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和「汚物をぶちまけろ」

  1. 名前: 管理人 2010/12/26(日) 22:44:09
    3 名前:おじさん、こんにちは、平沢憂です。[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:30:11.11
    「和ちゃん、一緒に学校行こう」

    幼馴染がいつも通り、へらっと笑ってそう言うから、私は大層驚いた。
    彼女の瞳は相変わらず澄んでいたけれど、それでもって彼女のことを分かっているだなんて、
    そんなおこがましい事はもう言えなくなっていた。

    「あ……ええ、わかったわ、行きましょうか」

    搾り出すような声で返事をする私に、幼馴染は微笑みかけた。
    ピンで止められた柔らかそうな髪が揺れる。

    「やった。ねえ、手、繋いでいいかな?」

    どうして、この娘はこんなことを言うのか、言えるのか。
    クリスマスは近い。
    どこかで、二千年前の聖者様が、私を見張っているんじゃないか、そんな気がする。
    そんな気持ちが、ぎちぎちと、私の腕を締め付ける、手を縛る。

    「なんてね。補習、遅れちゃうから急ごうか」

    冬休みにも補習があるなんて、ブラックジョークにもならないよ。
    そんなことを言っていたとは思えない、真面目な発言。
    私の手は握られたまま、縛られたまま。

    「そう、ね。急がないと、ね」

    急がないと。


    4 名前:大変大変もう大変、私の姉が、幼馴染のことを好きになってしまったそうです。[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:32:51.22
    「おう、お早う、和、唯」

    通学路を半分ほど歩く。
    カチューシャで髪を上げた友人が、明るく挨拶をする。
    笑っているけれど、その笑顔はまるで街灯のような、人工的な嘘臭さを帯びていた。

    「おっはよ、りっちゃん!」

    それが普通。コンクリートのビル、人為的に配置された並木、嘘くさい笑顔。
    なによりも、昨日の後の今日では、それが自然なのに、それなのに幼馴染の笑顔は、どこまでも明るい。
    直視できないほど明るい。

    「お、おお、随分元気じゃんかあ」

    にやりと笑って、律が幼馴染の頬を突付く。
    やめてよ、なんて言って笑った唯が、顔を背けて頬をさすったから、律のにやにやした笑顔は、私に向けられた。
    ぐっと親指を立てて、笑う。
    さっきよりも、ずっと、嘘臭さが減った笑顔。

    「まあ、なんていうか、頑張れよ!」

    こそこそと、小さい声で私に言う。
    もしかして、嘘臭さは勘違いによって減ったのではないだろうか。
    それは相変わらず嘘のまま、スクリーンに映し出される森林の映像のように、根本的なところで、人工的なんじゃないだろうか。
    なんてみっともない。

    「なにがよ」

    私は潔く、眉をひそめた。

    6 名前:なんて優しいお姉ちゃん、関係、繋がり守るため、自分の気持ちを隠そうと。[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:37:09.06
    教室に入ると、幾人かの視線を感じた。
    ついでに、律がまた、さっきと同じように親指を立てるのも見えた。
    金髪の友人が、にこにこと笑って、こちらに近づいてくる。

    「ねえねえ、和ちゃん、ちょっとお話聞かせてほしいの」

    私の手を握る、白い肌の掌は、温かい、柔らかい。
    手入れはされていないのだろうが、それが逆に愛嬌を生んでいる、少し太い眉毛。
    好感の持てる顔立ちなのに、その笑顔の源を意識しただけで、殴ってぐちゃぐちゃにしたくなる。

    「ええと、その」

    言いよどむ私。言葉も、言葉を発した心も、振る舞いも、仕草もぐちゃぐちゃ。
    それでも、ムギは私の肩に手を当てて、楽しそうに、私を廊下へと連れだそうとした。

    「あ、駄目だよムギちゃん。私が和ちゃんとお話しするんだから」

    柔らかく笑って微笑む幼馴染。
    相変わらず、どこまでも自然な笑顔。
    ぞっとする。

    「ごめんね、ちょっとムギと話してくるわね」

    そう断って、急いで教室を出た。
    向かう先は、階段を延々と登って、付きあたり。
    屋上への扉の前、の踊り場。


    7 名前:なんて卑怯な妹、私、独りの女性を得るために、姉の気持ちを利用しようと。[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:38:42.23
    「それで?」

