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唯「ヒカリだよ澪ちゃん」澪「ああ……眩しいな」

  1. 名前: 管理人 2010/10/09(土) 23:21:35
    3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 17:30:58.24
    律「おっしゃー!!卒業式も無事終わったし久しぶり&最後の演奏しようぜ!!」

    梓「ぐす…みなさんとお別れしたく……ないです」

    紬「うん…でも、すぐに会えるわよ!!だから梓ちゃん泣かないで」

    唯「そうだよ!!またこのメンバーで絶対バンドやろ!ね?あずにゃん」

    梓「唯先輩……うぅ、うわ~~~ん!!!!」

    唯「あーずにゃん♪」

    だきっ

    梓「いつもくっついてきていいですから……卒業しないでください!うぅ…ぐすっ」


    4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 17:32:52.62
    澪「・・・」

    律「んー?澪ーどうしたのかにゃ~?」

    澪「別になんでもない。ほら、みんなこの後もクラスの予定がつまってるんだし演奏するんならするぞ?」

    律「目元が光ってるけど~」

    唯「ヒカリだよ澪ちゃん、目元キラキラだよ!!」

    澪「うっうるさい!これは汗だ!!」

    律「ウサちゃんみたいにおめめが真っ赤だぞ~?」

    澪「いやその…寝不足で充血しているだけだ!!私たちに最後なんてないんだから泣く理由もないだろ!?」

    律「へいへいそーゆーことにしときますよ」

    6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 17:40:21.06
    さわ子「ほらちゃちゃっと演奏しちゃいなさい!私はこの後のパーチーが待ち遠しいのよ!」

    紬「うふふ♪じゃあ準備はいい?」

    唯「うん!」

    梓「ぐすぅ…はい!演奏しましょう!」

    澪「それじゃー律!!カウントよろしくな!」

    律「リョーカイ!二曲続けていくぞ~!!1.2.3.4!!」



    ジャーーン!!!!

    8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 17:46:03.96
     そして、ふわふわ時間の演奏が終わった。


     私だけの世界がまばゆいヒカリに包み込まれる。静寂の後、溢れんばかりの歓声がそこかしこから聞こえた。それが酷く哀愁を誘うのはどうしてだろう。
     いつも歌い終わるとあの日、あの場所を鮮明に思い出す。それでも歌い続ける――私は理想を求めて歌い続ける。それが歪んでいるとしても、間違っているとしても果てのない理想を描く。
     関係者から賛辞の言葉をかけられその一つ一つに感謝を告げた。しかしもてはやされるたび不完全な自分がふがいなくなる。
     上辺だけを取り繕っている私は絵のない絵本と同じような存在ではないだろうか。
     控え室にたどり着き束の間の休息を味わう。スケジュール帳は憂鬱になるほど先の月まで黒く塗りつぶされている。
     またその全てがまだ起きていない出来事なのに何が起こるかわかる規定項目のため私を疲弊させた。こんな生活を続けていれば誰だってそうであろう。
     レコーディング、番組出演、ライブ、どれだけ繰り返したかもわからないほど業界慣れした自分が嫌だ。はるかに充実しているはずの今が私の中で過去を越えることは二度とないのだろうか。

    9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 17:50:11.72
    「なにやってんだかな」
     一人呟いてチラシに目を通す。

     秋山澪全国ツアー――

     それ以上先を読む気にはなれなかった。大学卒業と同時にデビュー、一気に音楽界を駆け上がり今の地位を不動のものとした。
     もっとも、ここに至るまでは作詞だけでなく作曲も自ら行うシンガーソングライターとして精力的に活動した軌跡があるのだが、それは語るほどのものではない。
     そう、私個人の軌跡などあってないようなものだ。いや、この軌跡の始まりが私の中から消えてしまった、それだけである。
     高校時代から使い続けている携帯電話を取り出すと懐かしい人物たちからメールが届いていた。

    10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 17:52:27.66
    From琴吹 紬
    件名:お疲れさま♪
    ライブ楽しかったわ!
    実はこっそり来ちゃいました♪
    次は軽音部のみんなで観に行けたらいいなぁ☆
    また連絡します。疲れているときにごめんね。

    From山中 さわ子
    件名:無題
    お疲れさん!
    こないだテレビで見たけど随分辛気臭い顔してたわよ~?
    たまには息抜きで学校きて頂戴!
    きっと部活の後輩も喜ぶわ!
    なんたってアイドル顔負けのルックスに大御所も認める
    実力派シンガーソングライターの澪ちゃんが先輩なんだもん!
    あ、でもその時は澪ちゃんの恥ずかしい高校時代……

    いえ、お楽しみは取っておきましょう。それじゃまた!

    12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 17:53:12.06
    「ムギのやつ、連絡してくれればよかったのに。まったくいつまで経っても気づかいする奴だな。ふふ、それに先生も相変わらずみたいだ。そうだな、休みができたら久しぶりに」

     そう言いかけ口を噤んだ。いや、それは出来ない。あの場所には戻れない。馬鹿だ、大馬鹿だ。私がここにいるのは私が頑張ったからじゃない。みんながいたから、何よりあいつが音楽を教えてくれたからなのに。
     自問自答を繰り返し、得られぬ答えを求め彷徨ううちに涙が溢れる。いつもそう、私はすぐ泣く。

     あのときに戻りたいよ。

     あいつが例のごとく前触れなく持ちこんできたきっかけから全てが途切れたあの日までがフラッシュバックした。

    「律」

     虚空に答えを求めても自分自身の存在価値に等しい虚構のみが返ってきた。

    13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 17:59:26.54
     こんなことを繰り返す度自分の弱さに挫けあいつとの出来事が胸を締め付ける。自分を信じてこの道を選び未来を決めた。
     そして描いた未来を駆け抜けているのに手にしたものは孤独のみだった。それでも引き返したくないと思った、あいつが私を信じてくれていたから……。
     ライブの打ち上げもそこそこにさせてもらい帰宅して自室のベッドに倒れこむ。そしてシンセサイザーを弾く。このシンセサイザーはムギが譲ってくれたものである。
    「もう弾くこともないから」――この一言と共にムギからシンセを貰った日を思い出した。
     こんなズタボロの私が弾いても綺麗な音を奏でてくれる鍵盤楽器、設定と叩く場所さえ間違えなければ平等に音を生み出してくれるシンセサイザーは今の私にピッタリだ。
     視線を部屋の片隅に移すと担い手のいなくなったほこりまみれのベースが立てかけられている。
     あの日以来触れていないベースは今の私が弾いても不細工な音しか吐き出さないだろう。それはメンテナンスをしていないからではなく、演奏者の心理状態が楽器の音に伝わるからだ。苦楽を共にしたベースは今の私をどう思っているのか。
     シンセで作曲作業を進め浮かび上がったメロディを楽譜におこす。もう数え切れないほどの曲を生み出しそれらはもれなく名曲として多方面から評価された。
     不思議なものでこれほど作詞作曲を続けているというのに未だ源泉のようにメロディやフレーズがあふれ出してくる。しかし、枯渇することのない何百もの虚像が軽音部で生み出した数曲にまさったことは一度もない。

    14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 18:02:39.84
    「才能ないよなぁ」
     そんな歌に気持ちが入らず、こうテレビで言ったこともあった。けれど「澪ちゃんに才能がないって言ったら他の歌手は引退しなきゃヤバイでしょ!」と返されて以来言わないことにした。
     私が思う才能は世間が認知している才能と感覚的に差異があるのだ。そうでなければこのない知恵から生まれる幾多の有象無象が名曲と騒がれるはずはない。矛盾。

