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梓「私、最近、通販で面白いもの買ったんですよ?」

  1. 名前: 管理人 2010/11/06(土) 17:34:07
    1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:35:18.79
    「ねっ、梓、お願い!」

     その日、私は純にどうしてもと頼まれて彼女を家に招く事になった。
     なんでも、ネットショッピングを始めたいらしいのだ。ネットショッピングと一口に言っても、その数は両の手の指では数え切れないぐらいあり、種類も多種多様だ。
     本、DVD、ファッション、家電、そして食品。もはや、今日びネット通販で手に入らない物は無いといっても過言ではない。
     加えて、その利便性。インターネットが使える環境であれば、時と場所を選ばずに目的の品を注文する事が出来る上、商品の受け取りも自由。家族の目を気にするのであれば、コンビニ等での受け取りも可能なのだ。
     もっとも、私はそんな”家族に見られては困る”モノを頼んだ事は無い。専ら、便利グッズや面白い小物、あとは洋楽のCDなんかをよく注文している。
     ところで、数あるネット通販の中で純が言っているネットショッピングとは、

    「いやぁ、私もさ、そろそろネット通販デビューしたくてね。よく梓が買ったやつ見せびらかしてるのを見るたびに、なんか悔しいって思っててね」

    「別に見せびらかしてるわけじゃないけど」

     amazom。ネット通販の大手で、検索サイトで商品名を入れれば大抵、このサイトへのリンクが現れるほど有名だ。
     別に私はこのサイトの回し者ではないのだけれど、このamazomというやつは本当に便利で痒いところまで手が届く。例えば、定期的にメールでお勧めの商品を教えてくれる。
     そのお勧めの商品は、普段見たり買ったりする商品を元に決定されているらしく、どうでもいい広告や宣伝の類とは一線を画している。このメールのおかげで……いや、このメールのせいで私は今月、既に諭吉さんを二人ほど散財させている。
     話がズレました。
     とにかく、そのamazomを使って買い物をしたいのでそのやり方を是非教えて欲しい、というのが純の頼みだった。


    4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:37:30.88
    「ネット通販なんてそんなに難しくないよ。サイトに行って登録して、あとはカートに入れて会計済ませればおしまい」

    「そんな簡単に言うけど、私パソコンも持ってないもん」

    「あ、ケータイからでも買い物できるよ?」

    「それじゃやなの! とにかく、お願い、梓のパソコンで直々に教えてください!」

    「えー。なんでわざわざ……」

    「そんな露骨に嫌な顔しないでよ、親友でしょ?」

    「そうだっけ?」

    「ひどっ! うわぁん、梓がいじめるよー、憂も何とか言ってやってよー!」

     面倒くさい友人はわざとらしい非難の声を上げながら、隣でニコニコと困った顔を浮かべている憂にすがりついた。
     私は憂のことだからてっきり、私に味方してくれるとばかり思っていた。しかし苦笑を浮かべた憂の口からは、


    7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:39:03.98
    「わかった。じゃあ、部活が終わったら一緒に帰ろ」

    「梓ありがとー! お礼に帰りジュース奢るね」

    「別にいいよそんな気にしなくても。憂はどうする? 一緒に来る?」

    「うーん……私も興味あるけど、お夕飯の準備しなくちゃいけないから」

    「そっか」

     かくして、純だけが家に来る事になった。
     
     ……。
     ……。
     ……。

     帰る道すがら、私は純に奢ってもらったオレンジジュースを飲みながら、何から教えようかと考えていた。
     メールアドレスは適当なのを利用するとして、パスワードは純自体に設定させないといけない。この純のことだから、平気で忘れてしまいそうで心配だ。
     覚えやすく、且つある程度長さがあるものがいい。ちなみに私のパスワードは、
     AzNyaLoveU
     絶対に人には教えないものだし、物凄く恥ずかしいワードに設定している。最後にiが抜けているのは、悲しいかな、パスワードの文字数制限がなぜか10までだったからだ。悔しい。

    8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:40:56.59
    「なに悔しそうな顔してんの?」

    「えっ」

     ピンポイントで心中を言い当てられたかのようで、私は忘れていた羞恥心を一気に呼び覚ましてしまった。顔があつい。うわ、今更ながら恥ずかし過ぎるパスワードだよ。
     気がつけば、純がこちらを凝視していた。そうとう変な顔をしていたに違いない。思い返してまた恥ずかしくなった。
     顔を隠すように、私は俯いた。

    「な、なんでもないよ。なんでもない」

    「ふーん……ならいいけど」

     言葉に反して、視界の外から純の視線を感じる。私は既に空になったジュースをわざとらしく飲み干すような動作をした。ああ、恥ずかしい。

    「ねえ梓」

    「なに?」

    「最近、どう?」

    「へっ? ど、どうって?」

    「……元気、出た?」


    9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:42:17.83
     思わず顔を上げて純の表情を見た。純が言った言葉に、私の顔の熱が引いていくのを感じる。
     質問の意図は嫌というほどに理解できた。同時に、私はこれからネットショッピング講座という名目で2人っきりで過ごさなくてはならないのに、なぜそんな歯がゆいことを聞くのかと、純の神経を疑った。
     なんてことはない。最近、色んな事が重なって、ちょっと落ち込んでいただけだ。
     それを純が何気ない気遣いで心配した。ただそれだけのことなのに、背中が痒くなる。
     どうにもダメなのだ。人に心配されるのは。素直じゃない、とはよく言われるし、自分でもそれはわかっている。しかし、だからと言ってそれがどう変わるわけでもない。
     憂に対する想いもそうだった。

    「私は元から元気だよ。もう、変な事聞かないでよね。純が珍しく真剣な顔してるから何事かと思っちゃった」

    「珍しく、は余計だよ」

    「そう?」

    「そうだよ!」

     夕暮れ時の通学路を歩く。
     純が察してくれたのかどうかはわからないが、それから再び私を気遣う言葉が純の口から出る事は無かった。宿題の事、部活の事、どうでもいい事を話しながら、二人して歩いた。
     程なくして、家に着いた。

    10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:43:41.55
    「ただいま」

    「お邪魔しまーす」

     奥からお母さんが顔を出して、純の姿を見るや否や嬉しそうな様子で引っ込んだ。きっと、珍しく私が友達を連れてきたものだから変な勘違いをしているに違いない。
     あとでお菓子とジュース持っていくわね、という母の言葉を背中に聞きながら純を自室へと急かすように促す。
     幸い――といっても私の部屋は元からきれいだけど――部屋は片付いていた。純を適当な場所へ座らせ、早速本題へ入る。
     お父さんに買ってもらったノートPCを開き、電源を入れる。

    「へぇ、ノートパソコンなんだ」

    「うん。電気屋の人に聞いたらこれ勧められて、その場で決めて買ったんだ」

    「ほう、さすがブルジョワの人は違いますな」

    「別にそんな高いものじゃなかったし。純も買えばいいじゃん」

    「そんな簡単に言わないでよ。箱のだって5万はするんだよ? うら若き女子高生には、中々手が出せないよ」

    「ふーん……あ、立ち上がった」

     真っ暗だった画面に、見慣れた壁紙が広がる。よく有名人や漫画のキャラクターを壁紙に設定している人がいるけど、私は簡素なやつが好きだ。ごちゃごちゃしてデスクトップが見難くなるのは耐えられない。
     ブラウザを起動する。純が画面をジッと見つめていた。

    12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:45:40.85
    「ネットサーフィンもしたことないの?」

    「いや、そうじゃないけど。梓、IE使うんだね」

    「えっ? ああ、うん。元々入ってたし、いいかなって」

    「ふーん」

    「っていうか、何気に詳しいね純。パソコン、持ってないんでしょ?」

    「やだな、いくらパソコン持ってないって言っても、それくらい知ってるよ。授業でも使ったりするじゃん」

    「それもそうだね」

     お気に入りを開き、amazomをクリックすると、画面いっぱいに色とりどりの商品が並んだ。
     と、私はハッとして慌ててブラウザを閉じた。
     当然、純が驚く。

    「えっ、なに、どうしたの?」

    「なんでもない! ち、ちょっと待ってて」

     本体をぐるりと180度回転させ、純に見えないようにして再びブラウザを立ち上げた。
     

     トップページのお勧め商品が、とても見せられるような状態じゃなかった。

    14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:48:10.13
     百合、乙女、レディースコミック、アダルト云々。ドン引きされること請け合いの品々の羅列に、私は耳まで真っ赤になるのがわかった。やばい、どうしよう。
     とりあえず適当なカテゴリをクリックしてトップページから離れた。未だに左上には、ようこそ中野梓 さん と表示されていて、正直、今回の講義は見送りたいと思った。
     
    「ねえ、なにやってんの?」

     くそ、純の奴。
     別に純は悪くないのだけれど、行き場の無い怒りが沸々と湧き起こる。

    「なんでもないよ……で、欲しい商品って何なの? 調べるから名前教えて」

    「えー、それじゃあ意味ないじゃん。私にいじらせてよ」

    「へ、変なところクリックしないでよ!」

    「わ、わかってるよ……っていうか、何でそんなに汗かいてんの?」

     震える手で再度ノートPC本体の向きを変え、純に見せた。おかしな商品は無い。よし。
     矢継ぎ早に純にサイトの説明をして、その間何度もトップページへは行くなと釘を刺した。私の心配とは反対に、純は意外にも物覚えが良く、

    「じゃあ、一回ログアウトするね」

     30分もしないうちにサイトへの登録を済ませて商品を探し始めた。
     画面左上には既に私の名は無い。これで一安心と、私は胸を撫で下ろした。

    16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:50:54.80
    「何探してるの?」

    「んー、ちょっと欲しいCDがあってね。部活の先輩がさ、絶対良いから聞いてみて、ってすごい押すんだよね」

    「そうなんだ。なんて人の?」

    「それがさー、思い出せないんだよ。なんか、青っぽいジャケットだって言ってたんだけど」

    「えっ、まさかそれだけの情報で探すの? いくらなんでも無謀すぎだよ」

    「あはは、やっぱり?」

    「せめてアーティスト名で調べなきゃ。今、その先輩に聞いてみたら?」

     純が携帯を取り出して、その先輩とやらに電話をした。しかし、相手は出ない。
     困ったね、と考えあぐねていると、部屋の外からお母さんの声がした。お菓子とジュースを用意したから、とのことだったがなぜ持ってこないのだろう。
     ひょっとしたら、純とお話をしようと企んでいるのかもしれない。学校での私の様子とか、交友関係とか。それで、純も純だから、きっと余計な事をペラペラと話すに違いない。
     どうしよう。このまま無視するわけにもいかない。かと行って、お菓子とジュースだけ持ってくるのも気がひける。


    17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:52:06.33
    「梓のお母さん、呼んでるみたいだけど?」

    「うん……」

    「そんな露骨に嫌な顔されても困るんだけど。梓だけ行ってきたら? 私もう少し調べたいし」

    「それ意味無くない?」

     たしかに意味は無いが、先に母に余計な事を聞かないように釘を刺すことは出来る。純には悪いが、ここは少し後で来てもらうことにしよう。
     その前に、

    「変なサイト見ないでよ」

     生返事に少しの不安を覚えながら、私は一足先にお母さんの下へ向かった。


     しばらくの間、お母さんが用意したお菓子を適当に食べていたのだが、程なくして、おそらくは純のものであろう慌しい足音が近づいてきた。
     うふふ、元気なお友達ねとお母さんが笑っている横で、正直、私は気が気ではなかった。ひょっとして、何かトラブルでもあったのか。

    「あ、梓! ち、ちょっと来て、早く!」

     息も絶え絶えに、純がやってきた。思い出したかのように、お母さんに挨拶をした。はい、こんにちは、と大して純の慌てっぷりを気にしていないお母さんを余所目に、純がグイと私に顔を近づけた。
     やっぱり言いつけを守らずに変なサイトでも覗いたのか。それとも、目的の商品が見つかったためのテンションか。どうでもいいけど、顔が近い。

    19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:54:29.75
    「……ヤバいの見つけた」

    「はっ?」

    「いいから、早く来て!」

     純の言ってる事も理解できずに、言われるがまま自室へ戻る。
     PCには先ほど取得したばかりの純のフリーメールのページが開いていた。既に何通かメールが届いているらしい。

    「さっき何気なくメールの確認をしたの。そしたら……ヤバいの見つけた」

    「だから、何なの、そのヤバいのって?」

    「うん……実はさ」

     悪戯メールの類だろうか。それにしてはアカウントを作ってから早すぎる気がする。
     純は妙な表情をしながら、メールボックスの一番上をクリックした。
     とても見慣れたロゴが出ている。

    「amazom? えっ、こんなに早くお勧めの商品の紹介?」

    「意味わかんないよね?」

    「うん……えっ?」

    21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:56:51.39
    「私も思わず、えっ、って言っちゃったよ。意味わかんないよね?」

    「ちょ、これ……一体……えっ」

    「どう思う? 何かの悪戯なのかな」

    「ええっ……なにこれ……?」

     お客様におすすめ……平沢憂。
     洋楽のCDにまぎれて、私の友人の顔写真が並んでいた。しかも、価格が\ 0 になっている。
     意味がわからなかった。

    「なんで憂が? っていうか、なにこれ」

    「私に聞かれてもわかんないよ。でも、何なんだろうね、これ。間違いなく憂だよね」

     憂の顔。しかも横にはちゃんと、ショッピングカートに入れる、の画像がリンクとして置かれていた。憂がamazomの商品? たちの悪い冗談だ。
     純と私は互いに顔を見合わせた後、次第に黙った。思考が追いつかないせいでもある。
     私はひょっとして純の用意した悪戯ではないかと考えたのだが、一朝一夕でこんな手の込んだ悪戯は作れない。純にそんな知識があるとは思えないし、第一、そうであったとしてもわざわざこんな悪戯をする理由も無いわけだし。
     純も珍しく難しそうな表情をしていた。もしかすると私と同じことを考え、そして否定しているのかもしれない。
     純が何かを決心したような表情で口を開いた、

    22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 02:58:33.94
    >20
    間違えた。サンクス

    >>4と>>7の間


    「純ちゃん、どうしても欲しい物があるんだって。ねっ、梓ちゃん、どうしてもダメ?」

    「えっ。まあ、ダメってことも無いけど。うーん、そうだなぁ……」

    「梓、お願い! この通り!」

     モップみたいな髪の毛を揺らして頭を垂れる純。そして一緒になってお願いをする憂。友人二人にこんなにも頼まれて、それを無下に断るほど私は道徳心というか常識を失ってない。

    23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:00:35.59
    >>21 の続き。わからりずらくてペーストする範囲間違えたw


    「試しに買ってみない?」

    「えっ」

     純の事だからそんな事を言い出すのではないかとは思っていたけど。しかし、実を言うと私も無性に気になるところではある。だって、あの憂なのだから。
     

    「どうせ無料なんだし。ねえ」

    「えー、でも……」

    「梓だって気になるでしょ?」

    「べ、別に私はそこまで……! ただ、ウイルスとかだったらやだなって」

    「ふーん……」

    「な、なに?」

    「別に」

     じゃあ、私の携帯から注文するのはどう? それならウイルスだったとしても大丈夫だよ。 純の提案に私はいつの間にか頷いていた。
     純が嬉しそうに――こういう事に関してはいつも乗り気だ――メーラーとamazomからログアウトし、意気揚々とお菓子を食べに部屋を出て行った。
     私はそれを追う事も無く、ベッドへ倒れた。頭の中がゴチャゴチャとする。
     憂が商品で、私がそれを買う。酷く滑稽で陳腐な話だが、私の想像力豊かな脳は待ってましたと言わんばかりに、それをピンク色の妄想へと変えていく。
     生まれたままの姿の憂が頭に浮かぶ。ダンボールに詰められ、頬を赤く染めている。私は意地悪な笑みを浮かべて、どうしたのと聞いた。
     恥ずかしそうにこんにちはと憂が言う。私はそれに答え、乱暴に憂をベッドへ押し倒した。優しくしてと懇願する憂に、商品のクセに生意気だと無理やり口付けをする私。

    24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:02:55.14
    「あぅ……」

     節操の無い私の体は友人が来ているからという理由などお構い無しに、上気して熱くなっていた。無意識のうちに右手が股へ伸びていた。
     すぐさま自己嫌悪が襲ってきたが、妄想の憂は中々しぶとかった。また右手が動いて、股間が次第に熱と湿り気を帯びていく。

    「ダメだよ憂ぃ……」

     口から出た弱々しい台詞とは反対に、妄想の中の私はサディスティックに憂を辱めていた。切なそうな表情の憂に次はどうして欲しいといやらしく微笑んでいる。我ながら最低な妄想だと思うが、友達をおかずにしている時点で私は腐っているのだから今更関係ない。
     しかし、私はこれでも常識がある。どこぞの軽音部の先輩と違って、分別はわきまえているのだ。
     甘い誘惑を断ち切ってベッドから飛び起きた。私もネットショッピングでもして気を紛らわそう。
     
     結局、トップページのお勧め商品に惹かれ、ベッドの上でしていたことと大して変わらぬ妄想で時間を忘れた。
     忘れたといえば、純の事もすっかり放置したままだった。既に1時間も経っている。
     慌ててリビングへ向かうと既に純の姿は無かった。代わりに、すごく嬉しそうな顔をしたお母さんが一人。嫌な汗が背中を伝い、恐る恐る、

    「純、余計な事言わなかった?」

     うふふ、いいお友達を持ったわね梓。純ちゃん、すごくいい子ね。お母さん気に入っちゃったわ。
     どうやら、時既に遅しというやつらしい。

    26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:05:10.62
     自己嫌悪と激しい後悔が晴れぬまま夜を迎えた。純からメールが来た。

    『憂、注文しといたよ。私と梓、それぞれ一つずつ』

     我が目を疑い、配達先はどこにしたのかと問いただしたら、案の定、お互いの住所だった。というか、本当に注文できたのか。意味がわからない。
     いや、それよりも、もし変なものだったら家族に見られて不味い事になる。家族に見られてまずいもの……かといって今更キャンセルさせるのも気がひける。そう考えてしまうのは、やっぱり私も心のどこかで期待しているからだろうか。

    『大丈夫だよ。もしヤバいものだったとしても、注文したの私だし。痛みわけだよ』

     何が痛みわけだ、バカ。
     怒りやら戸惑いやら期待やら、様々な気持ちがない交ぜになった。途端に欠伸が出た。時計を見るといつも寝る時間よりはまだ早い。
     きっと体力を消耗したからだ、と良くわからない結論付けし、私は携帯を閉じた。

     ……。
     ……。
     ……。

     翌日。
     教室に行くと既に純は居た。私の姿を見つけるや否や、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべてやってきた。

