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梓「シークレットラブ」

  1. 名前: 管理人 2010/12/25(土) 19:02:51
    2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 10:50:06.90
    まだ誰もいない朝日が差し込む部室は、ひんやりとしていてもう冬がすぐそこまで
    来ていることを私に教えてくれていた。
    私は一人じゃ広すぎるくらいの部室で、小さく息を吐いた。
    白く染まった私の息が、冷えた空気に溶けていく。
    時計の針の音が、妙に大きく聞こえた。

    「十、九、八……」

    あの人を待つ時間は、長い。
    あの人はいつも、待ち合わせの時間を過ぎてから、いたずらな笑顔を浮かべながら
    現れる。

    「五、四、三……」

    もう教室に戻ろうかと思ったら、まるで計った様に私の前に立っている。
    そういうところ、ずるいと思う。

    「二、一……」

    ぜろ、と言う前に部室の扉が小さく軋みながら開いた。
    「待ったか?」というその声は、私を気遣うというよりからかっているように
    聞こえる。
    私はそれに答える代わりに立ち上がった。


    3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 10:53:42.81
    「遅いです、律先輩」

    「仕方ないだろ。澪を撒いて来んのは結構大変なんだから」

    別にやましいことをしてるわけじゃない。
    だけど、私たちは朝、こうして部室で会っていることは誰にも話していなかった。
    律先輩がどういうつもりで話さないのかは知らないけど、私は何となく、
    内緒にしていたかった。

    律先輩は面倒臭そうに持っていた鞄を放ると、欠伸をしながら私に近付いてきた。
    自然と肩に力が入ってしまう。
    律先輩はそれに気付くと、小さく笑みを漏らした。

    「梓、いまだに緊張してるの?」

    「先輩と二人きりだったら普通、緊張しますよ」

    本当は少し嘘が混じってる。
    “律先輩と二人きりだったら”が正しい。
    律先輩はそれをわかってるのかわかってないのか、くしゃくしゃ私の頭を乱暴に
    撫でると、「さて」と呟いた。

    7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 11:05:37.91
    「今日はどうする?」

    私たちが朝会う理由なんて、ない。
    それなのに明日は何時に待ってるなんて言って、私を待たせる。
    何もないのにどうして、と思う。
    私の気持ちをわかってるうえでこんなことをしてるんだったら、律先輩は随分と
    酷な人だ。
    もっともそんなことは絶対にあるわけないんだけど。

    いつからだったかは、よく覚えていない。
    秋が深まってきた頃だった気がする。
    朝偶然、前の日の忘れ物を取りに部室に行くと、律先輩がいた。
    律先輩は、机にうつ伏せになって眠っていた。
    そんな先輩の周りには、沢山の教則本だったり、古びた音楽雑誌だったりが
    積まれていた。
    たぶん、その日から。
    私の気持ちが歪んだものに変わってしまったのは。
    そして律先輩が朝私を部室に呼び出すようになったのは。

    11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 11:11:18.17
    「昨日と同じく勉強、しましょうか」

    「えぇ」

    「えぇじゃないです。先輩受験生じゃないですか。私も付き合いますから」

    期末試験はつい先日終わったばかりだったけど、律先輩がそれで勉強してくれるんなら
    それでいい。
    わかったよ、と頬を膨らませながら、律先輩はさっき放ったカバンから教科書やら
    ノートやらを出し始める。
    一応受験生と言う自覚はあるらしい。去年なんか、カバンの中はすっからかんだったのに。

    14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 11:16:35.24
    去年、か。

    不意に私は思い出す。
    初めて軽音部に訪れた日のこと。律先輩が「確保ー!」と言いながら私に襲い掛かって
    来たんだっけ。
    あの時は怖いとか、仲良くなれそうに無いとか思っていた。
    だけどいつの間にか“接しやすい、頼りになる先輩”に変わっていた。
    それだけだった。それだけで良かった。