    目を輝かせて、ムギが尋ねてくる。
    柔らかそうな手は、顔の前で組まれている。

    「じらさないで聞かせてね、どんなふうに告白されたの?」

    ムギの言葉を聞いて、昨日のことはより現実味を帯びた。
    鉄筋コンクリートの高層ビルのように、圧倒的な存在感を持って、私の前にそびえ立った。

    「告白……そうね、告白、されたのよね」

    それだけに、気味が悪い。
    幼馴染の、優しい陽の光が降り注ぐ、涼しい林のような笑顔が。
    昨日のことと比べて、どこまでも異質に見える。

    「あら、その言い方から察するに、何かあったの?」

    ちょっとだけ顔を曇らせる。
    けれど、それさえもその奥にある輝きを際だたせるために、そうしている、そんな気がする。
    要するに、ムギはどこまでも楽しんでいる気がする。

    「あった」

    それだけ言って黙っていると、ムギが無言でもって先を促してきたから、私はしぶしぶ話してやることにした。
    口のあたりが、妙に疲れる……


    8 名前:「私がそれとなく探ってあげる。そういうの私得意だから」[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:40:56.92
    そうね、昨日の事だったんだけど……一応聞いておくけど、貴方達が炊きつけたわけじゃあ無いわよね?
    そう、よかった。もしそうだったら……まあ、いいわ。

    とにかく、昨日ね、生徒会が終わって帰ろうとしたら、タイミング良くメールが来たの。
    唯から、一緒に帰ろう、って。

    だから、校門のところで待ってたんだけど……って、この辺りは貴方達も見てたわよね。
    そのあと、なんでか唯にね、途中でトイレに寄って、それから教室に連れてかれたのよ。
    忘れ物でもしたのかな、と思ってついて行ったのだけれど、どうも違うみたいだった。

    『なんていうか、夕陽の差し込む教室って言うのがね、良いんじゃないかな、って思うの』

    そんなことを言っていたわ。それで、ぼうっと窓から夕焼けを見ていた。
    なんかやけに色っぽかったんだけど……なににやにやしてんのよ。
    少し変だなって思ったの。
    そうしたら唐突に、

    『和ちゃん、こっち来て、そう、そこ……ねえ、綺麗だね、夕陽?』

    なんて言うの。
    私でなくとも、なんだか変だと思うでしょうね。
    だから、なんとなく頭を撫でてやった……だからにやにやしないでって。

    それでね、しばらく迷ったように黙りこんで、急に、決心したように言うのよ。

    『例えばさ、和ちゃん、私が和ちゃんのこと好きだって言ったら、どうする?』


    10 名前:「ええ、大丈夫かなあ」[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:43:34.18
    「それで?」

    少し眉をひそめて、目を輝かせながら、ムギが先を促す。
    けれど、先なんて無い。

    「終わり。それで、唯が走ってどこかへ行っちゃったから、私も帰ったの」

    落胆。顔いっぱいに、曇り空のような、曖昧な表情が浮かぶ。
    肌の色も、髪の色も、それと混ざり合う顔立ちも、彼女の全てが、どことなく曖昧な、
    不思議な柔らかさと優しさを……

    「むう、それは由々しき事態よ。きっと唯ちゃんは何か悩み事が……」

    流れるような言葉につられて、動く唇。
    柔らかい、洋菓子のように、絹布のように、やすやすと形を変えていく。

    悩ましげな表情、口元に当てられた白い握りこぶし。
    その肌も、触ればきっと、癖になるような弾力で、私の指を押し返す。
    それを、ぎゅっと掴む、きっと気持ちいい……ほら、こんな風に。

    「の……どか、ちゃん……?」

    キリストは……

    「和ちゃんったら」

    おずおずと、消え入りそうな声。
    重なった、私とムギの手。ムギの手は、鉄製の冷たい扉に押し当てられている。
    私はそっと、後ろへ下がった。
    階段から落ちやしないか、そんなことばかりが気になった。

    12 名前:任せてよ、得意げに胸をはる私。トイレで待ち合わせ、服を交換。[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:45:56.41
    「ごめんなさい」

    じっと見つめる、少し青い瞳。
    瞳の色でさえも、どことなく曖昧で、彼女の言葉も、あんまり柔らかくて私を押しのけるような力はなかった。

    「あ、いいの、別に……その、なにか気に触ったのなら、私こそごめんね?」

    彼女は力が強いらしい。
    それでも、私の意志を動かすことなんて出来ないわけで、そんな荒っぽい無粋なことをしたのは、
    きっと、やっぱり、どこかで見ている聖者様。