    「……」

     “澪のセンスは独特だよな”

     よく言われたな。あの日あの時、毎日毎日だらだらと目的も定まらず与えられた学生というモラトリアムな生活を繰り返していたあの頃が懐かしい。
     青く燈るシンセサイザーの真空管を眺めているうち、私はいつの間にか眠りに落ちていた。

    15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 18:04:04.50
    「桜高軽音部のメンバーでライブをする?」
     近所の喫茶店に懐かしいメンバーが揃っていた。個人個人とは卒業以来も欠かさず会っていたけどこうしてみんなが集まる機会は今までなかった。
    「そ、ライブライブ!! ほらぁ、もう放課後ティータイムとして申込も済んでるし!!」
     高校時代と変わらぬテンションで軽音部の部員をかき集めた部長田井中律がこれまたあの時と変わらぬ突拍子もない企画を持ち込んできた。
    「あのなぁ……しかも二週間後じゃないか。そんな急に言われても予定が」
     律の“予定? その日は予定ないだろ?”の表情にピンとくる。
    「あら、この日はりっちゃんが買い物に行こうって」
     いつも通りふわふわなムギの台詞に私の直感が自信に変わり、
    「わたしもこの日はりっちゃんが遊びにくるって」
     これまたいつも通りな唯の言葉で確信に変わった。
    「お前あらかじめ私たち全員と約束取り付けてたな?」
    「ビンゴー! ライブしようっていきなし言ってビックリさせよう作戦大成功!!」
     まったくこいつは。聞けばすでに梓への連絡も済んでいるらしい。

    17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 18:08:00.79
    「梓はうちらだけで演奏しているとこが見たいから今回は客席から見てるってさ!」
     今回ということは次回もあるのだろう。幼馴染の考えることなのでなんとなくそんな気はしていたが。
    「りっちゃんそれにしてもどうして急にライブしようなんて?」
     大学進学後もサークルでバンド活動を続けている唯が私たちの思いを代弁した。そう、卒業して既に二年以上経っているというのに何故今になってこんなことを言い出したのだろうか。
    「うちらはいずれ武道館でライブするんだろ!? その下準備だよ!!! 二週間後のライブで放課後ティータイムは本格的にバンドとして活動再開します!!」
     拳に力を込めどこぞの宗教者のように高らかな宣言を行う。カチューシャを外して髪を下ろしている以外はあの時と何も変わっていない律であった。

    18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 18:09:35.36
     こうして合わせて練習できるのが本番前のリハーサルのみという無謀極まりないライブが決定した。とは言っても高校時代に嫌というほど演奏した楽曲だけなので今更合わせ練習する必要はないはずだ。
     もちろん全員が当時と同じように演奏できればの話であるが、唯と私に関してはそれも問題ない。前述の通り唯は大学でもバンド活動を続けているし私もベースは弾き続けている。
     心配な人間が若干一名いるのだが意外に弱音を吐露したのはムギだった。
    「足を引っ張らないように今日から練習しなきゃなあ」
     ムギは高校卒業後鍵盤に触れていないらしかった。まあムギならブランクも感じさせない演奏がすぐできるだろう。問題は企画者でありドラムであるこいつだ。
    「なあ津、やるのは別に構わないんだが……お前は大丈夫なのか?」
     律から卒業以来ドラムを叩いたと聞いた覚えはない。いや、もとより律がバンドの話をしたのも久しぶりな気がする。しかしそんな心配を知ってか知らずか、
    「よゆーよゆー。ドラムなんてテキトーに叩いてりゃそれなりに聴こえるもんだぜー?」
     となんとも失敗する雰囲気満々の空気を垂れ流していた。
    「んじゃー各自しっかり自主練するよーに!!」
     そして律の一言によりこの日は解散となった。

    20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 18:14:35.25
     律が高校野球の選手宣誓に負けない芯の通った声で放課後ティータイムの再始動を発表してから一週間が経った。ライブを控えた私たちはただ今スタジオで練習中である。
    「う~ん、なんかあの頃と違う気が」
     さすがにぶっつけ本番はリスキーだと判断したのか、律がスタジオを借りて練習しようと言い出したからだ。
    「仕方ないだろ、それにいつまでも同じ演奏してたら成長してないってことだし」
     律の納得いかないなーといった不満を受け流す。まあムギや唯が加わればもう少し変わった印象を持つだろう。
    「あーあ、唯とムギが来られないなんて誤算だったぜー」
     三日前に“スタジオ取ったよー”と言われて“やったー行く行く!”と二つ返事が出来るのは一緒にいた高校までだ。唯とムギはそれぞれ私用により不参加のため現在このスタジオにいるのは私と律、そして、
    「だから早く連絡しない律先輩がいけないってあれほど言ったじゃないですか」
     呆れてものが言えないとはこのことだと一年後輩のギター中野梓が律に苦言を呈した。
     ギターもキーボードもいない淋しいバンド練習を回避するべく律が取った行動が梓召喚だ。梓が暇だったからいいものをもし駄目だったらどうしたのだろうな。まさかとは思うが憂ちゃんを拉致してくるとかわめき散らしていたかもしれない。

    22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 18:19:19.85
    「でも驚きました。律先輩リズムキープがかなり正確になりましたね!」
     どこで覚えたのか梓が飴と鞭を使い分けている。律は自分のセンスの良さ、無限の可能性とやらを騒いでいるが確かにリズムキープが正確でビックリしたのは同感だ。これは才能でも何でもなく努力の賜物だろう。
     つまり何も言わなかっただけで律もドラムの練習は欠かさず行っていたということだ。
    「さ、梓にも悪いしどんどん練習するぞ」
    「えー休憩短いー」
     ムギのお菓子がないとやる気出ないだドラムの据わりが悪いだああだこうだ言い出した。高校からお前は何も変わってないのか。
    「律、もうあの時みたいに時間がたくさんないんだ」
     私の意見に梓も同調してくれる。
    「そうですよ! 久しぶりに先輩たちのライブ見てガッカリしたくないんでちゃんと練習しましょう!!」
     梓がライブを楽しみにしていると聞いていたが、この言葉を聞けばそれが嘘偽りのない気持ちなのだと理解できた。
    「わーってるってー。言ってみただけじゃんかよー」
     ぶつぶつ言いながらも律はスティックを握りなおした。梓の期待を裏切ることは先輩としてできないもんな。私も立てかけていたベースを手に取る。
    「それじゃあ、わたしの恋はホッチキスでいいですか?」
     梓の確認に律が答える。
    「おう! この曲サビ後のキーボードソロが綺麗なんだよな~」
     知っての通り今の私たちはギター、ベース、ドラムの最小編成バンドでありキーボードの音は鳴らすことが出来ない。
    「まあ本番ムギのキーボードを聴くまで完成版はお預けって事だな」
     ムギも練習しているし私たちも頑張ろうと付け加えて律に視線を送る。
    「うっし、んじゃやるか!」
     律がスティックを打ち鳴らしイントロのドラムを叩いた。