    何で気付いてしまったんだろうと思う。
    私たちは同性で、歳だって違う。なのに。
    私は唯先輩や澪先輩、ムギ先輩に感じる気持ちとは違った気持ちを、この人に
    抱いてしまった。

    16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 11:20:15.73
    律先輩のことが好きだった。
    今ではもう、抑え切れないくらい。

    律先輩はずるい。肝心なことは何も知ってくれない。
    私の好きなものや、嫌いなものを知ってるくせに。
    私の気持ちは、何もわかってくれない。
    知られたらこの関係は終わりだってわかっているけれど。

    そんな矛盾した考えを、私はもう何度も繰り返した。
    今だって、喉まででかかった言葉を必死に飲み込んでいる。

    「梓?」

    名前を呼ばれた。どうやら呆としてしまっていたらしい。
    私はすいません、と律先輩の前に座った。普段は澪先輩の特等席だけど、今だけは
    私の場所。
    律先輩は、教科書を広々とした机に乱雑に広げながら、「うーん」と腕を組んだ。
    問題を解こうと頑張っているんだろう、だけどその顔が必死すぎて、私は思わず「ぷっ」と
    噴出してしまった。

    18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 11:37:47.18
    「なんだよー?」

    「何でもないです」

    私は笑いながら答えた。律先輩が「むう」とまた頬を膨らます。
    それから、急に思い出したように「あ」と言って時計を見た。
    もうそろそろ、他の人たちが登校してくる時間だった。

    「そろそろばれないように退散するか」

    「……そうですね」

    今日は律先輩が来るのがいつもより遅かったせいで、殆ど何も話せなかった。
    いつも何かを話しているわけじゃないんだけど。
    急に萎んだ私の声に気付いた律先輩が、「明日は8時前な」と言って私の頭を
    撫でてくれる。

    19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 11:43:08.46
    「撫でないでくださいよもう」

    「好きなくせに」

    にっと笑いながら律先輩が私の頭から手を離した。
    律先輩は赤くなった私を満足げに眺め、もう生徒の姿がちらほらと見え始めた校門に目を
    移す。誰かの姿を探しているようだった。

    「律先輩?どうかしましたか?」

    「……いや、何でもない。ほら、教室戻るぞ」

    私が訊ねると、律先輩は一瞬戸惑った表情を見せた。
    しかしすぐにいつものふざけたような顔に戻って、私の背中を押す。
    私はもう一度だけ、律先輩の顔を見上げると、「自分で歩けます」と律先輩の手から
    逃れるように距離をおいた。

    21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/12/24(金) 12:36:22.80
    ――――― ――

    「梓、最近来るのはやいね?」

    教室に戻り机の中を整理していると、疲れた声が聞こえた。
    顔を上げると純がいた。

    「あ、うん……」

    純にも何も話していないから、私は曖昧に頷くことしか出来なかった。
    普段の純なら見咎めて「何よ」としつこく聞いてくるはずなのに、今日は何も
    聞いてこなかった。それどころか、大きく溜息なんて吐いたりしている。

    「えっと、何かあったの?」

    「梓ぁ」

    気になって訊ねてみると、純は私に抱きついてきた。まるで唯先輩みたいだ。
    純は鞄を持ったままだったので、その鞄が顔に当たって痛い。

    「ちょ、何よ純!?」

    「澪先輩の話、聞いた?」

    22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/12/24(金) 12:52:24.32
    純は私に抱きついてきたまま、言った。
    私は「知らない」と首を振った。
    けど、なぜか頭の中でさっき見た律先輩の横顔が過って気持ちが沈む。
    聞きたくないと思っている自分に気付いて、私はそれを振り払うために純に続きを
    促した。

    「えー、梓も澪先輩のファンだから知ってると思ってたんだけど」

    「確かにファンなのはファンだけど……それで本当になんなのよ?」

    「何かファンクラブの子数人が、澪先輩に告ったらしいよ?」

    純の話じゃ、昨日、澪先輩のファンがよってたかって「好きです!」とか何とか言っていた
    らしい。その時テンパって何も言えなかった澪先輩を無理矢理傍に居た律先輩が連れ去ったとも。
    そこで律先輩の話が出るんだろうなということはわかっていたけどやっぱり変な気持ちに
    なってしまった。

