお礼を言うわね」

    和「ありがとう」

    春原「う~ん…言葉だけじゃ足りないねぇ」

    朋也「気をつけろ、こいつ、体を要求してくるつもりだぞ」

    春原「んなことしねぇよっ!」

    唯「………」
    紬「………」
    澪「………」
    和「………」
    律「…引くわ」

    春原「は…」

    春原「岡崎、てめぇ!」

    309 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:28:03.09 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。
    俺と春原はまたさわ子さんに呼び出され、空き教室にいた。

    さわ子「今日からは、真鍋さんの手伝いをしてもらうわ」

    春原「誰?」

    さわ子「あんたたち、親しいんじゃないの?」

    春原「いや、だから、そいつ自体知らないんだけど…」

    さわ子「真鍋和さんよ。同じクラスでしょうに」

    春原「真鍋和…?」

    朋也「昼に一緒に飯食ったあのメガネの奴だろ」

    春原「ああ…でも、そんな名前だったっけ?」

    朋也「前にフルネーム聞いただろ」

    春原「そうだっけ。忘れちゃったよ」

    さわ子「向こうからのオファーだったから、てっきり親しいんだと思ってたのに」

    310 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:29:18.27 ID:1qYNd8dxO
    朋也「そんな親しいってほどでもねぇよ…つーか、オファー?」

    それは、俺たちをわざわざ指名してきたということだ。
    どういう意図なのか全く読めない。

    さわ子「ええ。まぁ、詳しいことは本人から聞いてちょうだい」

    ―――――――――――――――――――――

    さわ子さんに言われ、生徒会室に向かった。
    聞けば、通常、役員が決まるまで使われることはないそうだ。
    新生徒会が始動して、初めて活用されるらしい。

    春原「なんでこんなとこにいるんだろうね」

    朋也「さぁな」

    がらり

    戸を開け、中に入った。

    ―――――――――――――――――――――

    声「遅かったわね」

    教室の奥、一番大きい背もたれつきのイスがこちらに背を向けていた。
    そこから声がする。
    くるり、と回転し、こちらを向いた。

    和「さ、掛けて」

    311 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:29:43.39 ID:cUBlBpOS0
    朋也「あ、ああ…」

    春原「………」

    異様な気配を感じながらも、近くにあった椅子に腰掛ける。

    和「先生から話は聞いてると思うけど、私の手伝いをしてもらうわ」

    しん、とした部屋に声が響き、次第に消えていった。
    …なんだ、この緊張感。

    朋也「…ひとつ訊いていいか」

    和「なに?」

    朋也「なんで俺たちなんだ」

    和「それはね…二つ理由があるわ」

    立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。

    和「ひとつは、私の、一年から地道に作り上げてきた政党から人が離れたこと」

    こちらに近づいてくる。

    和「ふたつめは…」

    ぽん、と俺と春原の肩に手を置く。

    和「…あななたちが悪(あく)だからよ」

    312 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:30:40.70 ID:NTPMRZDvP
    >くるり、と回転し、こちらを向いた。
    これいつかやってみたい

    313 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:30:54.40 ID:1qYNd8dxO
    顔を見合わせる。
    大丈夫か、こいつ…と目で訴えあっていた。

    和「いい? 政治は綺麗事だけじゃ動かないの」

    言いながら、離れて歩き出した。

    和「時には汚いことだってしなきゃいけない…理想を貫くとはそういうことよ」

    春原「あー…あのさ、そういう遊びがしたいんだったら、友達とやってくんない?」

    和「遊び? 私がやっていることが遊びだって言いたいの?」

    春原「ああ、なんか、キャラ作って遊びたいんだろ? 僕たち、そんなの…」

    和「トイレットペーパー泥棒事件」

    びくり、と春原が反応する。

    和「二年生のとき、あったわよね」

    春原「………」

    確かにあった。
    男子トイレのストック分が丸々なくなっていたとか、そんなセコい事件だった。

    和「あれね、現場を見ていた人間がいたの」

    和「いや…正確には押さえていた、かしら」

    314 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:31:19.34 ID:cUBlBpOS0
    窓に寄って行き、外を見る。

    和「写真部の子がね、外で撮影していたんですって」

    和「それで、校舎が写った写真も何枚かあったの」

    和「その中にね…あったのよ」

    ごくり、とツバを飲み込む春原。

    和「金髪が、トイレットペーパーのようなものを抱えている姿が」

    …おまえが犯人だったのか。

    和「私はそのネガを買い取って、その子の口封じもしたわ」

    春原「な…なんで…」

    和「いつかなにかあった時、取引の材料になるんじゃないかと思ってね」

    どんぴしゃでなっていた。

    春原「う…嘘だろ…」

    和「遊びじゃないって、わかってくれたかしら?」

    春原「うぐ…は、はい…」

    和「でもね、だからこそリスクが高いのよ」

    315 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:32:36.90 ID:1qYNd8dxO
    和「こんなことをしていると、こっちだって、ひとつミスれば即失脚してしまう」

    和「ぎりぎりのところでやっているの」

    和「だから、今になって保守派に鞍替えした人間も出てきてしまったのだけどね」

    和「そこで、あなたたちの出番というわけよ」

    朋也「善人を懐柔するより、最初から悪人を使ったほうが早いってことか」

    和「そういうことね。なかなか物分りが早いわね」

    和「知ってる? あなたは今日、本来なら奉仕活動は免除されていたの」

    朋也「遅刻しなかったから…だろ?」

    なんとなく、俺もそれっぽく言っていしまう。

    和「ええ。でも、無理いって呼んでおいて正解だったわ」

    和「春原くんだけじゃ、少し不安を感じるから」

    春原は、その独特の小物臭を嗅ぎ取られていた。

    朋也「それで、俺たちはなにをすればいいんだ」

    暗殺か、ゆすりか、ライバルのスキャンダルリークか…
    内心、ちょっとドキドキし始めていた。

    和「まずはこの選挙ポスターを校内の目立つ場所に貼ってきてくれる?」

    316 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:32:58.41 ID:cUBlBpOS0
    そう言うと、どこからかポスターの束を取り出し、机の上に置いた。
    案外普通のことをするようだ。

    和「それが終わったら一旦戻ってきてね」

    朋也「ああ、了解」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「なぁ、岡崎。僕たち、ヤバイのと絡んじゃってるんじゃない?」

    朋也「かもな…でも、なんかおもしろそうじゃん」

    春原「おまえ、ほんとこわいもの知らずだよね…」

    朋也「おまえほどじゃねぇよ、コソ泥」

    春原「コソ泥いうなっ!」

    朋也「大丈夫だって、事件はもう風化してるんだしさ」

    朋也「そのワードからおまえにつながることなんてねぇよ」

    春原「そういうの関係なしに嫌なんですけどっ!」

    ―――――――――――――――――――――

    掲示板、壁、下駄箱…はてはトイレにまで貼った。
    今は外に出て、校門に貼りつけている。

    317 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:33:52.47 ID:NTPMRZDvP
    わちゃんパネエ

    318 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:34:04.79 ID:1qYNd8dxO
    朋也「もういいよな。戻るか」

    春原「ちょっとまって。ついでに貼っておきたいとこあるから」

    朋也「あん? どこだよ」

    春原「おまえもくる?」

    朋也「まぁ、一応…」

    春原「じゃ、いこうぜ」

    ―――――――――――――――――――――

    やってきたのは、ラグビー部の部室。
    今は練習で出払っていて無人だ。
    春原は得意満面でその扉に貼り付けていた。
    どうやらいやがらせがしたかっただけらしい。

    春原「よし、帰ろうぜ」

    朋也「いいのか、んなことして」

    春原「大丈夫だって」

    声「なにが、大丈夫だって?」

    春原「ひぃっ」

    ラグビー部員「てめぇ…」

    319 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:34:08.10 ID:/BfbhR88O
    支援

    パソコンと携帯のダブルで投下とは凄すぎる

    320 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:34:26.30 ID:cUBlBpOS0
    振り向くと、ラグビー部員がご立腹な様子で立っていた。

    ラグビー部員「春原、おまえ、今部室になに…」

    ポスターを見て、止まる。

    ラグビー部員「真鍋…和…」

    少し腰が引けていた。

    ラグビー部員「おまえら、あの人の使いか…?」

    朋也「ああ、そうだけど…」

    ラグビー部員「そ、そうか、がんばれよ…」

    それだけを言い残し、運動場の方に引き返していった。

    春原「…ほんと、なに者だよ、あの子」

    朋也「…さぁな」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「ただいま帰りましたぁ…」

    中に入ると、真鍋は携帯を片手に、誰かと話し込んでいた。

    和「…ええ、そうね。いや、あの件はもう処理したわ。ええ、じゃ、あとはよろしく」


    321 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:37:12.74 ID:1qYNd8dxO
    ぴっ、と電源を切り、こちらを向く。

    和「ご苦労様」

    春原「いえいえ…和さんもお疲れさまっす」

    完全に媚びまくっていた。

    和「今日のところはこれだけでいいわ」

    春原「そっすか。じゃ、お疲れさまっした」

    足早に去っていこうとする。

    和「まって、まだ伝えておきたいことがあるから」

    春原「…なんでしょう?」

    和「ここでのことは絶対に口外しないこと」

    和「指示はここで出すから、この場以外でその内容を口に出さないこと。質問、意見も一切禁止」

    和「私たちは普段どおりに接すること」

    和「以上のことを守ってほしいの」

    春原「わかりましたっ! 死守するっす!」

    必死すぎだった。


    322 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:37:45.21 ID:cUBlBpOS0
    和「それから、岡崎くん。あなた、配布係だったわよね」

    朋也「ああ」

    和「じゃ、明日、これをそれとなく配ってほしいんだけど」

    俺に三枚の封筒を渡してきた。
    それぞれに名前が書いてある。

    朋也「これは…?」

    和「それは、うちのクラスの各派閥の中心人物に宛てたものよ」

    和「そこにある内容を飲ませれば、今度の選挙で結構な規模の組織票が得られるわ」

    和「直接交渉は危険だからね…そういう形にしたの。頼んだわよ、岡崎くん」


    323 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:38:13.38 ID:0XX6NZKd0
    >>284


    324 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:38:45.34 ID:0XX6NZKd0
    >>284
    kwsk

    325 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:38:47.99 ID:1qYNd8dxO
    朋也「でも、形として残ったほうが危険なんじゃないのか」

    和「大丈夫。私が書いたものだってわからないから」

    朋也「それなのに、おまえに入るのか」

    和「ええ。いろんな利権が複雑に絡んでいるからね。結果的に私に入るわ」

    そんな勢力図がうちのクラスにうずまいていたとは…。
    …というか、ドロドロとしすぎてないか?

    和「これが可能になったのは、岡崎くんが配布係であったことと、私との接点が薄いことが決め手ね」

    和「感謝してるわ」

    いい手駒が手に入って…と続くんだろうな、きっと。

    ―――――――――

    326 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:39:31.79 ID:cUBlBpOS0
    4/14 水

    朋也「…おはよ」

    唯「おはよ~」

    落ち合って、並んで歩き出す。

    朋也「…ふぁ」

    大きくあくび。

    唯「今日も眠そうだね」

    朋也「ああ、まぁな」

    唯「やっぱり、授業中寝ちゃうの?」

    朋也「そうなるだろうな」

    唯「じゃ、またこっちむいて寝てね」

    朋也「いやだ」

    唯「いいじゃん、けち」

    朋也「じゃあ、呼吸が苦しくなって、息継ぎするときに一瞬だけな」

    唯「そんな極限状態の苦しそうな顔むけないでよ…」

    327 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:40:30.74 ID:hAzSBqRH0
    これか

    憂「クラナドは人生」
    http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1267182762/

    328 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:40:43.96 ID:1qYNd8dxO
    ―――――――――――――――――――――

    坂を上る。周りには俺たちと同じように、喋りながら登校する生徒の姿がまばらにあった。
    その中に混じって歩くのは、まだ少し慣れない。
    いつか、この違和感がなくなる日が来るんだろうか…こいつと一緒にいるうちに。

    唯「ねぇ、今日も一緒にお昼食べない?」

    朋也「いいけど」

    唯「っていうかさ、もう、ずっとそうしようよっ」

    朋也「ずっとはな…気が向いた時だけだよ」

    唯「ぶぅ、ずっとだよっ」

    朋也「ああ、じゃ、がんばれよ」

    唯「流さないでよっ、もう…」

    唯「あ…」

    坂を上りきり、校門までやってくる。

    唯「和ちゃんのポスターだ」

    昨日俺たちが貼った物だった。

    唯「もう、明後日だもんね。和ちゃん、当選するといいなぁ」

    329 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:42:29.44 ID:1qYNd8dxO
    あいつの政治力なら容易そうだった。
    にしても…

    朋也(清く正しく、ねぇ…)

    ポスターに書かれた文字を見て、なにかもやもやとしたものを感じた。
    学校は社会の縮図、とはよくいったものだが…なにもここまでリアルじゃなくてもいいのでは…。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    昼。

    春原「がははは! 岡崎、昼飯にするぞ」

    いきなり春原が腰に手を当て、ふんぞり返りながら現れた。

    朋也「…はぁ?」

    春原「春原アターーーーーーーーーーーーック!」

    びし

    朋也「ってぇな、こらっ!」

    春原「はぁ? ではない! 飯だと言っているだろ! バカなのか?」

    330 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:42:57.68 ID:cUBlBpOS0
    バカにバカっていわれた…。

    春原「がはははは! 世界中の美女は俺様のもの!」

    完全に自分を見失っていた。

    朋也「…春原、もうわかった。もういいんだ。休め」

    春原「あん?」

    朋也「なにがあったかは知らないけど、もういいんだ」

    朋也「がんばらなくていい…休め…」

    春原「なんで哀れんでんだよっ!」

    朋也「春だからか。季節柄、そんな奴になっちまったのか…」

    春原「お、おい、ちょっと待て、おまえが昨日、英雄風に言えって言ったんだろ!?」

    朋也「え?」

    春原「え? じゃねぇよっ! 思い出せっ!」

    そういえば、そんなことを言った気もする。

    朋也「じゃ、なにか、今のが英雄?」

    春原「そうだよっ。ラ○スだよっ」


    331 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:44:17.06 ID:1qYNd8dxO
    朋也「ああ、ラン○ね。まぁ、確かに英雄だけど」

    春原「だろ?」

    朋也「でも、おまえの器じゃないからな、あの人は」

    朋也「再現できずに、ただのかわいそうな人になってたぞ」

    春原「再現度は関係ないだろっ!」

    春原「くそぅ、おまえの言った通りにしてやったのに…」

    朋也「悪かったな。じゃ、次は中学二年生のように誘ってくれ」

    春原「ほんっとうにそれで伝わるんだろうなっ」

    朋也「ああ、ばっちりだ」

    春原「わかったよ、やってやるよ…」

    朋也「それと、今日も平沢たち、学食来るんだってさ」

    春原「そっすか…別になんでもいいよ…」

    ―――――――――――――――――――――

    7人でテーブルの一角を占め、食事を始める。

    春原「ムギちゃんの弁当ってさ、気品あるよね」

    332 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:44:40.15 ID:cUBlBpOS0
    紬「そうかな?」

    春原「うん。やっぱ、召使いの料理人が作ってたりするの?」

    紬「そんなんじゃないよ。自分で作ってるの」

    春原「マジ? すげぇなぁ、ムギちゃんは」

    紬「ふふ、ありがとう」

    唯「澪ちゃんのお弁当は、可愛い系だよね」

    澪「そ、そうか?」

    唯「うん。ご飯に海苔でクマ描いてあるし」

    律「りんごは絶対うさぎにしてあるしな」

    紬「澪ちゃんらしくて可愛いわぁ」

    澪「あ、ありがとう…そ、そうだ、唯のは、憂ちゃん作なんだよな」

    唯「うん、そうだよ」

    澪「なんか、愛情こもってる感じだよな、いつも」

    唯「たっぷりこもってるよ~。それで、すっごくおいしいんだぁ」

    澪「でも、姉なんだから、たまには妹に作ってあげるくらいしてあげればいいのに」

    333 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:44:41.58 ID:m67Qi8Pxi
    唯のキャラに違和感を禁じえなくなっできた。

    334 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:45:40.92 ID:eihPR2Ta0
    >>324
    http://2chnull.info/r/news4vip/1267182762/1-1001

    335 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:46:14.60 ID:1qYNd8dxO
    唯「えへっ、無理っ」

    澪「唯はこれだからな…憂ちゃんの苦労が目に浮かぶよ…」

    律「和のは、なんか、全て計算ずくって感じだよなぁ」

    和「そう?」

    律「ああ。カロリー計算とかしてそうな。ここの区画はこれ、こっちはあれ、って感じでさぁ」

    唯「仕切りがすごく多いよね」

    春原「さすが、和さん」

    唯「和さん?」
    律「和さん?」

    春原「あ、いや…」

    春原に注目が集まる。

    和「………」

    真鍋の強烈な視線が春原に突き刺さっている。
    普段通りに接すること…その鉄則を破っているからだ。

    春原「ひぃっ」

    春原「…真鍋も、やるじゃん」

    336 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:46:44.99 ID:cUBlBpOS0
    冷や汗をかきながら、必死に取り繕っていた。

    春原「あそ、そうだ、部長、おまえのはどんなんだよ」

    律「私? 私のは…」

    春原「ああ、ノリ弁ね」

    律「まだなにも言ってないだろっ」

    春原「言わなくてもわかるよ。おまえ、歯に海苔つけたまま、がははって笑いそうだし」

    律「なんだと、こらっ! そんなことしねぇっつの!」

    律「おまえなんか、弁当で例えると、あの緑色の食べられない草のくせにっ!」

    朋也「それは言いすぎだ」

    春原「岡崎、おまえ…」

    律「な、なんだよ、男同士かばいあっちゃって…」

    朋也「フタの裏についてて、開けたらこぼれてくる水滴ぐらいはあるだろ」

    春原「追い討ちかけやがったよ、こいつっ!」

    律「わははは!」

    ―――――――――――――――――――――

    337 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:48:09.96 ID:1qYNd8dxO
    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。無人の生徒会室へ。
    周囲を警戒して、真鍋とは別ルートで向かった。
    そして、席につき、会議が始まる。

    和「岡崎くん、ちゃんと渡してくれた?」

    朋也「ああ」

    和「そう。ご苦労様」

    渡した時、なにも不審がられなかったのが逆に不気味だった。
    みな、手馴れた様子でさっと机の中に隠していた。
    こういうことが日常的に起きているんだろうか…。

    和「今日は届けものをして欲しいんだけど」

    机の上には、封筒から小包まで、大小様々な包みが並べられていた。

    和「それぞれにクラス、氏名…この時間いるであろう場所、等が書いてあるから」

    朋也「わかった。どれからいってもいいのか」

    和「ええ、どうぞ」

    とりあえず、軽めのものからかき集めていく。
    なぜか春原は小包を見て、そわそわし始めていた。

    338 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:48:35.05 ID:cUBlBpOS0
    和「それから、中は絶対に見ないでね」

    下手な好奇心は身を滅ぼす、と今の一言に集約されていた。

    春原「う、は、はいっ」

    歯切れの悪い返事。
    こいつは中身を覗いてみるつもりだったに違いない。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「なぁ、岡崎…これって、俗に言う運び屋なんじゃ…」

    朋也「だろうな」

    男子生徒1「ファッキューメーン!」

    男子生徒2「イェーマザファカッ!」

    いきなりニット帽をかぶった二人組が俺たちの前に立ちはだかった。

    春原「なに、こいつら」

    男子生徒1「おまえら、真鍋和の兵隊だろ、オーケー?」

    男子生徒2「そのブツ、ヒアにおいてけ、ヨーメーン?」

    中途半端すぎる英語だった。

    春原「ああ? うっぜぇよっ、やんのか、らぁっ!」

    339 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:49:56.37 ID:1qYNd8dxO
    男子生徒1「…怖いメーン。帰りたいYO」

    男子生徒2「俺もだYO」

    男子生徒1「じゃ、帰ろっか」

    男子生徒2「うん」

    最後は素に戻り、立ち去っていった。

    春原「マジでなんなの」

    朋也「さぁ…」

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「えーと…二年B組か」

    封筒を確認し、教室を覗く。
    適当な奴を捕まえて、記載された名前の人物を呼んでもらった。

    男子生徒「なんすか」

    いかにもな、チャラい男だった。

    朋也「これ」

    封筒を渡す。

    男子生徒「あい?」

    340 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:50:17.26 ID:cUBlBpOS0
    受け取ると、少し開けて中を確認した。

    男子生徒「ああ…そういうこと」

    次に俺たちを見て、何かを納得したようだった。

    男子生徒「30…いや、50はかたいって伝えてといてください」

    朋也「わかった」

    男子生徒「それじゃ」

    一度片手を上げ、たむろしていた連中の輪の中に戻っていった。

    春原「なにが入ってたんだろうね…」

    朋也「俺たちの知らなくていいことなんだろうな」

    きっと、高度な政治的駆け引きが行われたのだ…。

    ―――――――――――――――――――――

    女子生徒「あの…なんでしょう」

    やってきたのは図書室。
    カウンターの女の子へ届けることになっていた。

    春原「ほら、これ。配達にきたんだよ」

    小包を渡す。

    341 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:51:32.66 ID:1qYNd8dxO
    女子生徒「はぁ…」

    よくわかっていない様子だ。
    開封していく。

    女子生徒「………」

    みるみる顔が青ざめていく。
    そして、俺たちに謝罪の言葉を伝えて欲しいと、そう言って、そのまま意気消沈してしまった。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「…中身、みなくてよかったのかな、やっぱ」

    やはりなにが入っているか気になっていたようだ。

    朋也「だろうな」

    もし見ていれば、次はこいつのもとに小包が届くことになっていたのだろう。

    ―――――――――――――――――――――

    手持ちも全てなくなり、一度生徒会室に戻ってくる。

    春原「和さん、なんか、途中変な奴らに絡まれたんすけど。僕たちが和さんの兵隊だとかいって」

    和「それで、どうしたの」

    春原「蹴散らしてやりましたよっ」

    342 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:52:48.79 ID:1qYNd8dxO
    和「それでいいわ。よくやってくれたわね」

    春原「へへ、楽勝っす」

    和「その人たちは私の政敵が雇った刺客ね」

    朋也「刺客?」

    和「ええ。私と似たようなことをしている輩もいるのよ」

    和「でも、ま、雇えたとしても、その働きには期待できないでしょうけどね」

    和「正規運動部を雇うのは、あとあと面倒だろうし…」

    和「一般生徒や、途中で部を辞めてしまった生徒じゃ力不足になるわ」

    和「なぜなら…」

    すっ、とメガネを上げる。

    和「スポーツ推薦でこの学校に入ってこられるほどの身体ポテンシャルを持ち…」

    和「なおかつ、喧嘩慣れしたあなたたちには、到底適わないでしょうから」

    こいつ…俺たちのプロフィールも事前にしっかり調べていたのか…。

    春原「ふ…そうっすよ。僕たち、この学校最強のコンビっすからっ」

    いつもラグビー部に好き放題ボコられている男の言っていいセリフじゃなかった。

    343 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:53:07.69 ID:cUBlBpOS0
    和「頼もしいわ。その調子で残りもお願いね」

    春原「まかせてくださいよっ」

    朋也(すぐ調子に乗りやがる…)

    ―――――――――――――――――――――

    その後も俺たちは似たようなやり取りを繰り返した。
    そして、最後の配達を追え、また戻ってくる。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「全部終わりましたっ」

    和「ええ、そうね。ご苦労様」

    春原「いえいえ」

    春原「あ、そうだ。メガネの奴が、今までの3割増しなら60、って言ってました」

    和「そう…わかったわ。ありがとう」

    伝言もことあるごとに頼まれていた。
    その都度、こうして真鍋に報告を入れていた。

    和「ふぅ…」

    ひとつ深く息をつき、生徒会長の椅子に座る。

    344 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:54:14.54 ID:1qYNd8dxO
    和「本当に…あと少しなのね」

    声色に覇気がなかい。

    朋也「まだなにか不安があるのか」

    和「まぁね」

    朋也「これだけやれば、もうおまえが勝ったも同然な気がするけどな」

    春原「そっすよ」

    和「…あなたたち、二年生の坂上智代って子、知ってる?」

    聞いたことがなかった。

    春原「いや、知らないっす」

    朋也「有名な奴なのか」

    和「ええ。それも、この春編入してきたばかりだというのによ」

    なら、まだこの学校に来て二週間も経っていないことになる。
    それで有名なら、よっぽどな奴なんだろう。

    和「純粋な子なんでしょうね…それを、周囲の人間が感じ取ってる」

    朋也「そいつとおまえと、どう関係あるんだ」

    和「立候補してるのよ。生徒会長に」

    345 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:54:42.93 ID:cUBlBpOS0
    朋也「そら、すげぇな」

    そんな型破りな奴なら、有名になるのも頷ける。

    和「ええ。求心力も抜群でね…私の党から離れて、坂上さんサイドに移った人間もいるわ」

    和「いえ…それが大多数かしら」

    ぎっと音を立て、椅子から立ち上がった。

    和「汚いことをしているとね…綺麗なもの、純粋なものが一層美しく映るの」

    和「みんな心の底ではそんなものに憧憬の念を抱いていたわ」

    和「そこへ、一点の曇りもない、指導者と成り得るだけの器を持った人物が現れた」

    和「それは私にとって由々しき事態だったわ」

    和「私は一年の頃からこちら側に芯までつかっていた」

    和「そう…全ては生徒会長の椅子を手に入れるために」

    和「それなのに…会長を務めていた先輩も卒業して、ようやく私がそのポストにつけると思っていたのに…」

    和「なんのしがらみも持たず、何にも囚われない最強の敵が現れた!」

    和「私は焦った。どんどん人が離れていく。中核を成していた実働部隊もいなくなった」

    和「残ったのは少数の部下だけ…」


    346 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:55:51.18 ID:1qYNd8dxO
    和「悩んだわ…たったこれだけの戦力じゃ、どうあっても勝てっこない…」

    和「途方にくれていた時…あなたたちが奉仕活動をしていることを知ったの」

    和「そして思いついた…なにも知らない、一不良を使った『封神計画』を!」

    朋也「なんか、ずれてないか」

    和「冗談よ」

    朋也「あ、そ」

    和「まぁ、それであなたたちに働いてもらったってわけね」

    そっと椅子に手を触れる。

    和「ようやく、互角…まだ戦えるわ」

    和「そして、この椅子を手に入れるのは…」

    じっと、俺たちを見据えて…

    和「私よ」

    そう言い放った。

    ―――――――――――――――――――――

    347 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:56:23.64 ID:cUBlBpOS0
    4/15 木

    唯「おはよぉ」

    朋也「ああ、おはよ」

    今日も角を曲がったところで、変わらず待っていた。
    そのほがらかな姿を見ると、僅かに心が躍った。
    そんな想いを胸中に秘めながら、隣に立ち、並んで歩き始めた。

    唯「…はぁ」

    隣でため息。

    朋也「………」

    唯「…はぁっ」

    今度はさっきより大きかった。

    朋也「………」

    唯「…もうっ! どうしたの? って訊いてよっ」

    朋也「どうしたの」

    唯「…まぁ、いいよ」

    唯「えっとね、先週新勧ライブあったでしょ」


    348 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:57:55.37 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ああ」

    唯「あれから今日で一週間経つんだけど、まだ新入部員ちゃんが来てくれないんだよ…」

    朋也「ふぅん…」

    唯「やっぱり、私の歌がヘタだったから、失望されちゃったのかな…」

    朋也「そうかもなっ」

    唯「って、こんな時だけはきはき答えないでよっ」

    朋也「悪い。眠さの波があるんだ」

    唯「意地悪だよ、岡崎くん…」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    4時間目が終わる。

    唯「今日も、一緒でいい?」

    朋也「ああ、別に」

    唯「やたっ!」

    349 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 16:58:27.37 ID:cUBlBpOS0
    唯「じゃ、またあとでねっ」

    高らかにそう告げると、席を立ち、ぱたぱたと駆けていった。
    いつものメンツを集め、その旨を伝えているようだった。

    春原「とーもーやーくん」

    そこへ、いやに馴れ馴れしさのこもった呼び声を発しながら、春原がやって来た。

    朋也「…あ?」

    春原「がくしょくいーこーお」

    春原「いや、でもさ、その前に…河原いかね?」

    朋也「…なんでだよ」

    その前に覚えた違和感はとりあえず置いておき、訊いてみる。

    春原「なんでって…おまえ、言わせんなよ…」

    耳打ちするように手を口に添えた。
    結局言うつもりらしい。

    春原「…エロ本…だよ…」

    げしっ!

    春原「てぇなっ! あにすんだよ!」

    350 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:01:40.98 ID:1qYNd8dxO
    朋也「おまえが真っ昼間からサカってるからだろうがっ!」

    朋也「なにがエロ本だっ! 性欲が食欲に勝ってんじゃねぇよっ!」

    生徒1「春原やっべ、エロ本とか…」

    生徒2「あいつ絶対グラビアのページ開きグセついてるよな」

    生徒1「ははっ、だろーな」

    春原「うっせぇよ!」

    生徒1「やべ、気づかれた」

    生徒2「エロい目で気づかれた」

    春原「ぶっ飛ばすぞ、こらっ!」

    生徒1「逃げれっ」

    生徒2「待てって」

    二人のクラスメイトたちは、わいわいと騒ぎながら教室を出て行った。

    春原「岡崎、てめぇ、声でかいんだよっ」

    朋也「おまえがエロ本とかほざくからだろ」

    春原「おまえが中学二年生みたいにって要求したんだろっ!」

    351 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:01:56.26 ID:SBICiwHrO
    ともぴょんキマシタワ

    352 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:02:09.54 ID:cUBlBpOS0
    朋也「だったか?」

    春原「もう忘れたのかよっ!? なら、最初からいうなっ!」

    朋也「いや、最初のほうは小学二年生だったからわかんなかったんだよ」

    春原「ちゃんと第二次性徴むかえてただろっ」

    朋也「いきなりすぎて気づかなかったんだ」

    春原「なんだよ、おまえの言う通りにしてやったのによ…」

    朋也「悪いな。じゃ、次はさ、一発屋芸人のようにやってくれよ」

    春原「おまえさ、僕で遊んでない?」

    朋也「え? そうだけど?」

    春原「さも当たり前のようにいうなっ!」

    春原「くそぅ、やっぱ、確信犯かよ…」

    朋也「まぁ、結構おもしろかったんだし、いいじゃん」

    春原「それ、あんただけだよっ!」

    ―――――――――――――――――――――

    唯「とうとう明日だね、和ちゃん」

    353 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:03:23.08 ID:1qYNd8dxO
    和「そうね」

    律「確か、演説とかするんだよな」

    和「ええ」

    律「公約とか、理想みたいなのを延々語るんだろ?」

    和「ごめんなさいね、退屈で」

    律「いや、和が謝ることないけど」

    澪「和が生徒会長になってくれたら、学校も今よりよくなるよ」

    和「ありがとう」

    唯「和ちゃんの公約って、なに?」

    和「無難なものよ。女の子受けするように、スカート丈が短くてもよくするとか…」

    和「ソックスの種類を学校の純正品以外も可にするとかね」

    和「男の子向けだと、夏はシャツをズボンから出してもよくする、とか…」

    和「まぁ、先生受けは悪いし、ほとんど守れないんだけどね」

    こいつが本気になればどれも軽く実現しそうだった。

    律「じゃあさ、春原をこの学校から根絶します、とかだったらいいんじゃね?」

    354 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:03:40.65 ID:cUBlBpOS0
    律「それなら、先生受けもいいだろうし」

    春原「いや、デコの出し過ぎを取り締まったほうがいいよ」

    春原「昔、ルーズソックスとかあったじゃん。もう絶滅してるけど」

    春原「それと同じで、ルーズデコも、もう世の中が必要としてないと思うんだよね」

     律「………」
    春原「………」

    引きつった笑顔で睨み合う。

    澪「また始まった…」

    朋也「なら、折衷案しかないな」

    春原「折衷案?」
     律「折衷案?」

    朋也「ああ。間を取って、春原の上半身だけ消滅すればいいんだよ」

    春原「僕が一方的に消えてるだろっ!」

    律「わははは!」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。


    355 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:06:12.44 ID:1qYNd8dxO
    ―――――――――――――――――――――

    放課後。生徒会室に集まった。

    和「じゃあ、今日は…」

    こんこん

    扉がノックされる。

    和「…どうぞ」

    真鍋の表情が険しくなる。
    警戒しているようだった。

    女生徒「失礼する」

    ひとりの女生徒が入室してくる。
    真鍋が俺に目配せし、廊下の方に小さく顎を振った。
    他に誰かいないか、確認するよう指示してきたのだろう。
    俺はそのサインを汲み取り、廊下を見渡しに出た。
    人影はみあたらない。
    女生徒がこちらに背を向けていたので、その場から手でOKサインを送った。
    真鍋も目だけをこちらに向けて気取られない程度に頷く。

    和「私に用があるのよね?」

    女生徒「ああ」

    和「でも、どうしてここが?」

    356 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:07:25.54 ID:cUBlBpOS0
    女生徒「去年あなたと生徒会役員をやっていた生徒が、私の友達になってくれたんだ」

    女生徒「それで、挨拶しに行きたいと言ったら、ここにいるはずだと教えてくれた」

    和「…なるほどね」

    女生徒「ああ、申し遅れたが、私は二年の坂上智代という」

    こいつが、例の…。

    和「ええ、知ってるわ」

    智代「そうか。それは光栄だ」

    智代「あなたは、かなりのやり手だと聞く。けど、私も退くわけにはいかない理由がある」

    智代「明日は誰が勝っても恨みっこなしだ。お互いがんばろう。それだけ言いにきた」

    和「…そう」

    智代「他の立候補者にも挨拶に行きたいので、これで失礼する」

    出入口のあるこちら側に振り返る。
    そこへ、春原がチンピラ歩きで寄っていった。

    春原「おい、てめぇ。上級生にたいして口の利き方がなってねぇなぁ、おい」

    智代「…なんだ、この黄色い奴は」

    春原「金色だっ」

    357 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:09:33.54 ID:1qYNd8dxO
    智代「うそをつけ。ブレザーと同じ色だぞ」

    春原「なにぃっ!?」

    智代「真鍋さん、こいつは部外者じゃないのか」

    和「いえ…私の手伝いをしてもらっていたの」

    智代「そうか…」

    残念そうな顔。

    朋也「始末したいなら、別にいいぞ」

    春原「おい、岡崎っ!?」

    智代「…真鍋さん、そっちは」

    和「同じく、私のお手伝いよ」

    智代「そうか。なら、正式な許可がおりたということだな」

    春原「ああ? なに言って…」

    ばしぃっ!

    春原「ぎゃぁぁあああああああああああああっ!!」

    内股に強烈なインローが入り、悶絶し始めた。
    うずくまり、ぷるぷると震えている。

    358 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:10:00.94 ID:cUBlBpOS0
    智代「すっきりしたし、これで本当に失礼する」

    転がっている春原を跨ぎ、俺がいる方のドアに近づいてくる。

    和「…待って」

    智代「なんだ」

    立ち止まり、真鍋に向き直った。

    和「考え直さない?」

    智代「というと?」

    和「生徒会長よ。あなた、まだ二年だし、副会長からでもいいんじゃない?」

    智代「それは…だめだ。言ったはずだ。退けない理由があると」

    智代「あなたにもあるだろう。それと同じことだ」

    和「…そうね。引き止めて悪かったわ」

    智代「いや、これくらいなんでもない。それでは」

    会釈し、歩き出す。
    そして、俺の脇を抜けて出て行こうとした。

    朋也「待てよ」

    智代「なんだ? 今度はおまえか?」

    359 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:12:48.52 ID:1qYNd8dxO
    朋也「ああ。差し支えなかったら、おまえのその、退けない理由ってのを教えてくれないか」

    智代「…まぁ、いいだろう」

    智代「坂のところに桜並木があるだろ」

    朋也「ああ」

    智代「私は、あれを守りたいんだ」

    朋也「守るって…なにから」

    智代「この学校…と言っていいのかな…」

    朋也「あん? どういうことだ」

    智代「この学校の意向でな、あそこの桜が撤去されることになるらしいんだ」

    智代「だから、私は生徒会長になって、直接訴えたいんだ」

    智代「あの桜は残して欲しい、とな」

    朋也「なんでまた、そんなもんのために…」

    智代「それは…」

    さっきまでの、固い意志を感じさせる凛とした表情が急に崩れた。
    どこか悲しそうにして、目を泳がせている。

    朋也「ああ、いいよ、言いたくないなら」

    360 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:13:19.56 ID:cUBlBpOS0
    智代「うん…助かる」

    朋也「でもさ、それっておまえが生徒会長にならなくてもできるんじゃねぇ?」

    智代「どうやってだ」

    朋也「今の願いを真鍋に聞いてもらえばいいだろ」

    智代「でも、これは私が直接したいんだ。誰かが代わりにやったんじゃ、意味がないことなんだ」

    朋也「じゃあ、おまえがこのまま選挙で戦ったとして、絶対に勝つことができるのか?」

    朋也「真鍋も、そうとう手強いぞ」

    智代「それは…」

    朋也「もし、負けでもしたら、おまえはただの一般生徒」

    朋也「おまえ一人の声なんて、上には届かないよな?」

    朋也「だったらさ、副会長として真鍋の下についたほうがよくないか」

    智代「でも…」

    朋也「ああ、おまえ自身の手でやりたかったんだよな」

    朋也「でも、結局おまえが生徒会長の座についても、誰かの手は借りることになるんだぜ」

    朋也「桜並木を撤去するなんて、相当大きな力が働いてそう決まったんだろ」

    361 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:14:30.84 ID:1qYNd8dxO
    朋也「だったら、いくら生徒会長でも、ひとりだけじゃ太刀打ちできないよな」

    智代「………」

    朋也「な? そうしろよ」

    朋也「おまえ、この学校に来てまだ間もないんだろ? 聞いたよ」

    朋也「だからさ、真鍋の下について、いろいろ教えてもらえ」

    朋也「この学校にはこの学校のルールがあるんだからさ」

    本当に、いろいろと。
    俺もここで真鍋に使われる前は知らなかった裏がたくさんある。

    智代「…今から副会長に変更しても間に合うだろうか」

    朋也「どうなんだ、真鍋」

    和「ええ…可能よ。前日になって変更なんて、前代未聞だけど」

    智代「そうか。どこで手続きを踏めばいい?」

    和「選挙管理委員会が使ってる教室が旧校舎の三階にあるから、そこへいけば」

    智代「わかった。ありがとう、新生徒会長」

    朋也「っと、今まで真鍋が当選するって前提で話しちまってたけど、その限りじゃないからな」

    智代「いや…私と真鍋さんの二強だって、なんとなくわかっていたからな」

    362 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:14:51.19 ID:cUBlBpOS0
    智代「これで、もう真鍋さんがなったも同然だ」

    にこっと笑う。その相貌には邪気がない。
    自虐的なそれでもなく、純粋な、祝福する時の笑顔だった。

    智代「それじゃ、失礼する」

    廊下へ出て、戸を閉めた。
    足音が遠ざかっていく。
    旧校舎へ向かったんだろう。

    和「………」

    朋也「だとよ、新生徒会長」

    和「…岡崎くん、あなたやるわね。あの坂上さんを、ああもスマートに言いくるめるなんて」

    朋也「そりゃ、どうも」

    和「これからも私の元で働く気はない? 磨けば光るものを持っている気がするんだけど…」

    朋也「いや、もうこの遊びもそろそろ飽きたからな。遠慮しとく」

    和「おいしい目をみれるわよ? 大学の推薦だって、欲しければ力になってあげられるわ」

    朋也「俺、進学する気ないんだけど」

    朋也「それに、いくらドロドロしてて面白いってことがわかっても、生徒会だからな」

    朋也「俺の肌に合わねぇよ」

    363 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:15:46.30 ID:DB5vwegq0
    アキレスとカメの気分だ

    364 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:16:01.91 ID:1qYNd8dxO
    和「そう…残念」

    和「でも…これで今夜はゆっくり眠れるわ」

    和「不確定要素は、なにも知らない一般のミーハーな無党派層だけだし…」

    和「明日はただのデキレースになるでしょうね」

    朋也「そっか」

    和「今まで本当にありがとう。晴れてあなたたちは自由の身よ」

    つまりもう帰っていいということか。
    普通にそう言えばいいのに。

    朋也「ああ、そうだ、ひとつ教えてくれ」

    和「なに?」

    朋也「おまえの退けない理由ってなんだ?」

    和「え?」

    朋也「坂上が退けない理由があるから戦うっていった時、おまえ、折れたじゃん」

    朋也「だから、おまえにもあるんだろ。理由がさ」

    和「そうね…あるわ。それは…」

    がっ、と下にあったものを踏みつけ、片足の位置を上げた。

    365 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:16:14.11 ID:uZY9gEW+O
    見てるよ

    366 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:16:30.40 ID:cUBlBpOS0
    そして、腕を組む。

    和「プライドよ」

    あきれるほど自分に正直だった。
    坂上の、安易に立ち入れなそうな理由を聞いた後では、ちょっと可笑しくて笑ってしまいそうになる。

    朋也「そっか。まぁ、そういう奴も、嫌いじゃないよ」

    和「それは、どうも」

    春原「…あの、和さん…足、頭からどけてくれませんか…」

    ―――――――――――――――――――――


    367 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:17:45.21 ID:SBICiwHrO
    春原…

    368 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:18:02.38 ID:1qYNd8dxO
    4/16 金

    この日、全校朝会に続き、一時間目を使って選挙が行われた。
    春原も珍しく朝から姿を現していた。
    なんだかんだ、自分が暗躍したことなので、気になったらしい。
    演説が終わると、教室に戻り投票が行われた。
    当然、俺は真鍋に一票を投じた。
    発表は明日行われるらしい。

    ―――――――――――――――――――――

    昼は、おなじみのメンバーで食べた。

    唯「当選してるといいね」

    和「ほんと、そうだといいけど…」

    律「楽勝だって」

    和「そこまで甘くないわよ」

    よく言う。
    デキレースだと言い切ったのと同じ口から出た言葉だとは思えない。

    ―――――――――――――――――――――

    そして、放課後。
    俺はなぜかまた生徒会室に呼び出されていた。

    朋也「どうした。もう終わりなんじゃなかったのか」

    369 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:18:29.62 ID:cUBlBpOS0
    和「忘れてたの。これで本当に最後よ」

    朋也「春原は?」

    和「呼んでないわ。あなたにやってもらいたいの」

    朋也「はぁ…」

    ―――――――――――――――――――――

    依頼内容は、こうだった。
    ある生徒を呼び出して、真鍋から渡されたメモ用紙に書いてある内容を読み上げる。
    かなり単純だった。
    だが、呼び出す、というところに乱暴なニュアンスを感じる。
    最後の最後でキナ臭い指令が下ったものだ。
    まさか…秘密を知った俺を始末するためにやらせるんじゃないだろうな…。
    警察沙汰になって、退学になれば、なにを証言しても、すべて妄言だと取られるだろう。
    もしかしたら、春原はもう…。

    朋也(まさかな…)

    少しビクつきながらもターゲットを探した。

    ―――――――――――――――――――――

    そして、俺はその男を指定された場所につれてくることに成功した。

    男子生徒「…なんですか」

    朋也「えーっとな…」

    370 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:19:37.56 ID:1qYNd8dxO
    ポケットから紙を取り出し、読み上げる。

    朋也「ゆいは俺の女だ。手出したら殺すぞ…」

    朋也(ゆい? 俺の知ってる奴は…平沢くらいだぞ)

    男子生徒「あ…うぅ…」

    朋也(抵抗した場合、三枚目へ。ひるんだ場合二枚目へ、か)

    朋也(ひるんでるよな…二枚目…)

    朋也「おら、もういけ」

    そう書いてあった。

    男子生徒「…はい」

    うなだれて、とぼとぼと立ち去っていった。

    和「…うん、上出来よ」

    木陰から真鍋がひょこっと出てくる。
    …いたのかよ。

    朋也「これ、なんだったんだ」

    和「ん? わからない?」

    朋也「ああ、まったく」

    371 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:19:57.09 ID:cUBlBpOS0
    和「そういうことには鈍感なのね」

    朋也「あん?」

    和「だから、さっきのあの人、唯に気があったのよ」

    朋也「ふぅん…って、それ、なんか生徒会と関係あんのか」

    和「いいえ。これはただの私事よ」

    朋也「おまえ、あいつになんの恨みがあったんだよ…」

    和「恨みはないわ。ただ、唯に悪い虫がつかないようにしただけよ」

    朋也「なんでおまえがんなことするんだよ」

    和「幼馴染だしね。大事にしてるのよ」

    朋也「へぇ、おまえ、幼馴染なんていたの…」

    …幼馴染?

    朋也「もしかして、この紙にある ゆい って、平沢か?」

    和「ええ、そうよ。気づかなかった?」

    朋也「気づかなかった? じゃねぇよっ! なんてことさせてくれるんだよっ!」

    和「あら? なんで怒るの?」

    372 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:21:09.43 ID:1qYNd8dxO
    朋也「そりゃそうだろっ。俺、別にあいつの彼氏でもなんでもねぇし」

    和「でも、かなり仲良くしてるじゃない。一緒に登校もしてるみたいだし」

    朋也「それは、いろいろあって、しょうがなくだよ」

    和「ふぅん。両思いなのに、お互い踏み出せないでいるのかと思ってたわ」

    朋也「それはないっての。つか、いいのかよ」

    和「なにが?」

    朋也「俺、思いっきり悪い虫じゃん」

    和「まぁ、見かけはね。でも、なかなか見所もあるってわかったし…」

    和「あなたならいいかなって思ったのよ。そうじゃなきゃ、こんな役させないわ」

    和「まぁ、唯がなついた人だから、悪い人ではないのかなとは思ってたけどね」

    朋也「いや、おまえに買われるのも、悪い気はしねぇけどさ…」

    和「それで納得しときなさいよ」

    朋也「はぁ…」

    和「ま、最初は潰しておこうかと思ったんだけどね」

    さらりと怖いことをいう。

    373 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:21:17.86 ID:SBICiwHrO
    パネェw

    374 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:21:32.45 ID:cUBlBpOS0
    和「でも、ほら、今までのゴタゴタがあって、手が回らなかったのよ」

    …俺は坂上に感謝しなければいけないのかもしれない。

    和「あの子に近づく変な男って今までたくさんいたのよ」

    和「ほら、あの子可愛いじゃない? だから、大変だったわ」

    和「それが高校に入って、軽音部に入部してからはもう、それまでの倍は手間取ったわ」

    和「生徒会の権力を使ってようやく追いつくくらいだったもの」

    そこまでモテていたのか…。

    和「あなたも、あんな可愛いのに、彼氏の気配がないのはおかしいと思わなかった?」

    朋也「まぁ、普通に彼氏がいても不思議じゃないとは思うけど」

    和「私が全て弾いていたからね」

    強力すぎるフィルターだった。

    和「だから、あの子、今まで男の子と交際したことがないの。大切にしてあげてね」

    朋也「いや、だから、そもそも付き合ってないんだけど」

    和「あら、そうだったわね。でも、時間の問題な気がするの」

    和「女のカンだから、根拠はないけどね」

    375 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:22:40.54 ID:1qYNd8dxO
    朋也「ああ、そう…」

    和「それじゃあね」

    言って、背を向ける。

    朋也「あ、なぁ」

    和「なに?」

    振り返る。

    朋也「おまえに彼氏がいたことってないのか」

    なんとなく気になったので訊いてみた。

    和「私? 私は、ないけど」

    朋也「そっか。なんか、もったいないな」


    376 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:22:59.72 ID:cUBlBpOS0
    朋也「おまえも平沢の保護ばっかしてないで、彼氏くらい作ればいいのに」

    和「私はいいのよ、別に」

    朋也「なんでだよ」

    和「特に容姿がいいわけでもないし…作るの大変そうじゃない」

    朋也「いや、おまえも普通に可愛いじゃん。男はべらせてうっはうはだろ」

    和「っ…馬鹿ね…」

    そう小さく言って、踵を返した。
    そのまま校舎の方に戻っていく。
    ………。
    初々しい反応も見れたことだし…よしとしておこう。

    ―――――――――――――――――――――


    377 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:24:27.59 ID:1qYNd8dxO
    4/17 土

    唯「あ、おはよ~」

    女の子「おはようございます」

    朋也「ん…」

    平沢と、その隣にもうひとり。
    髪を後ろで束ねた女の子がいた。校章の色は、二年のものだ。

    唯「岡崎くん、やったねっ。合格だよっ」

    朋也「なにが」

    事情が飲み込めない。

    唯「前に言ったでしょ? もう少し早く来れば私の妹と一緒にいけるって」

    そういえば、言っていたような…。

    唯「これが、私の妹でぇす」

    女の子「初めまして。平沢憂です」

    平沢に大げさな手振りで賑やかされながら、そう名乗った。

    朋也「はぁ、どうも…」

    見た感じ、妹というだけあって、顔はよく似ていた。

    378 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:24:55.60 ID:cUBlBpOS0
    雰囲気的には平沢に比べ少し堅い感じがある。
    まぁ、それも、見知らぬ上級生に対する、作った像なのかもしれないが。

    憂「岡崎さんのことは、お姉ちゃんからよく聞いてます」

    朋也「はぁ…」

    なにを言われているんだろう。

    憂「聞いてた通りの人ですね」

    朋也「あん? なにが」

    憂「お姉ちゃん、よく岡崎さんのこと…」

    唯「あ、憂っ、あそこっ、アイスが壁にめり込んでるっ」

    憂「え? どこ?」

    唯「あ~、残念、もう蒸発してなくなっちゃった」

    憂「えぇ? ほんとにあったの?」

    唯「絶対間違いないよっ、多分っ」

    憂「どっちなの…」

    朋也(にしても…うい、ねぇ…う~む…)

    俺は、その響きに引っかかりを覚えていた。

    379 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:26:11.53 ID:1qYNd8dxO
    どこかでその名を聞いた気がする。

    朋也(どこだったかな…)

    記憶をたどる。
    そう…あれは確か、軽音部の新勧ライブの日だったはずだ。
    薄暗い講堂の中、会話が聞えてきた。
    そこで、お姉ちゃん、と言っていたのが、その うい という子だった。
    とすると…あの時、あの場に居たのはこの子だったのだ。

    憂「あの…どうかしましたか?」

    はっとする。
    俺は考え込んでいる間、ずっとこの子を凝視してしまっていた。
    さすがにそんなことをしていれば、不審に思われても仕方ない。
    ただでさえ、俺は生来の不機嫌そうな顔を持っているのだ。
    よく人に、怒っているのかと聞かれるくらいに。

    朋也「いや、なんでも」

    精一杯の作り笑顔でそう答えた。
    不自然さを気取られて、さらに引かれていないだろうか…。
    それだけが心配だった。

    唯「私たち、ちょうどさっき来たばっかりなんだよ」

    朋也「そうなのか」

    唯「うん。でね、なんか、予感してたんだ」

    380 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:26:32.99 ID:cUBlBpOS0
    朋也「予感?」

    唯「うん。そろそろ岡崎くんが来るんじゃないかってね」

    朋也「そら、すげぇ第六感だな。大当たりだ」

    唯「違うよぉ。そんなのじゃないって」

    唯「岡崎くん、日に日に来るの早くなってたでしょ。それでだよ」

    今週はずっと朝から登校してたからな…。
    そろそろ体が慣れてきたのかもしれない。
    といっても、相変わらず眠りにつくのは深夜だったから、今も眠気はたっぷりあるが。
    どうせまた、授業中は寝て過ごすことになるだろう。

    唯「ずっとがんばり続けてたから、今日はこんなボーナスがつきました」

    妹を景品のようにして、俺の前面にすっと差し出した。

    朋也「じゃあ、さらに早くきたらどうなるんだ」

    唯「え? えーっとね…」

    しばし考える。

    唯「どんどん憂の数が増えていきますっ」

    憂「お、お姉ちゃん…」

    朋也「そっか。なら、あと三人くらい増やそうかな」

    381 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:26:43.62 ID:SBICiwHrO
    わちゃん以上のフィルターktkr

    382 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:27:49.13 ID:1qYNd8dxO
    憂「ええ!? お姉ちゃんの話に乗っちゃった!?」

    憂「っていうか、私は一人しかいませんよぅ」

    唯「そうなの?」

    憂「常識的に考えてそうだよぉ、もう…」

    唯「憂なら細胞分裂で増えるくらいできるかなぁと思って」

    憂「それ、もはや人じゃないよね…」

    妹のほうは姉と違って普通の感性をしているんだろうか。
    突拍子も無いボケに、冷静な突っ込みを入れていた。

    唯「じゃ、そろそろいこっか」

    憂「うん」

    ふたりが歩き出し、俺もそれに続いた。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「あーあ、とうとう全部散っちゃったね、桜」

    憂「そうだね」

    平沢姉妹と共に坂を上っていく。
    これを、両手に花、というんだろうか…。
    意識した途端、なんとも気恥ずかしくなる。

    383 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:28:14.98 ID:cUBlBpOS0
    朋也(ホストじゃあるまいし…)

    俺はワンテンポ遅れて、後ろを歩いた。

    憂「岡崎さん、どうしたんですか?」

    その変化に気づいたのか、後ろにいる俺に振り返った。

    朋也「いや、別に」

    唯「ああっ、わかった! 憂、気をつけないとっ」

    憂「え? なに?」

    唯「岡崎くん、坂で角度つけて私たちのスカートの中覗こうとしてるんだよっ」

    憂「え? えぇ?」

    その、覗く、という単語に反応してか、周りの目が一瞬俺に集まった。

    朋也(あのバカ…)

    朋也「んなわけねぇだろっ」

    俺は一気にペースを上げ、ふたりを抜き去っていった。

    唯「あ、冗談だよぉ。待ってぇ~」

    憂「岡崎さん、早いですっ」

    384 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:30:17.61 ID:1qYNd8dxO
    ぱたぱたと追ってくる元気な足音が後ろからふたつ聞こえていた。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「もう許してよぉ…ね?」

    下駄箱までずっと無視してやってくる。
    平沢はさっきから俺の周囲をうろちょろとして回っていた。

    朋也「………」

    憂「あれは、お姉ちゃんが悪いよ、やっぱり」

    唯「うぅ、憂まで…」

    朋也「よくわかってるな」

    俺は妹の頭に手を乗せ、ぽんぽんと軽くなでた。

    憂「あ…」

    唯「………」

    それを見ていた平沢は、片手で髪を後ろでまとめ…

    唯「私が憂だよっ。憂はこっちだよっ」

    微妙な裏声でそういった。

    朋也(アホか…)

    385 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:33:39.35 ID:cUBlBpOS0
    だが、同時に毒気も抜かれてしまった。

    朋也「似てるけど、あんま似てない」

    平沢の頭にぽん、と触れる。

    唯「あ、やっと喋ってくれたっ」

    憂「よかったね、お姉ちゃん」

    唯「うん。えへへ」

    ふたりして、喜びを分かち合う。
    仲のいい姉妹だった。

    梓「…おはようございます」

    いつの間にか、軽音部二年の中野が近くに立っていた。
    こいつも、今登校してきたんだろう。

    唯「あっ、あずにゃん。おはよう」

    憂「おはよう、梓ちゃん」

    梓「うん、おはよう憂」

    梓「………」

    じろっと俺を睨む。
    そして、平沢の手を引いて俺から離した。

    386 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:35:08.36 ID:1qYNd8dxO
    唯「あ、あずにゃん?」

    そして、俺の方に寄ってくる。

    梓「…やっぱり、仲いいんですね。頭なでたりなんかして…」

    ぼそっ、と不機嫌そうにささやいた。

    梓「しかも、憂にまで…」

    朋也「いや、ふざけてただけだって…」

    梓「へぇ、そうですか。先輩はふざけて女の子の頭なでるんですか」

    梓「やっぱり違いますね、女の子慣れしてる人は」

    朋也「そういうわけじゃ…」

    言い終わる前、平沢のところに戻っていった。

    梓「先輩、今日も練習がんばりましょうねっ」

    言って、腕に絡みつく。

    唯「うんっ…って、あずにゃんから私にきてくれたっ!?」

    梓「なに言ってるんですか、いつものことじゃないですか」

    梓「私たち、すごく仲がいいですからね。もう知り合って一年も経ちますし」

    387 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:35:26.19 ID:cUBlBpOS0
    梓「その間にかなり絆は深まってますよ。部外者がそうやすやすと立ち入れないほどに」

    ちらり、と俺を見る。

    唯「う…うれしいよ、あずにゃんっ」

    がばっと勢いよく正面から抱きしめた。

    梓「もう、唯先輩は…」

    中野もそれに応え、腕を回していた。
    しばしそのままの状態が続く。

    梓「ほら、もう離してください」

    回していた手で、とんとん、と背中を軽く叩く。

    梓「続きは部活のときにでも」

    唯「続いていいんだねっ!?」

    梓「ええ、どうぞ」

    唯「やったぁ!」

    ぱっ、と離れる。

    梓「憂、いこ」

    憂「うん」

    388 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:36:40.46 ID:1qYNd8dxO
    二年の下駄箱がある方に連れてだって歩いていく。

    朋也(俺、あいつに嫌われてんのかな…)

    ―――――――――――――――――――――

    教室に到着し、ふたりとも自分の席についた。
    まだ人もそんなに多くない。
    かなり余裕のある時間。俺にとっては未知の世界。
    そんなに耳障りな声もなく、眠るには都合がよかった。

    唯「岡崎くん」

    今まさに机に突っ伏そうとしたその時、声をかけられた。

    朋也「なんだ」

    唯「岡崎くんたちがやってるお仕事のことなんだけどね…」

    朋也「ああ」

    唯「あれって、遅刻とか、サボったりしなかったら、やらなくていいんだよね?」

    多分こいつはまた、さわ子さんにでも話を聞いたのだろう。
    あの人は軽音部の顧問を務めているらしいし…
    会話の中で、その事について触れる機会は十分すぎるほどある。

    朋也「みたいだな」

    唯「じゃあ、最近ずっと遅刻してない岡崎くんは、放課後自由なんだよね?」

    389 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:37:04.21 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ああ、まぁな」

    唯「だったらさ…何度もしつこいようだけど…遊びにおいでよ。軽音部に」

    朋也「前にも言っただろ。遠慮しとくって」

    唯「でも、お昼だって私たちと一緒に食べて、盛り上がってたでしょ?」

    唯「あんな感じでいいんだよ?」

    朋也「それでもだよ」

    唯「…そっか」

    しゅんとする。

    唯「やっぱりさ…」

    でも、すぐに口を開いた。

    唯「部活動が嫌いって言ってたこと…関係あるのかな」

    朋也「………」

    あの時春原が放った不用意な発言が、今になって負債となり、重くのしかかってきた。
    きっかけさえ作らなければ、話題にのぼることさえなかったはずなのに。
    そもそも、自ら進んで人にするような話でもない。
    だが、もし、仮に…
    こいつとこれからも親しくなっていくようであれば…
    そうなれば、いつかは訊かれることになっていたかもしれないが。

    390 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:38:47.29 ID:1qYNd8dxO
    こいつは、そういうことを気にしてしまうだろうから。
    ………。
    俺は頬杖をついて、一度視線を窓の外に移した。
    そして、気を落ち着けると、また平沢に戻す。

    朋也「…中学のころは、バスケ部だったんだ」

    朋也「レギュラーだったんだけど、三年最後の試合の直前に親父と大喧嘩してさ…」

    朋也「怪我して、試合には出れなくなってさ…」

    朋也「それっきりやめちまった」

    ………。
    こんな身の上話、こいつにして、俺はどうしたかったのだろう。
    どれだけ、自分が不幸な奴か平沢に教えたかったのだろうか。
    また、慰めて欲しかったのだろうか。

    唯「そうだったんだ…」

    今だけは自分の行為が自虐的に思えた。
    その古傷には触れて欲しくなかったはずなのに。

    唯「………」

    平沢は、じっと顔を伏せた。

    唯「私…もう一度、岡崎くんにバスケ始めて欲しい」

    そのままの状態で言った。

    391 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:39:08.84 ID:cUBlBpOS0
    そして、今度は俺に向き直る。

    唯「それで、みんなから不良だなんて呼ばれなくなって…」

    唯「本当の岡崎くんでいられるようになってほしい」

    本当の俺とはなんだろう。
    こいつには、俺が自分を偽っているように見えるのだろうか。
    そんなこと、意識したことさえないのに。

    唯「みんなにも、岡崎くんが優しい人だって、わかってほしいよ」

    ああ、そういえば…
    こいつの中では、俺はいい人ということになっていたんだったか…。
    だが、それも無理な相談だった。

    朋也「…無理だよ」

    唯「え? あ、三年生だからってこと…」

    朋也「違う。そうじゃない」

    もっと、根本的な、どうしようもないところで。

    朋也「俺さ…右腕が肩より上に上がらないんだよ」

    朋也「怪我して以来、ずっと…」

    …三年前。
    俺はバスケ部のキャプテンとして順風満帆な学生生活を送っていた。

    392 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:40:21.55 ID:1qYNd8dxO
    スポーツ推薦により、希望通りの高校に進み、そしてバスケを続けるはずだった。
    しかし、その道は唐突に閉ざされた。
    親父との喧嘩が原因だった。
    発端は、身だしなみがどうとか、くつの並べ方がどうとか…そんなくだらないこと。
    取っ組み合うような喧嘩になって…
    壁に右肩をぶつけて…
    どれだけ痛みが激しくなっても、意地を張って、そのままにして部屋に閉じこもって…
    そして医者に行った時はもう手遅れで…
    肩より上に上がらない腕になってしまったのだ。

    唯「あ…ご、ごめん…軽はずみで言っちゃって…」

    朋也「いや…」

    ………。
    静寂が訪れる…痛いくらいに。

    朋也「…春原もさ、俺と同じだよ」

    先にその沈黙を破ったのは俺だった。

    朋也「一年の頃は、あいつも部活でサッカーやってたんだ」

    朋也「でも、他校の生徒と喧嘩やらかして、停学食らってさ…」

    朋也「レギュラーから落ちて、居場所も無くなって、退部しちまったんだ」

    唯「そう…だったんだ…」

    唯「でも…春原くんは、もう一度、サッカーできるんじゃないかな」

    393 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:40:45.33 ID:cUBlBpOS0
    朋也「再入部するってことか」

    唯「うん」

    朋也「それは…無理だろうな。あいつ、連中からめちゃくちゃ嫌われてるんだよ」

    朋也「あいつの喧嘩のせいで、今の三年は新人戦に出られなかったらしいからな」

    朋也「第一、あいつ自身、絶対納得しないだろうし」

    唯「でも…やっぱり、夢中になれることができないって、つらいよ」

    唯「なんとかできないかな…」

    朋也「なんでおまえがそんなに必死なんだよ…」

    唯「だって、私も今、もうギター弾いちゃだめだって…バンドしちゃだめだって言われたら、すごく悲しいもん」

    唯「きっと、それと同じことだと思うんだ」

    唯「私は、岡崎くんや春原くんみたいに、運動部でレギュラーになれるほどすごくないけど…」

    唯「でも、高校に入る前は、ただぼーっとしてただけの私が、軽音部に入って、みんなに出会って…」

    唯「それからは、すごく楽しかったんだ。ライブしたり、お茶したり、合宿にいったり…」

    唯「それが途中で終わっちゃうなんて絶対いやだもん」

    唯「もっとみんなで演奏したいし、お話もしたいし、お菓子も食べたいし…ずっと一緒に居たいよ」


    394 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:43:54.52 ID:O1epL/Ut0
    (´;ω;`)

    395 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:44:33.15 ID:1qYNd8dxO
    唯「だから、なんとかできるなら、してあげたいんだ」