    28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:07:09.81
    「おっはよー、梓。ねえねえ、昨日の事だけどさ」

    「しっ」

     純のすぐ後ろに憂がいることに気付き、私は慌てて口を紡ぐ動作を伝えた。あの注文が例え悪戯の類であっても、それを本人の前で口にするのは何となくダメな気がしたのだ。勿論、純も同じ気持ちだったらしく、私の言いたい事を気取り、適当に話題を誤魔化した。

    「CDさ、結局見つからなかったよ。やっぱり慣れないうちは難しいね」

    「そうだね。しばらく使ってるとそのうち、検索のコツとか分かるようになるよ」

    「あ、梓ちゃんおはよう」

     どうやら憂を誤魔化す事には成功し、その後は憂も交えた3人で朝の他愛ない雑談になった。ここだけの話、昨日の妄想のせいで憂の顔がまともに見れなかった。
     朝のHRが終わり、すぐさま1限目の授業が始まった。さて、どのタイミングで憂を撒き、純と話をしようか。トイレに一緒に行くというのは有効な手段かもしれないけど、こういう時に限って、

    「梓ちゃん、一緒におトイレ行かない?」

    「えっ、あ、うん」

     結局、上手く機会を見つけることも出来ずに昼休みなってしまった。さて、と鞄から弁当を取り出す。

    29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:11:02.37
    「あっ! 間違ってお姉ちゃんの分までお弁当持ってきちゃった!」

     思わず憂を見て手が止まった。ナイスタイミングだ。ここですかさず純が機転を利かせてくれた。

    「じゃあ、私と梓で待ってるから、お姉ちゃんに届けてあげなよ」

    「うん、ごめんね。ちょっと行ってくるね」

     憂が教室から出て行ったのを確認し、純が顔を近づける。またどうでもいいけど、近い近い。

    「やったね」

    「なんか聞かれたら誤解されそうな台詞。酷いね、私達」

    「だって仕方ないじゃん。まさか、昨日二人で憂を注文しましたー、なんて本人に言えるわけ無いんだから」

    「それもそうだね……ねえ、本当に注文しちゃったの? 冗談とかじゃなくて」

    「したよ。何よ梓、まさかビビってるの?」

    「そんなんじゃないけどさ……なーんか嫌な予感がするんだよね。こう、私の……」

    「私の?」

    「……だ、第六感が」

    「……大丈夫、頭? あんたまでおかしくなっちゃたの?」

    「ち、違うよ! 今のなし、今のなし! ……わ、忘れて」

    30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:13:54.65
     大して深い意味も無く口走った言葉が裏目に出て、要らぬ恥をかいてしまった。変に純が真剣な分、尚更恥ずかしかった。
     本題に戻ろう。今は憂についてだ。

    「ねえ純、もし本当に憂が届いたらどうするつもり?」

    「えっ? さあ、ね。考えてなかった」

     言うと思った。

    「あんたねえ……」

    「梓は? 本当に憂が送られてくると思ってるの?」

    「えっ? そ、そんなことは……思ってないけど……でも、ひょっとしたらってことがあるじゃない」

    「万が一にも無いと思うけどなあ。だってさ、憂だよ? 意味わかんないじゃん。もし本当に憂が送られてきたとして、それって一体何なの?」

    「えっ、だから憂でしょ?」

    「そうじゃなくて! ああ、もう……だからさ、今、姉の下にお弁当を届けに行ってる憂とは別の憂って、何者なのかってこと」

    31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:16:07.12

     それはつまり、もう一人の憂ということになるのだろうか。いや、意味が分からない。この世に自分と同じ人間が存在するわけもない。
     けれど、それは飽くまで常識を前提とした話であって、そこに非現実的な要素を考慮してもいいのなら……いわゆる、アンビリバボー的なものを。
     馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、ここ最近私の身近で起きた色んな事を思い返すと、全身全霊でそれを否定できない自分がいるのも事実だった。
     超常現象。
     とても不謹慎。けれど、私はそれに惹かれる自分を認識している。昔から好きなのだ、そういう類のものが。お母さんに似たのかもしれない。

    「ドッペルゲンガー……とか」

    「えっ、なにそれ? どっぺる……なに?」

    「ドッペルゲンガー。もう一人の自分で、会うと死んじゃうの」

    「はぁ? それドラマか何か?」

    「ううん。まあ、都市伝説みたいなものかな。気になるならググって……あ、いや、検索してみるといいよ」

     しばらくして憂が戻ってきた。何をやっていたのだ私達は。
     少し遅れた昼食をつつきつつ、とてもホットなネタ……私が実はオカルトの類が大好きだという、その少女っぽい一面を散々からかわれ、楽しい昼休みを過ごしたのだった。
     っていうか、自分で少女っぽいとか表現しちゃうとか恥ずかしさの極みだ。穴があったら入りたい。消え入りたい。恥ずかしい。

    32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:20:39.42
     ……。
     ……。
     ……。

     口では散々言いながらも、私はやっぱり素直じゃないらしい。
     風呂から上がり、ギターの練習も忘れて私はネットサーフィンをしながら調べものに夢中なっていた。

    『amazom 友達 商品』

     検索バーにそれらしい文字を入力。かれこれ1時間ほど格闘しているが、全くといっていいほど関係のないものばかりがヒットしている。さっきなんて誤って企画モノのアダルトビデオのページを開いてしまった。
     都市伝説を収集したサイトを巡っては見るものの、やはり関連性のあるものは無かった。何をそんなにムキになっているのか自分でも不思議だった。
     すっかり冷えた髪の毛がうなじに当たった。時計を見れば、ブラウザを開いてからかなりの時間が経っていた。早いとこ髪を乾かそう。
     と、携帯が鳴った。
     純からのメールだ。

    『発送のお知らせメールが来た』

     キュッと心臓をつかまれた気分。すぐさまアドレス帳を開き、純に電話をかけた。
     3回のコールの後、

    『もしもし』

    「発送メール来たって本当?」

    『うん。さっきメール確認したら、届いてた。なんか、明日中には届くって書いてあった』

    「あ、明日!? えっ、ちょっと早すぎじゃない?」

    36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:24:00.11
    『私に聞かれても困るよ。ネットショッピングなんだから、そのくらい早くて当然じゃないの?』

    「そりゃあ本とかDVDだったらわかるよ。でも……憂だよ?」

    『そもそも憂が送られてくるって時点で既におかしいんだから、今更驚く事でもないんじゃない?』

     純の物事の適応力というか、飲み込みの早さって言うか、無神経なところは賞賛に値するのではないか。今更でも十分驚く事だろう、そこは。
     しかし、明日中に届くのか……。えっ。
     大事な事に気がついた。それってつまり、私の家に届くって事で、万が一本当に憂がダンボールに梱包されて送られてきたら、

    「どうすんのよ!? えっ、どうしようどうしようどうしよう!」

    『あ、梓!? ち、ちょっと落ち着こう、ね』

     落ち着いてなど居られるわけも無い。家族になんて言い訳したらよいのだろう。というか、それは純も同じじゃないか。

    「ああ、もうバカ純! なんでうちに送るの、コンビニ受け取りでも良かったじゃん!」

    『そんなこと言われても……』

    「まずいよ、まずいよ。お母さんに何て言おう……明日ちょっと大きな荷物が来るから、あけないでね、とか? 絶対疑われるよ!」

    『疑われるって、何を?』

    「だから、ラv……う、ううん、何でもないよ。ほ、ほら、そんな大きな梱包が届いたら、誰だって危ないものかもしれないって思うじゃない?」

     うっかり等身大愛玩具の名称を口にしそうになって、慌てて誤魔化した。テンパってるし、大丈夫だよね。きっと。

    37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:26:17.15
     とにかくだ。
     物の中身がどうあれ、不自然なほど大きな荷物が届くのはいただけない。何としてでも、家族の目にさらすわけにはいかない。
     となると、明日は早めに部活を切り上げてダッシュで家に帰ろう。配達業者が家にやってくる前に。
     そして、その場で荷を解いて、庭のどこかに隠せれば万々歳だ。
     ……正直、うまくいく自信は半分も無い。

    「配達の時間帯とか指定した?」

    『一応ね。たしか、夕方ぐらいの時間を指定したはずだよ』

     間に合うだろうか。いや、間に合わせる。
     一方的にお互いの健闘を祈り、私は電話を切った。明日は大変な一日になりませんように、と頼りない現実に願をかけ、ベッドへ寝転んだ。
     今日も今日とて、ふしだらな妄想に耽る時間がやってきたのだ。人はそれを現実逃避なんていう悲しい言葉で揶揄するけれど、私はそんなの気にしない。
     胸に手を当てると、先ほどの余韻の為に鼓動は早い。早くも汗ばんできている寝巻きの下に、手を伸ばした。

    「あ。髪乾かしてないじゃん」

     ……。
     ……。
     ……。

    38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:33:24.55
     憂がいた。一糸纏わぬ姿でベッドに寝転び、開けっぴろげに股を広げている。俗に言う、くぱぁ。
     そこは私の自室なのだけれど、憂のエッチな匂いが充満していて頭が反転しそうになる。股はヌラヌラと白熱灯に照らされて妖しく輝いている。
     
    『エッチな梓ちゃん……好き。早く来て』

     どうやら私も全裸らしい。迷わずベッドに飛び込み、襲い掛かる野獣が如く憂をむさぼる。
     上気した頬、赤く色づいた首筋、豊かな胸。どれも私を悩殺するシロモノで、やっぱり頭が反転しそうになる。
     硬く立った乳首に口をつけると、憂が喘いだ。ここが弱点なんだ。私は執拗に責めた。

    『エッチな梓ちゃん……好き。キス、して』

     憂のお願いに応え、柔らかい唇に自分のそれを押し当てる。ヌルヌルとした舌がすかさず、歯の間から進入してきた。
     憂はエッチだ。可愛い。けれど、どうしてエッチなのだろう。
     どうでもいいことを考えている暇があったら、早く憂をイかせなよ、と純が言った。

     ……。
     ……。
     ……。

    39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:35:55.44
     結局翌日。
     金曜日ということもあってか、教室の皆がどこか浮き足立った雰囲気に包まれていた。
     きっと、土日はどこで何して遊ぼうかなどと楽天的なことを考えているに違いない。
     今の私には及びも付かない。なぜなら、私は今日これからの事で手一杯なのだから。

    「あーずーさ。なーに怖い顔してんの」

    「うるさいよ。誰のせいだと思ってるの」

    「さあ」

     純の相手も面倒に思える。なるほど、常に頭の中をギリギリまで懸念事項で埋め尽くしていると、他の事はもう何も考えなくて済むらしい。
     私のほうがよっぽど楽天的だ。

    「あんまり深刻に考えない方がいいって。私は、もうウダウダ考えるのは止めたよ」

    「単純で羨ましい」

    「梓は何でも真面目すぎるんだよ」

     それは父譲りの性格なのだから仕方ない。今更変われるわけも無いのだし、放っておいて欲しい。
     憂の姿はもう既に無く、家に帰ったらしい。
     いつもの事だ。唯先輩の夕飯を甲斐甲斐しく準備して待つために、部活動にも所属せず、毎日毎日寄り道もせずに早々と帰宅する。
     そんなに唯先輩の事が好きなのか。きっといいお嫁さんになれるね、という世辞を言うにしても憂のそれは少し度が過ぎているようにも思える。
     しかし、私はそんな憂が好きでしょうがなかった。誰かの為に一生懸命になる。見返りは無く、あるとすれば感謝の言葉だけ。何て奉仕精神。
     そして……あの肉付きのいいカラダ。

    44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:44:28.80
    「何にやけてるの? ……ちょっとその顔はヤバイって、梓」

     今日のことを考えると皮肉なのだけれど、もし憂が手に入るのならばどんな対価を支払ってもいい。

    「ちょっと、梓ってば」

     純の揺さぶりで我に返った。私は口の端から零れた涎を慌てて拭った。

    「……見た?」

    「なんかいやらしい事でも考えてたんでしょ? 梓って、結構ムッツリだよね」

    「ち、違うよ! これはその……お、お菓子のこと考えてたらつい」

    「ま、そういうことにしといてあげる。一つ貸しね」

     モップ頭が悪人面で笑った。あんたの方がよっぽどムッツリだよ、と言いかけて止めた。スカートの中がエマージェンシーだという事に気付いたからだ。
     私は鞄とギターを背負い、さっさと部活へ向かうことにした。

     ……。

    47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:47:43.12
     
     唯先輩たちは既に来ていて、軽く練習を始めていたのだが、案の定私の姿を見つけるや否や、

    「あーずーにゃーん! 遅いよ~、もう練習始めちゃったよー」

    「すいません、ちょっと純の奴が」

    「へっ、純ちゃん? 純ちゃんが何かしたの?」

    「ちょっとセクハラを受けまして」

     私の言葉に、キーボードの激しい旋律が鳴り響いた。それもある意味セクハラな気もしないでもないが、ムギ先輩自体が既にセクハラなので私は気にしない。
     ケースからムッタンを取り出し、私も練習の輪に混じる事にした。
     一刻も早くこの胸の中で渦巻くいかがわしい気持ち……煩悩っていうの? を取り除かなければ。
     
    「おっ、なんか今日のあずにゃん激しいね!」

    「そうですか? 私はいつもこんな感じ……ですよ!」

    「ううん、でも、今日は一段とパワフルっていうか……ねえ、ムギちゃんもそう思うでしょ?」

    「ええ。今日の梓ちゃん、大分キてるわぁ」

    「そうですか」

    「なんかあずにゃんが元気だと、私も元気になっちゃうよ! よーし、もう一回フルでふわふわ時間、いっくぜー!」

    48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:51:04.53
     ……。

     結局、始終、私の性欲→有意義なモチベーション、の転換に先輩方を付き合わせる形で今日の練習は終了となった。久々にいい汗をかいた。
     何か非常に大事な事を忘れている気がしていたのだが、唯先輩の提案でファミレスに寄り道する事になった。
     激しい練習のお陰で、ちょうど小腹が空いたところだ。家に直帰してもまだ夕飯に早いだろうし。

    「さあ、あずにゃん、じゃんじゃん好きなもの頼んじゃってよ!」

    「えっ、いいんですか?」

    「いいのいいの。今日はあずにゃんのお陰でいい練習が出来たし、これはそのお礼だよ」

    「はあ、そうですか。それじゃあお言葉に甘えて」

     私は大好物のバナナタルトを、唯先輩はいちごパフェを、そしてムギ先輩はなぜか本気気味にサーロインステーキセットを頼んだ。
     理由は、なぜファミレスに靴底のソテーがメニューとしてあるのか気になったからだそうだ。ステーキが靴底。やはりムギ先輩は存在自体がセクハラだと思う。何か違うかな。

    「私、ファミレスで靴底ソテー食べるのが夢だったの~」

    「何言ってるのムギちゃん。これはステーキだよステーキ。靴底じゃないんだよ?」

    「えっ、そうなの? 困ったわぁ、どうしよう……」

    「責任もって食べてくださいよ。食べ物残すなんて、小学生のすることですよムギ先輩」

    「そ、そうね……ああ、でも、今こんなの食べたら……た、体重がまた……」

    「体重? 大丈夫だよ、ステーキの一枚や二枚で」

    50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 03:56:44.69
     珍しくムギ先輩が真剣な顔で唯先輩を睨みつけ、無言の圧力を放った。その迫力は関係ない私までもが思わず息を呑むほどだ。
     そんなに気にするほどムギ先輩が太っているとは決して思わないが、本人の基準があるのだろう。他人がとやかくいう事でも無い。
     まあ、私は少しムッチリしてる方が好みなので、できればムギ先輩に食べて欲しい。
     あれ。
     
    「……それなら、唯ちゃんが食べてくれないかしら? 唯ちゃん、いくら食べても体重増えないんでしょう?」

    「だ、だめだよ!」

    「どうして? まさか、このまま私がブクブクと太って醜い女の子になっても構わないって言うの、どうなの?」

    「違うよ、そんなこと思ってないよ!」

    「じゃあ、どうして」

    「だって、今ご飯食べちゃったら、帰ってから憂のご飯食べられなくなっちゃうもん」

     そりゃあそうだ。唯先輩の立場だったら、間違いなく私はファミレスの靴底と揶揄されるステーキよりも憂の手料理を選ぶ。常識だよそんなの。
     
    「あっ」

    「えっ?」

    「どうしかしたの、梓ちゃん」

    「あっ……ああぁ……」

     憂。忘れていた。
     配送は夕方。憂がうちに届く。

    51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:00:50.86

     店内の無数の目が一斉にこちらを見つめた。そんなことはどうでもよくて、私は己の愚かさを全力で呪った。純のこと言えたものではない。私も相当の馬鹿だ。
     そうだ、そうだった。
     今日は純が注文した例の憂(?)が届く事になっていたのだ。だからこそ私は気を張り詰めていたし、帰り道のシミュレーションまで行なった。
     だというのに、こうも呆気なく忘れてしまったとは。バカだ。
     
    「ご、ごめんなさい先輩! 私、これで失礼します!」

    「ええっ!? どうしたの、あずにゃん!」

    「とにかく、ごめんなさーい! うわあああぁぁ!」

     自動ドアに激突し、道行く人の肩に激突し、信号待ちしていた小学生の列に激突し、兎にも角にも他の物には目もくれずひたすらに家を目指す。
     どうかお願いします、宅配業者様、何卒、何卒、まだ荷物を届けていませんように。
     火事場の馬鹿力ってやつなのか、周りの光景が私の速さに追いつかず、やがて線になった。
     いや、さすがにそれは比喩だけど、心情的にはそのくらい本気に駆けた。
     どれくらい走っただろうか、見覚えのある住宅街に出た頃にはすっかり辺りは宵闇に包まれていた。
     まだ、夕方の域を出ていない。これならひょっとすると間に合うかもしれない。

    「ハァ……はぁ……はぁ……」

     胸に手をあて徐々に呼吸を整える。鼻から血が吹き出そうなほど、顔が熱い。体も熱い。
     家に着いた。見慣れた扉の前、そこには、

    「ハァ……ハァ……よ、良かったぁ……」

     何もなかった。

    52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:03:47.89
     どうやら間に合ったみたいだ。心の底から安心した。
     扉を開け、普段より小さい声でただいまを告げる。奥から母の声。ホッとする。
     安堵と共に、全力疾走のツケが一気に回ってきたようで、全身が悲鳴を上げ早急な休息を求めてきた。お望みどおり、私はベッドを目指す。
     背後から何やら母の声が追いかけてくるも、無視。お菓子か、夕飯か、いずれにしてもまずベッドにダイブしたい。
     自室のドアを開けた。
     
    「……ハァ……ハァ……ア、あはは」

     ダンボールが置いてあった。乾いた笑いが喉の奥から零れた。おおよそ、CDや本の類のものではない大きさのダンボール。
     うずくまったら、人一人余裕で入りそうなくらい大きなダンボール。
     母が、何か大きな荷物が梓宛に届いたわよ、と。私は震える声で未開封の確認を取った。
     母は、開けてはいないが中身が気になるから早く開けて見せてと私にせがんだ。
     意外に冷静な自分に驚いた。

    「私、こんなの頼んだ覚えないよ。ひょっとしたら業者の人が間違って送ってきたのかも」

     そうなの? と母。無論、そんなわけあるはずも無いのだが、

    「こういう場合は開けないで置いたほうがいいんだ。私、業者に問い合わせてみる」

     そうなの? と母。無論、そんなわけあるはずも無いのだが、

    「私に任せて。すぐに引き取りに来てもらうから。多分、今電話すれば今日の夜には引き取りに来てくれると思うから」

     そうなの? と母。無論、そんなわけあるはずも無いのだが、

    「うん。だから、私に全部任せてお母さんは夕飯の支度でもしてて。あ、今日のご飯、なに?」

    53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:06:45.97
     あ、そう言えばまだ考えてなかったわ、と母。そういう抜けてて物事に執着しない性格で本当に良かった。やはりAB型の片割れはそうでなくてはならない。
     お母さんはそれっきり巨大な荷物の存在感を忘れたかのように、私の部屋を後にした。
     ネットに疎い所も今回は本当に御の字だ。手違いでこんな馬鹿でかい荷物が何の連絡もなしに来るはずも無いのだから。

     さて。待ちわびた私の脳味噌は、いよいよテンパったのだった。
     えっ、嘘。信じられないのだけれど、ブツはちゃっかりというかしっかりベッドの上に鎮座している。
     
    「……夢?」

     小指を噛んでみるが、普通に痛い。夢じゃないね。
     恐る恐るベッドに近づきダンボールを観察した。よく見れば、amazomのニヤリと人を小馬鹿にしたようなロゴが見当たらない。
     それどころか、配達を示す詳細な宛名シールも無い。
     かろうじて、箱に直に殴り書きされた住所と私の名前があるだけ。明らかに不審物だ。
     正直、気味が悪かった。なぜか急に怖くなってきたのだ。もしこの中身が本当に憂だったとして、じゃあその正体は何になるのか。純の言葉が頭に蘇る。

     ゴソ。
     思わず悲鳴を上げそうになって慌てて口を手で押さえた。
     箱から何かが動く音、それがはっきりと聞こえた。いよいよ私の心臓が早鐘を打つように、焦燥を駆り立てる。
     どうしよう、どうしよう。なんか怖いし、でも中身が気になる。
     どうする、梓? どうすんの!