    23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 18:24:16.62
     スタジオでの練習を終えた私たちはファミレスで夕食をとっていた。一通りの曲を弾き終えた個人的感想は思ったより悪いものではなかった。正直律のドラムが相当に心配だったのでこれが杞憂に終わったことが大きい。
    「ふー、良い練習になったぜー」
    「律の口から出るといささか不思議なフレーズだな」
    「ぶー澪それは私にたいする侮辱ダー!!」
     頬を膨らませ断固抗議するなどと言っている。
    「あはは、先輩たちはいくつになっても変わりませんね」
     すっかり落ち着いた印象になった梓にあまり嬉しくないことを言われてしまった。変わってないかな、やっぱり。
    「先輩たちの関係はずっとそのままですね」
    「まー変われっていまさら言われてもなー!」
     そうこう言いながら梓にちょっかいを出している律を見ると、懐かしい高校時代を思い出さずにはいられなかった。
     時間も押していたので今日の活動はこのまま終了となり梓と別れた私たちは電車内で二人きりになった。ちょっと律に聞きたいことがあったのでこの機会を利用するか。
    「なあ律、今日はやたら私の演奏してる姿見ていたけどどっか変わってたか?」
     本人が意識していたかどうかは知らないが、律は私を一日中見ていた。
     いつも一緒に演奏していただけあって、おかしいところがあれば律はすぐに気付くだろうから私の意識していない部分でおかしい箇所があれば是非とも提言してもらいたい。
     ところが律は意外なことを言う。
    「いやーその久しぶりに澪の演奏見てたらさ、やっぱうまいなぁとか思って……見惚れてた!!」

    24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 18:28:29.83
     まさか律がこんなことを言う日がくるとは。明日は雪かあるいは槍が降ってきても不思議ではない。しかし本人が気恥ずかしそうにしているのでそんなことは言わない。いや、今の私じゃ言えないだろう。
    「バッ馬鹿なこと言うなよ!! いつも一緒に演奏していて何をいまさら」
     顔が瞬間的に沸点まで上がったお湯のように熱くなっている。きっと人様にはとてもじゃないけど見せられない顔色と表情になっているだろう。
    「そっそうなんだけどさ、やっぱ毎日一緒にやってると気付かないもんじゃん!? 澪も梓も……ムギや唯だってみんなスッゴイ上手かったんだよな」
     この表情から律が何を考えているのか読み取ることはできない。真面目に話しているのはわかるけど、そんな真剣に話すような内容だろうか。
    「確かにな。ムギはキーボードソロで高速トロルもお手の物だし梓もキャリア長いだけあってテクニックあるし唯も音感が抜群に良いし」
     だろーと私の言葉に肯定と笑顔の返答をよこす律は続けて、
    「やっぱ私たちは恵まれていたんだな」
     三年間の出来事を全て思い出して一言に集約するかのような口調で言った。そしてすぐにいつも通りの律に戻り、
    「だからこそさ、武道館はおいおいとしてもインディーズとして結構イイ線までやれると思うんだよ! そんでいずれはメジャーデビュー!!」
     軽音部が始動したあの日みたいな顔して私たちの未来を描いていた。まったくどこまで本気なんだか。でもこのメンバーでバンドを続けていきたい。
     それは、きっとムギや唯や梓も同じように思っているだろうし、何より律がいればずっと一緒にいられると思った。

     通いなれた道を久しぶりに律と歩いた私は、当日のライブを心待ちにしながら帰宅した。

    25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 18:36:37.83
     カーテンから弱々しい光が差し込む。一日の始まりが終わりの見えないエンドレスリピートを私に告げるのはなんという皮肉なのだろうか。
    「そうか、曲作ってる内に寝ちゃっていたのか」
     朝刊をポストから引っ張り出しテレビを点けるとそこには昨日の私が映っていた。
     ライブを終えファンに感謝を告げる自分自身を見つめる……ファンがいるのは嬉しいしありがたいけど、意味も無く生み出した歌に感動されるたび、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

     澪さんの歌をいつも聴いて会社へ出勤しています。

     澪ちゃんの歌のお陰で病気と戦おうと思えました。

     あなたの歌が引きこもっていた娘に希望を与えてくれました。

     ごめんなさい。私の歌はどれもこれも上辺だけ飾った役に立たない音の羅列なんです……。いつかあの頃みたいに……純粋に歌を作ることが出来たらそのときはファンの人たちに真っ先に聴いてほしい。
     思ってもいないことを発信し続けるテレビを消した私はシャワーを浴びて歌手秋山澪として今日も一日過ごすこととなる。疲れている自分を朝から実感した。
     歌番組の収録を終えたがすぐに帰れるわけでもない。今日も関係者や出演者から食事や電話番号交換希望の嵐だ。特に男性アイドルの接触方法の多くが陰湿でウンザリする。
     恋人などという存在がいたことはない。寄り付く男性はみな私の外面だけを見ている。今まで体の関係を迫る欲にまみれた地位ある存在を何度も振り払ってきた。馬鹿げている。売れるためにどうして体を弄ばれなければならないのだ。
     こんな状態がデビュー以来続き一時たりとも気の抜けない私がニュートラルになるのは自宅で寝ているときだけである。

    26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 18:47:02.72
     幸い事務所の社長が良くしてくれているのでスキャンダルに巻き込まれたり脅迫まがいの誘いを受けたりしたことはないが、それも歌手秋山澪としてのブランドイメージを損なわないための戦略なのだから私としては複雑な思いだ。
     不本意であるが歌ではなく容姿がビジネスとして使われている。写真集やエッセイなどの企画は全て突っぱねたがそれでも雑誌の表紙やインタビューなどでその容姿を大いに利用された。
     “恨むなら美しい自分の容姿を恨め”と社長に言われ、付け加えて素晴らしい作品を生み出しても世の中は可愛く綺麗なものを応援するのだと投げかけられた。
     完全に当て付けである。ありきたりな例えだが、名も知れぬ誰が作ったともわからない様々な作品が今も人々から愛されている理由は単純に美しいから、それが素敵だからである。つまり私の歌はその程度なのだ。
     どんなにもてはやされ名曲と言われようが所詮は“アイドルより可愛いシンガーソングライターが作った”という付加価値が付随されて輝いているだけである。先述した社長の言葉は私にはこう解釈でき、それがたまらなく悔しかった。
     自分でわかっていることとはいえ他人に見透かされるのは良い気分じゃない。

    27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 18:56:06.18
     夕闇に包まれた時間に昼食を済ませレコーディングスタジオへ足を運ぶ。私にとって最も自由に行動できる場所であり、最も息苦しい場所である。いくら納得していない不完全な存在とはいえ自分で作った曲を形にする作業は楽しかった。
     どこに行っても同じ赤いラインの入ったヘッドホンを耳にかけた私はガラクタに命を吹き込む魔女のように歌声を紡いでいく。
     もう良いのか悪いのかもわからなくなるほど歌った後OKサインが発令され一時休憩と相成った。
     結局今日も同じ事を繰り返して気が付けば時計の針が一番高いところに揃っている。既知感……前にも同じようなことがあった気がする。こんな生活がもう何年も続いているんだからデジャヴにも慣れてしまった。
     そう、実際に前もその前も同じことを繰り返し続けているのだ。人が輪廻に囚われているとすれば、私は延々にこの繰返しをしなければならないのだろうか。
     もしそうなら過去の自分や軽音部のみんなは今の秋山澪に辟易していることだろうな。