    唯「それじゃ、だめかな」

    こいつは、自分に置き換えて考えていたらしい。
    よほど軽音部が気に入っているんだろう。
    その熱意が、言葉や口ぶりの節々から窺えた。
    つたなくても、伝えようとしてくれるその意思も。

    朋也(いや…それだけじゃないよな、きっと)

    いつだってそうだった。
    俺が親父を拒否して彷徨い歩いていた時も、ずっと後ろからついてきた。
    朝だって、ずっと待っていた。自分の遅刻も顧みずに。

    朋也「…おまえ、すげぇおせっかいな奴な」

    唯「う…そ、そうかな…迷惑かな、やっぱり…」

    朋也「いや…いいよ、それで」

    唯「え?」

    肯定されるとは思っていなかったんだろう。
    それが、表情にわかりやすく現れていた。

    朋也「ずっとそういう奴でいてくれ」

    そんな真っ直ぐさに救われる奴もいるのだから。

    396 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:45:27.63 ID:cUBlBpOS0
    …少なくとも、ここにひとり。

    唯「あ…」

    一瞬、固まったあと…

    唯「うん、がんばるよっ」

    そう、はっきりと答えた。

    朋也「俺、寝るからさ。さわ子さん来たら起こしてくれ」

    唯「え、ずるい! 私も寝る!」

    朋也「目覚ましが贅沢言うなよ」

    唯「もう、目覚まし扱いしないでよっ」

    朋也「じゃ、どうやって起きればいいんだよ」

    唯「自力で起きるしかないよね」

    朋也「無理だな」

    唯「それじゃ、私に腕枕してくれたら、起こしてあげるよ」

    朋也「おやすみ」

    唯「あ、ひどいっ!」


    397 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:47:15.02 ID:1qYNd8dxO
    視界が暗くなる。目を閉じたからだ。
    それでも、窓の方に顔を向けると、まぶたの上からでも光が眩しく感じられた。
    頭を動かし、心地いい位置を模索する。
    腕の隙間から半分顔を出すと、しっくりきた。
    そのまま、じっとする。
    次第に意識が薄れていく。
    室内の静けさ、春の陽気も手伝って、すぐに眠りに落ちていった。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    SHRが終わり、放課となる。

    朋也(ふぁ…)

    昼になり、ようやく体も目覚めてくる。
    一度伸びをして、血の巡りを促す。
    頭にもわっとした圧迫がかかった後、脱力し、心地よく弛緩した。

    唯「岡崎くん、聞いて聞いてっ」

    朋也「…ん。なんだ」

    唯「あのね、あした、みんなでサッカーしない?」

    朋也「はぁ?」

    398 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:48:19.33 ID:cUBlBpOS0
    唯「ほら、あしたって日曜日でしょ。だから、学校に集まって、やろうよ」

    朋也「それは、やっぱ…」

    春原のことで、なにか意図するところがあるんだろうか。

    唯「…うん。なんの助けにもならないかもしれないけど…」

    唯「春原くんが、少しでも夢中になれた時のこと思い出してくれたらいいなって」

    やっぱり、そうだった。

    朋也「俺も行かなきゃだめなのか」

    唯「もちろんだよ。岡崎くんは、春原くんとすっごく仲いいからね」

    朋也「いや、別によくはないけど」

    唯「照れちゃってぇ~。いつも楽しそうにしてるじゃん」

    朋也「それは偽装だ。フェイクだ。欺くための演技なんだ」

    朋也「実際は、おたがい寝首を掻かれまいと、常に牽制し合ってるんだ」

    唯「もう、変な設定捏造しないでいいよ。岡崎くんは来てくれるよね」

    朋也「暇だったらな」

    唯「うん、待ってるね」


    399 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:50:26.99 ID:1qYNd8dxO
    まぁ、どうせ、あいつが断れば、その計画も流れてしまうのだ。
    伸るか反るかで言えば、反る方の可能性が高いだろう。

    春原「おーい、岡崎。飯いこうぜ」

    考えていると、ちょうど春原が前方からチンタラやってきた。

    唯「あ、春原くん。あのさ、あしたみんなでサッカーしない?」

    春原「あん? サッカー?」

    唯「うん。学校に集まってさ、やろうよ」

    春原「やだよ。なんで休みの日に、わざわざんなことしなくちゃなんないだよ」

    唯「練習じゃないんだよ? 遊びだよ?」

    春原「わかってるよ、そのくらい。試合に出るわけでもないのに練習なんかするわけないしね」

    唯「岡崎くんも来るんだよ?」

    春原「え? マジ?」

    驚きの表情を俺に向ける。

    朋也「…まぁ、暇だったら行くってことだよ」

    春原「ふぅん、珍しいこともあるもんだ」

    唯「どう? 春原くんも。いつも一緒に遊んでるでしょ?」

    400 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:50:56.08 ID:cUBlBpOS0
    春原「そうだけど、こいつが行くとこに、必ず僕もついていくってわけじゃないからね」

    唯「ムギちゃんなら、きっとお菓子も紅茶も用意してくれると思うよ?」

    春原「え、ムギちゃんもくんの?」

    唯「まだ誘ってないけど、言えばきてくれると思うな」

    春原「ふぅん、そっか…」

    顔つきが変わる。

    春原「ま、そういうことなら…行くよ」

    なにかしらの下心があるんだろう。
    じゃなきゃ、こいつがわざわざ休日を使ってまで動くはずがない。

    唯「ほんとに? よかったぁ」

    唯「それじゃあ、時間は何時ごろがいいかな」

    春原「昼からなら、起きられるけど」

    唯「う~ん、なら、1時くらいからでどう?」

    春原「いいけど」

    唯「決まりだね。集合場所は校門前でいいよね」

    春原「ああ、いいよ」

    401 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:52:36.62 ID:1qYNd8dxO
    唯「岡崎くんも、いい?」

    朋也「ああ」

    唯「じゃ、私みんなにも頼んでくるよ」

    言って、席を立つ。

    唯「あ、そうだ。今日も一緒にお昼どう?」

    春原「どうする? おまえ、学食でいいの?」

    朋也「俺は、別に」

    春原「あそ。じゃ、僕も、学食でいいや」

    朋也「つーことだ」

    唯「じゃ、またあとで、学食で会おうねっ」

    朋也「ああ」

    平沢は仲間を呼び集めるため、俺たちは席を取るために動き出した。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「おまえ、明日ほんとにくんのか」

    春原「ああ、いくね。それで、ムギちゃんに僕のスーパープレイをみせるんだ」

    402 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:53:23.39 ID:cUBlBpOS0
    春原「それでもう、あの子は僕にメロメロさ」

    朋也「やっぱ、そういう魂胆か」

    春原「まぁね。それよか、おまえこそ、よく行く気になったね」

    春原「そういうの、好きな方じゃないだろ。なんで?」

    朋也「別に…なんとなくだよ」

    春原「ふぅん。僕はてっきり、平沢と居たいからだと思ったんだけど」

    朋也「はぁ? なんでそうなるんだよ」

    春原「だって、おまえら一緒に登校したりしてるんだろ」

    どこで知ったんだろう。
    こいつには言っていなかったはずなのに。

    春原「それに、いつも仲よさそうにしてるじゃん」

    春原「でも、付き合ってるってわけじゃなさそうだし…」

    春原「両思いなのに、どっちも好きだって伝えてない感じにみえるね」

    昨日同じようなことを言われたばかりだ。
    傍目には、そういうふうに見えてしまうんだろうか…。

    春原「ま、おまえ、そういうとこ、奥手そうだからなぁ」


    403 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:55:47.13 ID:1qYNd8dxO
    朋也「勝手にひとりで盛り上がるな。まったくそんなんじゃねぇんだよ」

    春原「そう怒るなって。明日は頑張ってかっこいいとこみせとけよ」

    春原「おまえ、運動神経いいんだしさ」

    春原「まぁ、でも、本職である僕の前では、引き立て役みたいになっちゃうだろうけどね」

    朋也「そうだな。おまえの音色にはかなわないな」

    春原「音色? うん、まぁ、僕のプレイはそういう比喩表現がよく似合うけどさ…」

    朋也「うるさすぎて、指示が聞えないもんな」

    春原「って、それ、絶対ブブゼラのこと言ってるだろっ!」

    朋也「え? おまえ、本職はブブゼラ職人だろ?」

    春原「フォワードだよっ!」

    朋也「おいおい、素人がピッチに立つなよ」

    春原「だから、ブブゼラ職人じゃねぇってのっ!」

    ―――――――――――――――――――――

    律「いやぁ、ほんと、めでたいな」

    澪「改めておめでとう、和」

    404 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:56:37.42 ID:cUBlBpOS0
    紬「おめでとう」

    唯「おめでと~」

    和「ありがとう」

    今朝のSHRで、先日の選挙結果が発表されていたのだが…
    真鍋は見事、というか、順当に当選していた。
    副会長はあの坂上だった。
    他の役員は、興味がないのですぐに忘れてしまったが。

    和「これから忙しくなるわ」

    澪「大変な時は言ってくれ。力になるから」

    和「ありがとね、澪」

    澪「うん」

    律「おい、春原。あんたのおごりで、特上スシの食券買って来いよ」

    春原「ワリカンだろっ!」

    そもそもそんなメニューは無い。

    紬「そんなのもあるの?」

    朋也「いや、あるわけない」

    紬「なぁんだ。あるなら、私が出してもよかったのに」

    405 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:58:40.77 ID:1qYNd8dxO
    軽く言ってのけるところがすごい。

    律「セコいな、春原」

    春原「るせぇよ、かっぱ巻きみたいな顔しやがって」

    律「なっ、あんたなんか頭に玉子のせてんじゃねぇかよっ」

    春原「あんだと!?」

    律「なんだよ!?」

    唯「はい、そこまで!」
    紬「お昼時にね、判定? だめよ、KOじゃなきゃっ」

    割って入ろうとした平沢を、横から琴吹が腕を取って制止させた。

    唯「む、ムギちゃん?」

    紬「嘘、ごめんなさい。冗談よ」

    ぱっと手を離す。

    紬「五味を止められるのはレフリーだけぇ~♪」

    朋也(PRIDE…)

    琴吹は謎のマイクパフォーマンスを挟みはしたが、仲裁する側に回っていた。
    平沢も困惑状態から復帰すると、一緒に止めに入っていた。

    406 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 17:59:20.56 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    妙な間はあったが、平沢と琴吹に制され、争いは一応の収まりを見せた。
    両者ともそっぽを向いている。
    まるで子供の喧嘩のようだった。

    澪「毎回毎回…よく飽きないな…」

    律「ふん…」

    和「明日を機に仲良くなればいいんじゃない」

    唯「そうだね。りっちゃんと春原くんは同じチームがいいかも」

    律「えぇ、やだよっ」

    春原「つーか、こいつもくんの?」

    唯「うん。みんな来てくれるって」

    律「わりぃか、こら」

    春原「ふん、まぁ、明日は僕のすごさをその身をもって思い知るがいいさ」

    律「あん? おまえなんか、りっちゃんシュートの餌食にしてくれるわっ」

    春原「なんだそりゃ。陽平オフサイドトラップにかかって、泣きわめけ」

    律「なにぃ? りっちゃんサポーターたちが暴動起こしてもいいのか?」


    407 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:01:13.21 ID:1qYNd8dxO
    春原「んなもんは陽平ボールボーイで鎮圧できるね」

    律「むりむり。りっちゃんラインズマンがすでに動きを抑えてるから」

    春原「卑怯だぞ! 陽平訴訟を起こしてやるからな!」

    律「あほか。こっちにはりっちゃん弁護士がついてるんだぞ」

    律「あきらめて、『敗訴』って字を和紙に達筆な字で書いとけ」

    律「それで、その紙を掲げて泣きながらこっちに走ってこいよ、はっははぁ!」

    澪「もはや、サッカー全然関係ないな…」

    ―――――――――――――――――――――

    食事を済ませ、連中と別れる。
    春原は今日もまた奉仕活動に駆り出されていってしまった。
    月曜日の時同様、俺はひとりになってしまい、暇な時間が訪れる。
    差し当たっては、学校を出ることにした。

    ―――――――――――――――――――――

    家に帰りつき、着替えを済ませて寮に向かう。

    ―――――――――――――――――――――

    道すがら、スーパーに菓子類を買いに寄った。
    資金源は、芳野祐介を手伝った時のバイト代だ。
    もう先週のことだったが、無駄遣いもしなかったので、まだ全然余裕があるのだ。

    408 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:01:54.47 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    買い物を終え、店から出る。
    レジ袋の中には、スナック菓子、アメ、ソフトキャンディーなどが入っている。
    その中でも一番の目玉は、「コアラのデスマーチ」という、新発売のチョコレートだ。
    パッケージには、重労働に従事させられるコアラのキャラクター達が描かれている。
    当たりつきで、ひとつだけ過労死したコアラが居るらしい。
    製造会社の取締役も、よくこんなものにゴーサインを出したものだ。
    なにかの悪い冗談にしか見えない。

    声「あれ…岡崎さんじゃないですか」

    突っ立っていると、横から声をかけられた。

    憂「こんにちは」

    朋也「ああ…妹の…」

    見れば、向こうも俺と同じで私服だった。
    プライベート同士だ。

    憂「憂です。もう忘れられちゃってましたか?」

    朋也「いや…覚えてるよ」

    朋也「憂…ちゃん」

    呼び捨てするのもどうかと思い、ちゃんをつけてみたが…
    どうも、呼びづらい。
    かといって、平沢だと、姉と同じで区別がつかず、座りが悪いような…。

    409 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:03:24.88 ID:1qYNd8dxO
    憂「岡崎さんもお買い物ですよね」

    朋也「ああ、そうだよ」

    憂「なにを買ったんです?」

    俺が手に持つレジ袋に興味を示してきた。

    朋也「菓子だよ」

    憂「あ、いいですね、お菓子。私も、余裕があれば買いたかったなぁ」

    その、余裕とは、金の問題じゃなく、持てる量のことを言っているんだろう。
    この子は、買い物バッグを両手で持っていたのだ。
    そしてそのバッグの口からは、野菜やらビンやらが顔を覗かせている。
    もう容量に空きがない、といった感じで膨らんでいた。

    憂「これですか? 夕飯の材料と、お醤油ですよ」

    憂「お醤油がもう切れそうだったから、買いに来てたんです」

    憂「そのついでに、夕飯の材料も買っておこうかと思いまして」

    朋也「ふぅん、そっか…」

    しかし、重そうだ。

    朋也「自転車で来てたりするのか」

    憂「いえ、カゴに入りきらないだろうと思って、歩きですよ」

    410 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:04:04.54 ID:cUBlBpOS0
    ということは、これを持ったまま、家まで歩いていくことになるのか。
    それは、少しキツそうだ。

    朋也「それ、俺が持とうか?」

    憂「え?」

    朋也「いや、家までな」

    憂「いいんですか? 岡崎さん、これからなにか予定ありませんか?」

    朋也「ないよ。暇だから、手伝ってもいいかなって思ったんだよ」

    憂「でも、悪いですよ、さすがに…」

    朋也「いいから、貸してみ」

    憂「あ…」

    少し強引に奪い取った。
    ずしり、と重みが伝わってくる。

    朋也「憂ちゃんは、こっちを持ってくれ」

    俺の菓子が入ったレジ袋を渡す。

    憂「あ、はい…」

    できてしまった流れに戸惑いながらも、受け取った。


    411 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:05:23.83 ID:1qYNd8dxO
    朋也「じゃ、いこうか」

    憂「は、はい」

    ―――――――――――――――――――――

    ふたり、肩を並べて歩く。
    俺はほとんど自宅へ引き返しているようなものだった。
    平沢の家とはだいたい同じ方角にあるからだ。

    憂「重くないですか?」

    朋也「ああ、このくらい、平気だよ」

    憂「すごいですね。私、休みながら行こうと思ってたのに」

    朋也「まぁ、女の子は、それくらいが可愛くて、丁度いいんじゃないか」

    憂「そうですか?」

    朋也「ああ」

    憂「私は、軽々と片手で持ってる岡崎さんは、男らしくていいと思いますよ」

    朋也「そりゃ、どうも」

    憂「どういたしまして」

    にこっと笑顔になる。やっぱり、その笑顔も平沢によく似ていた。
    さすが姉妹だ。髪を下ろせば、見分けがつかなくなるんじゃないだろうか。

    412 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:05:49.10 ID:cUBlBpOS0
    朋也「そういえば、平沢の弁当とか、憂ちゃんが作ってるんだってな」

    憂「そうですね、私です」

    朋也「これだって、おつかいとかじゃなくて、自分で作るために買ったんだろ」

    バッグを手前に掲げてみせる。

    憂「はい、そうです」

    朋也「えらいよな」

    憂「そんなことないですよ」

    朋也「いや、親も、めちゃくちゃ助かってると思うぞ。なかなかいないよ、そんな奴」

    憂「いえ、うちのお父さんとお母さんは、昔から家を空けてることが多いんですよ」

    憂「今だって、どっちもお仕事で海外に行ってて、いないんです」

    憂「だから、家事は自然とできるようになったんです」

    憂「っていうか、しなきゃいけなかったから、って感じなんですけどね」

    朋也「ふぅん…」

    そうだったのか…。
    なら、平沢も家事が器用にこなせたりするんだろうか。
    でも、前に、弁当を妹に作ってやれ、と言われ、無理だと即答していたことがあるし…。
    あいつは、掃除や洗濯を主にやっているのかも。

    413 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:07:01.70 ID:1qYNd8dxO
    朋也「ま、それでもえらいことには変わりないよ」

    朋也「だからさ、ご褒美っていうと、ちょっとアレかもだけど…」

    朋也「俺の菓子、好きなのひとつ食っていいぞ」

    憂「いいんですか?」

    朋也「ああ」

    憂「ありがとうございますっ」

    憂「どれにしようかな…」

    袋の中を覗く。
    そして、おもむろに一つ取り出した。

    憂「…コアラのデスマーチ?」

    よりにもよって、それか。

    朋也「なんか、新発売らしいぞ」

    憂「絵が怖いです。名前もだけど…」

    朋也「コアラがムチでしばかれてるだろ。そこは、コアラがコアラに管理される施設なんだ」

    朋也「上級コアラと下級コアラがいて、その支配構造がうまく機能しているらしい」

    憂「やってることが全然かわいくないです…」

    414 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:07:13.27 ID:vASF969k0
    やっと追いついた・・・


    415 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:07:21.73 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ま、食ってみろよ。味とストーリ-は関係ないだろうからさ」

    憂「はい…」

    開封し、中から一個取り出した。

    憂「わぁっ、岡崎さん、この子、し、死んでますっ」

    朋也「それ、当たりだ」

    なんて強運な子なんだろう。
    一発目から引き当てていた。

    憂「当たりって…」

    朋也「その死体食って、供養してやってくれ」

    憂「うぅ…死体なんて言わないでくださぁい…」

    目を潤ませながら半分かじる。

    憂「あ…イチゴ味だ…おいしい」

    朋也「臓器と血みたいなのが出てきてないか、その死体」

    憂「イチゴですよぉ…生々しく言わないでくださいよぉ…」

    ―――――――――――――――――――――

    憂「ありがとうございました」

    416 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:08:38.19 ID:1qYNd8dxO
    朋也「ああ」

    平沢家の手前まで無事荷物を運び終え、そこで手渡した。
    ここで俺の役目も終わりだった。

    憂「それから…すみませんでした」

    朋也「いや、いいって」

    憂「でも…結局、私が全部食べちゃって…」

    ここまで来る間、憂ちゃんは俺の菓子を完食してしまっていた。
    それも、俺が譲ったからなのだが。
    喜んでくれるのがうれしくて、次々にあげていってしまったのだ。

    憂「あの、よければ、ホットケーキ作りますけど…食べていきませんか?」

    朋也(ホットケーキか…)

    普段甘いものが苦手な俺だが、時に、体が糖分を欲することがある。
    それが、まさに今日だった。
    だからこそ、スーパーで駄菓子なんかを買っていたのだ。
    どうせなら、そんな既製品を買い直すよりも、手作りの方が味があっていいかもしれない。
    加え、両親は現時点で不在だとの言質が取れていたため、俺の気も楽だった。
    家に上がらせてもうらうにしても、とくに抵抗はない。
    ただ、女の子とふたりきり、という状況が少し気になりはしたが。

    朋也「いいのか?」

    憂「はいっ、もちろん」

    417 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:08:55.99 ID:cUBlBpOS0
    朋也「じゃあ…頼むよ」

    憂「任せてくださいっ、がんばって作りますからっ」

    意気込みを感じられる姿勢でそう言ってくれた。

    憂「さ、どうぞ、あがってください」

    憂ちゃんに通され、平沢家の敷居をまたぐ。

    ―――――――――――――――――――――

    憂「じゃ、出来上がるまで、ここでくつろいでてくださいね」

    俺をリビングに残し、荷物を持って台所に向かっていった。
    とりあえずソファーに腰掛ける。
    …尻に違和感。
    なにか下敷きにしたらしい。
    体を浮かせ、取り出してみると、クッションだった。
    ぼむ、と隣に置く。

    朋也(ん…?)

    再びクッションを手に取る。

    朋也(やっぱり…)

    平沢の匂いがした。
    いつもこれを使っているんだろうか。

    418 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:10:10.91 ID:1qYNd8dxO
    朋也(………)

    顔を埋めてみる。

    朋也(ああ…いい…)

    朋也(あいつ、いい匂いするもんな…)

    朋也(………)

    朋也(って、変態か、俺はっ!)

    我に返り、すぐさま顔を離した。
    背後が気になり、振り返る。
    憂ちゃんは、俺に背を向け、なにやら冷蔵庫から取り出していた。
    見られてはいなかったようで、ほっとする。

    朋也(しかし、妙な安心感がある空間だよな、ここ…)

    ごみごみとした春原の部屋とは大違いだ。
    まぁ、そのせいで、無用心にもこんな暴挙に出てしまったのだが。

    朋也(にしても…なにしてようかな…)

    携帯があれば、こういう時、楽しく暇も潰せるんだろうな…。
    生憎と俺はそんなものは持ち合わせていなかったが。
    今時の高校生にしては、かなり珍しい部類だろう。
    うちの経済状況では持つこと自体厳しいから、それも仕方ないのだが。
    持ってさえいれば、春原にオレオレ詐欺でも仕掛けて遊べるのに…。
    例えば…

    419 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:10:31.93 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――
    ―――――――――――――――――――――

    プルルル

    がちゃ

    春原「はい。誰」

    声『俺だよ、オ・レ』

    春原「あん? 誰? 岡崎?」

    声『だから、オレだって言ってんだろっ! 何度も言わせんなっ! 殺すぞっ!』

    声『あ、後さ…う○こ』

    ブツっ

    ツー ツー ツー

    春原「なにがしたかったんだよっ!?」

    ―――――――――――――――――――――
    ―――――――――――――――――――――

    朋也(なんてな…)

    いや…それはただのいたずら電話か…。
    難しいものだ、詐欺は。

    420 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:11:51.18 ID:1qYNd8dxO
    朋也(妄想はもういいや…)

    朋也「憂ちゃーん、テレビつけていいかー」

    リビングの向こう、台所にいる憂ちゃんに聞えるよう、少し声を張った。

    憂「あ、どうぞ~」

    許可が下りた。
    テーブルの上にあったリモコンを拾い、チャンネルを回す。
    土曜の午後なんて、ロクな番組がやっていない。
    救いがあるとすれば、あの長寿昼バラエティ番組だけだったが、すでに終わっている時間だ。
    しかたなく、釣り番組にする。
    俺は、呆けたようにぼーっと眺めていた。

    ―――――――――――――――――――――

    憂「できましたよ~」

    おいしそうな香りを伴って、憂ちゃんがホットケーキを持ってきてくれた。

    憂「はい、どうぞ」

    皿に盛ってくれる。

    憂「シロップはお好みでどうぞ」

    ホットケーキの横に、使い捨ての簡易容器が添えられてあった。

    朋也「サンキュ」

    421 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:12:34.36 ID:cUBlBpOS0
    フォークで生地を刺し、口に運ぶ。
    もぐもぐ…

    朋也「うめぇ…」

    憂「ほんとですか? お口に合ってよかったです」

    嬉しそうな顔。
    俺はさらに食を進めた。
    が、憂ちゃんは一向に手をつけない。

    朋也「食べないのか」

    憂「私はお菓子をたくさん食べましたから…」

    憂「これ以上甘いもの食べると太っちゃいますよ」

    やっぱり、女の子だとそういうところを気にするものなのか。
    男の俺にはよくわからなかった。

    憂「だから、岡崎さんが食べてくれるとうれしいです」

    朋也「じゃあ、遠慮なく」

    再び手をつけ始める。
    本当においしくて、いくらでも食べられそうだった。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「…ふぅ。ごちそうさま」

    422 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:13:47.76 ID:1qYNd8dxO
    憂「おそまつさまでした」

    すべてて食べきり、皿の上にはなにも残っていなかった。
    片づけを始める憂ちゃん。

    朋也「俺も食器洗うの手伝おうか」

    帰る前にそれくらいしていってもいいだろう。

    憂「いえ、いいんです。岡崎さんはお客さんですから」

    憂「それより、岡崎さん…」

    ハンカチを取り出す。

    憂「口の周り、ちょっとついてますよ。じっとしててくださいね」

    朋也「ん…」

    ふき取られていく。

    憂「はい、綺麗になりました」

    朋也「言ってくれれば、自分の手で拭ったのに」

    憂「あ、ごめんなさい…お姉ちゃんにもいつもしてあげてるんで、つい」

    朋也「いつも?」

    憂「はい」

    423 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:14:09.33 ID:cUBlBpOS0
    あいつは…そんなことまでしてもらっているのか。
    もしかして、妹に全局面で世話してもらってるんじゃないかと、そんな気さえしてきた。

    朋也「…仲いいんだな」

    憂「とってもいいですっ」

    強く言う。主張したかったんだろう。
    憂ちゃんは満足した顔で食器をひとつにまとめると、台所へ持っていった。

    朋也(にしても…よくできた子だよな)

    台所に立ち、洗い物をする憂ちゃんを見て思う。

    朋也(ああ…憂ちゃんが俺の妹だったらな…)

    ―――――――――――――――――――――
    ―――――――――――――――――――――

    声「お兄ちゃん、起きて。朝だよ」

    朋也「…うぅん…あと半年…夏頃には起きる…」

    声「セミの冬眠じゃないんだから。起きなさい」

    勢いよく布団が剥がされる。

    憂「おはよう、お兄ちゃん」

    朋也「………」

    424 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:15:19.07 ID:1qYNd8dxO
    憂「もう、うつ伏せになってベッドにしがみつかないでよ…」

    朋也「眠いんだ」

    憂「顔洗ってきたら?」

    朋也「めんどくさい」

    憂「じゃあ、どうやったら目が覚めてくれるの…」

    朋也「いつものやつ、してくれ」

    憂「え? いつものって?」

    朋也「目覚めのちゅー」

    憂「だ、だめだよ、そんなの…私たち兄妹なんだよ…?」

    憂「それに、いつもって…そんなこと一度も…」

    朋也「いいじゃないか。おまえが可愛いから、したいんだよ」

    朋也「だめか…?」

    憂「う…じゃ、じゃあ、絶対それで起きてね…?」

    憂「ん…」

    ほっぺたにくる。
    俺は顔を動かして、唇に照準を合わせた。

    425 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:15:37.79 ID:cUBlBpOS0
    やわらかい感触が重なり合う。

    憂「んんっ!?」

    ばっと身を離す。

    憂「な、なんで口に…」

    朋也「とうっ」

    ベッドから跳ね起きる俺。

    朋也「憂っ! 憂っ!」

    憂「あ、いやぁ、やめて、お兄ちゃん、だめだよぉ…」

    憂「あっ…」

    ―――――――――――――――――――――
    ―――――――――――――――――――――

    朋也(………)

    朋也(いい…すごく…いい!)

    俺は台所にいる憂ちゃんの背を目指して歩み寄っていった。

    朋也「憂ちゃん…」

    背後から声をかける。

    426 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:17:23.65 ID:1qYNd8dxO
    憂「はい…?」

    手を止めて振り返ってくれる。

    朋也「俺の妹になってくれ」

    憂「えぇ!? そ、それは…」

    朋也「だめか?」

    憂「いろいろと無理がありますよぉ」

    自分でもそう思う。
    だが、情熱を抑え切れなかった。

    憂「それに、私にはお姉ちゃんがいますし」

    朋也「…そうか」

    憂「そ、そんなに落ち込まないでくださいよぉ」

    憂「私、岡崎さんにそう言ってもらえて、うれしかったですから」

    朋也「じゃあ、せめて、俺のことを兄だと思って、お兄ちゃんって呼んでみてくれ…」

    憂「それで、元気になってくれますか?」

    朋也「ああ」

    憂「わかりました、それじゃあ…」

    427 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:17:42.22 ID:cUBlBpOS0
    すっと深呼吸する。

    憂「お兄ちゃんっ」

    まぶしい笑顔。首をかしげるというオプションつきだった。

    朋也「…はは、憂はかわいいな。よしお小遣いをやろう」

    財布から万札を抜き取る。

    憂「わわっ、いいですよ、そんなっ。しまってくださいっ」

    朋也「なに言ってるんだよ。俺たち、仲良し兄妹じゃないか」

    憂「それは台本の上でのことですよっ、目を覚ましてくださぁいっ」

    朋也「ハッ!…ああ、いや、悪い…本当の俺と、役の境目がわからなくなってたよ」

    憂「もう…変な人ですね、岡崎さんって」

    言って、笑う。俺も気分がいい。
    素直に笑ってくれる年下の女の子というのは、新鮮だった。

    朋也「なぁ、憂ちゃん。この後、予定あるか」

    憂「え? そうですね…」

    小首をかしげて考え込む。

    憂「う~ん…夕飯の材料はもう買っちゃったし…とくにないですね」

    428 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:18:48.93 ID:1qYNd8dxO
    朋也「じゃあ、お兄ちゃ…いや、俺とどこか出かけないか」

    今から寮に向かっても、春原が戻っている保証はない。
    あの部屋でひとり過ごすくらいなら、そっちの方がよかった。

    憂「いいんですか? 私となんかで」

    朋也「憂ちゃんだから誘ってるんだよ」

    憂「ありがとうございますっ。私も、岡崎さんに誘ってもらえてうれしいです」

    朋也「それは、一緒に遊びに出てくれるって、そう取っていいのか」

    憂「はい、もちろんです」

    朋也「そっか。じゃあ、その洗い物が終わったら、出るか」

    憂「はいっ」

    ―――――――――――――――――――――

    食器の洗浄も済ませ、家を出た。
    目的地はまだ決めていない。

    朋也「どこにいく? 憂ちゃんの好きなところでいいぞ」

    憂「いいんですか?」

    朋也「ああ」

    429 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:19:09.45 ID:cUBlBpOS0
    憂「それじゃあ、私、前から行ってみたい所があったんですけど…」

    朋也「どこだ」

    憂「商店街に新しくできた、ぬいぐるみとか、可愛い小物とかを売っているお店です」

    憂「今、うちの学校の女の子の間で人気なんですよ」

    朋也「ふぅん、そんなとこがあるのか」

    憂「はい。だから、そこに付き合って欲しいです」

    朋也「ああ、いいよ」

    憂「ありがとうございますっ」

    ―――――――――――――――――――――

    商店街までやってくる。
    件の店はまだ真新しく、外観や内装が小綺麗だった。
    ファンシーな看板を掲げ、手前には手書きの宣伝ボードが立てかけられてある。
    店内には、所狭しと商品群が並べられていた。
    客層は、この有りようからしてやはりというべきか、女性客ばかりだった。

    憂「わぁ、ここですここですっ」

    つくやいなや、目を輝かせてはしゃぎ出す憂ちゃん。

    憂「いきましょ、岡崎さんっ」

    430 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:20:18.11 ID:1qYNd8dxO
    朋也「あ、ああ…」

    この中に男の俺が入っていくことに多少気後れしつつも、憂ちゃんに従った。

    ―――――――――――――――――――――

    憂「うわぁ、かわいいっ」

    憂ちゃんが立ち止まったのは、小さめのぬいぐるみが並べられたブロックだった。
    デフォルメされ、丸みを帯びた動物キャラの頭部が手のひらサイズで商品化されている。
    俺もひとつ適当なものを手に取ってみた。
    ぐにゃり、と柔らかい感触がした。低反発素材でも使っているんだろうか。

    憂「う~ん、でも、やっぱりないなぁ…」

    朋也「なんか探してるのか」

    憂「はい…」

    持っていたぬいぐるみを棚に戻し、俺に向き直る。

    憂「岡崎さん、だんご大家族って覚えてます?」

    朋也「ああ、けっこう鮮明に」

    それは、最近思い出す機会があったからなのだが。

    憂「ほんとですか? よかったです、覚えててくれて」

    憂「あれ、かわいいですよねっ」

    431 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:20:41.35 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ん、まぁ、多分な」

    一応同意の姿勢だけは見せておく。

    憂「でも、もうかなり前にブームが終わっちゃったじゃないですか」

    憂「それで、世間からも忘れられちゃってて…」

    憂「それでも、私もお姉ちゃんも、いまだに好きなんですよ、だんご大家族」

    憂「だから、この小さな手のひらシリーズにないかなぁって、思ったんですけどね」

    需要が無くなったことを知っていてなお探すんだから、想いもそれだけ深いんだろう。

    朋也「じゃあ、こういうのはどうだ」

    俺はうさぎの頭を棚から拾い上げた。

    朋也「ほら、これの耳ちぎって、凹凸無くしてさ」

    朋也「シルエットだけなら、だんごに見えなくもないだろ」

    憂「そ、そんな残酷なことしてまで欲しくないですよぉ」

    朋也「そうか? じゃあ、これを三つくらい買って、串で刺して繋げるのはどうだ」

    憂「さっきのと接戦になるくらい残酷ですっ」

    朋也「なら、これを…」

    432 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:21:48.14 ID:1qYNd8dxO
    憂「も、もういいですっ、気持ちだけ受け取っておきます…」

    朋也「これを、憂ちゃんの鼻の穴に詰めてみよう、って言おうとしたんだけど…」

    朋也「その気持ち、受け取ってくれるのか?」

    憂「…岡崎さん、もしかして、からかってます?」

    朋也「バレたか」

    憂「…意地悪ですっ」

    ぷい、とそっぽを向かれてしまった。
    やりすぎてしまったようだ。

    ―――――――――――――――――――――

    その後、なんとか機嫌を取ることに成功し、また一緒に見て回った。
    憂ちゃんが興味を示したコーナーに留まり、しばらく見たのち、移る。
    そんなことを繰り返していた。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也(やべ…)

    巡って回る内、俺の目に見かけたことのある顔が留まった。
    同じクラスの女たちだった。何人かで固まって、楽しげに店内を闊歩している。
    そういえば、憂ちゃんが言っていた。
    この店は今、うちの学校の女に人気があると。
    なら、こういうブッキングをすることだって、十分ありえたのに…うかつだった。

    433 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:22:16.22 ID:cUBlBpOS0
    俺がこんな店に出入りしているなんて思われたら、たまったもんじゃない。
    その情報が春原の耳に入った日には…想像もしたくない。
    俺は壁にぴったりと張りついてやりすごすことにした。

    憂「岡崎さん、なにをやってるんですか?」

    背中から憂ちゃんの声。

    朋也「いや…知ってる顔がいたから、ちょっとな…」

    憂「ああ…恥ずかしいんですね」

    朋也「まぁ…そういうことだ」

    憂「じゃあ…これを被って変装してください」

    俺になにか手渡してくる。

    朋也「お、サンキュ」

    後ろ手に受け取って、それを目深に被った。

    朋也(これでなんとかなるかな…)

    声さえ聞かれなければ、制服を着ているわけでもなし、他人の空似で受け流してくれるかもしれない。
    そうなってくれることを願いながら、俺は向き合っていた壁から離れた。

    憂「よく似合ってますよ」

    振り向きざまに第一声。

    434 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:23:09.93 ID:CFXEk6ad0
    どうしてこうなった

    435 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:23:25.20 ID:1qYNd8dxO
    朋也「そうか?」

    しかし、俺はなにを被ったんだろう。
    なにも考えず、機械的に被ってしまったからな…。

    憂「ご自分でも、鏡で確認してみたらどうですか?」

    俺の目線より少し下、そこに小さな鏡が置かれていた。
    覗いてみる。

    朋也「…これ」

    ネコミミ付きフードだった。

    憂「あはは、かわいいです、岡崎さん」

    朋也「…おまえな」

    憂「さっきのお仕返しです。罰として、ここにいる間ずっと被っててくださぁい」

    朋也「…はぁ」

    これじゃ、顔は隠せても余計目立つことになってしまう…。

    朋也「ほかにマシなの、なんかないのか」

    憂「ありますよぉ。イヌミミがいいですか? それとも、ウサミミがいいですか?」

    朋也「そんなのしかないのかよ…」

    436 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:24:02.16 ID:cUBlBpOS0
    憂「ふふ、ここはそういうお店ですよ?」

    そうだったな…。
    仕方なく、俺は憂ちゃんの罰ゲームに従った。

    ―――――――――――――――――――――

    憂「あ、これ、かわいいなぁ…買っちゃおうかなぁ…」

    やってきたのは、携帯ストラップの陳列棚。
    俺とは縁のない場所だ。

    憂「う~ん、でも、こっちも捨てがたいし…」

    憂「岡崎さん、これとこれ、どっちがいいと思いますか?」

    両手にそれぞれ別の商品を持って、俺に意見を求めてくる。

    朋也「う~ん…俺はこれがいいかな」

    そのどちらも選ばずに、俺は新たに棚から取り出した。

    朋也「この、『ごはんつぶ型ストラップ』って、なんかよくないか」

    憂「えぇ? なんですか、それ?」

    朋也「なんか、携帯にご飯粒がついているように演出できるらしいぞ」

    憂「いやですよぉ、そんなの…常に、さっきご飯食べてきたよって感じじゃないですか…」

    437 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:25:15.82 ID:1qYNd8dxO
    朋也「いやか?」

    憂「はい」

    なかなかおもしろいと思ったのだが…。
    しぶしぶ元の場所に納める。

    憂「これかこれ、どっちかで言ってください」

    再び俺の前に掲げてくる。

    朋也「う~ん…じゃあ、そっちの、クマの方で」

    憂「クマさんですか? じゃあ、こっち買っちゃおうかな…」

    朋也「待て。買うなら、払いは俺がする」

    憂「え? 悪いですよ、そんな…」

    朋也「いや、ここで好感度を挽回しておきたいんだ。序盤で失敗しちまったからな」

    憂「そんなこと気にしてたんですか…」

    朋也「ああ。だから、俺にまかせろ」

    憂「ふふ、じゃあ…お言葉に甘えて」

    朋也「よし」

    ―――――――――――――――――――――

    438 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:25:37.32 ID:cUBlBpOS0
    ストラップをレジに通し、店を出た。
    ついでに、ネコミミフードも買っていった。
    長いこと被っていて、買わずに出るのもためらわれたからだ。

    憂「いいんですか? こっちも、もらっちゃって…」

    朋也「ああ、いいよ。俺が持ってても仕方ないしな」

    俺はストラップと一緒に、フードも譲っていたのだ。

    憂「でも、これ、けっこう高かったですよね…?」

    朋也「ああ、大丈夫。まだ余裕あるから」

    憂「岡崎さん、アルバイトでもしてるんですか?」

    朋也「まぁ、前はしてたけど、今はやってないな」

    朋也「でも、この前単発で、でかいの一個やったっていうか…あぶく銭みたいなもんだから、気にすんなよ」

    ぽむ、と頭に手を置く。

    憂「あ…はいっ」

    にっこりと微笑んでくれる。

    憂「ありがとう、お兄ちゃんっ」

    朋也(う…)


    439 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:26:50.95 ID:1qYNd8dxO
    胸が高鳴る。破壊力抜群だった。

    朋也「…うん」

    憂「あはは、…うん、って。岡崎さん顔真っ赤です」

    朋也「…憂ちゃんがいきなり妹になるからだ」

    憂「ごめんなさぁい」

    いたずらっぽく言う。

    朋也(さて…)

    店の中に居る時はわからなかったが、外はもう陽が落ち始め、ほんのりと暗くなっていた。
    それだけ時間を忘れて見回っていたのだ。
    おそるべし、ファンシーショップ…。
    まぁ、入店したのが三時半あたりだったので、実際それほどでもないのかもしれないが。

    朋也「もう、帰らなきゃだよな、憂ちゃんは」

    憂「はい、そうですね。帰ってお夕飯作らないと…」

    朋也「なら、送ってくよ。もういい時間だしな」

    憂「ほんとですか? ありがとうございますっ」

    ―――――――――――――――――――――

    平沢家。その門前まで帰り着く。

    440 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:27:12.99 ID:cUBlBpOS0
    朋也「じゃあな」

    憂「はいっ。今日はありがとうございました」

    別れの挨拶も済ませ、立ち去ろうと踵を返す。

    唯「あれ? 岡崎くんだ」

    朋也「よお」

    そこへ、ちょうど平沢が帰宅してきた。

    唯「どうしたの? うちになにか用?」

    憂「私を送ってきてくれたんだよ、お姉ちゃん」

    唯「送ったって? 憂を? 代引きで?」

    憂「Amaz○n.comじゃないんだから…」

    憂「あのね、岡崎さんと一緒に出かけてて、それで、もう暗いからって送ってきてくれたの」

    唯「えぇ!? 岡崎くんと遊んでたの?」

    憂「ちょっと付き合ってもらってたんだ。ほら、あの商店街に新しくできたお店あるでしょ?」

    憂「あそこに、ついてきてもらってたの」

    唯「えぇっ!? っていうか、なんでもうそこまで仲良くなってるの?」

    441 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:28:58.75 ID:1qYNd8dxO
    唯「そうだよぉ。『ああ』とか、『好きにしろよ…』とかしか言わないし…」

    俺を真似た部分だけ声色を変えて言った。

    唯「最近になって、ようやくちょっと心開いてくれたかなぁって感じだよ」

    唯「なのに、憂とは初日から遊びに行くまでになってるし…これは差別だよっ」

    唯「悪意を感じるよっ」

    憂「お姉ちゃん…あんまりお兄ちゃんを責めないであげて」

    朋也(ぐぁ…)

    唯「…お兄ちゃん?」

    平沢が訝しげな顔になる。

    朋也「今はやめてくれっ」

    憂「ふたりっきりの時だけしかそう呼んじゃだめなの? お兄ちゃん?」

    朋也「だぁーっ! だから、やめてくれぇ、憂ちゃんっ!」

    唯「…ふたりっきりの時? 憂…ちゃん?」

    442 名前:ミス[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:29:53.49 ID:cUBlBpOS0
    唯「私と初めて会ったときは、すっごく冷たかったのにぃ…」

    朋也「そうだっけ」

    唯「そうだよぉ。『ああ』とか、『好きにしろよ…』とかしか言わないし…」

    俺を真似た部分だけ声色を変えて言った。

    唯「最近になって、ようやくちょっと心開いてくれたかなぁって感じだよ」

    唯「なのに、憂とは初日から遊びに行くまでになってるし…これは差別だよっ」

    唯「悪意を感じるよっ」

    憂「お姉ちゃん…あんまりお兄ちゃんを責めないであげて」

    朋也(ぐぁ…)

    唯「…お兄ちゃん?」

    平沢が訝しげな顔になる。

    朋也「今はやめてくれっ」

    憂「ふたりっきりの時だけしかそう呼んじゃだめなの? お兄ちゃん?」

    朋也「だぁーっ! だから、やめてくれぇ、憂ちゃんっ!」

    唯「…ふたりっきりの時? 憂…ちゃん?」

    443 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:31:25.84 ID:wjZKrqgrO
    今更だけど凄い投下だな
    支援

    444 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:32:12.83 ID:1qYNd8dxO
    唯「………」

    じと~っとした目を向けられる。

    唯「…中で詳しく聞こうか」

    こぶしを作り、親指で自宅を指さす。
    その顔は、あくまで笑顔だったが…それが逆に怖い。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「ふぅん、岡崎くんってそんな趣味だったんだ?」

    テーブルにつき、説教される子供のように俺は正座していた。

    唯「そんなこと、言ってくれれば私がしてあげたのに…」

    朋也「いや、おまえ、タメじゃん。リアルじゃないっていうか…」

    唯「失礼なっ! 私、妹系ってよく言われるのにっ」

    朋也「じゃ、一回やってみてくれよ」

    唯「いいよ? じゃ、いきます…」

    こほん、と咳払い。

    唯「お兄ちゃんっ」

    満面の笑顔。

    445 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:33:04.41 ID:cUBlBpOS0
    両手を開き、俺の前に突き出している。

    朋也「なんか、違うんだよな…」

    唯「むぅ、なにが違うのっ」

    朋也「いや、そのポーズとかさ…なんだよ」

    唯「庇護欲を煽るポーズだよ」

    朋也「そういう計算が目に付くんだよなぁ…それに、全体の総量として妹力が足りない感じだ」

    朋也「まぁ、おまえは、どこまでいっても姉だな」

    唯「それはその通りだけど…なんか悔しい…」

    朋也「まぁ、そういうわけだからさ。俺、帰るな」

    赤裸々に語ってしまった恥ずかしさもあり、早くこの場を去りたかった。

    唯「まぁ、待ちなよ。せっかくだから、一緒に夕飯してこうよ」

    朋也「いや…」

    唯「う~い~、岡崎くんのぶんも夕飯作ってくれるよね~?」

    被せるようにして、台所で作業する憂ちゃんへ声をかけた。

    憂「岡崎さんがそれでいいなら、作るよ~」

    446 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:36:29.88 ID:1qYNd8dxO
    向こうからは好意的な返答が届く。

    唯「だってさ。どうする? おにいちゃん」

    朋也「だから、それはもうやめろっての…」

    朋也(でも、どうするかな…)

    いや…もう答えは出ている。
    コンビニ弁当なんかより、憂ちゃんの手料理の方がいいに決まってる。

    朋也「俺の分も頼んでいいか、憂ちゃん」

    あまりまごつくことなく、俺は注文を入れていた。

    憂「は~い、まかせてくださぁい」

    二つ返事で引き受けてくれる。

    唯「うん、素直でよろしい」

    朋也「そりゃ、どうも」

    唯「ところでさ、なんで憂にはちゃんづけなの?」

    朋也「年下だし、苗字だと、おまえと被るからな」

    唯「えぇ、そんな理由? なら、私も唯ちゃんって呼んでよっ」

    朋也「アホか」

    447 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:36:51.24 ID:cUBlBpOS0
    唯「私も朋ちゃんって呼ぶからさっ。そうしよ?」

    朋也「ありえないからな…」

    唯「ちぇ、けち~…いいもん、別に。私にはギー太がいるから」

    言って、横に置いてあったケースからギターを取り出した。

    唯「だんごっ、だんごっ」

    ギターを弾きながら歌いだす。
    それは、俺も聞いたことのある、だんご大家族のテーマソング。
    だが、オリジナルとは違い、曲調が激しかった。

    唯「だんごっ、大家族ぅ、あういぇいっ!」

    ロック風にアレンジしていた。

    唯「岡崎くんも、サビはハモってよぅ、あういぇいっ!」

    サビなんて知らない。
    とりあえず、適当にだんごだんご言って合わせておいた。

    ―――――――――――――――――――――

    憂「お待ちどうさま~」

    憂ちゃんがお盆に料理を乗せて運んできてくれる。
    まずは前菜のようだった。

    448 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:37:28.82 ID:KfhKOVhkO
    話しがごちゃ混ぜでわからん

    449 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:41:03.00 ID:cUBlBpOS0
    唯「わぁ、肉じゃがだぁ」

    憂「はいお姉ちゃん」

    平沢に手渡す。

    唯「ありがと~」

    憂「岡崎さんも」

    朋也「ああ、サンキュ」

    俺も受け取った。
    最後に自分の座る位置に置くと、また台所へ戻っていった。

    朋也「おまえは料理したりしないのか」

    唯「ん? しないけど」

    朋也「じゃあ、おまえ、家事は掃除とかやってるのか」

    唯「それも、憂だよ?」

    朋也「なら、おまえはなにをやってるんだよ」

    唯「私はね、生きてるんだよ」

    朋也「あん?」

    そりゃ、死んでるようにはみえないが。

    450 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:43:23.32 ID:1qYNd8dxO
    投下ミスとかしてない俺?つなぎ目が不自然だったり話が飛んでるとこあったらおせーてね

    451 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:44:28.28 ID:dAD2+keuO
    やっとおいついた
    支援だ

    452 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:45:06.61 ID:y1qBevVn0
    まだ291だが
    こりゃだーまえがリハビリで書いてんじゃねーの

    453 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:45:22.97 ID:cUBlBpOS0
    今のとこOK? 大丈夫かな…? 

    454 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:45:44.33 ID:BXhBzgnMO
    おもろいっす!

    455 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:47:11.84 ID:1qYNd8dxO
    唯「だからね、私は生きてるから…いいんだよ…」

    つまり、なにもしてないということか…。

    朋也「神秘的に言うな。憂ちゃんに全部やらせてるだけだろ」

    唯「ぶぅ、だって憂がやったほうが全部上手くいくんだもん」

    唯「私が掃除しても、逆に、変な取れないシミとかついちゃうし…」

    唯「料理だって、やってたら、電子レンジの中でアルミホイルが放電したりするんだよ?」

    それは料理の腕とはあまり関係ない。常識の問題だった。

    朋也「ほんと、おまえ、憂ちゃんいてよかったな」

    朋也「親御さん、家空けてること多いって聞いたけど、おまえ一人じゃ即死してたよ」

    唯「そんな早く死なないよっ! 丸二日は持つもんっ!」

    延命するにしても、そう長くは持たないようだった。

    憂「はい、これで最後だよ~」

    今度は焼き魚と、人数分のコップ、そして麦茶を持ってきてくれた。
    先程と同様、俺たちに配膳してくれる。最後に自らのぶんを揃え、食卓が整った。

    唯「じゃ、食べようか」

    ぱんっ、と手を合わせる。

    456 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:47:36.82 ID:cUBlBpOS0
    憂ちゃんもそれに倣った。

    唯「いただきます」
    憂「いただきます」

    綺麗に声が重なる。

    朋也「…いただきます」

    俺も若干遅れて同じセリフを言った。
    こんなこと、かしこまってやるのはいつぶりだろう。
    少なくとも、うちではやったことがない。
    小学校の給食の時間以来かもしれない。

    唯「ん~、おいしい~」

    憂「ほんと? ありがと、お姉ちゃん」

    唯「憂の料理はいつもおいしいよぉ。お弁当もね」

    憂「えへへ」

    仲良く会話する姉妹。
    本来ならここに両親が居て、一緒に食事をして…
    それで、その日学校であったことなんかを話すんだろうか。
    そういった光景があるのが、普通の家族なんだろうか。
    俺にはわからなかった。
    ただ…
    無粋な俺なんかが、土足で踏み込んでいい場所じゃないことは漠然とわかる。

    457 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:48:51.77 ID:1qYNd8dxO
    唯「どうしたの? 岡崎くん。ぼーっとしちゃって」

    朋也「いや…なんでもないよ」

    言って、肉じゃがを口に放り込む。

    朋也「うん…うまいな」

    憂「ありがとうございますっ」

    唯「私も料理勉強しようかなぁ…」

    憂「お姉ちゃんならすぐできるようになるよ」

    唯「ほんと? じゃあ、今度教えてよ」

    憂「うん、いいよ。お姉ちゃんの今度は、今まで一度も来たことないけどね」

    唯「あはは~、そうだっけ」

    憂「ふふっ、うん、そうだよ」

    ふたりとも同じように、えへへ、と笑いあう。
    俺は箸を動かしながら、その様子をぼんやりと傍観していた。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「だいぶ遅くなっちゃったね」

    平沢が玄関の先まで見送りに来てくれる。

    458 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:49:09.61 ID:mUgsvdc3O
    まだ最初の方しか読んでないけどクラナドの再現度がヤバい。>>1は何者なの?

    459 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:49:19.90 ID:cUBlBpOS0
    憂ちゃんは中で後片付け中だ。

    朋也「そうだな。長居しちまった」

    あの場は本当に居心地がよく、離れることがひどくためらわれた。
    それは、なんでだろう。
    あの感覚はなんだったんだろう。

    唯「どうせなら、泊まってく?」

    朋也「馬鹿。んなことできるかよ」

    唯「なんで? 明日は休みだし、みんなでサッカーする日だよ?」

    唯「ちょうどいいじゃん」

    朋也「そういうことじゃなくて…」

    男を泊める、というその意味に、なにか感じるところはないのだろうか。
    それとも、俺がそんな風に見られていないだけなのか。

    朋也「とにかく、もう、帰るよ」

    唯「ちぇ、つまんないなぁ…」

    朋也「じゃあな」

    唯「うん、また明日ねっ」

    ―――――――――――――――――――――

    460 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:50:56.22 ID:1qYNd8dxO
    平沢家で過ごしていた今さっきまでの時間。
    それが別世界の出来事に思われるような、あまりに違いすぎる空気。
    気分が重くなる。
    ただ、静かに眠りたい。

    朋也(それだけなのにな…)

    ―――――――――――――――――――――

    居間。
    その片隅で、親父は背を丸めて、座り込んでいた。
    同時に激しい憤りに苛まされる。

    朋也「なぁ、親父。寝るなら、横になったほうがいい」

    やり場の無い怒りを抑えて、そう静かに言った。

    親父「………」

    返事は無い。
    眠っているのか、ただ聞く耳を持たないだけか…。
    その違いは俺にもよくわからなくなっていた。

    朋也「なぁ、父さん」

    呼び方を変えてみた。

    親父「………」

    ゆっくりと頭を上げて、薄く目を開けた。

    461 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:51:37.98 ID:cUBlBpOS0
    そして、俺のほうを見る。
    その目に俺の顔はどう映っているのだろうか…。
    ちゃんと息子としての顔で…

    親父「これは…これは…」

    親父「また朋也くんに迷惑をかけてしまったかな…」

    目の前の景色が一瞬真っ赤になった。

    朋也「………」

    そして俺はいつものように、その場を後にする。

    ―――――――――――――――――――――

    背中からは、すがるような声が自分の名を呼び続けていた。
    …くん付けで。

    ―――――――――――――――――――――

    こんなところにきて、俺はどうしようというのだろう…
    どうしたくて、ここまで歩いてきたのだろう…
    懐かしい感じがした。
    ずっと昔、知った優しさ。
    そんなもの…俺は知らないはずなのに。
    それでも、懐かしいと感じていた。
    今さっきまで、すぐそばでそれをみていた。
    温かさに触れて…俺は子供に戻って…
    それをもどかしいばかりに、感じていたんだ。

    462 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:53:10.75 ID:1qYNd8dxO
    ………。

    「だんごっ…だんごっ…」

    近くの公園から声がした。
    それは、今となってはもう耳に馴染んでいた声音。
    平沢だった。
    あんなところでなにをしているんだろう。
    俺はその場に呆然と立ちつくし、動くことができなかった。
    そうしている内、平沢が俺のいる歩道に目を向けた。
    こっちに気づいたようで、小走りで寄ってくる。

    唯「あ、やっぱり岡崎くんだ。どうしたの? うちに忘れ物?」

    朋也「いや、別に…」

    唯「じゃあ…深夜徘徊?」

    内緒話でもするように、ひそっと俺にささやいてくる。

    朋也「馬鹿…そんなわけあるか」

    もう俺は冷静だった。

    朋也「ただ、帰るには時間が早すぎたからさ…」

    唯「えー? もうお風呂あがって、バラエティ番組みててもおかしくない頃だよ?」

    朋也「俺にとっては早いんだよ。いつも夜遊びしてるような、不良だからな」

    463 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:53:36.40 ID:cUBlBpOS0
    唯「またそんなこと言ってぇ…」

    朋也「おまえのほうこそ、こんなとこでなにやってたんだよ」

    唯「ん? 私はね、歌の練習だよ」

    朋也「こんな時間に、しかも外でか」

    唯「うん」

    朋也「それ、近所迷惑じゃないのか」

    校則さえまともに守れない俺が言うのも違う気がしたが。

    唯「大丈夫だよ。ご近所さんはみんな甘んじて受け入れてくれてるから」

    朋也「そら、懐の深い人たちだな」

    唯「私が小さかった頃から知ってるからかなぁ…みんな優しいんだよ」

    唯「とくに、渚ちゃんとか、早苗さんとか、アッキーとか…古河の家の人たちはね」

    そんな名前を出されても、俺にはピンと来ない。

    朋也「そっか…」

    朋也「なら、がんばって練習してくれ」

    言って、歩き出す。


    464 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:54:45.33 ID:1qYNd8dxO
    唯「あ、岡崎くんっ」

    朋也「なんだよ」

    立ち止まる。

    唯「これからまだどこかにいくの?」

    朋也「ああ、そうだよ」

    唯「あした、体大丈夫?」

    朋也「まぁ、多分な」

    唯「っていうか、平日とかも、それで辛くないの?」

    唯「いつも、すごく眠そうだし…」

    唯「やっぱり、夜遊びはやめといたほうがいいんじゃないかな」

    朋也「いいだろ、別に。不良なんだから」

    唯「それ、本当にそうなのかな。今でも信じられないよ」

    唯「岡崎くん、全然不良の人っぽくないし…」

    朋也「中にはそういう不良もいるんだ」

    唯「前に、お父さんと喧嘩してるって言ってたよね?」

    465 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:55:04.59 ID:cUBlBpOS0
    唯「それで、喧嘩が原因で、肩も怪我しちゃったって…」

    唯「それと関係ないかな?」

    唯「お父さんと顔を合わせないように、深夜になるまで外を出歩いて…」

    唯「それで、遅刻が多くなって、みんなから不良って噂されるようになって…」

    唯「違う?」

    なんて鋭いのだろう。
    あるいは、安易に想像がつくほど、俺は身の上を話してしまっていたのか。

    朋也「違うよ」

    俺は肯定しなかった。こいつの前では、悩みの無い不良でいたかった。

    唯「本当に、違う?」

    朋也「まだお互いのことよく知らないってのに…よくそんな想像ができるもんだな」

    唯「できるよ。そうさせるのは…岡崎くん自身だから」

    唯「きっと、なにか理由があるんだって、そう…」

    唯「そう思ったんだよ」

    朋也「もし、そうだとしたら…」

    朋也「おまえはどうするつもりなんだ」

    466 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:56:29.43 ID:1qYNd8dxO
    訊いてみた。

    唯「岡崎くんは、私が遅刻しないように、いつも頑張って早くきてくれるから…」

    唯「私も、それに応えてあげたい」

    唯「できるなら、力になってあげたいよ」

    朋也「親父に立ち向かえるように、か…?」

    唯「それはダメだよ。立ち向かったりしたら…分かり合わないと」

    朋也「どうやって」

    唯「それは…」

    唯「すごく時間のかかることだよ」

    朋也「だろうな。長い時間がいるんだろうな」

    朋也「俺たちは、子供だから」

    俺は遠くを見た。屋根の上に月明かりを受けて鈍く光る夜の雲があった。

    唯「もしよければ…うちにくる?」

    平沢がそう切り出していた。
    それは、短い時間で一生懸命考えた末の提案なんだろう。

    唯「少し距離を置いて、お互いのこと、考えるといいよ」

    467 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:56:50.13 ID:cUBlBpOS0
    唯「ふたりは家族なんだから…だから、距離を置けば、絶対にさびしくなるはずだよ」

    唯「そうすれば、相手を好きだったこと思い出して…」

    唯「次会った時には、ゆっくり話し合うことができると思う」

    唯「それに、ちゃんと夜になったら寝られて、朝も辛くなくなるよ」

    唯「一石二鳥だね」

    唯「どうかな、岡崎くん」

    唯「岡崎くんは、そうしたい?」

    朋也「ああ、そうだな…」

    朋也「そうできたら、いいな」

    唯「じゃ、そうしよう」

    事も無げに言う。

    朋也「馬鹿…」

    朋也「おまえは人を簡単に信用しすぎだ」

    近づいていって、頭に手を乗せる。

    唯「ん…」

    468 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:57:49.29 ID:1qYNd8dxO
    くしゃくしゃと少し乱暴に撫でた。

    朋也「じゃあな。また明日」

    唯「あ…うん」

    背中を向けて歩き出す。
    俺は支えられた。あいつによって。
    いや、支えられた、というのは違うような気がする。
    あいつはただ、そばにいただけだったから。
    でも、それだけで、俺は自分を取り戻すことができた。
    同じようなことが前にもあった気がする。
    不思議な奴だと…そう、胸の内で感じていた。

    ―――――――――――――――――――――

    469 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:58:13.63 ID:cUBlBpOS0
    4/18 日

    目が覚めたのは、昼に程近いが、一応午前中だった。
    久しぶりにゆっくり寝られたので、気分がいい。
    布団からも未練なく抜け出せた。
    その勢いに乗り、スムーズに洗顔と着替えも済ませた。
    そして、その他諸々の用意が出来ると、すぐに家を出た。

    ―――――――――――――――――――――

    適当なファミレスで食事を済ませ、退店する。
    腕時計を見ると、待ち合わせの時間まであと30分だった。
    ここからなら、歩いても十分間に合うだけの猶予がある。
    それがわかると、俺は学校へと足を向け、悠長に歩き出した。
    少し進んだところで、前方よりバスが走り去っていった。
    今降りてきたであろう乗客の集団も、ばらけ始めている。
    その中に、周囲とは異質な雰囲気が漂う女の子の姿を見つけた。

    朋也(お…琴吹だ)

    動きやすそうな服装で、バスケットと水筒を手に持っていた。
    歩きながら見ていると、どうやら俺と同じ方向に進んでいるようだった。
    あいつも、これから集合場所に向かうところなのだろう。
    ………。

    朋也(まぁ、後ろつけてくのもなんだしな…)

    俺は小走りで琴吹のもとへ駆け寄っていった。

    朋也「よ、琴吹」

    470 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:59:27.73 ID:1qYNd8dxO
    追いつき、横から声をかける。

    紬「あら、岡崎くん。こんにちは」

    朋也「ああ、こんちは」

    紬「岡崎くんも、これから学校?」

    朋也「ああ、そうだよ。おまえもだよな?」

    紬「うん、そうよ」

    朋也「じゃ、そんな遠くないし、一緒にいかないか」

    紬「あ、いいねっ、それ。手をつないだりして、仲良くいきましょ?」

    朋也「いや、手って…」

    少しドモり気味になってしまう。

    紬「ふふ、冗談、冗談」

    くすくすと笑う。

    朋也(はぁ…なに焦ってんだ俺…)

    こいつを前にすると、どうも調子が狂ってしまう。

    471 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 18:59:58.17 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    朋也「そういえばさ、おまえ、先週日曜バイトしてたよな」

    朋也「それも、このくらいの時間帯にさ。今日もあったんじゃないのか」

    紬「うん、そうなんだけどね。シフト代わってもらったの」

    朋也「昨日の今日でよく都合がついたな」

    紬「うん、まぁ、ちょっと無理いってお願いしたんだけどね」

    朋也「無理にか。なんでまた」

    紬「私も、みんなと遊びたかったから」

    シンプルな理由。
    動機としてはいびつな部類なんだろうけど、こいつが言うとまっすぐに見えた。

    紬「もう三年生だし、こういう機会もどんどん減っていくと思うの」

    紬「だから、思いっきり遊べる時間を大切にしたくて」

    朋也「そっか…」

    そう、今年はもう受験の年だ。
    気合の入った奴なんかは、今の時期から休み時間にも単語カードをめくっている。
    部活をしている奴だって、引退すれば即受験モードに入るだろう。
    こいつら軽音部も、どこかで区切りがつけばそうなるはずだ。
    大会のようなものがあるのかは知らないが、どんなに長くても秋ぐらいまでだろう。

    472 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:01:29.49 ID:1qYNd8dxO
    それを考えると、本当に、今だけなのだ。
    まぁ、それも、俺や春原にとってはなんの関係もない話だが。
    きっと俺たちは最後までだらしなく過ごしていくことになるんだろうから。