    「……う、憂……?」

     ゴソゴソ。
     また箱から音。

    「ね、ねえ……憂なの?」

    58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:12:44.19

     覚悟を決めた。私はえいやっ、とベッドに駆け寄り謎のダンボールの荷を解く。
     たったガムテープ一枚で封されていたそれは、あっけなく開いた。梱包材も何も無い。ただ、そこに中身があるだけだった。
     憂。
     憂だ。
     憂が寝ていた。憂が箱の中身だった。

    「えええぇぇぇっ!!! ちょ、ええっ!?」

     平沢憂。私の同級生にして私の想い人。姉想いで料理が得意の理想的女子、憂。
     その憂が制服を着てうずくまっていたのだ、これはもう驚くとかひっくり返るとかそういうレベルのリアクションではまかないきれないインパクト!
     私の中で何かが弾け、

    「にゃー! ふかーっ! にゃああぁぁあ!!!」

     一人あずにゃん大狂喜! やった、本当に憂が届いた! やったね、あずにゃん!
     飛び跳ねた。高校2年生が傍目も気にせずピョンピョンなんてオノマトペを出しながら、全身で喜びを表現しています。
     思わず、涙が出た。
     ……落ち着け、私。

    「……憂? 本当に憂なの?」





    61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:18:52.94
     そっと制服越しに腕を触ってみた。布越しとは言え温かかった。一瞬本当に人形か何かと勘違いしたのだけれど、どうやらそうではないらしい。
     なぜ? どうして? 意味が分からないのに、私は、そんなのどうでもいいじゃん、と目を輝かせてしまう。
     憂だ。目の前に憂いがいる。今、心拍数を計測したら普段の倍はありそうな気がするけど、私は人間です。
     今度は、突っついてみる。

    「んぅ……ふあぁぁぁ……あ……梓ちゃん……? おはよう……?」

    「お、おはよう……!」

    「……あれ……梓ちゃん……?」

     起きた。憂が起きた!
     私のことを名前で呼んだこの目の前の少女は、やっぱり憂で間違いなさそうだ。様々な疑問が湯水の如く湧き出るも、私は一旦それに栓をする。
     もともとテンパるとは、嬉しい時の戸惑いを表現する言葉。なら、今、私は余りの嬉しさで気が触れているのかもしれない。
     御託はいいや。
     まずはこの素晴らしい贈り物を享受しよう。

    「あ、えっと……あ、あなたの名前は?」

    「へっ? えっと……どうしたの、梓ちゃん?」

    「あなたの名前を教えて」

    「ええっ? ……平沢、憂だけど。どうしたのいきなり?」

    「だよねー! うわっ、本物だよ、憂だよ、どうしよう、どうしよー!」

    64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:26:59.78
     憂はキョトンとして、釈然としない顔で私を見つめていた。
     私一人が舞い上がり、わけのわからないハイテンションで矢継ぎ早に憂情報を尋ねていく。
     身長、体重、生年月日、スリーサイズ、云々。見事全問正解。やっぱり憂だ。
     試しにもう一つ、初潮を迎えた日を訊いてみた。
     
    「い、言えるわけないよっ、そんなこと……!」

    「どうして?」

    「どうしてって……は、恥ずかしいよ」

     なるほど、これは間違いなく憂だ。この照れた表情、高潮した頬のプリプリ感、スカートの裾をギュッと掴む力の加減。
     私は胸を撫で下ろす。一応、○年○月○日でしょ? と事実確認だけすませた。
     
    「なんで知ってるの……!?」

     まあ、憂のことですから。

    「……ねえ、さっきからどうしたの? っていうか、どうして私、梓ちゃんの家にいるの?」

    「どうしてって、それはもちろん憂が! ……憂が……あっ」

    「え?」

    「……し、商品だから?」

    66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:33:51.05
     目の前がチカチカと明滅するほどの興奮からようやく醒め、事の重大さをようやく認識した私。
     本当に憂が私の所にやってきてしまった。しかも、商品という名目で。
     憂の不思議そうに私を見つめる視線で我に返り、そして当然の疑問が沸き起こる。
     一体何なのだろうこれは。よくよく考えてみると、本当に人一人送られてくるなんて事ありえないじゃない。
     じゃあ、なに。
     つまり、この憂は本物の憂ってことか。本物、って言い方もおかしいけど。

    「えっと……あのさ、どういうことなんだろう?」

    「え?」

    「だからさ、その……なんでこんなことしてるの?」

    「こんなことって? ごめん梓ちゃん、私もなにが何だかさっぱりだよ」

     それは嘘だろう。ようやく冷静さが戻ってきた。
     考えてみれば、憂を注文するくだりからおかしな話で、純の強引なペースに乗せられてはしまったけれど、カムバック私をすると、これってつまり、

     ……はめられた? 私が? あのバカ純と、可愛らしくて虫の一匹も殺さないような憂に?

    「……い、悪戯にしては手が込んでるよね」

    「え?」

     嫌な汗が背中を伝う。
     これがもし本当に悪戯なのだとすれば、私はちょっと取り返しのつかないことをしちゃったかもしれない。
     いや、嘘……信じられない。けれど、そうとしか考えられず、A型の血が合理性を求めて頭をフル稼働させ始めた。

    67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:40:03.28
    「いや、だからさ、これ……何かのドッキリなんでしょ? 純の奴が考えた」

    「ドッキリって?」

    「……う、憂、それは演技なの? だとしたらもうあんまり意味無いと思うけど……」

     私が考えた真実はこうだ。
     純が憂と協力して私を驚かせる悪戯を考え、実行した。当然、こんな大掛かりな仕掛け、2人だけで行なうのは不可能。
     それで、もう一人協力者を探すための口実として、純が私の家にやってきた。
     その協力者っていうのが、私の母。宅配業者がやってきた、という口裏あわせに母に協力してもらった。
     茶目っ気のある母のことだ、きっと二つ返事でOKしたのだろう。
     しかし……理由がわからない。なぜこんなことをしたんだろ。もしかして、また私を気遣って、とかじゃないだろうな。
     だとしたら余計なお世話もいいところだ。一体、私をどこの臆病者と勘違いしているのやら。
     私はそこまで心が弱くないし、第一こんなことして人を慰めさめようだなんて、頭がおかしいじゃない。
     私の中で友人に対する幻滅の念が増して、それが頂点に達しそうになっていた時だった。
     電話が鳴った。

    「ごめん、ちょっと電話」

    「うん」

     憂を残し、廊下に出る。
     純からだった。


    69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:41:50.23
    「もしもし」

    『ねえ、聞いてよ梓! ヤバいよ、マジでヤバいことになった!』

     電話越しに興奮冷めやらぬ、といった感じの純の荒い息が聞こえる。まあ、どうでもいっか。それより、ちょうどいいタイミングだ。一発ガツンと釘を刺してやろう。

    「あのさ、ちょっといい加減にし――」

    『ホントに憂が来ちゃったよ!』

    「……はぁ? 何言ってるの?」

    『だから、憂だってば、憂! ほら、頼んだじゃん、それが本当に来ちゃったんだって!』

     白々しい。憎まれ口の一つでも叩きたい。ていうか、叩く。
     ところが、そう結論に至った瞬間、止まった。私の心臓が止まった。
     まあ、心臓が止まったっていうのは流石に比喩だけど、インパクトとしてはそれくらい大きかった。
     
    「……ちょ、今……えっ」

     耳元から聞こえるギャーギャーうるさい純の声に混じり、憂の声が聞こえたのだ。
     何かの聞き間違いか、それともテレビの声がそう聞こえてしまったのか。
     
    「ちょっと純、黙れ!」

    『なっ!?』

     私の怒声に純が言葉をなくす。そして、今度は何を言ってるのか聞き取れるほどはっきりと憂の声がした。
     純ちゃん、どうしたの? 電話の向こうから確かに憂の声でそう聞こえた。

    70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:45:30.81
    『ちょっと梓、いきなり黙れって何? わけわかんないんだけど』

    「ごめん、でも……うそ、信じられない」

    『うん? ああ、憂のことね。私だって信じられないよ、でも、現にこうして』

     梓だよ、と純の声の後に雑音が混じり、

    『もしもし、梓ちゃん?』

     通話の相手が憂に変わった。
     視界が明滅する。慌てて、電話の通話口を手で押さえ、自室に戻り憂の姿を確認する。

    「梓ちゃん? 何か顔色悪いよ」

    「あ、あはは……大丈夫」

     いる。こっちにも憂がいる。でも、電話の先にも憂がいる。はっ、意味がわからない。
     電話を持ち直し、耳を当てる。

    「えっ、あの……う、憂、なの?」

    『そうだよ。梓ちゃんも変な事聞くんだね。純ちゃんもさっきから、私に変な質問ばっかりするんだよ?』

    「へ、へぇ、そうなんだ。おかしいね」

    『でしょ? ……梓ちゃん? どうしたの、声が震えてるみたいだよ』

    71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:48:21.83
    「そ、そんなことないよ、全然……その、一つ聞いてもいい?」

    『なあに?』

    「憂は今、どこにいるの?」

    『純ちゃんの家だよ』

    「ど、どうして?」

    『……それが、私にもよくわからないんだ。なんか気がついたら目の前が真っ暗で、ダンボールの中で寝てたみたい。しかも、純ちゃんの家で』

     混乱した。どういうことなの。なにが、どうなった。
     私は通話先の相手と、自室でこちらを見ている憂の姿にひたすら困惑した。
     純の悪戯じゃなかった? まさか本当に憂が商品になっていた? あり得ない。けど、起こってる。
     
    『梓ちゃん? やっぱり声が震えてるよ、どうしたの?』

    「……なんでもないよ。なんでも……あっ、そろそろ切るね」

    『えっ? うん。純ちゃんに代わろっか?』

    「ううん、いい。それじゃ、またね憂」

    『うん。バイバイ』

     携帯の画面を閉じ、目を瞑る。ちょっと考える時間が欲しい、小一時間ほど。
     あまりの事に本当に頭痛がしてきた。気分も悪い。横になって休みたい。

    72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:52:28.67
    「梓ちゃん、大丈夫? なんか顔色悪いよ」

     憂が私の様子を心配してくれた。まさしく憂の甲斐甲斐しさに溢れている。どう見ても憂。憂憂とさっきから何言ってるんだか、私は。
     今も耳に残る憂の声と、この憂の姿を、私の脳は情報のズレと認識したみたいで、船酔いに近い気持ち悪さが襲ってきた。
     決して憂が気持ち悪いわけではない。ただ、理解できない現状に私自身がついていけないのだ。
     
    「ちょっと、ね。ごめん、少し休みたい」

    「うん。そうしなよ」

     憂の隣に腰を下ろしそのまま横になった。いっそ寝てしまいたいのだが、憂の事を考えるとそうもいかない。
     というか、この後どうしたらよいのだろう。
     憂を家に帰す? いや……これが純の悪戯でないとすると、その前にまだもう一つ確認しなくちゃならないことがある。
     ……私の家に憂がいる。純の家にも。じゃあ、唯先輩の家には?

    「ちょっと、電話するね」

    「あ、じゃあ私、外に出てよっか?」

    「……うーん、そうしてもらえると助かるかな」

    「わかった」
     
     憂が部屋を出たのを確認してから、携帯を再度取り出しアドレス帳を開く。
     平沢憂。唯先輩でなく、あえて憂の携帯にかけてみる事にした。数回のコールが鳴り響き、呼応するかのように私の胸も高鳴る。
     ……コールが止んだ。

    73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 04:55:47.19
    『もしもし』

    「あっ……えっ」

    『梓ちゃん?』
     
     信じられなかった。
     またもや憂の声。そんな馬鹿な。いったいぜんたい、なにがどうなってるのよ。
     私は今度こそ言葉を失った。だって、こんなこと信じられない。オカルトだよ、こんなの!
     そりゃあ常識じゃ考えられない事なんて、ともすると本人の勘違いだったりするのが関の山。UFOがただの飛行機だったり、幽霊かと思ったらただ鏡に映った自身だったり。
     わかっている、そんなことは……でも。
     頭の中で二つの自分が戦いを始めた。オカルトを肯定する私と、それを是が非でも否定しようとする私。

    「あ、急にごめんね。別に特に用事ってわけでもないんだけどさ」

    『うん』

    「その、急に憂の声が聞きたくなっちゃって」

    『えっ? それってどういう意味……かな』

    「深い意味は無いよ」

    『そう、なんだ……』

     あっ。
     否定派の私が一つの仮説を思いついたみたいで、次には口を開いていた。


    74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:01:33.99
    「ところで、唯先輩今何してるの?」

     否定する為の仮説。それは、今私が話している相手は憂ではなく、それを演じている唯先輩ではないかということ。
     以前、唯先輩が風邪で休んでいた時、憂が唯先輩に扮して部室にやってきた事があった。つまり今度のはその逆ということだ。
     
    『お姉ちゃんなら、リビングでギターの練習してるよ』

    「そうなの?」

    『うん。代わろうか?』

     電話先で、かちゃかちゃと食器の音やら水道の音らしきものが聞こえた。
     直後、またしても背景音が私の混乱を誘う事になったのだった。
     ギターの音。憂の声の背後から、ギターの練習音が聞こえ始めたのだ。
     おそらくは唯先輩のもの。じゃあ、なんだ、仮説は成り立たなかったわけ? もうなんなの。

    『もしもし、あずにゃん? どうしたの』

    「あぅ……もう、なんでもないです! すいません、切ります!」

    『えっ、ちょっとあずに――』

     電話を切って、床に捨てた。音に反応したのか、部屋の戸が開き憂が入ってきた。目を丸くして、カバーの外れた携帯と私を見比べている。
     もう知らない。わけわからないし。

    「どうしたの、梓ちゃん? そんなことしたら、携帯壊れちゃうよ?」

    「ああもういいや……寝ちゃおう寝ちゃおう寝ちゃおう……」

    75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:04:30.33
     目を瞑る。
     そうだ、これはきっと夢なんだ。だから理解できない現象もおきるし、矛盾だって起きる。それに一々本気で付き合っていたのでは、きりが無い。
     そうだ、寝るのが一番だ。夢の中だろうが、現実だろうが、きっと次目覚めた時には万事上手く収まってる。
     寝よう。

    「ちょっと寝るね。なんか頭疲れちゃった」

    「大丈夫?」

    「そんな心配されるほどでもないよ……憂も一緒に寝る?」

    「えっ? うーん、私はいいかな。さっきまでずっと眠ってたみたいだから、あんまり眠くないんだ」

    「そっか」

    「あっ、でも、一緒に横になってるだけならいいかも。梓ちゃんの寝顔見ていたい」
     
    「えっ!? そ、それってどういう意味……?」

     何を言い出すのだろう、まどろみが一気に吹っ飛んじゃったじゃない。
     憂がふふっと妙に色っぽく笑って、そのまま横になった。眼前に、憂の顔。やばい、顔が火照ってきた。

    「深い意味は無いよ。ただ、梓ちゃんの寝顔が見たいだけ」

    「……恥ずかしいんだけど」

    「私も恥ずかしいよ」

    「ならどうして……?」

    80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:14:53.04
     憂は答えてくれない。ただ潤んだ瞳で私を見つめるだけだ。ヤバい、これは非常にやばいよ。
     スッと顔を近づければ唇が当たる距離を保ったまま、果て、私の理性はどこまで本能とやらを抑えておくことが出来るだろうか。
     あんなにゴチャゴチャしていた頭の中が、今は目の前の憂一色で染まってしまっている。これはB型の血の所業だろうか。どうでもいい。

    「あ、あのさ……ちょっと顔近くない?」

    「そうだね」

    「そうだねって……」

     憂ってこんなに大胆な娘だっけ?

