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唯「天下統一するよ」

  1. 名前: 管理人 2010/10/28(木) 16:53:20
    3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 22:55:15.40
    時はたぶん戦国時代。
    陰謀渦巻き、血の繋がった親類ですら信用できない時代。
    長子相続の原則はあったものの、その長子に力が無いと見なされれば、下の者が上の者を克す。
    すなわち下克上がまかり通る世の中であった。
    ここ尾張を支配する平沢家もそんな世の例に漏れず、家督相続を巡る姉妹の対立で大きく揺れようとして……。
    いなかった。
    というか、対立すらおこらなかった。


    できの悪い姉。
    できの良い妹。
    日頃からゴロゴロしてばかりいるため家臣からは「ニート候補」、民草からも「池沼殿」と軽んじられる姉・平沢唯と、「よくできた妹」「姉の良いところを全部吸い取った」と評判の平沢憂。
    本来なら、妹の憂が家督を相続しそうなものだが、「お姉ちゃんはやればできる子!」と言ってあっさり跡目争いから降りてしまったのである。


    4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 22:58:49.24
    しかし困ったのは平沢家家臣団である。
    当主となった唯は周辺国の様子を他所に、ひたすらゴロゴロばかりしている。
    このままでは平沢家はおろか、自分達の未来も無い。
    そこで平沢家筆頭家老、真鍋和の元に相談を持ち込むも、子供の頃に唯が和の屋敷の湯殿をザリガニでいっぱいにした話をされ、「心配ない」とあっさり追い返されてしまった。


    6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:02:31.87
    そんな家臣の不安を他所に唯は、今日も領内を無為に歩き回っていた。
    「うんたん♪ うんたん♪」
    得意の拍子を取りながら唯は、今朝和から言われた「このままじゃニートになっちゃうわよ」と言われたことを思い出していた。
    なにかしなくちゃ。
    そう思うものの、何をすればいいのかわからない。
    「う~ん」
    腕を組んで首をひねって考えるも、皆目検討がつかない。

    「こらっ! 泥棒猫!」
    突然唯の後方からそんな声が聞こえてきた。
    「ふみゅっ」
    考え事をしていたからだろう。
    振り返ったひょうしに唯は尻餅をついてしまう。
    そんな唯の横を通り過ぎようとした少女の髪の毛が、さっき怒鳴ったであろう男に掴まれる。
    「こいつ、ゴキブリみたいな頭をしやがって!」
    男は髪を二つに結んだ少女の手から大根を引き抜くと、その少女に殴りかかろうとした。
    そんな二人の様子を見ていた唯は慌てて止めに入る。
    「ま、待った!」
    そもそも男が領主である唯に挨拶すらしなかったのは唯の存在に気づいていなかったからなのだが、気づいてからも男のたいして変化しなかった。
    「これはちしょ……お殿様」
    男は「池沼殿」と言いかけて、慌てて言い直す。
    唯も何か言いかけたことはわかり、何と言い間違えたのだろうと首をひねったものの、
    「おまえ、殿様ならさっさと助けろです!」
    との、少女の言葉に、あっさり思考を遮られる。

    7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:04:14.01
    「か、かわいい!」
    少女を見た唯は、思わずそう漏らす。
    「おじさん、この子を許してあげてください!」
    次の瞬間、唯は殿様とは思えない態度で謝った。
    面食らったのは男の方である。
    いくら池沼殿とはいえ、一国を支配する主である。
    「ま、まぁ、殿様がそこまで言うなら……」
    と、渋々ながらも引き下がった。

    8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:06:44.98
    一方、残された少女の方も唯の態度に面食らっていた。
    この少女も、貧しいながらも戦国を生きる者である。
    下克上がまかり通る世の中にあって、上の者が下の者にあんなにあっさり謝るなどあり得ない。
    この殿様はよほどのバカか、よほどの大人物か……。
    そう少女が思案していると、
    「じー」
    唯の視線に気づいた。
    「な、何ですか?」
    少女がそう言うと、
    「名前は?」
    「歳は?」
    「好きな食べ物は?」
    唯は矢継ぎ早に質問を浴びせる。
    「な、中野梓、です……」
    「じゃあ、あずにゃんだね!」
    少女が名前を名乗ると同時だっただろうか、唯は間髪入れずにそう言った。
    「あ、あずにゃん?」

    10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:09:08.20
    この殿様はバカだ。
    梓はそう判断した。
    しかしバカとはいえ、殿様は殿様。
    利用する価値はある。
    「あ、あの……」
    梓が何か言いたそうにしているのを見た唯は、「何?」とにっこり問いかける。
    「あ、あの……ぞ、草履を……あた、暖めてあげます!」
    「草履?」
    梓の突然の申し出を不思議に思った唯は、梓の足下を見る。
    裸足だ。
    しかも泥だらけで、生傷も見て取れた。
    唯も本当のバカではない。
    さっき大根を盗もうとしたことといい、この少女が困窮した生活を送っていることが見て取れた。
    「うん、なら私がおぶってあげるよ! 任せて、あずにゃん!」
    「え、ええ!?」
    草履をよこせという話が何故おんぶしてあげるという話になるのだろうか。
    梓は、やっぱりバカだ、この殿様はバカ殿だ、そう思った。
    「え、いや、そういうことじゃなくてですね……」
    「大丈夫だよ、あずにゃん、お城までおんぶしていってあげるよ!」
    唯は「ふんす」と鼻息も荒く、自信満々に答える。
    こうなったらお城まで行くしかない。
    そして頃を見て逃げだそう。
    そう、こんな殿様の国なんて、いつ他国に攻め滅ぼされるかわかったものではないのだから……。
    梓は唯の背中におぶさりながら、そんなことを考えた。

    12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:13:14.93
    「というわけで、天下布武を目指すことにしました!」
    城に帰った唯は、憂と和を前にそう高らかに宣言した。
    もちろん唯の背中には泥だらけの梓がいて、唯の着物も梓の泥が付着して汚れている。
    そんな姿の唯が突然「天下布武」と言い出したのだ。
    まして日頃からゴロゴロしていた唯である。
    「唯、あなた何か策はあるの?」
    和はそう唯に尋ねた。
    「え? 無いよ。でもみんなで頑張ればきっと大丈夫だよ!」
    和は痛み出した頭を押さえながら、「こんな子が当主で大丈夫かしら、平沢家……」と思っていた……。


    「ところでお姉ちゃん、その背中の子は?」
    「あ、この子はあずにゃんだよ!」
    「あ、あずにゃん?」
    不思議そうな顔をする憂に梓は。
    「……中野梓です。あの、よろしくお願いします」
    ぺこりと頭を下げた。
    「あ、私は妹の平沢憂です。よろしくね、梓ちゃん」
    あ、そうだ、と憂は、
    「私、お風呂を沸かしてくるね」
    と手際よく駆けだしてゆく。

    13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:14:35.27
    そんな憂の姿を見た梓は、この二人は本当に姉妹なのだろうか。
    それに先ほどの唯の「天下布武」という言葉。
    どこまで本気なのだろうか。
    力さえあれば天下を取ることもできる戦国の世。
    しかしここ尾張は小国である。
    天下なんか取れるわけが……。
    梓はそう思うと同時に、もしかしたらあるいは……。
    そうも思った。
    唯は民草からも「池沼殿」と呼ばれるようなバカ殿にしか見えない。
    天下取りはバカが見る夢――。
    「天下布武」を目指すと答えた唯の目は真剣そのものだった。
    そういえば……。
    「お姉ちゃんの背中、暖かかったでしょう?」
    風呂に入る前、憂がそう言っていたことを思い出す。
    ここに留まってみるのも面白いかもしれない。
    梓は憂の沸かしてくれた湯につかりながら、そんな風に思うようになっていた。

    14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:16:56.77
    「憂、唯先輩は!?」
    梓が平沢家に仕え始めてからしばらく後、駿河・遠江・三河の三国を治める琴吹紬が駿府から兵3万を発したとの報が入り、尾張はにわかに殺気立っていた。
    琴吹家と言えば、血筋は将軍家に連なり、紬自身も東海一の弓取りとも呼び名される、天下に最も近い大名家である。
    そんな琴吹家の軍勢が刻々と尾張に迫っているというのに、朝から唯は行方不明であった。
    「大丈夫だよ、梓ちゃん」
    梓の焦燥とは反対に、憂は落ち着き払っている。
    しかしお家存亡の危機に、当主がいないという状況に平沢家家臣団は浮き足立っていた。
    籠城か野戦か。
    大軍を擁する琴吹家に野戦で挑むは、むざむざ死にに行くようなもの。
    ならば籠城で少しでも時間をかせいで……。
    平沢家の大勢は籠城策に傾いてはいた。
    後は当主の唯が一言「籠城」とさえ言えば、籠城に決まるだろう。
    だが、その肝心の唯がいない。
    「池沼殿は怖じ気づいて逃げ出したのだ」
    公然と唯を非難する声も家臣団からは上がっていた。

    15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:19:33.04
    「うんたん♪ うんたん♪」
    にわかに奥の襖が開くと、唯はいつもの節を取りながら上座に着く。
    奥に座っていた憂と和はさっと頭を下げたが、多くの家臣は、
    「存亡の危機だというのに何をのんきな……」
    「やはり池沼殿だ、この危機がわかっていない……」
    と、落胆と軽蔑の眼差しを唯に向ける。
    「唯先輩! どこに行ってたんですか!?」
    梓も唯に詰め寄る。
    「あ、あずにゃ~ん!」
    唯はいつものように梓に抱きつくと、
    「あずにゃん、お外行こ、お外♪」
    と言って梓の手を引き、
    「憂も一緒に行こう♪」
    と、憂の手も引き、あっさりと野戦に決めてしまった。