    朋也「でも、それならバイトなんかやめて時間作ればいいんじゃないのか」

    紬「う~ん、でも、せっかく慣れてきたから、もう少し続けたくて…」

    紬「それに、少しでもお金は自分で稼いだものを使いたいから」

    朋也「おまえ、小遣いとかもらってないのか」

    紬「アルバイトを始めてからはもらってないかなぁ」

    朋也「へぇ…なんか、生活力あるな、おまえ」

    紬「そう? ありがとう」

    本当に、見上げたお嬢様だった。
    そのバイタリティはどこからくるんだろう。

    朋也(庶民の俺も見習うべきなんだろうな、きっと)

    ―――――――――――――――――――――

    唯「あ、岡崎くん、ムギちゃんっ」

    律「お、来たか」

    紬「お待たせ~」

    473 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:01:48.77 ID:cUBlBpOS0
    校門の前、雑談でもしていたんだろうか、輪になって固まっていた。
    メンバーは、軽音部の連中に加え、憂ちゃんと、真鍋がいた。
    春原はまだ来ていないようだ。

    憂「こんにちは、紬さん、岡崎さん」

    紬「こんにちは、憂ちゃん」

    朋也「よう」

    律「岡崎、あんた憂ちゃんともよろしくやってるんだってな」

    朋也「よろしくって…なにがだよ」

    律「とぼけんなって。一緒に買い物出かけたんだろ、きのう」

    また、知られたくない奴の耳に入ってしまったものだ…。
    きっと、談笑中にでも先日のことが話の種となってしまったんだろう。
    さっきから中野に冷たい視線を向けられているのも、それが理由に違いない。

    律「やるねぇ、姉妹同時攻略か?」

    朋也「おまえ、ほんとそういう話にするの好きな」

    律「んん? 実際そうなんじゃないんですかぁ?」

    朋也「違うっての…つーか、もういいだろ、このやり取り」

    律「あんたがイベント起こすから悪いんだろぉ、このフラグ系男子め」


    474 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:03:04.12 ID:1qYNd8dxO
    そんなジャンルはない。

    唯「ねぇ、りっちゃん。攻略って、なに? 弱点でも突いて一気にたたみかけるの?」

    律「そんな、敵のHPを削る有効な攻撃のことじゃないって」

    律「いいか? ここでいう攻略というのはだな、ずばり…」

    ぐっと腕に力を入れる。

    律「ヒロインをいかに自分のものにするか、ということだ!」

    唯「ヒロイン?」

    律「ああ。この場合ヒロインはおまえと憂ちゃんってことになるな」

    唯「ふむふむ。それで?」

    律「おまえの好感度は十分だと踏んだ岡崎は、次のヒロイン、憂ちゃんに移行したんだ」

    律「それで、一緒に買い物に行き、フラグを立てた」

    律「ゆくゆくは憂ちゃんの好感度もMAXにして、自分に惚れさせる」

    律「そして、おまえと憂ちゃんを同時に手に入れて、ハーレムエンド、ってとこかな」

    言いたい放題言われていた。

    唯「おお、すごいねっ!…って、えぇ!?」

    475 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:03:25.11 ID:cUBlBpOS0
    唯「岡崎くん、今のマジなの!?」

    朋也「だから、違うっつの…」

    唯「だよね、岡崎くんはそんな人じゃないよね」

    律「ずいぶん信頼されてんなぁ。じゃ、憂ちゃんはどうなの」

    憂「私ですか?」

    律「うん。岡崎が彼氏って、どう?」

    憂「そうですね…そうだったら、楽しいと思います」

    律「おお!? 脈アリだ?」

    梓「………」

    中野の視線が鋭さを増す。
    憂ちゃんにそう言ってもらえるのは素直に嬉しいが、この局面では複雑だ…。

    憂「でも、岡崎さんは、お兄ちゃんですから」

    朋也(ぐぁ…ここにきて…)

    律「…お兄ちゃん?」

    憂「はいっ。ね、お兄ちゃん?」

    朋也「あ…いや…」

    476 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:04:42.61 ID:1qYNd8dxO
    憂「…お兄ちゃん、私のこと嫌い?」

    朋也「いや…好きだよ…」

    ああ…俺はなにを言ってるんだ…

    憂「ありがとう、お兄ちゃんっ」

    場が凍りついているのがはっきりとわかる…
    終わりだ…俺はもう…

    DEAD END

    朋也(んなアホな…)

    律「…まぁ、なんだ…そういう趣味か」

    朋也「い、いや、待て、説明させてくれっ」

    律「言い訳があるんなら、聞いてやるよ。最後にな」

    朋也(最後ってなんだよ、くそっ…)

    朋也「あー、えっと、そうだな…」

    必死に頭の中で言葉を紡ぎだす。

    朋也「俺、ひとりっこでさ、だから、そういう兄妹とかに憧れがあったっていうか…」

    俺はしどろもどろになりながらもなんとか弁明した。

    477 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:05:01.00 ID:cUBlBpOS0

    律「ふーん、それで憂ちゃんに頼んだってことね」

    朋也「ああ、そうだよ」

    憂「ごめんなさい、少し悪乗りしちゃいました」

    朋也「もうお兄ちゃんは今後禁止だ」

    憂「はぁい」

    律「ま、それでもかなり引くけどな」

    朋也「ぐ…」

    唯「でも、岡崎くんがお兄ちゃんってよくない?」

    律「いや、全然」

    唯「えー、そうかなぁ。私はいいと思うんだけどなぁ…」

    唯「ね、お兄ちゃんっ」

    腕に絡んでくる。

    朋也「あ、おい…」

    憂「あ、お姉ちゃんずるいっ」

    もう片方も取られてしまう。

    478 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:06:13.03 ID:1qYNd8dxO
    朋也「おい、憂ちゃ…」

    梓「に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

    突然奇声を発し、肩を怒らせずんずんとこちらに近づいてくる。

    梓「えいっ!」

    唯「うわぁっ」

    憂「きゃっ」

    無理やり平沢姉妹を俺から引き離し、距離をとった。

    梓「唯先輩、あんな人に近づいちゃだめですっ!」

    唯「え、でも…」

    梓「だめったらだめなんです! あの人は…変態です!」

    唯「そ、そんなこと…」

    梓「あります! だから、だめです!」

    唯「あ、あう…」

    梓「憂も!」

    憂「梓ちゃん、こわいよぉ…」

    479 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:06:38.09 ID:cUBlBpOS0
    梓「いいから、返事は!?」

    憂「う、は、はい…」

    俺は呆然と、その力強く説き伏せられている様子を遠くから眺めていた。

    律「はっは、変態だってよっ」

    朋也「………」

    律「ま、元気出せって、ははっ」

    笑いながら、ぱんっと肩を叩き、中野たちがいるところまで歩いていった。

    朋也「……はぁ」

    思いのほかヘコむ。

    澪「あの…」

    朋也「…なんだよ」

    澪「梓が失礼なこと言って、すいません」

    朋也「ああ…まぁ、しょうがねぇよ、言われても」

    澪「そんな…梓はただ嫉妬してるだけっていうか…そんな感じなんだと思います」

    朋也「嫉妬?」

    480 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:08:50.70 ID:1qYNd8dxO
    澪「はい。梓は、唯にかなり可愛がられてましたから…」

    澪「それで、岡崎くんに唯を取られちゃうんじゃないかって、多分そう思ったんだと…」

    紬「確かに、それはあるかもしれないわね」

    朋也「はぁ…」

    澪「だから、あの…元気出してくださいね」

    よほど落ち込んでいるように見えたのか、そう励ましてくれた。

    朋也「ああ、サンキュな。ちょっと救われた」

    少し大げさに立ち直った風を装う。
    一応、俺なりに礼儀をわきまえたつもりだ。

    澪「あ、そ、それはよかったです…」

    恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
    割と顔を合わせているのに、まだ慣れないんだろうか。
    それとも、俺が苦手なのか…。

    紬「それにしても、あんなに取り乱す梓ちゃん、初めて見たわぁ…あんな梓ちゃんも、可愛くていいかも」

    紬「それに、岡崎くんにじゃれついてる時の唯ちゃんも、憂ちゃんも可愛いし…」

    紬「岡崎くんにはもっと頑張ってもらわなきゃねっ」

    くすくす笑いながら、おどけたように言う。

    481 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:09:15.63 ID:cUBlBpOS0
    朋也(なにをだよ…)

    つんつん、と背中をつつかれる。

    朋也「あん?」

    和「で、どっちが本命なの? 唯? 憂?」

    真鍋がひそひそと語りかけてきた。

    和「あなたに唯を推した身としては、まず二股なんて許さないから」

    朋也「どっちでもねぇっての。つか、もうそういうのは勘弁してくれ」

    和「そうしてほしいなら、さっさと結論を出しなさい」

    朋也「結論って、おまえ…」

    一度、深く息を吐く。

    朋也「そもそも、そんなんじゃねぇからこそ、やめてほしいんだけどな」

    和「あなたがそうでも、唯のほうは違うわよ」

    朋也「いや、あいつもそんな気はないって言ってたぞ」

    和「あの子自身、まだはっきりとは気づいてないだけよ」

    朋也「なんでおまえがそんなことわかるんだよ」

    482 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:10:35.07 ID:1qYNd8dxO
    和「幼馴染ですもの。唯のことはそれなりに観察してきたつもりよ」

    朋也「だとしても、おまえ自身恋愛したことないんだろ?」

    朋也「だったら、実体験に基づいてないぶん、説得力に欠けるよな」

    朋也「そんなの、おまえらしくないんじゃないのか」

    和「それは…そうだけど…」

    朋也「仮に…仮にだぞ? 平沢がもしそうだったとしてもだ」

    朋也「俺が誰かに促されて、あいつの気持ちが未整理のまま結論出されたりするのは嫌なんじゃないのか」

    和「………」

    しばし、沈黙する。

    和「…そうね。私が間違ってたわ」

    すっと身を離した。

    和「煙に巻かれたようで、少しシャクだけどね」

    朋也「そう言うなよ」

    和「でも、やっぱりあなたはなかなか見所があるわ。どう? 例の話、考え直してみない?」

    朋也「いや、ありがたいけど、その気はない」

    483 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:10:56.21 ID:cUBlBpOS0
    和「そう。ま、一度断られてるしね。いいんだけど」

    そう言うと、俺から離れていった。
    向こうからは、部長たちが何事か騒ぎながら戻ってきている。
    また、騒がしくなりそうだった。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「あれ、もうみんな来てんのか」

    春原が腹をぽりぽり掻きながら、ちんたら坂を上ってきた。

    律「あれ、じゃねぇっつーの! もう20分遅刻だぞっ!」

    春原「わり、出掛けにちょっと10秒ストップに手出したら、長引いちゃった」

    律「そんなもん暇なときにでもやれよなっ!」

    春原「ま、いいじゃん。さっさといこうぜ」

    律「ったく、こいつは…」

    春原「って、その子、誰よ?」

    憂「あ、初めまして。私、平沢憂と言います。二年生です」

    春原「平沢? もしかして、妹?」

    憂「はい、そうです」

    484 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:12:07.53 ID:1qYNd8dxO
    唯「いぇい、姉妹でぇす」

    春原「ふーん、あっそ。似てるね、顔とか」

    憂「ありがとうございますっ」

    似ている、はこの子にとって褒め言葉だったようだ。

    春原「ま、いいや。行くぞ、おまえら」

    律「遅れてきた奴がえばんなってーの…」

    ―――――――――――――――――――――

    グラウンドまでやってくる。
    今日は運動部の姿もなく、広い場内は閑散としていた。
    おそらくは、他校で練習試合でもあって、出払っているのだろう。
    俺もまだバスケをやっていた時分、休みの日は大抵そうだった。
    なければ、普通に練習があったのだが。
    なんにせよ、サッカー部がいなくてよかった。
    …というか、いたらどうするつもりだったんだろうか。
    平沢がサッカー部の動向を知っていたとは思えない。
    となると…やっぱり、そこまで考えていなかったんだろうな…。

    朋也(それよりも…)

    朋也「今更だけど、勝手に使っていいのか、このコート」

    唯「え? だめかな?」

    485 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:12:37.99 ID:cUBlBpOS0
    律「別にいいんじゃね? うちらだってこの学校の生徒だし」

    朋也「いや、サッカー部の連中が気を悪くするんじゃないのかって話だよ」

    春原「まぁ、大丈夫でしょ」

    春原が答えた。

    春原「今いないってことは、今日は朝練だけだったか、よそで試合があったんだろうからね」

    春原「これから鉢合わせすることもないだろうし…あとでトンボだけ掛けとけばいいよ」

    ソースがこいつというのは普段なら心許ないが、一応元サッカー部だ。
    今回に限ってはそれなりに信憑性があった。

    律「やけに自信たっぷりだな…なんか根拠でもあんの?」

    朋也「こいつ、元サッカー部だからな」

    律「え、マジで?」

    春原「ああ、まぁね」

    律「それできのう、実力がどうのとか言ってやがったのか…」

    春原「ま、んなこといいからさ、とっとと始めようぜ」

    朋也「そうだな。じゃあ、おまえ、番号入ったビブス着て、枠の中に立ってくれ」

    朋也「俺たち、かわるがわるシュートで狙うから」

    486 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:14:04.94 ID:1qYNd8dxO
    春原「ってそれ、的が僕のみのストラックアウトですよねぇっ!?」

    律「わははは! そっちのがおもしろそうだな!」

    春原「僕はまったくおもしろくねぇよ!」

    春原「最初はチーム分けだろ、チーム分けっ」

    朋也「じゃ、春原対アンチ春原チームでいいか」

    春原「僕を集団で攻撃するっていう構図から離れてくれませんかねぇっ!」

    朋也「でも、俺たち奇数だしな。綺麗に分けられないし」

    春原「だからって、僕一人っていうのは理不尽すぎるだろっ」

    朋也「じゃあ、おまえ、右半身と左半身で真っ二つに別れてくれよ。それで丸く収まる」

    春原「僕単体を無理やり偶数にするなっ!」

    春原「って、もうボケはいいんだよっ」

    春原「平沢、どうすんだ」

    唯「う~ん、そうだねぇ…まず、春原くんと岡崎くんは別チームにしなきゃね」

    春原「あん? なんで」

    唯「男の子だからね。分けておきたいから」

    487 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:14:29.64 ID:cUBlBpOS0
    春原「ああ、なるほどね。いいよ」

    唯「後は私たちで別れるよ」

    春原「わかった」

    唯「じゃ、みんな、ウラかオモテしよう!」

    律「久しぶりだなぁ、そんなことすんの」

    澪「律、なんでチョキを出そうとしてるんだ。じゃんけんじゃないんだぞ」

    律「お約束お約束」

    皆平沢のもとに集合し、円を作っていた。

    春原「へっ、チーム春原対チーム岡崎の頂上決戦だな、おい」

    朋也「今までトーナメント勝ちあがってきたみたく言うな」

    春原「ドーハの悲劇が起こらなきゃいいけどねぇ、ふふん」

    こいつは、絶対ドーハの悲劇が言いたかっただけだ。

    ―――――――――――――――――――――

    チーム分けが終わり、メンバーが決まった。
    Aチームは、俺、憂ちゃん、真鍋、秋山、部長。
    Bチームは、春原、琴吹、中野、平沢。
    こっちの方が人数は多いが、春原は元サッカー部だ。

    488 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:15:48.53 ID:1qYNd8dxO
    人材の差で、そこまでのハンデにはならないだろう。
    両陣営に別れ、ボールを中央にセットする。
    ちなみに、持ってきたボールは部長の弟のものだそうだ。
    それはともかくとして、先攻は春原チーム。

    春原「よし、キックオフだっ」

    横にいた中野からパスを受け、春原がドリブルで切り込んでくる。

    律「おっと、通すかよっ」

    それに部長が対応した。

    春原「はっ、デコのくせにスタメン起用か。世も末だなっ」

    律「なにぃっ! 本田意識して金髪にしたようなバカのくせにっ」

    律「実力が違いすぎて違和感あるんだよ、アホっ!」

    春原「隙アリっ! とうぅっ」

    律「わ、やべっ」

    股の間にボールを通され、突破される。
    屈辱的な抜かれ方だ。

    春原「ははは、甘いんだよっ」

    朋也「おまえがな」

    489 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:16:14.27 ID:cUBlBpOS0
    春原「ゲッ、岡崎っ」

    通された先、俺が待ち構えていた。
    ボールを奪い、カウンターを仕掛ける。
    しかし初心者の俺では春原のようにボールコントロールが上手くいかない。
    走ってはいるが、スピードが出せないのだ。
    後ろからは春原が追ってくる。
    前からは中野。
    俺は周囲を見てパスを出せるか確認した。
    秋山が右サイドに上がっている。しかもフリーだ。
    好機と見て、パスを送ろうとした時…

    梓「ていっ!」

    ずさぁあっ!

    朋也「うぉっ」

    ボールではなく、直接俺の脚めがけてスライディングが飛んできた。
    間一髪かわす。

    梓「チッ」

    朋也(舌打ちって、おまえ…)

    春原「よくやった、二年!」

    春原がボールを拾う。

    律「今度は絶対通さねぇーっ」

    490 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:17:09.35 ID:zNA9c7SL0
    スパイだ祖りてぃあ

    491 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:17:36.67 ID:1qYNd8dxO
    春原「平沢、押し込めっ」

    前線にいる平沢にパスを送った。

    律「あ、ずりぃぞっ! 勝負しろよ!」

    春原「ははは、また今度な」

    律「くそぅ、勝ち逃げしやがって…」

    朋也「真鍋、頼んだぞっ」

    真鍋は攻め込んできていた平沢をマークしていた。
    ボールを受けた平沢と一対一の状況になっている。

    唯「和ちゃん、幼馴染だからって手加減しないよっ」

    和「その必要はないわ。あんた、運動神経ゼロじゃない」

    唯「ムカっ! メガネっ娘に言われたくないよっ」

    和「なら、私を抜いてゴールを決めてみなさい」

    唯「言われなくてもっ」

    平沢が走り出す。
    …ボールをその場に置いたまま。

    和「せめて、ボールを蹴るくらいはしなさいよ…」

    492 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:17:58.23 ID:cUBlBpOS0
    ぼん、と蹴ってクリアする。

    唯「ああ!? 和ちゃんの鉄壁メガネディフェンスにやられた!」

    和「なにもしてないけどね…」

    春原「なぁにやってんだよ、平沢っ」

    唯「ごめぇん、和ちゃんの動きが速すぎて見えなかったよぉっ」

    その珍回答に、ずるぅ、とこける春原。

    春原「…わけわかんねぇ奴だな…」

    朋也「秋山、いけっ、ドフリーだぞっ」

    さっきクリアされたボールは、秋山の手に渡っていた。
    ゴールを遮るものは、キーパー以外なにもない。
    ドリブルで進んでいく。

    澪「ムギ、私は本気でいくからな」

    紬「くす…どうぞ」

    澪「はぁっ」

    どかっ

    紬「みえたっ」

    493 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:19:06.00 ID:1qYNd8dxO
    ばしぃっ!

    飛び込みキャッチでボールを抱え込む。

    澪「うわ、すごいな、ムギ…」

    澪「って、ムギ…?」

    琴吹はボールを抱え込み、そのまま足で締め上げていた。

    紬「あ、つい癖で…」

    ボールを持ち、立ち上がる。

    紬「掴んだら逆十字で折って、そのまま三角締めに移行するよう言われてるから…」

    つまり、ボールに関節技を掛けていたのか…。
    つーか、そんな球体に間接なんかない。

    澪「なんかわかんないけど、とりあえずすごいな…」

    紬「ありがと。そぉれっ」

    蹴りではなく、投げでボールをフィールドに戻した。
    それなのに、なかなかの飛距離があった。
    女にしては、かなりの強肩だ。

    澪「すご…」

    放物線を描き、やがて地面に着地する。

    494 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:19:29.99 ID:cUBlBpOS0
    2,3バウンドした後、ころころと転がった。
    それを拾ったのは春原だ。
    またドリブルで切り込んでくる。

    律「させるかっ」

    春原「またおまえか。おまえじゃ僕を止められねぇよ」

    律「ふん、ほざけよ…」

    じりじりと膠着状態が続く。

    春原「ほっ」

    律「あ、ちくしょっ」

    春原は一度パスを出すフェイントを入れ、スピードで抜き去った。
    俺がフォローに回る。
    すると、フリーになった中野にパスが回った。
    今度はこちらに失点の危機が訪れた。

    梓「憂、岡崎先輩側に回るなんて、許さないからっ」

    憂「そんなぁ、運だから仕方ないのにぃ…」

    梓「御託はいいのっ! やってやるですっ」

    憂「――――√v―^―v―っ!!」

    憂ちゃんが機敏に動き出す。

    495 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:20:46.69 ID:1qYNd8dxO
    どかっ!

    憂「ここだよっ」

    バシィ!

    その移動した先、どんぴしゃでボールが飛んでいった。

    梓「な、なんで…私が打つ前に…」

    憂「うーん、先読みって奴かな?」

    ニュータ○プか。

    梓「く…憂…やっぱりあなどれない…」

    律「憂ちゃーん、パスパース!」

    憂「はぁーい。いきますよぉ、律さん」

    ボールが高く蹴られた。
    グラウンドには、俺たちの声がこだましている。
    まるで、はしゃぎまわる子供のようだった。
    空を見上げる。
    天気もよく、すみずみまで晴れ渡っている。
    そんな中、たまにはこうやって健康的に汗を流すのも、悪くないものだ。

    ―――――――――――――――――――――

    律「ふぃ~、ちかれたぁ~…」

    496 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:21:30.73 ID:cUBlBpOS0
    紬「お疲れ様。はい、アイスティー」

    紙コップを渡す。

    律「お、テンキュー」

    ひとしきり遊んだ後、ピクニックシートを敷いて休憩を入れていた。
    琴吹が用意してくれたケーキや紅茶、各自持ち寄った菓子類を囲んで座っている。

    律「ぷはぁ、うめぇーっ」

    澪「確かに、運動の後の一杯は格別だよな」

    律「運動か…じゃ、今日はカロリーとか気にせず食べられるな、澪」

    澪「別に、いつもそんな神経質になってるわけじゃ…」

    律「嘘つけ、いつも写メで自慢のセルライト送ってくるじゃん」

    澪「そんなことしたことないだろっ」

    ぽかっ

    律「あてっ」

    春原「ははっ、殴られてるよ、こいつ」

    律「ツッコミだっつーのっ」

    朋也「おまえはいつもラグビー部に死ぬ寸前までガチで殴られてるけどな」

    497 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:23:53.61 ID:1qYNd8dxO
    春原「言うなよっ!」

    律「わはは、だっせーっ!」

    春原「黙れっ、負けチームっ」

    律「ああ? まだ試合は終わってないだろ。つーか、たった一点リードしてるだけじゃん」

    律「このハーフタイムが終わったら一気に逆転してやるよ」

    春原「ふん、せいぜい無駄な足掻きをすればいいさ」

    律「けっ、威張ってられるのも今のうちだぜ」

    春原「はーっはっはっは!」
     律「はーっはっはっは!」

    悪者のように高笑いする二人。

    唯「なんか、生き生きしてるよね、春原くん」

    隣にいた平沢が俺にそっと話しかけてくる。

    朋也「かもな。あいつがあんなノリノリになってる時なんて、あんまないからな」

    悪ふざけしている時ぐらいにしか見せない顔だった。

    唯「じゃあ、やってよかったのかなぁ、サッカー」

    朋也「ああ、多分な」

    498 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:24:26.00 ID:cUBlBpOS0
    言って、頭に手を乗せようとすると…

    梓「ていっ」

    ばしっ

    朋也「って…」

    中野に払われてしまった。

    梓「唯先輩、このクッキーおいしいですよ。あ~んしてください。私が食べさせてあげます」

    唯「わぁ、ありがとうあずにゃんっ」

    唯「あ~ん」

    寄り添って、口にクッキーを運ぶ中野。

    唯「むぐむぐ…おいひぃ~」

    梓「ですよね」

    にやり、と俺を見てほくそ笑んでいた。

    朋也(なんなんだよ、こいつは…)

    ―――――――――――――――――――――

    律「うし、そんじゃ、そろそろ再開するか」

    499 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:25:52.39 ID:1qYNd8dxO
    菓子類も一通り食べつくし、しばらくだらけていると、部長がそう声を上げた。

    春原「後半戦の開始だね」

    律「開始五分で逆転してやるよ」

    春原「はっ、軽く追加点取ってやるよ」

    律「自分のゴールにハットトリックしてろ、オウンゴーラー春原め」

    春原「おまえこそ、レフリーに後ろからスライディングかまして一発退場してろ」

    ぎゃあぎゃあ言い合いながら立ち上がり、グラウンドへ向かって行った。
    残された俺たちも、やや遅れてそれに続く。
    すると…

    男1「あれ? なにこいつら」

    男2「あ、軽音部の子じゃね?」

    男3「うぉ、マジだ」

    男4「つか、春原もいるんだけど」

    男5「岡崎もいるぞ」

    男6「なに、あの組み合わせ」

    向こうから私服の男たちが6人、ぞろぞろとやってきた。

    500 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:26:26.09 ID:cUBlBpOS0
    春原「ちっ…」

    俺は春原のそばまで小走りで寄っていった。

    朋也「おい、春原、あいつら…」

    春原「…ああ、サッカー部の連中だよ」

    朋也「練習しにきた…ってわけじゃないよな」

    春原「だろうね。向こうも僕らと同じで遊びに来たんだろ」

    なら、試合があったわけじゃなく、朝練が終わって解散していただけだったのか…。

    サッカー部員「おい、春原。ここでなにしてんだよ」

    話していると、ひとりの男が若干敵意を含んだ言い方でそう訊いてきた。

    春原「別に、遊んでるだけだっつの」

    サッカー部員「そっちの軽音部の子たちはなんなんだよ」

    春原「こいつらも、同じだよ」

    サッカー部員「は? おまえ、軽音部の子たちと遊んでんの?」

    サッカー部員「うわ、ありえねー」

    サッカー部員「こんな奴がよく取り合ってもらえたな」

    501 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:27:45.88 ID:1qYNd8dxO
    サッカー部員「土下座して頼んだんじゃねぇの、僕で遊んでくださ~いってさ」

    部員たちに、どっと笑いがおこる。

    春原「ぶっ殺すぞ、てめぇらっ!」

    春原がキレて、殴りかかっていく勢いで一歩を踏み出す。

    サッカー部員「は? また暴力かよ」

    サッカー部員「変わんねぇな、このクズは」

    サッカー部員「おまえのせいで俺たち、どんだけ迷惑したかわかってんのか」

    サッカー部員「関係ない俺たちまで、いろんなとこで頭下げさせられたんだぞ」

    サッカー部員「新人戦だって出られなかったしな。実績あげないと、推薦だって危ういのによ」

    サッカー部員「まだそのことで謝ってもねぇのに、あまつさえ俺たちに暴力振るうのかよ」

    サッカー部員「今度は退学んなるぞ、てめぇ」

    春原「……くそっ」

    踏みとどまる。
    そうさせたのは、退学だなんて脅しじゃない。
    きっと、胸の奥底では感じていたであろう罪悪感の方だったはずだ。

    サッカー部員「君ら、軽音部の子たちだよね?」


    502 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:28:25.66 ID:cUBlBpOS0
    春原に取っていた態度とは打って変わって、陽気に声をかけてくる。

    サッカー部員「こんな奴らとじゃなくてさ、俺らと遊ばね?」

    自分たちから一番近い位置にいた部長に訊いてから、後方にいた連中を眺め渡した。

    律「………」

    だが、部長を筆頭に、誰もなにも言わない。

    サッカー部員「うわぁ、やっぱ、りっちゃん可愛いって」

    サッカー部員「ばっか、澪ちゃんだろ」

    サッカー部員「俺唯ちゃん派」

    サッカー部員「あずにゃんだろ、流石に」

    サッカー部員「おまえら、ムギちゃんのよさわかれよ」

    答えないでいると、その内、内輪で盛り上がり始めた。

    サッカー部員「つか、見たことない子もいるけど、あの二人もかわいくね?」

    サッカー部員「うぉ、マジだ。後ろで髪上げてる子と、メガネのな」

    サッカー部員「つか、メガネのほうは、生徒会長じゃん」

    サッカー部員「そうなの?」

    503 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:29:38.92 ID:1qYNd8dxO
    サッカー部員「昨日発表あったじゃん」

    サッカー部員「知らねぇ。寝てたわ、多分」

    一斉に笑い出す。

    律「…わりぃけど、あんたらと遊ぶ気にはなんないわ」

    サッカー部員「えー、なんでだよ」

    サッカー部員「カラオケいこうよ。おごりでもいいよ」

    律「あたしら、サッカーしに来てんだよね。カラオケなら、あんたらでいきなよ」

    サッカー部員「サッカー? 俺らも、そうなんだけど」

    サッカー部員「サッカーがしたいなら、俺らのほうがいいよ」

    サッカー部員「春原みたいな半端な奴とか、岡崎みたいなただのヤンキーとやるより楽しいよ」

    サッカー部員「そうそう、いろいろヤって、楽しもうよ」

    サッカー部員「ははは、腰振んなよ、おまえ」

    サッカー部員「ははははっ」

    サッカー部員「ははっ、てかさぁ、春原が今更サッカーってどうなの」

    サッカー部員「マジ、ウケるよな」

    504 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:30:12.04 ID:cUBlBpOS0
    サッカー部員「どうせ素人相手にカッコつけたかったんだろ」

    サッカー部員「それしかねぇな。マジでカスみてぇ」

    唯「…どうしてそこまでいうの?」

    平沢が口を挟む。

    サッカー部員「ん?」

    唯「春原くんが喧嘩して、大会出られなかったのは、残念だったけど…」

    唯「もう、終わったことなんだし…そんなに言わなくてもいいでしょっ!」

    サッカー部員「あー、あのさぁ…」

    一番体格のいい男が、ぽりぽりと頭を掻きながら前に出てくる。

    サッカー部員「まぁ、お遊びクラブで仲良しこよしやってる子には、わかんないかもだけどさ…」

    サッカー部員「俺ら、マジで部活やってんだ? そんで、将来とか懸かってんの。わかる?」

    澪「そんな、私たちだって真剣に…」

    サッカー部員「軽音部って、茶飲んでだらだらしてるだけなんでしょ? けっこう有名だよ」

    澪「それは…」

    梓「そんなことないですっ! 馬鹿にしないでくださいっ!」

    505 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:31:23.41 ID:1qYNd8dxO
    サッカー部員「ああ、ごめんね。馬鹿にしてないよ」

    サッカー部員「あずにゃんのプレイ、最高~」

    サッカー部員「萌え萌え~」

    他の部員が横から茶化しを入れると、皆へらへらと笑いあった。

    梓「………」

    中野の顔が紅潮していく。
    奴らの態度は、どうみても馬鹿にしているそれだった。

    サッカー部員「ま、だからさ、公式戦って、超大事なんだ。それを台無しにされたら、普通怒るよね」

    唯「でも…でも…言ってることがひどすぎるよ…」

    サッカー部員「クズにはなに言ってもいいんだよ」

    唯「クズなんかじゃないよっ! 春原くんは、ちゃんとした、いい人だよっ!」

    サッカー部員「ぶっははは! それ、マジで言ってんの?」

    サッカー部員「いい人とかっ、ははっ、春原がかよっ」

    サッカー部員「ああ、やっぱ、唯ちゃん頭弱ぇなぁ」

    また下品に笑いあった。

    唯「うぅ…」

    506 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:31:53.43 ID:cUBlBpOS0

    朋也(こいつら…)

    もう、限界だった。
    そもそも、最初からどこか癇に障る奴らだったんだ。
    春原が踏みとどまっていなければ、俺も喧嘩に加わるつもりだった。
    一度は耐えたが、それももう終わりだ。
    手を出したほうが負け? そんなもん知ったことか。
    喧嘩を売ってきたこと、死ぬほど後悔させてやる。

    春原「おい、岡崎…」

    朋也「…ああ」

    春原も俺と同意見のようだった。
    ぶっ飛ばしてやろうと、そう意気込んだ時…

    律「あーあ、もういいや。みんな帰ろうぜ」

    部長がそう言った。

    律「なんかこいつらもここ使うみたいだし…それに、しらけちゃったしな。変なのが来たせいで」

    律「はい、撤収~」

    言って、敷かれたままのピクニックシートの方に足を向けた。

    サッカー部員「や、ちょっと待とうよ」

    部長の腕を掴んで引き止める。

    507 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:33:11.56 ID:1qYNd8dxO
    サッカー部員「ぜってぇ俺らと遊んだほうがおもしれぇって」

    律「触んなっ。離せ、バカっ」

    その手を乱暴に振り払う。

    サッカー部員「っ、んだよ、こいつ…調子乗りすぎ」

    サッカー部員「ちっと可愛くて人気あるからって、これはねぇわ」

    サッカー部員「ライブとか言って、下手糞な演奏しても、チヤホヤされるもんな」

    サッカー部員「ああ…それはあるかも」

    サッカー部員「よな? 聴きに来てる奴らなんか、ほとんどこいつらの体目当てだし」

    サッカー部員「体って、おまえさっきからエっロいな」

    サッカー部員「はは、うっせぇ」

    律「なんだと…? 大人しく聞いてりゃ、つけあがりやがって…」

    サッカー部員「え? 怒っちゃう? もしかして、自覚なかったの?」

    サッカー部員「うわぁ、勘違い系?」

    サッカー部員「痛ぇ奴」

    サッカー部員「つーか、部員が可愛い子ばっかなのはそういうことだろ、どうせ」

    508 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:33:41.33 ID:cUBlBpOS0
    サッカー部員「ああ、全員が客寄せパンダってことな。じゃ、図星突かれて怒ったのか」

    サッカー部員「ははは、マジでそれっぽ…」

    いい終わる前、その部員は殴り倒されていた。

    サッカー部員「っつ…てめぇ、春原ぁっ!」

    倒れこんだまま、怒声をあげる。

    春原「馬鹿にしてんじゃねぇっ!」

    春原が吠えた。

    律「春原…」

    春原「こいつらはなぁっ、そんなんじゃねぇんだよっ!」

    サッカー部員「はぁ? なんだこいつ…」

    春原「うぉおおおおおおおおおおおっ!!」

    突っ込んでいく。
    たちまち乱闘になった。

    澪「ど…どうしよう、誰か呼んでこないとっ…」

    朋也「やめてくれ。んなことされたら、俺らが捕まっちまうよ」

    澪「え…」

    509 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:35:16.17 ID:1qYNd8dxO
    朋也「真鍋、事後処理頼めるか」

    和「ま、なんとかしてみるわ」

    朋也「頼んだぞ」

    前を見る。
    春原が囲まれて、四方から蹴りをもらっていた。
    ぐっ、と拳にに力を込める。
    2対6。不利だが、不思議と負ける気はしなかった。

    朋也「てめぇら、俺に背中向けてんじゃねぇっ!」

    唯「あっ、岡崎くんっ…」

    後ろから平沢の声がした。
    だが、振り返ることはしなかった。
    まっすぐ敵に向かって拳を振り下ろす。
    相手の嗚咽する声と、拳に鈍い痛みが走ったのは同時だった。

    ―――――――――――――――――――――

    呼吸が苦しい。
    ずっと全力で殴り続けていたから、まったく余力が残っていない。
    体重を支えるその脚にも、まともに力が入らない。
    立っているのがやっとだった。
    それに加え、身体中が痛む。
    打撲に、擦り傷、切り傷…鼻血も出ている。
    口の中には血の味が広がっていて、なんとも気持ち悪かった。
    もう、ボロボロだ。

    510 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:35:51.94 ID:cUBlBpOS0
    春原「楽勝だったな……げほっ」

    散々殴られたその顔で、苦しそうに咳き込んだ。
    ひどい表情だ。きっと今、俺も同じ状態なんだろう。

    朋也「その顔で言うなよ…」

    春原「へっ…」

    ぐい、と血を拭う。

    春原「ま、やっぱ、僕ら最強ってことだね…」

    朋也「特に俺はな…」

    春原「あんた、結構ナルシストっすね…」

    喧嘩は、一応の決着がついた。
    KOというわけじゃない。連中の方が撤退していったのだ。
    それほど喧嘩慣れしていなかったのだろう。
    痛みと、本気で殴りかかってくる相手への恐怖からか、終始引き気味だった。
    そのおかげで、あまり長引かずに済んだ。
    部活も辞めて長いこと経ち、持久力の落ちている俺たちにはありがたかった。

    和「お疲れ様」

    真鍋がタオルを渡してくれる。
    俺たちはそれを受け取り、汗と血を拭き取った。
    そして、顔を上げて一番最初に目に入ってきたのは、泣いている平沢の姿だった。
    見れば、部長と真鍋以外、全員すすり泣いていた。

    511 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:44:30.60 ID:c04BYfc70
    追いついた支援

    512 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:45:37.04 ID:vASF969k0
    見てる④

    513 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:45:38.09 ID:cUBlBpOS0
    律「あんたら…大丈夫か」

    春原「無傷だけど」

    律「そんなわけないだろ、見た目的にも…」

    和「なんにせよ、治療は必要ね」

    朋也「そうだな。おまえの部屋、なんかあったっけ」

    春原「絆創膏ならあるよ」

    朋也「ないよりマシか…まぁ、いいや」

    朋也「そういうことだからさ、悪いけど俺たち、帰るわ。もう、フラフラだからな…」

    和「待って。絆創膏だけじゃ駄目よ」

    和「私たちが薬局で必要なもの買ってくるから、待ってて」

    春原「できれば、もう帰りたいんすけど…」

    和「じゃあ、寮で待ってて。確かあなた、地方からの入学で、寮生活してたわよね」

    春原「はぁ、まぁ…」

    和「唯と律はこの二人を支えながら送ってあげて」

    和「坂の下をちょっと行ったところに寮があるから、そこまで」

    514 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:45:56.79 ID:uvp/vcj8O
    支援。
    気になって作業が進まないぜ。

    515 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:47:00.36 ID:SBICiwHrO
    ニョホ

    516 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:47:17.92 ID:1qYNd8dxO
    唯「ぐす…うん…わかったよ…」

    律「お、おう」

    和「憂と琴吹さんは、グラウンドをトンボでならしておいて欲しいんだけど…」

    それは、血が飛び散って、いたるところに黒いシミを作っていたからだろう。

    憂「は、はい、任せてください」

    紬「うん、任せて」

    和「私と梓ちゃんと澪は、薬局に買出しね」

    澪「わ、わかった」

    梓「は、はい」

    和「じゃ、みんな、さっと動きましょ」

    その一言で、各自行動を開始した。
    仕切るのが上手いやつだった。
    人の上に立つ器とはこういうものなんだろうか…。
    ぼんやりと思った。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「う…ひっく…ぐすん…」

    朋也「おい…もう泣きやめ」

    517 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:47:44.11 ID:cUBlBpOS0
    唯「だっでぇ…うぅ…」

    俺は平沢に、春原は部長に支えられながら、坂を下っていく。

    唯「わだしがサッカーやるなんていっだがら…ぐすん…」

    朋也「おまえのせいじゃないだろ」

    春原「そうそう。あのバカどもが分をわきまえず喧嘩売ってきたのが悪いんだよ」

    唯「うう゛…ぐすん」

    律「…その件だけどさ、あんた、ちょっと見直したよ」

    春原「あん? なんだよ、気色悪ぃな…」

    律「いや…ほら、私たちが馬鹿にされたとき、あんた、すげぇ怒ってくれたじゃん?」

    律「それがなんていうか…な? 意外だったんだよ」

    それは、俺も同じだった。
    まさか、こいつの口からあんなセリフが飛び出してくるとは思わなかった。

    春原「は…その場のノリって奴だよ。勘違いす…」

    春原「おわっ」

    つまずく。

    律「おい、しっかりし…」

    518 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:48:09.54 ID:BXhBzgnMO
    支援すぎる

    519 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:48:53.54 ID:1qYNd8dxO
    春原「ん? なんか今、右手が一瞬柔らかかったけど…」

    どごぉっ!

    春原「うぐぇっ」

    春原のレバーに部長の鉤突きが突き刺さる。

    律「どさくさにまぎれて、どこ揉んでんだ、こらぁっ!」

    春原「い、いや…違う、そんなつもりじゃ…」

    律「くそぉ、こんな変態、見直したあたしが馬鹿だった…」

    春原「って、なに髪つかんでんだよっ、っつつ…」

    律「あんなたなんかこれで十分だっつの! さっさと歩けっ、ボケっ」

    春原「うわ、やめろっ、スピード落とせっ!」

    どんどん坂を下っていく…いや、引きずられて、か。

    唯「ぷ…あははっ」

    あのふたりに感化されたのか、平沢がぷっと吹き出し、笑みを浮かべていた。

    唯「もう…ほんと楽しそうだなぁ…」

    朋也「じゃあ、おまえが今日サッカーに誘ったこと、無駄じゃなかったな」

    520 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:49:16.57 ID:cUBlBpOS0
    唯「そうかな…」

    朋也「ああ。結果よければ、全てよしってやつだ」

    唯「あは…うん、ありがと」

    ―――――――――――――――――――――

    春原の部屋。
    ここに、全員が集まっていた。
    トンボ班と、医療班には、メールで部屋の番号を伝えていた。
    寮の場所は、坂下から一直線なので、それだけでよかったのだ。

    春原「いつつ…」

    紬「あ、ごめんなさい。しみた?」

    残りの連中が部屋に駆けつけてくれた時。
    先に帰りついていた俺たちは、何事もなかったかのようにくつろいでいた。
    その様子に、最初はポカンとしていたが、それも少しの間のこと。
    何も言わず、顔をほころばせ、すぐに馴染んでくれていた。

    春原「いや、大丈夫。ムギちゃんの愛で癒してくれれば」

    紬「え? それは、どういう…」

    春原「傷口を舐めて消毒して欲しいなっ」

    紬「えっと…ごめんなさい、手刀でいい?」


    521 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:50:27.14 ID:1qYNd8dxO
    春原「患部ごと切り落とすつもりっすか!?」

    律「わははは!」

    これも、いつも通りだった。
    少し前、凄惨な暴力を目の当たりにして、泣いていたのに。
    今では、穏やかな空気さえ漂っていた。

    朋也「と、つつ…」

    澪「あ、ごめんなさい」

    朋也「ああ、大丈夫。気にすんな」

    俺も春原同様、治療を受けていた。

    律「澪、おまえ、血苦手なのに、よくやんなぁ」

    澪「消去法で、私しか残らなかったんだから、しょうがないだろ」

    そうなのだ。
    最初、平沢と憂ちゃんがやりたがってくれていたのだが、中野によって却下された。
    その中野自身はやってもいいと言っていたが、悪意を感じたので遠慮しておいた。
    部長と真鍋は不器用だと自己申告していたし…
    それで、最後に残ったのが秋山だったのだ。

    朋也「苦手なら、自分でやるけど」

    澪「で、でも、背中とか、わからないでしょうし…私がやりますよ」

    522 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:50:44.20 ID:cUBlBpOS0
    朋也「そっか…じゃあ、よろしく」

    言って、上着を脱ぐ。

    澪「って、ええ!?」

    朋也「ん? なんだよ」

    澪「なな、なんで脱いで…」

    朋也「だから、背中やってくれるんだろ」

    澪「そそ、そうですけど…」

    朋也「じゃ、よろしく。おわったら、自分でやるから」

    背を向ける。

    澪「うう…」

    律「きゃぁ、澪がたくましい男の背中に見ほれてるぅ」

    澪「ううう、うるさいっ!」

    朋也「ぐぁ…」

    部長の煽りで力が入ったのか、傷口に痛みが走った。

    澪「あ、ご、ごめんなさい…」

    523 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:51:52.48 ID:1qYNd8dxO
    律「澪~、ダーリンを傷つけちゃダメだぞぉ」

    澪「だだだ、ダーリンって…」

    朋也「うぐぁ…」

    澪「あ、また…ご、ごめんなさい」

    朋也「部長…マジでしばらく黙っててくれ…」

    律「きゃはっ! ごめんねっ、てへっ!」

    こつん、と頭にセルフツッコミを入れた。

    朋也(ったく…)

    ―――――――――――――――――――――

    紬「はい、これでよし」

    春原に最後の絆創膏を貼り終える。

    春原「ありがと、ムギちゃん」

    律「おまえ、それくらいは自分でやれよな…」

    春原「せっかくムギちゃんが全部やってくれるっていうんだからね」

    春原「のっかっておかなきゃ、未練なく成仏できねぇよ」

    524 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:52:08.55 ID:cUBlBpOS0
    律「地縛霊みたいな奴だな…」

    春原「それくらい僕の愛は深いってことさ。ね、ムギちゃん?」

    紬「あら? この異様に盛り上がってる部分の床はなにかしら」

    春原「って、余計な詮索しちゃだめだよっ!」

    律「ああ…エロ本か」

    澪「……うぅ」

    春原「ちがわいっ!」

    朋也「そのエリアはかなりディープなのが隠されてるぞ」

    春原「エリアとか、妙にリアリティのある嘘つくなっ!」

    春原「ムギちゃんも、剥がそうとしないでね…」

    紬「あ、ごめんなさい。好奇心が抑えられなくて…」

    春原「はは…まぁ、ただの欠陥住宅だったんだよ、ここ」

    朋也「住んでる奴の気が知れねぇよな」

    春原「住人の目の前で言うなっ!」

    律「わははは!」

    525 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:52:25.72 ID:SBICiwHrO
    イイハナシダナー

    526 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:53:28.33 ID:1qYNd8dxO
    部長が笑う。
    平沢も、憂ちゃんも、琴吹も、真鍋も、秋山も、中野も…みんな笑っていた。
    俺も、つられてちょっとだけ笑ってしまう。
    ツッコミを入れた春原自身も、苦笑していた。

    春原「ああ…そうだ」

    春原「ところでさ、平沢」

    唯「ん? なに?」

    春原「僕がサッカー辞めた理由、知ってたみたいだけどさ…」

    春原「こいつから聞いたの?」

    唯「えっと…うん…」

    唯「私が、しつこく軽音部にきてくれるように言ってたら…教えてくれたんだ」

    唯「ごめんね…知ってて、サッカーしようって、誘ったんだ、私…」

    春原「いや…いいよ。それなりに楽しかったしね」

    春原「………」

    春原「まぁ、これから言うことは、適当に聞き流してくれていいんだけどさ…」

    みんなが春原に注目する。

    春原「あのさ…」

    527 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:54:01.13 ID:cUBlBpOS0
    窓の外、暗くなった外を見上げながら、春原はぽつりと語りだす。

    春原「僕、とんでもねぇ学校に入っちまったと思ってた」

    春原「ガリ勉強野郎ばっかりでよ…」

    春原「部活でも、みんな先のことしか考えてねぇんだ」

    春原「絶対、友達なんか作らねぇって思ってた」

    春原「意地張ってたのかな、やっぱり」

    春原「でもさ…そうすると…」

    春原「僕の心が保たなくなってたような気がする…」

    朋也「………」

    それは、俺も同じだった。
    同じように考えて…同じように苦しんでいた。

    春原「中学の頃の連れは、みんな中卒で働いてたしさ…」

    春原「そいつらの元にいきたいって思うようになったんだ」

    春原「サッカー部の連中に苛立ってたのが、半分で…そんな思いが半分で…」

    春原「それで、やらかしちゃったんだ」

    春原「他校の生徒相手に大暴れしてさ…」

    528 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:55:06.69 ID:1qYNd8dxO
    春原「退部になれば、自主退学に追い込まれて、実家に帰れるって思ってた」

    春原「おまえ、覚えてるか?」

    春原「初めてあったときのこと」

    朋也「…ああ」

    脳裏にふと思い浮かぶ。
    鮮明で、鮮烈に記憶されている光景だった。

    春原「おまえに会ったのは、その時だよ」

    春原「あん時、おまえは幸村のジジィと一緒だった」

    春原「生活指導を受けて、ジジィが担任だったから、引き取りに来てたんだよな」

    朋也「だったな…」

    春原「それでさ…」

    春原「おまえさ、ボコボコに顔を腫らした僕を見てさ…どうしたか、憶えてるか?」

    朋也「…ああ」

    ―――――――――――――――――――――
    ―――――――――――――――――――――

    春原「…大笑いしたんだよな、おまえ」

    529 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:55:26.53 ID:cUBlBpOS0
    春原「涙流しながら、笑ってたよ」

    春原「すげぇ不思議だった」

    春原「なんでこいつ、こんなにおかしそうな顔して笑ってるんだろうってな…」

    春原「そう考えてたら、僕までおかしくなってきた」

    春原「我慢しようとしたけど、ダメだった」

    春原「僕も、笑っちゃったよ」

    春原「この学校に来てから、あんなに笑ったのは、初めてだった」

    春原「すげー気持ちよかった」

    朋也「そう…だったな」

    あの時の情景。
    思い出してみると、自然と笑みがこぼれた。

    春原「あの後、ジジィに連れられて、宿直室いったら、さわちゃんいてさ…」

    春原「そこで用意してくれてた茶飲んで…おまえと話したんだよな」

    春原「今なら、なんとなくわかるよ」

    春原「全部、あのジジィとさわちゃんが仕組んでたんだぜ」

    春原「僕とおまえを引き合わせてさ…」

    530 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:56:44.13 ID:1qYNd8dxO
    春原「ふたりを卒業させるって」

    春原「きっと、一人じゃ辞めてしまうって、気づいてたんだよ」

    春原「いつか、訊いてみないとな」

    春原「どうして、僕たちをこの学校に残したのかって」

    朋也「だな…」

    ―――――――――――――――――――――
    ―――――――――――――――――――――

    春原「ま、後はもう一年だけどさ」

    春原「またよろしくってことで」

    朋也「ああ」

    平沢たちは、しんみりとした表情で、じっと春原の話に聞き入っていた。
    こんなに人がいるにも関わらず、静かな室内。
    俺たちだけの言葉だけが響いていて、それがどこか心地よかった。

    春原「つーか、腹減ったなぁ…どっか食い行くか、岡崎」

    朋也「そうだな、いくか」

    春原「おまえら、どうする。ついてくる?」

    律「ん…なんか、今日は外食って気分だし…私はいいけど」

    531 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:57:03.42 ID:cUBlBpOS0
    唯「私もいく! 憂も、くるよね?」

    憂「うん、もちろんっ」

    澪「私も、行きたいな…」

    紬「私も。みんなで晩御飯なんて、楽しそう」

    梓「じゃあ…私も」

    和「ここまで付き合ったんだし、私も最後までいくわ」

    春原「よぅし、全員か。じゃ、僕について来い」

    律「どこいくんだよ」

    春原「全皿100円の回転寿司だよ。知らねぇのか、スシロゥ」

    律「知ってるけどさぁ…貧乏臭ぇなぁ…回転しない高級店でも連れてけよなぁ」

    春原「なにいってんだ、ボケ。その場で自転するシャリでも食ってろ」

    律「なんだと、こらっ!」

    軽口を叩きあいながら、部屋を出ていく。
    俺たちも、その様子を目にしながら、あとに続いた。

    ―――――――――――――――――――――

    …二年前。

    532 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:58:18.94 ID:1qYNd8dxO
    俺は、廊下である奴とすれ違った。
    金髪のヘンな奴だった。
    その顔はもっとヘンで、見ただけで大笑いした。
    この学校に来て、初めてだった。
    ああ、まだまだ笑えたんだって思った。
    それが無性にうれしかった。
    小さな楽しみを見つけた。
    こいつと一緒に馬鹿をやってみよう。
    やってみたら、やっぱりすごく楽しかった。
    また、大笑いできた。
    それが楽しくて、嬉しくて…
    なんども、俺たちは笑ったんだ。
    そして今も俺たちは…

    ―――――――――――――――――――――

    春原「おーい、いい加減ネタ回してくれよ」

    律「しょうがねぇだろぉ、九人も横に並んでんだぜ」

    春原「だから、ちょっとは気を遣えって言ってんだけど」

    朋也「わかったよ、ほら、今リリースしてやる」

    回転棚に皿を載せる。

    朋也「みんな、手つけないでくれ」

    春原「おおっ、さすが岡崎、いい親友っぷりだねっ」

    533 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:58:37.92 ID:cUBlBpOS0
    春原の元に無事到着する、俺の放った皿。

    春原「って、これ、ワサビしか乗ってないんですけどっ!」

    朋也「頼んだぞ、リアクション芸人。いまいちな感じだと、業界干されちゃうぞ」

    春原「素人だよっ!」

    律「わははは!」

    大将「お客さん、食べ物で遊ばれたら、困るんですけどねぇ…」

    春原「ひぃっ」

    強面の寿司職人に凄まれる春原。

    朋也「完食して詫びろっ」


    534 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:59:06.12 ID:c/+LQZXq0
    しえん

    535 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:59:18.77 ID:cUBlBpOS0
    律「いーっき、いーっき!」

    春原「無理だよっ」

    大将「お客さぁん…」

    春原「う…食べます、食べます…」

    ぱく

    ぎゃああああああああああぁぁぁぁ…

    ―――――――――――――――――――――

         春原と初めて出会った日。

     あの日から、小さな楽しみを積み重ねて…

         そして、今も俺たちは…



           笑っている。

    ―――――――――――――――――――――

    536 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 19:59:49.44 ID:cUBlBpOS0
    4/19 月

    唯「おはよ~」

    憂「おはようございます」

    朋也「ああ、おはよ」

    憂「怪我、どうですか? まだ痛みます?」

    朋也「まぁ、まだちょっとな」

    顔には青アザ、切り傷、腫れがはっきりと残っていた。
    身体には、ところどころ湿布やガーゼが貼ってある。

    憂「そうですか…じゃあ、直るまで安静にしてなきゃですね」

    朋也「ああ、だな」

    憂「それと、もうあんな無茶はしないでくださいね?」

    憂「私、岡崎さんにも、春原さんにも、傷ついてほしくありません…」

    朋也「わかったよ。ありがとな。心配してくれてるんだよな」

    そっと頭を撫でる。

    憂「あ…」

    唯「私だって、めちゃくちゃ心配してたよっ」

    537 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:00:20.96 ID:cUBlBpOS0
    朋也「そっか」

    唯「そうだよっ。だから…はい、どうぞ」

    ちょっと身をかがめ、頭部を俺に差し出した。

    朋也「なんだよ」

    唯「好きなだけ撫でていいよっ」

    朋也「じゃ、行こうか、憂ちゃん」

    憂「はいっ」

    唯「って、なんでぇ~!?」

    ―――――――――――――――――――――

    唯「でもさ、岡崎くんと春原くんの友情って、なんかいいよね。親友ってやつだよね」

    朋也「別に、そんな間柄でもないけどな…」

    唯「まぁたまた~。きのう、春原くん言ってたじゃん。一人だったら、学校辞めてたって」

    唯「それに、サッカーは辞めちゃったけど、新しい楽しみが今はあるんだよ」

    唯「それが、岡崎くんと一緒にいることで、それは、岡崎くんも同じでしょ?」

    唯「それくらいお互い必要としてるんだから、親友だよ」

    538 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:00:53.90 ID:cUBlBpOS0
    朋也「そんなことはない。あいつと俺の間にあるのは、主従関係くらいのもんだからな」

    憂「え? それって…どちらかが飼われてるってことですか…?」

    憂ちゃんが食いついてきた。
    こういう馬鹿話は、平沢の方が好みそうだと思ったのだが…。

    朋也「そうだな、まぁ、俺が飼ってやってるといっても、間違いじゃないかな」

    せっかくだから、さらにかぶせておく。

    憂「ということは…岡崎さん×春原さん…」

    憂「春原さんが受け…岡崎さんが攻め…ハァハァ」

    ぶつぶつ言いながら、徐々に鼻息が荒くなっていく。

    朋也「…憂ちゃん?」
     唯「…憂?」

    憂「ハッ!…い、いえなんでもないです、あははっ」

    朋也(受け…? 攻め…?)