    くたばって欲しい、体も精神もがんじがらめにする、モラルの塊聖者様。
    飛び跳ねる、まるまる太ったお爺さん、空をかける、奴隷待遇のトナカイさん。

    「授業、始まっちゃうから。教室戻りましょう」

    柔らかい声、差し出された手。
    ほんのりと赤くなった、白い肌。

    「そうね、急がないと、ね」

    彼女の手を無視して、階段を降りた。
    視界の端に、何故だかがっかりした様子で肩をすくめるムギが見えた。

    ぞっとした。


    13 名前:そういうの、得意な私は、顔に姉の仕草を貼り付けるのです。[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:48:51.75
    「整数問題の基本は、積の形に直すということですねえ……」

    黒板には数字ばかりが並ぶ。
    今朝、私のやったことが、まだ信じられない。
    全力でムギの手首を掴んだ、私の、細い腕で肩に接続された情けない手。

    「続く大問2は、ベクトルの媒介変数表示を図形的に捉えることが重要になるわけです……」

    ちらりとムギの方を見ると、目があった。
    ムギが、さっと目を逸らす。
    それなのに、その後も、何かを期待するように、ちらちらとこちらを見てくる。

    「ベクトルpプラスベクトルaの絶対値が2となり、かつ……」

    ベクトルpプラスベクトル-aの絶対値が4となるようなベクトルpが一つしか無い。
    接する円。片方の円は、もう片方の円の、内側に、それとも外側に?

    こつん、と頭に何かが当たった。
    振り返ると、律が両手を合わせていた。
    足元にはくしゃくしゃに丸められた紙。

    今朝、ムギと何の話をした?

    雑な字でそう書かれていた。


    14 名前:たまに、貼りつけた仮面から、溢れるものもあるのです。[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:50:42.38
    「ん、で、今朝のお話聞かせてもらおうじゃないの」

    からかうように、律が言う。
    奇しくも、というより、この場所以外に人に聞かれる心配をしなくて住む場所がないのだから、
    当然ではあるのだが、場所は屋上前の踊り場。
    鉄製の扉に手を当ててみる。冷たい。

    「あなた、お弁当は唯たちと食べるんじゃないの?」

    「いやあ、ちょっと他のクラスに行ってくるー、ってな感じでね」

    ごまかして抜けだしてきたわけだ。
    誤魔化すということは、つまり、この会合を、なにかやましいもののように感じている、ということだ。

    「それに、和だって、『ごめんなさあい、私生徒会があるのお』なんて、大嘘こいてたじゃんか」

    無理に気取った喋り方が、なんとなく、こう言っては失礼かもしれないけれど、ムギに似ている気がした。
    それで、背筋が冷えた。

    「その喋り方、あなたが思っているよりも苛立つから止めたほうがいいわよ」

    「へいへい、ごめんなさい」

    律の顔から目を逸らし、後ろを向く。
    足元には階段。
    足を滑らせないように、落ちてしまわないように、それをじっと見つめる。


    15 名前:「ごめんね、もうちょっと探ってみるから」[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:54:02.49
    「大したことは話してないわよ、昨日のことをちょっと教えただけ」

    「ふうん。それでムギの様子がおかしくなるのか。昨日は超エキサイティングだったんだな」

    ムギの様子、やっぱりいつもと違っていた。
    もしかしたら、あの時、私は落ちていなかったのかもしれない。
    足を滑らせ、階段を踏み外していたのは、ムギのほうなのかもしれない。

    口のあたりが妙に疲れる。

    「おお、なににやにやしてんだよ、恥ずかしい奴だな」

    「え、私笑っていた?」

    その場の流れに任せて、今朝のことは誤魔化して、それで、階段を降りていく。
    足を滑らせないように、落ちてしまわないように。

    「昨日の唯、話し聞く限りだと妙な感じだよな」

    「そうよね」

    じっと足元を見つめながら、降りていく。

    「ねえ、律、あなた髪を下ろしたほうが可愛いんじゃないの?」

    口は、滑った。


    16 名前:姉に親指を立ててみせるのです。逆の手の親指は、地面のその下を指して、その手が向けられているのは。[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:57:23.94
    「和ちゃん、一緒に帰ろうよ」