    「あーあ、まだ澪先輩返事返してないらしいけど、私もその中に混じってれば良かったなあ」

    「……純はさ、女の子同士の恋愛とか、肯定、してるの?」

    23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 13:00:12.43
    純の言葉に、私は思わず顔を上げて聞いてしまった。
    私の顔があまりに真剣だったのかも知れない、純が「やだなあ」と笑いながら
    私から離れた。

    「本気なわけないじゃん、たぶん殆どの子もそうなんじゃないの?憧れの澪先輩と
    お近づきになりたーい、とかそんな軽い気持ちなんでしょ」

    「……そう、だよね」

    乾いた笑いを漏らしながら、私は純から目を逸らした。
    案外勘のいい純だから、何かを感づかれたのかもしれない。
    取り繕うように、「ま、でも本気の恋愛なら否定はしないけどね」と付け足した。
    私はその場の雰囲気を変えたくて、別の話題を提示しようと口を開いた。

    「でも何で皆一斉に、しかもこんな時期に澪先輩に告白しようとしたのかな」

    けれど出てきた話題がそれだ。私はまだ引きずってしまっているらしい。
    また律先輩のことが頭に出てきて、ぶるぶると頭を振る。

    24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 13:22:53.68
    「何でってそりゃあやっぱりあれでしょ?もうすぐクリスマスじゃん。だから
    だと思うよ。彼氏いない子がせめて憧れの人とクリスマスを過ごしたいーって感じ?」

    「あぁ……そっか、もうすぐクリスマスなんだ」

    「あぁそっかって……梓、あんたも一応女子高生なんだからそういう話題に興味
    持ちなさい。まああとは、澪先輩三年生でもうすぐ卒業だからってのもあるんだろうな」

    クリスマスに、そして卒業。
    二つの言葉が私の上に重く圧し掛かる。
    律先輩は誰とクリスマスを過ごすのだろうか。去年は一緒に過ごせたけど、
    今年は先輩たちは皆受験生で、クリスマスパーティーというものがないということは
    わかっている。

    「クリスマス、か……」

    頭の中で、実際見たわけでもないのにファンの子に集られた澪先輩の手を引いて
    その場から逃げ出す律先輩の様子が浮かぶ。
    実際には私が思い描いているように格好良くはないんだろうけど、でも澪先輩のことを
    考えてそんなことをしたんだろう。ファンの人になんと思われようとも。

    律先輩の恋人になんてなれないってわかってる。でも、せめて“友達”として
    一番になりたいと思った。だけど、たぶんそれも無理で。
    いつのまにか澪先輩に嫉妬している自分が居る。こんな自分が嫌になる。

    25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 13:56:57.06
    「なに溜息ついちゃってんの?大丈夫、一人身なのは梓だけじゃないから!ていうか
    殆どの人がそうだろうしさ!」

    「……ありがと」

    私の溜息の意味を取り違える純に、私は弱弱しく笑って見せた。
    こんな気持ちも何もかも、消えちゃえば良いのに。

    ――――― ――

    放課後、純からの話を聞いていたから何となく予想はついていたけど、澪先輩は
    部室に来なかった。律先輩も、今日は来ないとムギ先輩から聞いた。

    「澪ちゃん、昨日大変だったもんねー」

    唯先輩が、ムギ先輩に淹れてもらった温かいお茶を冷ましながら呟くように言った。
    ムギ先輩はほくほくした表情で「私だったら全員オッケーしちゃってるけど」なんて
    言ってる。

    27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 14:09:53.78
    「あの、私今日はもう帰りますね」