    16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:21:40.61
    確かに唯の判断は正しい。
    援軍が期待できない以上、籠城をしてもせいぜい時間稼ぎにしかならないだろう。
    まして兵力差があまりに大きすぎる以上、時間稼ぎにも限度がある。
    となれば打って出る以外に勝ち目はないのだが……。
    「唯先輩、いいんですか?」
    梓は唯に従いながら、そう尋ねた。
    引き連れて来たのは2千ばかりの兵だ。
    「ん? 大丈夫だよ、お城は和ちゃんがいるから」
    「いえ、そうじゃなくて……。打って出て勝ち目はあるんですか?」
    「う~ん、どうかなぁ」
    あまりに頼りない唯の返事に、梓はがっくりと来た。
    「あ、そうだ憂」
    「なぁに、お姉ちゃん?」
    「ムギちゃん達、今どの辺にいるの?」
    「うんとねぇ、田楽狭間だよ」
    「よし、じゃあ、そこに行こう!」
    「あの、唯先輩? ムギちゃんって誰ですか?」
    唯と憂のやりとりが終わったのを見て、梓はそう尋ねた。
    「ん? ムギちゃん? えっとねぇ、琴吹紬ちゃんでしょ? だからムギちゃん、なんだよ、あずにゃん!」
    「ぷっ」
    さも名案を思いついたかのような唯の口ぶりに、梓は思わず吹き出した。
    敵にまであだ名(?)をつけるなんて、唯先輩らしい。
    梓はそんな唯を見ながら、初めて「あずにゃん」と呼ばれた日のことを思い出していた。

    19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:24:25.12
    田楽狭間。
    雨も降り出し、休息を取っていた琴吹家の隊列は縦に伸びきっていた。
    「唯先輩、これを狙ってたんですか?」
    確かに琴吹家は3万の大軍を擁している。
    しかし縦に狭い道を進軍すれば、隊列は細く縦に伸びざるを得ない。
    ここを横から奇襲すれば、少ない軍勢でも対等に戦える。
    「うんとねぇ、昔蟻さんの行列を見てたんだ。そしたら、蟻さんはたくさんいるのに、私の目の前を通る蟻さんは一匹だけだったんだよ! すごいよね!?」
    たぶん唯が言っている「すごい」は、そこからこんな作戦を思いついて「すごい」ではない。
    もっと単純に、そんな蟻の動きが「すごい」という意味での、蟻に対する「すごい」、だ。
    「ええ、すごいです」
    梓は唯に対して「すごい」と言った。
    「そうだよねぇ、蟻さんはやっぱりすごいんだよ、あずにゃん!」
    梓にとっては、いや、多くの凡人にとっては、そんな蟻の動きなど当たり前のことでしかない。
    しかし唯はその当たり前を見逃さずに観察し、こうして作戦を思いついた。
    「ね、お姉ちゃんはやれば出来る子だって言ったでしょ?」
    憂は誇らしげな顔で梓に言った。

    20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:27:53.03
    数刻後。
    唯の仕掛けた奇襲は見事に成功し、大混乱におちいった琴吹家は、縦に伸びきった戦列から本陣への救援もままならず、3万を数えた軍勢もわずか2千の軍勢にあっさり敗れた。
    「何も言うことはないわ……」
    捕らえられた琴吹家当主琴吹紬は、唯の前で静かに言った。
    「えっと、あなたがムギちゃん?」
    唯の問いかけに紬は不思議そうな顔をする。
    「あ、えっと、琴吹紬ちゃんだからムギちゃんなんだよ!」
    紬は、これが東海一の弓取りと呼ばれた自らを破った敵の大将なのだろうか、と疑問に思った。
    尾張の池沼殿。
    そう呼ばれる唯をあなどり、油断があったことは否定しない。
    だが、あの鵯越の逆落としを思わせる見事としか言いようのない奇襲。
    それを指揮したであろう平沢唯という武将。
    その唯を目の前にして、紬は落胆していた。
    「あ、私は平沢唯。唯って呼んでね」
    敵の総大将を前に、威厳のかけらもない。
    「そう、平沢さん……」
    紬はそう言うと、静かに唯の前に首を差し出した。
    「違うよ、ムギちゃん! 唯だよ! 唯ちゃんって呼んでよぉ~」
    そう言うと、唯は突然鼻をひくつかせ始めた。
    くんくん。くんくん。
    「ねぇ、ムギちゃん、この匂い何?」
    唯はあたりの様子を探るようにきょろきょろとしながら、紬に尋ねる。
    「ケーキよ、唯ちゃん。みんなで食べようと思って持ってきたんだけど……」
    「ケーキ!?」
    「そう、南蛮のお菓子」
    「お菓子!? ねぇ、ムギちゃん、ケーキ貰ってもいい?」
    「ええ、全部あげるわ」
    「ホントにぃ~! やった~! ねぇねぇ、あずにゃん、憂! ケーキ! ケーキ貰ったよ!」
    唯の無邪気すぎる態度に、唯の後ろで控えていた二人も呆れ気味だ。

    23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:31:32.66
    すると唯は突然。
    「ねぇ、ムギちゃんも一緒に食べよう♪」
    最期の晩餐のつもりだろうか。
    そう言って唯は、紬にもケーキをすすめる。
    「ちょ、唯先輩!」
    あまりの唯の姿に、たまらず梓が呼びかける。
    「ん? どうしたの、あずにゃん?」
    「どうしたのじゃありません! 早く首を!」
    「首? 首じゃなくてケーキだよ、あずにゃん」
    「だから、そうじゃなくって……。合戦で勝った方が負けた方の首を取るんです!」
    梓が特別残酷なわけではない。
    この時代では当然のことを言ったまでだ。
    その証拠に紬も、「大変ね……」という表情を梓に向けている。
    「え~!? だってムギちゃんはケーキをくれたんだよ! 悪い子じゃないよ、良い子だよ!」
    この唯の言葉にはさすがに紬も驚いた。
    タチの悪い冗談かとすら思った。
    この時代、大義があろうがなかろうが、勝った方が正義なのである。
    まして相手は自らを滅ぼそうとした敵。
    ここで情けをかければ、今度は自分がやられるかもしれない。
    だが唯の瞳は真剣そのもので、とても冗談とは思えない。

    24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:33:24.72
    「本気なの、唯ちゃん? 私は唯ちゃんを攻めようとしたのよ?」
    紬がそう言っても、唯の考えは変わらなかった。
    「ムギちゃん、友達になろうよ」
    「お友達?」
    「そう、友達だよ」
    人なつっこい笑顔を向ける唯を眺めながら紬は思った。
    なるほど、人が「池沼殿」と呼ぶのも無理はない。
    あまりにあけすけで、自らの愚を隠そうともせず。
    素直で正直で。
    おおよそ時代権謀術数には向かない性格だが、信念だけは曲げない。
    もしこの乱れた世を直せる人がいるのだとしたら、それは唯ちゃんみたいな人なのかもしれない。
    いや、唯ちゃんのような人にこそ天下人になってもらいたい。
    「私の負けね……。ふふっ、一緒にケーキを食べましょう、唯ちゃん」
    その紬の言葉を聞いた唯は、
    「うん♪」
    と、最大級の笑顔を紬に向けた。

    25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:36:09.27
    後に桶狭間の戦いと呼ばれるようになる先の合戦で琴吹紬を破ってしばらく後。
    尾張一国を支配するだけだった平沢家は、琴吹家当主だったムギを人質に同盟を結んだ。
    事実上琴吹家を属国にし、駿河・遠江・三河を支配する大大名へと一挙に成長したわけである。
    というのは、事実を元にした対外的な印象だろうか。
    実際のところは、ムギは自ら進んで尾張に入り、唯への臣従を申し出た。
    しかし唯はそれをよしとはせず、同盟という形にこだわった。
    困ったムギは、唯の元に留まり、人質となることで事実上の臣従ということになったのだが……。
    「ムギちゃん、今日のおやつはなぁに?」
    「今日はカステラよ、唯ちゃん」
    おおよそ人質とは程遠い、のどかな日常を送っていたのである。

    「私、唯先輩がよくわかりません……」
    梓は和にそう打ち明けた。
    「私も唯がわからなくなることがあるわ。あの子時々、私たちの理解を超えたことをするでしょう?」
    「それ、わかります……」
    もしあの時唯がムギの首を取っていれば、何年にも渡る琴吹家の旧領をはぎ取る戦が始まっていたかもしれない。
    しかし唯がムギの首を取らなかったことで、労せずして3カ国が手に入ったのだ。
    憂は「お姉ちゃんはやっぱりすごいでしょ~、えへへ」と言っていたが。
    「やっぱり唯先輩はよくわからない……」
    結局梓には唯がすごいのかすごくないのかよくわからなかった。

    28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:40:36.29
    「唯、美濃を取りましょう」
    その日、和は重臣を集めた場で美濃攻めを提案した。
    美濃は東西交通の要所として古くは南北朝時代にもその支配を巡って争われ、「美濃を制する者は天下を制す」とまで言われた地である。
    上洛を果たすには、何としても手に入れたい地ではあった。
    しかし美濃を治めるには、鈴木家の城、稲葉山城を攻める必要がある。
    「今の鈴木家の当主、鈴木純はたいしたことがないみたいだけど、この稲葉山城はやっかいね」
    和は地図をにらみながらそう言った。
    稲葉山城は金華山の上に立つ山城で、城へと至る道はどこも険しい。
    まさに難攻不落の城である。
    しかも平沢家が居を構える尾張小牧山城から美濃へは遠く、どこか近くに砦を築く必要があった。
    「長良川の西岸、墨俣あたりに砦が欲しいのだけれど……」
    和はそう言ったが、発言が尻すぼみになったのは、相手も墨俣の重要性は認識しており、そこに砦を築くのは不可能に思えたからだ。
    「あの、私がやります! やってやるです!」
    おもむろに立ち上げり、梓はそう宣言した。
    「梓ちゃん?」
    憂は立ち上がった梓の方を見る。
    しかし他の家臣達は、
    「またゴキにゃんのご機嫌取りだよ……」
    「ちょっと気に入られてるからって調子に乗りやがって……」
    「まぁいいさ、どうせ失敗するだろ……」
    と、陰口をたたいた。
    憂と和が家臣達をたしなめようとしたが、梓はそれを制す。
    もともと身分も低く、唯に拾われるようにして家中に入った身だ。
    唯はあんな性格だから身分のことなど気にしないが、他の代々平沢家に仕えてきた家臣達は梓のことをよく思っていない。
    それどころか、梓の髪型がゴキブリの触覚に似ていることから「ゴキにゃん」と呼んで馬鹿にしているところがあった。
    これが良い機会になる。
    ここで大きな手柄を立て実力を示せば、他の家臣達も納得してくれるだろう。
    梓はそう思い、「やってやるです!」と意気込んだ。