    「私、ちょっと混乱してるのかも」

    「えっ」

    「だって、いきなり梓ちゃん家にいて、しかもダンボールに入ってたんだよ?」

    「まあ、そう、だね……私も混乱してるしね」

    「うん。でもね、悪い気はしないよ。というより……嬉しい、かな」

    81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:17:03.91
     そりゃあ、私だって本心を言えば……憂がやってきたという事実だけを抽出するなら手放しで大喜びしたい。でも、状況が状況だ。
     ちょっと待って。
     この憂はこの後どうするつもりなんだろう。家に帰る? いやいや、唯先輩の家には今本物の憂がいるんだ、それはダメだろう。
     ……ダメ? ダメな理由ってなんだ。

    「なんで嬉しいの?」

    「えっ……あ、うん……えっとね……それはその」

     唯先輩なら例え憂が2人になったとしても、何となくオッケーの一言で済ませてしまいそうな気がする。
     でも憂はどうだろう。目の前に全く同じ人間が現れたとして、どうするのだろう。同じ人間が、目の前に。あれ?
     どこかで聞いたような話だ。

    「……お、教えない」

    「なにそれー。いいじゃん……教えてよ」

     顔を真っ赤にして俯く憂を、揺るんだ口元を隠しもせずにやんわりと攻めた。そうでもしないと、頭がおかしくなりそうだった。
     私も馬鹿じゃない。目の前の憂が私に対して好意を持ってくれてる事くらいすぐにわかった。正直、顔が茹るくらい嬉しい。
     でも、やっぱり私は馬鹿じゃないのだ。それを喜ぶ前に、危惧する事があるくらいわかった。
     自分と全く同じ存在……ドッペルゲンガー。典型的なオカルト。で、『ドッペルゲンガーに会うと死ぬ』らしい。
     涙が出た。

    「えっ!? あ、梓ちゃん? どうしたの!?」

     軽音部に入るか外バンを組むべきかの瀬戸際でさえ、こんなにも悩む事はなかった。律先輩が澪先輩と喧嘩した時だって。あの時だって。色々あって精神的にきてた時だってそうだ。
     厄日、なのかな。そう考えてとりあえず現実逃避した方が楽かもしれない。

    82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:18:42.83
    「ご、ごめんね、変な事言っちゃって、私が悪かったんだよね? ごめんね」

    「……違うよ。憂のせいじゃない……とはやっぱり言い切れないかな、あはは」

    「えっ……わ、わかっちゃった? その……私が梓ちゃんを好きってこと、やっぱりわかっちゃったかな?」

     憂は好意を向けられた私が戸惑って泣いているのだと勘違いしているらしい。
     可哀想だから、とりあえず誤解を解いてあげよう。逃避するのはそれからでも遅くないはず。

    「バレバレだよ」

    「そ、そっかぁ……変、だよね、やっぱり」

    「まさか、全然。だって私も同じだもん」

    「えっ」

    「私も憂が好き。多分、憂が想っている以上に、私は憂が好きだよ」

     可愛いなぁ、憂。あらら、泣いちゃったよ。
     
    「ほ……ホントに? 信じても、いいの?」

    「当たり前じゃん、純ならまだしも、私はそんな質の悪い冗談は言わないよ」

    「梓ちゃん……」

    「両想いだね、私達」

    「うん……うん!」

    83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:23:13.82
     そうだよ。ドッペルゲンガーなんて未だに信じられないけど、実際に憂が複数いたのだ。僅かな危険性も残しておくわけにはいかない。
     死、なんてものを憂の近くに置いておけるものか。ならば、その可能性である『ドッペルゲンガーに会うと死ぬ』なんて噂、こっちから先手を打てば良い話。
     現実逃避を考えたり、かと思えばオカルトなんてものに一生懸命対策を練ったり、自身が思っている以上に私はどっちつかずのAB型らしい。
     日和見したり、熱くなったり。だけど、ここで思うままに憂に襲い掛かったらダメなんだ。あの柔らかそうな唇をむさぼるのは、全ての懸念事項を回避した後でなくては。
     ああ、憂。
     
    「今、何て?」

    「だから、私と一緒に暮らそうって言ったの。恋人なんだし」

     絶対に憂を自宅に帰らせない。その間に何らか対処を見つけ出す。実に合理的で素晴らしい! っていうのは何かのドラマの受け売りだったかな。

    「ええっ!? で、でも……」

    「話が早い? 大丈夫だって。これから一生ってわけじゃないし、そうだなぁ……とりあえず、一週間暮らしてみようよ」

    「一週間? で、でも……お家の人に何て言うの?」

    「たしかに、唯先輩を宥めるのはちょっと苦労しそうだなぁ」

    「そっちじゃなくて! 梓ちゃんのお父さんとお母さん、きっとびっくりするだろうし、私迷惑だよ」

    「大丈夫。お母さんは二つ返事で了承すると思うし、お父さんは……音楽性の追求だとか何とか言えばオッケーするよ」

    「ええぇぇぇ……」

    84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:26:15.80
    「着替えはどうしようかな。私が憂の家まで行って取ってきてあげようか」

    「えっ、いいよわざわざ。私が取りに行くから」

    「ダメっ!!」

     おっと。いけないいけない。

    「梓……ちゃん?」

    「あはは、ごめんごめん。ちょうど唯先輩を説得するタイミングにもなるしさ、私が行くよ。っていうか、もうすっかりノリ気だね」

    「えっ……う、うん。正直言うとね、すごく嬉しいんだ。でも、素直に喜んで受け入れていいのかな……?」

    「いいっていいって。それじゃあ、さっそくお母さんだけでも話つけてくるから、適当にくつろいでて」

    「わ、私も行くよ! ……もし了承してもらえたら、お世話になるんだし」

    「そう? じゃあ、二人で行こっか」

    「うん! ……あっ、私達の関係は伏せといた方がいいのかな」

    「いや……この際、両親公認の仲になっといた方がいいよ。どうせお父さんを説得する時、根掘り葉掘り聞かれそうだし」

    「うーん……いいのかなぁ……」

     保安官を銃撃したり、アレをキメて男の子を嬲ったりするわけでもない。ただの同性愛を報告するのだから、何も問題ない。
     音楽家っていうのはそういうちょっと感性がズレてる人が多いし、ズレてる方が良しと信じて自負して人も多い。
     父は後者だ。母はそれ以前の問題だ。私はどうなんだろう。

    85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:28:41.11
    「ほら、行こう?」

    「う、うん」

     予想通り、母は二つ返事で認めてくれた。父は感慨深そうに、梓ももうそんな歳か、などとよく分からない感想とともに首を縦に振ってくれた。
     なんだ、うまくいきそうじゃん。
     
     ……。
     ……。
     ……。

    『もしもし、あずにゃん?』

    「夜分遅くにすみません。あと、さっきはいきなり電話を切ってすみませんでした」

    『気にしてないよー。それで、どうしたの?』

    「はい、実は唯先輩にお願いがありまして。その」

    『なあに?』

    「えっとですね、憂の下着と服を何着か用意して欲しいんです」

     電話の向こうで沈黙する先輩の姿が浮かぶ。恥を忍ぶというか、捨てたよ。全ては憂の為なのだからしょうがない。

    『……あずにゃん? どうしたの、いきなり。まさか、あずにゃんまでムギちゃんみたいになっちゃったの?』

    「違います。一緒にしないでください。私の想いはもっと純粋です」

    86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:30:54.33
    『言ってる意味がわからないよ』

    「だからですね、私は憂が好きなんです」

    『えっ? 私も憂のことは好きだよ』

    「先輩が言ってる好き、と私の言ってる好きは意味が違います。私のほうは、恋愛感情で言うところの、好き、です」

    『……ホントなの? 冗談とかじゃなくて?』

    「本気です」

    『……そっか。じゃあ、あずにゃんには特別に憂の服セットを用意してあげよう』

     案外、というよりも逆に不安になるほどあっさりと了承してくれた唯先輩。まさか、ムギ先輩の影響で変なところに耐性が付いてしまったのだろうか、だとしたら許すまじ、眉毛先輩!
     まあ、でも、今回ばかりは感謝しておこう。

    『何枚くらい欲しいの、憂のパンツ?』

    「ちょ、パンツだけに限定して聞かないでください! 私が変態みたいじゃないですか」

    『違うの?』

    「違います!」

     やっぱり許すまじムギ先輩。布教するならとことんしておいて欲しいものです。
     私は、唯先輩にとりあえず1週間分あれば事足りる事を伝えた。

    87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:33:51.34
    「あの、それで、受け取りについてなんですけど……今日、これから伺ってもいいですか?」

    『ええっ!? 今から? うーん……憂の目も誤魔化さないといけないし、難しいよ』

    「そこを何とかなりませんか?」

    『うーん……っていうか、そんな今すぐ必要なの? どうして?』

    「……我慢できないから、ではダメでしょうか?」

    『……困った子だね、あずにゃんは。とんだ変態さんだ』

     もう何とでも言うがいいさ。毒食らわばなんとやらだ。

    「ダメですか?」

    『……いいよ。可愛い後輩の頼みだもんね。用意してあげるから、家までおいでよ……あ、夜道には気をつけてね』

    「ありがとうございます、唯先輩!」

     私は唯先輩への感謝の念で、思わず泣きそうになった。
     電話を切り、自室に戻る。ベッドの上では憂が所在無げに佇んでいた。

    「これから唯先輩の家に行ってくる」

    「お姉ちゃん、何か言ってた?」

     うん、と頷く。さて、ここからが問題なのだが上手くいくだろうか。
     私はこれから憂に嘘をつかなくてはならない。嘘というのも憚られるような、始終、事実無根のでまかせを。

    89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:48:36.47
    IDが変わってしまった。


    「私達のことは認めてくれるってさ」

    「本当!?」

    「うん。ただし、条件があるって」

    「条件?」

    「そう。これから一週間、憂は私の家から出ちゃダメ」

    「……えっ? どういうこと?」

    「だから、私の家に泊まっている間、一歩も外に出ちゃいけないって事。当然、登校もだめ」

    「な、えっ、どうして? どうしてお姉ちゃんがそんなことを? 理由がわからないよ」

    「憂断ちをね、するんだってさ」

    「……私を断つ?」

    「ほら、唯先輩って憂にべったりな所あるじゃん。だから、それを我慢して改めて私達の仲を認める為に、一週間憂を断つんだって」

    「そ、そんな無理だよ! だって、お姉ちゃん一人じゃご飯もまともに作れないんだよ? 朝だって目覚ましじゃ中々起きれないし、それに――」



    92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:51:04.48
    バイバイサルさんか。猿支援ってそういうことだったのね。


     私の嘘八百に憂が当然の反論をした。
     しかし、それは飽くまで杞憂でしかない。なぜなら、本物の憂は今も平沢家にいて、それを知らないのはこの目の前の憂だけなのだから。
     つまるところ、憂さえここから出なければ何一つ日常は変わらないのだ。むしろ、大人しくしていてもらわないと非常に困る。命にかかわるかもしれない。
     だから、私は嘘をついた。

    「憂がそうやって甘やかすからダメなんだよ」

    「で、でも……心配だよ」

    「大丈夫だって。今時高校生3年生が、一人でご飯も作れないようじゃやっていけないよ? 憂だって本当はそう思ってるんじゃないの」

    「それは……で、でも。たとえ、お姉ちゃんの事は大丈夫だとしても、学校に行かないなんてダメだよ!」

    「大丈夫だよ」

     憂はきちんと登校するよ。だからこそ、この憂を学校に行かせてはダメなんだ。

    「出席のことなら心配しなくていいよ。さわ子先生に協力してもらって、誤魔化すから」

    「もっとダメだよ!」

     流石に苦しい言い訳だが、ここで引き下がるわけには行かない。ここは少し卑怯な手ではあるけれど、憂の優しくて甲斐甲斐しい性格を利用させてもらう。
     私の良心なんて、憂の命に比べたらクソくらえだ。

    93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:53:38.25
    「……憂は私と一緒にいたくないの? 私は憂のことこんなに想って、勇気を出して唯先輩に私の憂に対する気持ちを報告したのに」

    「えっ……そ、そんなことないよ。私も、梓ちゃんと一緒にいたいよ……でも」

    「……ふーん」

    「あ、梓ちゃん……」

    「私が大丈夫、って言ってもやっぱり信じてもらえないか。そりゃそうか」

    「そんなことないよ、梓ちゃんの事信じてるし、頼りにしてるよ!」

    「じゃあ、いいじゃん。一週間って言っても、明後日までは休日なんだし、実質5日間だよ? その間、私が帰ってくるまで音楽でもネットでも好きな事してていいんだよ?」

    「……う、うん」

    「ねえお願い……憂」

    「……わかったよ」

     厳しいごり押しの末、ようやく憂はこの提案に頷いてくれた。心が痛すぎて泣きそうになるも、ギリギリの理性で涙腺を押さえた。
     俯いて眉を八の字に描いている憂。心の中で言い訳する気もわかない。

    94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:56:44.55
    「ありがとう憂」

    「うん」

    「それじゃあ、私、早速、唯先輩の家に行って伝えてくるね。服も取ってくるよ」

    「あっ……ちょっと待って」

    「なに? 何か他に取ってきて欲しいものとかあった?」

    「ううん、そうじゃなくて……私からも一つ、条件出していい?」

     えっ。顔を上げた憂からは灰色の雲のような表情は消え、代わりにほんのりと頬が色づいていた。
     どうやら照れているらしく、ものすごく可愛い。
     どれくらい可愛いかというと、抱きしめてキスしたいくらいであるからして、これはもうヤバい。喉の奥から手の代わりに愛液が出そう。
     まあ、比喩だけど。

    「学校に行かないと、その、日中、梓ちゃんに会えないでしょ? だから、その、寂しくならないように……して、ほしいな」

    「へ? なにを?」

    「……い、いってきますの……キス」

     私はその台詞を聞き返すことなく、フェードアウトした。

     気がつくと、父に車で唯先輩の家に送ってもらって憂の服を受け取っていた。
     帰り際、二階からドアの開く音がして慌てて唯先輩と外に出たと記憶している。

    「あぶなかったー。憂にバレたら起こられちゃうよ。憂、ああ見えても怒ると怖いんだよ!」

    96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 05:58:37.04
     そうなんですか、という私の気の無い返事は、魅惑のブツを手に入れて心ここにあらず、という具合に解釈されたらしい。
     唯先輩がムギ先輩を思わせる、うふふ笑いを浮かべていた。
     お礼を述べてそそくさと退散。
     家に着くまでの車中、父が感慨深げに、梓ももうそんな歳か、とまた呟いていた。

     着替えも手に入ったという事で、憂と一緒に風呂に入ることになった。恋人になっていきなりそれは大胆、というなかれ。
     これは飽くまで友人同士のスキンシップに肩を並べる、女子高生なら当たり前のごく普通のイベントだ。
     まあ、私の動悸と血走った目は、友人同士のそれとはかけ離れていたのだけれど。

    「梓ちゃん……恥ずかしいよ」

    「あ、ごめん」

    「うん……」

    「ねえ、憂。さっきのことだけどさ」

    「さっきのことって?」

    「だから、学校行く前に毎日キスするって話」

    「……う、うん」

    「私もそれには大賛成なんだけどさ……その、始めの一回はちゃんとしたいなっていうかさ」

    「始めの一回……?」

    「うん。始めの一回。つまり、ファーストキスってこと」

     カポーンという小気味よい音はなく、ただ気まずい空気が浴室に流れた。

    98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 06:00:56.23
    「……そう、だね。私もそう思う……」

    「だよね……」

    「うん……」

    「……」

    「……」

    「……する?」

    「えっ、いま?」

    「うん。なんか、タイミング的に今じゃないと出来ないって言うか」

    「う、うん……そうだね。後で改まって、だと言えない気がするね」

    「うん……ファーストキスがお風呂場だなんて、なんかちょっと変だね」

    「そうだね……」

     じゃあ、とどちらからともなく近づき、互いに正面を見つめた。風呂のせいなのか、上気した憂の顔が妙に赤く色づいていて恐ろしいほど可愛く見えた。
     憂からはどう見えているのだろう。同じように、私の顔も真っ赤なのかな。顔が熱くてよくわからない。
     憂が静かに目を閉じた。私も覚悟を決める。

    99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/04(木) 06:07:10.98
    「……んっ」

     唇に柔らかくて温かい感触があった。体は浴槽に浸かって十分に温まったはずなのに、憂の唇はより熱く感じられた。
     私は完全に目を閉じず、薄めで見ていたが憂はギュッと目を瞑ってプルプルと震えている。
     そっと腕をまわして、体を寄せた。

    「んんっ……ぁ」
     
     一度唇を離し、お互いを見つめた。吐息が熱い。
     ポーっとした表情の憂。目がトロンとなっていて、ここが風呂なのだという事を忘れるくらい淫靡な顔だ。
     魅力的とも言う。その魅力に惹かれ、私達はもう一度唇を重ねた。

    「んぁ……あ……あずさちゃん……っ!」

     想像以上に憂の唇は柔らかくて、背中にまわされた力は予想以上に強くて、一瞬でのぼせそうになった。
     っていうか、のぼせた。視界が白濁して、憂の悲鳴にも似た声が遠くに聞こえた。
     なにやってんだ私。

     ……。
     ……。
     ……。

    150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 02:16:19.34
    >>99の続きです。

     土曜日。
     さっそく行動に移った。まずはネットで情報を探す。
     ドッペルゲンガーというワードを頼りに検索を始め、そういったオカルトの類を真面目に取り上げているウェブサイトをチェックしていく。
     後ろから規則正しい寝息が聞こえる。まだ大丈夫、憂は起きていない。そりゃあ疲れているんだし、もう少し寝ていてももらわないと。

    「……ダメだ」

     ドッペルゲンガーの対処法を探せど、知人が商品として送られてくるという噂を探せど、ヒット数はほぼ0。
     肝心の情報が全く得られないまま、時間だけが無為に過ぎていった。苛立ち紛れにマウスを連打する。
     と、その音に反応したのか背後でモゾモゾと音がした。
     憂が起きた時点でネットでの調査は終了。ブラウザを閉じ、電源を落とす。

    「おはよう憂」

    「おはよう。ふあぁぁ……梓ちゃん、なにしてるの?」

    「別に。ちょっとPCで調べ物」

    「そうなんだぁ……ふぁぁ」

     眠そうにしている憂に思わず頬が緩む。でも、気を緩めるわけにはいかないのだ。でも、なんでこんなにムキになっているのだろう……まあいいや。
     お次は携帯を取り出し、部屋を出る。アドレス帳には純の番号。

    「……早く出てよね……」

     まだ時間が早すぎただろうか。純のことだから、きっとまだ寝ているに違いない。
     と思って電話を切ろうとしたら、丁度コールが止んだ。


    152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 02:17:41.46
    『もしもし』

    「あ、純。ごめんね、こんな朝早くから」

     電話から聞こえたのは眠そうな純の声ではなく、溌剌とした感じの声に、周りからは喧騒。どうやら外らしい。
     私は手短に用件を伝えた。ドッペルゲンガーの魔の手から憂を救いたい、手を貸して欲しい、と。