    部室に居辛くて、私は腰を上げた。
    ムギ先輩も唯先輩も、意外そうに私を見る。

    「珍しいねあずにゃんが早く帰るの」

    「風邪?大丈夫?」

    普段私はどんなふうに見られているんだろう。
    私は「大丈夫ですから!」と言いながらコートを羽織ると、足早に部室を出る。
    下駄箱に向かう途中で、三年生の廊下を歩いていると、律先輩の声が聞こえた気がした。
    立ち止まって声の聞こえた教室を覗き込むと、澪先輩と、そして律先輩がいた。
    私は何も見なかった振りをして、その場を走り去った。

    外に出ると、空は真っ暗だった。今夜は雪が振りそうだ。

    ――――― ――

    29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 15:04:56.31
    「え?今なんて……?」

    「だから、今月の24日空いてるかって聞いてんの」

    律先輩は、どうしてか私のほうを見ずに訊ねてきた。
    変なことばかり頭に浮かんで眠れなかった私は、頭の回転が鈍くなってしまっていた
    らしい。一瞬、何を言われているのかわからなかった。
    数秒間律先輩の横顔を見詰めた後で、漸く律先輩の言葉を理解した私は、
    「はい」と小さな声で答えた。
    窓の外に積もった雪が、朝灯に照らされ白く眩しかった。
    律先輩は私の返事に「そっか」と言うと、私に向き直る。

    「ならさ、一緒に遊ばない?」

    30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 15:08:12.75
    「またパーティーですか?いいんですか、こんな時期に……」

    まさか自分ひとりが誘われてるとは思えなくてそういうと、律先輩は
    「パーティーじゃなくってさ」と私の声を遮った。

    「梓はつまんないかも知んないけど。二人だけでどっか行こうって」

    今月の24日はクリスマスイブ。
    私は驚いて、しばらく何も言えなかった。
    律先輩は「やっぱ無理?」と苦笑する。慌てて首を振った。

    「だめなんかじゃないです!律先輩がいいんなら私は構いません!」

    あぁ、なんか変なことを言っている気がする。
    けどあまりに唐突な律先輩の言葉が嬉しくて、昨日までの嫌な気持ちさえ吹っ飛んで
    しまった。
    律先輩はもう一度「そっか」と言ってから、今まで見せたことの無い笑みを浮かべた。
    その笑顔は、浮つく心の奥底で私を不安にさせた。
    それでもその時の私は、その不安なんか気付かなかった。

    31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 15:11:29.12
    ――――― ――

    律先輩に誘われてから約一週間、私の心は弾みっぱなしだった。
    だけど前日になってテンションが上がりすぎて冷静になった私は、何で突然律先輩が
    誘ってきたのかや、澪先輩のことが頭にちらついてしまい、不安な気持ちが競りあがっていく。

    結局一睡も出来ずに、私は律先輩にメールで送られてきた待ち合わせ時刻の30分前には
    待ち合わせ場所に着いてしまっていた。
    しかし驚いたことに、律先輩のほうが私よりも早く来ていた。
    それがいつもと違って、さらに私の不安の募らせる。

    「おはようございます、律先輩」

    自然と小さな声になってしまう。
    あまり見ることの無い私服姿だけじゃなく、今日は二人だけだということが私をより
    緊張させていた。

    33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 15:34:28.64
    「早いなあ、梓」

    「律先輩こそ充分早いじゃないですか」

    「いつも梓を待たせてたからな。たまには梓を待ってようかなと。一時間前に
    来といて良かったよ」

    「一時間前ですか!?」

    この寒い中よくも。
    流石の私も少し呆れてしまう。

    「寒くなかったんですか?」

    見上げながら訊ねると、私を見ていた律先輩としっかり目が合ってしまった。
    先に目を逸らしたのは私ではなく律先輩だった。

    「寒いに決まってんじゃん」

    律先輩はそう言って身震いすると、「だから暖めてよ」と言いながらポケットに
    入っていた右手を唐突に私に差し出した。
    暖めてよと言われてもどうすればいいかわからず困惑していると、律先輩の冷たい手が
    私の手に触れた。