    29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 19:05:09.32
     狭いライブハウスに歓声がこだまする。唯のギターもムギのキーボードも律のドラムもいつになく快調で放課後ティータイムは久しぶりだと思えない一体感に包まれていた。
     そしてカレーのちライス、ふでペン~ボールペン~の二曲終えたところでメンバー紹介をすることになった。
    「えーっと、改めましてこんにちはー。元桜高軽音部の放課後ティータイムでーす!」
     唯が軽音部のあらましを簡単に説明しメンバー紹介を始める。
    「まずはベース! 作詞もやって歌えちゃう~秋山澪ーー!!」
     盛り上げるのは苦手であるが適当にベースを鳴らし歓声に答える。
    「キーボード!! ムギちゃんの作曲は世界一ィィィ琴吹紬~~!!」
     和音を使って笑顔を振りまくムギ。
    「ドラムー!! 頼りないけど我等がリーダー田井中律ーー!!」
     ドラムを一叩きした後頼りないは余計だー! と律が絶叫するとライブハウスは笑い声に包まれた。
    「そしてギター! 澪ちゃんと一緒にボーカルもやる平沢唯でーす!」
     いつの間に覚えたのかテクニック満天のギターソロで自己紹介をする唯。
     その後“それでは平沢唯と愉快な仲間達の演奏をお聴きください”なんて言うから再び律に突っ込まれていた。それにしても唯がこれほどMC上手になっているとは思わなかったな。やっぱり変わっていないようで変わっているんだなみんな。

    31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 19:12:37.57
     当日のライブは梓先導の元リハーサルから本番前までてんてこ舞いであった。律の手際の悪さはできれば唯のMCと一緒に変わっていて欲しかったものだ。そんな梓は憂ちゃんや友達と一緒に私たちの演奏を聴いてくれている。
     さらに先生をはじめ高校時代の友人やら文化祭で軽音部を知った人間やら現軽音部の後輩やら、どこから人を集めたんだと言いたくなるほどライブハウスは人であふれ満員御礼となった。
     他バンドのお客さんもいるだろうけど無名バンドの集まりでこれほど満員になることも珍しい。
    「では次の曲、わたしの恋はホッチキス!!!」
     律のドラムからイントロがはじまった。よどみないギターの旋律、美しいキーボードの音色、そして安定した私と律のリズム隊。
     チームワークは前々から悪くないと思っていたが演奏に関しては褒められるレベルになかった私たち……それが明らかにレベルアップしている。それこそ人様に聴かせて恥ずかしくないレベルにまでだ。
     メジャーデビューの野望もあながち不可能じゃないのかな。律の生き生きとした表情を横目で盗んだ私はそんなことを思いながら唯と一緒に歌い続けた。

    33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 19:17:55.96
     スタッフの声で目を覚ます。どうやらうたた寝していたらしい。顔を洗いコーヒーを口にする。まだまだレコーディングは終わらない。次のチェック項目の修正に取り掛かりながら夢を思い出す。
    「あの時のライブは本当にうまくいったよな」
     今でも鮮明な記憶である再活動ライブはまるで昨日のことのようだ。全員そろって演奏するのは卒業して以来はじめてだった。バンドとしての記念日というよりもみんなで集まって演奏ができた日、それが大事だったのかもしれない。
     あまり感傷に浸ると泣きたくなる。曲作りに専念するため自分の雑念を振り払った。
     それにしても毎回毎回同じような曲ばかり作っている気がする。しかしそれでも世間が満足してくれるから複雑だ。
     そんなことを考えながらタクシーに揺られていた私はいつもの感情になっていた。レコーディングが私にとって息苦しいのはこの感情によるところが大きい。収録が終わるたび自分の楽曲に自信が持てなくなる。

    34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 19:21:23.24
     こんな完成度の曲を出していいものかと必ず迷い、そしてそんな気持ちで出した曲がファンに愛されていく。これはなんといえばいいのだろうか。矛盾、無矛盾?

     結局、私はルックスだけで売れているのかな。

     一番認めたくない事実が重たくのしかかる。見た目なんてあと五年もしないうちに役立たずになるのに、そうしたらどうすればいいのかわからない。
     世間は私を相手にしなくなりミリオンセラーは忘れ去られるのだろうか。想像すると恐くなった。そのときがいつかくる。私が評価されていたのか私の曲が評価されていたのか。
     あれだけ否定していたのに、後述の理由でもてはやされているとは到底思えない。こんな生活を続ける意味があるのだろうか。
     そんなただぼんやりとした不安を感じた私は、家にたどり着くなりやり場のない気持ちを酒にぶちまけ、そのまま着替えもせず泥のように眠ることとなった。

    35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 19:31:18.60
    「これはあくまで復帰の第一歩だからな! 私たちは今までにないバンドとして音楽業界を席巻するんだから!!」
    「りっちゃん! やっぱりみんなと演奏するのが一番楽しい!!」
     律の目標についていくと受け取れる唯の言葉がとても嬉しかった。
     ライブ後の打ち上げで律が絶対CD発売しちゃると威勢よく言い出したことに堰を切り、ムギや梓も酒の力か本人たちの本心か放課後ティータイムとして活動していくことを誓った。私はというと、
    「澪―お前には選択権ないからな!! あってもYesかはいで選べよ!!」
     なんて律に言われた以上肯定するしかない。でも今日の演奏ならもっともっとたくさんの人たちに聴いてもらいたいと思えたので、さらに練習して足を引っ張らないようにしないといけないな。
    「じゃあこれからはちゃんと事前に連絡するし、みんなでできる限り練習しようぜ!!」
    「わー律先輩がリーダーっぽいです!!」
     忌憚なき梓の意見にヘッドロックで答える律。
    「うふふ、そうしたらみんなで会うときはお茶くらい持っていかないとね♪」
     律と梓のやり取りを見て部室の風景を思い出したのか、ムギが懐かしむように言った。

    37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 19:39:24.28
     こうしてこの日から私たち放課後ティータイムは高校時代と比べ物にならないほどのやる気でバンドをはじめたのだ。新しい曲も数曲作り既存曲も今のレベルに合わせてリテイクした。
     ライブ活動も精力的に行い様々なバンドと交友を深め、それがさらなる創作意欲につながりバンドは急成長した。そしてチャンスが廻ってきた。
     ある日のスタジオ練習。ムギが会社のツテからバンドオーディションへ応募したと私たちに伝える。
    「おーでぃしょん?」
     相変わらず天然な唯にムギが答える。
    「ええ。オリジナル曲も増えてきたしお客さんもファンの人がけっこういるし、そろそろオーディションに参加してみようかなって」
     最近はライブも身内以外のお客さんが少しずつ混じりインディーズレーベルが問い合わせてくることもあった。確かにそろそろ一つ上に挑戦してみる時期なのかもしれない。
    「ムギ! ナイスだぜ!!」
     律がリーダーの割にあまりまとめ役をしていないのは高校から現在まで変わっていない。逆にそれで安心なのもアレだが。
    「もちろんコネとか人脈とかは一切ないけど、私たちなら大丈夫よ!!」
     ムギが自らを含めみんなにハッパをかけると梓が当たり前ですと自信をのぞかせた。もちろんその自信はここにいる人間なら誰もが断言できる事実である。放課後ティータイムはもうそこいらのお遊びバンドではなく本気で上を目指しているバンドなのだ。
     オーディションに向けみんなのモチベーションは最高潮に達していった。