    『はぁ? ちょ、朝っぱらから何言ってるの、梓』

    「だから、前に話したでしょ。もう一人の自分の話」

    『それは覚えてるけどさ、まさか……それ、本当に信じてるの?』

    「信じるも何も、現に憂はやってきたじゃん」

    『あっ、やっぱり梓のとこにも来たんだ? へぇ、良かったじゃん』

    「何呑気なこと言ってるの! このままだと憂が危ないんだよ。純だって憂が死んじゃったら嫌でしょ!?」

    『そ、それはそうだけどさ、ちょっと落ち着いてよ。その、ドッペルゲンガーだっけ? それってつまりさ、今私達の隣にいる憂のことでしょ?』

    「えっ? う、うん……まあ、そうなるのかな。本物は唯先輩んちにいるわけだし……うん?」

     もう一度、純の言葉を反芻する。今私達の隣にいる、だって?
     酷く嫌な予感がした。

    「……はっ? ちょっと、まさか、あんた今どこにいるの?」

    『憂と遊びに来てる。土曜日だしね』

    155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 02:23:29.08
    「なんで私も誘ってくれなかったの!? ……って、そうじゃなくて、外に憂と出たの!?」

    『そうだよ』

    「そうだよ、じゃなーい! わかってるの、純? 憂は憂に会うと死んじゃうんだよ!」

    『ああ、もう憂憂うるさいなぁ。そんなに言うならほれ……憂、梓から電話』

     またもや背景音に混じって憂の声が聞こえた。純の声が遠くなり、そして、

    『もしもし、梓ちゃん? どうしたの、何かあったの?』

    「あっ……憂……」

     紛れも無い憂の声。それにまじって賑やかな雑踏。一体どこにいるのよ。

    「憂……今、どこにいるの?」

    『商店街だよ。バーゲンセールやってるから純ちゃんと一緒にお出かけしてきたの』

    「そ、そうなんだ……ねえ、昨日は?」

    『昨日?』

    「うん。昨日、あの電話の後どうしたのかなって……」

     一瞬の沈黙の後、うふふと色っぽい声がした。

    『純ちゃんの家にね、お泊りしちゃった』

    156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 02:26:06.04
    「ごめん……もう一回言ってもらえる?」

    『えっ? だから、昨日は純ちゃんの家で一緒に寝たよ』

    「……今、商店街だよね? 今すぐ行くすぐ行く絶対行く」

     電源を切る。投げ捨てたい衝動を堪え、震える手でポケットに突っ込む。
     部屋に戻って、いまだベッドの上で寝ぼけ眼をこすっている憂に一言、

    「出かけてくる」

    「ふぇ? ど、どこに?」

    「商店街」

    「何しに行くの?」

    「純の奴をちょっとね。懲らしめに」

    「だ、だめだよそんなこと、めっ!」

    「めっ、されない。これは当然、友人として注意しなくちゃいけないことなの」

    「ダメだよ……今日、土曜日だよ。せっかく、梓ちゃんと一日ゆっくりしてられると思ったのに……」

     シュンとなる、という表現がこれほどまでに言葉に似つかわしく、且つ凶悪なモノだとは思わなかった。
     私の捨てたはずの良心というか、いじましい気持ちがキュッと持ち上がった気がした。
     可愛すぎる。その眠たそうで悲しそうな表情を破顔させたい。

    157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 02:30:22.40
    「憂……その顔は反則だよ」

    「梓ちゃん……」

    「あぁ……もう……可愛すぎる!」

     我慢できず、そのままベッドに飛び乗って憂を全力で抱きしめた。体躯の関係で、がっちりホールドは出来なかったが。
     寝起きの憂の体はあったかくてとても気持ちよかった。やわかくて、それでいて弾力があって、鼻をうずめると柑橘系のいい匂いが鼻腔をくすぐる。
     くすぐったそうに身をよじる憂の唇を啄ばむ様に、いつしか私達はキスをしてベッドに体を沈めていた。
     互いの距離が近すぎて、逆に僅かな距離が遠く感じる。堪らず、体を抱きしめる。

    「んぅ……あずさちゃん……」

    「……」

    「もう一回キスしていい……? んっ……あっ」

    「……」

    「んんっ……! ぷはっ、あ、梓ちゃん、ちょっと激しすぎるよぉ……!」

     唇を離すと、唾液の糸が引いた。窓から差し込む日差しでキラキラと輝いている。私はそれを指で掬って、ほら、と憂に見せた。
     なんか恥ずかしいよ、と憂。
     何が? とわざと意地悪に聞き返す、私。
     その……ちょっといやらしい感じがする、と憂。

    158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 02:36:39.75
    『いやっ……あずさちゃん、そんなところ……!』

    『ダメだって、んぁっ! ……ぁぁ』

    『……』

    『……』

     ピチャピチャと水の音がした。
     いやらしい? 憂がいやらしく感じるんならそれはきっといやらしいんだろうね、と私。
     そんなぁ、まるで私がエッチな子みたいだよ、と憂。
     まるで、じゃなくて実際、憂はエッチだよ、と私。
     えっ、ひどいよぉ……、と私。
     うふふ、可愛いなぁ憂は、と私。
     もう……いじわる、と私。
     ……えっ? と私。
     なんだ、これ、と私。
     私。
     
     ……。

     いつの間にか、私だけが一人喋っていた。いや、実際に口を動かしていたわけじゃなくて。
     頭の中でいやらしい妄想を思い浮かべて、それに耽っていただけだった。
     いつから? 記憶をたどる。

    159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 02:37:50.28
    『商店街』

    『何しに行くの?』

    『純の奴をちょっとね。懲らしめに』

    『そうなんだ。いってらっしゃい! 早く帰ってきてくれると嬉しいな……』

    『う、うん。なるべくそうする……あっ、そうだ』

    『うん?』

    『条件、守らないとね……ほら、ちょっと顔貸して』

    『えっ、あっ……う、うん』

     いってきますのキスの後、私は商店街へ向かったのだった。

     ……。
     ……。
     ……。

     商店街に入って間もなく、純の姿を見つけた。

    161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 02:51:07.86
    「じゅーんー」

    「おわッ!? あ、梓!? ど、どうして」

    「憂から聞いた。商店街にいるって。いったいどういうつもり?」

    「ど、どういうつもりって……?」

     私はしらばっくれるモップ頭を鷲づかみにし、とびっきりの睨みを効かせて言った。

    「あんた、昨日憂と一緒に寝たんでしょ?」

    「なんで知ってんの!?」

     何でもクソも無い。本人に聞いたのだ。
     もしドッペルゲンガー遭遇を危惧して、憂を家に泊めたのならまだ許せた。
     しかし、こいつはこんなエンカウント率の高い休日の商店街に憂を連れ出す奴だ。そんなことを考えるわけが無い。
     つまり、このモップは単純な好奇心、もしくはいかがわしい性欲求の赴くままに憂と一晩を共にしたのだ!
     許せるわけが無い。頭がカーッと熱くなり、体がチクチクと痒くなった。

    「ち、ちょっと梓さん……? 何か非常に怒ってらっしゃるようですが」

    「……純。今まで友達でいてくれてありがとう」

    「ち、ちょっと! それはいくらなんでも無いでしょ!? べ、別に変な事したわけじゃないんだし、それに」

    「それに? まだ何かいい訳が?」

    162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 02:52:29.08
    「憂はドッペルゲンガー、なんでしょ? だったら別にいいじゃん、何したって。どうせ梓だって、自分とこに来た憂に何かしちゃったんでしょ」

    「なっ」

    「ほら、顔赤くなった! なんだ、人のこと散々言っといて、自分のことは棚上げ? ずるいんだぁ」

    「べ、べつに私は何もしてないよ! ……ホントだよ」

    「ホントかなぁ……まあ、いじるのはこれくらいにして、信じてあげるとしますか」

     にひひ、と笑う純。
     当初の目的も忘れ、形勢も逆転し、私は顔を上げることが出来ない。プライドが高いねとはよく言われますが、まったくその通りです。
     顔を俯かせていると次第に涙が溢れそうになって、慌てて天を仰いだ。雲ひとつ無い晴天。気持ちいい。憂も連れて来てあげたかったな。
     あれ。
     そういえば、つい数十分前まで電話で話していた憂の姿が見当たらない。

    「ねえ、純。憂は?」

    「さっきトイレに行ったけど……そういえば、遅いな。どうしたんだろ、具合でも悪くなったのかな」

     相変わらず無責任な奴だと思う。
     とりあえず純と一緒にそのトイレまで憂を迎えにいった。トイレは近くのコンビニにあった。

    164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 02:54:32.23
    「いないじゃん。ねえ、憂いないよ」

    「そうだね」

    「そうだね、じゃない! ああもう信じられない!」

    「まあまあ、落ち着いて梓。きっともうお腹の調子も落ち着いて、私たちと入れ違いになっただけだって」

    「そんなわけ無いでしょ!? ねえ、なんでそんなに呑気なの?」

    「別に呑気にしてるつもりはないけど……梓、さっきからカリカリしすぎだよ」

     気がつくと店内の客の視線を独り占めしていた。恥ずかしくて外に出る。
     それにしても純の憂……認めたく無いけど、純の憂、どこにいってしまったのだろう。
     ひょっとして、余りの痛みに気絶してどこかでのた打ち回っているのではなかろうか。
     嫌な想像が妙にリアルに浮かんだ。いけない。

    「とにかく、手分けして探そう」

    「うん。わかった」

     純と二手に別れ、憂を探す。
     飲食店、ファミレス、小物屋、ファンシーショップ。
     商店街の軒並みを回って憂の姿を探すものの見つからなかった。可能性があるところは全部回ったが、ダメだった。

    165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 03:01:13.90
     もうかれこれ30分以上走り回っている。

    「ホント……どこいったのよ……」

     探せど探せど、憂の姿は見つからない。焦燥と疲ればかりが募っていって、ついでにイライラも溜まっていった。
     クソ純め。恋人一人、しっかり管理する事も出来ないのか。どんだけだらしないのよ。
     ……恋人? いやいやいやいや、何考えてるんだか。

    「ああん……ういぃ……」
     
     情けなくも、唯先輩のような台詞を吐いてしまう。私の憂の言うとおり、せっかくの土曜日くらい二人で一日中イチャつきたかったな。 
     ぐぅ、とお腹がなった。そういえば朝から何も食べていなかったっけ。
     憂のことで頭が一杯になって忘れていたが、私の体も普通の女子高生と変わらないわけで、正直、朝食を抜いて走り回るのは堪える。
     っていうか、ちょっと気持ち悪い。
     とりあえず何か口に入れよう。この際、カロリーメイトでもうまい棒でもいいや。
     近くのコンビニに入った。

     ……。

    「あっ」

     何気なく店内を見渡し、思わず息が止まった。
     雑誌コーナーによく見知ったポニーテールの制服姿を見つけたのだ。さっきまではいなかったはずなのに、どうして? まあ、どうでもいい。
     気付かれないように……特に意味は無いけど、そっと後ろから近づいてその華奢な肩先を指でつついた。

    「ひゃぁ! ……えっ、梓ちゃん?」

    「もう、どこ行ってたのよ……商店街中探したんだからね!」

    167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 03:23:04.88

     安堵に胸を撫で下ろした。見たところ、顔色も優れていて元気そうだ。
     なにより、コンビニで立ち読みしてるくらいだから、私の心配はただの杞憂にすぎなかったようだ。
     安心したら空腹に拍車がかかった。またお腹の虫がなく。えずきそうになり、慌てて口を押さえた。
     涙がジワリと目尻に寄った。

    「あっ……あはは。鳴っちゃった」

    「梓ちゃんお腹空いてるの?」

    「うん、まあね。朝から何も食べてなかったし、憂を探すために商店街を走り回ったからね」

    「私を探す? どうして?」

    「どうしてって、トイレに行ったっきり帰ってこなかったからでしょ! もう、何言ってるの」

    「うん? ……ああ、そうなんだ。ごめんね、梓ちゃん」

    「もう」

    「あはは……見つけてくれて、ありがとう」

     困ったように笑う憂に、ちょっとだけ募った不満も吹き飛ぶ。やっぱり可愛い憂。制服越しではわかりにくい肢体もそそる。
     それにしても、休日なのに制服姿なんてどうしたのだろう。やっぱり、純のところに送られてきた時も憂は制服姿だったのか。


    168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 03:24:52.00

    「お腹空いてるんだよね、梓ちゃん。一緒にご飯でも食べない?」

    「えっ。私はいいけど……純が、まだ憂を探してると思うから。まあ……純なんてどうでもいいけど」

    「うん……?」

    「あ、いや。やっぱ仲間はずれは一応可哀想だから、3人で食べようか」

    「じゃあ、二人で純ちゃんのところに戻ろっか」

    「うん。そうだね」

     憂と二人でコンビニを後にした。
     携帯を取り出し純に電話をかける。
     
    『もしもし』

    「あ、純? 憂見つかったから、これから三人でお昼にいかない?」

    『え、そうなの? わかった。じゃあ、どこかに一回集まろう』

     近くのファミレスで食べる事になった。その事を憂に伝えると、笑顔で頷いた。
     
     ……。
     ……。
     ……。

    169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 03:29:06.56
    「おーい、こっちこっち」

     憂と二人でファミレスに入ると、窓際に、手を振る純の姿を見つけた。恥ずかしくないのかな。
     
    「えへへ、おまたせー」

    「……えっ?」

     純が、私達を見るなり妙な顔をして驚いた。失礼な奴。
     
    「なによその顔」

    「あれ……なんで制服? 着替えたんですか?」

     どうやら憂に対してのリアクションらしく、私など最初から眼中に入っていなかったらしい。失礼な奴。
     いくら憂が可愛いからって、それはないだろう。頭にくるなあ。
     
    「ううん、今日はずっと制服だよ。どうしたの、純ちゃん?」

    「いや……えっ、もしかして、梓のトコの憂?」

    「はあ、何言ってるのよさっきから」

     話が見えない。
     しかも、梓のトコ、なんて複数の憂を示唆するような言葉まで使って、何を考えているのやら。もし憂に気取られたら大変な事になってしまう。

    170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 03:32:38.71
    「梓が連れてきたの?」

    「なにが」

    「憂」

    「そうだよ。さっきコンビニで見つけたから。電話で言ったじゃん」

    「そうじゃなくてさ……ちょっとこっちきて」

     純は席から離れるようにして、私の腕を引っ張っていった。憂が不思議そうに、でも笑顔でこちらを見ている。余計な心配でもさせちゃったかな。
     純がキョロキョロと辺りを見渡しながら、とうとう化粧室にまでやってきた。なんだっていうんだ。

    「ちょっと、なんなのさっきから。意味わからないよ」

    「それはこっちの台詞だって。ねえ、あれって梓の家から連れてきた憂なんでしょ?」

    「はぁ? そんなわけないじゃん。憂には家で留守番してるように言ってあるし」

    「……」

    「なんなの一体?」

    「じゃあ、電話かけてみてよ」

     何言ってるんだこいつは。

    171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 03:34:31.69
    「なんでわざわざ」

    「ひょっとしたら勝手に来ちゃったかもしれないじゃん」

    「だからさ……うん? えっ……ねえ、もしかしてさ、あの憂、純が連れてきた憂じゃないの?」

    「……わかんない」

     そういう純の顔はどことなく具合が悪そうに見えた。心なしか、左右のモップが少し下に垂れている。

    「わかんないって、なにそれ……あっ」
     
     まさか、ひょっとして。もしかして私は本物の憂を、勘違いして連れてきてしまったのではないだろうか。
     
    「ねえ……もしかしてさ、本物の憂なの? あれ」

    「いや、それはないと思うんだけど。だから、電話で確認してってば」

    「なんで? 私の家にいるのは、私の憂だよ?」

    「ああもう、憂憂うるさい! いいから、早く電話かける!」

     純のただならぬ剣幕におされ、私はしぶしぶ携帯を取り出し家にかけた。
     数回のコールの後、母が出た。

    「もしもし、お母さん? 私、梓だけど。ちょっと確認して欲しい事があるんだ」

     部屋に行って憂がどうしてるか見てきて欲しいと告げると、すぐに保留のメロディーに切り替わった。
     隣に目をやると、不安そうに爪を噛む純がこちらを睨んでいる。なんだっていうのよ、いったい。

    175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 03:57:21.09
     しばらくして、メロディーが途切れた。

    『もしもし、梓ちゃん? どうしたの?』

    「あ、憂。うん、特に用事ってわけじゃないんだけどさ。今、何してるの?」

    『今? パソコン借りて、ちょっと料理のサイト見てたよ。おもしろいね、インターネットって』

     やっぱり憂は家にいた。ほらね、と純を見やる。
     純は目を見開いて爪を半端に噛み、呆然としていた。

    「……純?」

     その様子に、私は何となく事態を察したのだった。
     やはりコンビニにいたのは純の家にやってきた憂ではなく、本物の憂だと。だから、こいつはこんなにも動揺しているのだ。
     今もこの近辺で純の憂がウロウロしている可能性を考えると、なるほど、青ざめるのも無理は無い。
     馬鹿純。ファッキン純。
     だから、言ったのに。無性に腹が立って、そのまま純の肩を掴んで壁に押し付けた。

    「い、痛いよ梓」

    「ばか! なんで憂を連れてきたのよ! 常識的に考えれば、こういう事態だって想定できたでしょ!?」

    「えっ、それは……だって……」

    「もし本物の憂とばったり出会っちゃったら、死んじゃうかもしれないのに!」

    「そ、それはないよ」

    176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 03:58:36.90
    「どうして? なんでそんな事言えるの?」

    「うーん……どうしてって言われてもなぁ……」

     視線を外すように苦笑いする純に、私は激昂した。カーッと血が上って、思わず手を振り上げそうになった。

    「はぁ!? なにいってるの!? 現に、私が連れてきた憂はほんもの――」

     と。
     背後から声をかけられた。瞬間、私も純も凍り付いた。
     
    「な、何やってるの二人とも!? 喧嘩はダメだよ!」

     制服姿の憂。
     現状を誤魔化す事も忘れ、私達は目の前の憂に冷や汗を流しながらただ突っ立っている事しか出来なかった。
     憂が何か言っている。
     心配そうな顔で、何があったのか、喧嘩はいけない、仲良くしようよ、などと言っている。私達の会話は聞かれてなかったようだ。
     それだけが唯一の救いだったが、席に戻ってからも私と純が安心することはなかった。互いに無言で、私は最悪の事態を考えている。
     そもそも、私の憂にしろ純の憂にしろ、それがドッペルゲンガーなんてものかすら確証は無い。そうであったとして、死ぬという事実関係も定かではない。
     ただ、本物と瓜二つの人物を会わせる事は、どうかんがえても吉に転ぶとは思えなかった。