    放課後、幼馴染があっけらかんと言う。
    律はぎょっとしていた。ムギのほうは、見ないように気をつけた。

    「駄目駄目、今日は勉強しますよ!」

    「えー、でもでも……」

    慌てて腕を掴んで制止した律を見て、しばらく考え込んで、幼馴染は言った。

    「あ、そうだった。まだだね、やっぱ勉強しないとね!」

    「え、ああ、そうですよね……ってなんでやねーん!」

    律が戸惑ったように言った。
    ぎゃーぎゃーと騒ぐ彼女たちのそばを離れて、教室を出ようとした。
    そんな私の手を、誰かが、柔らかい手で握った。

    振り向かなくても、それが誰だか分かっていた。
    今朝さんざん憧れた、柔らかい手。

    「和ちゃん」

    振り向かなくても、ムギがじっと私を見つめているのが分かった。
    振り向いてはいけない気がした。
    それでも、やっぱり振り向いた。

    「ばいばい」

    17 名前:あなたなんですよ、サンタのおじさん。[] 投稿日:2010/12/26(日) 04:59:58.32
    少し青みがかった瞳を潤ませて、ムギが微笑んでいた。
    水分は電灯の光を乱反射させて、どこまでも彼女の瞳を澄んだものにしていた。
    今朝、あんなに遠慮深かった、私に何かを強制する力なんてありはしない、曖昧な柔らかい瞳。
    それが今では、日本刀のように煌めいて、まっすぐ私のほうを向いていた。

    「ええ、さようなら」

    そう言って、私はムギの頭を撫でた。
    得体のしれない猛獣を、なんとか宥めるように。
    かすかに上気した顔が、突き刺すような視線を隠してくれたから、私は安心した。

    「うん、和ちゃん、あのね、良かったら」

    明日もおはなし、聞かせてくれるかしら?

    あくまでも、これは質問だ。
    やっぱり、ムギに、私への強制力なんて、あろうはずもない。
    口のあたりが、妙に疲れる。
    疲れた口から、息が漏れる。

    「ふふ、気が向いたらね」

    「うん。そうだったらいいな、って思うわ」

    そういえば、唯は、私が撫でてやった後、あんな表情をしたんだった。
    それを思い出して、しばらく頭を撫でるのは控えたほうがいいな、と思う。
    だって、怖いから。


    18 名前:ああ、和ちゃん、なんだって捨てられるのです。モラルも捨てます、自我だって捨てられます。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:02:43.72
    「和ちゃん、一緒に帰ろうよ」

    ぞくっとした。
    いつもより少し早めに帰る私の後ろには、ほら、やっぱり幼馴染が。
    腕を体の後ろに回して、華奢な体つきを際立たせている。

    「音楽室でみんなと勉強するんじゃないの?」

    「そうなんだけどね、ちょっと早めに帰ってきたの」

    なんでそんなことを。

    そう言いながら、私は一歩後ろに下がった。
    後ろに何があるのか、確認もしなかった。
    だって、前だ。前に行ってはいけないんだ。

    「ふふ、内緒だよ? あずにゃんとね、クリスマスライブするの。軽音部のみんなにね、がんばれー、って」

    「そうなんだ、じゃあ私、その……家、帰るね」

    私の言葉を聞いて、唯はへらっと笑った。

    「だから、私も家に帰るんだってば」

    今朝とは違う、今朝とは正反対の、凄く嘘くさい振る舞い、話し方。
    どこが、とは分からないけれど、どこかに陰があるような感じ。

    「そうね、そうよね」

    何も見えないほど暗い。

    20 名前:気づいて、欲しいのです。完璧な演技をしながら、そんな無茶を願うのです。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:04:14.38
    「ねえ、和ちゃん、昨日のこと」

    来た。ついに来た。
    肉食獣なんかじゃ絶対に出せない威圧感、迫ってくる特急電車のような、圧倒的な力強さ。
    この娘は必ず、強制する。
    それこそ、二千年前の聖者様なんて、目じゃないくらいの力で、私をたたき落とそうとする。

    「返事、聞かせてよ」

    それなのに、そうはならなかった。
    目の前の女の子にあるのは、せいぜい、樹齢云千年の大木のような、大きいけれど、強いけれど、どこか優しい意志。
    少し拍子抜けしてしまう。
    同時に、得意げに、トナカイが私を引きずる。