    29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:43:44.34
    「あずにゃ~ん!」
    すりすり。
    唯は梓にほおずりをする。
    「や、やめてください、唯先輩」
    「うぅ、あずにゃんのいけずぅ……」
    落ち込むフリをする唯を憂が「よしよし」と慰める。
    「梓ちゃん、気をつけてね」
    「憂も唯先輩のこと、よろしくね。言わなくても大丈夫だろうけど……」
    「そうだよあずにゃん、気をつけて行って来てね? 美濃はあっちだって和ちゃんが行ってたよ。あっちだよ、あっち。迷子にならないようにね?」
    「唯先輩、美濃はあっちじゃなく、そっちです……」
    「え? おかしいなぁ、和ちゃんが右手であっちだって……」
    「確かに城からは右ですけど、ここからだと左の方角です」
    「ええ!? そうなの!?」
    「はぁ……とにかく行って来ます」


    しかし梓は直接墨俣には向かわず、まずは長良川の上流に向かった。
    墨俣に長時間滞在し、砦を築くのは敵の監視の目もあり不可能だろう。
    だからまずはここで先に木を切り、筏にして暗闇に紛れさせ下流の墨俣まで流し、筏として組んだものを骨組みとして一挙に建てる作戦である。
    要はプレハブ小屋を造る要領なのだが、当然この時代にそんなものは存在しない。
    梓のこの作戦は大当たりし、鈴木家の軍勢が到着する前に何とか砦が完成した。
    「それ何?」
    到着した純は即席の砦を前に怪訝な表情を向ける。
    「砦だけど」
    と、梓。
    「槍先遠のいたぁ!」
    もともと城攻めには、寄せ手は城方の3倍の兵力がいると言われている。
    たとえそれが即席の砦であっても、落とすのは容易ではない。
    梓は純の率いる兵を難なく退け、後詰めの兵を墨俣一夜城へ入れると堂々凱旋した。

    31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:50:06.39
    その後唯は、この墨俣一夜城を足がかりに美濃稲葉山を攻め落とす。
    もちろんここにもいろいろとあったのだが、殊更書き記すべきことはないのでひとまず割愛しよう。
    さて、稲葉山に入った唯は和からこの地の改名を進められる。
    和が出した案はこうである。
    「岐」の字は、周の武王、岐山より起こり天下を定むの故事から。
    「阜」の字は孔子生誕の地である曲阜から。
    「岐阜」。
    すなわち天下太平と学問の中心地としての意味合いを持った地名であった。
    「ギー太だね!」
    「違うわ、岐阜よ、唯」
    「岐阜だから、ギー太なんだよ!」
    「意味がわからないわ、唯」
    和と唯が地名について喧々囂々と議論をしていると、血相を変えたムギが飛び込んで来た。
    「大変よ、唯ちゃん! 田井中さんが来たの!」
    「ド田舎さん?」
    「うぃーっす。平沢さん、いる?」
    「誰?」
    唯はけだるそうに入って来た御仁を見つめる。
    「あ、あたしか? あたしは、田井中律。律でいいよ」
    「私は平沢唯。私も唯でいいよ、りっちゃん」
    「お、お姉ちゃん!?」
    あまりに親しげに律と話す唯に驚いたのは憂である。
    田井中家といえば、武家の頭領たる将軍家である。
    いくら力を失ったとはいえ、まして律はまだ将軍の座についていなかったが、腐っても鯛。
    田井中家は未だ厳然とした発言力と力を有している。
    その旨を憂は唯に慌てて説明したが、唯の態度はさして変化することはなかった。

    32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:53:20.30
    「りっちゃん将軍! 何かご用でしょうか?」
    もちろんこの時律は将軍の座に就いていないのだから、「りっちゃん将軍」というのは間違いである。
    「ああ、用って程のことでもないんだけどさ……。澪?」
    律は付き従っている黒髪の少女に続きを促す。
    「平沢さんには、上洛をお願いしたい」
    「あ、澪ちゃん? も唯でいいよ。あと、上洛って何?」
    この発言にはさしもの律も驚いた。
    隣の澪に。
    「なぁなぁ澪、ホントに大丈夫なのか? 上洛って何? だぞ……」
    「私も不安になって来た……」
    「おい、澪だぞ。何かすごそうな奴だって言ったの……」
    「だって……南蛮とも積極的に貿易してるって言うし……」
    「南蛮と? この調子だとお菓子でも輸入してるだけじゃないのか?」
    「……ありうる……」
    律と澪がひそひそと話している間、唯と憂も密かに話していた。
    「上洛っていうのは、京都に行くことだよお姉ちゃん」
    「京都に? 何だ、簡単じゃん!」
    唯はこう言ったが、律を将軍として奉戴し、上洛するということはすなわち、将軍家を後ろ盾として天下に号令する力を得ることになるのだ。
    それをみすみす他の大名家が見過ごすとは思えない。
    「ところで唯」
    澪は本題に戻す。

    33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:56:18.70
    「ひとまず岐阜に御所を造って欲しいんだ」
    「何で? だって京都に行くんでしょ?」
    唯はさも当たり前のように答える。
    「な、何でって……。すぐに上洛するわけじゃないだろ、だから私たちの住む処を……」
    「え? すぐ行かないの?」
    あまりの唯の軽さに律も不安を覚える。
    「いや、すぐ行けるなら行きたいんだけどなぁ……」
    「じゃあ、すぐ行こうよ!」
    「行くっても唯、旅行じゃないんだぞ。そんな気軽に……」
    「大丈夫だよ、りっちゃん! 私にまかせてよ!」

    34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/25(月) 23:58:52.94
    数ヶ月後、唯は言葉通りあっさりと上洛を成し遂げてしまう。
    「京都やで!」
    帝より正式に征夷大将軍に補任された律は意気揚々と、今回の立役者である唯に話しかける。
    「京都だね、りっちゃん!」
    「京都に来たら、関西弁でしゃべるんやで」
    すっかりと打ち解けた様子で話す二人を横目に澪は一抹の不安を覚えていた。
    今回の一件で、ますます唯の声望は高まった。
    唯本人はこの調子だから、将軍となった律を利用したりするようなことはしないかもしれない。
    しかし天下はどう見るか。
    おそらく律の力よりも、唯の力を畏れるだろう。
    そうなれば、図らずも律は傀儡将軍となってしまう。
    もしそうなれば……。
    万一の時は私が唯を……。
    澪の心中とは裏腹に、京都の空は天下の中心となった律と唯の間に爽やかな風を送った。

    35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 00:01:01.31
    「どうしよう、和ちゃん!?」
    上洛に乗じ畿内を制圧した唯は、安土に城を築いた。
    そして今日は出来上がった肖像画が届く日である。
    「いいじゃない、唯っぽくて」
    和は前髪の無くなった唯の絵を見て言った。
    「私っぽい? 私っぽいって何!?」
    「子供っぽいってことかしら」
    「がーん! 肖像画だよ!? 一生、ううん、500年後も残るかもしれないんだよ! もし将来私が教科書に載ることになったら、『先生、この人前髪変だね』って落書きされちゃうかもしれないんだよ!?」
    「いいじゃない、記憶に残って」
    「違うよ! そうじゃないんだよ!」
    と、唯は必死に訴えたが聞き入れられない。
    今や「尾張の池沼殿」は「天下の知将殿」になっていた。
    ついこの前も、南蛮から輸入したアイスのおまけで集めた鉄砲を三段に用い、時代が変わったことを知らしめたばかりである。
    唯の天下統一は目前となり、ムギは北陸へ、梓は中国へ出兵している。
    そんな唯に、時間があろうはずもなく、和によって肖像画の描き直しはあっさり却下されてしまった。
    「お願いだよい、和ちゃん。そうだ、あずにゃん、あずにゃんに描いてもらうから」
    「ダメよ、ちゃんとした絵描きに描いてもらわなきゃ」
    「じゃあ、あずにゃんを絵描きにするから!」
    「そう、じゃあ私、四国行くね」

    41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 00:34:49.46
    和が四国へと立った後、唯は京は本能寺へと向かう。
    京にいる律と会談をするためである。
    「憂、久しぶりの京都だねぇ」
    「そうだね、お姉ちゃん」
    今や天下の統一まで後一歩のところまで来た唯である。
    梓やムギ、それに和は各方面の司令官として散っておりなかなか会う機会がなくなってしまったのは寂しくあったが、ようやく夢がかなう。
    唯はそこまで来ていた。
    「そう言えばお姉ちゃん」
    「ん?」
    「お姉ちゃん、変わったね。いつもゴロゴロしてたのに、今は何か輝いてるよ」
    「そうかなぁ」
    もじもじと照れる唯に、憂は思い切ってあのことを尋ねる。
    「ねぇ、お姉ちゃん。何で天下布武なんて言い出したの?」
    「ああ、あれはねぇ……」
    唯はゆっくりと、しかしかみしめるように語り始める。
    あの日、和に言われたこと。
    そんな中、梓と出会ったこと。
    そして梓のような人を救いたいと思ったこと。
    ……いや、救いたいという表現は唯の思いを正確に表してはいない。
    救うのではなく、無くしたいと思ったという方がより正確だろう。
    「一生懸命頑張ります!」
    その言葉通り、唯はあの日から一生懸命頑張って来た。
    そんな姉の姿を見て、憂もいつしか姉の思いを実現させてあげたいと思うようになってきた。
    もし後世の史家が平沢唯という希代の英傑の話を書こうと思えば、そこに憂の名が書かれることは無いのかも知れない。
    だが、陰となり唯を支えて来たのは間違いなく憂であった。
    「お姉ちゃん、あとちょっとだね」
    憂は今や英傑と呼ばれるに何ら遜色のない、しかし昔と変わらない姉に寄り添いながら京へと歩みを進めた。