    よくわからないが、なぜか憂ちゃんは微妙に発汗しながら焦っていた。

    ―――――――――――――――――――――

    正面玄関までやってくる。
    下駄箱は各学年で区切られているので、憂ちゃんとは一旦お別れになった。

    539 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:02:25.97 ID:1qYNd8dxO
    ここを抜けさえすれば、合流して二階までは一緒に行けるのだが。

    朋也「っと…」

    脱いだ靴を拾おうとしゃがんだ時、脚が痛んでよろめいた。

    唯「あ、おっと…」

    すぐ横にいた平沢に支えられる。

    朋也「わり…」

    唯「いやいや、このくらい守備範囲内ですよ。むしろストライクゾーンかな?」

    こいつの例えはよくわからない。

    梓「…おはようございます」

    朋也(げ…またこいつか…)

    音もなく背後に立っていた。
    …とういうか、ここは三年の下駄箱なのだが…

    唯「おはよう、あずにゃんっ」

    俺を支え、体をくっつけたたまま挨拶する平沢。

    梓「………」

    じっと、俺の顔を見る。

    540 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:02:46.46 ID:cUBlBpOS0
    また引き離しにくるんだろうか…。

    梓「…今だけは特別です」

    そう、俺にだけ聞えるようにささやいた。
    そして、『また放課後に』と会釈し、二年の下駄箱区画に歩いていった。

    朋也(…はぁ…特別ね…)

    それは、多分怪我のことを考慮して言っているんだろうな…。
    頬に貼った絆創膏をさすりながら、そう思った。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    朝のSHRが終わる。
    一限が始まるまでは机に突っ伏していようと、腕を回した時…

    さわ子「岡崎くん、その顔、どうしたの?」

    さわ子さんが教室から出ずに、まっすぐ俺の席までやって来た。

    さわ子「まさか、またどこかで喧嘩してきたんじゃないでしょうね…?」

    朋也「違うよ。事故だよ、事故」

    さわ子「事故って…なにがあったの? その怪我、ただ事じゃないわよ」

    541 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:04:04.33 ID:1qYNd8dxO
    朋也「猛スピードの自転車避けて、壁で打ったんだよ」

    さわ子「それだけで、そんな風にはならないでしょ」

    朋也「二次災害とか、いろいろ起きたんだ。それでだよ」

    さわ子「ほんとに? どうも、嘘臭いわね…」

    唯「ほんとだよ、さわちゃん! 私、みてたもん!」

    さわ子「平沢さん…」

    唯「ていうか、その自転車に乗ってたのが私だもん!!」

    さわ子「………」

    腕組みをしたまま、俺と平沢を交互に見る。
    そして、ひとつ呆れたようにため息をついた。

    さわ子「…わかったわ。そういうことにしておきましょ」

    さわ子「ま、他の先生に聞かれたら、うまく言っておいてあげる」

    この人は、やはりなにかあったとわかっているんだろう。
    だてに問題児春原の担任を2年間こなしているわけじゃなかった。

    唯「さわちゃん、かっこいい~っ」

    さわ子「先生、をつけて呼びなさいね、平沢さん」

    542 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:04:23.89 ID:cUBlBpOS0
    言って、身を翻し、颯爽と教室を出ていった。

    朋也「おまえ、嘘ヘタな」

    唯「ぶぅ、岡崎くんに乗っかっただけじゃんっ」

    唯「土台は岡崎くんなんだから、ヘタなのは岡崎くんのほうだよ」

    朋也「唯、好きだ」

    唯「……へ? あのあのあのあのあのっそそそそれれびゃ」

    朋也「ほらみろ、俺の嘘の精度は高いだろ」

    唯「……ふんっ。そうですね、すごいですねっ」

    ぷい、とそっぽを向いてしまった。
    からかいがいのある奴だ。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    和「ま、なんとかなりそうよ」

    朋也「そうか、ありがとな」

    和「いえ…あなたには借りがあるからね」

    543 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:05:50.44 ID:1qYNd8dxO
    真鍋はサッカー部員の告げ口を防ぐため、朝から動いてくれていたのだ。
    こいつの人脈を使って、各方面から圧力をかけていったそうだ。
    それも、あの六人を個別にだという。
    頼りになる奴だ。こんな力技、こいつにしかできない。
    事後処理を頼める奴がいて、本当によかった。

    和「まぁ、でも、彼らも大会を控えている身だし…」

    和「自分たちから大事にしようとはしなかったかもしれないけどね」

    和「彼ら自身も、暴力を振るっていたわけだから」

    朋也「でも、おまえの後押しがあったからこそ、安心できるんだぜ」

    和「そう。なら、動いた甲斐があったというものだわ」

    和「ああ、それと、あなたたち、奉仕活動してたじゃない?」

    朋也「ああ」

    和「あれも、もうしなくてもいいように働きかけておいたから」

    和「まぁ、あなたは最近まともに登校してるから、直接は関係ないでしょうけど」

    朋也「って、んなことまでできんのか」

    和「一応ね。先生たちの心証が悪かったことが事の発端だったみたいだから」

    和「ちょっと手心を加えてくれるよう、かけあってみたの」

    544 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:06:10.52 ID:cUBlBpOS0
    朋也「生徒会長って、思ったよりすげぇんだな」

    和「生徒会長うんぬんじゃないわ」

    和「長いこと生徒会に入っていた中で作り上げてきた私のパイプがあったればこそよ」

    和「立場的には、私個人としてしたことね」

    朋也「そら、すげぇな」

    和「生徒会なんてところに入ってると、先生方とも付き合う機会は多いから…」

    和「深い繋がりができるのも、当然と言えば、当然なんだけどね」

    それでも、口利きができるほどになるには、こいつのような優秀さが必要なんだろう。

    朋也「でも、よかったのか」

    和「なにが?」

    朋也「おまえの好意は嬉しいけどさ…」

    朋也「でも、それは、遅刻とかサボリを容認したってことになるんじゃないのか」

    朋也「生徒会長として、まずくないか」

    和「そうね。まずいわね。でも…」

    くい、とメガネの位置を正した。

    545 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:07:31.39 ID:1qYNd8dxO
    和「私だって、人の子だから。打算じゃなく、感情で動くこともあるわ」

    朋也「感情か…なんか思うところでもあったのか」

    和「ええ。あなたたちは…そうね、自由でいたほうがいいと思って」

    朋也「自由ね…」

    和「うまく言えないけど…ふたりには、ちゃんと卒業して欲しいから」

    和「規則で固めたら、きっと、息苦しくなって、楽しくなくなって…」

    和「らしくいられなくなるんじゃないかしら。違う?」

    朋也「そうだろうな、多分」

    和「だから、最後まで笑っていられるよう、私にできることをしたのよ」

    朋也「なんか、悪いな、いろいろと…」

    朋也「でも、なんで俺たちを卒業させたいなんて思ったんだ」

    なんとなく、さわ子さんや幸村に通ずるものを感じた。

    和「あら、生徒会っていうのは、本来生徒のためにあるものよ」

    和「だから、ある種、私の行動は理にかなってるわ」

    和「特定の生徒をひいきする、っていうところが、エゴなんだけどね」

    546 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:07:49.94 ID:cUBlBpOS0
    多少納得する。
    でも、本心を聞けなかった気もする。

    和「まぁ、こんなに人のことを考えられるのも、私に余裕があるからなんだけどね」

    和「生徒会長の椅子も手に入って、真鍋政権も順調に機能してるし…」

    和「総合偏差値も69以上をキープしてるから」

    こいつは、やっぱり真鍋和という人間だった。
    これからも、ブレることはないんだろう。

    朋也「おまえのそういう人間臭いところ、けっこう好きだぞ」

    和「それは、どうも」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    昼。いつものメンツで学食に集まった。

    春原「てめぇ、あれは事故だったって言ってんだろっ」

    律「事故ですむか、アホっ! 損害賠償を求めるっ!」

    春原「こっちが被害者だってのっ! あんな貧乳、揉みたくなかったわっ!」


    547 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:09:13.80 ID:1qYNd8dxO
    朋也「え、でもおまえ、思い出し揉みしてたじゃん」

    朋也「まくらとかふとん掴んで、『なんか違うな…』とか言ってさ」

    朋也「あれ、記憶の中の実物と、揉み比べてたんだろ」

    春原「よくそんな嘘一瞬で思いつけますねぇっ!」

    律「最低だな、おまえ…つーか、むしろ哀れ…」

    春原「だから、違うってのっ!」

    紬「春原くん…その…女の子の胸が恋しいの?」

    春原「む、ムギちゃんまで…」

    紬「えっと…もし、私でよかったら…」

    顔を赤らめ、もじもじとする。

    春原「へ!? も、もしかして…」

    ごくり、と生唾を飲み込む。
    その目は、邪な期待に満ちていた。

    紬「紹介しようか…?」

    春原「紹介…?」

    紬「うん。その…うちの会社が経営母体の…夜のお店」

    548 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:09:33.24 ID:cUBlBpOS0
    春原「ビジネスっすか!?」

    律「わははは! つーか、ムギすげぇ!」

    一体なにを生業としているんだろう、琴吹の家は…。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。

    唯「じゃね、岡崎くん」

    朋也「ああ」

    平沢が席を立ち、軽音部の連中と落ち合って、部活に向かった。
    帰ろうとして、俺も鞄を引っつかむ。
    ふと前を見ると、さわ子さんと春原が話し込んでいた。
    きっと、今朝の俺と同じように、怪我のことでも訊かれているんだろう。
    しばらくみていると、いきなり春原がガッツポーズをした。
    さわ子さんはやれやれ、といった様相で教室を出ていく。
    話は終わったようだった。
    春原が意気揚々とこちらにやってくる。

    春原「おいっ、僕たち、もう居残りで仕事しなくていいってよっ」

    即日で解放されるとは…。

    549 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:11:26.12 ID:1qYNd8dxO
    本当に仕事の速い奴だ、真鍋は。

    春原「やったなっ。これで、放課後は僕らの理想郷…」

    春原「ゴートゥヘヴンさっ」

    あの世に直行していた。

    朋也「俺を巻き込むな」

    春原「なんでだよっ、一緒にナンパしにいったりしようぜっ」

    朋也「初対面の相手と心中なんかできねぇよ」

    春原「いや、僕だってそんなことするつもりねぇよっ!?」

    朋也「今言ったばっかじゃん、ゴートゥヘヴンって。天国行くんだろ。直訳したらそうなるぞ」

    春原「じゃあ…ウィーアーインザヘヴンでどうだよ?」

    みんなで死んでいた。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「あ、岡崎くん、春原くん」

    廊下に出ると、向かいから平沢が小走りで駆けてきた。

    朋也「どうした、忘れ物か」

    550 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:12:10.93 ID:cUBlBpOS0
    唯「うん、机の中にお弁当箱忘れちゃって…」

    唯「明日まで放っておいたら、異臭事件起きちゃうから、すぐ戻ってきたんだ」

    朋也「そっか」

    唯「ふたりは、今帰り?」

    朋也「ああ」

    唯「春原くんは、今日はお仕事ないの?」

    春原「あれ、もうやんなくていいんだってさ。だから、これからは直帰できるんだよね」

    唯「え、そうなんだ? だったらさ…」

    唯「って、そっか…部活、嫌なんだよね…」

    こいつは、また部室に来るよう誘ってくれるつもりだったのか…。
    めげないやつだ。

    唯「でも、気が変わったらでいいからさ、顔出してよ。軽音部にね」

    そう告げると、すぐ教室に入っていった。

    春原「…なぁ、岡崎」

    朋也「なんだよ」

    春原「ただで茶飲めて、菓子も食えるって、いいと思わない?」

    551 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:13:32.63 ID:1qYNd8dxO
    朋也「………」

    こいつの言わんとすることはわかる。
    つまりは…

    春原「行ってみない? 軽音部」

    どういう心境の変化だろう。こいつも丸くなったものだ。
    でも…

    朋也「…行くか。どうせ、暇だしな」

    俺も、同じだった。

    春原「ああ、暇だからね」

    弁当箱を小脇に抱えた平沢が戻ってくるのが見える。
    あいつに言ったら、どんな顔をするだろうか。
    喜んでくれるだろうか…こんな俺たちでも。
    だとするなら、それは少しだけ贅沢なことだと思った。

    ―――――――――――――――――――――

    がちゃり

    部室のドアを開け放つ。

    唯「ヘイ、ただいまっ」

    律「おー、弁当箱回収でき…」

    552 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:13:58.69 ID:cUBlBpOS0
    春原「よぅ、邪魔するぞ」

    朋也「ちっす」

    ずかずと入室する俺たち。

    律「って、唯、この二匹も連れて来たんかいっ」

    春原「単位が匹とはなんだ、こらぁ」

    唯「遊びにきてくれたんだよん」

    律「うげぇ、めんどくさぁ…」

    春原「あんだと、丁重にもてなせ、こらぁ」

    紬「いらっしゃい。今、お茶とケーキ用意するね」

    春原「お、ムギちゃんはやっぱいい子だね。どっかの部分ハゲと違ってさ」

    律「どの部分のこと言ってんだ、コラっ! 返答次第では殺すっ!」

    唯「まぁま、りっちゃん、落ち着いて…」

    唯「ほら、岡崎くんも、春原くんも座った座った」

    平沢に促され、席に着く。

    律「ぐぬぬ…」

    553 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:14:44.38 ID:630/GOrz0
    1は休憩してないのか

    554 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:15:15.75 ID:1qYNd8dxO
    春原「けっ…」

    唯「険悪だねぇ~…それじゃ、仲直りに、アレをしよう」

    唯「はい、春原くん、これくわえて」

    春原「ん、ああ…」

    春原に棒状の駄菓子をくわえさせる。

    唯「で、りっちゃんは、反対側くわえて、食べていく」

    唯「そうすると、真ん中までいったとき、仲直りできますっ」

    律「やっほう、た~のしそぅ~」

    春原「ヒューっ、最高にクールだねっ」

     律「って、アホかっ!」
    春原「って、アホかっ!」

    唯「うわぁ、ふたり同時にノリツッコミされちゃった…」

    唯「こういう時って、どう反応すればいいのかわかんないよ…」

    唯「澪ちゃん、正しい解答をプリーズっ」

    澪「いや、別に何もしなくていいと思うぞ…」

    唯「何もしない、か…なるほど、深いね…」

    555 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:15:35.64 ID:cUBlBpOS0
    澪「そのまんまの意味だからな…」

    唯「どうやら、私には高度すぎたみたいで、さばき切れなかったよ…」

    唯「ごめんね、りっちゃん、春原くん…」

    春原「僕、こいつの土俵に入っていけそうにないんだけど…」

    律「ああ、心配するな。付き合いの長いあたしたちでも、たまにそうなるから」

    唯「えへへ」

    まるで褒められたかのように照れていた。

    紬「はい、ふたりとも。どうぞ」

    琴吹が俺と春原にそれぞれせんべいとケーキをくれた。

    春原「ありがと、ムギちゃん」

    朋也「サンキュ」

    紬「お茶も用意するから、待っててね」

    言って、食器棚の方へ歩いていく。

    唯「岡崎くん、おせんべいひとつもらっていい?」

    朋也「ああ、別に。つーか、俺も、譲ってもらった身だしな」


    556 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:16:06.46 ID:utjQfWBU0
    ぶっ続けだよな・・・すごいな

    557 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:16:55.56 ID:1qYNd8dxO
    唯「えへへ、ありがと」

    俺の隣に腰掛ける。

    梓「唯先輩っ」

    それと同時、中野が金切り声を上げた。

    唯「な、なに? あずにゃん…」

    梓「そこに座っちゃダメです! 私の席と代わってください!」

    唯「へ? な、なんで…」

    梓「その人の隣は、危険だからですっ」

    唯「そんなことないよ、安全地帯だよ。地元だよ、ホームだよ」

    梓「違いますっ、敵地です、アウェイですっ! いいから、とにかく離れてくださいっ」

    席を立ち、平沢のところまでやってくる。

    梓「ふんっ!」

    唯「わぁっ」

    ぐいぐいと引っ張り、椅子から立たせた。
    席が空いた瞬間、さっと自分が座る。

    唯「うう…強引過ぎるよぉ、あずにゃん…」

    558 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:17:18.66 ID:cUBlBpOS0
    肩を落とし、とぼとぼと旧中野の席へ。

    梓「………」

    中野は俺に嫌な視線を送り続けていた。

    澪「梓…なにも睨むことないだろ。やめなさい」

    梓「……はい」

    少ししおれたようになり、俺から目を切った。

    律「ははは、相変わらず嫌われてんなぁ」

    朋也「………」

    春原「なに、おまえ、出会い頭にチューでもしようとしたの?」

    春原「ズキュゥゥゥウンって擬音鳴らしながらさ」

    朋也「無駄無駄無駄無駄ぁっ」

    ドドドドドッ!

    春原のケーキをフォークで崩していく。

    春原「うわ、あにすんだよっ」

    紬「おまたせ、お茶が入っ…」

    559 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:18:36.97 ID:1qYNd8dxO
    そこへ、琴吹がティーカップを持って現れた。

    紬「…ごめんなさい。ケーキ、気に入らなかったのね…」

    ぼろぼろになったケーキを見て、琴吹が悲しそうな顔でそうこぼした。

    春原「い、いや、これはこいつが…」

    朋也「死ね、死ね、ってつぶやきながらフォーク突き刺してたぞ」

    春原「僕、どんだけ病んでんだよっ!?」

    紬「…う、うぅ…」

    その綺麗な瞳に涙を溜め始めていた。

    律「あーあ、春原が泣ぁかしたぁ」

    春原「僕じゃないだろっ!」

    春原「岡崎、てめぇっ!」

    朋也「そのケーキ、一気食いすれば、なかったことにしてもらえるかもな」

    春原「つーか、もとはといえばおまえが…」

    紬「…ぐすん…」

    朋也「ああ、ほら、早くしないと、本泣きに入っちまうぞ」

    560 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:19:00.41 ID:cUBlBpOS0
    春原「う…くそぅ…」

    皿を掴み、顔を近づけて犬のように食べ始めた。

    律「きちゃないなぁ…」

    春原「ああ~、超うまかったっ」

    たん、と皿をテーブルに置く。

    紬「あはは、なんだか滑稽♪」

    春原「切り替え早すぎませんかっ!?」

    律「わははは! さすがムギ!」

    がちゃり

    さわ子「お菓子の用意できてるぅ~?」

    扉を開け、さわ子さんがだるそうに現れた。

    律「入ってきて、第一声がそれかい」

    さわ子「いいじゃない、別に。って、あら…」

    俺と春原に気づく。

    春原「よぅ、さわちゃん」

    561 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:20:25.41 ID:1qYNd8dxO
    朋也「ちっす」

    さわ子「あれ、あんたたち…なに? 新入部員?」

    春原「んなわけないじゃん。ただ間借りしてるだけだよ」

    春原「まぁ、今風に言うと、借り暮らしのアリエナイッティって感じかな」

    某ジブリ映画を思いっきり冒涜していた。

    さわ子「確かに、そんなタイトルありえないけど…」

    さわ子「なに? つまるところ、たまり場にしてるってだけ?」

    春原「噛み砕いて言うと、そうなるかな」

    さわ子「…ダメよ。そんなの許されないわ」

    やはり、顧問として、部外者が居座ってしまうのを認めるわけにはいかないんだろうか…。

    唯「さわちゃん、どうして? 私たちは、別に気にしてないんだよ?」

    律「私たちって…あたし、まだなにも言ってないんだけど」

    唯「じゃあ、りっちゃんは反対派なの?」

    律「う…まぁ、いっても、そんな嫌って程じゃないけどさ…」

    唯「ほら、お偉いさんもこう言ってらっしゃるわけだし…」

    562 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:20:57.84 ID:cUBlBpOS0
    さわ子「そういうことじゃないわ」

    唯「なら、どうして?」

    さわ子「お菓子の供給が減ったら困るじゃないっ」

    ずるぅっ!

    紬「先生、それなら気にしないでください。ちゃんと用意しますから」

    さわ子「いつものクオリティを維持したまま?」

    紬「はい、もちろん」

    さわ子「じゃ、いいわ」

    あっさり許可が下りてしまった。
    なんともいい加減な顧問だった。

    ―――――――――――――――――――――

    さわ子「それにしても…なんだか懐かしい光景ね」

    律「なにが?」

    さわ子「いや、岡崎と春原のことよ」

    春原「あん? 僕たち?」

    さわ子「ええ。覚えてない? あんたたちが初めて会った時のこと」

    563 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:22:42.14 ID:1qYNd8dxO
    さわ子「宿直室で、お茶飲みながら話してたじゃない?」

    さわ子「あの時と、なんとなく重なって見えちゃってね」

    この人も、俺たちと同様、あの日のことを覚えてくれていたのだ。

    さわ子「まぁ、今は、ふたりともが顔腫らしてるわけだけど…」

    さわ子「あの時は、春原が大喧嘩してきて、顔がひどいことになってたのよね」

    思い出したのか、可笑しそうにやさしく微笑んだ。

    さわ子「あなたたち、知ってる? このふたりの、馴・れ・初・め」

    唯「うん。春原くんから、聞いたよ」

    さわ子「あら? そうなの? 意外ね…」

    驚いたように春原を見る。

    さわ子「まぁ、でも、このふたりがわざわざ遊びに来るくらいだしね」

    さわ子「それくらい仲はいいんでしょう」

    春原「まぁ、それも、僕とムギちゃんの仲がめちゃいいってだけの話なんだけどね」

    紬「えっと…白昼夢って、ちょっと怖いな」

    春原「寝言は寝て言えってことっすかっ!?」

    564 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:23:11.04 ID:cUBlBpOS0
    律「わははは!」

    さわ子「拒絶されてるじゃない」

    春原「く…これからさ」

    さわ子「ま、がんばんなさいよ、男の子」

    ばしっと気合を入れるように、背を叩いていた。

    朋也「…あのさ、さわ子さん」

    さわ子「ん?」

    朋也「あの時のことだけど、やっぱ、幸村のジィさんと打ち合わせしてたのか」

    さわ子「ああ…やっぱり、わかっちゃう?」

    朋也「まぁな。なんか、でき過ぎてたっていうかさ」

    さわ子「そうね。あの話は幸村先生が私に持ちかけてきたんだけどね」

    さわ子「私、春原の担任だったから。以前からあんたたちのことで、よく話をされてたのよ」

    さわ子「どうにかしてやらないといけない連中がいる、ってね」

    やっぱり、そうだった。全て、見透かされていたんだ。

    春原「あのジィさん、なにかと世話焼きたがるよね」

    565 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:24:28.02 ID:1qYNd8dxO
    さわ子「それは、あんたたちが、幸村先生にとって…最後の教え子だからよ」

    朋也「最後…?」

    さわ子「幸村先生ね、今年で退職されるのよ」

    朋也「そうだったのか…知らなかったよ」

    春原「僕も」

    朋也「でも、俺の担任だったのは一年の時だし…」

    朋也「今は担任持ってないんじゃなかったっけか」

    さわ子「最後の教え子っていうのは、担任を持ってるとか、そういう意味じゃないわよ」

    さわ子「最後に、手間暇かけて指導した、って意味よ」

    朋也「ああ…」

    さわ子「幸村先生はね、5年前まで、工業高校で教鞭を執っていたの」

    さわ子「一時期、生徒の素行が問題になって、有名になった学校ね」

    どこの学校を指しているかはわかった。
    町の不良が集まる悪名高い高校だ。

    さわ子「そこで、ずっと生活指導をしていたのよ」

    朋也「あの細い体で?」

    566 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:24:55.05 ID:cUBlBpOS0
    さわ子「もちろん、今よりは若かったし…それにそういうのは力じゃないでしょ?」

    朋也「だな…」

    さわ子「とにかく厳しかったの」

    春原「マジで…?」

    さわ子「ええ、本当よ。親も生活指導室に放り込んで説教したり…武勇伝はたくさんあるわ」

    信じられない…。

    さわ子「そんな型破りな指導者だったけど…」

    さわ子「でも、たったひとつ、貫いたことがあったの」

    朋也「なにを」

    さわ子「絶対に、学校を辞めさせない」

    さわ子「自主退学もさせなかったの」

    さわ子「幸村先生は、学校を社会の縮図と考えていたのね」

    さわ子「学校で過ごす三年間は、勉強のためだけじゃない」

    さわ子「人と接して、友達を作って、協力して…」

    さわ子「成功もあったり、失敗もあったり…」


    567 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:25:16.40 ID:SBICiwHrO
    8割くらい>>1のレス

    568 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:27:42.95 ID:zNA9c7SL0
    そりゃそうだろ

    569 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:30:11.52 ID:uvp/vcj8O
    てかずっとレスしてるのか。
    まあ読んでる自分には需要あるからいいけど。

    570 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:30:45.90 ID:iMgd5qpBO
    試演

    571 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:32:04.15 ID:y1qBevVn0
    現在423
    最高だ
    作者よがんがれ超がんがれ

    572 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:34:29.35 ID:cUBlBpOS0
    さわ子「楽しいこともあったり、辛いこともあったり…」

    さわ子「そして、誰もが入学した当初に描いていた卒業という目標に向かって、歩んでいく」

    さわ子「それを途中で諦めたり、挫折しちゃったりしたら…」

    さわ子「人生に挫折したも同じ」

    さわ子「その後に待つ、もっと大きな人生に立ち向かっていけるはずがない」

    さわ子「だから、生徒たちを叱るだけでなく、励ましながら、共に歩んでいったのね」

    さわ子「でも、この学校に来てからは…」

    さわ子「その必要がなくなったの。わかるわよね?」

    さわ子「みんなが優秀なの」

    さわ子「きっと、幸村先生にとっての教育、自分の教員生活の中で為すべきこと…」

    さわ子「それを必要とされず、そして、否定されてしまった5年間だったと思うの」

    さわ子「ほとんどの生徒が…中には違う子たちもいるけど…」

    平沢たち、軽音部のメンバーをぐるっと見渡した。

    さわ子「この学校で過ごす三年間は、人生のひとつのステップとしか考えていないでしょうから」

    さわ子「自分の役目だと思っていたことは、ここではなにひとつ必要とされていない」

    573 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:34:38.24 ID:HW8IYUOD0
    >>1はtxtファイルだけで何MB保存しているのだろうか

    574 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:34:39.23 ID:vASF969k0
    支援

    575 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:36:08.20 ID:1qYNd8dxO
    さわ子「それを感じ続けた5年間」

    さわ子「そして、その教員生活も、この春終わってしまうの」

    朋也「………」

    俺も春原も、何も言えなかった。
    結局、俺たちは、ガキだったのだ。
    あの人がいなければ、俺たちは進級さえできずにいた。

    さわ子「…そういうことよ」

    朋也「今度、菓子折りでも持っていかなきゃな」

    さわ子「それは、いい心がけね。きっと、喜ぶわよ」

    春原「水アメでいいよね」

    さわ子「馬鹿、お歳召されてるんだから、食べづらいでしょ…」

    さわ子「っていうか、そのチョイスも最悪だし」

    律「ほんっと、アホだな、おまえは」

    春原「るせぇ」

    …最後の生徒。
    やけにリアルに、その言葉だけが残っていた。
    本当に、俺たちでよかったのだろうか。
    さわ子さんは、最後に言った。

    576 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:36:39.22 ID:cUBlBpOS0
    光栄なことね。
    いつまでも、ふたりは幸村先生の記憶に残るんでしょうから…と。
    これから過ごしていく穏やかな時間…
    その中であの人はふと思い出すのだ。
    自分が教員だった頃を…。
    そして…
    最後に卒業させた、出来の悪い生徒ふたりのことを。

    ―――――――――――――――――――――
    ―――――――――――――――――――――

    笑ってくれるだろうか。

    ただでさえ細いその目を、それ以上に細めて。

    何も見えなくなるくらいに。

    笑ってくれるだろうか。

    その思い出を胸に。

    笑ってくれるだろうか…


    長い、旅の終わりに。


    ―――――――――――――――――――――
    ―――――――――――――――――――――

    577 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:37:10.69 ID:cUBlBpOS0
    4/20 火

    朋也「毎朝そんなもん持って、大変じゃないのか」

    平沢が抱えるギターケース。
    見た目、割と体積があり、女の子が抱えるには重そうだった。

    唯「全然平気だよ? 愛があるからね、ギー太へのっ」

    朋也「ぎーた?」

    唯「このギターの名前だよ」

    こんこん、と手の甲でケースを叩く。

    朋也「名前なんてつけてんのか」

    唯「そうだよ。愛着湧きまくりなんだぁ」

    朋也「ふぅん、そっか」

    唯「岡崎くんは、なにか持ち物に名前つけたりしないの?」

    朋也「いや、しないけど」

    唯「もったいないよ。なにかつけてみようよっ」

    朋也「なにかったってなぁ…」

    唯「憂だって、校門前の坂に、サカタって名前つけてるんだよ?」

    578 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:38:48.85 ID:1qYNd8dxO
    坂が擬人化されていた。

    憂「そんなことしてないよぉ…っていうか、もう普通に人の名前だよ、それ」

    憂ちゃんも俺と同じ感想を持ったようだった。

    朋也(つーか、なんかつけるもんあったかな…)

    朋也(まぁいいや、適当に…)

    朋也「あそこの、あれ、あの飛び出し注意の看板な」

    朋也「あれを春原陽平と名づけよう」

    唯「って、縁起悪いよ、それ…」

    朋也「そうか?」

    唯「うん。だって、あれ、車に衝突されて首から上がなくなってるし」

    朋也「身をもって危険だってことを教えてくれてるんだな」

    朋也「人身御供みたいで、かっこいいじゃん」

    唯「それが縁起悪いって言ってるんですけどっ」

    唯「ていうか、愛着のあるものにつけようよ」

    朋也「じゃあ…おまえだ」

    579 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:39:06.54 ID:cUBlBpOS0
    ぽん、と平沢の頭に手を乗せる。

    唯「わ、私…? そ、それって…」

    朋也「おまえに、『憂ちゃんの二番煎じ』って名前をつけよう」

    唯「って、私が姉なのにぃっ!?」

    唯「ひどいよっ、ばかっ!」

    ひとりでとことこ先へ歩いていった。

    憂「あ、お姉ちゃん待ってぇ~」

    憂ちゃんもその後を追う。

    朋也(朝から元気だな…)

    俺はそのままのペースで歩き続けた。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    昼。もう、何も言わずとも、自然とみんなで食堂へ集まるようになっていた。
    ほんの二週間前までは、春原とふたり、むさ苦しく食べていたのに。
    あの頃からは考えられない。

    580 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:41:30.99 ID:1qYNd8dxO
    唯「それ、おいしそうだね。ごはんに旗も刺さってて、おもしろいしっ」

    春原「だろ? O定食っていって、僕が贔屓にしてるメニューなんだぜ?」

    朋也「お子様ランチをカッコつけていうな」

    律「お子様ランチなんてあったっけ?」

    朋也「月に一度、突如現れるレアメニューなんだよ」

    律「そんな遊び心があんのか…やるな、うちの学食も」

    唯「春原くん、その旗、私にくれない?」

    春原「ああ、いいけど」

    唯「やったぁ、ありがとう」

    春原から旗を受け取る。

    唯「よし、これを…」

    ぶす、と自分の弁当に刺した。

    唯「憂ランチの完成~」

    律「はは、ガキだなぁ」

    唯「む、そんなことないもん、えいっ」

    581 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:41:57.87 ID:QfkttWQJ0
    やっと追い付いた

    582 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:42:01.15 ID:cUBlBpOS0
    旗を取り、それを部長の弁当に突き刺した。

    律「あ、なにすんだよっ。こんなのいらねぇっての、おりゃっ」

    隣に回す。

    和「ごめん、澪」

    それだけ言って、流れ作業のように受け流した。

    澪「え…私も、ちょっと…ごめん、ムギ」

    最後に、琴吹の弁当に行き着く。

    紬「あら…」

    唯「これがたらい回しって現象だね」

    春原「…なんか、ちょっと傷つくんですけど…」

    紬「さよなら♪」

    バァキァッ!

    琴吹の握力で粉々にされ、粉塵がさらさらと空に還っていた。

    春原「すげぇいい顔でトドメさしてきたよ、この子っ!」

    律「わははは!」


    583 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:43:21.05 ID:1qYNd8dxO
    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。軽音部の部室へ赴き、茶をすする。

    春原「そういやさぁ、あの水槽なんなの」

    部室の隅、台座の上に大きめの水槽が設置されていた。
    初めてここに来た時には、あんなものはなかったような気がする。

    唯「あれはね、トンちゃんの水槽だよ」

    春原「とんちゃん? とんちゃんって生き物がいんの?」

    唯「違うんだなぁ。トンちゃんは名前で、種族はスッポンモドキだよ」

    唯「まぁ、正確には、あずにゃんの後輩なんだけどね」

    澪「いや、スッポンモドキの方が正解だからな…」

    春原「スッポンが部員ってこと?」

    唯「そうだよ」

    それでいいのか、軽音部は…。

    春原「もう、なんでもありだね。いっそ、部長もなんかの動物にしちゃえば?」

    584 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:43:42.06 ID:cUBlBpOS0
    春原「デコからポジション奪い取ったってことで、獰猛なヌーとかさっ」

    ヌーにそんなイメージはない。

    律「デコだとぉ!? おまえなんか最初から珍獣のクセにっ!」

    律「トンちゃんより格下なんだよっ!」

    春原「あんだと、コラっ」

    律「なんだよっ」

    春原「………」
     律「………」

    朋也「人間の部員はいいのか」

    いがみ合うふたりをよそに、そう訊いてみた。

    唯「人間の方は、全然きてくれないんだよね…」

    唯「だから、せめて雰囲気だけでも、あずにゃんに先輩気分を味わってもらいたくて」

    澪「それ、後付じゃないのか?」

    澪「おまえが単純に、ホームセンター行った時、欲しがってたように見えたんだけど」

    唯「てへっ」

    舌を出し、愛嬌でごまかしていた。

    585 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:44:23.78 ID:cUBlBpOS0
    梓「それでもいいんです。今ではもう、私の大切な後輩ですから」

    唯「あずにゃん…」

    中野は、俺に向ける厳しい眼差しとは違う、優しい目をしていた。
    本来のこいつは、こんなふうなのかもしれない。
    それが少しでも俺に向いてくれればいいのだが。

    唯「あずにゃんっ、いいこすぎるよっ」

    中野の後ろに回り、背後から抱きしめて、頬をすりよせる。

    梓「あ…もう、唯先輩…」

    春原「うおりゃああああ!」
      律「うおりゃああああ!」

    突然雄たけびを上げるふたり。

    澪「なにやってるんだ、律…」

    律「みてわかんないのか!? ポテチ早食い対決だよっ」

    律「これで白黒つけてやろうってなっ」

    春原「ん? 勝負の最中に余所見とは、余裕だねぇ…」

    春原「おまえ、ヘタすりゃ死ぬぜ?」

    指についたカスを舐めな取りがら言う。

    586 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:44:58.55 ID:cUBlBpOS0
    セリフとまったく噛み合っていないその姿。

    律「死ぬって言ったほうが死ぬんだよ、ばーかっ」

    春原「そんな理屈、僕には通用しないね」

    律「どうかな…」

    春原「へっ…」

    一瞬の間があり…

      律「どりゃあああああ!」
    春原「どりゃあああああ!」

    勝負が再開された。

    唯「なんか、楽しそう。私も参加するっ」

    澪「やめとけって…」

    唯「いいや、やるよっ。私もこの世紀の一戦に参加して、歴史に名を刻みたいからっ」

    澪「そんな、おおげさな…」

    唯「って、あれ? お菓子がもうないよ…」

    机の上に広げられた駄菓子類は、全て空き箱になっていた。

    紬「唯ちゃん、タクアンならあるけど、いる?」

    587 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:46:14.54 ID:1qYNd8dxO
    どこからかタッパーを取り出す。

    唯「ほんとに? じゃあ、ちょうだいっ」

    紬「はい、どうぞ」

    唯「ありがとーっ。よし、いくぞぉ」

    ガツガツと勢いよく素手で食べ始めた。

    澪「はぁ、まったく…」

    ―――――――――――――――――――――

    律「おし、そんじゃ、もう帰るか」

    西日も差し込み始め、会話も途切れてきた頃、部長が言った。

    澪「って、まだ練習してないだろ!」

    梓「そうですよっ、帰るのは早すぎだと思います」

    律「でぇもさぁ、今から準備すんのめんどくさいしぃ」

    律「お菓子食べて幸せ気分なとこ邪魔されたくないしぃ」

    澪「それが部長の言うことかっ」

    ぽかっ

    588 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:46:33.00 ID:cUBlBpOS0
    律「あでっ」

    唯「いいじゃん、澪ちゃん。ここはいったん退いて、様子見したほうがいいよ」

    梓「なにと戦ってるんですか、軽音部は…」

    澪「ダメだ。今日こそ、ちゃんと練習をだな…」

    律「ムギ、食器片付けて帰ろうぜ」

    紬「うん」

    席を立ち、食器を持って流しに向かった。

    澪「って、ああ、もう…」

    動き出した部長たちを前にして、呆然と立ち尽くす秋山。

    澪「明日は絶対練習するからなっ」

    律「へいへい」

    以前、平沢は、こんな光景が日常だと言っていたが、まさに聞いていた通りの展開だった。
    先日は先に帰ったので、どうだったかは知らないが…
    実際目の当たりにしてみて、俺は妙な親近感を覚えていた。
    無為で、くだらないけど…でも、笑っていられるような時間。
    そんな時間を過ごしているのなら、きっと、俺や春原からそう遠くない位置にいるんだろうから。
    もしかしたら、最初から遠慮することはなかったのかもしれない。
    だから、平沢は言っていたのだ。俺たちのような奴らでも、受け入れてくれると。
    ささいなことを気にするような連中ではないと。

    589 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:49:24.69 ID:y1qBevVn0
    万札出すくだりで大爆笑しちまったが
    よく考えたら芽衣ちゃん√であったっけね

    590 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:50:10.00 ID:1qYNd8dxO
    一緒にいれば、きっと楽しいだろうから、と。
    全部、本当だった。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「えい、影踏~んだっ」

    律「あ、やったなっ」

    坂を下る途中、影踏みを始めた部長と平沢。

    澪「小学生じゃないんだから…」

    紬「やんちゃでいいじゃない」

    澪「母親みたいなこと言うな、ムギは…」

    春原「はは、ほんと、ガキレベルだな。普通、頭狙って踏むだろ」

    こいつもガキだった。

    律「ガキとはなんだっ」

    唯「そうだそうだっ」

    律「うりゃうりゃっ」
    唯「えいえいっ」

    げしげしげしっ!

    591 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:50:44.09 ID:cUBlBpOS0
    春原の影が踏まれる。

    春原「あにすんだ、こらっ」

    律「うわ、怒ったぞ、こいつ。逃げろぉい」

    唯「うひゃぁい」

    春原「うっらぁっ! まてやっ」

    どたどたと走り出す三人組。
    坂の上り下りを繰り返し、めまぐるしく攻守が入れ替わる。

    唯「ひぃ、疲れたぁ…っと、わぁっ」

    足がもつれ、体勢が崩れる。

    朋也「おいっ…」

    たまたま近くにいた俺が咄嗟に支えた。

    唯「あ、ありがとう、岡崎くん…」

    朋也「気をつけろよ。なんか、おまえ、ふわふわしてて危なっかしいからさ」

    唯「えへへ、ごめんね」

    だんだんだんだんっ!

    地団駄を踏む音。

    592 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:52:15.62 ID:1qYNd8dxO
    振り返る。

    梓「ふんふんふんふんっ!」

    中野が俺の影、股間部分を激しく踏み砕こうとしていた。

    朋也(わざわざ急所かよ…)

    ―――――――――――――――――――――

    唯「岡崎くーん、どうしたのぉ」

    平沢が俺の前方から声をかけくる。

    唯「なんでそんなに離れてるのぉ」

    朋也「………」

    春原と坂の下で別れてからというもの、俺はあの集団の中で男一人になってしまっていた。
    あいつがいる間は考えもしなかったが、こうなってみると、異様なことのように思えた。
    俺のわずかに残った体裁を気にする心が、輪に入っていくことを拒むのだ。
    だから、一定の距離を取るべく、歩幅を調節して歩いていた。

    梓「唯先輩、察してあげましょう。岡崎先輩は、きっとアレです」

    唯「アレ?」

    梓「はい。お腹が痛くて、手ごろな草むらを探しているんです」

    梓「それで、私たちの視界から消えて、自然にフェードアウトして…その…」

    593 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:52:55.68 ID:cUBlBpOS0
    梓「ひっそりと…催す計画だったんでしょう」

    唯「ええ? そうなの?」

    中野に誘導され、俺がとんでもなく汚い男になろうとしていた。

    律「おーい、岡崎、この先に川原あるから、やるなら、そこがいいぞぉ」

    朋也「んなアドバイスいらねぇよっ」

    急いで平沢たちに追いつく。

    唯「岡崎くん、そんなに急いだら、お腹が…」

    朋也「もういいっ、そこから離れろっ。俺は腹痛なんかじゃないっ」

    唯「でも、あずにゃんが岡崎くんはもう限界だって…」

    朋也「信じるなっ。ほら、俺は健康体だ」

    その場でぴょんぴょん跳ねてみせる。

    唯「あはは、なんか、可愛い」

    朋也「これでわかったか?」

    唯「うん、まぁね」

    なんとか身の潔白を証明できたようだ。
    にしても…

    594 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:54:06.54 ID:1qYNd8dxO
    朋也「おい、おまえ、あんまり変なこと言うなうよ」

    梓「あれ? 違いましたか? それは、すみません」

    反省した様子もなく、突っぱねたように言う。

    朋也(こいつは…)

    今後は、もっと警戒しておくべきなのかもしれない。
    平気で毒でも盛ってきそうだ。

    ―――――――――――――――――――――

    部長たちとも別れ、平沢とふたりきりになる。
    今朝一緒に来た道を、今は引き返すような形で逆行していた。

    唯「あ、みて、岡崎くん、バイア○ラ販売します、だってさ」

    古ぼけて、いつ貼られたかわからないような、朽ちた張り紙を見て言った。
    連絡先なのか、下に電話番号が書いてある。

    唯「懐かしいね。バイアグ○って、昔話題になってたけど、結局なんだったんだろう」

    唯「岡崎くん、知ってる?」

    朋也「さぁな。でも、おまえは多分知らなくていいと思うぞ」

    下半身の事情を解決してくれるらしい、ということだけはぼんやりと知っていた。

    唯「そう? まぁ、あんまり興味なかったんだけどね」

    595 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:55:44.59 ID:1qYNd8dxO
    朋也「じゃ、訊くなよ」

    唯「素通りしたら、張り紙張った人がかわいそうじゃん」

    朋也「悪徳業者だろ、貼ったの」

    唯「そうなの? くそぉ、よくもだましたなっ」

    唯「電話して、お説教してやるっ」

    朋也「おまえそれ、注文してるぞ」

    唯「え? 電話しただけで?」

    朋也「ああ」

    というか、そもそももう繋がらないだろうと思う。
    だが、万が一を考えて、そういうことにしておいた。

    唯「ちぇ~、私のお説教で改心させようと思ったのになぁ…」

    朋也「残念だったな」

    頭に手を乗せる。

    唯「岡崎くん、手乗せるの好きだよね」

    朋也「嫌だったか?」

    唯「ううん、逆だよ。もっとしていいよ?」

    596 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:56:39.00 ID:5LtM96Rl0
    本当に面白い

    597 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:56:56.88 ID:1qYNd8dxO
    朋也「おまえは、乗せられるの好きなのか?」

    唯「う~ん、そういうわけじゃないけど…なんか、落ち着くんだよね」

    朋也「そっか」

    唯「うん。えへへ」

    夕日を浴びて、微笑むこいつ。
    それを見ているだけで、俺も何故か心が落ち着いた。

    ―――――――――――――――――――――

    唯「じゃあね、また明日」

    朋也「ああ、じゃあな」

    家の前で別れる。
    俺はその背を、見えなくなるまで見送っていた。
    少しだけ、別れが名残惜しかった。
    いや…かなり、か。

    ―――――――――――――――――――――

    598 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:57:25.27 ID:cUBlBpOS0
    4/21 水

    唯「へいっ、憂、パァスッ!」

    憂「わ、軌道がめちゃくちゃだよぉ」

    唯「あ~、ごめんごめ~ん」

    このふたりは登校中、小石を蹴って、ずっとキープしたまま進んでいた。

    憂「岡崎さん、いきますよっ」

    俺にパスが回ってきた。
    とりあえず受ける。

    朋也「これ、ゴールはどこなんだ」

    唯「教室だよっ」

    朋也「無理だろ…」

    唯「大丈夫、階段とかはリフティングして登るからっ」

    そういう問題でもない。

    朋也(まぁいいか…)

    小石を蹴って、前方に転がす。

    唯「お、いいとこ放るねぇ。フリースペースにどんぴしゃだよ」

    599 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:57:58.64 ID:cUBlBpOS0
    唯「キラーパスってやつだね、見事に裏をかいてるよっ」

    そもそも敵なんかない。

    朋也(ふぁ…ねむ…)

    眠気を感じながらも、はしゃぐ平沢姉妹をぼうっと眺めていた。
    結局、この後小石は溝に吸い込まれ、そこでゲームセットになってしまったのだが。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    昼。

    澪「ひっ! り、律っ…」

    律「あん? なんだよ」

    澪「い、今あそこの影からこっちをじっと見てる人が…」

    律「どこだよ…そんな奴いねぇぞ」

    澪「あ…そ、そうか…」

    唯「澪ちゃん、こんな昼間から幽霊なんか出ないよ」

    律「あー、そうじゃなくてな、こいつさ…」

    600 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 20:58:31.34 ID:cUBlBpOS0
    部長が話し出す。
    秋山が、朝から誰かの視線を感じて仕方がなく、気味悪がっている…とのことだった。

    律「そんで、マジで一人、澪を舐め回すように見てた奴がいたんだけどさ…」

    制服の胸ポケットに手を突っ込み、なにやら取り出した。

    律「詰め寄ったら、逃げてったんだけど…これ、落としてったんだよな」

    プラスチックのカード。
    表面には、秋山澪ファンクラブ、と印字され、秋山本人の写真が貼ってあった。

    和「ぶっ!…げほげほっ」

    真鍋が突然むせていた。
    注目が集まる。

    唯「和ちゃん、大丈夫?」

    和「え、ええ…」

    どこか動揺した様子でハンカチを取り出し、口周りを拭き取る真鍋。

    和「そ、それで、なにか直接被害はあったの?」

    澪「いや…なにもないけど…」

    律「でもさぁ、じっと見られてるってのも、なんか目障りじゃん?」

    律「だから、どうにかしてやりたいんだけどなぁ…」

    601 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:00:16.00 ID:1qYNd8dxO
    春原「そんなの簡単だよ。そのファンクラブの会員どもが犯人なんだろ?」

    春原「だったらさ、そいつらをちっとシメてやればいいんだよ」

    血の気の多いこいつらしい意見だった。

    律「やっぱ、それしかないのか…」

    澪「そ、そんな…暴力はダメだ」

    律「でもいいのか? このまま監視されるようなマネされ続けて」

    澪「それは…」

    春原「まぁ、いいから、僕にまかせとけって」

    春原「ちょうど食べ終わったとこだしさ、今から軽く行ってきてやるよ」

    春原「おい部長、そのカードって、持ってた奴のことなんか書いてるか」

    律「いや…書いてないな」

    春原「ちっ、じゃあ、一から調べるしかないか…」

    律「待て、私も行くぞ。こいつの持ち主は顔割れてるからな」

    春原「お、そっか。でも、足手まといにはなるなよ」

    律「へっ、そっちこそ」

    602 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:00:40.66 ID:cUBlBpOS0
    好戦的なふたりが、息巻いてテーブルから離れていった。

    澪「あ、ちょっと待って…」

    止める声にも振り向かず、どんどん先へ進んでいく。

    澪「はぁ…どうしよう…」

    紬「私も、行ってくるね」

    琴吹が席を立った。

    澪「え…そんな、ムギまで…」

    紬「心配しないで。私はあのふたりが無茶しないか、見ておくから」

    澪「なら、私も…」

    紬「澪ちゃんたちはまだ食べ終わってないでしょ? ゆっくりしていって」

    紬「それじゃ」

    言って、ふたりの後を追っていった。

    澪「ああ…なんでこんなことに…」

    和「琴吹さんがいれば、とりあえずは心配することないんじゃないかしら」

    唯「そうだよ、ムギちゃんなら、圧倒的な力で制圧できるから、大丈夫だよっ」


    603 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:03:40.65 ID:1qYNd8dxO
    容量落ちか1000まで行ったときは

    朋也「軽音部? うんたん?」2

    で建て直すね。
    だから面白いと思ってくれる人たち、ついてきてくれ

    604 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:04:09.51 ID:cUBlBpOS0
    澪「って、全然大丈夫じゃないだろ、それはっ」

    唯「うそうそ、話し合いになると思うよ、きっと」

    澪「まぁ、それなら…」

    唯「でも、澪ちゃんてやっぱりすごいよね。ファンクラブなんてさ」

    唯「澪ちゃん、美人だから、人気あるもんね。男の子にも、女の子にも」

    澪「そ、そんなことないぞ、別に…」

    唯「そんなことあるよ。女の私から見ても可愛いって思うもん」

    唯「岡崎くんも、そう思わない?」

    朋也「俺か? そうだな…」

    さらさらの長い黒髪、白い肌、ちょっと釣り目がちな大きい目、ボリュームのある胸…
    特徴もさることながら、顔も綺麗に整っている。
    これなら、男ウケも相当いいだろう。

    朋也「俺も、美人だと思うけど。秋山は」

    唯「だよね~」

    澪「あ…あ…あぅ…」

    唯「あ、顔真っ赤だぁ、かわいい~」

    605 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:05:42.85 ID:1qYNd8dxO
    澪「う、うるさいうるさいっ」

    照れ隠しでなのか、ばくばくと弁当を口にし始めた。
    その様子を、なんとなく眺めていると…

    和「あとでちょっと話があるんだけど」

    真鍋が小声で俺に耳打ちしてきた。
    なんだろう…またなにかやらされるんだろうか。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「話って、なんだ」

    和「澪のファンクラブのことよ」

    朋也「あん?」

    予想外の単語が出てくる。
    てっきり、また生徒会関連での仕事の依頼だと思っていたのだが…。

    和「これ、なんだかわかる?」

    朋也「ん…?」

    真鍋が俺に見せてくれたのは、秋山のファンクラブ会員証。
    それも、会員番号0番だった。クラブ会長とまで書いてある。

    朋也「おまえが創ったものだったのか、あいつのファンクラブ」

    606 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:06:15.31 ID:cUBlBpOS0
    和「違うわ。これは、譲り受けたの。ファンクラブの創設者からね」

    朋也「どういうことだ?」

    和「このファンクラブを作ったのはね、前生徒会長なの」

    和「私の先輩…直属の上司だった人ね」

    朋也「はぁ…」

    いや、待てよ、それなら…

    朋也「まぁ、なんでもいいけどさ、おまえが現会長なんだろ?」

    朋也「だったら、その権限で、末端のファンにマナーを守るよう勧告してやれないのか」

    和「それは…無理ね、多分」

    朋也「どうして」

    和「おそらく、すでに新しく会長の座についた人間がいるんでしょうから」

    和「私がなにもしていないのに、活動が活性化してるのがいい証拠よ」

    朋也「おまえに断りもなくそんなことになるのか」

    和「ええ、十分なりえるわ。それも、私自身に責任の一端があるからね」

    朋也「なんかしたのか」

    607 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:07:49.53 ID:1qYNd8dxO
    和「したというか…何もしなかった、ってことね」

    朋也「……?」

    どういうことだろう…。

    和「私、進級と同時にクラブ会長の任をまかされてたんだけど…ほったらかしにしてたのよ」

    俺が把握できないでいると、真鍋がそう続けてくれた。

    和「きっと、なんの音沙汰もないことに不満の声が上がったんでしょうね」

    和「それで、業を煮やした会員たちが、会長を決め直したってところでしょう」

    朋也「ああ…そういうことか」

    和「今となってはもう、この会員証には何の価値もないわ…」

    和「だから、あなたと春原くんには、できるだけ澪を守ってあげて欲しいの」

    和「いくらお遊びとはいえ、あの人が組織した部隊だから…女の子だけじゃ、キツイと思うし」

    朋也「部隊って、おまえ…たかがファンクラブだろ」

    前から思っていたが、こいつは芝居がかって言うのが好きなんだろうか。

    和「そうとも言い切れないわ…だって、あの人だもの…」

    震えたように、自分の身を抱きしめた。
    あの真鍋が怯えている…

    608 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:08:21.57 ID:cUBlBpOS0
    ファンクラブの名が出た時もむせて、動揺していたが…
    前生徒会長…かなりの人物だったに違いない。

    和「今回ばかりは、生徒会の力も使えないわ」

    和「もし、万が一、私があの人に、形としてでも、歯向かってしまった事が耳に入れば…」

    ぶるっとひとつ身震いした。

    和「…考えたくもないわ」

    朋也「いや、でも、もう卒業してるんだろ? だったら…」

    和「甘いっ!」

    朋也「うぉっ…」

    珍しく真鍋が声を張り上げたので、思わず後ずさりしてしまう。

    和「確かに、首都圏に進学していったけど、子飼いの精鋭部隊がまだ現2、3年の中にいるの」

    和「私も詳しくは知らされてないけど、存在するってことだけは確かなのよ…」

    和「それも、役員会内はもちろん、会計監査委員会や生徒総会にまで構成員を潜り込ませているとか…」

    和「確か、人狼、とかいう…」

    和「とにかく、その子らに粛清の命が入れば、私とてただじゃすまないわ」

    和「だから、滅多なことはできないの。ごめんなさいね」

    609 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:09:39.19 ID:1qYNd8dxO
    朋也「いや…いいよ。なんか、おまえも大変そうだし…」

    和「そう…わかってくれて、うれしいわ」

    一息つくと、かいた冷や汗をハンカチで拭っていた。

    朋也(思ったより厄介な連中なのかな、秋山澪ファンクラブ…)

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。軽音部部室。

    律「おい、ヘタレ。ジュース買ってこいや」

    春原「………」

    律「聞いてんのか、こら、ヘタレ」

    春原「ヘタレヘタレ言うなっ!」

    律「だって、ヘタレじゃん。ラグビー部来た瞬間逃げるし」

    昼休みのことだ。
    こいつらが会員を脅しに行った先で、なぜかラグビー部に立ち塞がれ、逆に追い返されたらしい。
    まるで用心棒のような振る舞いで助けに来たそうな。
    …これが、真鍋が侮れないと言っていた由縁なのかもしれない。

    610 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:10:03.14 ID:cUBlBpOS0
    バックに強力な味方をつけるだけの組織力があると、この一件から読めなくもない。

    春原「2対1になったからだろっ」

    律「絡みに行った方はひ弱そうだったし、頭数に入んないだろ」

    律「結局、ラグビー部一人にびびってただけじゃん」

    春原「ちがわいっ」

    律「いいいわけは女々しいぞ、ヘタレ」

    春原「ぐ…くそぉ…」

    がちゃ ばたん!

    扉が開かれたと思ったら、またすぐに閉められた。

    梓「はぁ…はぁ…」

    中野が息を切らし、座り込んでいた。

    唯「どしたの、あずにゃん」

    梓「なんか…外に変な人たちが…」

    律「変な人たち?」
    唯「変な人たち?」

    梓「はい…なんか、澪命ってハチマキしてて…」

    611 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:10:14.08 ID:0XX6NZKd0
    いや面白すぎるだろ……
    特にクラナドの空気の再生率がパねぇ

    どこまでも支援するわ

    612 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:11:27.52 ID:1qYNd8dxO
    澪「ひ…」

    間違いない。ファンクラブの連中だ。

    春原「おし、僕が全員ぶっ飛ばしてきてやるっ! 汚名挽回だっ!」

    立ち上がり、肩を怒らせながら扉へと歩いていく。

    律「そんなもん挽回してどうすんだよ、アホ…」

    がちゃり

    春原「うっらぁっ! うざってぇんだよ、ボケどもっ!」

    男子生徒1「うわ…DQNだ」

    男子生徒2「…死ね」

    男子生徒3「軽音部に男は要らないし、普通」

    男子生徒4「澪ちゃん見えたっ!」

    男子生徒5「澪ちゃんっ」

    春原「邪魔なんだよ、てめぇら全員っ!」

    集まっていた男たちを払いのけていく。

    春原「おら、帰れ帰れっ! ここは僕の食料庫だっ!」

    613 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:11:47.05 ID:cUBlBpOS0
    趣旨が変わってきていた。おまえは三橋か。

    男子生徒「つか、なに、おまえ?」

    階段を上がってきた男が春原の前に立ちふさがる。

    春原「ああん? 見てわかんねぇのか、用心棒だよ、ヒョロ男くんよぉ」

    男子生徒「俺たち、なんか危害加えるようなことした?」

    春原「いるだけで迷惑なんだよぉ、ああん?」

    男子生徒「いや、いちいちすごまなくていいけどさ…」

    男子生徒「君と、そっちの…春原と岡崎だよね? 素行が悪くて有名な」

    男子生徒「用心棒とかさ、不良がするわけないし、嘘だよね」

    春原「マジだよ、ああん? ぶっとばされてぇか、おい?」

    男子生徒「そんなことしたら、明日、ラグビー部に殺してもらうけど、おまえ」

    春原「は、はぁん? じ、自分でこいよな…」

    明らかに勢いが失速していた。

    男子生徒「そんなことするわけないでしょ。バカか、やっぱ」

    春原「ああ!? てめぇ…」

    614 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:13:01.77 ID:1qYNd8dxO
    男子生徒「いいの? ラグビー部、頼むよ?」

    春原「……やっぱ、暴力はいけないよね」

    速攻で心が折れていた。

    男子生徒「だいたいさぁ、なんで君ら軽音部の部室にいんの? だめでしょ、男がいたら」

    男子生徒7「うん、普通そうだよな」

    男子生徒8「男マジいらねぇ」

    男子生徒9「女の子同士だからいいのに」

    口々に賛同し始めた。

    男子生徒「澪ちゃんは、りっちゃんと付き合うべきなんだからさ」

    春原「………は?」

    その言葉に、春原だけでなく、俺たち全員が唖然とする。

    男子生徒1「いや、澪唯いいって」

    男子生徒2「王道で澪梓とか俺はいいな」

    男子生徒3「王道は澪紬だって」

    男子生徒4「それは邪道」

    615 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:13:25.72 ID:cUBlBpOS0
    にやつきながら、ぼそぼそと話し始めた。

    春原「………」

    春原「おい、岡崎っ」

    ダッシュで俺の元に駆け寄ってくる。

    春原「なんか、あいつら気持ち悪ぃんだけど…」

    朋也「ああ…」

    男子生徒「ねぇ、そのふたり、要らないから出入り禁止にしてよ」

    廊下側から声をかけてくる。

    唯「そ、そんなことしたくないよ…」

    男子生徒「なんで? 唯ちゃんは男とか興味ないでしょ? 女の子の方がいいんだよね?」

    唯「え、ええ? そんな…」

    男子生徒3「あ、あれじゃね、男に気がある振りして、澪ちゃんの気を引くという」

    男子生徒4「ああ、それだ」

    男子生徒5「やべぇ、早くしないと澪ちゃん取られちゃうよ、りっちゃんっ」

    唯「う、うぅ…」

    616 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:14:02.77 ID:zNA9c7SL0
    おまえらwwwww

    617 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:14:38.29 ID:1qYNd8dxO
    律「…あんたら、さっきからなに言ってんだよ」

    律「私たちが女同士で付き合うとか…そんなのあるわけないだろっ」

    男子生徒2「ツンデレ? 今の、ツンデレ?」

    男子生徒6「厳密には違うよ」

    男子生徒7「本心言うの恥ずかしいんじゃね?」

    男子生徒8「ああ、それだ」

    律「いい加減にしろってっ! あんたらがそういうのが好きなのはわかったよっ!」

    律「でも、それを私たちに押しつけんなっつーのっ! そんな性癖ねぇんだよっ」

    気圧されたのか、皆押し黙り、沈黙が流れる。

    春原「ほら、わかったか。おまえらの方がいらねぇってよ。帰れ帰れ」

    そんな中、春原が一番最初に声をあげた。

    男子生徒「おまえら男ふたりが帰れ」

    春原「ああ? 物分りの悪ぃ奴だな…」

    男子生徒「バカに言われたくねぇよ」

    春原「…てめぇ、大概にしとけよ、こら」

    618 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:15:00.26 ID:cUBlBpOS0
    本気で怒ったときの顔だ。
    今にも殴りかかっていきそうな気迫で近づいていく。

    男子生徒「…わかった。とりあえず、暴力はやめろ」

    春原「………」

    立ち止まる。

    男子生徒「こうしよう。俺たちと勝負するんだ」

    春原「勝負だぁ?」

    男子生徒「ああ。そっちが勝ったら、今後軽音部と澪ちゃんには近づかない」

    春原「んだよ、喧嘩なら今すぐやってもいいぜ」

    男子生徒「だから、暴力はやめとけって言っただろ」

    春原「じゃあ、なんなんだよ? 囲碁とか言わねぇだろうなぁ」

    男子生徒「頭使うのは君らに不利だろうからな。そうだな…スポーツでどうだ」

    春原「それじゃ、おまえらに不利じゃん、ヒョロいのしかいねぇしよ」

    男子生徒「実際にやるのは俺らじゃないよ。用意した人間とやってもらう」

    春原「はっ、プロでもつれてこなきゃ、勝てねぇぞ」

    男子生徒「じゃ、勝負を飲むってことでいいか?」

    619 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:16:08.85 ID:1qYNd8dxO
    春原「おお、あたりまえだ」

    朋也「まて、そっちが勝ったらどうするつもりだ」

    男子生徒「まず、君らに軽音部から消えてもらう。部員と関わるのも自重しろ」

    男子生徒「それから、澪ちゃん」

    澪「え…」

    男子生徒「澪ちゃんには、プライベートなことから、なにからなにまで…」

    男子生徒「俺らが知りたいことは、全て教えてもらうよ」

    男子生徒「それと、俺ら以外の男と喋るの禁止ね」

    澪「そ、そんな…」

    律「むちゃくちゃだ、そんなのっ」

    春原「言わせとけよ、どうせ僕らが勝つしね」

    律「んな無責任なこと言って…負けたらどうすんだよっ」

    春原「それはねぇっての。で、競技はなんだよ」

    男子生徒「そっちに決めさせてやる」

    春原「ふん…じゃあ、バスケだ。3on3な」

    620 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:16:22.38 ID:HW8IYUOD0
    キモオタDQNが混ざると周りの目が見えない屑になるんだな

    621 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:16:38.45 ID:cUBlBpOS0
    朋也「おい、春原…」

    男子生徒「あと一人は?」

    春原「アテがあるんだよ。だから、いい」

    男子生徒「そうか。わかった。じゃあ、試合は3日後の土曜。詳細はまた後で伝える」

    春原「ああ、わかった」

    勝負の約束を交わすと、男は周りの連中をぞろぞろと引き連れて去っていった。

    朋也「おまえ、3on3って、まさか俺にもやらせるつもりじゃないだろうな」

    春原に近寄っていき、声をかける。

    春原「もちろん、そのつもりだけど」

    朋也「俺が肩悪いの知ってるだろ。俺はできねぇぞ」

    春原「おまえは司令塔でいいよ。シュートは任せろ」

    朋也「3on3で一人パス回ししかできない奴がいるなんて、相当のハンデだぞ」

    朋也「おまえ、わかってんのかよ。一人はアテがあるとか言ってたけどさ、もう一人他に探せよ」

    春原「ははっ、僕に頼み事できる知り合いが、そんなにいるわけないじゃん」

    朋也「………」


    622 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:18:07.78 ID:1qYNd8dxO
    ぽかっ

    春原「ってぇな、あにすんだよっ!」

    朋也「土下座して運動神経いい奴に頼んで来いっ」

    春原「おまえでいいっての。ほら、バスケってさ、チームワークが重要じゃん?」

    春原「知らない奴より、おまえとの方が連携も上手くいくって」

    朋也「だとしても、それだけじゃ無理なの」

    春原「大丈夫だって。どうせ、あっちも大した奴用意できねぇよ」

    春原「バスケ部のレギュラーとかだったら、ちょっとキツイかもだけどね」

    朋也「………」

    そこが気にかかっていた。
    あの男は、妙に自信があるように見えた。
    それは、つまり、レギュラークラスも用意できるということなんじゃないのか。

    春原「な? 楽勝だって」

    朋也「はぁ…簡単に言うな」

    春原「ま、さっさと三人揃えて、練習しようぜ」

    しかし、勝負は三日後。
    相手も、俺たちも時間がない。

    623 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:18:29.74 ID:cUBlBpOS0
    そんな短期間で交渉が上手くいくかといえば、そうは思えないし…
    俺たちが付け焼刃の練習で戦えるようになるとも、断言できない…
    条件は、五分のような気もする。

    梓「…あの、なにがどうなってるんですか」

    律「ん、ああ…」

    ―――――――――――――――――――――

    梓「ファンクラブ…ですか」

    騒動が収まり、一度気を落ち着けるため、コーヒーブレイクを取っていた。

    律「ああ、気持ち悪い奴らだよ。勝手に私たちがレズだと思ってんだもんな」

    紬「あら…でも、いいじゃない、女の子同士、なかなか素敵だと思うな」

    律「…いや、まぁ、ムギが言うとそんなでもないけどさ…ソフトだし」

    律「でも、あいつらは自分の価値観押しつけてくるとこが気に入らないんだよ」

    律「ああいう手合って、女に対してもそういう傾向があったりするんだよな」

    律「理想からちょっとでもズレてると、異様に毛嫌いしたりするんだぜ」

    律「ほんと、自分勝手なお子様だよ」

    春原「ま、僕らがコテンパンにノしてやるから、大船に乗ったつもりでいろよ」

    624 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:18:31.29 ID:5LtM96Rl0
    お前らwwwwwwwwwwwwwwwwwww見てて腹立つなwwwwwwwwwwwえwっwwwww

    625 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:19:05.69 ID:c/+LQZXq0
    けいおんが女子高の理由がわかったw

    626 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:19:42.23 ID:y1qBevVn0
    俺…アニソングランプリと交互に見てたんだけど…こっちの方に見入ったよ

    627 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:19:47.18 ID:1qYNd8dxO
    はぁ~、っと拳に息をかけた。
    時代錯誤な表現が多すぎて、頼りなく映る。

    律「おまえ、絶対勝てよ? そんだけ豪語するんだからな」

    春原「ああ、楽勝さ。すでに勝ってるようなもんだよ」

    そううまくいけばいいのだが…。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「おー、ここだここだ」

    やってきたのは、文芸部室。
    文化系クラブの部室が宛がわれている旧校舎の一階に位置している。
    軽音部の部室である第二音楽室からは、階段を二度下るだけでたどり着けた。

    朋也「おまえ、こんなとこに奴に知り合いなんていたのか」

    春原「なに言ってんだよ、おまえもよく知ってる奴だって」

    朋也「あん?」

    俺と春原の共通の知人で、文芸部員?
    誰だろう…心当たりがない。

    がちゃり

    その時、部室のドアが開かれた。

    628 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:20:16.42 ID:cUBlBpOS0
    男子生徒「…ん? おまえら…」

    春原「よぅ、ひさしぶりだなっ、キョン」

    朋也(ああ…こいつか)

    キョン「ああ…久しいな、ふたりとも」

    このキョンという男は去年、俺たちふたりと同じクラスだった奴だ。
    素行が悪いわけでもなく、ごく普通の一般生徒だったのだが、なぜか気が合った。
    理屈っぽい奴で、なにかと俺たちの悪ふざけを止めてきたのだが、よくつるんでいたことを思い出す。
    ちなみに、キョンというのはあだ名で、本名は知らない。
    周りからそう呼ばれていたので、俺たちもそれに倣ったのだ。

    朋也「おまえ、文芸部なんて入ってたのか」

    春原「あれ? おまえ、知らねぇの? ここ、文芸部じゃないんだぜ」

    朋也「いや、はっきりそう書いてあるだろ」

    教室のプレートを指差す。

    キョン「あれは、裏側だ」

    朋也「裏?」

    キョン「表側に現在の部室名が書かれてある」

    朋也「ふぅん…」

    629 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:20:51.89 ID:DB5vwegq0
    急展開すぎる

    630 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:21:44.61 ID:1qYNd8dxO
    春原「ま、とにかく、変な団体になっちまってるんだよ」

    春原「そんで、おまえもその一味なんだよな」

    キョン「まぁ、そうだな。でも、よく俺がここの人間だって知ってたな」

    キョン「話したこと、なかっただろ、部活のこと」

    春原「わりと有名だぜ、おまえらの部活。その部員もな」

    キョン「相変わらず、くだらない事には詳しいんだな」

    春原「いい情報網を持ってるって言ってくれよ」

    キョン「はいはい…。で、今日はなんの用だ」

    キョン「なにか用事があるんだろ。でなきゃ、おまえらがこんなとこ来るわけないもんな」

    春原「お、察しがいいねぇ、さすがキョン」

    キョン「ああ、それと、ひとつ訊いていいか」

    春原「なに?」

    キョン「そっちの女の子たちは、なんなんだ」

    俺たちの後ろ、じっと黙って並んでいた軽音部の連中を指さした。

    春原「ああ、こいつらはさ…」

    631 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:21:49.59 ID:0XX6NZKd0
    京アニが集まっていたとは……

    632 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:22:06.70 ID:uvp/vcj8O
    キョンくんwwwwwwwwwwwってwwwwwwwwwww

    633 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:22:14.26 ID:cUBlBpOS0
    春原は、どういった経緯でここまで一緒にやってきたのか、おおまかに説明していた。

    キョン「へぇ…そんなことがあったのか」

    春原「だからさ、3on3のメンバー、頼めない?」

    キョン「まぁ、俺自身はやぶさかじゃないが…団長様がなんて言うかな」

    春原「許可とってきてくれよ」

    キョン「はぁ…わかったよ、善処してみる」

    春原「お、センキュー。頑張れよっ」

    背を向けて、ひらひらと手を振り、部室へと戻っていくキョン。

    律「…あんたら、妙なのと付き合いあるんだな」

    朋也「あいつのこと、知ってるのか」

    律「知ってるもなにも、あたしらの学年で知らない奴がいたことの方が驚きだよ」

    律「SOS団だかなんだかで、1、2年の頃、すげぇ暴れまわってたんだぜ?」

    朋也「へぇ、そうだったのか」

    律「っとにおまえは、やる気がないっていうか…そういうことに疎いんだな」

    朋也「まぁな」


    634 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:23:16.38 ID:wwQ5ak1M0
    ハルヒがこちらに付いた時点で負ける気がしない

    635 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:23:21.70 ID:DB5vwegq0
    キョンは3年か

    636 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:23:35.49 ID:1qYNd8dxO
    唯「涼宮さんって人が、すごくギター上手かったよね」

    律「ああ、一年の時の文化祭な…あれは、確かにすごかったな」

    律「聞いた話だと、素人だったらしいぞ」

    澪「そうだったのか? 信じられないな…」

    梓「そんなにすごかったんですか?」

    律「興味あるなら、映像あるから、今度見せてやるよ」

    梓「ほんとですか?」

    律「ああ。それと同時に蘇る、澪のしまパンの悲劇…」

    ぽかっ

    律「あでっ」

    澪「思い出させるなっ」

    秋山は顔を赤くして、涙目になっていた。

    唯「あちゃ~、りっちゃん、地雷踏んじゃったね」

    律「あれはお蔵入り映像だからな…マニアの間では高値で取引されているらしい」

    澪「ええ!? う、嘘だろ…」

    637 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:23:45.83 ID:c/+LQZXq0
    ID確認しちまったよ……