    「あっ……ちょっと、待って。もう少しだけ」

    明明後日はクリスマス。その次は。
    明明後日はどこかの偉い人が生まれた日。その次は。


    22 名前:時折漏れるのは、本音。その度に入るのは、仮面の傷。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:07:09.45

    「クリスマスライブ、身内でやるのね」

    「……そうだよ」

    少し拗ねたような、幼馴染の顔。
    本当に拗ねたいのは、拗ねていいのは。

    「身内って、軽音部の人達のこと?」

    「そうだって、言ってるじゃない」

    急に、重金属のような重厚な強さを取り戻した声。
    私を萎縮させる、その声。

    「な、によ……そんな言い方、しないでも良いじゃない」

    幼馴染は黙って歩いて行った。
    小さく振れるその腕が、どことなく、草刈鎌のように見えたのは多分私だけ。
    そして、そんなふうに見えるのは、私だけでいい。

    ねえ、綺麗だね、夕陽?

    昨日の言葉が頭に響く。
    もう日は傾きかけていた。


    23 名前:わざとあなたを、仮面を傷つけるのです。気づかないのなら、せめてお姉ちゃんのことは嫌いになって。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:10:19.99
    幼馴染と別れて、家に着いた。
    扉を開けるのと同時に、携帯電話が震えた。

    ねえ、和ちゃん、お話ししたい。
    どこかで会いましょう。

    そんなメール。
    文章にすると、あの柔らかさは失われてしまう。
    弱々しいけれど、震える手で服の裾を引っ張ってくる子供のように、確かな強制力を持っている。
    そんなメール。

    無機質な、液晶の配列が映しだす、そんなメール。
    私は携帯電話を閉じた。

    公園。

    それだけ書かれたメールを送った。
    名詞だけ、名前だけ。
    あなたが何を思おうと、どうぞお好きに。
    そんな投げやりなメール。


    24 名前:金髪のお嬢様には敵わないでしょうけど、それでも私を好きになって。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:12:41.53
    きい、きい。
    鉄が歓喜の声を上げる。
    このご時世、ませた子供はブランコなんかで遊ばないのだろうか。
    遊んでくれたありがとう、使ってくれてありがとう。
    そんな声。

    「和ちゃん、公園としか書いてくれないから」

    顔が真っ赤な、お嬢様。
    両手で鞄を持って、こちらへ近づいてくる。

    「探すのに時間がかかっちゃったの」

    どうやって探したんだろう。
    もしかしたら、人工衛星、なんていう、人工の眼玉が宙に浮いているのかもしれない。
    そう思って、空を見上げた。

    鉄の声が重なる。輪唱。

    「ふろーいで しぇーねる げってる ふんけん」

    聞いたことのあるメロディ。

    「ブランコ、喜んでるみたいに聞こえるわよね」

    夢をみるような調子で、細い声で歌って、ムギが言った。
    もう一度、高い音に耳を傾けてみる。

    きい、きい。


    25 名前:金髪のお嬢様を殺してしまうから、そうしたら私を好きになる?[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:15:14.35
    「そうね、私もそう思う」

    「そっか、嬉しいな」

    返事が、あんまりにも普通の女の子すぎる。
    ムギは、どしゃぶりの雨のように、いっぺんに言った。
    止められるはずも、ない勢い。

    「和ちゃんは、唯ちゃんにしたことがある……今朝みたいなこと?
     ないよね、多分、無いと思うの。当たってる?そう、嬉しい。
     でも、今日、私にしたわよね」

    私は頷く。
    彼女は笑う。

    「そっか、じゃあ、期待しちゃうわよ?
     和ちゃんが、キリスト様より、ずっと私や唯ちゃんみたいな人に優しくて、それで、それで……」

    言葉は続かない。
    だから、私はムギの頭を撫でてやった。

    「ズルイなあ、和ちゃん」

    犬のように目を細めて、ムギは笑った。

    「そうかしらね」

    「そうよ」

    26 名前:妙な夢、世界の終わる夢、空に向かって落ちてゆく夢。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:19:15.19
    それから、さわ子先生は今年も一人でクリスマスを過ごしそうだとか、
    後輩がクリスマスライブを企画している、ような気がするとか、そんな世間話をして、家に帰った。