    43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 00:38:45.79
    京都本能寺。
    「りっちゃん将軍! お元気でありましたか!?」
    「おっす唯、久しぶりだな。こっちは元気でやってたぜ。な、澪?」
    「……ん? ああ、そうだな……」
    「どうしたの澪ちゃん? 元気ないみたいだけど」
    「唯……いや、何でもないんだ、何でも……」
    「そう? ならいいんだけど……」
    澪の沈んだ様子に、律も声をかける。
    「どうした澪? 具合でも悪いのか?」
    「……ああ、そうなんだ……ちょっとな……」
    「大丈夫か澪? 早めに帰るか?」
    「いや、私のことは気にするな……」
    「気にするなっておまえ……。しゃねーなー。悪い唯! ちょっと澪の奴具合悪いみたいだから、あたしら先帰るわ。せっかく来てもらったのにごめんな!」
    「ううん、気にしないで。澪ちゃんの看病をしてあげてよ」
    「悪いな。またな!」
    「うん、お大事にね」

    律は澪の肩を支えながら本能寺を出る。
    「……おまえ、仮病だろ?」
    本能寺を出てしばらく、律は澪に問いかけた。
    「……バレてた、か……」
    「何年付き合ってると思ってるんだ。何だ、悩み事か? あたしでよければ……」
    「いや、律には関係ないんだ!」
    澪はすぐに否定した。
    「なんだよ、そうかよ! じゃあ勝手にしろ!」
    「……すまん、律……」
    澪は去ってゆく律の背中を見ながらそう呟いた。

    46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 00:59:42.92
    翌朝のことだった。
    備中にいた梓の陣に、一人の密偵が引っ掛かる。
    「平沢唯、京都本能寺で討たれる」
    その密偵はにわかに信じがたい密書を持っていた。
    開いた梓の顔がとたんに白くなる。
    そんな梓の様子を見ていた、いつのまにか何となく家中に潜り込んで家臣となっていた純が梓に問いかける。
    「どうしたの梓、ますます日本人形みたいな顔になってるよ」
    そんな純の問いかけにも答えず梓は、
    「唯先輩が……唯先輩が……」
    とひたすら繰り返す。
    「憂のお姉ちゃんって面白いよね」
    そう言った純だったが、ただならぬ梓の様子に梓の肩をぎゅっとつかむ。
    「梓! 梓ってば!」
    「……あ、純……」
    まるでそこに純がいたことを今気付いたかのような呆けた梓の返事。
    「どうしたの梓」
    「……唯先輩が……」
    「憂のお姉ちゃんはわかったから」
    「……唯先輩が討たれた……どうしよう、純!」
    「え!? 討たれたって憂のお姉ちゃんが!?」
    「そう……」
    「いやいやいや、ありえないでしょう」
    否定する純に、梓は先ほどの密書を差し出した。

    47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 01:01:29.40
    梓はかつて自分を拾ってくれた唯のことを思い出す。
    もしあの時唯先輩に出会っていなければ、どこかでのたれ死にをしていたか……。
    今はこうやってひとかどの武将としてやっているが、仕えたのが唯先輩でなければ……。
    「じゃあ、あずにゃんだね!」
    そう言っておぶってくれた時の。
    「あずにゃ~ん!」
    墨俣築城のおり、唯先輩がそう言ってほおずりをしてくれた時の。
    唯先輩のそれぞれのぬくもりを思い出す。
    「……唯先輩……もう抱きついてきても怒りませんから……唯先輩……」
    梓は肩をふるわせながら、こぼれ落ちるままに涙を大地へと染み込ませ続けた。

    50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 01:17:43.08
    「梓、今度は梓が天下を狙う番だよ……」
    純は未だ泣き止まぬ梓に静かに告げた。
    それがどんなに残酷な言葉であるのか、純にもわかっていた。
    「梓の番」、すなわち梓の慕った唯の死を認めることになるのだから……。
    「梓、泣いていてもしょうがないよ……。ま、私はどっちでもいいんだけどさ、ほら、唯先輩との夢がさ……」
    そんな純の言葉に梓の目にようやく涙以外の光がともる。
    「純……」
    それからの梓の動きは速かった。
    まさに疾風迅雷。
    備中の陣を引き払うと、昼夜を問わず京を目指した。
    街道に灯させた松明を横目にただひたすらに駆ける。

    51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 01:23:47.88
    このあまりの動きの速さに驚いたのは京にいた澪である。
    「まさか梓が……」
    ここまでの計画は完璧だった。
    各地に軍を出し真空地帯となった京で唯を討ち取る。
    その後、田井中将軍家の名で密書を各地に飛ばし、平沢包囲網を作り各地の平沢家臣団の動きを封じ込め、その間に畿内での地盤を固める。
    そのはずだった……。
    「速すぎる!」
    澪は苛立ちを隠せなかった。
    「落ち付けって、澪」
    隣にいた律が澪をたしなめる。
    もちろん律の胸中も穏やかならぬものがあった。
    澪の突然の挙兵。
    自らを将軍として奉戴してくれた唯を、自らに長年仕え苦楽を共にした澪が討つ。
    だが、律には澪を責めることができなかった。
    再び田井中将軍家が力を持つには、律以上に力を持ちつつある唯を討つしかない。
    そう考えるまでに至った澪の心中は理解しているつもりだ。
    「すまん唯……澪を許してくれとは言わない、せめて責めるなら澪じゃなくあたしを責めてくれ」
    律は静かに心の中で祈った。

    53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 01:49:20.00
    梓、澪の両軍は円明寺川を挟んで対陣した。
    「そう、唯が討たれたのね……」
    四国へと向かう途中、唯が討たれたことを聞きとって返した和は梓に合流していた。
    「唯先輩の仇は必ず討ちます!」
    梓が意気込む。
    戦の趨勢は思いの外簡単に決した。
    天王山をおさえた梓が澪の動きを牽制できたというのもあったが、何より澪に見方する者が畿内近辺にはあまりに少なかった。


    「負け……か……」
    澪は総崩れとなった自陣を見て肩を落とす。
    だが澪は、梓に負けたとは思っていなかった。
    澪が負けたとするなら、それは唯に、だ。
    これほどまでに畿内で兵が集まらないとは……。
    まして律の、将軍家の名を出して2万に届かなかった。
    これでは勝負にならない。
    「澪、やっぱり唯はすごい奴だったな。お前の言った通りだったよ」
    律は陽気に澪に語りかける。
    「すまん、律……。こうなったら私一人で……だから律は……」
    「何いってんだよ、澪。さ、一緒に逃げようぜ」
    律は明るく言ったが、すでに梓が追討の軍を出しているだろう。
    すでに付き従う兵も少なく、逃げ切れないことを律も澪も確信していた。
    「律……」
    澪は隣で微笑む律をこんなことに巻き込んで申し訳なく思うと同時に、頼もしくも思った。

    54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 02:24:02.17
    「梓ー、澪先輩達まだ見つからないみたい」
    純は焦れる梓にそう答える。
    ここで澪達を逃がせば後々に禍根が残る。
    それを梓は気にしているのだ。
    だが、梓の気になることはもう一つあった。
    隣の和の様子である。
    焦れる梓とは対象に、和は落ち着いている。
    あげく、
    「じゃあ私、先に城に戻るわね」
    そう言って帰っていったのである。
    「唯先輩が討たれたっていうのに」
    梓は内心そう歯がみした。


    「もはやこれまで、か……」
    澪は平家物語、木曾の最期を思い出す。
    澪は律の方を向き微笑み、藪の向うにいるであろう敵に斬りかかっていった。
    「日ごろは音にも聞きつらん、今は目にも見たまへ。木曾殿の御乳母子、今井四郎兼平、生年三十三にまかりなる。さる者ありとは、鎌倉殿までも知ろしめされたるらんぞ。兼平討つて見参にいれよ。」
    そう叫んだ澪の前に姿を現したのは。
    「え? み、澪ちゃん!? ちょっと待って! わ、私!! 唯だよ、唯!」
    「え? 唯?」
    驚いたのは澪と律である。
    「何で唯がここにいるんだ!?」
    「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい! ば、化けて出るならもう少し待ってくれ! もうすぐ私もそっちに行くから!」
    さっきまでの勢いもどこへやら。
    澪はすっかりおびえてしまっている。

    55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 02:27:34.25
    「澪ちゃん? 私、まだ生きてるよ?」
    「お姉ちゃん、だからこっちじゃ……ってあれ、律さんに澪さん?」
    唯の後から出て来たのは憂である。
    「憂ちゃんまで!?」
    「でもちょうどよかったよ、りっちゃんと澪ちゃんに会えて。実は私たち迷子になってたんだよぉ……」
    律は唯の話を聞きながら、澪の耳からふさいでいた手を引きはがす。
    「ひぃ、唯のお化け!」
    「おい馬鹿、よく見ろ。足もあるだろ。この唯は生きてる。どうやって生きていたのかはわからないけど……」
    「ほ、ホントだ……。唯、生きてる、のか?」
    「生きてるも何も、私最初から死んでないよ?」
    あまりにあっけらかんとした唯に、律は核心を尋ねる。
    「唯、どうやってあの中から脱出できたんだ? 澪のやつ、かなり本気で周囲を固めてただろ」
    「どうもこうも、話が全くわからないんだけど……」
    聞けば、唯は律達が帰ったあと、
    「憂、アイス食べたい……」
    と言って、本能寺を抜け出たそうだ。
    そして堺へと向かう途中、迷子になってここまで来た、と。
    「澪が『敵は本能寺にあり!』なんて自信満々に言うから……」
    「なっ、律だって唯は討ち取ったって言っただろ!」
    二人のやりとりをぽかんと見つめていた唯は、突然慌て出す。
    「え!? 私、討ち取られたの!? ま、まさか私死んだんじゃ……」
    澪と律は二人同時に。
    「いやいやいや、生きてるから!」