    638 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:23:59.11 ID:cUBlBpOS0
    へなへなと倒れこむ。

    律「あー、うそうそ、立ち直れ、澪っ」

    澪「………」

    しゅばっと立ち上がる。

    ぽかっ ぽかっ

    律「いでっ! 二発かよっ」

    澪「おまえが変な嘘つくからだっ」

    ―――――――――――――――――――――

    がちゃり

    キョン「………」

    しかめっ面で出てくる。

    春原「お、どうだった?」

    キョン「…なんとか許可が下りたよ」

    春原「やったな、さすがキョンっ」

    キョン「今度カツ丼おごってもらわにゃ、割に合わん…」

    639 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:24:26.10 ID:5LtM96Rl0
    長門1人で楽勝wwwwwww^^

    640 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:25:19.15 ID:1qYNd8dxO
    頭をさすりながら言う。
    多分、なにかぶつけられたんだろう。
    ドアの向こうからは、女と言い合いをする声と、物が飛び交っているような音が聞えていたのだ。
    なにかしらないが、ひと悶着あったんだろう。

    春原「消費税なら、おごるよ」

    キョン「セコいところは、相変わらずなんだな…」

    ―――――――――――――――――――――

    律「おらおら、どしたーっ、全然入ってないぞぉ」

    春原「おまえのパスが悪いんだよっ」

    律「なにぃ、人のせいにするなっ」

    グラウンド。
    隅の方に設置された外用ゴールの前に集まった。
    春原は、シュート練習。
    俺とキョンは、1対1で、交互にディフェンスとオフェンスの練習をしていた。
    軽音部の連中は、こぼれ球を拾ってくれたりしている。

    朋也「キョン、ディフェンスはもっと腰落としたほうがいいぞ」

    キョン「こんな感じか」

    朋也「ああ、それでいい」

    キョン「けっこうしんどいな、これは…」

    641 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:25:39.99 ID:cUBlBpOS0
    朋也「でも、文化部にしてはよく動けるほうだぜ」

    キョン「そうか?」

    朋也「ああ。あとはスタミナがあればいいんだけどな」

    キョン「悪いな。何ぶん、体育会系なノリとは縁のない生活をしてきたもんでな」

    朋也「もう一本いけるか?」

    キョン「ああ、こい」

    朋也「よし」

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「っはぁ…」

    からからになった喉を水道水で潤す。
    顔も、思いっきりすすいだ。
    気持ちがいい。
    こんな感覚、いつぶりだろうか。
    はるか昔に味わったっきり、ずっと忘れていた。

    澪「あの…これ、使ってください」

    そこへ、秋山が恭しくタオルを持ってきてくれた。

    朋也「ああ、サンキュ」

    642 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:26:32.78 ID:0v+hnIby0
    おまえらdisられてんぞwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

    643 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:27:31.39 ID:1qYNd8dxO
    受け取って、顔についた水気を拭き取る。

    朋也「これ、洗って返したほうがいいよな」

    澪「いえ、大丈夫です」

    朋也「そうか? じゃあ…はい」

    タオルを差し出して、返す。

    澪「あ…はい」

    澪「………」

    澪「あの…すみませんでした」

    朋也「なにが?」

    澪「勝負なんて、させちゃって…」

    朋也「いや…春原の奴が勝手に受けたのが悪いんだから、気にすんなよ」

    澪「でも…」

    朋也「いいから。な?」

    澪「はい…」

    朋也「それとさ、敬語も使わなくていいよ。俺にも、春原にも、キョンにもな」


    644 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:28:05.64 ID:cUBlBpOS0
    朋也「ちょっと不自然だろ? タメなんだからな」

    澪「え…あ…はい」

    朋也「はい?」

    澪「う…うん…」

    朋也「それでいい」

    澪「あぅ…」

    ぽんぽん、と肩を軽く叩き、グラウンドへ戻った。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「だぁー、疲れたぁ…」

    キョン「同じく…」

    朋也「俺も…」

    三人とも、地面に寝転がる。
    暗くなり、もうボールがよく見えなくなっていた。
    練習も、ここで終わりだった。

    春原「あしたは朝錬するからな」

    寝転がったまま言う。


    645 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:29:16.18 ID:y1qBevVn0
    >>603
    全力で付いていくぜ
    がんがれ

    646 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:29:21.89 ID:1qYNd8dxO
    朋也「部活かよ…」

    春原「それくらい徹底してやって、大差で勝ってやるんだよ」

    朋也「なんでそんなにやる気なんだ、おまえは」

    春原「僕をバカ呼ばわりしたあの野郎が悔しさで顔を歪めるとこ見たいからね」

    朋也「あんがい根に持ってたんだな、おまえ…」

    春原「まぁね」

    キョン「…それにしても、おまえら、なんか変わったよな」

    キョンがぽつりとそう漏らした。

    春原「なにが?」

    キョン「こういうことに、真剣になるような奴らでもなかったろ」

    朋也「………」

    それは、確かにそうだ。
    いつだって、部外者でいて、傍観して…
    必死に頑張るやつらを、斜めから見おろしていた。

    キョン「いつもおちゃらけてて、楽しそうだったけどさ…」

    キョン「どこか、懸命になることを避けてるっていうか…」

    647 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:29:47.88 ID:cUBlBpOS0
    キョン「わざと冷めたようにしてた気がするんだよ」

    キョン「でも、今は他人のために、こうまで頑張ってるしな」

    キョン「なにか、あったのか」

    朋也「………」

    春原「………」

    俺と春原は黙ったまま顔を見合わせた。
    お互い、気づかないうちに、そんな熱血漢になってしまったのだろうか。
    いや…そんなわけない。
    こんなにも汗をかけるのは、あいつらのためだからだろう。
    それは、春原も同じ想いのはずだ。

    朋也「…別に、何もねぇよ」

    春原「ああ。前と、全然変わってないけど?」

    キョン「…そうか。まぁ、いいさ」

    唯「お疲れさまぁ~」

    平沢の声がして、体を起こす。
    軽音部の連中が、こっちにやってきていた。
    ボールの片づけが終わったんだろう。

    唯「スポーツドリンクの差し入れだよぉ、どうぞ」

    648 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:29:49.57 ID:vASF969k0
    どこまでもついていくよ

    649 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:30:36.64 ID:0v+hnIby0
    こんな凄まじい>>1ははじめて見た・・・

    保守なんてする暇すら与えない投下速度・・・

    650 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:30:50.28 ID:1qYNd8dxO
    朋也「お、サンキュ」

    唯「はい、春原くん」

    春原「なかなか気が利くじゃん」

    唯「はい、どうぞ」

    キョン「ああ、どうも」

    三人とも受け取った。

    春原「もう喉からからなんだよね、僕」

    言って、プルタブを開け、一気に飲み始める。

    春原「ぶぅほっ!」

    いきなり噴き出した。

    春原「って、なんでおしるこなんだよっ!」

    律「わはははは! ひっかかりやがった!」

    651 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:31:13.49 ID:cUBlBpOS0
    春原「てめぇか、デコっ!」

    律「うわぁ、おしるこが逆流して鼻から出てるよ、きったねぇーっ!」

    春原「てめぇっ」

    律「うひゃひゃひゃ」

    いつものように子供の喧嘩が始まる。
    緊張感のない奴らだった。

    ―――――――――――――――――――――


    652 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:32:33.90 ID:1qYNd8dxO
    4/22 木

    憂「岡崎さん、土曜日にバスケットの試合するんですよね?」

    憂「お姉ちゃんから聞きましたよ」

    朋也「あ、ああ…」

    憂「私、応援に行きますねっ」

    朋也「ああ…ありがとな」

    憂「はいっ」

    まぶしい笑顔で返事をくれる。

    朋也「おい、平沢、おまえどんなふうに話したんだよ」

    唯「え? バスケの試合で大盛り上がりするよ~って感じかな?」

    朋也「おまえな…けっこう重要なことがかかってんだぞ」

    朋也「負けりゃ、これから先ずっと変なのにつきまとわれちまうんだ」

    朋也「そうなったら、おまえだって変な事されるかもしれなんだぞ」

    朋也「そんなの、俺は絶対…」

    許すことができない…。
    言いかけて、やめる。

    653 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:33:01.35 ID:cUBlBpOS0
    こいつになにかされるのは確かに嫌だが…
    それは知人だからであって、なにも俺がそこまで強く拒むことはないだろうに…。

    朋也(彼氏じゃあるまいし…)

    唯「なに?」

    朋也「いや…とにかく、そんな軽くないんだ」

    唯「でも、楽しまなきゃ損だよ?」

    朋也「いや、だから…」

    唯「大丈夫。岡崎くんたちは勝つよっ。そんな予感がしてるんだ」

    唯「私のカンって、よく当たるんだよ?」

    屈託なく言う。
    本当に事の重大さがわかっているんだろうか、こいつは…。

    ―――――――――――――――――――――

    たんっ たんっ たんっ…

    ボールが跳ねる音。
    朝錬をする運動部のかけ声に混じって、グラウンドの方から聞えてくる。
    音源に目を向けると、春原がドリブルをしているところだった。

    朋也(あいつ、もう来てんのか…)

    654 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:34:16.33 ID:1qYNd8dxO
    信じられない…あの春原が。
    そこまで本気で勝ちたいということか。

    唯「あ、春原くんだ。おーいっ」

    平沢が声を上げ、手を振る。
    春原がこちらに気づき、駆け足でやってきた。

    春原「やぁ、おはようっ」

    唯「おはよ~」

    憂「おはようございます」

    朋也「おまえ、マジで朝錬やってんのな」

    春原「おまえも今からやるんだよ」

    朋也「マジかよ…」

    春原「きのう言っただろ? おまえだって、僕の部屋から早く帰ってったじゃん」

    そうなのだ。
    昨夜は、こいつが早めに眠りたいと言い出して、日付が変わる前に帰宅していた。
    俺も、体が疲れていたので、すんなりと眠ることが出来たのだが。

    朋也「おまえが眠たいとか言ってたからだろ」

    春原「ま、そうだけどさ…」

    655 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:34:40.94 ID:cUBlBpOS0
    春原「とにかく、やろうぜ」

    朋也「はぁ…わかったよ。平沢、鞄頼む」

    唯「あ、うん」

    鞄を手渡す。

    唯「あとで私も来るね」

    憂「じゃあ、私も来ます」

    朋也「ああ、わかった」

    別れ、平沢姉妹は正面玄関の方へ歩いていった。

    キョン「うお…おまえらがほんとに朝から来てるなんてな…」

    そこへ、入れ替わるようにしてキョンが現れた。

    キョン「明日はカタストロフィの日になるのか」

    春原「いいとこにきたな、キョン。早速練習するぞ」

    キョン「鞄くらい置きに行かせてくれよ」

    春原「そんな時間はないっての。いくぞ」

    キョン「やれやれ…」

    656 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:35:49.28 ID:1qYNd8dxO
    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    昼休み。

    唯「岡崎くん、春原くん、これ食べていいよ」

    平沢がタッパーに入ったハチミツレモンを差し出してきた。

    唯「ほんとは放課後の練習の後に出すつもりだったんだけど…」

    唯「朝錬で疲れただろうからさ」

    朋也「お、サンキュ」

    春原「センキュー」

    唯「あ、キョンくんの分も残しておいてあげてね」

    朋也「ああ、わかった」

    春原「皮だけ残しとけばいいよね」

    唯「ダメだよ、実の部分も残さないと」

    春原「それは保証できないなぁ」

    657 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:36:07.71 ID:cUBlBpOS0
    唯「じゃあ、春原くんは食べちゃダメっ!」

    春原「冗談だよ、冗談」

    言って、一切れつまんで口に放った。

    春原「うまいね、これ」

    唯「ほんとに?」

    春原「ああ」

    唯「よかったぁ」

    俺もひとつ食べてみる。

    朋也「お、マジだ。うまい」

    唯「えへへ、作った甲斐があったよ」

    律「おまえが作ったのか? 憂ちゃんじゃなくて?」

    唯「うん、そうだよ」

    律「へぇ、珍しいこともあるもんだ」

    唯「私だってやる時はやるんだよっ、ふんすっ」

    誇ったように息巻いていた。

    658 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:36:33.04 ID:5LtM96Rl0
    キョンはいいやつだなー

    659 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:37:21.45 ID:1qYNd8dxO
    紬「私からも、よかったらこれ、どうかな」

    弁当箱の蓋に黒い固形物を載せ、打診してくる。

    春原「ムギちゃんからのものなら、もちろんもらうよっ」

    春原「な、岡崎」

    朋也「ん、ああ、まぁ」

    紬「じゃあ、どうぞ」

    俺たちの前に蓋が置かれる。

    春原「でも、これって、なに?」

    紬「トリュフよ」

    朋也「トリュフって…あの、三大珍味の?」

    紬「うん」

    なんともスケールのでかい弁当だった。
    俺も驚いたが、軽音部の連中も、真鍋さえも驚愕していた。

    春原「ふぅん、なんか、おいしそうだねっ」

    唯「とりゅふ?」

    いや…約二名、知らない奴らがいた。

    660 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:37:40.83 ID:cUBlBpOS0
    春原「むぐむぐ…なんか、不思議な味わいだね、これ…」

    紬「そう? よく食卓に出てくるだろうから、馴染み深いと思ったんだけど…」

    それはおまえだけだ。

    春原「でも、おいしいよ、ムギちゃん補正で」

    紬「ふふ、ありがとう」

    朋也(俺も食べてみよう)

    もぐもぐ…
    確かに、不思議な味わいだった、
    まずくもないし、かといって、うまくもない…
    正直、微妙だった。
    庶民の舌には合わないんだろう。
    おとなしく身の丈にあったシイタケあたりでも食べていた方がいいんだ、きっと。

    澪「あの…よかったら、これもどうぞ」

    秋山も琴吹に倣い、弁当箱の蓋に乗せ、俺たちに差し出してきた。

    律「って、それ、おまえのメインディッシュ、クマちゃんハンバーグじゃん」

    律「いいのか、主力出しちゃって」

    澪「いいんだよ、頑張ってもらってるんだし」

    朋也「いや、別に、そんなに気を遣ってもらわなくてもいいけど」

    661 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:38:07.68 ID:DxoLJQs00
    らきすたとぱにぽにも混ざるのかな・・・?

    662 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:38:48.87 ID:1qYNd8dxO
    澪「私がしたいだけだから…気にしないで」

    朋也「そうか?」

    澪「うん」

    朋也「じゃあ、ありがたく」

    箸でハンバーグを掴み、口に運ぶ。
    もぐもぐ…

    朋也「うん…うまい」

    澪「あ、ありがとう…」

    春原「じゃ、僕も」

    春原もひとつ食べる。

    春原「お、うめぇ」

    澪「よかった…」

    律「つか、澪、おまえ、敬語じゃなくなってるな」

    澪「岡崎くんが、敬語じゃなくていいって言ってくれたんだよ」

    ちらり、と伏目がちに俺を見てくる。

    律「ふぅん、岡崎がね…」

    663 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:39:22.42 ID:cUBlBpOS0
    にやっと含み笑い。
    なにかまた、変な機微の嗅ぎ取り方をしてるんだろうな、こいつは…。

    唯「さすが岡崎くん、心が広くていらっしゃる」

    朋也「普通だろ…」

    律「ふ…岡崎、あんたもつくづく、アレだよなぁ」

    アレ、なんて代名詞でボカしているのは、きっといい意味じゃないからに違いない。

    律「ま、いいや。それは置いといて、私からも、なにかあげようではないか」

    律「そうだな…これでどうだ、キンピラゴボウ」

    春原「うわ、一気にレベル下げやがったよ、こいつ」

    律「なんだとっ! あたしのキンピラゴボウなんだぞっ!」

    春原「だからなんだよ」

    律「つまり、間接キスの妄想が楽しめるだろうがっ!」

    律「それだけで値千金なんだよっ!」

    春原「うげぇ、胃がもたれてきたよ、そんな話聞いたらさ…」

    律「なんだと、ヘタレのくせにっ」

    春原「キンピラゴボウ女は黙ってろよ」

    664 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:40:43.44 ID:1qYNd8dxO
    律「ぐぬぅ…」

    春原「けっ…」

    和「このふたり、仲悪いの?」

    朋也「いや…似たもの同士なんだろ、多分…」

    ―――――――――――――――――――――

    飯を食べ終わると、残りの時間は練習に費やした。

    春原「かぁ、やっぱ岡崎、おまえ、うめぇよ」

    キョン「だな。さすが、元バスケ部」

    俺は今しがた、2対1の状況をドリブルで突破したところだった。

    朋也「でも、このあと俺が得点に繋げられるのは、左からのレイアップだけだからな」

    朋也「シュートするより、おまえらにパス回す機会の方が多くなるはずだ」

    朋也「だから、頼んだぞ、ふたりとも」

    春原「任せとけって。僕の華麗なダンクをお見舞いしてやるよ」

    朋也「ああ、おまえのプレイで、ちゃんとベンチを温めといてくれよ」

    春原「それ、ただの空回りしてる控え選手ですよねぇっ!?」

    665 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:41:05.41 ID:cUBlBpOS0
    キョン「ははは、そういうノリは、変わらないんだな」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。

    キョン「なんか…よかったのか、俺まで…」

    紬「今は軽音部チームの仲間なんだから、遠慮しないで」

    紬「はい、ケーキ。どうぞ」

    キョン「はぁ、どうも」

    練習前、部室に集まり、お茶をすることになった。
    その流れで、こいつもここに連れてこられていたのだ。

    キョン「おお…うまい。紅茶も、最高だ」

    紬「ふふ、ありがとう」

    キョン「ああ…朝比奈さん…」

    小声でつぶやく。

    朋也(朝比奈…?)

    666 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:41:24.15 ID:0XX6NZKd0
    きっと京アニの男キャラが助っ人に加わっただけじゃね?


    667 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:42:58.88 ID:BBdbiSMJ0
    となると相手はコンピ研の3人か

    668 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:43:27.59 ID:1qYNd8dxO
    春原「キョン、てめぇ、ムギちゃんに色目使ってんじゃねぇよ」

    春原「おまえには、涼宮って女がいるんだろ」

    キョン「いや、あいつは別に…」

    律「マジ? 涼宮さんとデキてんの?」

    キョン「いや、だから、そんなんじゃないぞ」

    春原「でも、聞いた話だと、確定だって言ってたぜ」

    キョン「誰に聞いたんだよ…」

    春原「谷口って奴」

    キョン「あの野郎…」

    律「で、どこまで進んだの?」

    キョン「進んだもなにも、最初から…」

    がちゃり

    さわ子「チョリース」

    さわ子さんがふざけた挨拶と共に入室してくる。

    さわ子「今日もお菓子用意…って、キョンくん?」

    669 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:43:47.62 ID:cUBlBpOS0
    キョン「ああ、どうも、先生」

    律「なに? 親しい感じ?」

    キョン「去年の担任だ」

    律「あ、そなの」

    さわ子「どうしたの? なんであなたがここに?」

    キョン「いやぁ、いろいろありまして…」

    律「あ、そうだ、聞いてくれよぉ、さわちゃ~ん…」

    ―――――――――――――――――――――

    さわ子「ふぅん、そんなことになってたのね…」

    言って、紅茶を一杯すする。

    律「ふざけた奴らだろ?」

    さわ子「そうね」

    朋也(あ…そうだよ…この人なら…)

    朋也「さわ子さん、教師だろ? なんとか言って聞かせてやれないか?」

    俺はなんでこんな基本的なことを忘れていたんだろう。
    あの時は、特異な雰囲気に飲まれてしまい、この発想自体が湧かなかったのかもしれない。

    670 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:43:50.00 ID:wwQ5ak1M0
    京アニならフルメタも…

    671 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:45:07.64 ID:1qYNd8dxO
    それは、他の奴らも同じだったのかわからないが…
    とにかく、こういう時こそ、大人の力を借りるべきだ。
    バスケの試合なんてせずとも、一発で解決できるはず。

    さわ子「できるけど…あえて、しないわ」

    朋也「あん? なんでだよ」

    さわ子「女の子を守るため、ガチンコで勝負するなんて…青春じゃない」

    さわ子「止める事なんて、できないわ」

    朋也「そんな理由かよ…」

    さわ子「めいっぱい戦いなさい。そんなの、若い内にしかできないんだから」

    律「若さに対する哀愁がすげぇ漂ってんなぁ…」

    さわ子「おだまりっ」

    だん、と激しく机を叩いた。

    律「しーましぇん…」

    部長も、その迫力の前に縮こまる。

    さわ子「ま、でも、いざとなったら、助けてあげるわよ」

    唯「さわちゃん、頼もしい~」

    672 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:45:10.21 ID:QfkttWQJ0
    ふんもっふ


    673 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:45:28.80 ID:cUBlBpOS0
    さわ子「おほほほ、任せておきなさい」

    キョン「この人も、相変わらずだな…」

    朋也「ああ…」

    でもこれで、試合に負けたときの保険ができた。
    それは精神的にも大きい。ただの消化試合になったんだから。
    さわ子さんに話を聞いてもらえてよかった。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「ふぅ…」

    休憩を取るため、ひとり日陰に移り、石段に腰掛ける。
    グラウンドでは、春原とキョンの1on1が始まっていた。
    少し離れたこの位置で、その様子を眺める。

    澪「おつかれさま」

    秋山が寄ってきて、昨日のようにタオルを渡してくれる。

    朋也「ああ、サンキュ」

    受け取り、汗を拭き取る。

    澪「あの…」

    朋也「ん?」

    674 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:46:01.26 ID:630/GOrz0
    700行く前に容量不足になりそうだお?

    675 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:46:37.02 ID:1qYNd8dxO
    澪「岡崎くんって、バスケ上手いね」

    澪「春原くんと、キョンくんも、よく動いてるけど…」

    澪「でも、岡崎くんは、二人とはなんか動きが違うっていうか…」

    澪「次にどうすればいいのをわかってるように見えるんだ」

    澪「それに、ドリブルも上手だし」

    朋也「まぁ…昔、ちょっとやってたからな」

    澪「そうだったんだ…」

    朋也「ああ」

    澪「………」

    会話が終わり、沈黙が訪れる。
    秋山は、なにかもじもじとしていて、必死に話題を探しているように見えた。

    朋也「でも、よかったな。さわ子さんがバックについてくれてさ」

    放っておくのもなんだったので、俺から話を振ってみた。

    朋也「これで勝敗に関係なく、おまえは助かったわけだ」

    澪「そう…なのかな…」

    朋也「ああ。まぁ、楽に構えてるといいよ」

    676 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:47:02.63 ID:cUBlBpOS0
    澪「うん…」

    朋也「タオル、サンキュな。ほら」

    座ったまま手を伸ばす。

    澪「あ、これ…水で濡らしてこようか?」 

    澪「体に当てたら、ひんやりして気持ちいいと思うんだけど…」

    受け取ったタオルを手に、そう訊いてきた。

    朋也「ん、ああ…それも、いいかもな」

    澪「じゃあ、ちょっと待っててね。行ってくるから」

    いい顔になり、水道のある校舎側に駆けていった。

    朋也(にしても…)

    よく動いてくれる。
    球拾いにも積極的だし、水分補給のサポートだって、率先してやってくれていた。
    自分のファンクラブが起こした問題だったから、責任を感じているんだろうか。

    朋也(そんな必要ないのにな…)

    空を見上げ、ぼんやりと思った。

    声「きゃあ…ちょっと…」

    677 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:48:36.53 ID:1qYNd8dxO
    朋也(ん…?)

    秋山の声。
    さっき向かっていった方に顔を向ける。
    すると、秋山が男二人に詰め寄られているのが見えた。
    あの時、部室に押しかけてきた連中の中に見た顔だった。

    朋也(あいつら…)

    立ち上がり、走って駆けつける。
    その間、男たちが秋山からタオルを取り上げ、下に叩きつけているのが見えた。
    あげく、踏みつけだしていた。

    朋也「なにやってんだ、こらぁっ!」

    男子生徒1「ちっ…くっそ…」

    男子生徒2「…ざけんな…」

    俺が怒声を浴びせると、すぐに退散していった。

    澪「うぅ…ぐす…ぅぅ」

    秋山は、怯えたように身を小さくして泣いている。

    朋也「どうした? 大丈夫か?」

    澪「うぅ…大丈ぬ…」

    朋也「だいじょうぬって、おまえ…」

    678 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:49:00.44 ID:cUBlBpOS0
    気が動転しているのか、舌が回っていなかった。

    朋也「とりあえず、向こうまでいって、休もう。な?」

    近くに小憩所として使われているスペースがあった。
    そこで一旦落ち着いたほうがいいだろう。

    澪「ぐす…うん…」

    俺は、泣き止む様子のない秋山を連れてゆっくりと歩き出した。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「ほら、これ飲め。コーヒーだけど」

    澪「…ありがとう」

    プルタブをあけ、ずず、と一口飲む。

    朋也「落ち着いたか?」

    澪「…うん」

    朋也「で、なにされたんだよ。場合によっちゃ、すぐにでも殴りにいってやる」

    澪「だ、だめだよ、そんなことしちゃ…」

    朋也「でもさ、そこまで泣かせてんだぜ。よっぽどだったんじゃないのか」

    澪「それは、私が…その、弱くて…すぐ泣くのが悪いんだよ」

    679 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:50:26.18 ID:1qYNd8dxO
    朋也「でもな…」

    澪「ほんとに、いいの。たいしたこと、されたわけじゃないから」

    朋也「…そっかよ。でも、タオル踏まれてたよな」

    澪「う、うん…」

    朋也「幼稚なことするやつらだよな。人のものに当たるなんてさ」

    朋也「おまえ、なんかしたわけじゃないんだろ?」

    朋也「理由もなくいきなりなんて、意味わかんねぇな」

    澪「私が、男の子の世話してるのが、嫌だったみたい」

    朋也「あん?」

    澪「岡崎くんに、私のタオル渡したりとか…そういうのが」

    朋也「ああ…」

    ファンからしてみれば、それは許されない行為だったんだろう。
    自分たちだけにしか笑顔を向けてはいけないとでも思っているんだろうか。

    朋也「迷惑な奴らだな。別に、アイドルってわけでもないのに」

    澪「うん…私なんかじゃ、全然そんなのできないよ」

    朋也「いや、俺は別におまえが可愛くないと思って、言ってるわけじゃないぞ」

    680 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:50:55.34 ID:zY1b0poO0
    エロシーン入れろよ
    梓をヤらせろよ
    青春ラブストーリーとか誰得

    681 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:51:07.49 ID:cUBlBpOS0
    朋也「どっちかといえば…つーか、普通に可愛い方だと思ってるからな」

    朋也「落ち込んだりするなよ」

    朋也(って、なに言ってんだ、俺は…)

    この頃、俺のキャラが崩れてきている気がしてならない…。
    こんなに気軽に、女の子に向かって可愛いなんて言う奴でもなかったのに…。
    いかん…もっと気を引き締めなければ…。

    澪「あ…ありがとう…」

    澪「………」

    朋也「………」

    お互い、押し黙る。若干重い沈黙。

    朋也「まぁ、なんだ。試合、絶対勝つよ」

    振り払うように、努めて明るくそう言った。

    朋也「それで、あいつらに直接言ってやれ。もう私につきまとうな、ってさ」

    澪「言えないよ、そんなこと…」

    朋也「遠慮するなよ。報復なんかさせないから」

    朋也「もし、やばそうなら、俺たちを頼ればいいんだ」

    682 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:51:43.54 ID:b4ZW6ocJ0
    >>1がすごすぎるww
    13時から作業しながら読んでるけどなかなか追いつかねえ
    飯とかちょっと出かけただけでめっちゃ進んでる
    そして今やっと追い付いた なんか感動した>>1乙

    あずにゃんと岡崎は対立したままか 絡んでほしいな まあがんばれ

    683 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:52:24.29 ID:1qYNd8dxO
    朋也「そんなことくらいしか、俺と春原の存在意義なんてないんだからさ」

    澪「そんなことないよ。ふたりがいたら、いつもより賑やかで楽しいもん」

    平沢のようなことを言う。
    それがなんだか可笑しくて、思わず笑ってしまった。

    澪「え…なに?」

    朋也「いや…なんでもない」

    澪「………?」

    疑問の表情を浮かべたが、すぐに秋山も可笑しそうに笑った。
    俺も、つられてまた笑顔になる。

    梓「あのぉ…盛り上がってるところ、悪いんですけど…」

    どこから湧いたのか、中野がイラついた声をぶつけてきた。

    澪「あ、梓…いつから…っていうか、なんでここに…」

    梓「先輩たちがいないんで、探してくるように言われたんです」

    澪「そ、そっか…」

    梓「はぁ、でも…」

    落胆したように、大げさに息を吐いた。

    684 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:52:41.14 ID:OXK99RZ2Q
    >>680
    このSSおまえ出てるぞ

    685 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:53:02.72 ID:cUBlBpOS0
    梓「岡崎先輩はまだしも…澪先輩がこんなところでサボってるなんて…」

    梓「私、見たくありませんでした」

    澪「い、いや、これはサボってたわけじゃないぞ、うん」

    澪「今戻ろうと思ってたところなんだ、ははは」

    コーヒーのカンを持って、立ち上がる。

    澪「じ、じゃあ、戻ろうかな、はは」

    言って、そそくさと立ち去っていった。
    先輩の威厳を保ちたかったんだろうか。
    ずいぶんと取り繕っていたが…。
    ともあれ、残された俺と中野。

    梓「…はぁ、唯先輩と憂の次は、澪先輩ですか…」

    梓「節操なしですね…死ねばいいのに」

    冷たく言い放ち、戻っていく。

    朋也(ついに死ねときたか…)

    あいつと和解する日は、きっとこないんだろうな…。

    ―――――――――――――――――――――

    686 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:53:02.86 ID:W9DTjdQ30
    >>1のせいでポケモンが進まない



    しえん

    687 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:54:11.06 ID:WpfFlxSRO
    律ちゃんのおし○こ…ゴクリッ

    688 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:54:29.31 ID:1qYNd8dxO
    4/23 金

    唯「いよいよ明日だねっ。楽しみだなぁ」

    朋也「気楽でいいな、試合に出ない奴は」

    唯「む、気楽ってわけじゃないよ。私も気合十分だよ」

    唯「ほら、こんなのも用意したんだから」

    なにかと思えば、鞄からクラッカーを取り出していた。

    唯「ゴールしたら、これで、パンッ!ってやるからね」

    朋也「パーティーじゃないんだぞ…」

    憂「お姉ちゃん、こっちのほうがいいよ」

    対して憂ちゃんは、小さめのメガホンを取り出した。
    やはり常識があるのは妹である憂ちゃんの方だ。

    唯「なるほど、それで、パンッ!の音を拡大するんだねっ」

    ずるぅ!

    俺と憂ちゃんは漫画のように転けていた。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    689 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:54:36.79 ID:R97QJGKpO
    >>1投下速度ヤバいwwwしかも内容も雰囲気が一緒だしwwwホントに頑張ってくれ!

    690 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:55:00.01 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    昼。

    唯「ねぇ、私さ、応援の舞考えたんだけど、みんなでやらない?」

    律「応援の舞? なんだそりゃ」

    唯「こんなのだよ。みてて」

    立ち上がり、目をつぶった。
    そして、かっ、と見開く。

    唯「ここから先が戦えるようにやってきた…」

    唯「顔の形が変わるほどボコボコに殴られて…死を感じて、小便を漏らしても、心が折れないように…」

    唯「あの時のように…2度と心が折れないように、やってきた!!!」

    唯「ハッ!」

    両手をばっと上げて止まる。

    唯「はぁ…はぁ…ど、どうかな…」

    律「いや、息切れしてるし、なんか漏らしたことになってるし…絶対やだ」

    唯「そんなぁ、私の2時間が水の泡だよぉ」

    律「2分考えたあたりでダメなことに気づけよ…」

    691 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:55:28.98 ID:y1qBevVn0
    >>682
    いやマジですげえよな
    落としどころをどこにするか興味津々だ
    クラナドでいうとまだ10%もいってねえだろ?

    692 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:56:13.82 ID:1qYNd8dxO
    唯「ちぇ…」

    律「そんなもんより、澪の萌え萌えキュン☆161連発でどうだ」

    澪「や、やだよ、体力的にも、その中途半端な数字的にも…」

    律「まぁ、最後に一発鉤突きが当たったって事だな」

    律「単純計算で1分15秒…反撃を許さない萌え萌えキュン☆の連打を打ち込むんだ」

    澪「なんの話だ?」

    律「いや、なんでもない。気にするな」

    澪「?」

    唯「そうだ、和ちゃん、全校放送で試合実況とかしちゃだめかな?」

    和「ダメに決まってるでしょ…」

    唯「ぶぅ、けちぃ…」

    春原「まぁ、応援なら、ムギちゃんがしてくれるだけで三日は戦えるけどね」

    紬「そう? コストがかからなくて、うれしいな♪」

    春原「消耗品扱いっすかっ!?」

    律「わははは!」

    2 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 21:59:34.26 ID:cUBlBpOS0
    ―――――――――――――――――――――

    昨日同様、食べ終わると、練習に向かった。

    春原「ふーい…なんか、やけに気合入ってるね、岡崎」

    キョン「確かにな。昨日、いなくなって、戻ってきたあたりからずっとこの調子だもんな」

    朋也「単に負けたくなくなっただけだよ」

    春原「でもさ、二年から聞いたけど、秋山としっぽりしてたんだろ?」

    春原「そん時なんかあったんじゃないの?」

    朋也「なにもねぇよ」

    春原「ふぅん…てっきり、平沢と二股かけてんじゃないかと思ったんだけどねぇ」

    キョン「え? 岡崎って、平沢さんとそんな仲なのか?」

    春原「まだそういうわけじゃないんだけどさ…」

    春原「でも、両思い臭いんだよね、朝も一緒に登校して来てるみたいだし」

    キョン「へぇ、あの岡崎がね…丸くなったもんだ」

    朋也「キョン、こいつの言うことなんて、8割嘘だって知ってるだろ。話半分に聞いとけよ」

    春原「でも、残り2割は事実だろ?」

    3 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:01:47.73 ID:OXK99RZ2Q
    あずにゃんってこんなキャラだっけ?

    4 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:01:59.48 ID:630/GOrz0
    Keyに就職したらいいんじゃないかな

    5 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:02:31.14 ID:1qYNd8dxO
    朋也「違う。現実逃避の妄想だ」

    春原「それ、もう発言全てが妄言ですよねぇっ!」

    キョン「ああ、そうだったな。危うくあっちの世界に連れてかれちまうとこだった」

    春原「病人みたくいうなっ! こいつが平沢と登校して来てんのはマジだよっ」

    朋也「あれ、また幻聴が聞える」

    キョン「俺も、かすかに耳に残ってるわ、なんだろ」

    春原「取り合ってももらえないんすかっ!?」

    朋也「キョン、今、う○こって言ったか?」

    キョン「まさか、そんなこと言うの、あいつくらいだろ、あの金髪の…」

    キョン「誰だっけ?」

    朋也「さぁ?」

    春原「ほんと、おまえら最低のコンビっすねっ!」

    春原「ちくしょう…これも、去年と変わんないのかよ」

    キョン「ああ、悪かった、悪ノリしすぎたよ。つい、懐かしくなってな」

    春原「つい、でやらないでほしんですけどねぇ…」

    6 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:03:01.85 ID:b4ZW6ocJ0
    >>1乙 マジがんばれ 

    7 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:03:03.26 ID:cUBlBpOS0
    そう、いつも春原をいじめた後は、こいつがこうしてアフターケアに入っていたのだ。
    この感じも久しぶりだったが、すぐに調子が戻ってきた。

    朋也「おい、明日は勝つぞ。わざわざ俺たち三人、雁首揃えてるんだからな」

    キョン「ああ、そうだな」

    春原「…ま、そうだね」

    朋也「春原の幻影も、どうやら納得したようだな」

    春原「ここまできて、まだ僕の存在はおぼろげなのかよっ!?」

    キョン「はははっ」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。

    春原「なんなんだろうね、こんなとこで待機してろなんてさ」

    朋也「さぁな」

    キョン「あの人の考えは読み辛いからなぁ。突拍子もないことも割とするし」

    さわ子さんに退室するよう言われ、男三人、部室の前でだべっていた。

    8 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:04:12.92 ID:1qYNd8dxO
    がちゃり

    さわ子「お待たせ~」

    間の抜けた声を伴って、室内を一望できるほどに扉が広く開け放たれた。

    さわ子「どう? この子たちは」

    唯「いぇい、似合う?」

    律「動きやす~」

    紬「うん…ちょっと胸がきついかなぁ…」

    澪「うぅ…」

    梓「………」

    見れば、全員チア服を着ていた。
    限界まで短いスカート、ノースリーブの薄い服、動けばわかる、胸の揺れ…
    目のやり場に困るその姿に、逆に俺たちは釘付けとなり、言葉を発せなかった。

    さわ子「明日はこれで応援するのよ」

    澪「先生、やっぱり、やめませんか、これ…」

    梓「そ、そうですよ、恥ずかしいです…」

    梓「それに、岡崎先輩とかが、いやらしい目でみてくると思うんです」

    9 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:04:30.04 ID:+zS/7w/f0
    まあけいおんの方は結構違和感あるね

    10 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:04:33.43 ID:cUBlBpOS0
    なぜ俺限定なんだ…。

    さわ子「あら、でもそういう衣装の方が、男は喜んで、力が発揮できるものなのよ?」

    さわ子「そうでしょ?」

    俺たちに振ってきた。

    朋也「いや、まぁ…」

    キョン「でも、これはさすがに…」

    春原「さわちゃん、やっぱわかってるねっ」

    欲望に忠実な変態が一匹。

    さわ子「ふふ、まぁね。だてに二十数年生きてないわ」

    さわ子「って、歳のこと言うなっ」

    ぽかっ

    春原「ってぇっ! 自分で言ったんでしょっ!」

    さわ子「あら、そうだったわね、ごめんなさい」

    春原「誰かさん並に理不尽だよ、この人…」

    唯「ねぇねぇ、どう? 可愛くない? この服」

    11 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:05:30.34 ID:0XX6NZKd0
    キョンって何気に良いキャラだよな。
    人当たりというか世渡り上手というか……

    12 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:05:48.70 ID:1qYNd8dxO
    言って、くるくると回った。

    朋也「わ、馬鹿、おまえ、んな激しく動くなっ」

    唯「え? なんで?」

    朋也「いや、それは…」

    梓「あーっ! この人、見たんですよ、絶対っ!」

    唯「何を?」

    梓「唯先輩の下着ですっ!」

    唯「…いやん」

    朋也「不可抗力だろっ」

    梓「目をそらせばよかったじゃないですかっ! ガン見することないでしょっ!」

    朋也「してねぇよ…」

    梓「嘘つきっ! 目にしっかり焼き付けてましたっ!」

    朋也「だぁーっ、なんなんだこいつはっ!」

    キョン「先生、こういうことにならないためにも、チアはやめたほうが…」

    さわ子「あら、そう?」

    13 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:06:11.00 ID:y1qBevVn0
    あずにゃんと一緒にハンバーガー食べたり猫とじゃれたりした日が懐かしいぜ…

    14 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:06:14.86 ID:cUBlBpOS0
    春原「あ、てめぇキョン、余計なこと言うなよっ」

    キョン「いや、でもだな…」

    さわ子「じゃあ、バニーガールなんてどうかしら?」

    キョン「ぶっ!」

    春原「なに過剰反応してんだよ、むっつり野郎」

    キョン「ち、違う、二年前のトラウマが蘇っただけだ…」

    梓「先生、私もこの衣装を着るのはやめたほうがいいと思います」

    梓「絶対、岡崎先輩が本能をむき出しにして、警察沙汰になると思いますから」

    朋也「だから、なんで俺だけを槍玉に挙げるんだ…」

    澪「私も、普通に応援したいです…」

    唯「私はこれ着て応援したいな~」

    朋也「いや、やめてくれ…」

    唯「ええ? なんで?」

    朋也「普通にしてくれてたほうが、いろいろと助かる」

    唯「えぇ…なら、しょうがないかぁ…ちぇ」


    15 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:07:11.86 ID:1qYNd8dxO
    春原「ムギちゃんは、それ着てくれるよね? ていうか、もう普段着にしようよっ」

    律「やらしいやっちゃなー、このエロ原め」

    春原「っせぇよ、おまえは一年中ジャージでも着てろ」

    律「おまえならジャージの上からでも欲情してきそうだけどな、こわいこわい」

    春原「はっ、ジャージの上着をズボンにインしてる奴なんかにするかよ」

    律「そんな着こなし方しねぇよっ、ヘタレっ!」

    春原「ヘタレは今関係ないだろっ!」

    一応ヘタレという自覚はあったらしい。


    16 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:07:28.50 ID:cUBlBpOS0
    朋也「春原、落ち着つけ。まず自分の足元をよく見てみろ」

    春原「あん? なんだよ…」

    春原「って、なんで靴下にズボンがインされてるんだよっ!?」

    朋也「いつも社会の窓がアウトしてる分、細かいところで取り戻しておこうと思って…」

    春原「まずその前提がおかしいだろっ!」

    律「わはは!」

    この後、結局コスプレは取りやめとなった。
    当日は普通に制服で応援してくれるらしい。
    さわ子さんや平沢、春原なんかは不満そうにしていたが、これでよかったんだと思う。
    …俺も、少しだけ名残惜しかったが。

    ―――――――――――――――――――――




    17 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:08:00.80 ID:b4ZW6ocJ0
    岡崎涙目wwwwwwwwwwwww あずにゃん自重しろww

    18 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:09:27.88 ID:1qYNd8dxO
    4/24 土

    試合当日。ついにこの日がやってきた。
    向こうの話によれば、試合は放課後になってからすぐ行われるとのことだった。
    昼食を摂ってからでは、バスケ部の練習に差し支えがあるらしい。
    だが、試合時間自体は10分と短く、多少腹が減っていても問題なさそうだった。

    春原「でも、ちょっと計算外だったよね」

    春原「まさか、うちのバスケ部の、ほぼ全体を揃えてくるなんてさ」

    朋也「ああ、そうだな」

    つまり、その中には当然レギュラー陣も入っているわけで。
    そいつらが出てくるなら、俺たちが勝てる可能性は限りなく低いだろう。
    本当に、さわ子さんという保険があってよかった。つくづくそう思う。

    春原「ま、僕たちが勝つことに変わりはないけどさ」

    朋也「そうなりゃいいけどな」

    春原「へっ、なるさ」

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。
    メンバー全員で体育館に集まる。憂ちゃんも、少し遅れて駆けつけてくれた。
    ふと、入り口から覗けた館内は、閑散として見えた。
    広さに対して、居る人間の数が少ないからだ。
    集まったのは、俺たちと、バスケ部、それと、ファンクラブの連中のみだった。

    19 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:10:35.76 ID:cUBlBpOS0
    他に体育館を使うクラブの姿はない。
    この時間は本来、大多数の生徒にとって、昼休憩になっているはずだからだろう。

    男子生徒「ああ、来た?」

    体育館に足を踏み入れると、すぐにファンクラブの男がやってきた。
    この試合の段取りを組んだ奴だ。
    薄々思っていたが、やっぱり、こいつが現代表なんだろう。

    春原「おう、来てやったぜ」

    男子生徒「絶対あの約束は守れよ」

    春原「わかってるっての。おまえらこそ、破んなよ」

    男子生徒「そんなことしないよ。そこは安心してくれ」

    自信たっぷりに言って、また仲間の輪に戻っていった。

    律「マジで頼んだぞ、おまえら。あんなのに調子乗らせたくないからな」

    春原「任せとけって」

    キョン「やれるだけの全力は尽くすよ」

    俺も口を開こうとした時、向こうから、ボールの跳ねる音がした。
    見れば、相手のバスケ部がアップを始めていた。
    定位置からシュートをする者、ドリブルをして、動きを確かめる者…様々だった。
    …懐かしい風景。
    俺もかつてはその中の一人だったのだ。

    20 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:11:50.09 ID:1qYNd8dxO
    けど、今は…
    俺は自分の体を見下ろす。
    制服のままの格好。
    こんな姿で、かつて情熱を燃やしていたバスケをやるなんて、皮肉だ。滑稽すぎる。

    唯「…なんか、緊張してきた」

    朋也「おまえがかよ。でも、今となっては、遊びの延長だぞ」

    律「む、遊びとはなんだ、遊びとはっ! 真剣にやれっ!」

    春原「そうだぞ。おまえ、奴らにバカ呼ばわりされたままで悔しくないのかよっ」

    朋也「それはおまえだけだろ」

    春原「僕がバカにされたら、おまえがバカにされたも同然なんだよっ」

    春原「一人はみんなのために、みんなは一人のためにだっ」

    こいつの背負う業が重過ぎて、輪に入れられた俺が一方的に損していた。

    唯「でも、バスケ部の人たちと試合するんだから、それはやっぱりすごいことなんだよね」

    唯「ほら、みんなすごく上手だし」

    聞かれていたら、怒られそうなことを言う。

    唯「こうやって毎日練習してるんだよね」

    梓「私たちも、あれくらい真面目にやりたいです…」

    21 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:12:12.28 ID:cUBlBpOS0
    澪「わかるぞ、その気持ち」

    唯「まぁまぁ、今はそれは置いといて…」

    手でどけるようなジェスチャーを入れる。

    唯「そんな人たちと、集まったばっかりの私たちが戦うんだよ」

    唯「今まで違う道を歩いてきた、私たちがね」

    唯「もし勝てたとしたら…」

    唯「この短い時間の中で、バスケ部の人たちよりも固い絆で結ばれたってことだよね」

    唯「だとしたら、すごいことだよ」

    唯「いつもは、まったりしてる私たち軽音部…時々、そのことで怒られちゃうこともあるよね」

    唯「それと…不器用に、皆から離れていっちゃった、岡崎くんと春原くん」

    唯「そのふたりと、今は仲良しだけど、出会う前は接点がまったくなかった、キョンくん」

    唯「こんなにも、ばらばらで…みんなが一緒に、ひとつの目標に向かってるわけでもなくて…」

    唯「もしかしたら、話すことさえなかったかもしれない私たちだけど…」

    唯「それでも、力を合わせれば、頑張ってる人たちとだって、同じことが出来るってことだよね」

    唯「普段は、ちょっと真剣さが足りない私たちでも、ね」

    22 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:13:25.37 ID:1qYNd8dxO
    朋也「ああ…そうだな」

    平沢の言いたいことはよくわかる。
    俺も、春原もそんなふうに生きてきたから。
    キョンの奴だって、きっと似たような感情を持ったことがあるはずだ。
    所属している部のことを聞くたび、俺たちに近かったことがわかっていったから。
    けど…現実はそんなに甘くない。
    気持ちだけでは超えられない壁も、確かにあるのだ。

    バスケ部員「話は聞いてるけど…おまえらが相手?」

    ひとりのバスケ部員がやってくる。

    春原「ああ、そうだよ」

    バスケ部員「俺たち、もう始めたいんだけど」

    春原「準備運動するから、ちょっと待っててくれよ」

    バスケ部員「早くしろよ。さっさと終わらせて、飯にしたいんだからな」

    機嫌悪く言い放ち、戻っていく。

    春原「ちっ、感じ悪ぃな…」

    朋也「昼飯前に駆り出されてんだ、気が立ってるんだろ」

    屈伸しながら言う。

    春原「だからってさぁ…言い方ってもんがあるだろ」

    23 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:13:45.81 ID:cUBlBpOS0
    キョン「試合でその鬱憤を晴らすってのはどうだ?」

    腕を伸ばしながら、ついでのように助言する。

    春原「ま…そうだね」

    春原も、手首、足首とひねりを加えてほぐしていた。
    三人とも、好きなように柔軟をしている。
    決まった順序なんかない。全員で同じ動きを強要することもない。
    そんな無秩序さが、実に俺たちらしかった。
    ひいては、軽音部の連中を含めた、このチーム全体の有りようを表しているようだった。

    朋也「いくか」

    キョン「おう」

    春原「うしっ」

    気合十分でコートに踏み入っていく。
    向こうは、すでに三人揃っていた。
    軽く体を動かしたりしている。

    バスケ部員「ハーフコートじゃなくて、全面使うからな」

    審判を務めるらしい部員が、ボールを持ったままそう伝えてきた。

    朋也「ああ、わかった」

    バスケ部員「ジャンプボールだ。そっちは誰がやるんだ」

    24 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:15:07.85 ID:1qYNd8dxO
    朋也「キョン、頼む」

    キョン「俺か?」

    朋也「ああ。俺は無理だし、春原は背が低い。おまえが適任だ」

    キョン「そうか。わかった」

    センターサークルの中に両者陣取る。
    そして、ボールが高く放られた。

    キョン「岡崎っ」

    最高到達点に達したところで、キョンがボールを叩き落とした。
    俺の前に落ちてくる。
    すぐさま拾い、そのままドリブルで切り込んでいく。
    俺のマークはスピードで振り切ることができた。
    だが、相手も一人ディフェンスに戻っていて、ゴール前で膠着する。
    春原の姿を探す。反対サイドから走りこんでいるのが見えた。
    それも、フリーで。
    俺は一度ドリブルで突破するような素振りを見せ、パスを出した。
    春原が受け取る。

    春原「庶民シューっ!」

    二、三歩ほどドリブルで距離をつめ、レイアップを決めていた。

    キョン「ナイッシュ」

    律「いいぞぉーっ、春原ぁ!」

    25 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:15:35.56 ID:rYiQYSek0
    面白すぎて勉強できないぜ

    26 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:15:36.36 ID:cUBlBpOS0
    唯「すごぉい、春原くんっ」

    憂「春原さん、かっこいいですっ」

    紬「ナイスシュートっ」

    澪「先取点だよっ」

    春原「へへ…」

    にやついた表情を浮かべる春原。
    その横から、ボールを持った敵がドリブルで抜き去っていった。

    春原「あ、やべ…」

    朋也「余所見すんなっ、この馬鹿っ」

    律「死ねーっ、春原ーっ!」

    唯「最悪だよぉ、もう」

    春原「おまえら、てのひら返すの早すぎだろっ!」

    紬「…はぁ…マジで、はぁ…」

    春原「ムギちゃんまでっすかっ!? つーか、キャラまで変わってるしっ」

    朋也「春原、いいから戻れっ」

    春原「わかってるよっ」

    27 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:17:17.00 ID:1qYNd8dxO
    3対2の状況も、春原が戻ったことで、やっとイーブンに戻った。
    敵全員に俺たちのマークがつく。

    キョン「っと…」

    キョンがパスカット。
    すぐに走り出す俺と春原。
    カウンターの速攻だ。

    キョン「いくぞっ」

    キョンは一度春原の方を向いてフェイントを入れ、俺にロングパスを出した。
    相手のコート、ツーポイントエリアで拾う。
    俺がいるのは左サイド。
    ここからレイアップに持っていきたいが、マークがしつこい。
    春原もマンツーマンでつかれていた。
    仮に今、俺についたこのディフェンスを突破できても、すぐにヘルプがくるだろう。
    それくらいゴールに近い位置での攻防だった。
    だがこれは、チャンスでもある。ヘルプが来たら、春原がフリーになるのだ。
    そこで上手くパスを回せればいいが…
    ここまで走ってきた疲労もあって、体がいうことを聞いてくれるかどうか自信が持てない。

    朋也(キョンは…)

    敵に背を向けて確認すると、自陣から上がってきているのが見えた。
    ドリブルでキープしたまま、3対3の状況になるのを待つ。
    これで、少し息も整えることができるだろう。

    朋也(よし…)

    28 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:17:53.59 ID:/BfbhR88O
    どうでも良いけど
    CLANNAD×ヒトリノ夜のMADを思い出した

    29 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:17:58.36 ID:cUBlBpOS0
    その時が来て、まず一人、俺のマークをドリブルで抜き去った。
    案の定、すぐにヘルプが来る。
    俺は近くにいた春原にパスを出した。
    が、今度はキョンについていたマークが春原をチェックしに来た。
    必然的に、キョンはフリーになる。

    春原「おし、キョン、いけっ」

    春原がワンバンさせてパスを回す。
    キョンはそれをしっかりと胸で受け取った。
    スリーポイントラインの、外側で。
    その位置から、ゴールに向けてボールを放つ。
    綺麗な放物線を描き、ゴールに吸い込まれていった。
    得点表がめくられる。
    3点だ。

    春原「うっしゃっ、ナイッシュゥ、キョンっ」

    朋也「ナイッシュ。押してるぞ、俺たち」

    キョン「おう」

    ハイタッチを交わす三人。

    律「うおー、すげーっ!」

    唯「あんな遠い所からだからかな、3点も入ってたよっ」

    憂「お姉ちゃん、スリーポイントっていうのがあるんだよ」

    30 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:19:47.43 ID:1qYNd8dxO
    唯「え? そうなの? すごいシステムだねっ」

    外野からは、のんきなやり取りが聞えてきていた。

    バスケ部員「………」

    対照的に、コート内はそう穏やかじゃなかった。
    今のプレイで、部員たちの目の色が変わっていた。
    おそらく、今まではキョンの動きを見て、素人に近いと踏んでいたんだろう。
    だから、スリーポイントなんか、端から警戒していなかったのだ。
    実際、キョンは、ドリブルやパスはそこまで上手くない。
    だが、シュートには素質が感じられた。練習も、シュートを重点的にやっていた。
    その成果が、今のスリーポイントだ。
    プレッシャーのかかっていないドフリーからのシュートとはいえ、上出来だった。
    しかし、これからはシュートもあると、相手も警戒してくるだろう。
    まぁ、それを逆手に取ることも、もちろんできるのだが。

    朋也(奇襲はもうやれないか…)

    朋也(ま、なんとかなるか…)

    朋也(こいつら、レギュラーってわけでもなさそうだしな…)

    俺の予想はおそらく当たっているはずだ。
    ここまでの試合運びが、楽にいきすぎている。
    それは、あの二人も肌で感じていることだろう。
    出し惜しみしているのか知らないが、このままいけば十分勝機はある。

    朋也(よし…いくか)

    31 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:20:36.72 ID:a7tFyqgUO
    >>25
    お前は俺か


    32 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:20:47.46 ID:cUBlBpOS0
    その後も、パス回しからの連携や、春原の個人技、キョンのシュートなどで得点を重ねていった。
    俺も、左からのレイアップのみだったが、なんとか得点に貢献できていた。
    こっちもそれなりに失点していたが、まだまだ優勢だ。

    バスケ部員「メンバーチェンジ!」

    ボールがコート外に出たとき、タイムを入れて、そう宣言された。
    選手が総入れ替えになる。身長が軒並み上がっていた。
    ガタイも、ずいぶんとよくなっている。

    春原「おいおい、あいつらってさ、やっぱ…」

    キョン「だろうな…」

    朋也「ああ…レギュラー陣だ」

    春原「ちっ、ここにきてか」

    キョン「後半分だ。やれないことはないさ」

    春原「へっ、そうだね…」

    しかし、そう楽観的にもみていられない。
    あっちはスタミナが満タンな上に、技量も体格も上だ。
    対して、こっちは消耗が激しく、素人が二人に、肩が壊れている男が一人。
    ここまではなんとかやってこれたが、この後どこまでやれるか…。

    朋也(とにかく、今はこっちボールだ)

    朋也(攻めていくか…)

    33 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:22:03.53 ID:1qYNd8dxO
    思いとは裏腹に、ボールをコートに戻すことさえそう簡単にさせてもらえない。
    俊敏な動きでぴったりとつかれていた。
    俺は苦し紛れにボールを投げ放ったが、すぐにカットされてしまった。
    そのままの勢いで、一気に押し込まれ、得点を許してしまっていた。

    朋也「わりぃ…」

    キョン「いや、しょうがないさ。ああも、くっつかれちゃな…」

    春原「まだ2点返されたただけじゃん。余裕だって」

    朋也「すまん…」

    キョン「謝らなくていい。いくぞ」

    ぱんっと肩を叩かれる。

    春原「おまえが謝るとか、らしくねぇっての」

    朋也「ああ…そうだな」

    再び気を奮い立たせる。
    俺も、春原も、キョンも、必死になって食らいついていった。

    朋也(くそ、俺に左からのレイアップしかないことがわかってやがる…)

    相手には、俺たちの攻撃パターンも、ほぼ読まれていた。
    それでも、レギュラー陣相手に、同等以上の戦いを演じて見せた。
    だが、それも、終盤に差し掛かってから、かげりが見え始める。

    34 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:22:24.35 ID:cUBlBpOS0
    春原「あ…ぐっ…はぁ…はぁ…」

    キョン「はぁー…はぁ、っく…はぁ…」

    二人の体力が底をつき始めていた。
    それは、俺にしても同じことだったが…。

    朋也「大丈夫か?」

    春原「ああ、余裕すぎて、なんか眠いよ」

    朋也「それ、死にかけてるからな」

    朋也「キョンは?」

    キョン「ああ…まだ、いけるぞ」

    朋也「そうか…」

    とてもそうは見えない。
    肩で息をしていた。
    強がりだということが、すぐにわかる。

    朋也「残り30秒で、こっちボールだ。もう、このワンプレイで終わるぞ」

    得点差は一点のみ。
    俺たちが負けていた。

    春原「泣いても笑っても、最後ってわけね…」

    35 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:23:44.26 ID:1qYNd8dxO
    キョン「どうする? もう、パターンだいぶ読まれてるぞ…」

    バスケ部員「おまえら、早く始めろよっ!」

    怒声が届く。

    朋也「ああ、すぐ始める」

    そう冷静に返した。

    朋也「いいか、ふたりとも」

    俺は二人を抱き寄せて、最後の指示を出す。

    キョン「了解」

    春原「うまくいくといいけどねぇ」

    コートに散る。
    最初のパスでカットされればそれでゲームオーバー。
    相手もそれがわかっているから、今まで以上に必死のディフェンスだ。
    ぐるぐるとめまぐるしく変わる陣形…。
    俺はボールを投げ入れた。
    キョンの手に渡る。
    不意に取られないよう、囲まれる前に俺に戻した。
    ドリブルで中央に割って入る。
    相手は意表を突かれた形になった。
    俺は今まで左サイドからしかゴール下に入ることはなかったからだ。
    一、二…
    レイアップ! …の振りだけしてみせる。

    36 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:24:14.59 ID:cUBlBpOS0
    思惑通り、目の前に影がよぎった。
    俺は胸の前でボールを左手に移した。
    そして、背後にいるのが春原だと信じてボールを浮かせる。

    春原「よし、きたぁぁっ!」

    春原の声。
    振り返ると、ボールを両手に掴んだ春原が着地したところだった。
    それに、春原についていたディフェンスが覆い被さる。
    フェイントで振った後、ボールを床に打ちつけた。
    高くバウンドしたボール。
    助走と共に拾っていたのはキョン。
    自分についたディフェンスを振り切って、そして…
    ゴールとは反対方向にボールを投げていた。
    ゴール正面のフリースローポイント。
    そこで俺はボールを受け取っていた。
    すべてのディフェンスを振り切って。
    コートに立つ全員が俺を振り返っていた。
    相手の、唖然とした顔が滑稽だった。


    37 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:24:46.08 ID:cUBlBpOS0
    唯「岡崎くん、シュートだよっ」

    平沢の声だけが、一際大きく聞えた気がした。

    ああ…了解。

    俺は上がらない肩もお構いなしに打った。

    バスケ経験者とはほど遠い、不恰好な姿勢で。

    それがすべてを象徴していた。

    不恰好に暮らしてきた俺たち。

    そんな奴らでも、辿り着くことができる。


    道は違っても… 同じ高みに。


    ぱすっ、と音がして、ネットが揺れていた。
    一瞬の静けさ…
    直後、割れんばかりの大歓声が起きた。

    春原「よくやった、岡崎!」

    キョン「岡崎ぃ、すごいじゃないかっ!」

    律「やるじゃん、岡崎っ」

    38 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:26:08.11 ID:1qYNd8dxO
    唯「岡崎くん、MVP賞受賞だよっ!」

    憂「岡崎さんっ」

    澪「岡崎くん…すごいよっ、ほんとに…」

    紬「やったね、逆転よっ」

    梓「まぁ…認めます。おめでとうございます」

    みんなが駆け寄ってくる。

    澪「みんな…すごいよ」

    澪「唯が言ってた通り…力を合わせれば、こんなこともできるんだって…」

    澪「わだし…ぐす…感動だよ…」

    朋也「泣くな。これくらいのことで」

    春原「そうそう。当然のこと」

    キョン「ははっ、だな」

    しばし、みんなで喜びを分かち合う。
    俺たちとやりあっていたバスケ部員たちは、仲間に非難され始めていた。
    そいつらも、手でバツを作ったり、首を横に振ったりして、抵抗を示しているようだった。
    だが、そんな中にも、俺たちに拍手を送ってくれる奴らもいた。
    本気で戦っていたことを、本物たちに認められたようで、それが少しうれしかった。

    39 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:26:26.97 ID:cUBlBpOS0
    朋也「じゃあ、本題に移るか」

    朋也「おい、つっ立ってないで、こっちこい」

    ファンクラブの男を呼びつける。
    しぶりながらもやってきた。

    朋也「これで、文句ねぇだろ」

    男子生徒「…文句っていうかさ…澪ちゃんは別に迷惑してなかったからいいだろ」

    澪「え…」

    男子生徒「そうだったじゃん。そんな嫌でもなかったんでしょ?」

    春原「てめぇな、このごに及んで、なに言って…」

    朋也「春原…」

    手で制す。

    春原「あん? なんだよ」

    朋也「いいから、ちょっと黙ってろ」

    春原「なんなんだよ…」

    朋也「秋山、おまえはどうなんだ」

    途中で止められ、怒りのやり場を失った春原をよそに、秋山にそう訊いた。

    40 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:27:36.85 ID:1qYNd8dxO
    澪「そ、それは…」

    朋也「嫌だったんだろ。はっきり言ってやれ」

    澪「………」

    男子生徒「おまえが言わそうとしてるだけだろどうみても。馬鹿か」

    朋也「正直に言え。なにを言ったって、俺たちがついてるから」

    俺は男の暴言に言い返すことはしなかった。
    じっと、秋山の答えを待った。

    澪「……です…」

    男子生徒「え?」

    澪「嫌です。もう、私に…」

    澪「私に…」

    澪「………」

    澪「軽音部のみんなに、近づかないで」

    最後には顔を上げ、しっかりと相手の目を見据え、はっきりと言った。

    男子生徒「………」

    男子生徒「ビッチすぎだろ…」

    41 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:27:59.81 ID:cUBlBpOS0
    捨て台詞を吐き、残していた仲間と共に体育館から出ていく。

    春原「ったく、拒否られたからって、最後に変なこと言っていきやがってよ」

    朋也「あんな奴の言うことなんて、気にするな」

    澪「う、うん…」

    春原「今度見かけたら、ぶっ飛ばしといてやるよ」

    澪「そ、それはダメだよ」

    春原「遠慮すんなって」

    澪「気持ちだけ、受け取っておくよ。ありがとう」

    春原「…ま、いいけどね」

    キョン「おまえは喧嘩したかっただけだろ」

    春原「ちがわい」

    律「いやぁ、でも、驚いたわ。あの澪が、あんなはっきり断り入れるなんてな」

    律「幼馴染のあたしでも、今までみたことなかったのにさ」

    澪「岡崎くんが、背を押してくれたから…」

    俺を一瞬だけ見て、顔を伏せる。
    俺も、あんな恥ずかしいセリフを吐いてしまった手前、なにか気恥ずかしかった。

    42 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:29:13.30 ID:1qYNd8dxO
    勝って気分がよくなっていたとはいえ…猛省。

    春原「おお? なに、いい雰囲気?」

    律「初々しいねぇ、おふたりさん」

    澪「え? ちちち、ちが…」

    律「こぉのフラグ立て夫がぁ。略して立て夫がぁ」

    俺を肘でつついてくる。

    朋也「なにが立て夫だ…っ、あでででっ」

    何者かに太ももをつねられる。

    梓「………」

    何食わぬ顔で中野が横に立っていた。

    朋也「って、やっぱおまえかっ! なにすんだ、こらっ」

    梓「すみません、ぎょう虫がいたもので、つい」

    そんなのケツにしかいない。

    律「あ~、立て夫が澪に優しくするもんだから…」

    唯「ほらぁ、唯が元気なくしちゃってるじゃん」

    43 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:29:29.91 ID:miqd24nAO
    めっちゃおもろい


    けどぶっ続けだろ少し休めよ
    保守ならみんなやるで多分

    44 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:29:34.10 ID:cUBlBpOS0
    唯「そ、そんなことないよぉ…ないよ…」

    紬「ふふ、唯ちゃん可愛い」

    憂「お姉ちゃん頑張ってっ」

    唯「え、ええ? なんのことか、わかんないっ」

    律「はは、まぁいいや。とにかく、祝勝会だっ」

    律「部室行くぞぉ」

    がし、っと秋山の肩に手を回した。

    澪「あ、こら律、歩きにくいっ」

    律「細かいことは気にすんなっ」

    ―――――――――――――――――――――

    キョン「じゃ、俺はここで」

    体育館から直接旧校舎の一階までやってくると、そう言った。

    朋也「おまえ、こないのか」

    キョン「ああ、バスケ終わるまでって、言ってあるからな」

    春原「いいじゃん、ちょっとくらい」


    45 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:31:41.77 ID:1qYNd8dxO
    キョン「そのちょっとが許されてたら、苦労してないんだけどな」

    朋也「なんか、大変そうだな、おまえも」

    あの日、文芸部室から出てきた時のこいつの顔を思い出す。
    眉間にしわを寄せ、難しそうな顔をしていた。
    いろいと複雑な環境なんだろう、きっと。

    キョン「ああ、まぁな。でも…」

    言いかけて、やめる。

    キョン「…いや、なんでもない」

    キョン「それじゃ」

    唯「キョンくん、いつでも軽音部に遊びに来てね」

    キョン「ありがたいけど…多分、顔を出すことはないと思う」

    キョン「俺の居場所は、なんだかんだいって、あそこだからな」

    親指で文芸部室をさす。

    唯「そっか…そうなんだね」

    キョン「ああ」

    朋也「悪かったな、なにも見返りがなくて」

    46 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:31:58.48 ID:cUBlBpOS0
    キョン「あったさ。久しぶりにおまえらとつるんで馬鹿やれたっていうな」

    春原「うれしいこと言ってくれるじゃん」

    朋也「ちょっと臭いけどな」

    キョン「はは、最後までキツいな、岡崎は」

    キョン「まぁ、それが、らしくていいよ。それじゃな。また機会があれば」

    朋也「ああ、またな」

    春原「じゃあね」

    唯「ありがとう、キョンくん」

    律「おつかれさん」

    紬「ありがとう。おつかれさま」

    澪「ありがとう、一緒に頑張ってくれて」

    梓「ありがとうございました」

    憂「おつかれさまでした」

    俺たちの言葉を聞き終えると、部室に入っていった。
    ドア越しに、また女と言い争うような声が聞えてくる。
    だが、その声色に怒気は含まれていなかった。
    どころか、生き生きとしているような印象さえ受けた。

    47 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:33:06.58 ID:0v+hnIby0
    全スレ余ってるぞ?なんで放棄した?