    家に帰って、寝た。

    夢を見た。
    壊れるビル、吹出す水道管、広がる真っ暗な穴。
    太陽と逆の方向に伸びる植物、死体から赤子へと成長していく動物。

    にこにこ笑う、ムギと幼馴染。

    ムギもどんどん若返っていく。
    幼馴染は、半分砕け散って、半分は受精卵になった。

    そんな夢を見た。

    「くっだらない」

    朝起きて早々、最悪の気分で私は呟いた。


    27 名前:朝は独りで歩くのです。ぼろが出ないように、独りきりで。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:23:45.65
    「おっはよ、和ちゃん」

    昨日の朝と同じ。
    いつも通りの、へらへらとした、可愛らしい間抜けな笑顔。

    クリスマスライブ、身内の人で。
    身内の人は、軽音部の人で、私は生徒会の人。
    明後日はクリスマス、その次の日は。

    「どうしたの、和ちゃん?」

    俯き加減の私の顔を、唯が覗き込んでくる。
    その目は相変わらず澄んでいて、見つめていると、目が潰れそう。

    「あら、おはよう、唯ちゃん、和ちゃん」

    しばらく歩いていると、柔らかい声が私たちを呼び止めた。
    ふわふわと、空気に揺れる、金色の髪。

    「おお、おはよ、ムギちゃん」

    にこにこと笑って、けれど強い意志を込めて、ムギは私たちを見つめた。
    もう一度、微笑む。

    「一緒に学校行きましょう」

    私たちは、三人並んで学校へ行った。
    二人の間に挟まれた私は、何故だか、深い森の中を歩いているような、そんな気分になった。


    28 名前:昼は素顔で過ごすのです、友人ふたりと、素顔で笑って。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:27:59.51
    昼休み。
    机をくっつけて、友人たちと食事。
    そうしようと思った矢先、ふっと、耳に優しい吐息が。

    「おはなし、しましょ」

    振り向くと、やはりそこには、小さな弁当箱を手に持って、首を傾げるムギの姿があった。
    金色の髪が肩にかかって、前と後ろに垂れている。
    太陽と逆の方向に、伸びる髪。

    「……はいはい」

    観念して、私はついていくしか無かった。
    やった、という小さな声が耳に届いた。
    それから、あの柔らかそうな手が、私の手を握る。
    握られた手は、やけに固く感じた。

    教室から出るときに、視線を感じて振り返った。
    あの瞳で、幼馴染が私を見つめている。
    目が合うと、極々自然に、かえってそれが不自然なくらいに、自然に笑った。

    私は幼馴染から目を逸らして、早歩きで教室から離れた。


    29 名前:友人との会話は楽しいけれど、それでも時折、込み上げてくるのは。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:33:01.30
    「和ちゃん、頭、撫でてくれないかしら」

    お弁当を広げながら、少し目を伏せて、ムギが言った。
    こちらのほうは見ずに、ただ、少し顎を引いて、頭頂部をこちらへ曝け出す。

    「はいはい」

    恐る恐るムギの頭を撫でると、柔らかい髪の毛が、そっと私の手を押し返してきた。
    柑橘系の香りが辺りに漂う。

    「ふふ、ありがとう。ねえ、和ちゃん、あのね、その、唯ちゃんと同じことをね、私も思ってるとしたら。
     和ちゃんは私のことを、嫌いになるかしら、友達を裏切る卑怯者だって?」

    上目遣いにムギが私を見上げてくる。
    この後、彼女は何を言う?それを、私は言わせていいのか?

    多分、言わせてはいけない。
    言わせてしまえば、私の体中に、蔦が絡みつくことになる。

    それなのに、声が、声が出ない。

    「ねえ、和ちゃん、みなまで言わせないでね……お返事、聞かせて?」

    「ちょっと、待って。もう少しだけ」

    どこかで聞いたことのある台詞。
    使い回しのお願いをした後、気まずい沈黙が私たちの間に流れた。


    30 名前:恋慕、欲情、汚い期待。近寄ってはいけないものなのです。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:36:06.39
    「一応、一般生徒はそこには、近寄っちゃいけないことになってるんだけど」