    57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 02:39:28.01
    その後、梓に合流するまでの間、
    「唯、ホントごめん!」
    「悪かったよ!」
    と、律と澪に散々謝られたものの、唯はいっこうに理解できず、
    「わからなくて困ってるお姉ちゃん可愛い」
    と、憂はずっと微笑んでいた。
    もちろん「私がお姉ちゃんだから道案内をするよ! ふんすっ」と鼻息を荒くする余裕もなく、今度は憂の先導で向かったのであっさりとついた。

    梓と合流してすぐ。
    「唯先輩は本当に勝手です! 勝手にいなくなって勝手に帰って来て! もう本当に……。でも生きていて、よかった、です……」
    「心配かけてごめんね、あずにゃん」
    「わぷっ、唯先輩! 抱きつかな……きょ、今日だけ、特別、ですよ……」
    「あずにゃ~ん!」

    その後城に戻った唯は。
    「全く、勝手に行方不明になって。このままだとホントにニートになるところだったわよ」
    「ニート!? 数日いなかっただけでニート扱い!?」
    と、和によくわからないお説教を受けたのだった。

    60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 02:52:35.33
    それからしばらく後、唯は天下を統一する。
    こうして世は太平を迎えることとなった。

    こうして唯は太平の世のもと、日々ごろごろしながらアイスを頬張ったというのは蛇足だろうか。
    「ごろごろしてるお姉ちゃん、やっぱり可愛いなぁ」
    「そうやって憂が甘やかすから唯先輩はダメなままなんだよ!」
    「ダメ? じゃあ、梓ちゃん、しっかりしているお姉ちゃんがいいの?」
    「唯先輩がしっかりしてたら……」
    今や天下の政は憂を中心に回っていると言っても過言ではない。
    そこにしっかりした唯先輩が加わったら……。
    「う~ん、何か違う気がする……」
    梓はそこまで考えて、微妙な表情をした。

    「唯、このままじゃ本当にニートになっちゃうわよ!」
    「重いよ! 今回はその言葉重いよ、和ちゃん!」
    唯はとりあえずまた何か一生懸命がんばれるものを探そうと誓ったのだが、とりあえずはこのアイスを食べて、ムギちゃんのお茶会が終わってから……。
    そう思うのであった。


    そうそう。
    諸大名を前に、
    「私、こうやって諸大名をひれ伏させるのが夢だったの~」
    と言って、ムギが周囲をどん引きさせたのは余談である。

    61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 02:54:33.41
    一応これで終わりです。

    スレを立ててくれた>>1と支援してくれた人、読んでくれた人に全てに最大級の感謝をしながら。

    67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 03:37:27.16
    >>66

    憂「お姉ちゃん、子孫を残すのは天下人の重要な役目だよ!」

    唯「子孫?」

    憂「そう、だからお姉ちゃんも私と!」

    唯「え? 憂は女の子だよ?」

    憂「大丈夫だよ! 愛さえあれば!」

    唯「う、憂?」

    憂「愛さえあれば子孫なんていらないよ!」

    唯「言ってることが滅茶苦茶だよ……憂」

    憂「お姉ちゃんと私だけの大奥だよ!」


    こんなの?

    75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 12:45:36.07
    【番外編】


    「いくら梓ちゃんでも、これだけは譲れないよ」
    天下を統一し、律より征夷大将軍の職の禅譲を受けた唯は新たに幕府を開くことになった。
    しかしここに火種が生じる。
    大坂を本拠とする梓は大坂への開府を主張。
    江戸を本拠とする憂は江戸への開府を主張したのだ。
    「まぁまぁ、憂ちゃんも梓も落ち着こう、なぁ?」
    二人の剣呑な雰囲気を察し、律が慌てて止めに入るも、
    「律先輩は黙っててください!」
    と梓に一喝されてしまう。
    「澪ぉ……梓が黙ってろって……」
    律が助けを求めた先の澪も困り顔だ。
    「くっ、こうなったら唯に止めてもらうしか……」
    澪が頼りにならないと見た律は唯の方を向く。
    「ほら、唯ちゃん。新しいお菓子があるのぉ」
    「っておいムギ! 唯をどこに連れて行くんだ!」
    「あら、見つかっちゃったわ……。でもおいしいお菓子があるのは本当よ、唯ちゃん。それに私、女の子を巡って女の子同士が争うのを見るのが夢だったの。じゃあそういうことだから後は任せたわ、りっちゃん!」

    87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 21:40:12.37
    「やっぱり唯先輩は大坂に来るべきです!」
    「何言ってるの梓ちゃん。大坂に行ってお姉ちゃんが怪我したら大変。だからお姉ちゃんは江戸に来るべきなんだよ」
    「意味わからないって憂……。大坂は京都も近いし、海も近いから政治の中心地になるのは当然なんだって」
    「そんなことよりお姉ちゃんが怪我でもしたら大変だよ」
    「いや、だから意味わかんないよ憂……」
    その後も梓と憂は結局互いに譲らず、唯の裁断を仰ぐこととなった。
    「というわけで、唯先輩は大坂に来るべきなんです!」
    「お姉ちゃん、江戸には美味しいアイスがあるよ!」
    二人にすごまれ困ったのは唯である。
    「う~ん……。どうしたらいいと思う、和ちゃん?」
    「そうね。戦って決めたらいいんじゃないかしら?」
    「ダ、ダメだよ和ちゃん! 喧嘩はよくないよ!」
    「喧嘩じゃないわ、戦争よ」
    「もっとダメだよ!」
    「そんなこと言っても解決できそうにないし、軍事演習って体にしたらいいんじゃないかしら」
    そんな和の発言を聞いて熱がこもったのは梓と憂である。
    「やってやるです!」
    「梓ちゃん、めっ!」
    「あ、あずにゃん……? う、憂……?」唯の心配をよそに、日の本六十余州を二分する大戦がここに始まろうとしていた。

    89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 21:52:27.15
    午前6時。
    関ヶ原。
    霧が立ちこめる中、中野梓率いる西軍。
    平沢憂率いる東軍の布陣が完了する。
    ここ関ヶ原は東西南北を山に囲まれ、中山道、北陸街道の交わる東西交通の要所である。
    梓は近江側に本陣、松尾山に純、南宮山にムギを配置し、東から迫る憂の軍勢を鶴翼の陣で待ち受けた。
    一方の憂は、西軍美濃大垣を立つとの知らせを聞き、関ヶ原へと兵を進めた。
    布陣から見れば、梓が憂の正面を、松尾山の純が側面を、南宮山のムギが背面を包囲するかたちになる。
    「憂には悪いけど……」
    梓はまだ霧は晴れず戦場の全景は見えずにいたが、自らの包囲網に憂がまんまとかかったことにほくそ笑んだ。

    91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 22:03:16.04
    午前9時。
    憂率いる東軍の先陣であった律が、梓の本陣をめがけて突撃を開始する。
    「まったく、律の奴……」
    憂と本陣にいた澪は、律の暴走に呆れた様子を見せる。
    余談にはなるが、本能寺の変の後、秋山澪は出家をする。
    一部からは禿げたと言われるが、そうではない。
    単に前髪を少し剃髪しただけである。
    また、落馬時に縞パンを衆目にさらし、縞パン宰相の異名をとるようになったのだが、本人が嫌がる呼び名とあるので、ここでは引き続き澪と表記することにした。

    さて、憂の当面の懸念は背後のムギと、側面の純である。
    ムギには不戦の約束を取り付けてはいるが、東軍不利と見ればいつ背後を襲われるかわからない。
    また純には寝返りを取り付けてはいるが、こちらも戦が長引けばどうなるかわからない状況である。
    「梓ちゃん、お姉ちゃんは渡さないよ……」
    憂は前方で始まった戦況を見ながらそう呟いた。

    92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 22:09:05.11
    南宮山。
    ムギは戦が始まったことに興奮していた。
    もちろん戦に興奮したわけではない。
    「唯ちゃんを巡って2人の女の子が争う……。それも片方は血のつながった憂ちゃん! 面白くなりそうね」
    一応憂には不戦の約束をしたが、それも好奇心から。
    すなわち、憂と梓の女の戦いを見ていたいが為に、戦闘には参加しないというだけである。
    あとは恍惚とした表情をするだけのムギについて、ここで殊更記す必要もないだろう。

    93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 22:17:36.00
    さて、同じく西軍についた松尾山の純は迷っていた。
    憂に味方すべきか、梓に味方すべきか。
    憂も梓も大切な友達である。
    憂がどんなにお姉ちゃんを好きかも知っているし、梓がどれだけ唯先輩を慕っているかも知っている。
    「どうしよう、どうしよう……」
    ちなみに今、純が気にしているのは髪型である。
    今朝は霧が立ちこめるような天気なので、頭が爆発しているのだ。
    しかし今気にすべきは髪型ではない。
    「はっ! そうだった。梓と憂は」
    純は麓の様子を眺める。
    戦況は一進一退。
    もともと鶴翼に部隊を展開させた梓は迎撃側である。
    攻め疲れた憂の本陣を背後のムギと側面の純で突く。
    これが大まかな作戦であった。

    95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 22:35:25.27
    「浮きます」
    「こら唯、食べ物で遊んじゃダメよ」
    唯と和は京都にいた。
    唯は親指からミカンを取り、皮をむきはじめる。
    目の前にケーキがあるのだが、先にケーキを食べてしまうと後でミカンを食べたときに酸っぱく感じてしまう。
    だから先にミカンから食べ始めたのだ。
    「和ちゃんのケーキも、美味しそうだね」
    「いいわよ、一口食べても」
    「ホントにぃ! じゃあ私のも一口あげるよ!」
    「悪いわよ」
    「いいっていいって」
    「それじゃあ一口貰うわね」

    96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 22:45:30.08
    関ヶ原、西軍本陣。
    梓は憂の猛攻にじれていた。
    「なにしてるのよ、純は!」
    総攻撃の狼煙をあげても、松尾山の純は東軍に攻めかかる様子もない。
    今ここで西軍本陣に肉迫する憂の脇腹をつけば、東軍は総崩れになるだろう。
    しかし純には動く様子がなかった。