    38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 19:45:41.11
     夢、最近昔を思い出すことが多いな。雨が降りしきる都会の朝は重い空気をまとっている。あの毎日が一生懸命だった頃から全てが終わった日までが雨に流されているように感じた。
     深酒が祟り頭を抱えながらシャワーを浴び今日の予定を思い出し反芻するが結局いつも通りの一日である。こんな人生は何もしていない廃人と同じじゃないのか。
     そう思いつつも立ち止まった瞬間足場が崩れ二度とそこから這い出して来られなくなりそうなので私は今日も歌う。いつの間にか希望というヒカリは消えうせていた。
     ゲスト出演のラジオ収録を終えた私は現在雑誌記事のインタビューを受けている。
    「なるほど、では今後もしかするとバンド結成とか?」
     音楽ルーツの話となり対談者にこんなことを聞かれた。当然私は、
    「それはないですね、一人が好きなんで」
     嘘と本当が半々の答えを口にする。バンドを結成することはあり得ないしバンドに入ることも二度とないだろう。この部分までは本当だ。嘘は後半の一人が好き……この部分である。一人は何よりも怖い。けれど今の私は一人でいる他ないのだからこう答えた。

    39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 19:49:01.13
     当たり障りのないインタビューを終え、そのまま夜の生放送番組に出演し来週発売の新曲を披露していた。今回の歌はくじけずに夢を追えば結果はどうあれ自分のためになるというメッセージソングである。
     我ながらこうも思ってないことをポンポン文字にして歌にして、ましてやそれをよく自分で歌えるなと感心してしまう。
     自分の矛盾に気付くころには引き返せない地位にいて人を動かしている。のびのびと音楽活動をしているほかのアーティストがうらやましくなり自分以外の出演者を見回してみた。
     けれど、その中の誰一人としてあの時の私たちのような輝きを放つ存在はいない。結局、こんなものなのだろうか。

    41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 19:58:13.62
     番組終了後、いつも通り声をかけてくる男性たちをあしらい早々にタクシーへ飛び乗った。私があまりにも男性を避けるので男嫌いの秋山なんて言われているらしい。
     まあ本当だし気にもしていないのだが、それでも性懲りなく声をかけてくる彼等の心理が理解できなかった。そんなに男は女と一緒にいたいものなのかな。
     まだまだ一日の活動は終わらない。生番組の勢いそのままに今度は生ラジオのため巨大ラジオ局の社屋へ足を運んだ。
     現在昔から人気のある深夜放送のラジオをやらせてもらっている。特別用事がなければ生放送でリスナーに声を届けたいと思っているのでこれまで録音放送で済ました回数は四回だけだ。
     ラジオ放送は限りなく個人としての秋山澪に近い存在になれる貴重な時間であり、またこの放送を私と関わった色んな人がリアルタイムで聴いてくれているかもしれない。そう思うと録音で済ますことはしたくないと思えた。

    42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 20:02:37.29
     打ち合わせの席で晩御飯を頂く。ロケ弁もあるのだが気を利かせてくれた番組スタッフが出前を用意してくれた。
     まあ毎週の放送なので今更打ち合わせることもない気がするけどさすがにそうはいかない。チャーハンをつつきながらコーナーのおさらいや放送の流れを確認し本番を待った。
     自分の選曲した曲、リスナーが聴きたいと送ってきたリクエスト曲、それらを適度に流しながら私は番組を進行していく。テレビや歌やでてんてこ舞いになる毎日もラジオ放送みたいな流れであれば滅入ることもないのにな。
     リフレッシュするための時間に思えるラジオも終わった深夜四時過ぎに自宅へたどり着いた。明日は大した仕事が入っていない。
     もっとも明日以降はまた怒涛のスケジュール消化をこなすことになるため束の間の休息ではあるが。

    46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 20:07:16.33
     とにかくたっぷり眠ってまた昔を思い出したい……そんなことを考える時点で駄目なヤツだと心底思う。
     いつまでも過去に縛られていたらいけない。けれど今の私には何もない。何もない以上存在するためにはあるところから取り繕わなくてはならない。それが私にとっての過去という存在だ。
     あの日の私に今の自分はどう言い訳すればいいのだろう。あの日のみんなに。


     律に……。


     自問自答に埋もれながら私はあの頃を思い返した。

    47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 20:11:52.57
     放課後ティータイム――その名はインディーズ界で知られる存在となった。オーディションに合格してからというものライブをするたび、CDを売るたびファンが次から次へと増えていった。
    「え~わたし可愛くないし~」なんて唯がブリっ子キャラでファンに終始突っ込まれたり、はじめてCDが出来たとき感激のあまり梓が泣き出して暴走したり、みんながみんなそれぞれらしく生き生きとしていた。
     そしてそれは売れに売れメジャーデビューの話もちらほら囁かれてきたあの時でも同じだ。
     インディーズでの活動も長いのに私は相変わらずファンの前でろくすっぽ挨拶できなかったから「秋山澪が喋ったライブは貴重だ」なんて言われていたし、ムギには熱心なファンがついてムギもそれにふわふわと答えていた。
     唯や梓も前述したインディーズデビュー当時から何も変わっていなかった。

    48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 20:14:10.88
     しかし、ただ一人、みんなは気付いていなかったもしれないけれど私は微妙な変化に気付いていた。
     彼女だけは放課後ティータイムがバンドとして認められていくたび変わっていった。いや、本来の無理をする彼女の性格が表立ってきたと言うべきなのだろうか。
     だが、私がその全てを知ることは最後までなかった。あの時ほどあいつを理解してやれなかった自分が歯がゆく憎かったことはない。それはまるで今の私のような彼女の姿だった。懐かしい記憶は同時に何も出来なかった辛い過去である。
     私はその先を思い出すことに恐怖し眠ってしまった。


    49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 20:23:22.83
     スタジオ練習を終えた面々は数日後に控えたライブに並々ならぬ思いを込めている。もちろん私もだ。
    「ドキドキだよね! レコード会社の人たちがライブを観に来てくれるんだもん!!」
     ギターを我が子のように抱きかかえている唯のこの言葉に、
    「そうね! 私たちのこと気に入ってくれているようだし、実際の演奏を聴いてもらえれば絶対契約してくれるわ!!」
     珍しく息巻くムギが答えた。
     私たちに大手レコード会社から連絡が入ったのは少し前だ。大型新人として検討しているらしく、最後の一押しとして私たちの演奏を聴いてみたいそうだ。ついにやってきた最大のチャンスにメンバー全員が息巻いている。

    51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 20:33:50.91
    「じゃあ今日は解散だな」
     つなげて話の続きはファミレスでしようと私はもちかける。唯、梓、ムギが期待に満ちた笑顔で肯定の相槌を入れてくれたのだが、ただ一人、リーダーだけは首を横に振った。
    「悪い! 私このあと用あるから先に抜けるわ!」
    「そうなんですか、残念ですぅ」
     目の前のマタタビを取りあげられてガッカリした猫のように梓が声をあげた。そんな視線に心の底から申し訳なさそうにした律は、
    「ごめん! そんじゃーまたな!!」
     私にしかわからないであろう、いつもと違う笑顔でその場から消え去った。

    52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 20:45:26.33
     明くる日、大学が休講になった私はなんとなく母校の桜高へ出向いた。たまには母校の軽音部で指導でもしようなどと先輩風を吹かせる気はさらさらないが、ことあるごとにさわ子先生が、
    「サミシー! さみしーーのよーー私はーーーー!! 澪ちゃんをおもちゃにしたいのよおおおおお!!!」と絶叫してくるのでたまに顔を出しているのだ。
     もっとも在学中のような辱めにあうこともなく、さわ子先生は嬉しそうな顔をして出迎えてくれる。卒業生がくると先生は嬉しい気持ちになるんだろうたぶん。