    だから、少し気だるげな声が、階段のほうからしたとき、私はほっとした。
    長い真っ直ぐな茶髪をなびかせて、端正な顔立ちの女性が、腰に手を当てて立っていた。

    「ムギちゃんも和ちゃんも、とりあえず不問にしてあげるから、さっさと教室に戻りなさい」

    しっし、と手で私たちを追い払う仕草をする。
    困ったね、とでも言うように、隣ではムギが眉尻を下げて笑っていた。
    立ち上がって階段を降りようとする私を、先生が引き止めた。ムギの顔が少し不機嫌そうになる。

    「ああ、和ちゃんは明日の終業式のことで言っておきたいことがあるから、ちょっとここにいて」

    「先生、私も待ってます」

    「駄目。生徒会関連のことを他の生徒に聞かせるわけにはいかないでしょ、建前上ね」

    そう先生に言われて、ムギはやっとのことで、渋々教室へ戻って行った。
    ムギの姿が完全に見えなくなってから、先生は階段に座り込んで、大きく息を吐いた。

    「疲れた。あなたたち、セッ……いかがわしいことしてないでしょうね」

    「してませんよ」

    膝に肘を付き、頬杖を突いて先生が続ける。

    「じゃ、いいわ。あなたたちの趣味はどうぞご自由に、って話なんだけど、流石に校内でそういう行為に及ばれても困るからね」

    長いまつげが瞳に影をつくっている。
    陰も何も無いのに底が見えないような、不可解で不快な、深海のように神秘的な瞳よりも、こっちのほうがまだ好きだ、と思った。

    31 名前:飲み込んでも飲み込んでも、吐き出してしまいそうになるのです。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:39:47.41
    「話というのは?」

    「無いわよ、そんなん。あなたたちがいちゃついてて苛立ったから、意地悪しただけ」

    悪びれもせず、くつくつと笑う。
    艶やかな髪が電灯の光を反射させた。

    「はあ、そうですか」

    そう言って、先生の隣に座り込む。
    あら、と言って、妖しく笑う。

    「浮気、しちゃ駄目よ」

    「別にムギとそういう関係なわけでもないですから」

    「そうなの……あれ、おかしいわね……まあ、良いわ」

    つまらなさそうに膝に顔を任せて、呆けたような調子で続ける。

    「こんな歳になるとね、同性同士だろうが、どっかで幸せそうないちゃいちゃカップルがいてくれれば良いなあって思うのよ」

    「本音は?」

    「死ねばいいのにね」

    くすくすと笑って、先生は湿った目をこちらに向けた。
    そういえば、今年もクリスマスを一人で過ごすことになる、らしい。


    32 名前:汚い私は嫌いでしょう?可愛い私が好きでしょう?[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:41:48.18
    「ムギちゃんと付き合ってない、なんて言ったけど、女の子のことは好きでしょ?そんな感じがするもの」

    「どうなんでしょうね」

    自分でも、よく分からない。
    ムギと、幼馴染と、一緒にいたいと思うのは、恋慕なんかじゃない、もっと汚いものなんじゃないか。
    そんな気がする。

    「独占欲が強い、とか。友達も独占しようとする人、いるわよね、人間って怖いわ」

    それも、違う。
    けらけら笑って茶化すさわ子先生を見て、思う。
    もっと違うものだ。それをなんとか伝えたくて、先生を見つめる。

    その、少し茶色がかった、疲れたような目を見つめる。

    「ふうん、自惚れかもしれないけど、あなた、もしかして」

    目を細めて、恥ずかしそうに薄く笑って言葉を続けようとする先生の唇。
    水のように、さらさらと形を変えていく。
    見つめる。光が目に届く、音が鼓膜を震わせる。
    どちらも物理的な接触、それなのに、振動は意図的に世界から消去される。

    一瞬、呼吸ができなくなった。
    先生も、同時に。


    33 名前:だから、口元を拭って、仮面を着けるのです。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:47:17.29
    ぷはっ。
    子どもが、どちらが長く水に潜っていられるか、を競った後のような、色気のない声を先生が出す。
    そして、声を殺して笑う。

    「ふふ、やっぱりね。ま、人の嗜好だからグダグダ言わないけど、ムギちゃん、ちょっと悲しむかもよ?」

    その顔は上気なんてしていない。ただ、楽しそうにしているだけ。
    何をした、私は今、何をした?
    分かっているくせに、そんなことを自分に問いかける。

    ごめんなさい。

    その一言が、口から出ない。
    打ち上げられた魚のように、無様に口だけを動かす私の頬に手を添えて、先生は笑った。

    「別に、私は何も気にしてないわよ。和ちゃん、下手すればそこら辺の男より男前だもの。
     ただ、他の友だちにこんなことしちゃ駄目よ、なにより、そんな目を見せちゃ駄目」