     私は、カラフルなメニュー表を眺めながら、ただひたすら、純の憂が現れない事を祈った。
     憂はそんな私達の空気を、喧嘩後の気まずいものと勘違いしている。都合がいいといえば確かにそうなのだが、だからと言って安心できる要素は何一つ無い。
     早いとこ食事をすませ、適当に理由をつけてここから離れよう

    177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 04:00:35.67

    「うわぁ、このステーキおいしそうだね! ね、梓ちゃんもそう思うでしょ」

    「……そうだね」

    「見て純ちゃん、これすごくおいしそう! 後でデザートに頼もうね」

    「うん」

    「……」

    「……」

    「……」

     なんでこんなことになるかな。私はドッペルゲンガーの対策を考えようと出てきただけなのに、こんな窮地に陥るなんて。
     元はといえば、純が悪いのだ。純が面白半分で憂を注文したりするからこんなことになったんだ。
     そりゃあ、私も少しは期待していたし、今も私の家でのんびり過ごしている憂は、至高だけれど。
     私だけの憂だったら、こんなことにはならないのに。
     私は純みたいにズボラじゃないし、徹底した管理で憂を守りつつ堪能できる。2人も偽モノがいるからいけないんだ。
     ……いや、何考えてんのよ私。やめよう。
     とにもかくにも、今回のピンチは純のせいだ。バカ純。
     文句の一つも言いたくなって、顔を上げた。が、視線が合うことはなかった。
     純が首を横に90度曲げて、目を見開いて固まっていた。

    「……ヤバ」

     釣られて視線を窓際に移すと、外で満面の笑みを浮かべた私服の憂がこちらに向かって手を振っていた。

    180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 04:10:09.39
    「わああぁぁぁ!!!」

     私は隣の憂を全力で抱きしめ、頭を胸に押さえつける形でそれを見せまいとした。当然、憂は戸惑って抵抗の意を見せたが気にしている場合じゃない。
     純に顎で指示を飛ばす。そのまま全速力で外に出て行った。

    「あ、梓ちゃん!? なに、どうしたの、ちょっと、痛いよ!」

    「ごめん、ちょっとだけ、ちょっとだけだから……!」

    「わけが……わからないよ……! んぐぅっ……!?」

    「ごめんね、すぐ終わるから、もう少しの辛抱だから大人しくしてて!」

    「痛っ、痛いよ梓ちゃん……!」

     早くしろバカ純。
     釈然としない顔で窓越しの憂はこちらの様子を眺めている。
     ようやく、そこに純が加わって、腕を引いてそのまま視界の外まで消えた。

    「……行った……のかな?」

    「あ、あずさちゃん……もうやめて……」

     もう離してもいいだろうか。考えあぐねていると、ファミレスの店員がこちらにやってきた。

    「あの、お連れのお客様は……?」

    「えっと……用事を思い出したとかで、帰りました。あはは」

     ……。

    183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 04:30:36.96
     ……。
     ……。
     ……。

     西日が窓から差し込み、私は眩しさに目を細めた。
     電車はガタゴトガタゴト、一定の間隔で揺れている。周りには恋人風の男女やら、悲壮感に満ちたさえない中年連中が死んだように眠っている。
     
    「ふぁぁ……ねむ」

     肩に、憂が当たった。グッタリと私に身をゆだねて、穏やかな表情で目を瞑っている。
     プニプニのほっぺたに手を伸ばすと、冷やりとしてて気持ちよかった。
     キョロキョロと周りを見渡し、こちらを誰も見ていないことを確認する。

    「んっ……」

     そっと、素早く憂にキスをした。しっとした柔らかい唇。
     脳の奥が痺れる。比喩じゃなくて、本当に痺れた。
     ふと視線を上げると、気まずそうな顔をしたサラリーマン風のはげ頭がこちらをチラチラと覗き見していた。なんかムカつく。
     そんなにレズが珍しいのか。私の周りにはゴロゴロいるのに。まさか、百合やレズビアンまでもオカルトの類だんて言うんじゃないだろうな。

    「……ムカつくんですけど」

     オカルトは、ただの空想などではない。自らの手で作り出すものだ。中野さんもそう思いませんか?
     ふと、オカルト研の人の言葉がよみがえった。あれ? 私、接点あったっけ?

    185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 04:35:18.24
    『次は○○ー、次は○○です……』

     電車のアナウンスに我に返る。憂はまだ頭を垂れたまま私に寄りかかっている。
     ドアが開き、人が吐き出された。
     ここで私も降りようか。どうしようか、憂。

     ……。
     ……。
     ……。

     体力に自信がある方ではない私だが、なんと憂をおんぶして歩けたらしい。
     夕焼けに染まる空を背に、ひたすら歩く。
     普通、こういうシチュエーションって、腕っぷしの強い男がか弱い女の子にやるもんじゃないの?
     私は一人苦笑いを浮かべた。

    「……重いなぁ……なんていったら怒る、かな」

     意外なことに、憂の体は全然重くなかった。こんなにも肉付きが良いのに、体重は軽いのだ。
     そういえば、唯先輩がいくら食べても太らないとか言ってたけど、妹の憂もそうなのかな。なんて羨ましい。いや、太らない事よりも、程よい肉付きが。
     なんかそれもオカルトみたいだな。

    186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 04:36:57.05
     唯先輩も太らない呪術みたいなのを、オカルト研の人からレクチャーしてもらったのかも。
     太らない呪術、死者を呼び出す呪術、恋愛成就に、ドッペルゲンガーを生み出す呪術。
     なんか、魔女みたいだなオカルト研。地味な部下なくせに、やることは度肝を抜いている。これがロックってやつかな。なんか違うか。

    「あはは……はぁ。疲れた」

     目的地についた。静かに憂を下ろす。
     そんな熱い季節でもなく、もうすぐ日が沈むというのに、額からはとめどなく大粒の汗が流れ落ちた。
     リストバンドでそれを拭い、夕陽を見つめる。なんかいいな、この感覚。静かで、心地よい疲労感に満たされていて、隣には大好きな人がいる。
     私は人知れず笑顔になり、隣で横になっている憂を見やった。
     本当はいけないことだけど、ちょっとだけなら……私の劣情にすぐさま火がつく。

    「ちょっとだけだから……」
     
     制服のスカートをツマミあげ、下着を確認した。なるほど、白か。やっぱり似合うね、憂。
     下着の端に手をかけ、一気に引き摺り下ろした。驚くべき事に、下着はぐっしょりと濡れていた。

    「えっ……うわぁ……」

     おしっこだ。

     ……。
     ……。
     ……。

    187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 04:43:59.96
     ……。
     ……。
     ……。

     どこをどうほっつき歩き、どこで憂と別れたのかは定かではない。けれど、どうにか私は自宅まで帰ることが出来た。
     精神的にも肉体的にも疲労はピークに達しているみたいで、ちょっと歩くだけでゼエゼエと気味の悪い呼吸になる。
     足が重たい。肩首がガチガチに凝り固まっている気もする。足の裏から疲労物質が染み出るような錯覚さえある。

    「つかれたぁ……ただいまぁ……」

    「おかえり、梓ちゃん!」

    「……あ、憂」

     いつもだったらどんな疲れもぶっ飛ぶような、憂の満面の笑みが、今は砂をかじるように無味乾燥として感じられる。
     日中の憂と重なって、また私はグッタリとしてしまう。

    「どうしたの? なんか、すごく疲れてるみたいだけど……?」

    「あはは……まあ、色々あってね」

    「大丈夫?」

    「そんな心配されるほどのことでも……おっと」

    189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 04:47:12.79
     靴を脱ごうと前のめりになって、床に盛大に鼻を打ちつけた。一瞬遅れて、鉄臭い血の匂いが鼻の奥に充満した。
     憂の悲鳴。私は無様に呻きながら、それでも靴を脱ごうとしていた。

    「あ、梓ちゃん大丈夫!? 鼻血が出てるよ!」

    「ひゃいひょーぶ、ひゃいひょーぶ」

    「うわぁ、すごい血! 全然大丈夫じゃないよ……!」

    「せいひ、みたいひゃね」

     憂がポケットからティッシュを取り出し、私の鼻に押し付ける。少し力が強くて痛かったのだけれど、贅沢も言ってられない。
     鼻の奥が熱い。
     視線を上に上げると、すぐ間近に心配そうに眉根を寄せる憂の顔があった。とても可愛くて、鼻血が止まらないと思えるほど。

    190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 04:50:05.67
    「なんか変だよ梓ちゃん……今日、何があったの?」

    「んんっ……べつに、なにもないよ」

    「……ホントに? 私、心配だよ」

    「だいじょうぶだって」

    「う、うん……でも、心配だよ……」

    「もうっ……たかが、鼻血でしょ。きにすること……ないってば。あはは」

     言えるわけも無い。私を想って心配してくれてる憂には申し訳ないけれど、それでも事実を口にするわけにはいかなかった。
     憂のため、憂のため。
     けど、いつまでこれを続けるのだろうか。昨日言ってはみたけれど、一週間も家に篭りっきりなんて余りにも酷ではないだろうか。
     第一、純のいい加減さが露呈した現在、私の憂だけを匿う事に、果て、意味はあるのだろうか。
     
    「横になろっか?」

    「うん」

     リビングに移動した。ソファの上で憂の膝枕。
     なんて甘美な時間! と以前の私なら涎を流しながら喜んだことだろう。けれど、今は違う。
     ボーッと滲む頭でこれからのことを考えるだけ。
     私の憂と純の憂と、そして本物の憂。それがこのまま互いに干渉せずに暮らしていけるかといえば、当然無理だろう。
     まあ、私の憂はこのまま匿い続けるとしても、純のトコのはいずれバレて何かとんでもないことになる。あの純には絶対無理。かけてもいい。
     だからといって、私がしゃしゃり出て、「お宅の憂を預かりに来ました」なんていえるわけも無いし、言うつもりも無い。

    191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 04:52:27.81
    『純ちゃんの家にね、お泊りしちゃった』

     汚い。
     もう純の憂は汚くなってしまった。清廉潔白とは言い難い、純の色にそまった平沢憂。
     やな子だな私。でも、心の底から思ってしまうのだから仕方ないじゃない。そうだよ、汚いよあの憂。
     私が商品の憂に手を出したからって、純もそうしたとは限らない? いや、した。絶対に。
     なぜなら、純もまた憂に好意を抱いている一人なんだから。私が知らないとでも思ってるのだろうか、おめでたい奴。

    「梓ちゃん。どう、落ち着いた?」

     私は知っている。純が憂を好きだという事実を。誰に聞いたわけでもないが、何となく雰囲気と態度でわかる。
     中学も一緒で高校も一緒。同じ部活ってわけでも無いのに、お昼も一緒。同じクラスという事以外接点も無いのに、休日まで一緒。
     ずるい。
     私はそんな純を前からずるいと思っていた。いや、そんな生易しい表現は似合わない。いつまで猫被ってんのよ、私。
     はっきり言って、純には心底嫉妬していた。憂と仲良くしている姿を見るだけで、爪先から脳天までを不快感が駆け上るくらい。
     
    「鼻血は……止まったみたいだけど、一応ティッシュ交換するね」

     なんで忘れてたんだろう。ネットショッピングがどうとか、何の理由があるにせよ、純を家に招くなんて反吐が出そうなのに。
     土曜日まで純の面を拝むなんて、絶対に勘弁して欲しかったのに。

     最近色々あったことで、実際、私は相当な影響を受けていたのかもしれない。癪だが、あの純に心配されるほど、そうとう私はキていたのかも。
     なんか、やだな。
     頭がおかしい人みたいで嫌だ。なにより純と憂にそれを心配されるのが、嫌だ。
     きっと二人して、私を見下すように「最近、梓ちゃん変だよね。大丈夫かな」なんて言ってさ。
     それで、純は「じゃあ、二人で梓を元気付けてあげよっか」とか調子のいいこと言うんだ。
     憂も妙に乗り気になって、どうやってひねくれた猫みたいな私を元気付けるか考えるのだ。普通のやり方じゃダメだよ、なんていいながら。
     私の知らないところで、そうやって二人だけの世界に入って。
     なんか、本当にやだな。

    194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 05:04:22.58
    「梓ちゃん?」

    「……やだな。ムカつくよ、すごく」

    「えっ? どうしたの、いきなり?」

    「だからさ、ムカつくって言ってんの。二人してイチャイチャしてさ。私に余裕見せ付けるみたいに……!」

    「えっ、えっ?」

    「今回のことだってそうだ。何がネットショッピングだ、何が商品の憂だ! ふざけないでよね!」

    「ちょっと落ち着いて、梓ちゃん……あっ、また鼻血が!」

    「鼻血? 鼻血がどうしたっていうの。別にこんなもの、全然大した事無いよ」

    「あ、梓ちゃん……」

    「なに」

    「……怖いよ」

    「バカにしないでよね!! 何が怖い、だ。本当は純と一緒にいたかったんでしょ? そうなんでしょ!?」

    「意味がわからないよ、落ちついて……」

    「触るなっ!!」

    195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/05(金) 05:08:52.73
     目の前に慌てふためく憂がいた。ひどく怯えて可哀想なのだけれど、私を見る目がひどく気に入らなかった。
     優しくて可愛いな、憂は。頬もプニプニしてて、触っているだけで幸せになれる。
     胸だって唯先輩よりもかなり大きくて、触ったらきっとすごく柔らかいんだろうな。ぷにぷに~ってやつ。
     それだけに、尚更、純が許せない。あの汚いモップの手で、憂の大きな胸を揉みしだいている様がありありと浮かぶ。
     部屋に二人っきりで、それはそれは甘ったるい雰囲気と照明に彩られながら乳繰り合って。
     きゃあきゃあ言いつつも、そのうちお互いに黙っちゃって、そして行為に及ぶ。怒りの余り、涙が出そうになった。
     目の前には憂が一人、けれど私の視界にはピンクで染め上げられたおぞましい純と憂の世界が広がって、どうすることもできない。
     ああ、やだやだ。気持ち悪い。

    「うっ……うえぇっ」

    「あ、あずさちゃん!? ちょっと、本当に大丈夫?」

    「ううぅっ……きもちわるいよぉ……あぁ」

    「横になってた方がいいよ、私、洗面器持って来るね」
     
     私がギターの練習に勤しんでいる休日なんか、どうせ純と二人でイチャイチャしているのだ。
     だから今回だって――

    249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 02:32:21.78

    『ねえねえ、憂、こういうのどう? 憂が梓の恋人になるの』

    『ええっ!? ど、どうして……?』

    『だって、梓、憂のこと好きだよ絶対』

    『そ、それは……でもたしかに、梓ちゃんの態度……私といる時、そわそわしてるっていうか、なんだかその……』

    『でしょ? あはは、バレバレだね。そこでさ、憂が梓の恋人になってあげるんだよ』

    『えっ、どうしてそこに?がるの!?』

    『どうしてって、ほら最近、梓元気ないでしょ? やっぱり先輩達のことが堪えてるんだよ』

    『うん……そうだね』

    『だから、憂に梓の恋人になってもらって、喜ばせてあげようよ』
     
    『ええっ……そ、そんなことできないよ』

    『どうして?』

    『どうしてって……純ちゃんは平気なの? その……私と梓ちゃんが付き合っても』

    『そんなわけないじゃん。ぜーったい、許さない!』

    『えええぇ……意味わかんないよ、純ちゃん』

    『だからさ、本当に憂が梓の恋人になるんじゃなくてさ』

    250 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 02:34:22.43

     せまっくるしくて、真っ暗なところで私はそれを聞いていた。
     どこだっけ、ここ? そうだ、トイレだ。部室棟のトイレ。普段使わない、軽音部の部室である音楽室とはちょっと離れたトイレ。
     ちょうど、ジャズ研から最寄のトイレだ。

    『どうするの、純ちゃん?』

    『……さあ、私がそんな妙案浮かぶわけ無いじゃん』

    『ええっ!? もう、怒るよ、純ちゃん! もうぅ……』

    『あはは、ごめんごめん。でもね、実は良い話がありましてですね』

    『うん? いい話って?』

    『オカルト研の話。知らない? 根暗なオカルト研の先輩が、迷える子羊に妖しげなアドバイスしてるって話』

    『えっ、知らないよ。なあに、それ?』

     あ、私それ知ってた。
     忘れるわけも無い。大好きだった先輩が縋ったやつだ。懐かしいな。
     奥歯が砕けそうなくらい私は歯を噛み締めていたらしく、唇から血が垂れた。

    『恋占いとか、そういう甘ったるいのじゃなくて……相手を呪い殺す方法とか、そういうの』





    251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 02:36:32.51

    『うわぁ……なんか怖いよ。まさか、そんな人に相談するの?』

    『うん。そうだよ』

    『やめようよ、そんなの。それにこう言うのもなんだけど……なんか、胡散臭いよ』

     たしかにオカルトなんて胡散臭い。
     けど、律先輩が亡くなった後、結局、あのか弱い先輩はそんな信憑性の薄いものに縋ったんだ。
     そして、私も。
     何相談したんだっけ? っていうか、いつの話だっけ、これ? そもそも現実に起きたことなのか、私の妄想なのかそれすら分からない。
     

    『大丈夫大丈夫。きっとうまくいくよ』

    『そうかなぁ……?』

    『そうだよ。それに……梓の奴、なんか私達の関係に気付いてるっぽい気もするし。ここら辺でなにかしら対策を――』

     違うな、現実じゃない。
     これはいつもの、私のいやらしい妄想の一部だ。気持ちわるいなぁ。
     でもホントかな。わかんないや。

     ……。
     ……。
     ……。

    252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 02:38:11.98
    「……ごめんね、憂。なんかちょっとイライラしてたみたい」

    「私は平気だよ。それより、気分の方は大丈夫? まだちょっと鼻血が出てるよ」

    「うん、もう平気。心配してくれてありがとね、憂。あはは、恥ずかしいとこ……見せちゃったね」

    「ううん、全然気にして無いよ……その、ちょっと怖かったけど」

    「ごめんね」

     ソファについた血の飛沫をティッシュで拭きながら、私は憂に謝罪した。必要以上に憂を怖がらせてしまったようだ。
     興奮して血を鼻から吸ってしまったせいか、正直、快調とは言えないけれど、大声を上げて喚いたおかげで気分は良い。
     今日に限って母が出かけてくれていた事が、御の字だ。あの呑気な母に気の触れたような娘の姿は、ちょっと刺激が強すぎる。
     