    53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 21:10:57.72
     しかし音楽室の扉を開くとそこにはドラムを叩く一人の姿しかなかった。そしてそのドラムを叩いている人間はここにいるはずのない人間であった。
    「澪、あれ……どうして」
     彼女はドラムスティックを握り締めたまま硬直している。私も声が出ない。だってそうだろう、ドラムを叩いているのが軽音部の生徒でなければ先生でもない――――幼馴染の田井中律だったんだから。
    「とりあえず、どうして高校にお前がいて軽音部の人間が誰もいないんだよ」
     ようやくまともに会話できるようになった私は律に聞きたいことを要約して尋ねる。
    「いや……ちょっとさわちゃんに頼んで軽音部の後輩達には教室やら小ホールで練習してもらっているんだ! ははは!!」
     律は尋ねられた答えをわかりやすく私に伝える。なるほどね、それはわかったのだが、
    「そもそもどうしてお前がここで練習してるんだ? こないだ練習したばかりじゃないか」

    54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 21:17:44.32
     毎日練習できれば理想だろうが私たちも忙しい。まともに練習できる日なんて一週間で一日か二日だ。
     しかも「練習だりー」とか「ぶっつけでいいじゃーん」とか「もっと楽なドラムソロにー」とか――言い出すとキリがないな――とにかく一番練習嫌いな律がこう練習している姿は新鮮であり私を不安にさせる。そう、
    「いやさ、なんか私がバンドの足引っ張ってるから……」
     やっぱりそうだ。こないだのいつもと違う笑顔を思い出す。あの笑顔の裏に焦りや不安の色をうかがえたんだ。
    「バカ言うなよ。お前のリズムキープやパワーあるドラムがどうして足を引っ張ってるんだよ」
     自分のドラムをどう思っているかは知らないが、みんなに不安や不満などは何一つない。
    「そうじゃねーよ。その……」
     しかし私にとって杞憂だと思えたからこそ、彼女にとっては問題のようである。
    「みんなすごい技術があるのに……。なんか私だけ取り残されてさ。みんなが……みんながバンドの中で『唯一』の存在なのに私はそうじゃない。そう思ってさ」
    「律……? 何を言ってるんだ、お前がいなきゃバンドも再開できなかったしお前がいたから」
     そんな私の言葉をさえぎるように、
    「違うんだって。澪たちには必要とされているかもしれないけど、バンド、ファン、会社にとって私は必要とされてないんだ」
     律はこう言ったきり俯いてしまった。

    55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 21:22:11.35
     律が何を言っているのか理解できない。うちらは五人揃って放課後ティータイムなんだ。それを律はバンドに必要とされてないだの何を言っているんだ。
    「なあ律、どうしたんだよいきなり。うちらはみんな同じだろ?」
     ただならぬ雰囲気に飲まれ私は不用意に口を開く。
    「いきなり……? ずっとだよ。ずっと」
     俯いたままだった律は顔を上げ、
    「澪やみんなに憧れていたんだよ!!!」
     私の不用意さを叱りつけるように張り詰めた思いを爆発させた。
    「前に話したこと覚えてるか? みんなそれぞれ楽器が上手で高校のときから恵まれた環境でバンドしてたんだなって。絶対音感があってリズムの取り方が今まで会ったどのギタリストよりも上手い唯が羨ましかった」
     いつも唯がいた場所を見つめながら律は話し続ける。
    「唯だけじゃない。しなやかで私には思いつけないようなメロディを作り上げるムギが、長年の知識と親の七光りでギターを自分の半身のように扱う梓が、なにより」
     律の突然の告白に私は硬直している。そんな私にもっとも重い言葉が降り注ぐ。
    「毎日一緒に練習してベースがどんどん上手くなっていく澪が……私は羨ましかったんだよ!!」
     叫びの後、静寂。私は律の気持ちを体全体でも受け止めきれずよろめきそうになっている。

    56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 21:24:53.78
     かける言葉を探しても見つからない私に何を感じたのか、律は憎き相手を射抜くような視線で睨みつけてきた。
    「わからないよな、澪や唯たちには。必死に練習してどんなに頑張っても普通を越えられないんだ。練習したさ、叩かなかった日なんて風邪で寝込んだときぐらいだよ。高校のときから毎日毎日」
    「だから! だから律も上手くなったじゃないか!!」
     律のかつてない眼力に堪えかねた私も感情をあらわにした。
    「ああ上手くはなったよ! リズムだってしっかり取れてるさ!!」
     私の声を飲み込むような激情を律はぶつけ続ける。
    「だけどそれだけなんだよ! 私はお前達みたいに『唯一』の存在になれないんだ! 私じゃなくてもいいんだよ!!」
     そして私を睨みつけ、
    「代わりがいくらでも立つんだ!!」
     そう自分自身の存在価値を吐き捨てた。

    57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 21:29:37.34
    「馬鹿律! お前はお前だろ! 代わりなんかいない!!!」
     自分をいらない人間だと決め付けた律が許せなかった私は律にこう言い返していた。しかし、
    「だから澪には絶対わからないことなんだよ!!」
     律は私には理解できないことだと一点張りだ。それがさらに腹立たしかった。
    「決め付けるな!!」
     そんな律の言葉に否定語を重ねる。私たちは気付けば舌戦を繰り広げていた。
    「澪さ、私も最初は澪と楽器を練習しているとき何も思ってなかったよ。澪のベースが褒められている姿を見て嬉しい気持ちだったさ! あの時は『ああ、澪は特別なんだな』と思うだけだった。だけど高校に入ってそれも変わった……唯に出会ってからな!!」
     律は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら思い出の音楽室を見回し独白を続ける。
    「初心者なのにぐんぐんギターの技術が上達して……それだけじゃない、唯にはセンスがあった、澪と同じようにさ。ムギにもだ。凄い作曲センスがあいつにはある。おまけに梓も」
     私は律の言葉を受け続ける。

    60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 21:38:45.55
    「それを目の当たりにしたときさ、『澪だけが特別なんじゃない、私だって練習すれば』と思ったよ。……その結果がこれだよっ! いくら練習しても理想像が霞んでいくばかり。本気になってバンド活動すればと思ってみんなを集めても結果は同じだった!」
    まるで私を友の仇とばかりに睨み続ける律に、返す言葉がなくなっていた。
    「最初から唯一の存在だった澪にはわからないだろ!! 私はバンドが上にいくたびに焦って、ファンや会社がつくたびに自分の存在価値に怯えていたんだ! 私にしかわからないんだよ! お前にわかってたまるかよ!!!」
    ぱんっ――――

    乾いた音が室内に反響した。私が律の頬を平手打ちした残響である。これが私の答えだった。そう、わからなかった自分……わかってもらおうとしなかった律に腹が立っていた。それだけだった。



    「……澪……?」


    律は覇気の消えた死人のような表情を浮かべ、赤く腫れた頬に涙を伝わせた。

    61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 21:40:04.06
    「…………る……」
     律の小さな口がさらに小さく震え言葉を紡いでいたが私には聞き取れない。
    「ごめん」
     手をあげたこと、そして自分と律に対して謝罪した。しかし私の言葉は律には届いていない。彼女は口ごもっていた一言に続けてこう話した。

    「私脱退する……。もう、バンドやめるよ。これ以上みんなの足は引っ張れないしさ。ごめんな澪、怒鳴り散らしたりして。頑張れよな。お前なら絶対売れると思うからさ。期待、してるから」

     そのまま道具も何もかも置きっぱなしにして律は音楽室を飛び出していった。



     私は、追いかけることが出来なかった。

    63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 21:45:06.80
     追いかけたかった。しかし、追いついた先でなんと彼女に言葉をかけるべきなのだろうか。見つからない、思いつかない。だから追いかけることが出来なかった。
     わからない、なぜ律が一人で思いつめていたのか、無理していたのか。何を言うべきなんだ、何を……行うべきなんだ?