    48 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:33:23.83 ID:1qYNd8dxO
    俺も詳しくは知らないが、それだけでわかった。
    あそこが、あいつの収まるべき場所なんだろう、と。

    ―――――――――――――――――――――

    律「かんぱ~い」

    唯「いぇい、かんぱ~い」

    中央にティーカップを寄せ集め、チンッ、と軽く触れ合わせた。

    律「しっかし、本業のバスケ部相手に…」

    唯「えいっ」

    パンッ!

    律「っいっつ…って、なぁにすんだよ、唯っ」

    唯「このクラッカー、試合中に使おうと思ってたんだけど、使い時がわからなくて…」

    まだ持っていたのか…。

    唯「それで、今使ってみました」

    律「今もタイミングずれてるってのっ! 私のトークが始まろうとしてただろがっ」

    律「しかも、こんな近くで放ちやがって…」

    唯「えへへ、ごめんね。みんなの分もあるよ?」

    49 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:34:06.00 ID:miqd24nAO
    >>47
    容量いっぱいになったんだろ

    50 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:34:08.94 ID:cUBlBpOS0
    >>47容量オーバー

    51 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:35:17.44 ID:WpfFlxSRO
    >>47
    容量

    52 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:35:24.02 ID:1qYNd8dxO
    律「反省の色がみえねぇ~…」

    唯「やろうよ、みんなでさ、おめでと~って」

    律「はいはい…」

    全員に配り終える。

    唯「それじゃ、改めて…」

    唯「おめでとぉ~」

    パンッ パンッ パンッ

    次々に祝砲が上がる。

    パンッ!

    朋也「うぉっ…」

    俺の横からクラッカーの紙ふぶきが飛んでくる。
    腕を上げてガードしたのは、モロに食らってからだった。

    梓「ちっ、火力が足りなかったか…」

    一人だけ武器として扱っている奴がいた。

    憂「梓ちゃん、人に向けて打ったらだめだよ」

    梓「だって…自然と発射口が岡崎先輩を向くんだもん」

    53 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:35:46.79 ID:cUBlBpOS0
    憂「自動照準なんて機能、ついてないよ…」

    春原「ははっ、なんか知らないけど、おまえ、ナメられてるよね」

    朋也「目潰しっ!」

    パンッ!

    春原「ぎゃぁああああああ目がぁああ目がぁああああっ!!」

    両目を押さえながらもんどり打つ。

    春原「なにすんだよっ! つーか…なにすんだよっ!」

    朋也「二回言うな」

    春原「ちくしょう、僕が失明でもしたらどう…ヒック…ぅう…すんだよ」

    しゃっくりが出始めていた。

    春原「ヒック…あー、くそ、止まんね…ヒック…」

    朋也「ヒックヒックうるせぇな。心臓の動き止めろよ」

    春原「無茶言うなっ! ヒック…」

    律「普段はこんな奴らなのになぁ。試合の時とは、ほんと別人だよ」

    紬「ふふ、そうね。でも、やる時はやる、って感じでかっこいいと思うな」

    54 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:37:03.41 ID:1qYNd8dxO
    春原「え? ほんとに? ヒック…」

    春原がしゃっくりを交えながら目を輝かせて反応する。

    春原「ムギちゃん、僕のこと、そんなにかっこいいと思う? ヒック…」

    紬「うん、ちょっと耳障りかな、その心臓の痙攣」

    春原「暗に勘違いするなって言ってますか、それ!?」

    律「わははは!」

    春原「うぅ…ショックでしゃっくり止まっちゃったよ…」

    紬「じゃあ、あと一押し足りなかったかな…」

    春原「息の根も止めるつもりだったんすかっ!?」

    律「はは、おまえ、ムギに相手されてねぇんだって。諦めろよ」

    春原「んなことねぇってのっ」

    律「変なとこで根性あるなぁ、こいつは…」

    がちゃり

    さわ子「おいすー」

    唯「あ、さわちゃんだ」

    55 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:37:37.83 ID:cUBlBpOS0
    さわ子「あれ? なに、この散乱してる紙ふぶきは」

    さわ子「パーティーの中盤戦みたいになってるじゃない」

    歩を進めながら言って、空いている席に腰を下ろした。
    すかさず琴吹がティーカップをそばに置く。

    さわ子「ありがと、ムギちゃん」

    紬「いえいえ」

    再びもとの席におさまる琴吹。

    唯「試合が終わったから、おつかれさま会してたんだよ」

    さわ子「あら、もう試合してきたのね」

    唯「うん。でね、相手はバスケ部の人たちだったんだけど、それでも勝てたんだよっ」

    さわ子「へぇ、やるじゃない」

    春原「まぁね。楽勝だったよ」

    澪「ほんとに、すごかったんですよ」

    澪「途中、逆転されても、みんな、諦めないで頑張って…」

    澪「背だって、相手の方がずっと高くて、有利だったのに…」

    澪「それでも、最後には勝つことができたんです」

    56 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:38:46.78 ID:1qYNd8dxO
    澪「私、すごく感動しました…」

    さわ子「ふぅん、このふたりにそんな男気があったとはねぇ…」

    春原「僕はもともと男気の塊みたいなもんでしょ」

    朋也「取れたら、嬉しいんだか、嬉しくなんだかで葛藤する、あの塊のことか」

    春原「それ、ミミクソの塊だろっ! 僕、どんな奴だよっ!?」

    律「わははは!」

    さわ子「そういえば、キョンくんは、いないのね」

    さわ子「あの子も試合に出たんでしょ? 誘ってあげなかったの?」

    律「いや、自分の部活があるからって、来なかったんだよ」

    さわ子「ああ、なるほどね。あのクラブに入ってたんだっけ、あの子は」

    あの、を強調して言った。
    この人は、あいつの部活のことを知っているんだろうか。
    そんな口ぶりだった。

    さわ子「でも、岡崎。あんた、肩…大丈夫だったの?」

    朋也「ああ…まぁ、なんとかな」

    律「え? なに、肩?」

    57 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:39:09.86 ID:cUBlBpOS0
    さわ子「あら…てっきり、聞いてるのかと思ってたんだけど…」

    俺を見て、ばつが悪そうに表情を硬くする。
    俺が話す前に、自分が半ば打ち明けてしまったことを、悪く思っているんだろうか。
    今更こいつらに知られたところで、もうしこりが残るようなことでもないのに。

    朋也「俺、肩壊しててさ。右腕が、肩より上に上がらないんだよ」

    だから、俺の口からそう告げていた。

    さわ子「岡崎…」

    朋也「いいよ、平沢にはもう話してるしな」

    さわ子「…そう」

    事情を知っている者以外は、みな驚きの表情を浮かべていた。

    律「そうだったのか…だから、練習中もシュート打ってなかったんだな…」

    朋也「ああ、まぁな」

    律「じゃあ…逆転決めた、あんたの最後のシュートも、肩庇いながら…」

    朋也「ああ。それでかなり無様な格好になっちまったけどな」

    澪「そんなことないよっ、すごく格好良かったっ」

    朋也「そっか…サンキュな」

    58 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:40:21.17 ID:1qYNd8dxO
    澪「ううん、本当に、そう思ったから…慰めなんかじゃないから」

    朋也「ああ…ありがとな」

    澪「うん…」

    さわ子「…あらあら? 岡崎にも、ようやく春が訪れたのかしら?」

    朋也「あん?」

    さわ子「あんた、あの、恋する乙女の眼差しに気づかないの?」

    澪「せ、せせ先生、なに言ってるんですかっ…」

    さわ子「でも、澪ちゃんが、あの岡崎になんて、意外だわ」

    さわ子「ああっ、でもそういう意外性もまた、若さの特権よねぇ…」

    しみじみという。
    この人もまだそんなに歳食ってもいないだろうに。多分。

    澪「ち、ちが…」

    律「うわぁ、澪、顔真っ赤だなぁ」

    澪「な、う、うるさいっ」

    律「で、実際どうなんだよ」

    澪「な、なにが…」

    59 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:40:49.36 ID:cUBlBpOS0
    律「いや、だから、岡崎だよ。アリかナシか」

    澪「そ、それは…」

    律「ありゃ、即答しないな? ってことは…」

    澪「深読みするなっ」

    ぽかっ

    律「あでっ」

    律「殴って誤魔化すなよなぁ…」

    澪「おまえがへんなこと言うからだっ」

    律「ああはいはい、すいませんでしたねぇ…」

    律「って、しまった、また唯の元気がなくなってるし」

    唯「わ、私は元気だよ…いつも通りだよ…」

    澪「ゆ、唯、違うんだ、私は別に…」

    唯「な、なんで謝るのぉ、澪ちゃん。いいじゃん、岡崎くんと澪ちゃんのカップル」

    唯「どっちも、美形ですっごく似合ってるよっ」

    澪「ゆ、唯までそんな…」

    60 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:41:46.83 ID:PyvgKVWUO
    SSスレで容量おーばーとか初めて見た。

    今から前スレ読む支援

    61 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:42:02.23 ID:1qYNd8dxO
    律「はは、唯、強がんなって、このこのぉ」

    首に腕を回し、ぐりぐりと平沢の頭に拳を当てた。

    唯「本心だよぉ…もうやめてぇ~りっちゃんっ」

    いじられ続ける平沢。
    しかし…
    女というのは、浮いた話に持っていくのが好きな生き物なんだろうか。
    なにかあると、すぐに冷やかされている気がする…。

    朋也(…ん?)

    俺の横の席、中野が何か両の手でくるくる回していた。
    そして、おもむろに俺の頬に触れてくる。

    朋也「…っだぁっつっ」

    その指先から、バチッ、とした痛みが走った。

    朋也「なにしやがった、こらっ」

    梓「静電気ですよ」

    朋也「はぁ? 静電気?」

    梓「この、『電気バチバチくん』を手の中でこねると、静電気がたまるんです」

    鉄製の棒のようなものに触れながら説明してくれた。

    62 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:42:49.30 ID:cUBlBpOS0
    朋也(あぶねぇ…なんてもん持ってんだ…)

    朋也「つーか、今俺が攻撃された理由がわからん」

    梓「流れが気に食わなかっただけです」

    梓「モテ男みたいに扱われて、調子に乗られたら嫌ですから」

    朋也「思ってねぇよ、んなこと…」

    憂「あの、岡崎さん」

    朋也「うん? なんだ、憂ちゃん」

    憂「何か、困ったことがあったら、いつでも言ってきてくださいね」

    憂「私、力になりたいです」

    それは、俺の肩のことを気にかけていってくれてるんだろう。

    朋也「ああ、大丈夫。こんな肩でも、そこそこ不自由しないからさ」

    憂「そうですか…?」

    朋也「ああ」

    梓「憂、この人なら、頭が吹き飛んでても不自由しないから、ほっといてもいいよ」

    俺のアイデンティティが粉々にされていた。

    63 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:43:28.87 ID:b4ZW6ocJ0
    梓と朋也のやり取りが面白いwwwwwww

    64 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:43:56.99 ID:1qYNd8dxO
    憂「梓ちゃん、ほんと厳しいよね、岡崎さんに…」

    梓「憂が甘すぎるんだよ」

    朋也(っとにこいつは…生意気な野郎だ)

    勝利の宴は、日が暮れるまで続いていた。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「うげぇえっぷ…ふぅ」

    律「きったねぇな馬鹿野郎、勝手にすっきりしてんじゃねぇよ」

    春原「生理現象なんだから、しょうがないじゃん」

    律「あんたが炭酸飲み過ぎなだけだろ」

    春原「いや、おまえのデコみたら、誘発されたんだけど」

    律「ぬぁんだとぉ、この白髪染め野郎っ!」

    春原「脱色だってのっ! 白髪なんか一本もねぇよっ!」

    律「嘘つけっ、白髪染め液のパッケージにおまえっぽいのいたもんっ」

    春原「別人だろっ! 似て非なるものだよっ!」

    春原「育毛剤のパッケージにおまえ本人がいるならわかるけどさっ」

    65 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:44:33.75 ID:cUBlBpOS0
    律「い、育毛剤だと!? こぉの野郎…」

    春原「ふん…やんのかい? お嬢ちゃん…」

      律「きえぇえええええっ!」
    春原「ほおぁあああああっ!」

    何かの動物のような鳴き声と型を取って威嚇しあう。
    毎回のことなので、もう誰も止めようとしなくなっていた。

    澪「岡崎くん、今日はありがとね」

    ふたりが生む喧騒の外、秋山が俺に礼の言葉をくれた。

    朋也「いや、別に。結果的に勝てたし、俺もわりと気分よかったからな」

    澪「あ、そのこともなんだけど、もうひとつ…」

    朋也「ん?」

    澪「えっと…あの時、私に、正直になれって、後押ししてくれたこと」

    朋也「ああ…」

    澪「岡崎くんのおかげで、私、自分の気持ちがそのまま言えたんだ」

    澪「今まで、怖がって、仲のいい友達にしか本音を言えなかった私が、だよ」

    朋也「そっか。じゃあ、すっきりしただろ」

    66 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:45:41.63 ID:1qYNd8dxO
    澪「うん、ちょっとね」

    言って、苦笑する。

    朋也「これからは本音だけで喋れよ」

    朋也「例えば、ブルドックを可愛いって言う人がいたとするだろ?」

    朋也「そしたら、正面から前蹴り食らったような顔面だ、って言ってやるんだ」

    澪「あはは、それは、難しいかなぁ」

    朋也「簡単だって」

    澪「それは、岡崎くんだからだよ」

    澪「岡崎くん、お世辞言いそうにないもんね」

    朋也「ああ、臭いものは臭いって言うし、春原には馬鹿って言うぞ」

    春原「聞えてるよっ!」

    澪「あははっ」

    ―――――――――――――――――――――

    各々が自分の帰路につき、俺と平沢姉妹だけが残った。
    三人で今朝も歩いてきた道をいく。

    唯「岡崎くん、澪ちゃんと仲良くなったよね」

    67 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:46:04.73 ID:cUBlBpOS0
    朋也「そうか?」

    唯「うん。だって、いっぱい喋ってたし…」

    朋也「そんなでもないけど」

    唯「でも、あの恥ずかしがり屋の澪ちゃんが、平気で話してるし…」

    唯「それに、楽しそうに笑ってたし…」

    朋也「単に慣れただけなんじゃないのか」

    唯「そうなのかなぁ…」

    朋也「そうだろ」

    唯「う~ん…」

    憂「岡崎さんって話しやすいですもんね」

    憂「きっと、澪さんもそう思ったんじゃないかなぁ」

    朋也「そんなこと言ってくれるのは憂ちゃんぐらいだよ」

    言って、頭をなでる。
    憂ちゃんも、笑顔で返してくれた。

    唯「でもさぁ、岡崎くんもなんか楽しげだったよね」

    唯「やっぱり、澪ちゃんみたいな美人さんとお喋りするのは楽しい?」

    68 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:46:39.23 ID:miqd24nAO
    数百レスかいてきて岡崎と春原のキャラがここまでぶれないのはすごい

    69 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:46:49.89 ID:ROVwJ++H0
    ハーレムルートならマジ勘弁

    70 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:47:23.27 ID:1qYNd8dxO
    朋也「まぁ…そうだな」

    容姿がよければ、大抵の男はそうだろうと思う。

    唯「そうだよね…あはは…」

    朋也「でも、俺の好みとしては、美人系よりかは、可愛らしい方がいいけどな」

    唯「じゃあ…ムギちゃんとか?」

    朋也「琴吹は、そうかもしれないけど、ちょっと大人っぽいしな」

    朋也「だから、俺の中じゃ、きりっとしたイメージがあるんだよな」

    唯「じゃあ、あずにゃんとか」

    朋也「あいつはガキっぽすぎるっていうか…」

    それ以前の問題な気がする。

    朋也「まぁ、軽音部の中で言うなら…おまえが、一番近いよ」

    71 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:47:44.78 ID:cUBlBpOS0
    唯「え…あう…わた、私…?」

    朋也「ああ…まぁ、な…」

    唯「それは…ご期待に添えられて、よかったです…」

    朋也「いや…別になにも要求してないけどな…」

    唯「そ、そうだったね…あははっ」

    憂「岡崎さん、お姉ちゃんを末永くよろしくお願いしますね」

    朋也「って、それ、どういう意味だ」

    憂「さぁ? うふふ」

    唯「う、憂っ、今日の晩御飯なに?」

    憂「ん? 今日はねぇ、若鶏のグリルと…」

    晩飯の話題で盛り上がる平沢姉妹。
    俺はずっと横でそれを聞いていた。
    いつしか俺は、こんな日々がずっと続いてくれればいいと…
    そう、願うようになっていた。

    ―――――――――――――――――――――

    72 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:48:20.44 ID:cUBlBpOS0
    4/25 日

    朋也「ふぁ…ん」

    早い時間、自然と目が覚める。
    体に重さを覚えることもなく、寝直す気にもならない。
    ここ数日、バスケの試合に向けて体調を管理していたおかげだろう。
    まぁ、それも、単に体が疲れて早めに床についていただけの事だったが。
    ともかく、生活サイクルが朝方に戻ってきたのは確かだった。
    疲労とは、人の意思だけでは、どうにも抗い難いものだ。
    休みたいという欲求が、平常時の思考を簡単に上回る。
    まるで、本能のようにだ。
    そのせいで、春原の部屋を出ていく時間が早まり、何度か親父と顔を合わせていた。
    その瞬間はたまらなく嫌だったが、すぐに不快感は薄れ、意識はベッドへ向いていた。
    俺のこだわっていた、つまらない意地なんて、現実的な負荷の前では無意味なものだ。
    そういえば…前にも似たようなことを思ったことがある。
    そう、芳野祐介の手伝いをした時だ。

    朋也(とっとと中退して、働きでもしたら、やる気出るのかな…)

    本当に出るだろうか…。
    いや、とてもそうなるとは思えない。
    まだ、何も考えずに授業を受けていたほうが楽な気がする。
    食うために働き続ける…。
    そんな歯車にはまってしまえば、自分が哀れに思えても、放棄することもできなくなってしまうのだろう。
    考えただけでも、ぞっとする。

    朋也(でも、もう後一年なんだよな…)

    ………。

    73 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:48:41.55 ID:y1qBevVn0
    溜めて見るべきか、同時進行で見るべきか…
    とにかくがんがれ

    74 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:49:38.60 ID:1qYNd8dxO
    やめだ。こんな重苦しいこと、朝っぱらから考えていたら、気分が滅入る。

    朋也(いくか…)

    重い気分を振り払うように、勢いをつけて体を起こした。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「ん…うひひ…」

    朋也(まだ寝てやがる…)

    春原の部屋。
    ベッドの中で、幸せそうに寝息を立てていた。
    こいつも、朝錬なんかしていたくらいだから、もう起きているだろうと見込んでいたのだが…。

    春原「うひ…ひひ…」

    どんな夢を見ているんだろう。
    布団の端を掴んで、口の中でもごもごさせていた。

    朋也(なにか他のものを入れてみよう)

    俺は台所に向かった。
    冷蔵庫を漁る。
    いくつか適当に調味料を手に取って、また戻ってくる。

    朋也(よし、まずはこれだ)

    マヨネーズを口に近づけてみる。

    75 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:50:05.78 ID:cUBlBpOS0
    春原「う…む…」

    吸い出していた。

    朋也(じゃあ、次は…)

    コショウを近づける。
    だが、さすがに非流動体では口で吸えないようだった。

    朋也(だめか…ん?)

    と思ったら、鼻の呼吸で吸い込み始めていた。

    春原「ん…ぶはぁっ!」

    荒々しく目覚める。

    春原「げほっ…んだよ、マヨネーズ…?」

    朋也「おはよう」

    春原「うおっ、岡崎っ」

    朋也「俺が来てやったんだから、もう起きろ」

    春原「いや、まずどうやって入ってきたんだよ、鍵は…」

    朋也「不用心にもかかってなかったぞ。しっかりしろよ」

    朋也「まぁ、俺が昨日、閉めずに出たんだけどさ」

    76 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:50:12.90 ID:BBdbiSMJ0
    ハーレムルートならマジ支援

    77 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:51:15.83 ID:1qYNd8dxO
    春原「なら、偉そうに注意促すなっ!」

    朋也「んなマヨネーズみたいな感じで言われてもな…」

    春原「僕の意思じゃねぇよ…起きたら、いきなりこんなんだったんだよ」

    春原「昨日、無意識にマヨネーズで一杯やって寝ちゃったのかな…」

    朋也「心配するな。そんな情けない宅飲みはしてないぞ」

    朋也「俺が今、直接そそいでただけだからな。すっきり起きられるようにさ」

    マヨネーズとコショウを手に持ってみせる。

    春原「普通に起こせよっ! しかも、なんだよ、そんなに色々持ってきやがって…」

    テーブルの上に置かれた様々な調味料に気づいたようだ。

    春原「ワサビまであるしさ…」

    朋也「おまえの体内で、全く新しい調味料を調合しようと思ったんだ」

    春原「変な探究心燃やすなっ!」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「くそぅ、昼まで寝てようと思ってたのによ…」

    着替えを済ませても、まだぶつぶつと文句を垂れ流していた。

    78 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:51:37.61 ID:a7tFyqgUO
    このSS勃起はするけどそれで抜くことはできない…

    79 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:51:56.23 ID:cUBlBpOS0
    朋也「せっかくの日曜なんだから、もっと有意義に過ごせよ」

    春原「めちゃ脱力してうつ伏せになってるあんたに言われたくないんですけどっ」

    朋也「ま、それはそれとしてだ…」

    上体だけ起こす。

    朋也「朝飯食いに行こうぜ。俺まだ食ってないし」

    春原「いいけどさ。どこいくの」

    朋也「朝定食があるとこ」

    春原「じゃあ、近くにある適当な定食屋でいいよね」

    朋也「この辺のはあんまり好きじゃないんだけど」

    春原「なら、繁華街の方まで出る?」

    朋也「遠い」

    春原「マジでわがままっすね…」

    朋也「やっぱ、宅配ピザ頼もうぜ」

    朋也「それで、手がギトギトになって、部屋中油まみれにしよう」

    春原「絶対外食にするからなっ!」


    80 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:54:48.33 ID:1qYNd8dxO
    朋也「なんでも否定するな、おまえ。そんなに世の中に不満があるのか」

    春原「あんたがめちゃくちゃなこと言うからでしょっ!」

    春原「つーか、マジでどうすんの。そろそろ決めてよ」

    朋也「そうだな、じゃあ、駅前に出るか」

    朋也「琴吹がバイトしてるファストフードの店があるんだけど、そこにしよう」

    春原「え!? ムギちゃん、バイトなんかしてんの?」

    朋也「ああ、この前みかけたぞ。クーポンももらったしな」

    春原「へぇ、偉いなぁ、お嬢様なのに。やっぱ、いい子だよ」

    春原「うしっ、そうと決まれば、早くいこうぜっ」

    朋也「そういきりたつなよ。俺の動く気が失せちゃうじゃん」

    朋也「前日までテンション高かったのに、当日になって萎える感じでさ」

    春原「あんた、面倒くさいぐらい繊細っすねっ!」

    ―――――――――――――――――――――

    律「ありゃ、岡崎に春原じゃん」

    駅前まで出てくると、偶然部長と鉢合わせた。

    81 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:55:35.07 ID:cUBlBpOS0
    春原「げっ、部長」

    律「なんだよ、その反応はっ」

    律「こんな美少女に出会えたこと、神に感謝しろよっ」

    春原「するかよ。むしろ、謝って欲しいぐらいだね」

    春原「今からせっかくムギちゃんのバイト先に行こうってとこだったのにさ」

    春原「はぁ…台無しだよ」

    律「あん? なに、あんたらもあそこのハンバーガー食いに来てんの?」

    春原「も…ってことは、おまえもかよ」

    律「私はそうだけど…かぁ、なんだよ、目的地一緒なのか…」

    春原「嫌なら、雀荘にでも入り浸ってろよ」

    律「なんで雀荘なんだよっ! おまえがパチ屋にでも行ってろよっ!」

    律「私の方が先に行くって決めてたんだからなっ!」

    春原「いいや、僕だっ!」

    律「私だっ!」

    春原「………」
      律「………」

    82 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:56:41.75 ID:1qYNd8dxO
    だっ、と店まで駆けていくふたり。

    朋也(そういう速さを競うのかよ…)

    俺もその後を追う。

    ―――――――――――――――――――――

    紬「いらっしゃいませ~…」

    紬「あら…」

    春原「いやぁ、いらしゃっちゃった」

    律「割り込みすんなっ、アホっ」

    春原「僕のが早かったってのっ!」

    紬「あのぉ…」

    春原「すみませんね、このデコがうるさくて」

    律「なんだと、こらっ」

    春原「あ、注文いいですか」

    紬「はい。どうぞ」

    春原「じゃあ…君の体を一晩…なんてね」

    83 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:57:02.46 ID:cUBlBpOS0
    紬「ご注文は、廃棄ピクルスが一点、以上でよろしいですか?」

    春原「死ねってことっすかっ!?」

    律「ぶっ、うくくく…」

    ―――――――――――――――――――――

    注文と会計を終え、テーブルにつく。

    春原「ったく、なんでおまえが一緒に座ってんだよ」

    律「しょうがねぇじゃん、他に席が空いてないんだからさ」

    春原「他人の席に勝手に相席してウザがられてくればいいじゃん」

    律「そんなの私のキャラじゃないしぃ」

    律「おまえのが似合ってるぞ、普段からウザがられてるしな」

    春原「あんだと?」

    律「事実だろぉ?」

    紬「お待たせしましたぁ」

    琴吹が大きめの盆に注文の品を載せ、運んできてくれる。
    またレジと代わってもらったんだろう。

    春原「お、ムギちゃん直々に持ってきてくれるんだね」

    84 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:57:09.36 ID:WpfFlxSRO
    両津「げっ、部長」

    85 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:58:24.65 ID:1qYNd8dxO
    律「センキュー、ムギ」

    紬「これがお仕事だからねぇ。はい、どうぞ」

    言って、テーブルに盆を置いた。

    紬「今日は、三人で遊んでるの?」

    律「違うよ、たまたま会っただけだって」

    春原「そうそう。僕がわざわざこいつと遊ぶなんて、ありえないよ」

    律「そりゃ、こっちのセリフだってのっ」

    紬「まぁまぁ、ふたりとも。仲良くしなきゃ」

    律「無・理」

    紬「りっちゃん…もう、これからは部室でお菓子出せなくなるかも…」

    律「え、なんでさ!? そんなことしたら軽音部じゃなくなるじゃん!」

    それもどうかと思うが。

    紬「だって…ふたりが喧嘩してるところをみるなんて、私、悲しくて…」

    紬「そのショックで自我が保てなくなりそうなんだもの…」

    律「んな、オーバーな…」

    86 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:58:54.87 ID:cUBlBpOS0
    紬「だから、仲良くして?」

    律「…わかったよ。でも、ちょっとだけだぞ」

    紬「春原くんも、ね?」

    春原「まぁ、ムギちゃんがそう言うなら、僕も少しぐらいは…」

    紬「よかったぁ。それじゃ、握手しましょ」

    春原と部長の手を取って、握らせる。

    春原「………」
     律「………」

    紬「わぁ、ぱちぱちぱち~」

    ひとりで拍手を送っていた。

    紬「じゃあ、岡崎くん、このふたりをよろしくね」

    朋也「ん、ああ…」

    紬「では、ごゆっくり~」

    最後は店員の職務に戻り、恭しく下がっていった。

    朋也(よろしくったってなぁ…)

    87 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 22:59:03.74 ID:QfkttWQJ0
    朝からずーっと書いてて大丈夫なのかな?

    88 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:00:10.15 ID:DxoLJQs00
    書き溜めてあるんだろうけど
    書きこむ労力がスゴイよな

    89 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:00:49.24 ID:GyP0BTjT0
    岡崎と春原のかけあい上手いなあ…

    90 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:01:05.71 ID:1qYNd8dxO
    春原「……こっのっ…」

    律「…くのっ…くのっ…」

    握手から指相撲に移行していた。

    朋也(どうしようもねぇだろ…)

    ―――――――――――――――――――――

    春原「ムギちゃんが言うから、仕方なくちょっとだけ遊んでやるんだからな」

    律「まんま私の事情だからな、それ」

    差し当たって俺はこのふたりにゲーセンで遊ぶよう提案していた。
    すると、どちらもゲーセン自体は好きだったようで、了承を得ることができていた。

    春原「はっ、言ってろよ。でもな、馴れ合うつもりはないからな」

    春原「男らしく、対戦できるゲームで勝負しろっ」

    律「私は女だっつーのっ!」

    最初からこんなんで、大丈夫だろうか…。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「うりゃりゃりゃっ!!」

    律「ヴォルカニックヴァイパァーっ!!」

    91 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:02:13.27 ID:cUBlBpOS0
    最初に選んだのは、オーソドックスに格闘ゲームだった。
    画面の中で激しくコンボが交錯する。
    俺はその様子を春原側の筐体から見ていた。

    朋也(しっかし…)

    同キャラ対戦だからなのかもしれないが、立ち回り方も大体似ているというか…
    こいつら、やっぱり、ほんとは気が合うんじゃないだろうか。

    春原「だぁ、くっそ…」

    KOの文字がでかでかと表示されていた。
    春原が負けたようだ。

    春原「あっ、あの野郎…」

    死体となった春原のキャラに、超必殺技が繰り出されていた。

    春原「てめぇ、悪質だろっ!」

    立ち上がり、向かい側にいる部長に噛み付く。

    律「はーっはっは! 勝利者の特権だっ。悔しかったら勝つことだなっ」

    向こうも筐体の上から顔を覗かせて、言い返してくる。

    春原「ちきしょー、連コインだっ!」

    律「オウ、きなさい、ボクチン」


    92 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:03:21.66 ID:1qYNd8dxO
    結局、4連戦し、2勝2敗で引き分けていた。

    ―――――――――――――――――――――

    春原「次はレースで勝負だっ」

    律「のぞむところだっ!」

    春原「岡崎、おまえも混じれよ」

    朋也「ああ、いいけど」

    ―――――――――――――――――――――

    運転席を模した筐体の中に乗り込み、硬貨を入れる。
    コースと使用する車種を選ぶと、レースが始まった。

    春原「うらぁああっ!」

    律「あ、なぁにすんだよ!」

    春原の車が一直線に部長車めがけて突っ込んでいった。
    摩擦で煙を立てながら壁に押し付けられている。

    律「くっそぉぉっ!」

    アクセルを全開にして窮地を脱する部長の車。
    今度は部長が春原のケツにつき、追突していた。

    春原「てめぇっ!」

    93 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:03:44.90 ID:cUBlBpOS0
    律「おりゃりゃっ!」

    格闘ゲームのノリを引きずったまま、激突しあう。
    俺が安全運転で一周してきても、まだ同じ場所で争っていた。
    ふたりをその場に残し、周回を重ねるべく過ぎ去っていく俺。

    春原「うわぁっ」

    律「ひゃあっ」

    朋也(なんだ?)

    俺の画面に煙のグラフィックが立ち込めていた。
    見れば、春原の車と部長の車が爆発して炎上していた。

    朋也(なにやってんだよ…)

    律「あーも、おまえがいっぱいぶつかるからぁ」

    春原「おまえの車がもろいのが悪いんだよっ」

    律「なにぃ?」

    ゲーム内どころか、プレイヤー同士でも争いが起き始めていた。
    その間もレースは進んでいく。
    そして、常に安全運転を心がけていた俺が順当に1位を取っていた。

    春原「あ、てめぇ、岡崎、ずりぃぞっ」

    律「漁夫の利か、この野郎っ!」

    94 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:04:52.13 ID:cUBlBpOS0
    言いがかりをつけ始められていた。
    こんな時だけは結託する奴らだった。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「なぁ、発想を変えて、協力プレイができるやつにしたらどうだ」

    朋也「仲良くするっていうのが、一応の建前だろ」

    春原「まぁ、そうだけどさ…」

    律「協力かぁ…」

    顔を見合わせる。

    春原「はぁ…」
      律「はぁ…」

    同時にため息を吐いていた。

    朋也「シューティングゲームでもやってみろよ」

    朋也「ほら、あのテロリストを鎮圧する奴とかさ」

    春原「…まぁいいけど」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「おまえ、けっこうやるじゃん」

    95 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:05:01.89 ID:y1qBevVn0
    >>68
    けいおんはもともと男出てこないからな、こういうキャラでもちゃんとイメージできる
    クラナドの世界観はすげえうまく表現してる

    96 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:06:08.55 ID:1qYNd8dxO
    律「へへっ、おまえもな」

    やはり相性がいいのか、序盤は上手く連携し、なんなく突破していた。
    このまま何事もなくいってくれればいいのだが…

    春原「うわっ、なにすんだよっ」

    律「あ、わり」

    部長の放ったロケットランチャーの爆風に春原が巻き込まれていた。

    春原「ちっ、今後は気ぃつけろよ」

    律「感じ悪ぃなぁ…あんたが変な位置に居るのも悪いんだろ…」

    フレンドリーファイアで少し空気が悪くなっていた。
    お互い、単独プレイも目立ちだす。

    律「あ、今のアイテム私が狙ってたのにぃ」

    春原「早いもん勝ちだろ」

    律「むむ……」

    徐々に亀裂が大きくなっていく。
    そんな時、事件は起きた。

    律「あーっ、おまえ、私撃ったなっ!」

    春原「わり、ミスった」

    97 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:06:45.38 ID:cUBlBpOS0
    律「嘘つけ、アイテム欲しさに消そうとしたんだろっ」

    律「殺られるまえに殺ってやるっ」

    春原に向けてマシンガンを放つ部長。
    画面が血で染まっていく。

    春原「てめぇ、やりやがったなっ!」

    春原も火炎放射やロケットランチャーで応戦していた。
    ふたりとも、ボス戦に備えて温存しておいたであろう武器を躊躇なく使っていく。
    ステージも破壊しつくされ、ボロボロになっている。
    敵テロリストも真っ青の破壊活動だった。

    ―――――――――――――――――――――

    律「やっぱ、協力はダメだな。勝負しなきゃ」

    律「音ゲーで決着つけようぜ」

    春原「ふん、のぞむところだ」

    朋也「おまえに不利なんじゃないのか。相手は軽音部部長だぞ」

    春原「関係ないね。僕の天性のセンスさえあれば」

    朋也「あ、そ」

    ―――――――――――――――――――――

    98 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:07:09.31 ID:c/+LQZXq0
    >>84
    俺も思った

    99 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:07:56.16 ID:1qYNd8dxO
    律「…ふぅ」

    最後に一発、たんっ、と叩き終える。
    部長が選んだのは、ドラム型の筐体だった。
    その実力は、思わずプレイに見入ってしまう程のものだった。
    この類のゲームをやったことのない素人の俺でも、だ。
    恐ろしいスピードで迫ってくるシンボルをほぼ逃すことなく叩いていた。
    あんなのに反応できるなんて、正直考えられない。

    春原「…な、なかなかやるじゃん」

    動揺を隠せていなかった。
    GREAT!と表示された画面を見て固まっている。

    律「次はあんたな。あたしより高得点出してみなよ」

    春原「ふん、やってやるさ…」

    硬貨を投入する。
    そして、曲の選択が始まった。
    どんどん下にスクロールしていく。

    春原「ボンバヘッ入ってないとか、イカれてんな、これ…」

    そんなのが入っているほうがおかしい。バグの領域だ。

    春原「ま、いいや、これで」

    選曲が終わり、ゲームが開始される。
    ノリのいいヒップホップのリズムが流れてきた。

    100 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:08:22.12 ID:cUBlBpOS0
    春原「YO! YO!」

    MISS! MISS! MISS!

    ガシャーンッ!

    春原「…あ」

    金網の閉じられるような音と共に、画面にはゲームオーバーの文字が躍る。
    つでにブーイングも聞えてきた。

    朋也(だせぇ…)

    春原「なんだよこの機械っ! 僕のビートがわからないのかよっ!」

    律「はっは、画面に八つ当たりするなよな」

    春原「こんなポンコツで勝負しても意味ねぇってのっ」

    春原「ボンバヘッも入ってないしよ…無効試合だっ!」

    律「んとに、ガキだなぁ、おまえは…」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「だぁ、なにやってんだよ、ゼスホウカイっ!」

    春原「おまえの単勝1点買いだったんだぞっ」

    律「はは、馬鹿め、オッズに目が眩んだようだな」

    101 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:09:33.64 ID:1qYNd8dxO
    律「3番人気なんて選ぶからそういうことになるんだよ」

    次の勝負の場は、メダルを使った競馬ゲームだった。

    律「複勝と合わせて多点買いしとけよなぁ」

    春原「んなミミッチィことできるかよ。収支期待できねぇだろ」

    律「マイナスよりマシじゃん」

    春原「ふん、所詮、女にはわかんないか…」

    春原「岡崎、おまえどうだった?」

    朋也「キチクオウ→センゴクランスの馬単が的中だ」

    春原「マジかよ!?」

    律「ほぉ…」

    春原「ちょっとめぐんでくんない?」

    朋也「ああ? しょうがねぇな…」

    ―――――――――――――――――――――

    ひとしきり遊んだ後、昼飯を食べに出た。
    近場のファミレスに入り、腹を満たす。

    春原「部長、おまえも女なら、もっとらしいもん頼めよな」

    102 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:09:54.65 ID:cUBlBpOS0
    律「私ほどの美少女なら、なに食べてても絵になるのよ、おほほ」

    部長が頼んだのは、分厚い肉料理だった。
    そのうえに、ガーリックソースなんてゴツイものもかけていた。

    春原「おい、岡崎、聞いたかよ」

    春原「こいつ、すげぇナルシスト女だぜ」

    律「おまえだって、メニュー言う時かっこつけてただろぉ」

    律「通ぶって略しちゃってさ、まったく店員さんに通じてなかったじゃん」

    律「どこのローカル呼称だよ、って顔してたぞ」

    春原「発音がよすぎて、ネイティブにしか伝わんないだけだよっ」

    律「焼き魚&キノコ雑炊なんて日本語しかねぇじゃん」

    春原「&があるだろうがっ」

    律「そこは略してただろうがっ」

    朋也(うるせぇ…)

    ―――――――――――――――――――――

    再びゲーセンに戻ってくる。

    春原「おし、結構金も使っちゃったからな…次で決めるぞ」

    103 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:11:09.21 ID:1qYNd8dxO
    律「ああ、いいぜ、雌雄を決してやるよ」

    春原「最後だからな、おまえにジャンルを選ばせてやるよ」

    春原「レディーファックユーってやつだ」

    律「レディーファーストだろ…そのボケはちょっと無理があるぞ」

    春原「いいから、選べよ」

    律「そうだな…う~ん」

    店内を見回す。

    律「あ、あれは…」

    振っていた顔を止め、ある一点を見つめる。

    律「あれにしようか」

    指さす先には、UFOキャッチャー。

    律「たくさん景品取った方が勝ちな」

    春原「なるほどね、いいよ」

    春原は、不敵な顔でにやついていた。
    得意なんだろうか、こいつは。

    ―――――――――――――――――――――

    104 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:11:29.47 ID:cUBlBpOS0
    律「あのカチューシャ犬は特別、得点がでかいことにするぞ」

    ケース内には、カチューシャをかけた犬のぬいぐるみがふてぶてしく鎮座していた。
    小型、中型、大型とあるが、部長が指定したのは大型タイプだ。

    律「あれが3点で、他のが1点な」

    春原「いいけど…ブサイぬいぐるみだな」

    律「かわいいだろがっ、特にチャームポイントのカチューシャが」

    春原「そこが、僕の知ってる動物の同類にみえて、なんか馴染めないんだよね」

    律「…それは、誰を指してるのかなぁ?」

    春原「さぁね」

    律「…ぜってぇ勝つ。私が勝ったら土下座して詫び入れろよな」

    言いながら、財布から硬貨を取り出し、投入する。
    デラデラと機械音が鳴り出し、アームがプレイヤーの制御下に置かれる。
    チャンスは3回のようだった。

    律「よし…」

    まず一回目。
    アームを一度横に動かしてx軸を合わせ、そのまま縦に移動させる。
    狙いは大型カチューシャ犬のようだった。

    律「今だっ」

    105 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:12:42.85 ID:1qYNd8dxO
    ぬいぐるみに向かってアームが下りていく。
    が、少し距離が足りず、手前で空を切っていた。

    律「くそぉ…」

    アームが初期位置に戻ってくる。
    2回目。
    さっきと同じように、ぬいぐるみの上まで持っていく。
    今度は頭上に下りていった。
    が、カチューシャ部分を掴んでしまい、するりと抜けていった。

    春原「ははっ、そんにカチューシャ欲しいのかよ」

    春原「もう自分のしてるくせに、他人から奪おうとするなよ」

    律「うっさい、あんたは黙っとけ」

    律「ちくしょお…」

    3回目。大型は諦めて、小型狙いにしていたが、これも失敗していた。
    結果、部長は0点。
    春原が一つでも取れば、勝ちが確定する状況になった。

    律「うぐぐ…」

    春原「はは、ほら、どけよ。次は僕だ」

    入れ替わり、春原がプレイする。
    慣れた手つきで、アームを移動させていく。
    小型カチューシャ犬に向けて、迷いなく進んでいく。

    106 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:13:05.36 ID:cUBlBpOS0
    止める位置もばっちりに見えた。
    アームが下りていく。
    そして、見事掴んだまま持ち帰っていた。

    春原「おらよ、これで、もう僕の勝ちだね」

    取り出し口からぬいぐるみを出し、一度空中に放ってキャッチしてみせた。

    律「うぅ…くっそ…」

    春原「欲張ってあんなデカいの取ろうとするからだっての」

    春原「あれはおまえの器以上の業物なんだよ」

    律「だって…欲しかったし…」

    しゅん、としおれてしまう。
    それは負けたからなのか、目当てのものが取れなかったからなのかはわからない。
    ただ、本当に欲しかったのだろうということだけはその様子から伝わってきた。

    春原「…はぁーあ、普段はこんなことしねぇからな」

    言って、UFOキャッチャーと向き合った。
    春原の目線、狙う先は、大型カチューシャ犬に向けられていた。

    朋也(こいつ、もしかして…)

    アームが移動する。
    止まったのはやはり、大型カチューシャ犬の頭上。
    まっすぐにターゲットめがけて下りていくアーム。

    107 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:14:15.64 ID:1qYNd8dxO
    そして、少し細くなっている首周りを掴んだ。
    しっかりと固定される。
    そのまま、こちらに持ってきて…
    すとん、と落ちていた。
    それを気だるげに取り出す春原。

    春原「おらよ、やる」

    律「え? いいのか?」

    春原「ああ。僕は、こんなのいらないしね」

    律「あ、ありがとう…」

    受け取る。
    大事そうに、ぎゅっと抱きしめた。

    春原「ふん…」

    照れ隠しなのか、わざとしらけた態度を装っているようにみえた。

    春原「じゃあ、もういいか」

    アームを二度小さく動かし、1ゲームを自分の意思で降りていた。

    春原「ああ、そうだ、この小せぇのも、やるよ」

    律「うん…ありがとう」

    受け取って、大きい方と一緒に抱える。

    108 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:14:39.56 ID:cUBlBpOS0
    律「あんた、上手いな、UFOキャッチャー」

    春原「まぁね。この界隈じゃ、ゲーセン荒らしって呼ばれてるくらいだからね」

    朋也「そうだな…」

    朋也「おまえ、よく機械に体当たりして、振動を与えることで景品落としてるもんな」

    春原「そういうブラックリストに載るような意味じゃねぇよっ!」

    律「わははは!」

    春原「ったく…」

    いろいろあったが、部長も春原も、今は笑顔を浮かべていた。
    これを機に、こいつらの仲が改善されていけばいいのだが…。

    朋也(ダメ押ししとくか…)

    朋也「おまえらさ、プリクラでも撮ってこいよ。俺がおごってやるから」

    春原「なんで僕らが…」

    律「そ、そうだよ、意味がわからん…」

    朋也「そのプリクラ、明日琴吹に見せてやれよ」

    朋也「それで、一日仲良く過ごしたって言えばいいじゃん」

    朋也「口だけじゃ、信用されないかもしれないしさ。いつものおまえら見てるわけだし」

    109 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:15:25.34 ID:HW8IYUOD0
    ほほう、ここで惚れさせるのか
    支援

    110 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:15:46.20 ID:1qYNd8dxO
    春原「………」

    律「………」

    ふたりともだんまりを決め込んでいる。

    春原「…ま、僕はいいけど。ムギちゃんのためにね」

    春原が先に口を開く。

    律「…私も。おやつのために、しょうがなくだけど」

    部長もそれに続く形で了承する。

    朋也「そっか。じゃ、行ってこい」

    春原に100円硬貨を4枚渡す。部長からはぬいぐるみを預かった。
    シートをくぐり、筐体の内側に入っていくふたり。
    しばらく静かだったと思うと…

    律「おまえ、なんでこれ選ぶんだよっ」

    春原「これが一番僕の写りがいいからね」

    律「ざっけんなっ」

    なにごとかわめき出していた。
    そして、勢いよく出てきたと思うと、すぐに隣の落書きスペースに移動した。
    そこでもシートが揺れるほど騒いでいる。
    その騒音が収まったと同時、ふたりとも外に出てきた。

    111 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:16:07.64 ID:cUBlBpOS0
    春原「ちくしょー、僕に変な文字上書きしやがって…」

    律「私なんか目が半開きになってるやつだし…待ってって言ったのに…」

    出力されたシールを手に苦い顔をしている。

    朋也「なんだよ、さっきまでいい感じだったのに…」

    春原「岡崎、見てくれよ、これ」

    朋也「あん?」

    プリントシールを受け取る。
    二つに区切られた枠の片方に写っている春原には、上から罵詈雑言が書きこまれていた。
    もう、悪口なのか春原なのかわからないほどに。こっちは部長が編集したのだろう。
    もう片方は、春原の周りにオーラのようなものが描かれていた。
    まるで、なにかの能力者のようにだ。どっちがどっちを編集したか一目でわかる出来だった。
    一方、部長の方だが、キメポーズの途中だったのか、残像が写っていた。
    その顔も、引力に引きずられているような感じになっている。

    春原「ざけやがって、デコっ!」

    律「死ね、ヘタレっ!」

    ああ…結局最後はこうなってしまうのか…。

    ―――――――――――――――――――――

    112 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:17:29.56 ID:1qYNd8dxO
    4/26 月

    唯「岡崎くんたち、きのう、りっちゃんと遊んだんだってね」

    朋也「ああ、そうだけど…」

    なんでこいつが知っているんだろう。

    唯「りっちゃんから写メ来たんだよねぇ…ほら」

    疑問に思っていると、平沢が携帯の液晶画面を見せてくれた。
    そこに映し出されているのは、あのぬいぐるみだった。

    唯「これ、春原くんに取ってもらったんだよね?」

    唯「りっちゃん、すごく気に入ってるみたい」

    唯「待ち受け画面にしてるんだってさ」

    朋也「へぇ…」

    人に報告したくなるくらいなら、相当嬉しかったんだろう。
    あの後、いつものように春原と軽口を叩き合って別れていたのに。
    それでも、家に帰って一旦落ち着けば、ぬいぐるみをその手に上機嫌となれたのだ。
    一緒に遊んだ半日も、そう無駄ではなかったようだ。

    唯「でもさぁ、私も呼んでくれればよかったのに。暇だったんだよ、きのう」

    憂「お姉ちゃん、結局一歩も外に出なかったもんね」

    113 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:17:50.62 ID:cUBlBpOS0
    唯「そうだよぉ、引きこもり歴丸一日になっちゃったよ。これから続く引きこもり人生の初日だよ」

    朋也「でも、ゲーセンだぞ? おまえ、ゲームとかするのか」

    唯「う~ん…しないかなぁ…」

    朋也「じゃあ、意味ないじゃん。結局、来ても暇なままだろ」

    唯「そんなことないよ。応援とかしたりさ…」

    唯「あ、ほら、あの、負けたら怒って台叩くのとかやってみたいし」

    朋也「それはギャラリーがやることじゃないからな…」

    憂「お姉ちゃんは、モグラ叩きとか得意なんじゃない?」

    唯「へ? なんで?」

    憂「こう、リズムに乗って、えいっ、えいっ、ってするのとか好きそうだし」

    唯「そうだね、うんたん♪ うんたん♪ って、カスタネットに似てるしね」

    そうだろうか…まずジャンルからして違う気がする。

    憂「そんな感じだよ。お姉ちゃん、やっぱりモグラ叩きの才能あるよっ」

    全肯定だった。
    やっぱりこの子も平沢の血筋なのか…。

    唯「えへへ、ありがと」

    114 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:18:22.04 ID:2tBMZ1Ns0
    a

    115 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:18:29.15 ID:5LtM96Rl0
    春原いい奴だな

    116 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:19:01.11 ID:1qYNd8dxO
    姉もそれを真に受けている…。
    恐るべき一族だった。

    ―――――――――――――――――――――

    がらり。

    ドアを開け、教室に入る。

    春原「やぁ、おはよう」

    すぐに寄ってきたのは、妙に元気な金髪の男だった。

    春原「一緒に登校してきてるって、やっぱマジだったんだね」

    春原「仲いいじゃん、おふたりさん」

    朋也「いや、つーかおまえ、なんで朝からいるんだよ」

    朋也「きのうは昼まで寝てたいとか言ってたくせによ」

    春原「ん? べっつにぃ…」

    唯「でも、偉いよ、春原くん。その調子でこれからも頑張ってねっ」

    春原「ああ、そうだねぇ…」

    男子生徒「おっ、春原、岡崎。おまえら、バスケ部と試合して勝ったんだって?」

    男子生徒「けっこう噂になってるぞ」

    117 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:19:23.15 ID:cUBlBpOS0
    春原「まぁねっ! 楽勝だったよっ!」

    男子生徒「すげぇな。ただのヤンキーじゃなかったのか」

    春原「たりまえじゃんっ。超一流スポルツメンよ、僕?」

    自慢げに語り出していた。

    朋也(まぁ、そんなことだろうと思ったけど…)

    あまりにも露骨過ぎて、こっちが恥ずかしくなってくる。

    唯「う~ん、私も自慢したくなってきたっ」

    朋也「やめとけ…」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    昼。

    和「あなたたち、一昨日は大活躍だったんですってね」

    春原「そうっすよ、もうボッコボコに…」

    和「………」

    118 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:19:51.17 ID:QfkttWQJ0
    やっと、うんたんktkr

    119 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:20:44.49 ID:1qYNd8dxO
    春原「あ、いや…」

    春原「…そうだよ、すげぇかましてやったんだよ」

    和「勝敗は聞いてたんだけどね。あとひとり、助っ人がいたことも」

    和「あの非合法組織から人材が派遣されるなんて、ちょっと驚いたけど」

    キョンのことだろう。
    しかし…

    朋也「非合法?」

    和「ええ。SOS団といって、学校側から正式に認可されていないクラブがあるの」

    和「そこの構成員よ。知らなかったの?」

    朋也「いや、俺はよく知らないけど」

    春原「なにしてるかよくわかんない、変な奴らなんだよね」

    和「そうね。詳しい実態はつかめていないんだけど…」

    和「普段は、ボードゲームに興じたり、イベントを企画したりしているらしいわ」

    和「まぁ、言ってみれば、唯たち軽音部のような空気を持った集団ね」

    律「あんな過激な奴らと一緒にするなよなぁ」

    和「過激なのは団長の涼宮さんひとりだけで、後は比較的まともでしょ?」

    120 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:21:26.10 ID:cUBlBpOS0
    律「まぁ…確かに、キョンの奴は普通だったけど…」

    律「あ、でも、あんな部活入ってるし、このふたりとも友達だし、やっぱ変かも…」

    春原「どういう意味だよっ」

    和「友達?」

    春原「ん? ああ、僕と岡崎の友達だよ、キョンは」

    和「へぇ…興味深い人付き合いしてるのね、あなたたち」

    朋也「そうか?」

    和「そうよ。だって、この学校では特異とされる存在同士が交わっているんですもの」

    和「それも、あなたたちふたりを起点にしてね」

    和「そこになにか、物語めいたものを感じるわ」

    朋也「そういうもんか…」

    言われても、自分ではあまりピンとこない。

    律「しっかし、和も大変だよなぁ、こうも問題児が多くてさ」

    律「もしかして、歴代で一番大変な生徒会長になったんじゃないのか」

    和「かもしれないわね。でも…おもしろい人間がそろった年代だとも思うの」

    121 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:21:34.56 ID:HW8IYUOD0
    久々に風子フォルダ覗いたらとても可愛かった
    支援

    122 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:22:49.40 ID:1qYNd8dxO
    和「あんたたち軽音部も含めてね」

    澪「え、ええ? 私たちもか?」

    和「ええ。だから、同じ学校、同じ学年にいられたこと、誇らしく思うわ」

    澪「誇りなんて、そんな…」

    唯「和ちゃん、シブイこと言うね」

    和「そう?」

    唯「うん。なんか、この次会う時は、一人称が『俺゛』になってそうなくらいだよ」

    和「今のどうやって発音したの…」

    こうして俺たちと普通に会話している真鍋だが…
    それも、表の顔で、裏ではいつも高度な政治戦を繰り広げているのだ。
    おもしろい人間…そうは言うが、こいつ自身も強烈な個性を持っていると、俺は思う。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。軽音部部室に訪れ、茶を飲み始める。

    唯「今日は私からもみんなにプレゼントがあります」

    123 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:23:28.84 ID:cUBlBpOS0
    唯「さぁ、受け取るがよい、皆の衆」

    鞄を逆さにして、上下に振った。
    中から大量に何かが落ちてくる。

    澪「…ウメボシ太郎?」

    律「なぁんだよ、これはっ」

    唯「ウメボシ太郎」

    律「いや、見りゃわかるよ。そうじゃなくて、量のこと言ってんのっ」

    唯「いやぁ、実は、ウメボシ太郎が食べたくなる衝動に襲われちゃってさぁ」

    唯「それで、いっぱい買ったんだけど、二個食べたら飽きちゃったんだよね」

    唯「あんなに渇望してたのにさ…」

    梓「すごい次元の衝動買いですね…」

    唯「でもそういうことってあるよね?」

    律「まぁ、あるけどさぁ…ここまではねぇよ」

    澪「いや、おまえもけっこうひどいぞ」

    澪「中学の時、修学旅行先で木刀三本も買ってたじゃないか」

    澪「それで、旅行中ずっと私に試し切りしてきたけどさ…」

    124 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:25:35.32 ID:1qYNd8dxO
    澪「帰ってから一度も触ってるとこみたことないぞ」

    律「う…よく覚えてるな、そんなこと…」

    梓「律先輩、典型的な中学生だったんですね」

    律「う、うっさい」

    春原「はは、そんなもん買ったって、荷物がかさむだけじゃん」

    春原「普通、自宅に送ってもらうだろ」

    律「って、おまえも買ったんかい…」

    春原「い、いや…一般論を言っただけさ」

    絶対にこいつは経験者だ。

    唯「でもさ、ムギちゃんの衝動買いってすごそうだよね」

    紬「そんなことないよ」

    とはいえ、高級料理店にふらっと立ち寄るくらいはしそうなのだが…

    紬「たまに、M&Aするくらいだから」

    企業買収だった!