    「ねえ、憂」

    「うん、なあに梓ちゃん?」

    「私のこと、軽蔑した?」

    「えっ、まさか……するわけないよ、そんなこと。大事なお友達をそんな目で見るわけ無いもん」
     
    「そっか……ありがとね。その言葉が聞けただけで、なんか肩の荷が下りたっていうか、ホッとしたよ」

     ティッシュが真っ赤になって、テーブルに山をなした。どんだけ興奮してたのよ私。

    253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 02:41:21.09
    「でもね、怒った梓ちゃんの言ってる事はよく分からなかったけど、すごく怖かった。あんなに怒ったところ、初めて見たから」

    「そりゃ、私だって怒ったら怖いよ。あずにゃん、なんて唯先輩には呼ばれてるけど、私も世間一般の女子高生ですから」

    「あはは、そうだね。実は私も怒ると怖いんだよ?」

    「あー、なんか唯先輩もそんなこと言ってたな。でも、憂が本気で怒ったところなんて想像付かないよ」

    「えー、なんかちょっと馬鹿にしてるでしょ梓ちゃん」

    「あ、わかった?」

    「ええっ!? もう、怒るよ、梓ちゃん! もうぅ……」

    「あはは」

     玄関からドアの開く音と母の声。
     私達は大量の赤いティッシュをまとめてゴミ袋に詰めると、それから何事もなかったかのように振舞うのだった。
     ゴミ袋に入る真っ赤な塊は、どことなく気持ちが悪い。っていうか少し怖くて冷や汗をかいた。

     ……。

    254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 02:48:00.89
     貧血気味だし、風呂に入るのは躊躇われたが、最後だし、憂と入る事にした。

    「ホント、憂って胸大きいよね。羨ましい」

    「もう、どこ見てるの梓ちゃん」

    「えっ、胸。正確に言えばその先端」

    「もうっ!」

     体を洗っている憂の横から見え隠れする、その存在感のある二つの乳房を眺めていた。ほんと、羨ましい。
     特別、対策を施している風にも見えないのに、その肉付きのいい体はどうやって維持されるのだろうか。平沢マジック?
     いや、あるいはオカルト的な何かだろうか。昼間あった憂も同じくらいいい体してたし。

    「痛っ! ……くっ」

    「大丈夫、憂?」

    「へ、平気……ちょっと腕が当たっただけだから」

    「ごめんね」

    「いいよ……大丈夫。ほら、服着てれば見えない位置だし」

     右の胸の付け根辺りに、拳大の大きな青痣が出来ている。こんなきれいな体になんてことするのだろう。
     思わず、手近にあったカミソリで私の右腕を切り落としたくなった。でも、さすがに澪先輩のような真似はできない。世に言うリスカ? 血は得意じゃないし。

    255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 02:50:09.35
    「……触ってもいい?」

    「えっ」

    「ちょっとだけ」

    「……いいよ。あんまり痛くしないでね。その、ちょっと触っただけでも痛むから……」

    「うん」

    「……あ、あずさちゃん……もう、いい?」

    「あともうちょっとだけ……うわぁ、ホント酷い怪我だね。謝ってすむことじゃないけど、本当にごめんなさい」

    「だから、もういいてば、梓ちゃん……痛っ」

    「あ、ごめん」

     可哀想だな憂。見ていて痛々しい。この痣がキスマークだったらどれほど良かった事か。

    257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 02:55:51.40
    さるった。ID変わってしまったw
    ちょっと間隔のあけ方考えて書く。

     ……。
     ……。
     ……。

     ベランダに出て、携帯を取り出す。夜風が温くて気持ち悪い。
     アドレス帳を一から順に辿っていくと、ア行の最後に見知らぬ登録を見つけた。

    『オカルト研』

     見知らぬなんて、何を考えているのやら。私は間違いなくこの文字列を知っているし、幾度となく電話をかけた記憶もある。
     その記憶が現実のものだ気付いたのがつい最近というだけで、なんだ、思い出してみれば呆気無かった。

    「ふぅ……」

     スッと深呼吸して夜気を胸いっぱいに吸い込み、大きく深呼吸をした。記憶の整理をする前に、まずは落ち着こう。
     純の目に見えるほど、”最近あった色々なこと”は私に大きな負荷をかけるらしいから。
     またパニックになって憂を傷つけてしまわぬよう、細心の注意を払って心の準備をしよう。
     携帯のコールボタンを押し、記憶をゆっくりと紐解いていく。

     ちょうど3週間くらい前、律先輩が亡くなった。通り魔に刺されたと聞いている。
     そして、それから数日も経たぬ内に澪先輩がおかしくなった。俗にいう、キ○ガイってやつになったのだ。
     私を含め、けいおん部の皆は、律先輩がいなくなって澪先輩の心が折れてしまったのだろうと思った。
     か弱い澪先輩の事だし、まあ仕方の無いことなのだろう、と私は妙に割り切った気持ちでそれを見ていた気がする。
     ところが、今度はもっと不可解な事が起こった。
     先輩方が、律先輩が見えるというのだ。

    258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 02:59:29.79
     とうとう、澪先輩の狂気が伝染してしまった。私はそう考え、なるたけそのことに触れないようにして生活した。
     しかし、その狂気とやらはどうやら私にも感染してしまったらしく、ある日、部室に行くと律先輩がいた。驚いたなんてものではない。
     生前と変わらぬ姿で、すでに他界した人間が目の前に現れたら誰だって腰を抜かしてしまうだろう。まあ、流石に腰を抜かしたなんてのは比喩だけど。
     先輩方に促され、律先輩と会話をしてみると、どうやら自分がなぜ死んだのか、どころか、自分が死んでいるということにさえ気付いていないみたいだった。
     ああ、こういうことって本当にあるんだ。
     その瞬間から、私もオカルトというものを信じるようになった。どんなに理屈に合わなくても、実際に目に見え、耳に聞こえるのだから。
     狂ったわけでもない。
     
    『もしもし』

    「夜分遅くにすみません。軽音部の中野梓です」

     しばらくは死んだ律先輩を含めた奇妙な放課後ティータイムが続いた。
     いつも部室に行くと先に鎮座している律先輩の姿には、結局最後まで慣れなかったが、葬式ムードの暗い放課後の練習よりはよっぽど楽しかった。
     けれど、やがて、律先輩が事の真相に気付いて、召された。深夜、死人みたいな澪先輩からそのことを電話で知らされた。
     まあいつまでも続くとは思っていなかったし、別段、驚きは無かった。少しだけ残念だったけど。
     問題は、その日からパタッと狂った振る舞いをしなくなった澪先輩だった。
     普通どおりに登校して、普通どおりに放課後は軽音部の練習に参加する。明らかに不自然だった。

    261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 03:05:06.58
     理由を尋ねてみると、もう律もいないし気が触れたフリをする必要も無い、とのことだった。
     何を言っているのか、私も唯先輩もムギ先輩もさっぱりだったのだが、それ以上は何も答えてくれなかった。
     でもムギ先輩は引き下がらなかった。魂の抜けたような澪先輩をゆすぶり、しつこく問い続けたのだ。心底うざったいと思った。
     そのかいあってか、ようやく澪先輩の口から『オカルト研』の一言を聞き出すことには成功したが、見ていて良い気はしなかったと記憶している。

    『中野……さん? どうしたんですか、こんな夜に』

    「はい。ちょっと聞きたい事がありまして」

     私と唯先輩、ムギ先輩はさっそくオカルト研を訪ねた。
     中に入ると、妖しげな血の付いた大鎌や人の惨殺死体(の模型)、見たことの無い象形文字の羅列が敷き詰められた布きれ。
     兎にも角にも、部屋は触れるのも憚られるような薄気味悪い物で埋め尽くされていた。
     そんな中に、部員らしき二人の女性が肩から黒いローブをかけて佇んでいた。
     ムギ先輩が先陣を切って、澪先輩の事を訪ねた。すると、片方の丸っこい輪郭の野暮ったい顔をした女性が口を開いた。
     
     秋山さん、田井中さんに会えたでしょ。良かったですね。

     気味の悪い喋り方だと思ったが、茶々を入れる気にもなれず、そのまま大人しく話を聞いていた。
     どうやら澪先輩が狂っていたのは、そういう風に装えばやがて律先輩に会える、と吹き込まれたかららしい。
     何を言ってるんだこいつらは、と思うものの、実際私は律先輩を目撃しているし、お話もした事実がある。
     自身の体験を根底から否定するわけにも行かず、固唾を呑む唯先輩とムギ先輩に習って、オカルト研の連中の話を信じることにした。
     そう、信じることにした。
     いや、信じるなんて控えめな言葉で表現するのは間違っている。
     私は、そのオカルトに魅了されたのだ。 

    262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 03:08:58.30
    >>260
    たしかに。けど、結構長いので、気が向いたら読んでください。
    前の読んでも、とりわけ核心にはさほど関係してないので。

    ログないので、どこかにキャッシュされてないかググってくる。


    265 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 03:36:23.78
    まとめサイトにあった。
    つ http://morikinoko.com/archives/51516747.html

     当然、同時に嫌な予感もした。
     景気づけに皆で映画を見に行った、その晩、澪先輩が自宅で腕を切って浴槽に浸かっているところを発見された。
     ショックだったし、涙も流した。けど、私は既にオカルト研の魅力に取り付かれ、気がつくと部活の練習も手に付かなくなっていた。
     茫洋とした毎日。
     ある日、とうとう我慢できなくなった私はオカルト研の戸を叩いた。

    「前に、先輩に相談を持ちかけたことありましたよね?」

    『相談? ああ……はい、覚えていますよ。たしか、』

     同性で好きな子がいるんですが、その子を振り向かせたいんです。
     私はその時初めて、隠してきた気持ちを自分以外の人間に打ち明けた。唯先輩にも誰にも話したことの無い秘密。
     なのに、どうだ。
     蓋を開けてみれば、憂は純と仲良くしてばかりでちっとも私に靡かないじゃないか。
     電話を持つ手から、ギリギリと鈍い音が聞こえた。

    『どうですか、上手くいきましたか?』

    「全然。ちっとも。それどころか、私と同じく憂に気がある女と仲良くなる一方です」

     オカルト研に提示された、俗に言うマジナイは、ひたすら淫靡な妄想に耽る事だった。
     気が触れて現実と妄想が覚束なくなるくらい、いかがわしい事を想像する。たったそれだけ。
     半信半疑で始めてみたものの、意外にそれが心地よくてあっという間に虜になった。
     おかげで、やはりギターの練習も手につかなくなり、ボーッとしている時間が長くなった。

    267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 03:42:17.06
    『私の言った事、実践していますか?』

    「変態チックな妄想をすることですよね?」

    『ええ、まあそうです』

    「ええ、欠かさず毎日。今では、別段意識することなく、勝手に脳がピンク色になりますよ」

    『そうですか』

    「そのせいで、最近何か少し変なんです、私。私自身に自覚は無いんですけど」

     現実が覚束ない。なぜ思い通りに行かないんだろう。

    『やはり、上手くいっているようですね』

    「……はぁ? ちょ、何言っているんですか、私の話聞いてました?」

    『ええ、もちろん。あともう少しですよ』

    「何がですか? っていうか、何が上手く行ってるんですか?」

    『心配しなくても大丈夫ですよ』

     電話の向こうから、無機質で意味不明な回答があった。

    268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 03:44:15.26
    『中野さん。オカルトは、ただの空想ではありません。自らの手で作り出すものなのです』

    「……」

    『貴女さえしっかりしていれば、間違いなく貴女のオカルトは成就します。応援していますよ』

    「……し、失礼します」

     電話を切った。
     筋金入りのオカルトマニアの末路を知ってしまったような、少し切ない気持ちになった。
     生ぬるい風が頬を撫でる。
     もう寝るか。

     ……。
     ……。
     ……。

    『はぁ……ハァ……あ、あずさちゃん……きてぇ』

    『わたしのここ、ほら、もうこんなに……』

    『んああぁぁっっ!! は、はげしいよぉ、あずさちゃん……!

     やっぱりその日も淫らな妄想にうなされた。

     ……。
     ……。
     ……。

    269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 03:54:13.48
     日曜日。

    『もしもし、梓? 今ちょっといい?』

    「大丈夫だよ。なに?」

    『実は……昨日の事で決心がついたからさ』

    「決心? なにそれ」

    『これから憂の家に来てもらえない?』

    「ちょ、いきなり何よそれ。純? わけわからないよ、説明して」

    『とにかくお願い……憂と二人で、来て』
     
     純から呼び出しを受けて、私と憂は平沢邸にお邪魔する事になった。
     理由は不明。相変わらず自分勝手に用件だけ伝えて、私の返答も待たずに一方的に切りやがった。頭にくる。

    「ごめんね、憂。純の馬鹿が勝手で」

    「……わ、私は大丈夫だよ」

    「そっか。でも顔色悪いよ、憂」

    270 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 04:00:23.96
     昨日はえらく出血したせいか、貧血気味で少し視界の端が灰色に滲んでいて気持ち悪い。足取りも覚束ないし。 
     ギターケースを抱えるのも危うい。時折、体重がそっちの方に引っ張られてしまう。
     家を出る時、母にとても心配されて引き止められたのだが、純の逼迫した声に私はただならぬ物を感じて制止を振り切った。
     ああ、そうだ。
     ふと昨日、オカルト研の先輩と会話した事を思い出した。全て上手く行くとかなんとか言ってたような、言ってなかったような。
     床の無い地面を踏むような、矛盾した思考がとめどなく溢れてきた。

     ……。

    「なんだろうね、純の用事って」

    「……さ、さあ。なんだろうね、私も気になるよ」

    「あまりいいことじゃなさそうだね!」

    「そ、そうだね」

     憂がおっかなびっくりに私の横を歩いては、それこそ一挙一投足にビクビクと反応する。
     その様が異様に可愛くて、悪戯に私はどうでもいいことを口にするのだった。楽しい。
     あーあ。私の恋が成就すれば、こういうやり取りも毎日自然に出来るんだろうな。待ち遠しいな。楽しみだな、すごく。

     ……。
     
     程なくして、唯先輩の家についた。
     直後、ポツポツと雨が降り出した。灰色の空を仰ぎ、チャイムを鳴らす。

    273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 04:07:23.04
    「ごめんくださーい」

    「……」

     緩やかに降り始めると思った雨は、予想に反していきなり強くなった。
     あっという間に、水飛沫が立つほどの激しい雨となった。

    「ごめんくださーい」

    「……」

    「ほら、憂も。ただいまー、じゃないの?」

    「えっ、あ……うん」

     ここは憂の家でもあるわけで。
     思い切って、扉を開けると、モップ頭が深刻そうな顔を覗かせた。勝手知ったるなんとやら、じゃないけど、その慣れた感じの雰囲気がムカついた。
     それが私の表情に表れたのかどうかは知らないけど、純の顔が強張った。

    「入りなよ」

    「まるで自分の家みたいな言い草だね」

    「……ほら、憂も」

     見慣れないサイズのローファーが玄関に合った。それにすぐさま気付くなんて、私も純のことを言えたものではない。まるでストーカーみたいだ。
     愛があれば許されるんだ! なんて今日び通用しない大義名分は胸のうちに仕舞い、大人しく純の後をついて行く。
     居間に通されるのかと思いきや、純は階段を上っていった。果て、憂の部屋に行くのだろうか。

    275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 04:16:03.21
    「入って」

     予想したとおり、純は憂の部屋の前で止まり、中に入るよう私に促した。
     憂は? と聞くと、

    「梓だけで入って」

     ムカついたけど、大人しく従うことにした。
     ここでごねた所でどうにもならないし。第一、この先何が待っているのか、私にも大体想像は付いた。
     
    「それじゃあ、行ってくるね憂」

    「う、うん」

    「……ほら、しないの?」

    「えっ?」

    「昨日はしたじゃない」

     純が訝しげな顔をする。ざまーみろ。
     でも、どうせこれで最後なんだろうし、私は憂に迫った。

    「ほら、行ってきますの……キス」

    「えっ……あ、えっと……その」

    「純の前じゃ恥ずかしい? あはは」

    「……そういうんじゃなくて」

    276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 04:24:03.14
    「いいんじゃない、別に」

    「純もそう言ってることだし。ねっ、いいでしょ?」

    「えっ……う、うん……それじゃあ……」

     軽く触れるか触れないかぐらいのキスだった。なんかとても味気ない。でもまあ、しょうがないか。
     相変わらずキスの時は、憂は硬く目を瞑っていた。薄っすらと涙のようなものが見えた。そんなに嫌だったのだろうか。
     はぁ。

     ……。
     ……。
     ……。

     部屋に入ると、憂がいた。
     ロングスカートにカーディガンという出で立ちの憂はベッドに腰掛けてこちらをシゲシゲと見つめている。
     本当にびっくりする。どれくらい吃驚したかというと、ご飯茶碗一杯分ぐらいであるからして、大した驚きではないのかもしれない。

    「えっ、梓ちゃん……?」

    「今見ても信じられない」

    「……もう一人の私がってこと?」

    「……あ、うん」

     今見ても信じられない。
     これが唯先輩だなんて、まるで区別が付かない。

    277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 04:34:00.61
     声も真似ているので、本当に唯先輩なのかすら覚束ないほどだ。
     けど、会ってみて分かった。やっぱりこの人は唯先輩で間違いない。純が何を思って私に会わせたのか知らないけど。
     
    「ねえ、梓ちゃん」

    「なに?」

    「抱きついてもいい?」

     電光石火の如く唯先輩が襲い掛かってきた。私はそれを快く受け止め、なすがままにされた。朝セットした髪ももみくちゃにされた。
     ムッタンがゴツゴツと背中にぶつかって痛かったのだけれど、まあ、唯先輩の好きにさせよう。
     唯先輩。やっぱり憂の姉だけあって、その間近で見る顔はとても可愛らしい。
     憂ほどではないのだけれど、ふわふわとした暖かさというか、いい匂いというか、なんていうかその。何ていうんだろう、すごくいい。
     
    「ごめんね。昨日はまさか、梓ちゃんがもう一人の私を連れて来てるなんて知らなかったから」

    「ファミレスでの話ですか? あはは、あれには私も驚きました。なんせ、まだあの時は信じてましたから」

    「信じてる……? えっ、何の話?」

    「だから、ドッペルゲンガーを憂と純と唯先輩が演じてるってことにですよ」

    「ええっ!? ……ど、どうして知ってるの? もしかして純ちゃんからネタバレされた?」

    「ええ」

    「……そっかぁ、そうなんだぁ……てっきり、またあずにゃんのこと騙すのかと思ってた」


    280 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 04:44:14.57
    「多分、純はまだそのつもりだと思います」