    もちろん東軍の憂も
    じれていた。
    「純ちゃん、早く動いて……」
    ここで純が東軍に味方し、西軍に攻めかかれば今度は西軍が総崩れになる。
    今やこの戦のキャスティングボードは純の手に握られていたのだ。

    さて、その松尾山の純はといえば。
    「どうしよう……梓……憂……どうしよう……」
    純は迷っていた。
    梓につくべきか、憂につくべきか。
    未だ決めかねていた。
    まさか自分の手にこのような重大な決断が委ねられることになるとは。
    純には思いもよらぬことだったからである。

    97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 22:53:09.59
    「和ちゃんがあんな人だとは思わなかったよ!」
    「ゆ、唯先輩!?」

    「唯はイチゴくらいで何故あんなに怒ったのかしら」
    「の、和さん!?」

    西軍、東軍のそれぞれ本陣は思いもよらぬ人物の来訪を受けた。

    関ヶ原西軍本陣。
    「あずにゃん、指揮変わって!」
    「え!? ゆ、唯先輩!? あの、えっと……」
    「和ちゃんがね、一口あげるって言ったら私のケーキのイチゴを食べちゃったんだよ!」
    「……どうでもいいです……」
    「どうでもよくないよ! イチゴだよ!? イチゴなんだよ!?」
    「今はそれより、憂との……」
    「そんなことより、今はケーキのイチゴの方が大事なんだよ、あずにゃん!」
    「だからそれはどうでもいいんですって……」
    「よくないんだよ。和ちゃんにどんなにケーキのイチゴが大切かを教えてあげないと!」

    98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/26(火) 23:02:36.36
    関ヶ原東軍本陣。
    「それでお姉ちゃんが……」
    「ええ。イチゴの大切さを戦場で教えてあげるって言って」
    こちらは西軍の唯と違って落ち着いた様子ではある。
    しかし、そこは和と言うべきか。
    唯に「和ちゃんは東軍の指揮だよ。私が和ちゃんにイチゴの大切さを教えてあげるから!」と言われ、無理やりつれてこられた割に、真面目に指揮をとり始めた。
    「憂、あの松尾山の軍は全く動かないの?」
    「純ちゃんですか? 動かないみたいですね」
    「そう、なら鉄砲を撃ち込みましょう」

    西軍本陣。
    「あずにゃん、あの山に鉄砲を撃ち込もうよ! 督戦だよ、督戦! イチゴの大切さを和ちゃんに教えるんだよ!」
    「いや、イチゴはもういいですから……」

    この動きに驚いたのは松尾山にいた純である。
    先ほどまでは出陣の催促が来る程度だったのに、突然の銃撃。
    しかも東西両軍から。
    「え!? ええっ!?」
    純は慌てて松尾山を駆け下りる。
    もちろん戦場とは反対の方向へ……。

    103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/27(水) 00:54:30.80
    この戦は意外な決着を見ることになる。
    「そろそろお茶にしましょう」
    ムギがそう言うと、あっさりと両軍(主に唯と律)が引いた。

    もちろん、これに納得がいかないのは梓と憂である。
    「唯先輩、私のイチゴをあげます」
    「お姉ちゃん、私のイチゴもあげる」
    「わぁ、ありがとう、あずにゃん、憂!」
    「唯先輩、大坂に来たらもっとイチゴをあげますよ!」
    「お姉ちゃん、江戸は栃木が近いからイチゴがたくさんあるよ!」
    「う~ん。やっぱり私、イチゴショートもいいけど、モンブランも捨てがたいんだよ!」
    「唯……先輩?」
    「お姉……ちゃん?」
    「いや、でもやっぱりフルーツタルトも……」
    「唯先輩!」
    「お姉ちゃん!」
    「結局どっちに来るんですか!?」
    「どっちに来るの、お姉ちゃん!?」

    こうして東西に分裂した戦は決着を見ないまま決着した。
    「あらあら、唯ちゃんはモテモテね」
    ムギがこう言ったかどうか知らないが、その後も梓と憂の唯を巡る対立は続いたとか続かないとか。

    「あら唯。イチゴが3つもあるじゃない。1つもらうわね」
    「え!? の、和ちゃん!? イチゴだよ!? イチゴなんだよ!?」
    唯と和のイチゴを巡る戦いも、もう少しかかりそうである。

    105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/27(水) 01:36:17.45
    梓「そういえば、純」
    純「何、梓」
    梓「何でそんな髪型になったの?」
    純「けっこう言いにくいことをズバッとくるね……」
    梓「で、何で?」
    純「話せば長いんだけどね……。昔、私、憂のお姉ちゃんに無謀をしたことあったじゃん?」
    梓「あったっけ、そんなこと?」
    純「……まぁ、あったんだよ……。それでさ、憂のお姉ちゃんに負けて、私がドーナツを差し出したら命だけは助けてあげるって言われたんだ」
    梓「あぁ、唯先輩らしいね……」
    純「でも私、まだ一口も食べてなかったから渡したくなかったの」
    梓「そういう問題?」
    純「で、もったいないからドーナツの中心部に火薬をつけて、頭に乗せて爆発したんだ」
    梓「よく生きてたね……」
    純「で、爆発したら髪の毛も爆発してたってわけ」
    梓「いろいろとすごいね……。何かごめん、変なこと聞いて……」
    純「いいよ、別に。それにドーナツ美味しいよ」
    梓「今の話聞いて食欲なくなったからまた今度ね……」
    純「甘いものは別腹だよ」
    梓「そういう問題じゃないんだ、今は……」

    125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/27(水) 23:50:33.71
    まだ落ちてなかったのですね……。
    せっかくなので、使わなかった本能寺別パターンを書いて終わろうと思います。


    京都本能寺。
    敵は本能寺にあり。
    本能寺周辺は、秋山澪の軍勢に囲まれていた。

    「お姉ちゃん、澪さんが……!」
    憂は慌てた様子で、姉、平沢唯の元へ駆け込む。
    「……憂……あと5分……むにゃむにゃ」
    「お、お姉ちゃん! 起きて、ねぇ起きてってば!」
    「大丈夫だよ、憂……今日は休みだよ……」
    「違うよ、お姉ちゃん! 謀反だよ、謀反!」
    「……ごはん……? はっ! 憂、ご飯はおかずなんだよ!」
    「お、お姉ちゃん……?」
    「憂ぃ~、お腹空いた……」
    「お姉ちゃん、今はご飯じゃないよ。それにさっき食べたばかりでしょ?」
    「じゃあ、お菓子を」
    「って、そうじゃないんだよ、お姉ちゃん!」
    憂は唯に周辺の様子、そして澪が謀反をおこしたことを懸命に伝える。
    「そっかぁ……。是非も無しだね、憂」
    「お、お姉ちゃん……?」
    憂は目に涙を浮かべながら、姉に寄り添った。

    127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 00:14:49.87
    おそらく澪のことだ。
    謀反をおこした以上、唯を本能寺から逃がすことはまずあるまい。
    「憂、ここはお姉ちゃんにまかせて!」
    「お、お姉ちゃん……?」
    「憂は逃げるんだよ」
    「ダ、ダメだよ! 私も一緒にいる!」
    「大丈夫、私に任せてよ!」
    そう唯は務めて明るく言ったが、唯にもこの包囲を突破し外に出ることは容易ではないことなどわかりきっていた。
    それでも姉として。
    頼りない姉ではあったが、最期くらい良い姉として迎えたいではないか。
    「……よしよし、大丈夫だよ、憂」
    唯は穏やかな顔で、憂の頭をなでる。
    「……お姉ちゃん……」
    「ほら憂。あとはお姉ちゃんにまかせて、憂は……」
    おそらくもう会うことはできまい。
    そう思うと、憂は姉のぬくもりがいっそう恋しく離れがたいものがあった。
    しかし唯は強引に憂を突き放すと、「じゃあね」とこの場には不似合いな笑顔だけを残し、燃え始めた扉の向うへと消えていった。
    それがどんなに憂にとって非情なことであっただろうか。
    唯はけっして頼れる姉ではなかったが、そのぬくもりで常に憂をつつんでくれていた。
    そのぬくもりが無くなってしまったら、今後何でその身を温めればいいというのだろうか。
    止めどなく流れる涙は、まるで燃えさかる炎の蜻蛉のように憂の視界を激しく揺らし続けた。

    128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 00:25:33.48
    翌朝、備中高松にいた梓の陣で一人の密偵が捕らえられる。
    「平沢唯、京都本能寺で討たれる」
    その密偵は、にわかには信じがたい密書を携えていた。
    開いた梓の顔がとたんに白くなる。
    「どうしたの梓、ますます日本人形みたいな顔になってるよ」
    純の問いかけにも、
    「唯先輩が……唯先輩が……」
    と梓はひたすら繰り返すばかりであった。
    「憂のお姉ちゃんって面白いよね」
    そう言った純だったが、呆け続ける梓のただならぬ様子に肩をぎゅっとつかむ。
    「梓! 梓ってば!」
    「……あ、純……」
    まるでそこに純がいたことを今気付いたかのような呆けた梓の返事。
    「どうしたの梓」
    「……唯先輩が……」
    「憂のお姉ちゃんはわかったから」
    「……唯先輩が討たれた……どうしよう、純!」
    「え!? 討たれたって憂のお姉ちゃんが!?」
    「そう……」
    「いやいやいや、ありえないでしょう」
    否定する純に、梓は先ほどの密書を差し出した。

    129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 00:27:40.43
    梓はかつて自分を拾ってくれた唯のことを思い出していた。
    もしあの時唯先輩に出会っていなければ、どこかでのたれ死にをしていたか……。
    今はこうやってひとかどの武将としてやっているが、仕えたのが唯先輩でなければ……。
    「じゃあ、あずにゃんだね!」
    そう言っておぶってくれた時の。
    「あずにゃ~ん!」
    墨俣築城のおり、唯先輩がそう言ってほおずりをしてくれた時の。
    唯先輩のそれぞれのぬくもりを思い出す。
    「……唯先輩……もう抱きついてきても怒りませんから……唯先輩……」
    梓は肩をふるわせながら、こぼれ落ちるままに涙を大地へと染み込ませ続けた。