    43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 21:01:04.11
    「おぉ、梓の手あったけー」

    律先輩がそう言って無邪気に笑った。
    私は飛び出すんじゃないかと思うほど早鐘を打ち始めた心臓を必死に宥めること
    しかできなくて、寒いはずなのに暑くなってくる。
    それなのに律先輩に掴まれた手はひんやりとしたままだった。

    「さて、そんじゃあいこっか」

    ひとしきり私の手で自分の手を暖めた律先輩は、相変わらず冷たい手を離して
    言った。その様子が少し名残惜しげに見えたのは、たぶん気のせい。

    「どこに行くんですか?」

    私は離れた律先輩の手を気にしない振りしながら尋ねた。
    律先輩が「んーと」と下手な口笛を吹き始める。
    この様子じゃ何も考えていなかったらしい。

    47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 21:16:49.20
    律先輩らしいといえば律先輩らしいけど。
    「梓の行きたいとこ一緒に行きたかったんだよ!」と取ってつけたように言う
    ところも。

    まったくもう。
    その場限りの言い逃れだってわかってはいるけど。
    それなのに嬉しくなってしまう自分はどうかしてるんだろう。



    結局、私たちはこの辺りをうろうろぶらつくことにした。
    クリスマスイブとだけあって、皆浮き足だっているように見える。
    沢山のカップルが私たちの横を通り過ぎていく。
    それでも私は、律先輩の隣を歩けるだけで幸せだと思った。

    「何かあれだなあ、二人だけで遊んだことないからかも知んないけど、全部新鮮に見える」



    48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 21:30:30.60
    商店街のウインドを覗いたり、宛てもなくぶらぶらと歩きながら、律先輩は言った。
    「そうですね」と私は隣にある律先輩の横顔を盗み見た。距離はいつもと然程変わらないはず
    なのに、放課後の部室で律先輩を見ているより、今のほうがずっと近いように思えた。

    手を伸ばせばすぐにでも触れられそうなくらい。

    「あ」

    突然律先輩が立ち止まった。
    なんですかと訊ねる前に、「あそこ」と律先輩が小さなアクセサリーショップを
    指差した。あんなところにあんなお洒落なお店があるなんて知らなかった。

    「入って良いか?」

    「構いませんけど……」

    50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 21:57:51.34
    頷くと、律先輩はさっさと中に入っていってしまった。
    私も慌てて後を追いかける。

    店内は、外見と同じく小洒落た店だった。ただ洒落てるだけじゃなくって、
    落ち着いている感じ。高校生にはまだ早い雰囲気が溢れている気がする。
    律先輩はアクセサリーに詳しいのか、まるで小さな子どものようにきらきらと
    目を輝かせながら店にあるものを見ている。

    私は邪魔をしないように律先輩から少し離れて歩いた。
    きょろきょろと辺りを見回していると、店の奥にひっそりと置いてあったネックレスが
    目に入った。シンプルな指輪がついている。
    律先輩こういうの好きそうだなと思いながらそれに近付き手にとって見てみた。

    「Secret love to you……」

    指輪には、そんな言葉が刻まれていた。
    直訳すると、『秘密の恋心をあなたに』

    52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 22:10:11.81
    ――秘密の恋心。
    これを律先輩に渡したら、どんな反応をするだろうか。
    律先輩のことだから、ここに刻まれた文字なんか気にしなさそうな気もするけど。

    明日はクリスマスで、今日はクリスマスイブ。
    渡せなくってもいい。渡せないんじゃなくって渡しちゃいけないということも
    わかってる。だけど私は、それを手放せなかった。
    今日の思い出だと思えばいいよね、私はそんな言い訳をしながら、律先輩にばれないよう
    それをレジに持っていった。

    「プレゼントですか」と訊ねられ、私は曖昧に首を振った。店の人は勝手にそうだと
    勘違いしたらしく、綺麗に包装してくれた。
    渡された小さな箱をポケットの奥に仕舞いこみながら、私は小さく溜息を吐いた。