    「えっ?」

    「いえ、何でもありません。っていうか、唯先輩、そろそろ離してください!」

     えー、もうちょっとだけ、と唯先輩がいつもの調子で私にギュッと抱きつくのを止めない。
     私は苦笑いを浮かべながら、心の中でも苦笑いを浮かべていた。こんな簡単なカマかけに引っかかるなんて、本当先輩らしいなぁ。
     
    「唯先輩」

    「ん? なあに、あずにゃん」

    「今日、純には何て言われてたんですか? 何か指示があったんですよね?」

    「うん、そうだよ。言われたのは昨日だけどね。緊急事態が起きたし、あずにゃんが勘付く前に計画を早めようって」

    「純がそういったんですか?」

    「うん。だから今日は憂の部屋で待機して、純ちゃんが来るまで大人しくしててくれって。あずにゃんが先に着ちゃったけどね」

     何だろう、計画って。
     教えてくれないかな、唯先輩。

    「唯先輩……その、計画の内容、教えてもらってもいいですか?」

    「いいよー。どうせバレちゃってるんだし、問題ないよね」

     ……。

    281 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 04:57:42.34
     唯先輩は単純でいいなぁ。
     計画とやらの内容をあっさり知る事が出来た私は、嬉しさの余りムッタンを取り出そうとした。けれど、止めた。
     なぜ止めたのかというと、ちょうど純がやってきたからだった。
     
    「ちょっと来て、梓」

    「今度は何?」

    「あわせたい人がいるんだ」

    「誰?」

     純は何も言わず、そのまま階段を下りて居間に向かった。後ろで憂……じゃなかった、唯先輩が不思議そうにこちらを見ていた。
     憂憂憂憂言ってるせいか、誰も彼もが憂に見えそうなる錯覚を覚えて、私は人知れず苦笑を浮かべた。

     ……。
     
     居間に入る。
     見知った顔があった。一瞬、憂に見えたが、そうではない。

    「ほら、ドッペルゲンガーのことについて知りたいって言ってたじゃん? だから、助っ人を召喚したの」

     オカルト研の先輩だった。なるほど、あのローファーはこの人の物か。
     
    「こんにちは。中野梓さんですね?」

     白々しい言い方に噴出しそうになるのを堪え、私は、はい、とだけ答えた。
     純はこの人と私が顔見知りだという事を知らないのだ。

    284 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 05:09:20.98
    「じゃあ私、外に出てるね」

    「私の憂は?」

    「憂のお姉ちゃんに見つかると面倒だから、一緒に連れ出すよ」

    「ふーん。わかった。お願いね……純」

     踵を返すモップが揺れている。嬉しそうに。
     もしかして今の私は鼻血を出していないだろうか。大丈夫かな、ちょっと心配。
     純の最後の姿、それすらも憂に見えたような気がして心底ショックを受けた。あの純が憂に見えるなんて。なんか切ない。
     泣きそうになった。切なさのあまり、黄昏時の寂しい山林のような情景が頭に浮かび、ああ切ないなぁと思ってしまう。
     純は純。憂なんかとは比べ物にならない。
     
    「……ファック。くそ純、死ね」

    「中野さん? どうしたんですか、具合でも悪いんですか?」

    「いえ、大丈夫です。それより、なんで先輩がここにいるんですか?」

    「ええ、鈴木さんに頼まれまして」

    「何を頼まれたんですか?」

    「ドッペルゲンガーと本体は、ある日突然消える事もある。鈴木さんにそう言うように頼まれました」

    「なぜ?」

    「さあ、そこまでは。私は鈴木さんにオマジナイを教えてあげただけで、それ以上の接点はもうありませんから」

    286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 05:17:29.24
     さっき唯先輩から聞いた計画を反芻して、吐きそうになった。
     唯先輩の話してくれた真相はこうだ。
     昨日ファミレスで分かれた後、唯先輩は純に、『純と純の憂は、相思相愛である』ということを私に見せ付けるようにと言われたらしい。
     そして、明日、唯先輩は憂のフリを止めて普通に登校することになっている。
     じゃあ、誰が純の憂の代わりを務めるのかというと、

    「おえっ……うぅっ」

     私の憂だそうだ。
     当然、私は憂が居なくなった事に戸惑うだろう。けれど、そこで活躍するのがオカルト研のさっきの言葉。

    『ドッペルゲンガーと本体は、ある日突然消える事もある』

     私の憂と本物の憂が同時に消え、最終的に純の憂が残ったという形になる。
     今回の商品憂の全てが、実は入念に仕組まれた事と知らないはずの私はそれを受け入れざるを得ない。
     なぜなら、本物の憂が登校してきたのか、純の憂が登校してきたのかは私達2人以外誰も知らないのだから。
     何を喚いたところで、どんな駄々をこねたところで、全てが無意味。訴えるだけ馬鹿にされる。
     ただ、ラブラブな純と憂という事実だけがポンと現れて残るだけだ。

     純の計画は、こんな感じらしい。
     素直にすごいなぁと思った。純って悪戯には頭が回るタイプだとは思っていたけれど、まさかこれほどまでとは思わなかった。

    287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 05:20:08.08
    「大丈夫ですか、中野さん?」

    「……だいじょうぶ、です。それより、ちょっと聞いてもいいですか、憂? じゃなかった、先輩」

    「はい?」

    「純にどんな相談を受けて、どんなマジナイを教えたんですか?」

    「鈴木さんには、友達を元気にしつつ且つ、その友達を傷つけないように平沢さんとの仲を打ち明けたい、と相談されました」

    「……そうなんですか」

    「その友達というのは中野さん、貴女のことですよ」

    「ええ、知ってます」

    「鈴木さんは貴女が平沢さんに好意を抱いている事をご存知のようでした。優しい方ですね」

    「ええ、そうかもしれませんね……」

     鼻血と吐瀉物が同時に出そうになった。視界が明滅して、目の前の緑がかった髪の先輩が反転した。
     気持ち悪いけど、吐いたら唯先輩に迷惑かけちゃうな。我慢よ、梓!

    「私は鈴木さんの相談に、だったら是非と、ドッペルゲンガーのオマジナイを教えました」

    「どんな内容なんですか?」

    「ドッペルゲンガーを呼び出せば、傷つけずに済むでしょう? 一人の人間を二つに分けるようなものですから」

    「はあ」

    288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 05:25:02.55
    「ケーキを欲しがる子供が二人いたら、二つのケーキをそれぞれ与えてあげれば、物事は穏便に済むのですよ」

    「……そんなあっけらかんと言われましても。第一、ドッペルゲンガーは遭遇したら死ぬんじゃないんですか?」

    「それは迷信です」

     オカルトに迷信もクソもあるか。よくわからない世界だが、とりわけ理解したくも無い。

    「しかも、オマジナイは中野さんに教えたものより簡単です。ドッペルゲンガーは本当に存在する、と誰かが心の底から信じればいいのです」

    「へえ」

    「鈴木さんはとても乗り気でした。しかし、彼女はそのオカルトを信じたわけではありませんでした」

     まあ、あの純ですから。

    「ドッペルゲンガーの存在を信じ込ませる手段を、あれこれ画策することだけに夢中になったようです」

    「……」

    「中野さん、よく騙されやすいって人から言われる方ですか?」

    「……余計なお世話です。まあ、でも、実際その通りなんだと思います」

    「ええ、だから私は貴女を尊敬します。二つものオカルトをその身で実現したのですから」

     またわけ分からない事を言い出した。思わず、肩に背負ったムッタンで引導を渡してあげそうになった。
     いや……やめよう。二人も人を殺して、流石に隠しきれる自信は無い。

    291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 05:30:30.90
    「心配しないで。貴女の恋はもうすぐ成就します」

    「はあ……そうですかねえ」

    「……実際、ドッペルゲンガーは現れたでしょ? だから、貴女の望んだオカルトも」

    「……えっ? ……は、はあ?」

    「どうかしましたか、中野さん?」

    「……あの……ええっ? 私の望んだオカルト? 何のことですか」

     オカルトとか、ドッペルゲンガーとかこの人は何を喋ってるのだろう。
     わけがわからない。たしかに、私はオカルトとかその手の話は結構好きだけれど、今それが何の関係があるの。
     というか、この人は一体誰なんだ? 私の知ってる顔で無いことは確かなのだけれど、なぜここで二人で話をしているのかわからない。
     
    「中野さん?」

     私の名前は中野梓です。
     目の前の人物は私を知っているようだったが、何とも気味が悪い。いや、たしかに気味が悪いけど、不思議と不安は無い。
     これが妄想だからだろうか。いや、これは現実だ。そうなのだと、A型の血とB型の血が言っている気がする。
     
    「中野さん? どうしたんですか、ボーッとして」

    「……んぁっ……んんっ……」

    「……なかのさん?」

    「……んっ……は、はい。なんでしょう」

    292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 05:37:19.15
    「あずさちゃん?」

    「えっ……いや、あなたは先輩じゃないんですか?」

     床がなくなった。床下からはただひたすら真っ暗闇の空間が広がっていて、緑髪の女は底に落ちていった気がした。
     ひょっとして、今落ちて行ったのは憂? いやまさか、あれはオカルト研の先輩だ。
     途端に視界が真っ白になった。
     次第に遠くの方に憂の悲鳴と唯先輩の悲鳴が聞こえた。私は唯先輩を探しに、居間を後にした。
     走る。人様の家を縦横無尽に駆け巡る。バタバタと覚束ない足取りで、あちこちに体をぶつけながら。
     階段を上って、私の自室に駆け込むと、そこでは複数の憂が裸でベッドに腰掛けて笑っていた。
     
    『梓ちゃん、来て』

    「憂、大変だよ、憂がっ! 憂がっ! じゃなかった、唯先輩? あれ、唯先輩は?」

    『うふふ、何言ってるの梓ちゃん。私はここにいるじゃない』

    「あんたは憂でしょ! まあ、いいや。ねえ、憂!? えっ、なんでいっぱいいるの?」

     目をこすってみると、憂は一人だった。服はちゃんと着ている。なんだ、また現実に頭が侵食されていたのか。
     いけない。いけない。
     オカルト研の先輩に、淫らな妄想を現実するように言われてからというもの、私はたまにその判別が付かなくなる事がある。
     電話でそのことを相談すると、それは良い傾向ですと言われた。
     その調子です、一緒に頑張りましょう。無理しちゃダメですよ。
     とも言われた。
     頑張るも何も、これは私の望んだことらしいので、現状維持が最善の選択なのではないか?

    293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 05:45:30.72
    『梓ちゃん』

    「憂。どうしたの? あっ、また私をドッペルゲンガーで誘惑しようとしてるんでしょ」

    『ち、違うよ……! そんな、誘惑だなんて……恥ずかしいよ』

    「恥ずかしがってる憂もかわいい」

    『えっ? もう、梓ちゃんたら……好き』

    「かわいいなぁもうっ……! はんそく、反則だよその顔!」

     私は憂に覆いかぶさるようにして、ベッドに飛び込んだ。
     ベッドに仰向けになった。
     隣に憂はいなくて、代わりに真っ白い服を着たお医者さんらしき人と、看護婦……今は看護士さんって言わないといけないんだっけ? がいた。
     と思ったらそれは憂だ。憂が二人して私をベッドに固定しようとしている。
     腕と足首にがっちりと皮製のベルトを巻かれた。ひょっとして……SMってやつ?
     思考が止まった。

    「やめてっ、触らないでっ!!」

    『落ち着きなさい、大丈夫だから、』

    「触るなっ!! ちょ、唯先輩、助けてっ! うい、憂ーっ!!」

    『……』

    「やめろ、お願い、やめて憂、やめてやめてやめてやめてやめ――」

    294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 05:53:45.85
     ……。
     ……。
     ……。
     ……。
     ……。
     ……。

     すっかり寒くなった。
     待合室の液晶モニターの中では気象予報士が、今週中には初雪が観測されるなどと言っている。
     そっか、もう冬だもんね。
     
    「あずにゃんの病室って何号室だっけ?」

    「ええっ、さっき教えてもらったばかりだよお姉ちゃん!? もう、しょうがないなぁ」

    「でへへ、ごめんごめん」

     紬さんが来るまでの間、私とお姉ちゃんは手持ち無沙汰に待合室のテレビを漫然と眺めていた。面白いものは無かったけれど、仕方ない。
     周りを見てもお年寄りの人や、ゴホゴホいってるマスク姿の人ばかりで、見てるとなんだか気持ちが沈んでしまう。
     
     しばらくして、紬さんが大きなメロンを抱えて現れた。その場のそぐわなさに、待合室にいた全員の注目を浴びたのだけれど、本人は気にしていないみたいだ。
     
    「ごめんなさい、電車が混んでて」
     
    「平気だよー。わぁ、ムギちゃん、そのメロン大きいねー。憂のおっぱいみたい」

    「ちょっとお姉ちゃん!」

    295 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 05:57:49.05
     顔から火が出そうな恥ずかしさだ。紬さんは、うふふうふふ笑ってるし。

    「そ、そんなことより、早く梓ちゃんのお見舞いに行こうよ」

    「そうだね。ねえ、憂」

    「え、なあに?」

    「あずにゃんの病室って何号室だっけ?」

    「もう、お姉ちゃん!」

     ……。

     エレベーターを降りてすぐの病室に、『中野梓 様』と書かれたプレートを見つけた。
     
    「やっほー、あずにゃーん!」

    「お見舞いに来たの~。これ、つまらないものだけど」

     2人に続き、私も病室へと歩を進めた。が、途中で足が止まってしまう。
     中野梓ちゃん。
     2ヶ月ほど前、私の家で急に倒れ、そのまま病院に運ばれてしまった女の子。

    297 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 06:03:40.34

    「あ……もう、また来たの?」

    「だって、あずにゃん分を吸収しないと、練習に力が入らないんだもん!」

    「わっ、ちょっとやめてやめて……!」

    「私も梓ちゃん分摂取させて~」

    「もうっ……ちょっとくすぐったいってば……」

    「それそれぇ~」

    「もう、いい加減にしないと怒るよ、憂! 私、一応病人なんだからね」

     病名不明。原因不明。
     梓ちゃんのお母さんの話では、心の病気らしいが、私は違うと考えている。

    「ほら、そっちの憂も腋触らない! ……ひゃっ! ちょ、ちょっとどこ触ってるのよ憂!」

    「ほうほう、やはり病院食ではここを育てる栄養素が足りないみたいだね」

    「あら、唯ちゃん、梓ちゃんのはもともとこれくらい小さかったわよ?」

    「こらーっ、うーいー!」

     ……。

    298 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 06:08:53.99
     3回目のお見舞いを済ませ、待合室に戻った。

    「梓ちゃん、やっぱりまだ治って無いみたいね」

    「ムギちゃん、心の病気はそんな簡単に治るものじゃないんだよ」

    「そ、そうね……」

    「でもさ、あずにゃんの目には皆が憂に見えるんだよね? なんか、いいなぁー」

    「唯ちゃん……すっごく不謹慎よ」

    「でへへ、すいやせん」

    「……お姉ちゃん、この後どうするの? 澪さんのお見舞いもいく?」

    「そうだね。ああ、でもムギちゃんのメロンもう無いね」

    「ごめんなさい、澪ちゃんにはメロンはいらないと思って持ってこなかったの」

    「どうして?」

    「……それはね、唯ちゃん。澪ちゃんはもうすでに二つの大きなメロンを持ってるからよ!」

    「紬さん……セクハラですよ」

    300 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 06:12:47.17

     どうしようもない年上二人の下品なネタに辟易した。
     でも、二人とも一生懸命私を慰めようとしてるのかな。それとも、自分自身に対する喝なのかもしれない。
     なんだか、明るい二人の姿を見ていると逆に切なくなってしまう。
     おかしいな、涙が出そうだよ。
     
    「それじゃあ、行きましょうか。澪ちゃん、また良い詞書いてくれたらいいわね」

    「うん! そしたらまた曲作ってくれる、ムギちゃん?」

    「ええ、もちろんよ!」

    「やったーっ! 私もギー太と練習頑張らなくちゃ!」

     切なくて、どうしようもなかった。

    「……あら、憂ちゃん?」

    「憂? どうしたの……?」

     涙が堪えられなかった。


    301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/06(土) 06:14:41.49
    「な、なんでもないよ……ごめんね、平気だから」

    「……大丈夫よ、憂ちゃん。梓ちゃんはきっと必ず良くなるから。ううん、絶対に良くなるわ!」

    「ムギちゃんの言うとおりだよ。それに純ちゃんだって、そのうちひょっこり帰ってくるって」

    「心配しないで、憂ちゃん。ほら、これで涙を拭いて」

     ぼやけた視界に、紬さんが手渡してくれたシルクのハンカチが映った。
     涙を拭い、謝罪の言葉を口にする。
     けれど、私は何となくわかっていたからこそ、涙を止める事ができなかった。
     梓ちゃんはもう、元の梓ちゃんには戻らないし、純ちゃんは帰ってこない。
     
    「ありがとうございます、紬さん。お姉ちゃんもありがとう……」

     やな子だな、私。
     待合室の向こうの窓を見る。
     どうやら、灰色の空からぽつぽつと雪が降ってきているようだった。




     
     Fin.

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唯「とうめいにんげん!」
唯「湯切り」
和「梓ちゃん、至急生徒会室に来なさい」
  1. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/11/06(土) 22:34:33 URL [ 編集 ]
    読んでる途中から訳が分からなくなってきたよ。

  2. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/11/07(日) 01:59:43 URL [ 編集 ]
    語りをころころ変えるのと場面をぐるっぐるにして中身が意味不明になってる。
    一つだけわかったことはこのお話を作ったやつは病んでいるということだけだった
  3. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/11/07(日) 02:38:34 URL [ 編集 ]
    元スレに解説してる奴がいたが
    そんな突拍子もない話ではないようだ
  4. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/11/07(日) 09:28:58 URL [ 編集 ]
    意味不。解説たのむ
  5. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/11/07(日) 11:56:28 URL [ 編集 ]
    澪と律の話を読んでないとわかりにくいかもな
  6. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/11/07(日) 18:01:56 URL [ 編集 ]
    解説って言ってもそんなに大したものじゃなかった

    純の計画は読んだ通り
    梓がファミレスに連れて行った憂はマジモンのドッペル
    ドッペルが実在することに驚いた純は計画を早めることを唯に提案

    体現した二つのオカルトとは
    ・ドッペルゲンガーの顕在化
    ・恋愛成就(すべての人が憂に見える)

    純がいつ殺されたのかの詳細はわからないが
    俺の解釈だとファミレスで分かれた後から
    いつの間にか憂を送ったと言っているところの間で
    その後の純は幽霊(前作で親しい人なら見える的な話が)
    唯には純が見えないから、純は梓を部屋に入らせた

    いろいろ解釈できそうな文章だから
    これが正しいって訳でもないけどね


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