    130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 00:29:51.99
    「梓、今度は梓が天下を狙う番だよ……」
    純は未だ泣き止まぬ梓に静かに告げた。
    それがどんなに残酷な言葉であるのか、純にもわかっていた。
    「梓の番」、すなわち梓の慕った唯の死を認めることになるのだから……。
    「梓、泣いていてもしょうがないよ……。ま、私はどっちでもいいんだけどさ、ほら、唯先輩との夢がさ……」
    そんな純の言葉に梓の目にようやく涙以外の光がともる。
    「純……」
    それからの梓の動きは速かった。
    まさに疾風迅雷。
    備中の陣を引き払うと、昼夜を問わずひたすらに京を目指した。

    132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 00:44:30.41
    どうやってここまで来たかは思い出せない。
    気付いたら越前は北ノ庄城の広間に通されていたのだ。
    「あら憂ちゃん、久しぶりね。唯ちゃんは元気?」
    未だ本能寺での出来事を知らないムギは微笑みながら憂に話しかける。
    「待ってて、今、お茶の用意をするから」
    憂の疲れ切った様子。
    泣きはらしたであろう赤い目。
    所々に返り血と泥の付いた着物。
    ただならぬ様子ではないことはムギにもわかった。
    しかし今の憂はまるで魂の抜け落ちた人形のようで、話ができる状態ではないだろう。
    まずはお茶を飲んで、それから。
    「はい、ハーブティーとケーキよ。きっと落ち着くわ」
    そうムギが言っても返事はない。
    いつも礼儀正しい憂らしからぬ態度である。
    「……あのね、憂ちゃん……」
    ムギは湯気の消えた碗を見ながら、とうとう憂に話を切り出した。
    「何があったのか、話してもらってもいいかしら」
    「……お姉ちゃん……」
    憂はそう言ったと同時に、体面も気にせず嗚咽し始めた。
    これは最早異常事態と言っていい。
    ムギも平静ではいられず、
    「唯ちゃんがどうしたの!?」
    と、思わず憂の様子も鑑みず詰問するように前へ出た。

    133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 00:57:49.81
    どのくらい経っただろうか、唯が本能寺で澪に討たれたこと。
    そして唯が憂だけでも逃がそうとしたこと。
    一通り憂から聞き終える頃には、ムギの目も赤く腫れていた。
    「……そう、唯ちゃんが……」
    焦点の定まらない目で、ようやく口をつけた憂の碗を見ながらムギは噛み締めるように言った。
    今すぐにでも唯の仇を討ちたい。
    しかしその唯を討ち取ったのは澪なのだ。
    ムギの気持ちは振り子のように左右に揺れる。
    気付けば深い沼に飲み込まれるように、何が現実なのか、これは悪い夢で、唯はまだ生きているのではないのか。
    ムギの思考は、川の一点を見つめ続けた時のように流動的停止状態に陥っていた。


    「申上げます」
    一人の兵がムギと憂のいる広間へと駆け込んでくる。
    中野梓、山崎にて秋山澪を討ち取る。
    ついては清洲で唯亡き後の平沢家の今後を決めるので、ムギにもその会議に出席して欲しいとのことだった。
    「……そう、梓ちゃんが……」
    ムギは気のない返事をしながら、呆然とする心を抑えるように立ち上がった。

    136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 01:26:39.49
    尾張国、清洲城。
    久しぶりに、和、梓、ムギ、そして憂が会す。
    だが。
    本来その中心にいるべき唯の姿は無い。
    空席となった上座に、自然と一同の目が集まる。
    もちろん唯が現われるわけもないのだが、あれだけ泣きはらしたというのにこうして改めて唯のいない空間を見ると何だか無性に虚しく、そして悲しくなるのが不思議でもあり、当然であるようにも思えた。
    「今日集まってもらったのは他でもありません……」
    そんな中、梓がおもむろに立ち上がる。
    再び流れ出そうになった涙を振り切るように一拍おいてから、力強く告げた。
    「唯先輩の後を誰が継ぐか、です」
    あけすけに言えば、平沢家当主である唯が討たれたので誰が次期当主になるのか、という話である。
    だが梓はそこで、思いもよらぬ名を告げた。
    「私はギー太がいいと思います!」
    ギー太とは、南蛮の宣教師から唯が買った今で言うギターのことである。
    もちろんギターとは楽器であって、人ではない。
    そんなものが家督を継ぐなどという前例はあり得ないし、おこりえないことだと言っていい。
    順当に平沢家の家督を継ぐとすれば、それは憂のはずだった。
    「あ、梓ちゃん!? じょ、冗談……よね?」
    ムギが声をあげる。
    「いいえ、ムギ先輩。冗談ではありません。私はギー太こそ唯先輩の後を継ぐのに相応しいと思います」


    137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 01:28:30.92
    梓の言い分はこうである。
    唯先輩は唯先輩であって、唯先輩の代わりはいない。
    だからここはひとまず当主の座を空位にしてでも、私達で唯先輩の意志を継ぐ。
    すなわち唯先輩の意志を殺してしまわない為にも、当主は空位とする。
    幸いムギ先輩を始め優秀な家臣も多くいるので、当主不在であっても困ることはないだろう。
    というものであった。
    「……そうね、それがいいかも知れないわ……」
    思わぬ和が梓に賛同する。
    「の、和ちゃん……?」
    ムギとしては憂の悲しみを見ていただけに、憂を当主に唯の後を継いでもらえればと思っていた。
    しかし、唯の仇を討ったのは梓であるし、まして和が賛同するのであれば、ムギとてその意を覆すことは難しい。
    何より肝心の憂が……。
    ムギは未だ精気の戻らぬ憂を見ながら、唯を失ったことの大きさを噛み締めた。

    138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 02:01:03.05
    清洲での会議からしばらく後。
    梓は京で大々的に唯の葬儀を執り行うなど、家中での発言力を徐々に高める。
    もちろん梓の心中は唯の宿願を叶えることで占められてはいたのだが、その為には手段を選ばず、唯に近かった和ですら次第に政権中枢から遠ざけられていった。
    このことに危惧を抱いたのは、本能寺の一件以降、ふさぎ込んでいた憂を少しでも慰めようと頻繁に岐阜の憂の元に通っていたムギであった。
    憂は徐々に以前の元気を取戻しつつあったが、実質家中を掌握した梓に封(ふう)じられる。
    自らを逃がすために死んだ姉のために何もできないことがますます憂を苦しめた。
    「……憂ちゃん……」
    そんな憂の様子を見かねたムギは、とうとう梓のもとに何とかならないかと向かった。

    139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 02:03:27.77
    「お久しぶりです、ムギ先輩」
    「ええ、久しぶりね、梓ちゃん」
    久しぶりの対面だというのに、梓は書面からほとんど顔を上げなかった。
    「……あのね、梓ちゃん……」
    「はい?」
    「憂ちゃんのことなんだけど……」
    「憂がどうかしましたか?」
    あまりにそっけない態度である。
    「あのね、梓ちゃん……。梓ちゃんが唯ちゃんを慕っていたことは知ってるわ。それに唯ちゃんが果たせなかったことを今梓ちゃんが果たそうと頑張っていることも……。でもね……」
    ムギはここで一旦言葉を区切る。
    そして、梓が書面から顔を上げていることを見てから続けた。
    「……今の梓ちゃんがしていることを見て、唯ちゃんはどう思うかしら?」
    「……どういう、意味ですか?」
    梓はにらむようにムギを見る。
    「梓ちゃん。唯ちゃんが本当に成し遂げたかったことって、天下統一なのかしら? ううん、私はそうは思わない。唯ちゃんが本当に成し遂げたかったのは……」
    「ムギ先輩に唯先輩の何が分かるんですかっ!?」
    ムギの言葉を遮るように梓は立ち上がり、怒気をあらわにする。
    そして。
    「ムギ先輩、出て行ってください……。憂にも、唯先輩のことは私がちゃんと後を引き継ぐから余計なことはしないでと伝えてください」
    と、淡々と告げ、ムギを一切その視界から外し、黙り込んでしまった。

    142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 02:59:29.58
    北ノ庄へと帰ったムギは悩んでいた。
    「……梓ちゃん……」
    梓が唯の後を継ごうと、その小さな肩で耐えていることもわかる。
    しかし。
    「ねぇ、唯ちゃん。唯ちゃんならどうするかしら……」
    ムギには梓のやり方が、唯のそれに反するものに思えた。
    だが、梓の気持ちもわかる。
    それが一層ムギの気持ちを暗いものにしていた。


    「ムギ先輩を討ちます!」
    とうとう梓は近江に向け、姫路より大軍を発する。
    今や梓にとってムギは、唯の夢を。
    唯と梓の宿願を邪魔する存在となっていた。
    「ねぇ、梓ぁ。本当にいいの?」
    純は梓に尋ねた。
    「いいも何も、唯先輩の邪魔をするんだよ? いくらムギ先輩でも、それだけは許せない……。やってやるです!」
    純への返答というよりは、自身の決意と言うべきだろうか。
    梓は目前にまで迫ったその時を前に、一層引き締めた。


    梓、近江へ向け兵を発す。
    北ノ庄にいたムギの元にも、その報せはすぐに届いた。
    「梓ちゃん……」
    今の梓は以前の梓ではない。
    唯の為しえなかった天下統一を実現するのが目的と化し、今やムギはおろか、誰の声すらも梓の耳には届かなくなっていた。
    「……もし唯ちゃんがいたら」
    ムギはそう思うも、それは詮無きこと。
    こうなったら自分が梓を止めるしかない。
    ムギはここに出兵を決意した。