    澪「す、すごいな、ムギ…」

    125 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:25:48.57 ID:lFSbVlj60
    最萌スレから来ました

    126 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:25:58.64 ID:c/+LQZXq0
    しえらっちょい

    127 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:25:59.67 ID:cUBlBpOS0
    梓「さすがです…」

    唯「M&A? なにそれ」

    律「誰かのイニシャル? 二人組ユニット?」

    春原「お笑い芸人にそんなのいたよね」

    春原「きっと、個人的に呼んで、ネタみせてもらってるんじゃない?」

    唯「おおぅ、そうだよ、それだよっ」

    律「やるじゃん、春原」

    春原「へへっ、まぁね」

    アホが三人、ずれまくった結論で盛り上がっていた。

    紬「梓ちゃんは、どんな感じなの?」

    梓「私ですか…」

    唯「あずにゃんは、なんかしそうにないよね」

    律「計画とか立ててそうだよな」

    梓「はぁ…でも、たまにしますけどね」

    唯「え? ほんとに? なに買うの?」

    128 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:27:17.39 ID:1qYNd8dxO
    梓「えっと…カツオブシ…」

    唯「カツオブシ?」
    律「カツオブシ?」

    梓「あう…」

    律「猫みたいな奴だな…」

    唯「でも、あずにゃんのイメージにぴったりだよ」

    律「カツオブシがか?」

    唯「猫のほうだよぉ」

    梓「み、澪先輩はなにかないんですか?」

    澪「私? 私は…」

    律「澪は衝動食いだよな。ヤケ食いでリバウンドとか…」

    ぽかっ

    律「いっつぅ…」

    澪「そんな失敗談持ってないっ。いちいち変な情報出してくるなっ」

    律「うぅ、わかったよ…。で、おまえはなんなんだ?」

    澪「ん、私は、マシュマロとかかな」

    129 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:27:36.34 ID:cUBlBpOS0
    梓「へぇ、澪先輩らしい感じがしますね」

    律「でもそれってやっぱ、デブる要因になるんじゃ…」

    澪「で、デブとかいうなっ」

    律「ひぃ、すみましぇん…」

    澪「ほんとにもう…」

    澪「…あの、岡崎くんは、なにかあったりする?」

    朋也「俺か? 俺は、そうだな…」

    朋也「たまに甘いものが欲しくなったりするな。そんな時は駄菓子とかたくさん買ってるよ」

    澪「へぇ…それって、反動っていうのかな?」

    澪「岡崎くん、いつも甘いもの避けて、お茶とおせんべいだしね」

    朋也「そうかもしれないな」

    紬「甘いものが欲しくなった時は、いつでも言ってきてね。ケーキも、紅茶も用意するから」

    朋也「なんか、悪いな、いろいろと…」

    紬「ううん、全然よ」

    律「春原、あんたはどうせエロ本とか大量に買ってんだろ?」

    130 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:28:50.52 ID:1qYNd8dxO
    律「衝動買いっつーか、本能買いって感じでさ」

    春原「馬鹿にすんなっ! ちゃんと厳選してんだよっ!」

    春原「ジャケ買いなんか、素人のすることだねっ」

    律「んな主張で胸張るなよ…」

    朋也「おまえは、よく俺のジュース買いに走る衝動に駆られてるよな」

    春原「パシリじゃねぇよっ!」

    律「わははは! やっぱ、あんたオチ要員だわ」

    春原「くそぅ…いつの間に定着してんだよ…」

    ―――――――――――――――――――――

    部活も終わり、下校する。

    澪「はぁ…結局今日も練習できなかった…」

    律「だって めんどくさいんだもの りつを」

    澪「相田みつをさん風に言うな」

    律「いいじゃん、息抜きも大事だぜ」

    澪「抜きすぎだ。それに、再来週にはもう創立者祭があるんだぞ」

    131 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:29:31.92 ID:cUBlBpOS0
    澪「あんまりだらだらもしてられないだろ」

    唯「でも、二週間以上もあるから、まだ大丈夫だよ」

    梓「いえ、今のうちからしっかりしてないとダメですっ」

    梓「三年生は出し物がないからいいですけど、一、二年生は準備がありますから」

    梓「それに、ゴールデンウィークも挟みますし」

    唯「えぇ~、でも、あずにゃんだってトークしながら紅茶飲んでたじゃん」

    梓「あ…う、そ、それは…」

    梓「あ、明日からちゃんとするんですっ!」

    唯「ムキになっちゃってぇ、かわいいなぁ、もぉ」

    中野に抱きつき、頭を撫で始める。

    梓「あ…もう、唯先輩は…」

    春原「なぁ、岡崎、創立者祭ってなんだっけ」

    朋也「文化祭みたいなもんだ」

    春原「ふぅん、そうなんだ。初めて知ったよ」

    律「マジで言ってんの? あんた、ほんとにうちの生徒かよ」

    132 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:31:23.15 ID:1qYNd8dxO
    春原「授業がないってことだけは知ってたよ。単位に関係ないし、ずっとサボってたけどね」

    律「ほんとにロクでもない奴だな、おまえは…」

    律「でも、今回は来てもらうぞ。またおまえらには機材運んでもらうからな」

    春原「あん? やだよ、めんどくせぇ」

    律「なに言ってんだよ、部室に入り浸って飲み食いしてるくせに」

    律「今後もそうしたいなら、文句言わずに手伝えよな」

    春原「ちっ、汚ねぇ取り引き持ちかけやがって」

    律「相応の条件だろ。それと、朝からちゃんと来とけよ。文化系クラブの発表は午前中にあるんだからさ」

    春原「午前中ぅ? まだ夢の中にいるんだけど」

    律「夢遊病者のようになってでも出て来い」

    春原「そんなことしたら、なにかの拍子に事故が起こるかもしれないじゃん」

    春原「例えば、僕がふらついて、おまえに激突したりとかさ」

    春原「それで、おまえが隠し持ってた育毛剤が床に転がりでもしたら、ショックだろ?」

    律「最初から持ってないわ、そんなもんっ!」

    春原「うそつけ、おまえ、いつも胸ポケットもり上がってるじゃん。入ってんだろ、例の物がさ」


    133 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:32:14.34 ID:cUBlBpOS0
    律「ちがうわっ! これは携帯だっての!」

    ポケットから取り出してみせる。

    春原「そんな型のもん買ってきやがって、偽装に命かけてるね、おまえ」

    律「本物の携帯だっつーの!」

    折り畳んでいた状態から、ぱかっと開き、ディスプレイを春原に向けた。

    春原「あれ、それ…」

    律「っ! うわ、しまっ…」

    そそくさと畳み直し、ポケットにしまった。

    律「………」

    ほのかに顔を赤らめて、決まりが悪そうに顔を伏せていた。

    澪「ああ、そういえば…」

    澪「律、春原くんにもらったぬいぐるみ、待ち受けにしてたんだっけ」

    律「うぐ…」

    春原「ふぅん、けっこう可愛いとこあるじゃん」

    律「な、か、可愛いって、おま…」


    134 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:32:56.66 ID:cUBlBpOS0
    唯「あはは、りっちゃん顔真っ赤ぁ~」

    律「ゆ、唯、こら…」

    紬「あら? ラブが芽生える感じ?」

    律「む、ムギまで…」

    いつもとは逆の立場で、揶揄される側に回っていた。
    自分が的になるのはなれていないのか、しどろもどろだ。

    春原「はは、ムギちゃん、僕、デコはお断りだよ」

    律「な、な、なんだとぉ? あたしだってヘタレは願い下げだってのっ!」

    春原「ああ? てめぇ、デコのくせに生意気だぞ!」

    律「うっせー、ヘタレ!」

    春原「ぐぬぬ…」
      律「ぐぬぬ…」

    紬「喧嘩するほど仲がいいってね」

    澪「はは、そうかも」

    春原「んなわけないっ!」
      律「んなわけないっ!」

    唯「あははっ、息ピッタリだよ」

    135 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:33:27.63 ID:HW8IYUOD0
    胸ポッケからとな

    136 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:34:10.15 ID:cUBlBpOS0
    春原「………」

    律「………」

    春原「けっ…」
      律「ふん…」

    似たような反応をする。
    やはり、同系統の人間な気がする。

    ―――――――――――――――――――――



    137 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:34:30.91 ID:BXhBzgnMO
    上手いなぁ

    138 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:34:38.20 ID:c/+LQZXq0
    いいねえ

    139 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:35:34.39 ID:1qYNd8dxO
    4/27 火

    憂「あ、お姉ちゃん、寝癖ついてるよ」

    唯「え、どこ?」

    憂「襟足近くがハネちゃってるぅ…ちょっと待ってね」

    立ち止まり、鞄からクシを取り出した。
    撫でつける様に、やさしく平沢の髪をといていく。

    憂「これでよし」

    唯「ありがとぉ、憂」

    憂「うん」

    憂「………」

    俺をじっと見てくる憂ちゃん。

    朋也「ん? なんだ?」

    憂「岡崎さんは、髪さらさらですね」

    朋也「そうかな」

    憂「はい。なにかお手入れとかしてるんですか?」

    朋也「いや、したことないよ」

    140 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:35:55.90 ID:cUBlBpOS0
    憂「ナチュラルでそれですか…うらやましいです」

    憂「キューティクルも生き生きしてて、ツヤもあるし…」

    憂「あの、触ってみてもいいですか?」

    朋也「ああ、いいけど」

    身をかがめ、憂ちゃんに合わせる。

    憂「じゃあ、失礼して…」

    手ですくうようにして、側頭部に触れてきた。

    憂「うわぁ、女の子みたいです…いいなぁ」

    唯「岡崎くん、私も触っていい?」

    朋也「ああ、いいけど」

    俯いたまま答える。

    唯「ほんとだ、さらさらだぁ」

    憂「だよねぇ…」

    ふたりして好き放題触っていた。

    朋也「そろそろいいか」

    141 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:37:12.54 ID:1qYNd8dxO
    憂「あ、はい。ありがとうございました」

    朋也「ん…」

    体勢を戻す。

    唯「シャンプーはなに使ってるの?」

    朋也「スーパーで買った適当なやつ」

    唯「そうなの? ほんとに全然気を遣ってないんだね…」

    唯「でもさ、卑怯だよっ、そんなの。私はケアしても寝癖つくのにさ」

    朋也「そういわれてもな…」

    唯「髪が綺麗な分、どこかにしわ寄せがきてなきゃだめだよっ」

    唯「例えば、脇がめちゃくちゃ臭いとか」

    朋也「そんな奴と登校したくないだろ…」

    唯「でも、それくらいじゃないと納得できないよっ」

    唯「だから、岡崎くんは脇が臭いことに決定ね」

    朋也「決めつけるな…」

    ―――――――――――――――――――――

    142 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:37:50.35 ID:cUBlBpOS0
    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    昼。

    春原「おい、平沢。そこの醤油取ってくれよ」

    唯「いいよぉ」

    唯「はい、どうぞ」

    春原「お、サンキュ」

    受け取って、納豆にそそいでいく。
    全体に絡めると、それを混ぜて、ご飯の上に乗せた。

    春原「やっぱ、ご飯には納豆が至高だよね」

    ひとりごちて、口に運ぶ。

    春原「お゛え゛ぇえええっ!」

    朋也「うわ、きったねぇな、至高のゲロ吐くなよっ」

    律「そうだぞっ、もらいゲロでもしたらどうすんだっ」

    春原「ちがうよっ! これ、醤油じゃなくてソースだったんだよっ!」

    春原「平沢、てめぇ、僕をハメやがったなっ!」

    143 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:38:37.09 ID:WpfFlxSRO
    寝るか
    容量不足で落とさないでね☆

    144 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:39:04.54 ID:1qYNd8dxO
    唯「あわわ、ごめん。でも、ラベルが貼ってなくてわかんなかったんだよ…」

    唯「だから、とっさに濁ってる方を選んじゃった」

    春原「その時点で確信犯だろっ!」

    朋也「まぁ、受け取った時気づかなかったおまえも悪いよ」

    朋也「だから、前向きに考えて、事態を好転させろよ」

    朋也「このケチャップで中和させたりしてさ」

    春原「最悪のトッピングですねっ!」

    律「わははは!」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。
    今日は最初からさわ子さんも交えた状態で活動が始まった。

    春原「おまえら、昔いたアーティストで、芳野祐介って知ってる?」

    春原「あの人さ、今この町にいるんだぜ」

    145 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:39:26.24 ID:c/+LQZXq0
    憂「わはははははは」

    146 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:40:27.11 ID:cUBlBpOS0
       澪「えぇ!?」
       梓「えぇ!?」
    さわ子「えぇ!?」

    さわ子「春原、それ、ほんとなの…?」

    春原「ほんとだよ。この前、名刺もらったし」

    春原「え~っと…」

    上着のポケットをまさぐる。

    春原「これだよ」

    一枚の名刺を取り出す。
    長い間ポケットの中に入れられていたのだろう…しわくちゃになっていた。
    最悪の保存状態だ。
    にもかかわず、声を荒げて反応していた三人の注目を集め続けていた。

    梓「本物ですか…?」

    春原「間違いねぇよ。顔も一致してたし」

    春原「な、岡崎」

    朋也「いや、俺は顔のことはよく知らねぇけど」

    澪「岡崎くんも、みたの?」

    朋也「ああ。その時、俺もこいつと一緒に居合わせてたんだよ」

    147 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:41:55.53 ID:1qYNd8dxO
    さわ子「ちょっとそれみせて」

    春原「いいけど」

    名刺を受け渡す。

    さわ子「…電設会社、ね…」

    さわ子さんは名刺を眺め、そう小さくこぼしていた。
    その表情は、なぜか複雑そうだった。

    梓「びっくりです…同じ町に住んでたなんて」

    澪「うん。全然知らなかった…でも、なんか感動」

    律「そういえば、おまえ、かなり芳野祐介好きだったもんな」

    澪「今でも好きだっ」

    律「さいですか」

    梓「澪先輩も、芳野祐介好きだったんですね…意外です」

    梓「あの人、ハードなロックを歌ってますからね」

    梓「澪先輩が書くような感じの詩とも、ずいぶんとかけ離れてますし」

    澪「って、梓も好きなのか?」

    梓「はいっ、すごく好きですっ。いいですよね、芳野祐介の音楽は」

    148 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:42:22.97 ID:cUBlBpOS0
    澪「うんうん、だよなぁ!」

    澪「歌詞は激しいのに、聞いてると涙が出そうになるくらい胸を打ってきたりするしな!」

    梓「ですよね! それに、ギターのテクもすごいですし!」

    ファン魂に火がついたのか、話題が尽きることはなかった。
    アルバムがどうだの、お気に入りの曲はなんだのと語り合っていた。

    律「話についていけねぇよ…」

    唯「私もだよ…」

    紬「私も芳野祐介さんの事はちょっと知ってるけど、あそこまでコアじゃないなぁ」

    律「にしても…さわちゃんもファンなの? ずっと名刺見てるけど」

    さわ子「え? ああ、ファンっていうか、まぁ、ね…」

    さわ子「あ、これ、ありがと、春原」

    言って、春原に返す。

    律「なに? なんかワケアリ?」

    さわ子「いや、まぁ…なんでもないわよ」

    梓「ところで、春原先輩は、どこで見かけたんですか?」

    春原「商店街を抜けたあたりだったよ」

    149 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:43:45.01 ID:1qYNd8dxO
    梓「あの辺かぁ…あんまり行かないからなぁ…」

    澪「私も…」

    春原「もしかして、会いたいの? おまえら」

    梓「それは、できたらそうしたいですけど…でも…」

    澪「うん…遠くから見るくらいでいいかな」

    春原「なんでだよ。せっかくなんだから話しかければいいじゃん」

    梓「だって…芳野祐介って…その…引退理由が少し特殊ですし…」

    梓「まずいじゃないですか。ファンなんです、なんて言ったりしたら…」

    春原「ああ、そのことね…」

    春原「ま、そんなことなら、僕と岡崎がいれば問題なく近づけるんだけどね」

    春原「もう、知らない仲じゃないし」

    といっても、そこまで親しいわけでもないが。

    澪「そ、そうなの? すごいね…」

    春原「ふふん、まぁね」

    褒められて気を良くしたのか、したり顔になっていた。

    150 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:43:52.29 ID:eK5mPdfo0
    軽部「うんたん!!」

    151 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:44:13.18 ID:cUBlBpOS0
    春原「なんだったら、今から探しに出る?」

    春原「運よく見つけられたら、話しかけられるぜ?」

    梓「い、行きたいです!」

    澪「私も!」

    律「おまえら、きのうちゃんと練習しろとか言ってなかったか?」

    澪「い、今は緊急事態なんだから、しょうがないだろっ」

    梓「そうですよっ」

    律「めちゃ力強いな、おまえら…」

    さわ子「…私も行くわ」

    律「うえぇっ? さわちゃんもかよっ!? でも、いいの? 仕事ほっぽりだして」

    さわ子「大丈夫。バレなければいいのよ」

    さわ子「こんなこともあろうかと、用意しておいた衣装があるの」

    立ち上がり、物置へ向かった。
    そして、俺たちのよく見慣れた服を手に戻ってくる。

    さわ子「これよ」

    唯「あっ、光坂の制服だぁ」

    152 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:44:52.62 ID:gIsLHmZwO
    まだ前スレ>>300辺りまでしか読んでないっつか50レス読むのに30分以上かかるww

    もう前スレ書き込めないし落ちて読めなくなったらどうしよ…

    153 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:45:49.52 ID:1qYNd8dxO
    さわ子「そうよ。これを着て、生徒に変装するの」

    律「いや、変装っていうより、コスプレに近いんじゃ…」

    さわ子「歳的な意味で言ってるなら、死ぬことになるわよ?」

    律「とっても似合うと思いますっ」

    さわ子「よろしい」

    ―――――――――――――――――――――

    外へ出てきた俺たちは、早速芳野祐介を探し始めた。
    といっても、闇雲に動き回っているわけじゃない。
    琴吹の携帯…それも、なにか特殊な業務に使われているものらしいのだが…
    それを使って、周辺の工事情報を集めてから、手分けして現場に当たっていた。

    ―――――――――――――――――――――

    紬「あの中にいる?」

    春原「いや、いないよ」

    紬「そう…」

    これで、回ってきたのも3件目。
    まだ他の連中からも、目撃の連絡が来ない。

    春原「今日は仕事ないのかもね」

    154 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:46:22.36 ID:z6RGlBZJ0
    春原安定
    岡崎と春原のやり取りがまんまだww

    155 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:46:28.59 ID:cUBlBpOS0
    春原「もう、このままフケちまって、どっか遊びにいかない?」

    春原「僕とムギちゃんふたりでさ」

    俺たちは、琴吹と組んでスリーマンセルで動いていた。
    携帯という連絡手段を持ちあわせていないので、誰かしらと組む必要があったのだ。

    春原「岡崎も、気ぃ利かせて帰るって言ってるしさっ」

    朋也「そんなわけねぇよ、俺はいつだっておまえの死角に存在するんだからな」

    春原「マジかよっ!? つーか、なにが目的だよっ!?」

    朋也「おまえ、気づいたらティッシュ箱が自分から遠のいてることないか?」

    朋也「そういうことだよ」

    春原「あれ、おまえかよっ! めちゃくちゃうざい現象なんですけどっ!」

    紬「くすくす」

    ―――――――――――――――――――――

    一度全員で駅前に集まる。

    律「全然いなかったんだけど」

    唯「私たちがみてきた方面も全滅だったよ」

    紬「こっちも、だめだったわ」

    156 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:46:41.87 ID:HW8IYUOD0
    >>152
    のくす牧場で読めばいいだろ



    157 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:53:49.59 ID:O1epL/Ut0
    ほ だよちくしょー

    158 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:54:46.64 ID:gIsLHmZwO
    >>156
    その手があったか

    159 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:57:59.94 ID:y1qBevVn0

    休憩か

    しえん

    160 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/25(土) 23:59:38.74 ID:cUBlBpOS0
    澪「この地区の外で仕事してるのかな…」

    朋也「いや…」

    一台の軽トラが停めてある。
    その向こう側に、人の動く気配。

    朋也「いた」

    さわ子「どこ?」

    朋也「あそこだよ。いこう」

    俺たちは軽トラに近づいていった。

    朋也「ちっす」

    荷台に荷物を乗せ終えた作業員に声をかける。

    春原「どもっ」

    芳野「…ん?」

    芳野「ああ…いつかの」

    どうやら覚えていてくれたようだ。

    芳野「どうした。今日はまた大道芸をしにきたのか」

    春原「はい、そんな感じっすっ」

    161 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:01:31.43 ID:jpDSDOMkO
    春原「それで、今日は、その仲間も連れてきてるんすよっ」

    芳野「後ろのお嬢ちゃんたちか」

    さわ子「お嬢ちゃんとはご挨拶ね」

    さわ子さんが前に出る。

    さわ子「久しぶりね、芳野祐介。私のこと、忘れたとは言わさないわよ」

    春原「…へ?」

    その場にいた全員が目を丸くする。

    芳野「あー…すまん。どこかで会ったことあるか?」

    さわ子「私よ、私っ!」

    メガネを外し、頭を激しく振りながらエアギターを始める。
    俺にはなにがなんだかさっぱりわからなかった。

    芳野「まさか…あんた、キャサリンか。デスデビルの」

    さわ子「はぁ…はぁ…ようやく思い出したようね…」

    芳野「しかし…その制服…」

    さわ子「あ、こ、これは…」

    芳野「あんた…留年してたのか」

    162 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:02:11.86 ID:+UZ/pLeq0
    ずるぅっ! 

    さわ子「そ、そんなわけないでしょっ! 今は教師をやってるのっ!」

    さわ子「それで、この子たちは、私の教え子よっ」

    芳野「そうか…でも、なんで教師のあんたが制服なんだ」

    さわ子「それについては言及しないで。深い事情があるのよ…」

    芳野「そうなのか…まぁ、いいが」

    春原「……どうなってんの」

    それは俺も知りたい。

    芳野「それで…俺になにか用があるのか」

    さわ子「あるのは、私じゃなくて、この子たちのほうよ」

    芳野「あん?」

    さわ子「みんな、あんたが芳野祐介ってこと、知ってるの」

    さわ子「かつてアーティストとして活動していた、ね」

    俺たちがひた隠そうとしていたことを、さらりと言ってのけていた。
    芳野祐介はどんな反応をするのだろうか…

    芳野「…そうか」

    163 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:02:57.42 ID:gIsLHmZwO
    前スレで終わると思ってたけどこんな長編だったとはww

    支援

    164 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:03:57.64 ID:jpDSDOMkO
    芳野「………」

    芳野「悪いが、俺はもう、昔の俺じゃない」

    芳野「だから、あんたらの用向きには応えられない」

    やはり、壁を作っていた。かつての自分に対して。

    澪「ごめんなさい…」

    秋山が、泣きそうな顔で、ぽつりと小さくつぶやいた。

    澪「私、芳野さんの引退理由、知ってました」

    澪「当時の事を思い出したくない気持ちも、大体想像できてました」

    澪「それでも、この町にいるってことを聞いて、どうしても会いたくて…」

    澪「こんな、押しかけるようなマネをして…」

    澪「本当に、すみませんでした…」

    梓「わ、私も同じです。自分のことばっかり考えちゃって…」

    梓「でも、会えたらどうしても伝えたかったんです」

    梓「ずっとファンだったこと…あ、今でも好きですけど…」

    梓「うん…あと…芳野さんの歌に、何度も励まされたことを」

    165 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:06:14.78 ID:+UZ/pLeq0
    澪「私も…そうです。落ち込んだ時、辛い時、悲しい時…」

    澪「それだけじゃなくて、上手くいった時なんかも、聴いてました」

    澪「歌詞にあるような、まっすぐな綺麗さにも、すごく感動しました」

    澪「芳野さんの歌を聴くと、救われたような気持ちになるんです」

    澪「だから、その…ありがとうございましたっ」

    梓「あ、ありがとうございましたっ」

    芳野「………」

    投げかけられる言葉。ただじっと受け止める。

    芳野「…いい生徒を持ったな」

    ふたりに答えるでもなく、さわ子さんにそう言った。
    その表情には、幾分の柔らかさがあるようだった。

    さわ子「まぁね。みんな、私の自慢の生徒よ」

    律「春原も?」

    さわ子「ええ…多分」

    春原「そこは断定してくれよっ!」

    芳野「おまえらも、最初から知ってたのか」

    166 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:08:07.62 ID:jpDSDOMkO
    朋也「ああ。悪かったよ、変な芝居につき合わせちまって」

    芳野「いや…それなりに楽しかったからな」

    ふ、と一度微笑む。

    芳野「今の俺に、礼の言葉なんか受け取れはしない」

    芳野「だが…」

    芳野「その気持ちだけは、しっかりと噛み締めておく」

    クサい言い方だったけど、この人が口にすると様になった。

    芳野「名前は?」

    澪「秋山澪です!」

    梓「中野梓です!」

    芳野「そうか」

    芳野「澪、梓。君たちがいつまでも前を向いて歩いていけるよう…」

    芳野「どんな逆境でも耐え抜いて、真っ直ぐ歩いていけるよう…」

    芳野「この俺も祈ってる」

    芳野「………」

    167 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:08:48.70 ID:+UZ/pLeq0
    芳野「じゃあ、またな」

    それだけ呟いて、去っていく。
    車に乗り込み、エンジンをかける。
    すぐにその音は遠ざかっていった。

    春原「…どういうこと? 僕、なんか混乱してきたんですけど…」

    さわ子「一度、部室に戻りましょう。そこで話してあげる」

    ―――――――――――――――――――――

    さわ子「あんたらには話してなかったけど…」

    さわ子「私、昔この学校の軽音部で、バンドやってたのよね」

    春原「え? さわちゃんってここのOBなの?」

    さわ子「そうよ」

    春原「へぇ、じゃ、先輩じゃん」

    さわ子「ええ、だから、今まで以上に慕いなさいよ」

    春原「オッケー、わかったよ、さわちゃん」

    さわ子「その、さわちゃん、っていうのが、慕ってるように見えないんだけどね…」

    唯「ちなにみこれが当時のさわちゃんだよ」

    168 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:09:43.05 ID:+UZ/pLeq0
    一枚の写真。
    そこには、仰々しいメイクと衣装で不敵に笑うさわ子さんと、その仲間たちが写っていた。

    さわ子「あ、こら、唯ちゃんっ、まだそんなもの…」

    律「んで、これが音源な」

    小さめのラジカセを手に持ち、再生ボタンを押した。
    凶悪な音楽と、叫ぶような歌声が聞えてくる。

    さわ子「こら、やめなさいっ」

    平沢からは写真を奪い、部長からはラジカセを取り上げた。

    春原「…さわちゃんって、けっこうヤバい人だったんだね」

    さわ子「これは格好だけよ。中身は普通だったわよ」

    そうだろうか。
    この人の現在の性格を鑑みるに、当時もやっぱりスレていたんじゃなかろうか。

    さわ子「あんたらふたりのほうがよっぽどヤンチャよ」

    さわ子「すぐ喧嘩してくるんだからね。去年は大変だったわよ」

    思い返してみれば、確かにそうだった。
    よそで喧嘩してくるたび、学年主任に呼び出され、その都度この人がかばってくれていたのだが…
    その時のはぐらかし方が妙に手馴れていたような…そんな気もする。
    まるで、そんな立場に立たされたことがあるかのようにだ。
    なら、やっぱり、この人も昔は無茶していたんだ。

    169 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:11:03.94 ID:LXRyRTn+0
    先生と芳野がくっつくのかなー

    170 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:11:06.90 ID:lUITvkE60
    がんばってくれ!

    171 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:12:15.12 ID:jpDSDOMkO
    俺たちに目をかけてくれるのも、そんな時代の自分と重ねてみているからなのかもしれない。

    さわ子「ま、それはいいとして…芳野祐介だったわね」

    梓「そうですよっ。どうやって知り合ったんですか?」

    さわ子「対バンよ、対バン。この町のハコでずいぶん演ったわ」

    梓「って、もしかして、芳野さんも、この町の出身なんですか?」

    さわ子「そうよ。高校生の時に知り合ったんだけどね…私は光坂で、あっちは北高だったの」

    梓「へぇ…」

    澪「そうだったんですか…知りませんでした」

    澪「公式プロフィールには、そういうこと書いてなかったですから」

    律「よかったじゃん、マニア知識がひとつ増えてさ」

    澪「うん…嬉しい…」

    さわ子「まぁ、第一印象は最悪だったんだけどね」

    さわ子「いきなり乱入してきて、マイク奪って、乗っ取ってくるし」

    春原「…マジ?」

    さわ子「大マジよ」

    172 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:13:16.91 ID:+UZ/pLeq0
    俺もにわかには信じられない。
    あのクールな印象からはかけ離れすぎていた。

    さわ子「あの頃のあいつは、そりゃもう、ヤバイぐらい暴れまわってたんだから」

    さわ子「そのせいで、いろんなバンドから恨み買って、敵作って…」

    さわ子「それでも、ずっと歌い続けてたわ」

    さわ子「そんな姿が、若い私には、かっこよく映ったんでしょうね」

    さわ子「次第に興味を持つようになっていったの」

    さわ子「そして、あるライブの後、思い切って話しかけてみたの」

    さわ子「粗野で荒々しい奴かと思ってたんだけど、話してみると、意外とシャイな上に無口でね」

    さわ子「それに加えて、無愛想で…そうね、ちょうど岡崎みたいな感じだったわ」

    春原「こいつ、悪人顔だもんね」

    朋也「黙れ」

    さわ子さんは続ける。

    さわ子「でも、言葉数は少なかったけど、音楽に対する情熱はすごく持ってるってことがわかったの」

    さわ子「そこからよ、よく話すようになったのは」

    そこまで言って、紅茶を飲み、一呼吸入れた。

    173 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:13:53.44 ID:+UZ/pLeq0
    さわ子「…多分恋してたんでしょうね」

    さわ子「気づいたら、あいつのことばかり考えるようになってたの」

    さわ子「そして、3年生になって、進路も大方決めなきゃいけない時期がきて…」

    さわ子「あいつにどうするか訊いてみたの」

    さわ子「そしたら、卒業後は、上京して、プロのミュージシャンになるなんて言うのよ」

    さわ子「それを聞いて、私も血がたぎったわ」

    さわ子「じゃあ、自分もミュージシャンになって、こいつと同じ道を歩くぞ、って…」

    さわ子「そう、思ったんだけど…」

    さわ子「………」

    さわ子「その後に続けて、『プロになれたら、好きな人と一緒になる』って、そう言ったの」

    さわ子「聞けば、新任の女教師に惚れてるってことらしかったわ」

    さわ子「失恋よ、失恋」

    さわ子「そこで、私の恋は終わって、進む道も、てんで別方向に分かれちゃって…」

    さわ子「それっきりになっちゃったのよ」

    この人にそんな過去があったなんて知らなかった。
    付き合いは長いつもりだったが、まだ踏み込めていなかった領域だ。

    174 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:15:37.82 ID:jpDSDOMkO
    でも…今回、こんな話をしてくれるほどに、俺たちは想われている。
    こそばゆいやら、うれしいやら…。

    さわ子「ま、こんなとこかしら」

    梓「先生…すごすぎます…尊敬ですっ」

    澪「かっこいいです、先生っ」

    紬「ドラマチックですね」

    さわ子「そう? おほほほ、もっと褒めなさい」

    律「ま、でも、要は、失恋しちゃったよ~って話だよな」

    ビシッ ビシッ ビシッ

    律「うぎゃっ痛っ、さわちゃ、痛いっ」

    ビシッ ビシッ ビシッ

    部長の額に容赦なくデコピンが次々に繰り出されていた。

    唯「りっちゃんは一言多いよね」

    律「唯にまともな突っ込みされるあたしって一体…」

    額を押さえながら言う。攻撃はもう止んでいた。

    さわ子「そうそう、これは余談なんだけどね…」

    175 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:16:45.99 ID:+UZ/pLeq0
    ゆっくりと口を開く。

    さわ子「あいつが好きだった先生っていうのが、この学校で教師をされてたのよ」

    澪「え? だ、誰ですか?」

    さわ子「あなたたちは知らないと思うわ。3年前に退職されてるからね」

    さわ子「伊吹公子さんっていうんだけど…」

    唯「え? 伊吹さん?」

    唯「もしかして、ショートヘアで、おっとりした感じの人?」

    さわ子「え、ええ…今はどうかしらないけど、髪はショートだったわ」

    唯「じゃあ…やっぱり、あの伊吹さんだ。先生してたって言ってたし」

    梓「ゆ、唯先輩、知り合いなんですか?」

    唯「うん。私がよくいくパン屋さんの常連さんだから、会えばお喋りしてるよ」

    さわ子「へぇ…世間は狭いものねぇ…」

    澪「で、どんな人なんだ?」

    唯「えっとね、綺麗で、優しくて、それで…」

    話し始める平沢。
    そこへ熱心に耳を傾ける秋山と中野。

    176 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:18:24.24 ID:jpDSDOMkO
    人の繋がりとは、不思議なものだ。
    どこでどう交差するかわからない。
    今回のように、意外な交流があったりする。
    小さい町だったから、とくにそれが顕著なのかもしれない。
    …ふと、思う。
    俺も、そんな人と人の繋がりの中に入っていっているのではないか。
    あんなにも人付き合いが嫌だった、この俺がだ。
    なんでだろう。なにが始まりだったろう。
    思い起こせば、それは、やっぱり…平沢からだったように思う。

    唯「でね、そのパンが爆発して、周りにチョコが飛び散ったんだよ」

    澪「…話が脱線していってないか」

    唯「あ、ごめん。えへへ」

    無邪気に笑う平沢。
    できることなら、その笑顔を、ずっとそばで見ていたいと…
    そう思う。

    朋也(…俺、こいつのこと、好きなのかな…)

    よくわからなかった。
    でも…一人の人間としては、間違いなく好きだった。

    ―――――――――――――――――――――

    177 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:19:12.24 ID:+UZ/pLeq0
    4/28 水

    唯「ふぁ~…んん」

    朋也「眠そうだな」

    唯「うん…きのうは遅くまで漫画読んでたから、寝不足なんだぁ…」

    唯「ふぁあ~…」

    大きくあくび。

    唯「ほんとはすぐにやめるつもりだったんだけどさ…」

    唯「読んでる途中で2、3冊なくなってることに気づいて、探し始めちゃって…」

    唯「続きが読めないってなると、逆にすごく読みたくなって、必死だったよ」

    憂「鬼のような形相で探してたもんね、お姉ちゃん」

    唯「うん、あの時の私は、触れるものすべてを傷つけてたよ」

    唯「そう…自分さえも、ね」

    悲しい過去を持っていそうに言うな。

    唯「それで、やっとみつけたんだけど、その喜びで、全巻読破しちゃったんだよねぇ」

    朋也「寸止めされると、逆に、ってやつか」

    178 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:20:21.11 ID:jpDSDOMkO
    唯「そうそう、そんな感じ。これ、なにかに応用できないかなぁ」

    憂「勉強は?」

    唯「だめだめ、止められたら、そのままやめちゃうよ」

    朋也「練習はどうだ。部活でさ。逆にやりたくなるんじゃないのか」

    唯「おお!? それ、いいかもしれないねっ」

    朋也「じゃあ、今日は春原の奴に、妨害させるな」

    朋也「隣で発狂したように、唯~唯~って言わせてさ」

    唯「それ、なんかすごくやだ…」

    朋也「そうか?」

    唯「うん。練習より先に、春原くんが嫌になっちゃうよ」

    朋也「それもそうだな」

    言いたい放題だった。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    179 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:21:49.43 ID:jpDSDOMkO
    昼。

    春原「へへ…みろよ、手に入れてやったぜ」

    その手の中にあるものは、パンだった。
    今日のこいつは、定食の他にパンも買いに走っていたのだ。

    春原「謎のパン…竜太サンドだ」

    朋也「どうでもいいけど、おまえボロボロな」

    春原「しょうがないだろ、紛争地帯に突っ込んでたんだからよ」

    確かに、今日のパン売り場は、そう表現していいほどに混み合っていた。
    なんでも、学食erの間では、先週の告知以来、竜太サンドの話題で持ちきりだったらしい。
    俺はこいつに聞いて初めてその存在を知ったのだが。

    春原「生還できただけでも奇跡なんだよ」

    春原「僕の目の前で、何人も志半ばにして力尽きていったからね」

    春原「今でも、その浮かばれない霊が成仏できずに彷徨ってるって話さ」

    そんなパン売り場はない。

    澪「れ、霊…?」

    律「真に受けるなよ、澪…」

    春原「だから、売り子のおばちゃんにたどり着けた時は、本当に嬉しかったよ」

    180 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:22:12.11 ID:+UZ/pLeq0
    春原「もう、ゴールしてもいいよね…? って思わず口走っちゃったし」

    自ら死亡フラグを立てていた。

    律「でもさ、それって、竜田の誤植だろ。中身はどうせ普通のパンだよ」

    春原「んなことねぇよっ! 竜太の味がするに決まってんだろっ」

    律「いや、どんなだよ、それ…」

    春原「それを今から解き明かしてやろうっていうんだろ」

    意気揚々と包装紙を破り捨てる。

    ぼろぼろぼろ

    春原「げぇっ」

    ぐちゃぐちゃになったパンが手にこぼれ落ちてきていた。
    死亡フラグはパンに立っていたようで、しっかりここでイベントが起きていた。

    春原「あ…ああ…」

    朋也「もみくちゃになりながら戻ってきたからだな」

    律「はは、おまえらしいオチだよ」

    春原「ちくしょーっ! ふざけやがってっ!」

    ゴミ箱に向かって竜太の塊を遠投する。

    181 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:23:22.84 ID:jpDSDOMkO
    べちゃっ

    春原「あ、やべ…」

    男子生徒「………」

    ひとりの男子生徒の後頭部に直撃していた。
    ゆっくりと振り返る。

    ラグビー部員「今の…てめぇか、春原」

    ラグビー部員だった。

    ラグビー部員「なんか叫んでたよなぁ? 俺がふざけてるとかなんとか…」

    言いながら、どんどん近づいてくる。

    春原「い、いや、違うんです、これは…」

    ラグビー部員「言いわけはいいんだよっ! ちょっと顔かせやっ!」

    首根っこを掴まれる。

    春原「ひぃっ! 助けてくれ、岡崎っ」

    朋也「それでさー、この前、春原とかいう奴がさー」

    春原「他人のフリするなよっ」

    春原「う…うわぁあああああああ」

    182 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:23:45.55 ID:+UZ/pLeq0
    あああああああぁぁぁ…

    引きずられ、消えていく。
    この後、春原は両頬を押さえ、泣きながら戻ってきていた。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。部室に集まり、いつものように茶会が始まった。

    がちゃり

    梓「すみません、ちょっと遅れま…」

    梓「って、唯先輩、その席はだめですっ」

    唯「え、ええっ?」

    梓「ていっ!」

    俺の隣に座っていた平沢を椅子から引っ張り降ろす中野。

    唯「うわぁっ…」

    唯「って、なんでぇ? 席決まってるわけじゃないのに…」

    梓「この人の隣は危険だって言ったじゃないですかっ」

    183 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:25:35.01 ID:tTDNEF4XO
    あずにゃんwwwwwww

    184 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:26:45.14 ID:jpDSDOMkO
    唯「でも、いつも隣に座ってるあずにゃんはなんともないんだし…」

    梓「そんなことないです! 常にいやらしい視線を感じてますっ」

    朋也「おい…」

    春原「おまえ、けっこうむっつりなんだね」

    がんっ

    春原「てぇな、あにすんだよっ」

    朋也「すまん、故意だ」

    春原「わざとで謝るくらいなら、最初からやらないでくれますかねぇっ」

    律「まぁまぁ、梓。ここはひとつ、席替えしてみようじゃないか」

    梓「え?」

    律「いやさ、席決まってるわけじゃないっていっても、大体いつも同じじゃん?」

    律「だからさ、ここいらでシャッフルしてみるのいいと思うんだよな」

    紬「おもしろそうね」

    律「だろん?」

    澪「いや、そんなことより先に練習をだな…」

    185 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:27:06.76 ID:+UZ/pLeq0
    梓「席替えなんて嫌ですっ! リスクが高すぎますっ」

    律「でもさ、リターンもでかいぞ」

    律「おまえは唯と岡崎を離したいんだろ?」

    律「もしかしたら、端と端同士になって離れるかもしれないじゃん」

    梓「で、でも…」

    唯「私、やりたい」

    梓「唯先輩…」

    唯「あずにゃん、これで決まったら、私も文句言わないよ」

    唯「だから、やろ?」

    梓「うう…」

    梓「………」

    梓「…はい…わかりました」

    律「よぅし、決まりだな。じゃ、クジ作るか」

    春原「なんか、合コンみたいだよね、この人数で席替えってさ」

    律「あんた、めちゃ俗っぽいな…」

    186 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:28:16.82 ID:jpDSDOMkO
    ―――――――――――――――――――――

    全員クジを引き終わり、席が決まった。
    俺の両隣には、秋山と平沢。
    俺の対面に位置する春原の両隣には、部長と琴吹。
    そして、議長席のような、先端の位置に中野。
    そこは、元琴吹の席だった場所だ。

    唯「隣だねぇ、岡崎くん。教室とおんなじだよっ」

    朋也「ん、ああ…だな」

    澪「よ、よろしく…岡崎くん」

    朋也「ああ…こちらこそ」

    春原「ヒャッホウっ! ムギちゃんが隣だ!」

    春原「…けど、部長もいるしな…右半身だけうれしいよ」

    律「なんだと、こらっ! あたしの隣なんて、すべての男の夢だろうがっ」

    律「全身の毛穴から変な液噴射しながら喜びに打ち震えろよっ!」

    春原「あーあ、しかもここ、おまえがさっきまで座ってたとこだし…」

    春原「なんか、生暖かくて、気持ち悪いんだよなぁ」

    律「きぃいいっ、こいつはぁああっ! 心底むかつくぅううっ!」

    187 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:28:37.57 ID:+UZ/pLeq0
    梓「こんなの、納得いきませんっ! やり直しましょうっ!」

    唯「ええ~、ダメだよ、あずにゃん。もう決まったんだしぃ」

    梓「唯先輩は黙っててくださいっ!」

    唯「ひえっ、ご…ごめんなさい…」

    律「あー、わかったよ、梓。あたしも、この金猿が隣なんて嫌だしな」

    律「今日だけにしとくよ。次回からは自由席な。それでいいか?」

    梓「…わかりました…それでいいです」

    春原「じゃ、次は王様ゲームしようぜ」

    律「王様ゲームぅ?」

    春原「せっかく合コンっぽくなってきたんだし、やろうぜ」

    律「うーん…ま、そうだな、おもしろそうだし、やるか」

    唯「いいね、王様ゲーム。久しぶりだなぁ」

    紬「噂には聞いたことがあるけど、私、やったことないなぁ…」

    春原「大丈夫、僕が手取り足取り、優しく教えてあげるよ」

    紬「ほんと?」

    188 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:30:00.56 ID:jpDSDOMkO
    春原「うん、もちろんさ」

    律「ムギ、めちゃ簡単だから、なにも教わらなくても大丈夫だぞ」

    春原「てめぇ、なにムギちゃんにいらんこと吹き込んでくれてんだよっ」

    律「それはおまえがやろうとしてたことだろがっ」

    澪「わ、私はやらないぞ…っていうか、練習しなきゃだろ」

    澪「遊んでる場合じゃ…」

    律「おまえが王様になって、練習しろって命令すればいいじゃん」

    律「そしたら、そこでゲーム終了でいいからさ。素直に言うこと聞くよ」

    澪「…ほんとだな? 絶対、言う通りにしてもらうからなっ」

    律「へいへい」

    朋也「ああ、俺はやらないから、頭数に入れないでくれよ」

    春原「なんでだよ、女の方が多いんだぜ?」

    春原「王様になれば、あんなことや、こんなことが…」

    春原「やべぇ、興奮してきたよっ!」

    朋也「おまえ、今めちゃくちゃ引かれてるからな」

    189 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:30:22.29 ID:+UZ/pLeq0
    春原「へ?」

    春原は女性陣の冷たい視線を余すことなく集めていた。

    春原「…こほん」

    春原「まぁさ、こんな、みんなで盛り上がろうって時に、抜けることないだろ」

    朋也「知るかよ…」

    春原「ま、嫌ならいいけど。僕のハーレムが出来上がるだけだしね」

    春原「むしろ、そっちの方が都合がいいかも、うひひ」

    いやらしい笑みをこれでもかと浮かべる。

    朋也(ったく、こいつは…)

    春原の変態願望を押しつけられた奴には同情を禁じえない。

    朋也(…待てよ)

    それは、平沢にも回ってくる可能性があるんじゃないのか。
    というか、普通にある。
    ………。

    朋也「…いや、やっぱ、俺もやる」

    春原「あん? なんだよ、いまさら遅ぇよ」


    190 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:31:47.62 ID:jpDSDOMkO
    朋也「まだセーフだ。いいだろ、部長」

    律「ああ、全然オッケー」

    朋也「だそうだ」

    春原「ふん、まぁ、いいけど」

    これで少しは平沢に被害が及ぶ確率を下げられた。
    よかった…

    朋也(って、なにほっとしてんだよ、俺は…)

    なんで俺がここまで平沢のことを気にかけているんだ…。
    別に、いいじゃないか。俺には関係のないことだ。
    ………。
    でも…どうしても耐えられない。

    朋也(はぁ…くそ…)

    厄介な感情だった。

    律「で、梓はどうすんの? ずっと黙ってたけど」

    梓「…やってやるです」

    めらめらと灯った憎悪の眼差しを俺に向けながら答える。

    朋也(俺をピンポイントで狙ってくる気かよ…)

    191 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:32:08.22 ID:+UZ/pLeq0
    だが、あくまでランダムなので、特定の個人を狙うなんて、まず無理だ。
    そこは安心していいだろう。

    律「うし、じゃ、全員参加だな。そんじゃ、番号クジ作るかぁ」

    ―――――――――――――――――――――

    ストローで作った番号クジ。
    部長が握り、中央に寄せる。
    そして、各々クジを引いていった。

    「王様だ~れだ?」

    皆一斉に手持ちのストローを確認した。
    俺は4だった。

    春原「きたぁあああああああっ!!!」

    律「げっ、いきなり最悪な野郎がきたよ…」

    春原「いくぜぇ…じゃあ、4番が王様の…」

    朋也(げっ…)

    春原「ほっぺたにチュウだっ!」

    朋也「ぎゃぁああああああああああああ!!!」

    春原「うわっ、どうしたんだよ、岡崎…」


    192 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:32:41.23 ID:KuWFpRSfO
    追いついた

    支援

    193 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:33:18.03 ID:jpDSDOMkO
    春原「って、まさか…まさか…」

    朋也「てめぇ、ふざけんなよ、春原っ! 俺にそんな気(け)はねぇっ!」

    春原「おまえかよ…4番…」

    律「わははは! いきなりキツいのいくからそういうことになるんだよ」

    澪「岡崎くんと…春原くんが…キ、キキキス…ぁぁ…」

    唯「ふんすっ、なんか興奮するね、ふんすっ」

    紬「そういうのもアリなのね…なるほど…」

    梓「…不潔」

    にわかに外野が盛り上がり始めていたが…
    対照的に、俺と春原は肩を落としてうなだれていた。

    朋也「…いくぞ、こら」

    春原「おう…こい」

    朋也「陽平、愛してる」

    春原「ひぃっ」

    朋也「あ、その顔大好き!」

    春原「ひぃぃっ」

    194 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:33:36.86 ID:+UZ/pLeq0
    朋也「次その顔したらキスするからな」

    春原「ひぃぃぃっ」

    朋也「あ、今した。ぶちゅっ」

    ひいいいぃぃぃぃ…

    BAD END

    朋也(おえ゛…)

    今の大惨事を目の当たりにして、きゃっきゃと騒ぎ出す女たち。
    こっちはそれどころじゃなかった。

    春原「うう…変な芝居入れないでくれよ…」

    春原は涙を流してい泣いていた。

    朋也「ああ…俺も、やってて吐き気がこみあげてきたよ…」

    春原「うう…じゃあ、やるなよぉ…」

    とぼとぼと自分の席に戻るふたり。

    律「あんたら、ほんとはデキてんじゃないのぉ?」

    唯「アヤシイよねぇ」

    澪「あ…あうあう…」

    195 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:34:48.47 ID:jpDSDOMkO
    紬「くすくす」

    梓「…ふ、不潔です…」

    朋也「忘れてくれ…」

    律「あーあ、写メ撮っとけばよかった」

    唯「あ、そうだね。見入っちゃってたよ」

    朋也「保存しようとするな…」

    春原「…早く次いこうぜ。ムギちゃんで中和しなきゃ、精神が持たねぇよ」

    律「わはは。はいはい、わかったよ」

    ―――――――――――――――――――――

    「王様だ~れだ?」

    俺は6を引いた。

    紬「あ、私だ」

    唯「おお、ムギちゃんかぁ」

    律「ムギは初心者だからなぁ、何がくるやら…」

    春原「ムギちゃん、僕を引き当ててねっ」

    196 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:35:11.23 ID:+UZ/pLeq0
    そういうゲームでもない。

    紬「じゃあ…3番の人と、5番の人」

    紬「正面から、愛しそうに抱き合って♪」

    律「おお、大胆だな…で、だれだ、3と5は」

    唯「私、3番だよ」

    澪「私…5番」

    紬「まぁ…これは、これは…うふふふ…ひひ」

    唯「えへへ、よろしくね、澪ちゃん」

    澪「う、うん…」

    席を立ち、向かい合う。
    身長差があり、視線を合わすのに、平沢が上目遣いになっていた。

    春原「…なんか、周りにバラ描きたいね」

    朋也「…ああ」

    唯「澪ちゃん…」

    澪「唯…」

    ごくり…

    197 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:36:36.01 ID:jpDSDOMkO
    唯「…好きっ」

    澪「唯…唯っ!」

    ひし、っと抱きしめあう。

    唯「ああ、澪ちゃん、おっぱい大きいよ…」

    澪「唯…すごくいい匂いがする…」

    唯「澪ちゃん…」

    澪「唯…」

    目を閉じて、お互いの鼓動を感じ合っていた。

    紬「…ゴッドジョブ」

    ゴッド…神?
    びしぃ、と親指を立てていた。
    左手には、携帯を持ち、カメラのレンズを向けている。
    ムービーでも撮っているんだろうか…。

    ―――――――――――――――――――――

    「王様だ~れだ?」

    俺は5。

    律「お、私だ」

    198 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:37:00.52 ID:+UZ/pLeq0
    唯「りっちゃんかぁ、これは覚悟しなきゃかもね」

    春原「なんだ、ハゲか」

    律「な、てめ…」

    律「………」

    律「…後悔するなよ」

    春原「あん?」

    律「じゃ、いくぞ」

    律「1番が…」

    言って、素早く目だけ動かし、周りを確認していた。

    律「いや、やっぱ、2番が…」

    また、同じ動き。

    律「うん…2番が、3番を…」

    律「いや、やっぱ、4番かな…」

    律「うんそうだ。2番が4番に、思いっきり左鉤突きを入れる!」

    唯「ひだりかぎづき?」

    199 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:38:07.12 ID:tTDNEF4XO
    おもしろすぎんだよおおえぉお!!

    200 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:38:12.11 ID:jpDSDOMkO
    朋也「打撃のことだ。つまり、殴れっていってるんだ」

    唯「うえぇ!? な、殴るの!?」

    律「さ、誰かな、2番と4番は~」

    入れられる側に春原を狙っているんだろう。
    あの、『後悔するな』という言動からしても、そのはずだ。
    だが、そんなことが可能なのか…?
    やけに余裕のある佇まいだ。
    あの目の動き、何かを探っているように見えたが…
    そこまで精度に自信があるということなのか…?

    紬「私、2番…」

    春原「…4番…」

    …どんぴしゃだった。

    律「おおう、こりゃ、春原、死んだかなぁ?」

    紬「ごめんね、春原くん…」

    春原「いや…ムギちゃんになら、むしろ本望だよ」

    席を立ち、向かい合う。
    さっきの甘い雰囲気とは違い、殺気立った空気。

    紬「ショラァッ!」

    201 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:38:35.50 ID:+UZ/pLeq0
    ボグッ

    春原「があああっ!」

    メキメキィ

    骨のきしむ音。

    紬「おおお!!」

    肘打ち、両手突き、手刀、貫手、肘振り上げ、手刀、鉄槌…
    琴吹の連打は続く。

    律「…煉獄」

    中段膝蹴り、背足蹴り上げ、下段回し蹴り、中段廻し蹴り…

    朋也(すげぇ…倒れることさえできない…)

    そこにいた全員が、その連打に目が釘付けになっていた。

    紬「おおお!!」

    紬「あ゛あ!!」

    バフゥ

    拳が空を切る。
    春原が事切れて、すとん、と床に倒れこんだからだ。

    202 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:39:01.97 ID:NWTOuQ4+0
    喧嘩商売好きなんだなwwww
    俺も大好きです

    203 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:39:44.19 ID:jpDSDOMkO
    紬「はぁー…はぁー…」

    どれだけの時間打ち込んでいたのだろう。
    時間にして、それほどでもないのかもしれないが…
    ずいぶんと長く感じられた。
    それは、連打を受けた春原自信が一番感じていることだろう。

    紬「あ、ご、ごめんなさい、春原くん、つい…」

    春原を抱き起こし、安否を気遣っていた。

    春原「あ…う…ムギちゃん…素敵な連打だったよ…」

    春原「僕…幸せ…」

    どうやら、かろうじて生きていたようだ。
    にしても…

    朋也「部長…狙ったのか?」

    律「ふ…まぁな。番号を指定した時、必ず表情に出るからな」

    唯「りっちゃん、すごぉいっ! 遊びの達人だねっ」

    律「おほほほ! まぁなぁ~」

    澪「変なとこで突出してるからなぁ、律は…」

    梓「律先輩、私にその技、伝授してくださいっ!」

    204 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:40:10.07 ID:+UZ/pLeq0
    律「ばか者! 一朝一夕で身につくものではないっ!」

    律「これは、私が踏み越えてきた数々の死線の中で、自然に身につけたものなのだ!」

    律「おまえのような小娘には、まだ早いわっ!」

    梓「う、うう…」

    澪「大げさに言うな…遊んでただけだろ…」

    ―――――――――――――――――――――

    「王様だ~れだ?」

    6だった。

    唯「あ、私だぁ」

    律「唯か…正直、なにが来るか想像がつかん」

    唯「えへへ、えっとね…」

    唯「6番の人が、私を好きな人だと思って、愛の告白をしてください」

    朋也(マジかよ…)

    律「おお、なんか、おもしろそうだな、それ」

    唯「んん? その他人事な口ぶり…りっちゃん、6番じゃないんだ?」

    205 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:41:19.42 ID:jpDSDOMkO
    律「まぁな~。で、誰だ、6番は」

    朋也「…俺だ」

    唯「へ!?」

    澪「え…」

    紬「まぁ…」

    律「うおぉっ、これは…まさかの二回目で、こんな内容」

    律「しかも、相手は唯…かぁ~、持ってんなぁ、岡崎」

    春原「これ、もうゲームじゃなくていいんじゃない?」

    梓「ただのゲームですっ! 岡崎先輩も、その辺忘れないでくださいよっ!」

    朋也「わかってるよ…」

    朋也「あー…座ったままでいいか」

    唯「う、うん…」

    朋也「じゃあ…」

    こほん、とひとつ咳払い。

    朋也「明日朝起きたらさ…」

    206 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:41:45.40 ID:+UZ/pLeq0
    朋也「俺たちが恋人同士になっていたら面白いと思わないか」

    朋也「俺がおまえの彼氏で、おまえが俺の彼女だ」

    朋也「きっと、楽しい学校生活になる」

    朋也「そう思わないか」

    唯「思わないよ。きっと、こんなぐだぐだな私に、腹が立つよ、岡崎くん」

    朋也「そんなことない」

    唯「どうして」

    朋也「…俺は平沢が好きだから」

    朋也「だから、絶対にそんなことはない」

    唯「本当かな…自信ないよ…」

    朋也「きっと楽しい。いや、俺が楽しくする」

    唯「そんな…」

    唯「岡崎くんだけが…頑張らないでよ」

    唯「私にも…頑張らせてよ」

    朋也「そっか…」

    207 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:42:57.34 ID:jpDSDOMkO
    唯「うん…」

    顔を伏せる平沢。

    朋也「じゃあ、平沢…頷いてくれ、俺の問いかけに」

    俺は、彼女をまっすぐ見据えてそう求めた。

    唯「………」

    朋也「平沢、俺の彼女になってくれ」

    唯「………」

    少しの間。
    顔を上げることもなく、頷くこともなく…
    ただ小さな声が聞えてきた。
    よろしくお願いします…と。

    律「…わお」

    春原「成立しちゃってるね」

    梓「はい、そこまでそこまでっ!」

    中野が俺と平沢の間に体を割りこませてくる。
    そして、平沢と対面し、その肩をがしっと掴んだ。

    梓「唯先輩、これ、演技ですよ!? わかってますか?」

    208 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:43:18.41 ID:+UZ/pLeq0
    唯「う、うん…」

    梓「それと…」

    俺に向き直る中野。

    梓「岡崎先輩、なんで唯先輩の名前使ってるんですか!」

    朋也「いや、だって、平沢を好きな奴と想定するって話だったろ…」

    梓「仮想好きな人なんだから、偽名使ってくださいよっ!」

    梓「これじゃ、ほんとに唯輩に告白してるみたいじゃないですか!」

    朋也「いや、そんなつもりは…」

    梓「ふん、どうだか。あわよくばって考えてたんじゃないですか」

    朋也「いや…」

    梓「あと、唯先輩がOKしたのも、仮想空間での話ですからね!」

    梓「現実だったら振られてますからっ」

    梓「ふんっ」

    ぷい、とそっぽを向いて、自分の席に戻っていった。

    朋也(なんなんだよ…)

    209 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:44:42.43 ID:jpDSDOMkO
    律「ははは、唯と付き合うには、まず梓に認められなきゃな」

    朋也「…知るか」

    ―――――――――――――――――――――

    「王様だ~れだ?」

    2を引いた。俺じゃない。

    梓「…来ました。私です」

    律「お、梓か」

    唯「あずにゃん、おてやわらかにね」

    梓「………」

    睨まれる。やはり、俺に狙いを定めてくるのか…。

    梓「決めました。皆で岡崎先輩をタコりましょう」

    朋也「って、それじゃ番号クジでやる意味ないだろっ」

    律「そうだぞ。私だってちゃんと実力で春原を地獄に叩き落したんだからな」

    春原「ちっ…でも、ある意味天国だったけど」

    律「攻撃するなら、ルールに則った上でやれよ」

    210 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:44:43.99 ID:LXRyRTn+0
    あずにゃんこんなキャラだっけww

    211 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:45:09.13 ID:+UZ/pLeq0
    それも嫌だが。

    梓「…わかりました。じゃあ…」

    梓「1番と…」

    そわそわと全員の表情を窺っている。
    部長の真似事なのだろう。

    梓「う…やっぱり、2番…」

    梓「あう…4…いや5…6?」

    混乱し始めていた。

    梓「う…もう、7番と1番が、恋人つなぎしながら愛を囁いてくださいっ!」

    大方、俺と春原を引き合わせて、屈辱を与えようとでも思ったんだろう。
    もし外れても、部員同士なら罰ゲームにもならない。
    だから、一発ギャグや、尻文字で自分の名前を書く、なんて露骨なものを避けたんだろう。

    梓「だ、誰ですか…?」

    律「1…」

    春原「…7」

    春原と部長のどちらもが真っ青な顔をして、震える声でそう告げていた。

    唯「あはは、おもしろい組み合わせだね」

    212 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:46:19.56 ID:jpDSDOMkO
    律「ぜんっぜんおもしろくねぇよっ」

    春原「ムギちゃん、これ、罰ゲームの類だから。僕の本心じゃないからね」

    律「そりゃこっちのセリフだっ」

    唯「いいから、ふたりとも、そろそろやんなきゃだよ」

    律「くそ…」

    春原「ちっ…」

    立ち上がり、近づいていく。
    そして、その手がぎゅっと握られた。

    律「…アンタ、カコイイヨ」

    春原「…オマエモ、カワイイヨ」

    律「アハハ」

    春原「アハハ」

    唯「カタコトじゃだめだよ。ちゃんとやらなきゃ」

    唯「ルールは厳守しなきゃいけないんでしょ?」

    律「うぐ…」

    自分で課した掟が自分の首を絞めていた。

    213 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:46:57.39 ID:+UZ/pLeq0
    律「あ、あんた、あれだよ、あの…」

    律「そう、身長低くてさ、ヘタレで…ダサカッコイイよ」

    春原「はは、おまえは、額とか残念だけど…デコカワイイよ」

      律「あははは」
    春原「ははは」

    唯「…はぁ、りっちゃん、遊びの帝王だと思ってたのに…」

    唯「あずにゃんにも、あんなにびしっと言ってたし…」

    唯「それなのに、ルールのひとつさえ守れないんだね…」

    律「う…わ、わかったよ…」

    律「はぁ…」

    律「あんたは、普段アホだけど…いざという時は頼りがいがあって…」

    律「…かっこいいよ。漢だよ」

    春原「お、おう。おまえも…よくみりゃ、顔も悪くないし…」

    春原「か、かわいいと思うよ…」

    春原「………」

    律「………」

    214 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:48:09.80 ID:jpDSDOMkO
    春原「ぐわぁああああっ!!」

    律「のぉおおおおおおっ!!」

    同時に手を離し、体をかきむしる。

    春原「はぁ、はぁ、かゆい、かゆすぎるよっ!」

    律「アレルギー反応だ! ヘタレアレルギー!」

    床を転げ周り、ぎゃあぎゃあわめいていた。

    紬「ふふ、行動がそっくり」

    澪「だな。やっぱり、気が合うんじゃないか?」

    ―――――――――――――――――――――

    「王様だ~れだ?」

    朋也「おっ…俺だ」

    春原「岡崎、僕とムギちゃんに、なんかエッチなの頼むよっ」

    律「アホか、おまえはっ! 岡崎、こいつに罰ゲームくれてやれ!」

    朋也(どうするかな…)

    そもそも、俺は王様ゲーム自体に興味はない。

    215 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:48:31.57 ID:+UZ/pLeq0
    朋也(そういえば…)

    秋山がしきりに練習しようと訴えていたな…。
    なら、ここで俺が切り上げてやるのも、悪くないかもしれない。

    朋也「…よし、決めた。おまえら、練習しろ」

    澪「え…岡崎くん…」

    律「なぁんであんたがそれ言うんだよぉ」

    唯「もうやめちゃうの?」

    朋也「なんか、やらなきゃならないんだろ。よく知らねぇけど」

    朋也「だろ? 秋山」

    澪「え?…うんっ」

    朋也「だったら、王様命令だ。練習、始めろよ」

    律「うえぇ…つまんねー奴ぅ…」

    唯「まだやりたいよぉ…」

    朋也「中野、おまえも練習派だろ。何か言ってやれよ」

    梓「え…あ…お、岡崎先輩に言われなくても、今言おうと思ってましたっ」

    梓「こほん…律先輩、唯先輩、練習するべきですよ」

    216 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:49:52.36 ID:jpDSDOMkO
    澪「うん。ちょうど一週できたしな」

    律「まだおまえに回ってないじゃん」

    澪「私に回っても、どうせ終わるんだから、同じことだろ」

    律「ぶぅ~」

    紬「それじゃ、今日はティータイムはお開きね」

    唯「ムギちゃんが言うなら、しょうがないかぁ」

    律「部長はあたしだぞっ」

    澪「おまえは威厳がないからな」

    律「なんだとっ」

    春原「岡崎、まだ間に合う、最後に僕とムギちゃんを引き合わせてくれぇっ」

    朋也「そんなに王様ゲームしたいなら、あのカメとサシでやれ」

    朋也「あ、これは俺の個人的な命令だからな」

    春原「プライベートでも主従関係なのかよっ!?」

    律「わははは!」

    澪「あの…岡崎くん」

    217 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:50:42.26 ID:+UZ/pLeq0
    朋也「あん?」

    澪「ありがとね。練習、するように言ってくれて」

    朋也「いや、別に礼を言われることでもないだろ」

    朋也「もとはといえば、俺たちがいたせいで始まったようなゲームだし」

    澪「それでも、やっぱり、ありがとうだよ。私も、ちょっと楽しんじゃってたし」

    朋也「そっか」

    澪「うん」

    朋也「まぁ、練習頑張れよ。俺が言えた義理じゃないけどさ」

    澪「うん、ありがとう。頑張るよ」

    言って、微笑んだ。
    そして、俺に背を向け、準備に向かう。

    春原「くそぅ…ムギちゃんお持ち帰りする計画がパァだよ…」

    朋也(まだ言ってんのか、こいつは…)

    最後まで合コン気分の抜けない奴だった。

    ―――――――――――――――――――――



    218 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:52:28.18 ID:jpDSDOMkO
    4/29 木 祝日

    4月の祝日。
    週末からはゴールデンウィークに突入するので、今日はその前座といった感じだ。
    俺のような、何も予定がない暇人は、ただ怠惰に過ごして終わるだけなのだが。
    今だって、町の中を意味もなくぶらついたりなんかしているわけで…
    強いて言うなら、朝食の後の散歩といったところだ。
    気が済めば、いつものように春原の部屋に向かうつもりなのだが。

    朋也(ん…?)