    「梓」

    何とかばれずに買物を終えると、何かを必死に見ていた律先輩が私の名前を呼んだ。
    「なんですか」と律先輩の元に寄ると、「ていっ」と何で置いてあるのか、猫耳を私の頭に
    つけてきた。

    「もう、何するんですかっ」

    「似合ってるぜ、梓」

    くくっと笑いながら、律先輩が言った。

    ――――― ――

    53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 22:17:10.31
    その後も、自由気ままに店に入っていく律先輩の後に着いていっていると、
    いつのまにか日は暮れていて、一日が終わろうとしていた。
    時間を忘れるくらい楽しいと思ったのは久しぶりだった。

    律先輩は沢山の荷物を抱えながら歩いている。
    結局、ポケットにある小さなプレゼントは渡せていないままだった。
    さりげなくポケットに手を突っ込んで、それがまだそこにあることを確認する。

    「もうだいぶ暗いな」

    「……そうですね」

    そろそろ帰ろうかと言われるんだと思った。けど、いつまで経っても律先輩は何も
    言わなかった。
    私たちはただ、無言で歩いた。
    気がつくと商店街を抜けて、暗い道に出ていた。

    暗くて、律先輩の表情がよく見えない。

    54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 22:35:42.37
    「なあ梓」

    名前を呼ばれた。
    ここに来て昨日から、いや、たぶんずっと前から感じていた不安が増幅する。
    律先輩の様子が、いつもと違うことに気付いていた。
    それに突然私を誘ったことや、純から聞いた話や、そんなものが全部入り交じって
    嫌な気分にさせる。

    「今日はさ、急にごめんな?イブだもんな、ほんとはもっと違う奴と過ごしたかったんじゃ
    ないの?」

    「そんなこと、ないです」

    「そ?ま、私は楽しかったけどなー。大切な人と過ごす日だし、すっごい良い一日だった」

    今、確かに律先輩は「大切な人」と言った。
    だけど、私の心は沈んだままだった。
    そんな言い方、まるでこれで最後みたいな言い方だ。

    55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 22:43:02.47
    「ありがとな、今日一日付き合ってくれて」

    声が出なかった。
    律先輩の優しい声が、さらに私の不安を大きくさせた。

    ずっと会えないなんてことは絶対に無い。
    だけど、このままじゃ私たちの今までの関係が終わってしまうような気がした。
    朝、秘密で会ってるだけでいい。近すぎず遠すぎず、そんな関係でいいから。
    終わりにして欲しくはなかった。

    「じゃ、もうそろそろ帰ろっか。夜遅いし」

    57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/24(金) 22:51:17.33
    「律先輩、次は?」

    え?と言って、一旦駅の方向に足を向けた律先輩が振り向いた。
    私は約束が欲しかった。今は冬休みで、朝に会えないのはわかってるけど。
    次にいつ会うかの約束が、欲しかった。ただ約束してくれるだけでいいから、
    私を安心させて欲しかった。

    律先輩は困ったような顔をして、答える代わりに私の頭をくしゃくしゃと乱暴に
    撫でた。
    まるで「ごめんな」と言っているようだった。

    「律先輩……」

    「これ、クリスマスプレゼント」

    思わず掴んだ律先輩の手は凍えるくらい冷たかった。
    律先輩は、私の手に何かを握らせた。小さな箱だった。
    「風邪引くなよ」と律先輩が言って、私から離れていく。

    私は追いかけられなかった。
    律先輩の後姿が見えなくなってしまった時、私はどうしようもなくって
    律先輩に握らされた「クリスマスプレゼント」を目の前に翳してみた。
    道の真ん中で、私はそれを開けた。他のことなんて何も考えられなかった。

    「……やっぱり、ずるいですよ律先輩」

    中に入っていたのは、『Secret love to you』と、そう刻まれた指輪のついた
    ネックレスだった。

    終わり

    60 名前:おまけという名のエピローグ[] 投稿日:2010/12/24(金) 23:03:37.96
    「澪先輩、好きですっ!」

    突然だった。
    いつもよりも周りに人がいるなと思っていたら、澪の周りに人が集り、そして
    まったく名前も知らないような子たちからの、愛の告白。
    ははっ、笑える。