     カツーン。


     置かれていたドラムスティックが何かの拍子に落下した。それは、律が飛び出してから数秒か数十秒の間か、その程度の間であったように思う。けれど、私にとっては永遠に感じられた時間だった。

     静寂にまみれた世界に響くただ一つの音、それが残響となり跳ね返り、こだまし続ける。


     スティックの落ちた音は、それからずっと私の中に留まっていた。

    64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 21:53:07.38
     この日を境に律と私の関係は途切れ、放課後ティータイムも活動休止となった。
     それでも私はバンド時代によくしてくれていた会社からソロでやってみないかと声をかけられデビューすることになった。

     そして今、ここにいる。さわ子先生やメンバーが私を勇気付けてくれたのはもちろん、律の最後の言葉が頭から離れなかった私は彼女との約束を果たすため単身勝負の世界に踏み込んだのだった。

    65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 21:58:26.53
     すっかり目の覚めた私は何をするでもなくぼうっとしていた。久しぶりにお昼の時間に昼食を摂れた私はあの日の出来事を思い出す。そう、あの時に戻りたい、今の私なら、律を追いかけ必ずもう一度一緒にやれる。
     あの時の律はまさに今の私と同じ気持ちでずっと過ごしていたんだろう。思えばお互いよく似ていた。だからこそ飲み込んだ想いがたくさんあってそれがあの日に全て吐き出されてしまったのだ。
     夢や願いを追い求めるばかりで自分自身に迷う日々。律はそんな毎日をどんな気持ちで過ごしていたのかな。

     律――


     わかるよ、今の私なら。

     律がどれほど辛かったのかが。

     どれほど耐えていたのかが。


    66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:01:05.40
     しかし、それももはや叶わぬ願いになってしまった。いや、それだけではない。私自身が破綻しかけているのだ。そもそも律の、放課後ティータイムのいない音楽を続ける必要があるのか。いや、ないだろう。
     私はここまで駆け抜けてきた。必死に、必死にきたから、何も考えなかったからここまではこられた。けれど、もうこれ以上は意味が無いのではなかろうか。このまま、立ち止まってしまいたい。

    「もう、終わりにしてもいいよね……」
     一人ごちる。言の葉を紙に踊らせながら、あの日を思い返した。

    67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:03:03.60
     いつの間にか夜になっている。昔に浸っていた私はシンセサイザーを立ち上げ、あいつが好きだと話していたキーボードソロを弾く。綺麗な旋律はいるはずない聴き手を求め部屋中を彷徨い、そして消失した。

    「聴こえるかな」

     微睡の中、青白く燈る真空管のヒカリを眺めながら永久に辿り着けぬ理想をぼんやりと描く。
     結局一人では何も出来なかった。耐えられなかった。消失した旋律と共に私も消え失せてしまいたい。

    68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:06:37.08
     こんなことを幾日も繰り返している。昔を思い出し全てが壊れたあの日の出来事と自分自身を呪う。
     日に日に自分の精神が磨耗していくのを実感していた。やっぱり私一人では何も出来なかった。唯のとぼけた可愛らしい振る舞い、ムギの柔らかい笑顔、梓の元気な姿、先生の微笑み、そして律の存在……。
     それがなければ私は私ではない。部室で演奏した『ふわふわ時間』を思い出す。あの日のみんなの笑顔は、もうどこにもない。何もかもが、全て壊れてしまったのだと、一人結論に達した。

     終わりにしよう。

     私はそう思うようになり、それを遂に実行することにした。


    69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:13:30.92
     いつものように歌い終わった私に割れんばかりの歓声が突き刺さる。私はこの歓声を全て裏切ることをこれから行う。
     けれど罪悪感はまるでない。だってそうだろう。こんなこと、誰より私を信じてくれたあいつに対して私がしたことに比べれば、何も問題ないじゃないか。
     ライブのアンコールで再びステージに上がった。今ステージには誰もいない。ギター、ベース、ドラムが担い手を失い鎮座していた。今の自分にピッタリな場面だと思い、ひとり自嘲した私は段取りにない話を始める。

    70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:18:33.54
    「皆さんにお伝えしなければいけないことがあります」
     いつもよりトーンの低い声が静寂を呼び起こす。まるで束縛から解放されることと引き換えに、私の知る音が全て消えたようだった。
    「知っている人もいるかもしれないけど、私は昔バンドをやっていてずっとベーシストとして活動していました。全員同じ高校の軽音部でした。そのバンドは、私が些細なこと……本当に些細なことで駄目にしてしまいました。それがずっと心に引っかかっていて辛かった」
     みんなの顔が浮かんだ。そして立てかけたままのホコリだらけのベースを思い出した。

    71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:20:51.02
    「あの時、一人でやっていくとみんなに……正確にはたった一人の仲間に誓いました。そして今日までやってきました」
     スタッフやファンの一部が私のただならぬ雰囲気に何かを感じ始めているようだった。
    「でも、結局一人では何も出来ませんでした。ファンの皆さん、本当にごめんなさい。今まで私は自分を偽って心にもないことを歌い続けていました。皆さんを騙していました。本当にごめんなさい。そして支えてくれた関係者の皆様にも……お詫び申し上げます」
     私はマイクに最後の言葉をぶつけた。

    73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:26:05.24
    「今まで応援ありがとうございました。私は今日限りで音楽活動を全て終わらせます」
    深々とお辞儀をし、私は歌手秋山澪という存在を自ら殺した。これでいいんだ。あとはただ残された時間を怠惰に過ごせばいい。シンセもムギに返さなきゃな……。
     ステージ袖が慌しくなっている。稼ぎ頭に突然引退宣言をされたんだから当たり前だよな。ファンもただ私を見つめるだけで先ほどまでの熱気が瞬く間に静寂へと変貌していた。
     この有様だけ見れば、今日のライブは全て幻のようにさえ思えた。だけどもう私には関係のない世界なのだ。すでに秋山澪というシンガーソングライターはこの世に存在しないのだから。


    74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:40:49.89
     謝る相手などもうどこにもいない。顔を上げた私は、そのまま舞台袖へ向かって歩いた。みんな、ごめんな。



     カツーン――




     誰もいないドラムからスティックが落下した。その音はリバーブでもかけられたかのごとく会場内に響き渡る。その音に、思わず私は足を止めた。

     あの日が、あの出来事が、フラッシュバックした。

     その瞬間、

    「馬鹿澪ーー! 何勝手なこと言ってやがんだああああぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」
     長らく記憶の中でしか聞いていなかった、けれど一日たりとも忘れなかった声が聞こえた。まるで、ドラムスティックが止まっていたレコーダーのスイッチを入れたみたいだった。