    143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 03:02:18.29
    決戦の地は賤ヶ岳。
    両軍共ににらみ合う形で始まったが、焦れたムギが先に仕掛ける形で戦端が開かれる。
    一時は賤ヶ岳砦を落とす勢いだったムギだったが、その後梓に押し返され、本拠北ノ庄への退却を余儀なくされる。
    「負け……ね……」
    北ノ庄を梓の軍勢に包囲されたムギは、ゆっくりと本丸天守へと昇った。
    今や梓に敵う勢力はほとんど残っていないことだろう。
    もはや梓が天下統一をするのは目前。
    「ごめんね、憂ちゃん……。梓ちゃん、止められなかったわ」
    ムギはそういうと、天守に火を放つ。
    「唯ちゃん、私も唯ちゃんのところに行けるかしら?」
    ムギは居住まいを正すと、静かに目を閉じた。

    145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 03:19:18.18
    ムギが北ノ庄で討たれて後。
    梓はいよいよ総仕上げへと入る。
    大坂に巨大な城を築くと、自らが唯の後継者である旨を喧伝して回った。
    しかし、ここで憂が立つ。
    最も近くで姉である唯を支えてきた憂にとって、今の梓が目指すものは到底受け入れがたいものであったからだ。
    憂、清洲に入る。
    その報せを受けた梓は怒りをあらわにする。
    「憂まで唯先輩の邪魔をするの!?」
    憂にとって梓の目指すものが唯の目指したそれと違うと思ったように、梓にとっても憂が唯の邪魔をする存在に思えたのだ。

    146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 03:21:31.44
    清洲に入った憂は、その後小牧山へと軍を進める。
    清洲、そして小牧山。
    唯が通った天下への階である。
    「お姉ちゃん……」
    あの日唯は、なぜ憂を逃がしたのか。
    そしてなぜ自分は生き続けているのか。
    憂はずっとその理由を問い続けてきた。
    梓が唯の後を追うように天下への道を歩み始めたとき、憂はそれを応援しようと思った。
    それがなぜ今こうして梓に立ちはだかっているのか。
    憂にもその理由はわからない。
    ただ、誰かが梓を止めなければならない。
    「私はみんながゴロゴロして過ごす世の中を造りたいんだよ!」
    「……唯、あなた、根っからのニート気質ね……」
    以前に唯と和と、こんな会話をしたことを憂は思い出す。
    ゴロゴロして過ごす世の中。
    何とも唯らしい発想である。
    だが、安心してゴロゴロできる世の中。
    唯が生きた時代はそんな世とは程遠い、いつ寝首をかかれるかわからない時代であった。
    「梓ちゃん……お姉ちゃんは安心してゴロゴロ過ごせる時代、そう言ったんだよ?」
    憂は静かに呟く。
    安心してゴロゴロ過ごせる世の中。
    誰かの命令のもと、右向け右、左向け左をする世ではない。
    誰もが自由に暮らせる世。
    自分で自分のやりたいことが見つけられて、それに一生懸命になれる時代。
    唯の希求したものは、単なる天下の統一ではない。
    今梓が成し遂げようとする、画一化された天下の統一ではない。
    「梓ちゃん、やっぱり……間違ってるよ」
    憂は梓が大坂より発したとの報告を聞きながら、姉の意志を継ぐことを決意した。

    148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 03:55:11.04
    大坂より総勢10万を超す大軍を発した梓は、憂の籠もる小牧山城攻略を目指し羽黒に着陣する。
    小牧山はすぐそこにある。
    「憂。憂は唯先輩にはなれないよ……」
    梓はまるで唯が清洲から小牧山、そして岐阜へと城を移したように、清洲、小牧山へと兵を進める憂に向かってそう呟いた。
    夜半、梓はいよいよ小牧山攻略を命ずる。
    目指す小牧山には、唯とそっくりな憂の、平沢家の家紋が靡いている。
    「唯先輩。唯先輩の為しえなかった天下の一統。今私が必ず成し遂げて見せます」

    149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 03:57:20.14
    梓の攻撃は熾烈を極めた。
    だが小牧山は落ちない。
    唯の目指したものが眼前にある。
    焦る梓をあざ笑うかのように、平沢家の家紋が勢いを増す。
    「どうして!?」
    戦っている相手は憂である。
    唯ではない。
    しかし今の梓には、その旗が唯のものであるかのように立ちふさがっていた。
    「私、何か間違ってましたか?」
    梓が尋ねるも、返事はない。
    そんなはずはない。
    そんなはずはない。
    必至に否定するも、梓はざわめきたった。
    天下統一は唯が語った言葉だ。
    それなのに今。
    あと一歩というところまで来た今。
    唯がまるで行く手をふさぐかのように立ちふさがっている。
    違う、あれは憂なのだ。
    唯先輩じゃない。
    梓は何度も何度も繰り返した。

    151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 04:35:24.32
    しかし梓は小牧山で敗北する。
    そこで一度軍勢を立て直すべく、長久手へと陣を移した。

    「梓、大丈夫……?」
    心配する純を他所に、梓はいよいよ決戦を意気込む。
    「やってやるです!」
    そう、あれは憂なのだ。
    断じて唯先輩ではない。
    唯先輩の夢を邪魔する存在なのだ。

    「まさか、そんな……!?」
    長久手を俯瞰する色金山に現れた姿を見て、梓は驚愕する。
    「あれは……」
    梓の目に映ったのは、唯の姿だった。
    あり得ない!
    絶対にあり得ない!!
    唯先輩は本能寺で討たれたのだ。
    ここにいるわけがない。
    そう、あれは唯先輩の恰好をした憂なのだ。
    なぜ憂が唯先輩の恰好をしているのか。
    きっと私を動揺させるため。
    そうに決まっている。
    そうとしか考えられないっ!
    梓は振り切るように大きく首を振る。
    今や畿内を掌握し、周辺大名も梓に臣従を誓い始めつつある。
    憂よりも多くの兵も集めた。
    負けるはずがない。
    負ける要素はどこにも見あたらない。
    見あたらないはずなのだ。

    152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 04:37:25.40
    だが――。
    ――もし唯先輩なら。
    唯先輩が相手だとするなら……。
    この戦、勝てるだろうか?
    唯先輩のすごさは、常識が通用しないところにある。
    きっとあの人は、何も見えていない。
    見えていないからこそ、見えるのだ。
    ただ一点だけを見つめ続けるからこそ、そこに見える何かがあるのだ。
    今ならばなぜ澪先輩が謀反をおこしたのか、わかる気がした。
    「唯先輩……。自分を見失いそうです……」
    梓はここで初めて自らが今まで為してきたことを振り返ったのだった。

    153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 04:39:29.38
    後に小牧・長久手の戦いと呼ばれるようになるこの合戦は梓の勝利に終わる。
    だが、梓は勝ったとは思えなかった。
    眼前には、血まみれになった憂の姿。
    そう、唯先輩の恰好をした憂の姿。
    「梓ちゃん……」
    憂は最期の力を振り絞るように言った。
    「……お姉ちゃん、何て言ってたか覚えてる?」
    憂が何を言おうとしているのかわからない。
    だから梓は首を横に振る。
    「……あのね、お姉ちゃん、みんながゴロゴロ過ごせる世の中を、って言ってたんだよ」
    ゴロゴロ過ごせる世の中?
    ああ、唯先輩は確かにそう言っていた。
    あの時は唯先輩の怠け癖がまた出たと聞き流していたが。
    唯先輩はそう言っていたのだ。
    「……梓ちゃん……」
    「何、憂……?」
    梓は血が付くのもかまわず、地べたに跪き憂を抱きかかえる。
    「憂? 憂?」
    梓の涙を受け、優しく微笑んだ憂は最期にこういった。
    「大丈夫だよ、あずにゃんならきっとできるよ……。あとは任せたよ、あずにゃん」

    154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 05:00:40.28
    この後。
    梓は諸大名を従え、関白宣下を受ける。
    ここに応仁の乱より続いた戦乱は終結を向かえた。
    「梓、どうしたのゴロゴロばっかりして? 何か梓っぽくないよ?」
    「あ、純?」
    梓は畳から起き上がり。
    「うん、何かねぇ。こうやってたら唯先輩の考えてたことがわかるかなぁって思ってさ」
    「梓はホント憂のお姉ちゃんのことが好きだね」
    と、純が茶化すので、
    「そ、そんなことないもん!」
    と応えはしたが、内心では唯のことを考えていた。
    「唯先輩。私、とにかく一生懸命頑張ります!」
    純が出て行くと梓は再び畳の上をゴロゴロしながら、力強くそう宣言するのだった。

    156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 05:16:59.45
    「という夢を見ました」
    「あ、あずにゃん?」
    唯は今朝見たという夢を唐突に語り出した梓を呆然と見ていた。
    「唯先輩っ!」
    「は、はひ!?」
    「ぜーーーーーーーったい本能寺には行かないでください!」
    「え? 今のところ行く予定はないよ?」
    「いいですか、絶対、ですよ!?」
    「う、うん、わかったよ、あずにゃん」
    一通り語り終えたのか、梓はひとまず安心といった表情を浮かべる。
    しかし今度は唯の表情が変わる。
    「あずにゃん、私を心配してくれるんだね!」
    「うわっぷ!」
    梓は急に抱きつかれ、大きな瞳をますます大きくする。
    「べ、別に心配してるわけじゃありません! ただ……唯先輩がいなくなったら憂が心配するかなぁって……」
    「いい子いい子」
    「ちょ、唯先輩! 頭をなでなでしないでください!」
    「ああん、あずにゃん。もっとあずにゃん分を補給させてよぉ」
    「い、いい加減にしてください!」
    「ちぇっ、あずにゃんのいけずぅ……」

    157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/28(木) 05:19:05.51
    一応これで終わりです。

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過去の名作たち

律「強くてニューゲーム」
梓「純の頭って固焼きそばみたいだよね」
唯「憂の肌もちもちだね~」
  1. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/10/29(金) 08:09:55 URL [ 編集 ]
    夢オチ?呆れたわ
  2. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/10/29(金) 14:30:32 URL [ 編集 ]
    近年稀に見る本格歴史小説風けいおんSSですなあ
    番外編はより史実に沿ってるけど切ないね

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