    「えっ?」

    澪は大人数の女の子に迫られ、困っているようだった。
    澪に告白するのはいいけど、傍にいる私のことも考えて欲しい。
    まるで酸欠の金魚のように真っ赤な顔で口をぱくぱくさせている澪の手を握ると、
    「ちょっとごめんあそばせー」と冗談交じりの口調で言いながらその場から逃げた。

    変な噂をたてられることなんてわかっていた。
    だけど、私たちはただの幼馴染で親友。それだけで、それ以上の関係なんかじゃない。
    ファンの子たちの群から逃げ帰ると、澪は「本気なのかな」とまだ赤い顔で呟いた。
    私は「さあ、本気っぽい子もいたのはいたけどな」と答えた。
    澪は「え」と俯かせていた顔を上げ、それから凄く嫌そうな顔をして、言った。

    「なんだよそれ、おかしいよ、だって私たち、同性だぞ?」

    67 名前:おまけという名のエピローグ[] 投稿日:2010/12/25(土) 00:46:09.72
    気持ち悪いと、たしかに澪はそう言った。
    稲妻にでも打たれたような気分だった。

    自分と同じ女の子を好きだなんて、おかしいということはわかっていた。
    それでもその気持ちを秘密にしてさえいればいいと思っていた。
    だけど澪は「気持ち悪い」と。
    想うだけでも好きな子を嫌な気分にさせてしまうことを、私は知った。

    その次の日、澪は誰にも会いたくないと教室に閉じこもったままだった。
    私もずっと、そこにいた。
    梓と会うことが怖かった。
    その日の朝でさえ、ちゃんと話せたかどうかわからなかった。

    68 名前:おまけという名のエピローグ[] 投稿日:2010/12/25(土) 00:51:34.04
    私は梓が好きだった。
    たぶん、恋愛感情の「好き」

    いつの間にか梓に惹かれていた。
    初めて会った時は生意気な後輩だった。
    だけど一緒に過ごしているうちに、守ってやらなきゃと思うようになった。
    気付かないうちに好きになっていた。

    だから私は、偶然梓が忘れ物を取りに朝の部室に来た時、思わず引き止めて
    「明日の朝8時な」と言ってしまった。
    突然だったというのに、梓は来てくれた。
    その日からみんなに内緒で朝、梓と会うことが日課になっていった。

    私は梓と二人だけの時間を共有していることで、梓と分かり合えたような気が
    していたのかも知れない。
    そしてずっとこの関係が続けばいいと思っていた。
    でも自分のこの気持ちを抱えたまま、ただの先輩として梓に接することは、
    もう無理だと知っていた。

    だから私は決めた。
    自分の気持ちにケジメをつけようと。
    ただ、弱虫奈私はすぐにそれを実行できなかった。
    だから約一週間後のクリスマスイブを選んだ。
    梓は嬉しそうに笑ってくれた。

    69 名前:おまけという名のエピローグ[] 投稿日:2010/12/25(土) 00:56:45.35
    そして今日のクリスマスイブ。
    私は自分の心と同じく空っぽになってしまったポケットに手を突っ込むと、
    油断したら溢れそうになる涙を必死に塞き止めようと暗い夜空を見上げた。
    駅前では大きなツリーの下、いちゃつくカップル達の姿があった。

    本当は梓に渡すつもりのなかったプレゼント。
    伝えちゃいけないと分かっていた。
    でも私はそれを伝えてしまった。

    梓はどう思ったのだろう。
    きっと、澪と同じく「気持ち悪い」と思っただろう。
    それかあの指輪に刻まれた文字はただの飾りだと受け止めるだろうか。
    どっちにしても、私はもう、あの心地のいい朝の時間には戻れない。