    75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:43:58.33
    「澪は一人じゃないだろ! 私はずっと一緒にいたんだぞ! お前が忘れていただけで、お前はずっと放課後ティータイムのベースで……いつも背中が痒くなる様な詞を書いて……ライブで恥ずかしがって赤面して……」
     ずっと私のライブを聴いて声援をくれていたのだろうか。その声は若干かすれている。
    「ずっと昔から、今でも、私のドラムを好きだって言ってくれた澪なんだよおおおおぉぉぉぉぉーーーー!!!!」
     忘れてなんかいない。私はずっとお前を見ていたんだから。忘れるはずがないだろう。
     この場から顔は見えない。けれど、そいつは、そこにいる。

    76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:45:57.35
    「澪! 一人で歌いたくないんならこっちにこいよ! もう昔のことなんてどうだっていいじゃねーか! そうだろみんな!!」
     少しの間を持って新しい声が聞こえた。
    「そうだよ澪ちゃん! わたしまたみんなで演奏したい!!」
     声の主は言葉を続ける。
    「ギー太だって毎日お手入れしているし、歌だって練習しているんだよ!」
    「そうです! みんな、みんな澪先輩のことを待っているんです!」
     私を慕ってくれた後輩の声も聞こえた。
    「澪ちゃん、私たちは五人で放課後ティータイムよ。ふふ、シンセサイザー、返してもらわなきゃね!」
     みんながそこにいた。あの日と変わらぬ、みんながいた。

    77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:48:27.24
    「澪! そーゆーわけだ。お前一人で解決できることなんてないんだよ! だから一緒に考えて、一緒に悩んで、一緒に演奏しようぜ!!」
     今、私は気が付いた。どうしてこんな簡単なことにずっと気付かなかったんだろうか。そう、私が一人だった時なんて一度たりともなかったじゃないか。いつだって一緒にお茶して一緒に演奏して一緒に笑っていたじゃないか。
     いつの間にか四人の声に引っ張られ、会場内には歓声が広がっていた。

    78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 22:51:55.80
     ああ、あんなひどいことを言ったのに、みんなはまだ私のことを応援してくれるんだ――そう思ったら、私は自然と笑顔になり、やわらかな涙と思い出が一緒になって溢れた。
    「いいのか……私は戻ってもいいのか? あんな、あんな酷いことを言って、こんな、こんな自分勝手な私でも、戻っていいのかな」
     こんなつぶやきも歓声がかき消していく。それがあいつらの、みんなの答えなんだ。私はこんなにも多くの人に支えられていたのか。
     きっとここにいる人たちだけじゃない、あらゆる場所に私を支えてくれている人がいる。そんな人たちの声も、私は聞いた気がした。

    80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 23:00:43.35
    「ありがとう。みんな、本当にありがとう!!」
     私は出せる力全てを出し切ってマイクに気持ちを伝えた。この日、一番大きな歓声が会場に響き渡った。優しいヒカリに包まれた、歓声がこだましていた。
     今からまた、あの日に止まった歯車が動き始める。やっぱり、私の歯車を止めるのも動かすのもあいつなんだな――そう思うと、私は何故だかとても嬉しい気持ちになった。そう、わかっている。もう止まることなんてない。思い出に袖を濡らすこともないんだ。

     私はこの日、歌うことをやめるはずだったのに、もう一度歌うことを誓ったのであった。



    81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 23:13:23.15

    エピローグ

     暖かい歓声に包まれながら私は舞台袖に下がる。今日もコンサートは無事終わりを迎えようとしている。

     流されたり汚れたり……そんな時間ばかりだ。

     だけど、それも間違いじゃないって信じた。


     果てのない理想を描き、辿った先にはあの頃と同じ君が見えた。


     探し続けた答えは……その手が握っている。


     アンコールの歓声に答え、私は再びヒカリの中へ飛び込んでいく。しかし、私は独りじゃない。大好きな、大好きなみんなと一緒に……大切な仲間と共に。その手に見つけた答えを抱え込みながら大きな舞台へ舞い戻るのだ。


    82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 23:17:15.46
    「みんな応援ありがとう! 色々あったけど、やっとここまでこられました! みんながずっと応援してくれたから、私が忘れていた当たり前のことを大切な人が教えてくれたから……ここまでこられた。だから、またベースを弾く! みんなに聴いてもらう!」

    「おい澪ーー!! なんかカッコいいけど早く歌えー!!!」

     聞き慣れた声で後ろから野次を飛ばされる。

    「まあまあ! 澪ちゃんも久しぶりのバンドで嬉しいんだって!!」

     微妙にフォローになってないギタリストの野次がこれまた聞こえる。

    「ごめんね澪ちゃん♪ 続けてください!!」

     ちゃんとしたフォローをようやく受けた私は満員の会場に向き直る。

    「私は、私がやれることをみんなに伝えていこうと思う。だからもしかすると今まで私の歌を聴いてくれていたみんなを困らせるかもしれない。それでも……いいかな?」

     大きな、大きな音が会場に響く。それらの音はその全てが私への答えなんだと実感できる柔らかい声だった。

    「先輩! みんな先輩のファンなんですから!! 絶対付いてきてくれるに決まってます!!」

    84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/09(土) 23:20:27.95
     後輩の声に耳を傾けバンドメンバーを見回す。ある人はギー太を抱え早く早くとうずうずしていたり、ある人は私が返したシンセサイザーの手入れをしていたり、またある人は小柄な体を震えさせつつバンドができる喜びをかみ締めていたり……。
     ほんと、相変わらず協調性のないこと。そしてスティックを構え気合十分のアイツはトレードマークのカチューシャを久しぶりにしている。
     そう、ようやく叶った、私たちの願いを全ての人に届けたい……。私はマイクを握り締め声高らかに宣言する。

    「聴いてください! アンコールで『ふわふわ時間』!!」


     卒業式、音楽室で弾いた時から動くことをやめていた本当の放課後ティータイムの歯車が、また動き始めた。


    「私たちは、ずっと一緒だ」



     儚い願いは、辿り着くことのないヒカリとなって私と律を照らし続ける。ああ……眩しいな。けれど、もう私は一人じゃない。バンドが、放課後ティータイムが大好きなみんなが、一緒にいるのだから。


    ~終わり~

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過去の名作たち

和「そうなんだ、じゃあ私田んぼの様子身に行くね」
唯「あ、充電器忘れた」
律「私のこの能力でw」
  1. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/10/10(日) 01:26:15 URL [ 編集 ]
    感動っす
  2. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/10/10(日) 04:58:11 URL [ 編集 ]
    澪単独デビュー物って珍しいな
  3. 名前: ohou ◆- 2010/10/10(日) 07:29:48 URL [ 編集 ]
    最後がよく分からん…
    何で自分からやめた律が戻って来いって説教してんだ?
  4. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/10/10(日) 15:42:42 URL [ 編集 ]
    澪が単独でデビューで珍しく、デビュー後のキャラも崩壊せずにちゃんと澪っぽい
    澪の内面も過去の回想も丁寧なのに最後の展開が急すぎて、勿体無い。
    ストーリー自体はいいと思うのだけれども。
  5. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/10/10(日) 15:52:56 URL [ 編集 ]
    長編SSってオチ決めてても飽きて急展開にしちゃうんだよな
  6. 名前: けいおん中毒 ◆- 2011/01/08(土) 19:24:48 URL [ 編集 ]
    もうちょいだったのに
  7. 名前: 2011/05/20(金) 12:40:13 URL [ 編集 ]
    承認待ちコメント
    このコメントは管理者の承認待ちです
  8. 名前: 2011/12/12(月) 12:31:02 URL [ 編集 ]
    承認待ちコメント
    このコメントは管理者の承認待ちです

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