    歩いていると、ひとりの女の子を見つけた。

    梓「………」

    中野だった。
    身をかがめ、停めてある車の下を覗き込んでいた。
    その姿に、通行人がじろじろと目をくれていく。
    それもそうだろう。スカートがはだけて少し下着が見えてしまっているんだから。

    朋也(はぁ…ったく…)

    顔を合わせる前に、無視して過ぎ去ろうと思ったのだが…
    一応、忠告しておくことにした。

    朋也「おい、中野」

    声をかける。

    梓「え…」

    219 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:52:52.52 ID:+UZ/pLeq0
    振り返る。

    梓「ああ…」

    なんだ、こいつか…とでも言いたげな顔。

    梓「はぁ…」

    大きくため息をつき、また頭を下げて、車の下を覗き込む。
    …せめて、なにか言え。

    朋也「おい、見えてるぞ…おまえのパンツ」

    梓「っ!」

    ばっと身を起こし、手でスカートを抑えながら俺に向き直る。
    頬を赤く染め、目を潤ませていた。

    梓「へ、変態っ!」

    朋也「いや、おまえ自ら見せてたんだろ。そんなに自信あったのか、下着に」

    梓「ち、違いますよっ! 私はただ…」

    車を見る。

    朋也「車上荒らしか? やめとけよ、ここは人の目が多い」

    梓「それも違いますっ!」

    220 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:54:05.42 ID:jpDSDOMkO
    梓「この下に猫がいるから、危ないと思って、助けようとしてたんですっ!」

    朋也「猫?」

    俺もしゃがんで覗き込んでみる。

    朋也(あ…ほんとだ)

    身を丸め、じっとしたまま動かない猫が一匹いた。

    朋也「あの猫、あそこからどかせればいいんだな?」

    低姿勢のまま言う。

    梓「え?」

    朋也「ちょっと待っとけ」

    俺は匍匐前進で車の下に入り込んでいった。

    朋也(ん、動かないな、あいつ…)

    近づけば逃げていくかと思ったのだが…

    朋也(よ…)

    ひょい、と掴めてしまった。
    そのまま這い出る。

    朋也「ほら、いけ」

    221 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:54:32.46 ID:+UZ/pLeq0
    そっと手を離す。
    だが、それでも動かない。
    座り込んで、前足を舐めていた。

    梓「あ…この子、怪我してる…」

    見れば、舐めている箇所の毛が抜けていて、そこから血が滲みだしていた。

    梓「ど…どうしよう…助けてあげなきゃ…」

    おろおろと狼狽する中野。

    朋也「動物病院、行ってみるか」

    梓「あ…は、はいっ…」

    朋也「よし」

    中野の返事を聞き、俺は猫を抱えた。
    そして気づく。病院の場所なんて、まったく心当たりがないことに。

    朋也「あのさ…この辺って、動物病院、あったっけ」

    梓「ちょっと待ってください…」

    携帯を取り出し、なにか操作していた。

    梓「あ、ありました。こっちですっ」

    液晶画面を見ながら言う。

    222 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:55:40.50 ID:lUITvkE60
    ひさしぶりに神SS見たな

    223 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:56:34.92 ID:+UZ/pLeq0
    そして、先導するように小走りで道を進んでいった。
    俺もその後についていく。

    ―――――――――――――――――――――

    行き着いた先には、こじんまりとした、寂れた建物があった。
    看板には、しっかりと、動物病院と記されていたのだが…
    ペンキが落ちたのか、文字がただれていて、ホラーチックだった。
    ここで本当に大丈夫かと、内心、心配だったのだが、それも杞憂に終わった。
    診察と治療は至極まともだったのだ。
    担当の獣医は、好々爺然とした風貌で、事情を話すと、おもしろそうに笑っていた。
    なにが気に入られたのか知らないが、診察代も、治療代も格安にしてくれていた。

    ―――――――――――――――――――――

    梓「…かわいそうです」

    今は中野が猫を抱いていた。
    通りに据えられたベンチに腰掛け、膝の上でくつろぐその猫を撫でている。

    朋也「まぁ…野良だろうからな。首輪もしてないし」

    獣医が言うには、どうも、傷は、人の手によってつけられた可能性が高いということだった。

    梓「じゃあ…飼い猫だったら、こんな目に合わないって言うんですか」

    朋也「まぁ、少なくとも、野良よりはマシなんじゃないのか」

    朋也「そもそも、野良なんて、保健所に収容されれば、それだけでアウトだからな」

    224 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:57:56.20 ID:jpDSDOMkO
    朋也「それに、餌の確保ができなけりゃ、餓死するし…他にも、危険なんてたくさんある」

    梓「…そう…ですよね、やっぱり」

    梓「………」

    しばらくの間視線を落として黙っていると、猫を抱きかかえ、無言で立ち上がった。
    どこか思いつめたような顔をしている。

    朋也「どうしたんだよ」

    梓「私、この子を飼ってくれる人を探します」

    朋也「どうやって」

    梓「それは…道行く人に、声をかけて、とか…」

    朋也「そら、大変だな」

    梓「それでも、やるんですっ」

    声を張って答えていた。

    朋也(はぁ…俺、こういうのに弱いのかな…)

    なぜか放っておけない。

    朋也「俺も手伝うよ。おまえがよければだけど」

    梓「ほんとですか? ちょっと、不本意ですけど…」

    225 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:58:30.40 ID:+UZ/pLeq0
    梓「この際、なんでもいいです。よろしくお願いしますっ」

    朋也「ああ」

    梓「それじゃ、人通りの多いところに…」

    朋也「いや…そうだな、まず、軽音部の連中に当たってみろよ」

    朋也「知り合いだから訊きやすいだろ? それに、もしOKならそこで終わりだ」

    梓「あ、そうですね、すっかり忘れてました」

    携帯を取り出す。
    そして、猫の写真を撮ると、また画面と向き合っていた。
    多分、今の画像を添えてメールでも送っているんだろう。
    俺は黙って結果を待つことにする。

    ―――――――――――――――――――――

    梓「あ、きた」

    中野の携帯から着信音が鳴り響く。
    慌てたように開いて、返信を確認する。

    梓「…ムギ先輩もダメでした」

    朋也「そうか…」

    他の部員からも、断りの返事が届いていた。
    家庭の事情や、経済的負担などが理由だった。

    226 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 00:59:56.28 ID:jpDSDOMkO
    琴吹なら、猫の一匹くらい、なんでもないだろうと期待していたのだが…
    その想いも、打ち砕かれてしまった。

    朋也「で、琴吹はなんだって?」

    梓「なんか…ポチに捕食されるかもしれないから、責任が持てない…らしいです」

    朋也「……捕食?」

    梓「……はい」

    朋也「………」

    梓「………」

    朋也「…なにを飼ってるんだろうな、琴吹は」

    梓「…多分、知らないほうがいいです」

    だろうな…。

    ―――――――――――――――――――――

    朋也「あ、すいません、ちょっとい…」

    朋也「あ…くそっ」

    人の往来が激しい大通りで飼い主探しを始めたのだが…
    何かのキャッチと思われているのか、見向きもされなかった。

    227 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:00:22.70 ID:+UZ/pLeq0
    朋也「俺じゃだめだ。次、おまえいってくれ」

    梓「わかりました」

    梓「…不甲斐ない人」

    朋也「聞えたからな…」

    ―――――――――――――――――――――

    朋也(あいつはなんか、上手くやりそうだよな…)

    中野から預かった猫とじゃれあいながら、思う。

    梓「あの、すみません」

    男「ん?」

    一発目から捕まえることに成功していた。

    梓「えっと、私、今…」

    男「3万…いや、君なら4万出すよ」

    梓「へ? どういう…」

    男「この近くに、いいとこあるからさ、今からいく?」

    これは、まさか…


    228 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:01:39.55 ID:jpDSDOMkO
    梓「え…いいとこ…ですか?」

    朋也「おい、おっさん、なにやってんだよ」

    猫を抱いたまま、睨みを利かせて近づいていく。
    プリチーな生き物を伴って絡んでくる仏頂面の男…さぞ不気味なことだろう。

    男「ひぃっ、い、いや、私はまだなにも…」

    朋也「まだ?」

    男「い、いや…はは、なんでも」

    背を向けて、足早に去っていった。

    梓「なんで邪魔するんですか!」

    朋也「おまえ…わかんなかったのか、今の」

    梓「岡崎先輩の行動の方がわかりませんよ!」

    朋也「いや…だから…」

    梓「足を引っ張るなら帰ってください!」

    本当に、ただ俺が妨害しただけだと思っているようだ。
    誤解を解いておいたほうが、今後の信頼関係のためにもいいんだろうが…
    詳しく説明するのも、なんだか気が引けた。

    朋也「…ああ、悪かったよ。もう邪魔しない」

    229 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:02:05.24 ID:+UZ/pLeq0
    だから、俺に非があったと、黙って認めておくことにした。

    梓「勘弁してくださいよ、ほんとにもう…」

    朋也「でも、ああいうおっさんは避けろよ、一応」

    梓「おっさん差別ですか? 最低ですね、自分の近い将来の姿なのに」

    朋也「まだ遠いっての…」

    今年で18だ、俺は。

    ―――――――――――――――――――――

    梓「そうですか…話を聞いてくれて、ありがとうございました」

    女性「いえ…」

    朋也(だめだったか…)

    今ので4人目だった。

    梓「はぁ…」

    中野も落胆を隠しきれないようだった。

    男1「ねぇ、君さ、さっきから声かけてるよね」

    男2「逆ナン?」


    230 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:03:21.13 ID:jpDSDOMkO
    梓「え? いえ…違います…」

    ちゃらちゃらとした男の二人組に絡まれていた。

    男1「じゃ、俺らが君ナンパしていい?」

    男2「かわいいよね、君。遊びいこうよ」

    梓「あの…それは、ちょっと…」

    男1「いいじゃん、いこうよ」

    男2「そこのカフェでなんか食べようよ。おごりだよ?」

    梓「う…あう…」

    困惑した表情で、すがるように目を向けてくる。
    SOS信号だろう。

    朋也(いくか…)

    立ち上がる。

    朋也「こらぁ、なんだ、おまえらは」

    男1「はぁ?」

    男2「なにおまえ」

    朋也「みりゃわかるだろうが。猫を持ったキレ気味な人だ」

    231 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:03:42.78 ID:P9ePJfTa0
    こっ、この>>1人間じゃねぇっ
    あさからぶっ通しじゃねーか
    文章のレベルも段違いだし・・・

    232 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:04:01.40 ID:+UZ/pLeq0
    猫「にゃあ」

    男1「意味が…」

    男2「君、もういこうよ。変なの来たし」

    中野の手を取ろうと、腕を伸ばす。
    俺はその腕を掴んで止めていた。

    朋也「やめとけ。こいつは俺が先に目をつけてたんだよ」

    少しキャラを作ってみた。設定は、鬼畜王だ。

    朋也「失せろ、カスども」

    猫「にゃあ」

    男2「…っ離せよっ」

    ばっと俺の手を振り払う。
    そして、その瞬間から睨み合いが始まった。

    朋也「………」

    男1「………」

    男2「………」

    猫「にゃあ」

    233 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:04:23.57 ID:M7+8PrPH0
    >>231
    だーまえが書いてるんだろ

    234 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:05:17.25 ID:lUITvkE60
    >>231
    だよな・・・
    プロなのかな?

    235 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:05:25.70 ID:jpDSDOMkO
    男1「…ちっ」

    男2「ばぁか」

    間の抜けた猫の鳴き声を以って、ガンつけ勝負は終わった。
    ふたりの男は捨て台詞を吐くと、雑踏の中へと消えていった。

    朋也(ふぅ…)

    朋也「おい、中野…」

    朋也「あん?」

    振り返ると、俺から距離を取って身構えていた。

    梓「…このけだもの。ずっと私を狙ってたんですねっ」

    朋也「おまえが信じるなっ! ありゃ方便だっ」

    梓「………」

    疑惑に満ちた目を向けてくる。

    朋也(どこまで信用ないんだ、俺は…)

    もともとなかったところを、先の一件でさらに信用を失ってしまったのか…。
    なら、捨て身でこちらから歩み寄っていくしかない。
    まずは安心感を与えて、警戒を解かなくては…。

    朋也(はぁ…ちくしょう)

    236 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:05:53.64 ID:+UZ/pLeq0
    朋也「こほん…あー…」

    朋也「ほら、おいで梓ちゃん、怖くないよ~」

    ぎこちない笑顔で、猫なで声を出す。

    梓「…キモ」

    …ものすごく冷めた顔で暴言を返されていた。

    朋也(ま、そりゃそうか…)

    わかってはいたが、実際言われると、ショックと恥ずかしさが同時に襲ってきた。

    梓「冗談です。助けてくれて、ありがとうございました」

    朋也「ああ、別に…」

    恥をかく前に言って欲しかったが。

    梓「キモかったのは本当ですけど」

    朋也「あ、そ…」

    徒労に終わった上に、追い討ちまでかけられていた。

    朋也「まぁ、いいけど、何か対策考えないとな」

    朋也「おまえ、見た目可愛いから、変な奴よってくるし」

    237 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:07:02.35 ID:jpDSDOMkO
    梓「な、か、可愛いって…お、おだててどうするつもりですかっ!」

    梓「気をよくしたところを、一気につけこんでくるつもりですかっ!」

    梓「このけだものっ!」

    朋也「想像が飛躍しすぎだ。思ったことを言ったまでだよ」

    梓「な、なな…わ、私は騙されませんからっ」

    朋也「だから、そんな気はないっての」

    朋也「それよか、もう昼だし、飯にしようぜ」

    梓「う、うう…」

    朋也「ほら、いくぞ」

    俺が歩き出すと、後ろからうーうー言いながらもついてきた。

    238 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:07:22.42 ID:+UZ/pLeq0
    ―――――――――――――――――――――

    朋也「ほらよ」

    コンビニで買ってきたパンとジュースを差し出す。

    梓「ありがとうございます」

    受け渡すと、俺も中野が座っているベンチに腰掛けた。

    梓「よかったんですか? おごってもらっちゃって」

    朋也「いいよ。いつか、おまえにおごってもらった事あっただろ」

    朋也「これであいこだ」

    梓「でも、あれはお詫びのつもりだったから…」

    朋也「まぁ、細かいことは気にするなよ」

    梓「はぁ…」

    朋也「よし、おまえにもやろう」

    俺は自分のパンをちぎって猫に与えた。
    くんくんと匂った後、ぺろりと口にしていた。
    その姿を見て思う。

    朋也「こいつって、あの時おまえがねこじゃらしで遊んでた奴か?」

    239 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:08:37.33 ID:jpDSDOMkO
    梓「そうですよ。気づかなかったんですか?」

    朋也「ああ、まぁな。今ようやく思い出したよ」

    梓「こんな可愛い子、普通は一度みたら忘れないのに」

    言って、中野も自分のパンをちぎって猫の前にそっと据えた。
    すると、それも遠慮なく食べ始めていた。

    梓「かわいいなぁ…」

    その様子を温かい目で見守る中野。

    朋也「おまえ、猫好きなのか」

    梓「はい、大好きですっ!」

    朋也「そっか。なんか、らしいよな。おまえ、猫っぽいし」

    梓「あ、ありがとうございます…」

    こいつにとっては称賛と同義だったようだ。
    素直に礼なんか返してきた。

    朋也「でもさ、それなら、おまえの家で飼ってやれないのか」

    梓「それができたら、最初から飼い主探しなんてしてませんよ」

    朋也「それもそうだな」

    240 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:09:01.54 ID:+UZ/pLeq0
    梓「岡崎先輩こそ…いや、いいです、やっぱり」

    俺に飼えるかどうか打診するつもりだったんだろう。
    だが、回答はどうあれ、俺に飼われるのは嫌だったようだ。
    だから、途中で切ったんだろう。
    まぁ、うちで飼えるわけじゃないので、別によかったが。

    朋也「飯、食い終わったら、また頑張って探さなきゃな」

    梓「そうですね。頑張りましょうっ」

    ―――――――――――――――――――――

    梓「あの…ほんとにこれ、効果あるんでしょうか」

    朋也「ああ、ばっちりだ」

    中野が手に持つのは、可愛らしく装飾されたプラカード。
    頭には、ネコミミカチューシャをつけていた。
    その2つのアイテムは、憂ちゃんと行った、あのファンシーショップで調達してきていた。

    朋也「今までは、こっちから攻めていってたけど、それは間違いだった」

    朋也「興味のない人にまで当たっちまうから、効率が悪かったんだ」

    朋也「だから、今度は待ちに入るんだ」

    梓「いえ…そうじゃなくて、なんでネコミミなんですか…」

    梓「このプラカードは、わかりますけど…」

    241 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:10:19.94 ID:jpDSDOMkO
    そのプラカードには『この猫、飼ってください!』と書いてある。
    宣伝のつもりだった。

    朋也「そっちの方がわかりやすいじゃん」

    梓「いえ、これつけなくても、プラカードだけで事足りると思いますけど…」

    朋也「より目立ったほうが、目を引きやすいだろ」

    朋也「おまえ、似合ってるしさ、大抵の男は振り向くと思うぞ」

    梓「そ、そんな…」

    朋也「こいつのためだ。頑張れよ」

    ダンボールを抱えてみせる。
    その中には、猫が入っていた。
    やはり、拾ってください、なんて言うなら、このスタイルしかないだろう。

    梓「うう…わかりました」

    ダンボールを手に持ち、街頭に立つ。
    そして、足元に置くと、プラカードを掲げた。
    やはり、道行く人は皆一瞥をくれていく。
    こっちをみて、ひそひそと話しこんでいる者たちも見受けられた。
    ナンパの算段でも立てているんだろうか。
    それでも、隣に俺も立っているから、簡単には近づいてこないだろう。
    これが、俺の考えた対策だった。抑止力というやつだ。
    単純なことだが、効果は高いと思う。
    今も、中野を遠巻きに眺めていた男たちが、諦めたように散会していくのが見えた。

    242 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:10:27.36 ID:PRCvP3Z4O
    これ完結までいったら文庫本一冊くらいの分量にはなりそうだな


    243 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:10:47.22 ID:+UZ/pLeq0
    やはり、これで合っていたようだ。

    ―――――――――――――――――――――

    5分くらい経った頃だろうか。
    一人の男がこちらに近寄ってきていた。

    男「あの…ふぅ、ふぅ…」

    興奮しているのか知らないが、息が荒い。

    男「か、飼うって、い、いいの…?」

    梓「え…はいっ、もちろんですっ!」

    男「はぁ…はぁ…き、君、家出少女なんだ…?」

    梓「え、あ…はい?」

    男「ふっひ…う、うちのアパート…いこう…」

    男「君みたいな可愛い子なら…悦んで飼ってあげるよ…」

    梓「い、いえ、私じゃなくてっ! この子ですっ」

    ダンボールから猫を抱き起こした。

    猫「にゃあ」

    男「え…なんだ…でも、君も猫だし…」

    244 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:12:20.43 ID:jpDSDOMkO
    言って、ネコミミに目をやる。

    男「君もついてくるなら、一緒に飼ってあげるよ…ふっひ…」

    梓「ひぃっ…え、遠慮しておきます…」

    男「はぁ、はぁ…じゃあ、いいや…」

    のそのそと立ち去っていった。

    梓「…岡崎先輩のせいですよ」

    朋也「いや、でも、世間にはああいう奴もいるってわかってよかったじゃん」

    梓「上から目線で言わないでくださいっ!」

    梓「次は岡崎先輩がやってくださいよっ!」

    俺にプラカードを押し付けてくる。

    朋也「ああ、いいけど」

    受け取る。

    梓「ちゃんとこのネコミミもつけてくださいよ」

    朋也「やだよ、なんで俺が」

    梓「私にはつけさせたじゃないですかっ!」

    245 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:12:47.46 ID:+UZ/pLeq0
    朋也「だからってなぁ、俺だぞ?」

    梓「いいから、つべこべいわずにつけてくださいっ!」

    朋也「わかったよ…」

    仕方なく、装備した。
    …周囲の視線が痛い。

    梓「…ぷっ」

    朋也「せめておまえだけは笑わんでくれ…」

    ―――――――――――――――――――――

    朋也(お…)

    一人の女性がこちらに近づいてくる。
    男の情欲を煽るような服を綺麗に着こなして、妖艶な雰囲気を纏っていた。
    年の頃は、二十代後半といったところか。

    朋也(って、なに分析してんだ、俺は…)

    女性「ボウヤ…飼って欲しいの?」

    朋也「あ、いえ…俺じゃなくて、こっちの猫っす」

    ダンボールを指さす。

    女性「そうなの?」

    246 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:13:05.77 ID:PRCvP3Z4O
    おまえらキタwwwwwww

    247 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:14:02.70 ID:jpDSDOMkO
    朋也「はい。だめっすか」

    女性「私、動物嫌いなの」

    女性「でも…」

    俺の頬に手を添えた。
    どきっとする。

    女性「あなたみたいな動物なら、死ぬほど可愛がってあげるわ」

    朋也「はは…」

    なんと答えていいのやら…。

    女性「これ、名刺。渡しとくわ」

    手を取られ、少し強引に握らされた。
    そこには、夜の店の名前と、この人の源氏名らしきものが書かれていた。
    裏も見てみる。電話番号が手書きされていた。

    朋也「俺、未成年なんですけど…」

    女性「見ればわかるわよ」

    朋也「そっすか…」

    女性「お店に来いって言ってるんじゃないわ」

    女性「私にいつでも連絡入れなさいって言ってるの」

    248 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:14:23.10 ID:+UZ/pLeq0
    朋也「はぁ…」

    女性「それじゃね」

    色気を漂わせながら去っていく。

    梓「…ヒモ野郎。最低です。死ね死ね」

    朋也「悪口のタガが外れてるからな、おまえ…」

    梓「こんな時まで女をたぶらかすなんて、信じられないです」

    朋也「俺は何もしてないだろ…」

    朋也「…あぁ、とにかく、もうネコミミはやめだ。これは危険すぎる」

    梓「最初からいらないって言ってたのに…このヒモ男は…」

    ぶつぶつと小言をぶつけられていた。
    止む気配はない。
    しばらくはこの状態が続きそうだった。

    朋也(はぁ…)

    ―――――――――――――――――――――

    一度休憩を取るため、適当な石段に腰掛けた。

    朋也「なかなか見つからねぇな」

    249 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:14:33.51 ID:lwsvFJe90
    おもすれい

    250 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:16:50.38 ID:71jhCrBL0
    岡崎を好きなんであろう梓が良い感じにウザイな

    251 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:17:51.84 ID:CdU1ELpcO
    クラナドは大好きだけどけいおんはあまり知らないが…とりあえず今度けいおんDVD全巻見てくるよ

    あと、梓と風子がダブるのは気のせいか?

    >>1頑張って

    252 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:19:13.14 ID:jpDSDOMkO
    梓「そうですね…」

    梓「やっぱり、岡崎先輩が女たらしのクセに唯先輩に手を出すから、皆怒ってるんですよ」

    朋也「それはおまえの心の内だ」

    朋也「つーか、俺はあいつに手なんか出してないからな」

    梓「嘘つき。いつもベタベタしてくるせに」

    朋也「どこがだよ。普通の距離感だろ」

    梓「朝だって一緒に登校してるじゃないですか」

    梓「それに、唯先輩、部室でも岡崎先輩の隣に座りたがるし…」

    朋也「それは俺からじゃなくて、あいつの方からきてないか」

    梓「あーっ! 今、自分がモテ男だってさりげなく言いましたね!?」

    梓「やらしいですっ! すべてにおいてあらゆる意味でやらしいですっ!」

    梓「やらしいですっ! やらしいですっ!」

    朋也「悔しいですみたく言うな」

    朋也「前に言ってたけど、あいつは俺のことなんとも思ってないらしいぞ」

    梓「ほんとですか? でも、どういう会話の流れでその発言が出たんですか?」

    253 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:19:56.02 ID:+UZ/pLeq0
    朋也「いや、冗談のつもりで、俺に気があるのかって訊いてみたんだよ」

    朋也「そしたら、そんなんじゃないってさ」

    梓「…なるほど」

    梓「まぁ、唯先輩は、わりとすぐ人と仲良くなりますからね…」

    梓「ってことは、岡崎先輩にじゃれついてるのは、遊びだったってことですね」

    梓「あはは、唯先輩にとっては、岡崎先輩なんて、遊びだったってことですよ」

    梓「あははは」

    朋也「はは…」

    俺もなぜか乾いた笑いで同調してしまっていた。

    梓「じゃあ、岡崎先輩も、唯先輩のことは、なんとも思ってないわけですね」

    朋也「ん、ああ…」

    梓「…なんで言いよどむんですか?」

    朋也「いや…」

    がたっ

    朋也(ん?)


    254 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:21:11.09 ID:jpDSDOMkO
    音のした方に振り向く。
    ダンボールが倒れ、猫が飛び出していた。
    空に飛び立っていく鳥を追っている。
    その先には、激しく車の行き交う道路があった。
    俺は考える前に駆け出していた。

    朋也(うらっ…)

    飛び込み、猫をキャッチする。
    間一髪間に合った。
    猫は、俺の胸の中できょとんとしている。

    朋也「いっつ…」

    背中に痛みが走る。
    モロにコンクリでぶつけたからだ。
    腕も擦ってしまい、血が流れてくる感触が肌に伝わってきた。

    梓「大丈夫ですかっ!?」

    中野が駆け寄ってくる。

    朋也「ああ、無事だよ」

    上体を起こし、猫を両手で掲げてみせる。

    梓「そうじゃなくて、岡崎先輩がですよっ」

    朋也「ああ、俺は…っつ…」

    255 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:21:42.81 ID:+UZ/pLeq0
    梓「痛みますか? どこです?」

    朋也「いや、大丈夫」

    梓「ちょっと腕見せてください」

    言って、俺の袖をまくった。

    梓「血が出てるじゃないですか…」

    朋也「ほっときゃ止まるよ」

    梓「そんなこと言って、バイ菌が入ったら大変ですよっ」

    梓「ここでじっとしててください。私、ちょっと行ってきます」

    そう言い残し、人ごみを縫ってすぐ近くの雑貨店に入っていった。

    ―――――――――――――――――――――

    梓「はい、これでいいです」

    朋也「サンキュ」

    中野は、水で傷口を丁寧に洗い流し、その上から透明なシートを貼ってくれていた。

    梓「患部を水で濡らした後、このシートを貼っておくんですよ」

    パック入りになったそれを渡してくる。


    256 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:22:54.02 ID:jpDSDOMkO
    朋也「ああ、わかったよ。で、いくらだったんだ? これと水合わせて」

    受け取って、そう訊いた。

    梓「お金なんていいですよ。この子、助けようとしてくれたんでしょ」

    膝の上に乗り、安心して丸まっている猫の顎を撫でる。

    梓「ほんと、馬鹿ですね。あんなことしなくても、道路になんか飛び出しませんよ」

    朋也「そうだったかな」

    梓「そうですよ」

    朋也「ちょっと神経質すぎだったな」

    朋也「動物の挙動なんて、予測できないからさ、嫌な予感がして、先走っちまった」

    梓「岡崎先輩の行動の方がよっぽど予測できません」

    朋也「そっか」

    梓「はい、そうです」

    朋也「………」

    梓「………」

    会話が途切れる。

    257 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:23:14.62 ID:+UZ/pLeq0
    俺はなんとなくネコミミを手にとってみた。

    梓「って、なんで猫にネコミミをつけるんですか…意味ないですよ…」

    朋也「これで、二倍猫になるだろ」

    梓「もう…なんなんですか、それ。意味がわかりませんよ」

    梓「ほんと、馬鹿なんだから」

    柔和に微笑む。
    初めて俺に向けられた曇りのない笑顔。
    いつもこんな風に笑っていてくれれば、こいつも無害な普通の女の子なのだが。

    声「あら、岡崎じゃない」

    朋也「ん…」

    声がして、顔を向ける。
    そこには一人の女性が立っていた。

    女性「奇遇ね。こんなとこで、なにやってんの」

    朋也「美佐枝さん…」

    この女性、学生寮の寮母をやっている人だった。
    名は相楽美佐枝。
    寮生でない俺も、あれだけ通い詰めていれば、嫌でも顔見知りになる。

    美佐枝「ところで…そっちの子は?」

    258 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:24:33.41 ID:jpDSDOMkO
    中野を見て言う。

    朋也「ああ…まぁ、後輩だよ」

    梓「あ、初めまして。中野梓といいます」

    美佐枝「これは、ご丁寧にどうも。私は、相楽美佐枝。学生寮の寮母をやってるの」

    梓「寮母さんなんですか…すごくお若いのに…」

    美佐枝「あら? そうみえる? ありがと」

    美佐枝「にしても…」

    美佐枝「岡崎、あんたも隅に置けないわねぇ。こんな可愛い子とデートなんてさ」

    梓「な、ち、違いますっ」

    中野が勢いよく否定する。

    美佐枝「ありゃ、彼女じゃなかったの?」

    朋也「こいつとはそんなんじゃねぇよ」

    梓「そ、そうですよっ」

    美佐枝「ふぅん、なかなか似合って見えたのにねぇ」

    梓「そ、そんなことないですっ! 私たち、犬猿の仲なんですっ」

    259 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:24:53.87 ID:+UZ/pLeq0
    梓「こ、こんな人となんて…そんな…」

    美佐枝「あんた、嫌われてるの?」

    朋也「少なくとも、好かれちゃいないかな」

    美佐枝「あ、そなの」

    朋也「ああ」

    猫「にゃあ」

    中野の膝の上、猫が鳴いてた。

    美佐枝「あら…可愛い猫だこと。触ってもいい?」

    梓「あ、もちろんです」

    美佐枝「ありがと。それじゃ…」

    くすぐるように顎を撫でた。
    ごろごろと気持ちよさそうに唸る。

    美佐枝「あんたの猫なの?」

    梓「いえ…野良なんです」

    美佐枝「へぇ、それにしては毛並みが綺麗よね」

    梓「ですよね。可愛いです」

    260 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:26:18.66 ID:jpDSDOMkO
    美佐枝さんが撫でると、猫もうれしいのか、尻尾をピンと立てていた。
    ここまで気を許させてしまうのは、この人の持つ、包み込むような母性のためだろうか。
    動物にもそれが直感的にわるから、安心して身をゆだねることができるのかもしれない。
    どうせ飼われるなら、こんな人がいいと思う。
    面倒見のいいこの人のことだ、きっと大事にしてくれるに違いない。
    だが、寮で飼うなんてことが許されるのだろうか…
    そこだけが唯一気にかかる。

    朋也(ダメもとで訊いてみるか…)

    朋也「美佐枝さん。そいつ、飼ってやれないか」

    美佐枝「え? あたしが?」

    朋也「ああ。俺たち、ずっと飼ってくれる奴探してたんだけど…」

    俺はこれまでのいきさつを美佐枝さんに話した。

    美佐枝「はぁ…その猫の怪我、そういうことだったんだ」

    朋也「ああ。だから、頼むよ。美佐枝さんなら、安心して任せられるし」

    梓「私からも、お願いします」

    美佐枝「う~ん…でもねぇ…」

    美佐枝「………」

    顎に手を当て、しばしの間、思案に暮れる。

    261 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:27:15.50 ID:+UZ/pLeq0
    美佐枝「…猫、か。もう一匹増えたところで、変わりないか…」

    何かつぶやいていたが、小さくて聞き取れなかった。

    美佐枝「うん…わかった。一応、つれて帰ったげる」

    梓「ほんとですかっ? ありがとうございますっ」

    美佐枝「でも、正式に飼うわけじゃないわよ」

    朋也「どういうこと?」

    美佐枝「原則、寮でペットを飼うのは禁止されてるからねぇ」

    美佐枝「おおっぴらには飼えないってことよ」

    美佐枝「部屋を間借りさせてあげるのと、餌をあげることくらいしかできないけど…」

    美佐枝「それでもいい?」

    梓「十分ですよっ」

    朋也「ああ、それだけしてくれりゃ、飼ってるのと変わりねぇよ」

    美佐枝「そ。じゃあ、あたしはもう帰るとするかねぇ」

    美佐枝「さ、おいで」

    猫をその胸に抱く。
    一片の抵抗もみせず、大人しく美佐枝さんの腕の中に収まっていた。

    262 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:29:27.81 ID:jpDSDOMkO
    朋也「ありがとな、美佐枝さん」

    梓「ありがとうございますっ」

    美佐枝「ん、いいわよ、別に」

    美佐枝「それじゃね」

    朋也「ああ」

    梓「はいっ」

    俺たちに背を向け、歩いていく。

    梓「よかったぁ…」

    よほど嬉しかったのか、肩の力を抜いて、安堵の表情を浮かべていた。

    朋也「そうだな」

    おもむろに、ぽむっと中野の頭に手を乗せる俺。

    梓「な、なにするんですかっ」

    が、すぐに振り払われた。

    朋也「いや、いい位置にあったから」

    梓「そ、そんな理由で触らないでくださいっ」

    263 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:29:57.78 ID:+UZ/pLeq0
    朋也「悪かったな。もうしねぇよ」

    梓「………」

    朋也「そんじゃ、俺も行くからさ。じゃあな」

    言って、俺も美佐枝さんが行ったのと同じ方向に足を向けた。
    これから春原の部屋に向かうつもりだった。
    今からなら、途中で美佐枝さんに追いつくだろう。
    別れの挨拶をした意味がないな…ぼんやりと思う。

    梓「あ、あのっ」

    朋也「なんだよ」

    声をかけられ、振り返る。

    梓「きょ、今日はありがとうございましたっ…協力してくれて…」

    梓「その…岡崎先輩のおかげで、飼い主も見つかりましたし…」

    梓「猫を助けようって、必死になってもくれましたし…」

    梓「ちょっとだけ…見直しました」

    朋也「そりゃ、どうも」

    梓「それと…頭に手を乗せられたのも、ほんとは嫌じゃないっていうか…」

    梓「むしろ…その…」

    264 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:29:59.32 ID:0zbBuCgSP
    軽部

    265 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:30:06.49 ID:wGNpVFLz0
    shien

    266 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:31:07.50 ID:jpDSDOMkO
    もじもじとしているだけで、その先は出てこなかった。

    朋也「じゃあさ、これからは仲良くしてくれよな、あずにゃん」

    梓「な、あ、あずにゃんって呼ばないでくださいっ」

    梓「この調子乗りっ! うわぁぁんっ」

    顔を真っ赤にして、どぴゅーっとものすごい勢いで逃げていった。

    朋也(変な奴…)

    だが、少しだけあいつとの関係が改善された…ような気がした。

    ―――――――――――――――――――――

    267 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:31:30.34 ID:+UZ/pLeq0
    4/30 金

    唯「あ~…だるぅい~」

    憂「お姉ちゃん、たった一日で休みボケしすぎだよ」

    唯「だってぇ…もうゴールデンウィーク入ったって錯覚しちゃったんだもん…」

    憂「あしたいけば、本物の連休がくるから、がんばろ?」

    唯「う~…えいっ」

    憂ちゃんに腕を回し、全体重を預ける平沢。

    憂「な、なに? 重いよぉ、お姉ちゃん…」

    唯「このまま進んで、学校まで運んでよぉ~」

    憂「うぅ…わかったよ…私頑張るね…」

    憂「よいしょ…よいしょ…」

    懸命にずるずる引きずっていく。

    唯「遅いよぉ~スピード上げてよぉ~」

    憂「う、うん、わかったよ…よい…しょ…」

    憂「あ…もうだめ…」

    268 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:32:07.14 ID:LXRyRTn+0
    ええ話や。゚(゚´Д`゚)゚。

    269 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:32:50.06 ID:jpDSDOMkO
    ぺたり、とその場にへたりこんでしまう。

    朋也「自分で歩けよ、平沢」

    朋也「ほら、憂ちゃん」

    手を差し伸べる。

    憂「あ、ありがとうございます」

    その手を取って立ち上がる憂ちゃん。
    平沢は崩れ落ちたまま微動だにしなかった。

    唯「はひぃ…」

    朋也「置いてくぞ」

    唯「ああ…まってぇ」

    のろのろ立ち上がり、追ってくる。

    唯「岡崎くん、しがみついていい?」

    朋也「だめ」

    唯「けちぃ…」

    ―――――――――――――――――――――

    270 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:33:09.99 ID:+UZ/pLeq0
    下駄箱まで足を運んでくる。

    朋也「おい、平沢…そろそろ離せ」

    唯「え~、教室まで連れてってくれてもいいじゃん…」

    結局、坂を上ったあたりから、平沢を引きずってくることになってしまっていた。
    あまりにもしつこかったので、俺のほうが折れてしまったのだ。

    朋也「ここまででいいだろ。さっさと靴履き替えろ」

    唯「ぶぅ…」

    声「…おはようございます」

    …この声。
    振り向く。

    梓「………」

    中野が引きつった笑顔をぴくぴくとひくつかせ、音もなく背後に立っていた。
    …おまえは忍者の末裔か。

    唯「あ、あずにゃん、おはよぉ」

    朋也「…よぅ」

    梓「………」

    眉間に寄った皺は消えそうにない。

    271 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:33:35.23 ID:LXRyRTn+0
    てか、卒業まで続くのかな

    272 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:34:35.22 ID:jpDSDOMkO
    また、いらぬ恨みを買ってしまったんだろうか…。

    梓「…また、放課後に」

    唯「うん、部活でね」

    梓「それじゃ、失礼します」

    言って、軽く会釈。
    最後に俺をちらっと見て…

    梓「…馬鹿」

    ムッとした顔を向け、そう口が動いた気がした。
    それも、一瞬のことだったので、定かではなかったが。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    昼。

    唯「あぁ…刻(とき)が見える…」

    平沢は未だにローテンションを引きずっていた。

    唯「はぁ…むしろ生きる意味がわからない…」

    273 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:35:00.28 ID:+UZ/pLeq0
    澪「どんどんひどくなっていってるな…」

    和「唯、口からぼろぼろこぼれ落ちてるから、咀嚼する時だけは気合入れなさい」

    唯「ああぅ…わかた…多分」

    春原「はは、情けねぇなぁ。もっとピシッとしろよ」

    律「おまえは今日も重役出勤だったくせに、えらぶんな」

    春原「うるせぇっ! 元気があればなんでも出来るんだよっ!!」

    律「うわっ、ばかっ、口の中に食べ物含んだまま叫ぶなよっ!」

    律「内容物が飛び散ってんだろうがっ! 私に当たったらどうすんだよっ!」

    春原「避ければいいじゃん」

    律「おまえが飛ばさなきゃいいの!」

    律「ったく…」

    朋也「あ、部長、右肩んところ…」

    律「ん?」

    律「うひぃ、ちょっと被弾しちゃってるし…最悪…」

    汚らしそうに、ばっばっと振り払っていた。


    274 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:36:10.24 ID:jpDSDOMkO
    澪「唯、今日が山場だ。明日は4時間だし、ここさえ乗り切ってしまえば、あとは楽だぞ」

    春原「そうそう、土曜なんて、あってないようなもんだしね」

    律「そりゃ、おまえが大抵昼からしかこないからだろ」

    唯「う~ん、わかっちゃいるけど、体がついてこないよぉ…」

    紬「唯ちゃん、よかったら、これ食べて、元気出して?」

    琴吹が弁当箱から高級そうなだんごを覗かせた。

    唯「え? いいの?」

    紬「うん、もちろん」

    唯「やったぁ、それじゃ…あ~ん」

    餌を待つヒナ鳥のように口を開けた。

    紬「はい、あ~ん」

    箸で平沢の口まで運ぶ琴吹。

    澪「そこまでめんどくさがるのに、ちゃっかりもらうんだな…」

    唯「むぐむぐ…おいひぃ~」

    紬「ほんと? よかったぁ」

    275 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:36:37.73 ID:+UZ/pLeq0
    律「しょうがねぇなぁ、私からもやるよ…このキンピラゴボウ」

    春原「おまえ、またんなもん食ってんの」

    律「うるせぇなぁ、りっちゃんキンピラは最高にうまいんだぞ」

    唯「う~ん…一応もらっておこうかな…あ~ん」

    また口を開けて待つ。

    律「一応とはなんだ、一応とは」

    言いながら、箸でひとかたまり摘んで、口に運ぶ。

    唯「むぐむぐ…ぺっぺっ」

    律「あーっ! てめぇ、唯!」

    春原「ははは、だせぇ」

    律「こぉの野郎ぉーっ!」

    平沢に横からヘッドロックをかける部長。

    唯「ご、ごめぇん、冗談だよ、おいしいよぉ」

    律「80回以上噛んでから飲み込め、こらっ!」

    唯「2回で許してぇ」

    276 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:37:54.29 ID:jpDSDOMkO
    律「味が出る前に飲み込もうとしてるだろ、それっ!」

    律「不味いって言いたいのかよぉ!」

    ぎりぎりと締め付けていく。

    唯「うわぁん、嘘、嘘だよ! 分子レベルまで噛み締めるから、許してぇ」

    澪「まったく…もっと静かに食べられないのか」

    唯「冷静なこと言ってないで、助けてよぉ、澪ちゃんっ」

    紬「くすくす」

    こうして、昼も騒がしく過ぎていった。

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。

    唯「………」

    梓「唯先輩、どうしたんですか?」

    平沢は机に突っ伏して、一言も発していなかった。

    277 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:38:24.26 ID:+UZ/pLeq0
    律「なんか、連休前で、息切れしてるんだってさ」

    梓「はぁ…」

    紬「はい、唯ちゃん。ここ、置いておくね」

    唯「ん…」

    少し顔を上げる。

    唯「ひゃっほうっ、今日はチーズケーキなんだねっ!」

    ケーキを目の前にして、今まで伏せていた上体を勢いよく起こしていた。

    澪「いきなり元気になったな…」

    律「現金な奴…」

    ―――――――――――――――――――――

    春原「おい、部長。ちょっとラジカセ貸してくんない?」

    律「あん? どうすんだよ」

    春原「これをかけようと思ってね」

    ポケットからカセットテープを取り出す。

    春原「ボンバヘッ聴きながら、ムギちゃんの用意してくれたお茶を飲む…」

    278 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:38:24.59 ID:7yXIBTA9O
    これは超長編でも最後まで読み切りたい

    279 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:39:53.66 ID:jpDSDOMkO
    春原「これ以上のくつろぎ方はこの世に存在しないね」

    律「いや、いいけどさ…ボンバヘッってなによ?」

    春原「かぁ、知らねぇのかよ、あの有名なHIPHOPの最高峰を」

    春原「おまえ、それでも軽音部部長かよ」

    律「いや、聞いた事ないからさ…みんな知ってるか?」

    唯「知らなぁい」

    澪「私も…」

    紬「私も、ちょっと…」

    梓「私も聞いたことないです」

    春原「ええ、マジ? じゃ、この機会に知っておいたほうがいいよ」

    春原「部長、ラジカセまだかよ」

    律「物置にあるから、自分で取ってこい」

    春原「ちっ、気の利かねぇ奴だな」

    律「おまえのために動く道理なんかねぇよ」

    春原は物置に入っていくと、ややあってラジカセを手に戻ってきた。

    280 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:40:31.33 ID:+UZ/pLeq0
    春原「んじゃ、かけるよ」

    テープを入れ、再生ボタンを押す。
    流れてきたのは、古臭い歌謡ヒップホップ。

    朋也(ダッサ…こんなの聴かねぇだろ…)

    春原「よくない? ボンバヘッ!」

    律「ん、まぁ、なかなか…」

    唯「ノリがいいよね」

    澪「そうだな。普段、こういう曲はあんまり聞かないけど、いいかも」

    紬「うん、なんか、親しみやすいなぁ」

    梓「ちょっと古い感じしますけど…逆に新鮮でいいです」

    春原「へへ、だろ?」

    …意外と好評のようだった。

    春原「おまえら、どんどんボンバヘッコピーして、いいバンドになれよ」

    律「アホか。私たちの音楽性と違いすぎるわ」

    梓「音楽性って…それも、プロみたいでちょっと大げさな気もしますけどね」

    唯「でも、おもしろそうじゃない? ボンバヘッ時間とかやってみたらさ」

    281 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:41:47.79 ID:jpDSDOMkO
    律「んなアレンジするかよ…澪だって、歌詞思いつかないだろ、そんなんじゃ」

    澪「う~ん…頑張ればできるかも…」

    律「できるんかい…」

    唯「どんな感じ? 澪ちゃん」

    澪「うん…えっと…」

    澪「キミをみてると、いつもハートBON☆BAHE…とか…」

    静まり返る室内。

    澪「………」

    律「じゃ、練習しよっか」

    唯「そだね」

    梓「やってやるです」

    紬「頑張りましょうね」

    春原「岡崎、せんべいちょっとわけてよ」

    朋也「いいけど」

    澪「ちょっと待てぇっ!」

    282 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:42:13.64 ID:+UZ/pLeq0
    律「どうしたんだよ、澪。んな大声出しちゃって」

    澪「なんでなかったことにされてるんだよっ!」

    律「いや、だって、すげぇ微妙だったし…」

    澪「仕方ないだろぉ! 即興だったんだからっ!」

    律「にしてもなぁ…」

    澪「うぅ…じゃあ、納得できるもの書いてきてやるっ」

    澪「春原くん、後でテープダビングさせてっ!」

    春原「あ、ああ、いいけど…」

    律「澪ちゃ~ん、そこでまでしなくていいからなぁ~…」

    ―――――――――――――――――――――

    練習が始まり、俺たちは暇になる。
    今残っている茶を飲み干せば、退散を決め込むつもりだった。

    春原「う~ん…まだか…」

    春原がなにやらラジカセのアンテナをしきりに動かしていた。

    朋也「なにやってんの、おまえ」

    春原「みてわかんない? ラジオ聴こうとしてんだよ」

    283 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:43:32.82 ID:jpDSDOMkO
    朋也「いや、わかるけどさ、なんで琴吹に向けてんの」

    ちょうど、胸のあたりに照準を合わせているような…

    春原「どうせなら、ムギちゃんのおっぱいを通った電波受信したいじゃん」

    朋也「あ、そ…」

    こいつは絶対アホだ。

    春原「うぉおおおっきたきたぁっ!」

    じりじりとラジカセが音を立て始める。
    内容は、情報番組のようだった。

    春原「ちっ、なんだよ、つまんねぇチャンネルだなぁ」

    春原「せっかくムギちゃん通してんだから、ムギちゃんのおっぱい情報を事細かに伝えろよなぁ」

    朋也「琴吹の前に、どっかのおっさんを5、6回経由してきたようだな」

    春原「マジで? それ、やべぇよ」

    春原「くそぉ、知りてぇえええ! ムギちゃんのおっぱい秘話っ!!」

    がんっ

    春原「イテぇっ!」

    ドラムスティックが春原の顔面に直撃していた。

    284 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:44:04.31 ID:+UZ/pLeq0
    律「変態発言はよそでやれ、アホっ!」

    部長が投げ放った物のようだ。

    春原「顔面狙うことないだろ、クソデコっ!」

    律「黙れ、変態ヘタレ野郎っ!」

    悪口の応酬が始まる。
    平沢たちは部長を、俺は春原をなだめ、なんとか場を収めた。

    律「ったくぅ…ムギもなんとか言ってやれよぉ」

    律「こいつ、ムギにすげぇやらしいことしてたんだぜ?」

    律「セクハラだよ、セクハラ」

    春原「いや、そういうつもりじゃ…」

    春原「ちょっとしたジョークだよ。ムギちゃんなら、わかってくれるよね?」

    紬「えっと…もう少しで、立件できそうなの」

    春原「前々から準備進めてたんすかっ!?」

    律「わははは!」

    ―――――――――――――――――――――

    結局、最後まで居座ってしまい、一緒に下校することになってしまっていた。

    285 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:45:38.15 ID:jpDSDOMkO
    春原が寮に戻り、俺ひとりが女集団の中に残されたので、やはり少し離れて歩いた。
    目の前では、平沢たちが楽しげに会話をしている。
    部長と平沢がボケて、秋山と中野がつっこみを入れ、琴吹が笑う。
    役割が大体決まっているのだろうか。よく見かける構図だった。

    澪「岡崎くん」

    話がひと段落ついたのか、輪から抜けて、秋山が俺に近寄ってきた。
    他の奴らは、次の話題に移っているようだった。

    朋也「なんだ」

    澪「今ね、みんなで星座占いやってたんだけど…」

    言って、持っていた携帯に目を落とす。

    澪「よかったら、岡崎くんもやってみない?」

    朋也「俺?」

    澪「うん。興味ないかな、やっぱり…」

    少し寂しそうな顔。
    確かに、別段興味はなかったが…
    こんな顔をされては、断る気にもなれない。

    朋也「さそり座」

    澪「え?」

    286 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:45:59.63 ID:+UZ/pLeq0
    朋也「俺の星座だよ。占ってくれるんだろ」

    澪「あ…うんっ」

    表情をぱっと明るくして、携帯を操作する。

    澪「えっとね…」

    澪「今日のあなたは超絶好調☆誰にも止められない☆邪魔者はみんな叩き殺しちゃえ☆」

    澪「…ということだそうです」

    …どんな占いサイトだ。

    澪「あはは…よかったね…すごく運いいみたいだよ…」

    秋山もその結果に、とういうか、文章にうろたえているのか、声がうわずっていた。

    朋也「ああ…みたいだな。まぁ、すでに今日も後半に入ってるけどさ」

    澪「あはは…そうだね…」

    朋也「はは…」

    澪「あはは…」

    意味もなく笑う俺たち。

    澪「あの…相性占いもしてたんだけど…やってみる?」

    287 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:48:54.72 ID:jpDSDOMkO
    口直しに、とでもいうように、そう訊いてきた。

    朋也「相性って…俺と、誰を?」

    澪「誰でもいいよ。名前と、誕生日を知ってる人なら」

    澪「春原くんとか、どう?」

    朋也「いや、あいつは、俺の中でまだ顔と名前が一致してないくらいの仲だしな」

    朋也「相性なんて、どうでもいいよ」

    澪「そ、そんな他人みたいな…ひどいなぁ…あんなに仲いいのに」

    朋也「よくない」

    澪「素直じゃないんだね」

    朋也「本音だ」

    澪「あはは…そういうことにしておくね」

    澪「じゃあ、春原くん以外で、誰かいる?」

    朋也「そうだな…」

    俺の交友関係なんて、あいつを除けば、ほとんど無きに等しい。
    改めて考えてみると、俺って、かなり寂しい奴なんじゃないだろうか…。

    澪「もし、よかったら…私たちの内の誰かでもいいよ」

    288 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:49:33.45 ID:+UZ/pLeq0
    朋也「おまえでも?」

    澪「え、わ、私? 私なんかで、いいの…?」

    澪「岡崎くん、唯と仲いいし…その…相性知りたいんじゃないかなって…」

    また平沢との疑惑が持ち上がってくるのか…。
    これももう何度目だろうか。
    まぁ、今となっては、俺自身、そんなに嫌でもなかったが…

    朋也「おまえとにするよ」

    だが、露骨に俺から近寄っていくのも、何か違う気がした。
    第一、平沢は、その気がないとかつて言っていたこともあるのだ。
    だから、今のままが一番いいと思う。

    澪「…う、うん、わかった…じゃあ、私とで…」

    携帯の画面と向き合い、カチカチと入力していく。

    澪「岡崎くん、誕生日は?」

    朋也「10月30日」

    澪「10月…30…」

    俺の返答を聞くと、また画面に目を戻し、入力を始めた。

    澪「名前の、ともや、ってこの字でいいかな?」

    289 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:51:58.88 ID:LXRyRTn+0
    澪ちゃんかわええ

    290 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:52:14.75 ID:jpDSDOMkO
    画面を俺に見せてくる。

    朋也「ああ、いいよ」

    澪「えっと…朋也っと…」

    澪「血液型は?」

    朋也「A型」

    澪「Aっと…」

    澪「それじゃあ…」

    カチッと一押しする。
    最後の入力が終わったようだ。

    澪「あ…出てきた…」

    幾ばくかの間があって、そう声を上げた。

    澪「………」

    画面をじっと見つめたまま何も言わない。
    言い辛い結果だったんだろうか。

    朋也「どうだったんだ」

    澪「うん…えっと…」

    291 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:53:17.59 ID:+UZ/pLeq0
    澪「…話す内、お互い、気を許し合えることがわかります」

    澪「長年に渡って、良きパートナーとなれるでしょう…」

    澪「…って、ことなんだけど…」

    朋也「ふぅん、結構よさげじゃん」

    澪「う、うん、そうだね…」

    澪「それで…男女ペアだったから、もうひとつあるんだけど…」

    男女ペア特有の相性…それは、やっぱり…

    澪「あの…恋愛相性…なんだけど…」

    …そうなるか。

    澪「き、興味、あるかな…?」

    頬を赤らめながら訊いてくる。

    朋也「あ、ああ…まぁ、一応」

    仮にも、秋山は美人の部類である女の子だ。
    そんな奴との相性が気にならないと言ったら、それは嘘になる。

    澪「じ、じゃあ、言うよ…えっと…」

    澪「…お互いの精神的弱点を補い合い、成長できる恋愛が出来そうです」

    292 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:55:19.55 ID:jpDSDOMkO
    澪「強さと繊細さを持ち合わせた理想のカップルとなれるでしょう…」

    澪「………」

    言い終わると、口をきゅっと結び、目を泳がせながら押し黙ってしまう。

    朋也「あー…俺たち、相性いいみたいだな」

    つとめて淡白な素振りを意識して、軽い口調で言った。
    所詮アルゴリズムで弾き出された答えだ。
    気負うことはないと、そう伝えたかったからだ。

    澪「う、うん、そうだね…」

    俺の意思が通じたのか、秋山も笑顔を作ってそう返してくれた。

    澪「あの…岡崎くんってさ…」

    朋也「うん?」

    澪「えっと…」

    グサ

    下腹部に違和感。

    澪「あ…」

    朋也「…ん?」

    293 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:55:54.50 ID:+UZ/pLeq0
    秋山から視線を外し、下にさげていく。
    …股間に枝が突き刺さっていた。

    朋也(なぜ…)

    ゆっくりとその先に視線を這わせていくと、中野が呆れた顔で突っ立っていた。

    梓「まったく、ちょっと目を離すとすぐふたりっきりになろうとする…」

    梓「最低です」

    朋也「いや、まずこの枝どけろよ」

    言って、振り払う。
    が、すぐにまた戻される。

    澪「あ、梓、やめなさい」

    梓「だって、澪先輩がこのけだものに襲われてたから…」

    澪「そんなことされてないから、やめなさい」

    梓「…はい」

    しぶしぶ枝を自然に還していた。
    まぁ、ただ捨てただけなのだが。

    梓「岡崎先輩、後ろの方でこそこそといちゃつくのはやめてください」

    朋也「んなことしてねぇって」

    294 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:56:02.40 ID:OyOyvvph0
    けいおんキャラがまったく脳内再生されない

    295 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:57:34.93 ID:jpDSDOMkO
    澪「そ、そうだぞ、ただ私が話しかけて…」

    梓「澪先輩、だまされちゃだめですっ」

    澪「はうっ…」

    その迫力に気圧される秋山。

    梓「気を許させて、そこから一気に畳み掛けるつもりなんですからっ」

    梓「岡崎先輩、卑怯ですよ、こんな純情な澪先輩まで毒牙にかけようなんてっ」

    朋也「ただトークしてただけだっての…」

    梓「そんなに女の子とふたりっきりで話したいんですかっ」

    朋也「いや、俺は…」

    梓「そういうことなら…私…私が犠牲になるので、先輩たちに手を出さないでくださいっ」

    朋也「じゃあ、おまえとならいちゃついてもいいってことかよ」

    梓「な、なななっ…」

    梓「…そ、それで岡崎先輩が大人しくなるなら…我慢しますです…」

    澪「あ、梓…」

    律「おーおー、敬語が雑になるくらい動揺しちゃって…」

    296 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:58:02.00 ID:+UZ/pLeq0
    紬「あらあら、梓ちゃんったら…」

    いつの間にやら部長と琴吹も集まってきていた。

    律「まさか、梓まで攻略するなんてな…岡崎、おまえ、すげぇよっ」

    梓「ななな、なに言ってるんですかっ! そんなことされた覚えありませんっ!」

    律「だってさぁ、岡崎が他の女といちゃつくの嫌なんだろ?」

    律「それで、今、独占しようとしてたじゃん」

    梓「違いますっ! あくまで身代わりになろうとしてただけですっ!」

    律「ふぅん、身代わりねぇ…いひひ」

    梓「り、律先輩っ! 変な笑い方しないでくださいっ」

    律「いやぁ、おもしろくなってきましたなぁ、ムギさんや」

    紬「そうですねぇ、りっちゃんさん」

    梓「む、ムギ先輩までっ…」

    声「おお、すごぉいっ!」

    前方で声。この場に居合わせた全員が前を向く。

    唯「りっちゃんとトンちゃんの相性ばっちりだよっ…って、あれ?」

    297 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:58:36.41 ID:HyOn3KzCO


    …この勢いはまったく止まらないのか…

    298 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:58:59.94 ID:jpDSDOMkO
    唯「なんでみんなそんな後ろの方にいるの?」

    平沢がひとり、こちらを振り返ってきょとんとしていた。

    律「あいつは…なにとあたしの相性占ってんだよ…」

    唯「ほら、りっちゃんみてみて、トンちゃんとの相性!」

    とてとて走ってくる。

    唯「すごいフィーリングだよっ。よかったねっ」

    唯「りっちゃん、私たち全員と相性微妙だったからっ」

    律「それは言うなぁっ!」

    バックを取り、チョークスリーパーをかける。

    299 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:59:19.63 ID:+UZ/pLeq0
    唯「うわぁん、ごめんなさぁいっ」

    騒ぎ出すふたり。

    澪「…はぁ」

    秋山が俺の隣でため息をついていた。
    そういえば、中野が現れる前、なにか俺に言おうとしていたような…

    朋也「なぁ、さっきなにか言いかけてたけど、なんだったんだ」

    澪「ん? うん…いいの、なんでもない」

    朋也「あ、そ」

    澪「うん…」

    間が空いて、興がそがれてしまったんだろうか。
    何を言おうとしていたのか…少しだけ気になった。
    それは、こいつの横顔が、やたらと儚げにみえたからだろう。
    物憂げな表情も、こいつなら絵になるものだと…
    この時、俺は単純に感心していた。

    ―――――――――――――――――――――

    300 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 01:59:42.76 ID:lUITvkE60
    がんばれ~

    301 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 02:00:19.85 ID:+UZ/pLeq0
    5/1 土

    唯「ふでぺーんふっふー♪ ぐふふ」

    憂「お姉ちゃん、きのうとは別人のようにハイテンションだよね」

    唯「まぁね~。明日からは黄金週間だしね~おもいっきりだらだらするんだぁ」

    憂「でも、お父さんとお母さんが帰ってくるから、家族で出かけるんだよ?」

    憂「話、聞いてたでしょ?」

    唯「え? うん、まぁ…」

    憂「忘れちゃってた?」

    唯「いや、えっと…覚えてたよ…うん…」

    声のトーンが落ち、濁したように答えていた。

    唯「………」

    俺の顔色を窺うように、ちらりと見上げてくる。
    目が合っても、逸らそうとはしない。
    その瞳には、なにか複雑な色をたたえていた。
    …ああ、そうか。今、わかった。
    平沢は、俺を気遣ってくれているのだ。
    こいつには、うちの家庭環境を話していたから、それで。

    朋也(そういうことには敏感なんだよな、こいつは…)

    302 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 02:01:48.40 ID:jpDSDOMkO
    俺は平沢の頭に手を乗せ、ぽむぽむと軽く触れた。

    唯「…ん、なに? どうしたの?」

    朋也「いや、なんでも」

    唯「?」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    昼。

    律「ったく、なんでネタ被らせてくんだよ、ばか」

    春原「僕の方が先に食券買ってただろうがっ! おまえが加害者で、僕が被害者だっ」

    律「ごちゃごちゃうっせぇやい、りっちゃんちゃぶ台返し食らわすぞっ!」

    今回のいざこざは、ふたりが同じメニューを購入してきたことに端を発していた。
    部長は普段、弁当食なのだが、気分を変えたかったらしく、今日は学食を利用していたのだ。

    春原「んな言いにくい技、僕には通用しねぇってのっ」

    律「なんだとぉ! じゃあ、食らわせてやるよっ」

    腕まくりする部長。

    303 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 02:03:25.90 ID:jpDSDOMkO
    律「死んでからあの世で後悔するんだなっ」

    唯「まぁまぁ、落ち着きなよ」

    平沢が肩にぽん、と手を乗せる。

    唯「おんなじもの選ぶってことは、それだけ気が合うってことだよ。だから、仲良くしなきゃだめだよ?」

    律「気も合わないし、仲良くもしねぇってのっ。あんまりおぞましいこと言うなよなぁ」

    律「こんなヘタレなんかと一緒にされた日にゃ、くそ夢見悪ぃよ」

    春原「あんだとっ! てめぇ、あとで便所裏こいやぁっ!」

    朋也「それが男子便のことを指すなら、裏は女子便ってことになるな」

    春原「えぇ? それ、マジ?」

    そのつもりで言っていたようだ。

    律「なんてとこ呼び出そうとしてんだ、この変態っ!」

    春原「ち、ちが…そ、そうだ…体育館裏こいやぁっ!」

    朋也「告白でもするのか? あそこ、告りスポットで有名だぞ」

    春原「マジかよっ!?」

    律「うわ…勘弁してよ…」

    304 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 02:03:57.04 ID:+UZ/pLeq0
    春原「くそ、勘違いするなよ…えっと…えっと…」

    朋也「校庭に生えてるでかい樹の下でいいんじゃないか。なんか伝説あるみたいだし」

    春原「そ、そうか…じゃあ…」

    春原「校庭にある伝説の樹の下までこいやぁっ!」

    朋也「敬語のほうが丁寧で印象もよくなるし、来てくれる確率もあがるんじゃないか」

    春原「そ、そっか、じゃあ…」

    春原「校庭にある伝説の樹の下まで来てくださいっ!」

    春原「って、こっちの方が告ろうとしてるようにみえるだろっ!」

    朋也「成功したら、次は実家に呼び出せよっ」

    ぐっと親指を立ててみせる。

    春原「なんだよそのさわやかさはっ! つーか、展開早ぇよっ!」

    律「最低…そんな目であたしをみてたんだ…キショ…」

    春原「あ、てめぇ、勘違いすんなよ、こらっ!」

    唯「春原くん、大胆だねっ」

    春原「ああ? だから、違うって言ってん…」

    305 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 02:04:34.82 ID:+UZ/pLeq0
    紬「頑張って、春原くんっ」

    春原「って、え゛ぇえっ!? ムギちゃんまで…」

    朋也「よかったじゃん、追い風吹いてるぞ。本人には拒否されてるけど」

    春原「岡崎、頼むからもうおまえは喋らないでくれ…」

    ―――――――――――――――――――――

    ………。

    ―――――――――――――――――――――

    放課後。

    紬「あの…ちょっとみんなに見てもらいたいものがあるんだけど…」

    いつものように茶をすすっていると、琴吹がおもむろに口を開いた。

    春原「うん? なにかな? もしかして、おっぱ…」

    律「黙れ、変態っ」

    ぽかっ

    春原「ってぇな…」

    律「それで、ムギ、なに? みせたいものってさ」

    306 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 02:06:14.65 ID:jpDSDOMkO
    紬「うん…マンボウ改、なんだけど…」

    律「マ、マンボウ改…?」

    唯「ムギちゃん、なに、それ?」

    紬「ほら、一年生の時に、クリスマスパーティーやったじゃない?」

    紬「あの時、一発芸で私が披露した、あれの改良版なの」

    唯「あ、ああ、なるほどねぇ~…」

    澪「あ、あれか…」

    とすると、二年前のことなんだろう。
    俺と春原にはさっぱりわからない話だった。

    梓「なんなんです? マンボウって」

    …ああ、こいつもか。

    澪「いや、口じゃちょっと説明しづらいっていうかだな…」

    梓「そうなんですか?」

    澪「ああ…」

    律「しっかし、なんでまたそんなものを…」

    紬「鏡みてたら、急に思い出しちゃって…」

    307 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 02:06:34.38 ID:+UZ/pLeq0
    紬「それで、ひとりで思い出し笑いしてたら、新しい案が閃いちゃったの」

    紬「で、完成型を今日みんなにみせるために、98429回は素振りしてきたのよ」

    澪「す、素振りって、マンボウをか…?」

    律「しかも、その回数かよ…」

    唯「すごいポテンシャルを持ってるね…さすがムギちゃんだよ…」

    紬「あ、ごめんなさい。そのくだりは嘘なの」

    ずるぅっ!

    天使のような笑顔で言われ、みな転けていた。

    律「あ、そですか…」

    紬「でも、マンボウ改が生まれたのは本当よ。みてくれるかな…?」

    春原「僕は喜んで見るよっ」

    紬「ほんとに?」

    春原「うん。めちゃみたいよっ」

    梓「私も興味あります」

    唯「わ、私もあるかなぁ~…あはは~…」

    308 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 02:08:04.65 ID:jpDSDOMkO
    澪「そ、そうだな、ある意味見てみたいかも…」

    律「ほどほどにな、ムギ…」

    紬「それじゃあ…」

    ステージに登るようにして、俺たちの前に立つ。
    目を閉じて、一度深呼吸…
    腹を決めたのか、かっと見開いた。

    紬「マンボウのマネっ」

    口の中いっぱいに空気を含み、頬を膨らませ、手でヒレの部分を再現していた。
    シュールだ…

    朋也(つーか…)

    …顔がおもしろい。

    梓「え…」

    春原「はは…」

    初見のこのふたりも、ある種ぶっ飛んだこのネタについていけていないようだった。

    紬「…改っ!」

    叫び、手で虎爪を作って腕をひねらせながら前に突き出した。
    そこで動きを止め、微動だにしなくなった。
    どうやら、ここで終わりのようだ。

    309 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 02:08:30.27 ID:+UZ/pLeq0
    ………。
    皆、唖然とした表情で、口をあけてぽかんとしていた。

    律「ムギ、今のは…?」

    紬「威嚇よ」

    体勢を元に戻し、一仕事やりとげたいい顔でそう答えた。

    律「い、威嚇…」

    澪「マンボウって威嚇するのか…?」

    唯「っていうか、攻撃してたよね?」

    律「ああ、こう、腕が敵にめり込んでたっていうかさ…」

    律「マンボウの面影がまったく残ってない攻撃方法だったよな」

    梓「絶対あのマンボウは生態系の頂点にいると思います」

    次々にダメ出しされていく。

    紬「…ダメ、だったかな…」

    顔を伏せ、しょぼくれる琴吹。

    春原「さ、最高だったよ、ムギちゃんっ!」

    春原の苦し紛れの賛辞が飛ぶ。

    310 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 02:09:49.78 ID:jpDSDOMkO
    律「あ、ああ、言うほど悪くなかったぞ、ムギっ」

    澪「う、うん、再現度高かったぞっ」

    唯「だよね、一瞬マンボウが陸で二足歩行してるのかと思っちゃったよっ」

    梓「す、すごくハイレベルな芸でしたよ。二発目以降も十分ウケると思いますですっ」

    それに続き、部員たちのフォローが入る。

    紬「…よかったぁ♪」

    その甲斐あってか、もとの明るい表情を取り戻していた。

    紬「じゃあ、アンコールにこたえて、もう一回…」

    律「い、いや、もういいよっ」

    律「…っていうか、アンコールしてないし…」

    小声で言う。

    澪「そんなに連続してやったら、ムギの体がもたないだろ?」

    澪「休憩したほうがいいぞ、うん」

    紬「そう…?」

    唯「アンコールには、りっちゃんが代わりにこたえてくれるんだって」

    311 名前:VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 02:10:19.51