    もうすぐ12時になりそうだった。
    家に帰り着いた頃にはきっと、明日になっているだろう。

    「最悪のクリスマス」

    私は苦笑する。
    あぁ、また涙腺が緩んでしまった。

    男になれればいいのに。
    どうして同性を好きになったらいけないのだろう。
    好きの気持ちは変わらないのに。

    私は冷たい指で目許を拭うと、駅の改札口に足を向けた。

    70 名前:おまけという名のエピローグ[] 投稿日:2010/12/25(土) 00:59:15.87
    「律先輩!」

    突然、私を呼ぶ声が聞こえた。
    誰かと間違えるはずなんかない。
    確かに梓の声だった。

    「……先輩っ」

    立ち止まった私に、息を切らした梓が追いつき、私の手を掴んだ。
    暖かい手だった。朝感じた感触と同じ。

    「梓、何で……」

    「律先輩が、勝手に、行っちゃうから……」

    息を切らせながらも、梓はそう言った。
    私の手を離すまいとでも言うように強く握る。

    「梓……」

    「律先輩の、そっくりそのまま、お返しします」

    71 名前:おまけという名のエピローグ[] 投稿日:2010/12/25(土) 01:02:41.19
    梓はポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。
    私が梓に渡したプレゼントとよく似ていたが、色が違っていた。

    「受取ってください、クリスマスプレゼントです」

    私は空いた手で、梓に差し出されたプレゼントを受取る。
    「走ってたときにぐちゃぐちゃになっちゃったんですけど」と梓が言う通り、
    包装紙が少し破れて中の箱が見えてしまっていた。

    「開けていい?」

    梓は頷いた。手を離される。
    私は自由に鳴った両方の手で梓に渡されたプレゼントを開けた。
    中から出てきたのは、私が梓に贈ったものと同じネックレス。
    いや、少し違っている。
    指輪に嵌め込まれた石の色が違った。私の買ったものはオレンジだったけど、
    これは緑だ。

    72 名前:おまけという名のエピローグ[] 投稿日:2010/12/25(土) 01:09:01.79
    「Secret love to you」

    そこに刻まれた文字は同じ。
    梓を見ると、恥ずかしそうに目を逸らされた。

    「梓、私たち……」

    「ずっと好きでした、律先輩」

    梓と同じ気持ちだったとしたら、嬉しい。
    だけど私たちは同性で。
    しかし、それを梓に伝える前に、梓ははっきりと「好きだ」と言った。

    73 名前:おまけという名のエピローグ[] 投稿日:2010/12/25(土) 01:09:46.34
    「今はもう、それだけでいいじゃないですか」

    梓は何か吹っ切れたような顔をしながら、私の胸に倒れこむようにして顔を
    埋めた。
    今はもう、それだけでいい、か。

    「そうかもな」

    私は言った。
    たとえこの気持ちが歪んでいたって、梓がそれを受け入れてくれるのならそれでいい。
    セットしていた携帯のアラームが、私たちに明日になったことを伝えてくれた。

    私は、ドラマや映画みたいにかっこよくはできないけど、
    梓の背中に手を回すと言った。

    「梓」

    メリークリスマス。
    私たちの声が重なった。

    終わり

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いちご「…りっちゃん、かわいい」
唯「ういーにーどきっす!」
梓「勘定奉行にまかせあ~れ~」
  1. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/12/25(土) 21:30:20 URL [ 編集 ]
    律メインの律澪じゃない百合話に澪が出てくると不安になるのは俺だけか・・・
    逆もまた然り
  2. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/12/26(日) 02:21:51 URL [ 編集 ]
    文章が自然で読みやすかった
  3. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/12/26(日) 04:11:55 URL [ 編集 ]
    これはなかなか名作
  4. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/12/26(日) 13:16:38 URL [ 編集 ]
    切ない気分になるな
  5. 名前: エルフェル ◆- 2010/12/26(日) 22:32:53 URL [ 編集 ]
    素敵で印象深い作品でした。

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