    そっと先生の手に、私の目は覆われて、何も見えなくなった。
    それでも、暗幕の降りた世界の中で、手探りで曲線美を探す。

    曲線美、曲線美、曲線美、それだけを。

    「こら、撫で回さないの……よしよし」

    先生が私の頭を撫でた。
    明るくなった視界は滲んでいた。


    34 名前:綺麗だね、夕陽、と言ったとき、私が見たのはなんでしたっけ。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:51:06.25
    あなた、もしかして。
    あのときの先生は、何を言おうとしたのだろう。

    『期待しちゃうわよ?』

    ムギの言った言葉が頭の中に響く。
    多分、先生が言おうとしたのは、そんなことじゃあないだろう。
    それは、なんとなく分かる。

    わかるから、安心出来る。

    『ねえ、綺麗だね、夕陽?』

    夕焼け、夜と昼の境目のような、そんな薄暗さが、あの目にはあった。
    夜の訪れを受け入れて、退廃を享受して、ぼうっと明るいほうを見つめるような、そんな寂しさ。

    口のあたりが妙に疲れる。
    私は身震いした。

    「じゃあ、以上、連絡は特にありません。皆さん、気をつけて帰るように」

    そう言って終礼をした先生と、目が合った。


    35 名前:よく覚えていないけれど、曖昧な境界線、グラデーション、世界の果てまで続くような。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:53:34.33
    相変わらずの目で、私を見ていた。
    ひらひらと手を振って、軽く笑う。

    曲線美、曲線美、指の先まで。

    ぽん、と肩を叩かれた。

    「和ちゃん、一緒に帰りましょう?」

    柔らかい表情で微笑んで、ムギが立っていた。

    「音楽室へは行かないの?」

    「りっちゃんは澪ちゃんとお勉強、唯ちゃんは憂ちゃんに教えてもらうみたいよ。この間の試験の結果、芳しくなかったもの」

    「ふうん。私と別れた後、あなたは独りで駅まで歩いて行くの?」

    「そうね。だって、そうする他無いじゃない?」

    首を傾けてくつくつ。
    ちらと目線を送ると、先生はもういなくなっていた。

    「ま、そりゃそうよね」

    「和ちゃん、意地悪ね」


    37 名前:混ざりたいのです。溶け合いたいのです。金塊は、なかなか溶解してくれない。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:56:03.48
    律たちは仲睦まじく音楽室へ向かっていた。
    それを見て、ムギも嬉しそうに笑っていた。
    顔も見たことのない聖者様の誕生日は近い。

    傲慢なことに、その神様は、世界中の人を幸せにしてくれるのだろう。
    それでもって、異教徒は人ではないのだろう。

    ほら、下駄箱に、燃え盛る瞳をした女の子が。

    「和ちゃん、最近ムギちゃんと仲良いんだね?」

    ぎらぎらと燃え盛る瞳。
    アニミズム、拝火教、どこまでも力強いその瞳に、私も屈服してしまいそう。

    「あら、そうかしら。唯ちゃん、憂ちゃんに勉強教えてもらうんじゃないの?」

    「教えてあげるよ。だからって、家まで和ちゃんと一緒に帰らない理由にはならない、はずだよ」

    例えば、ライターの火種が山火事を起こしたとして、その火は人工的なものだろうか。
    必死でそんなことを考えていると、ムギが言った。

    「そう、じゃあ」

    相変わらずの微笑み。
    木漏れ日のような優しい笑顔は、空気を鳴かせる業火の前でも消えることはないようで、それが少しばかり意外だった。

    「一緒に帰りましょう。仲良く、ね」


    38 名前:木々を切り倒せ山を焼き払え獣の皮を剥げ。[] 投稿日:2010/12/26(日) 05:59:37.62
    帰った。
    帰って寝た。
    帰宅途中のことはあまり良く覚えていない。

    思い出そうとしても、頭に浮かぶのは会話ではなく、
    唯の柔らかそうな髪だとか、長いまつげだとか、華奢な肩だとか、
    ムギの柔らかい掌だとか、大きな青い瞳だとか、風になびいた金色の髪だとか。

    概して彼女たちの容姿に関することばかりで、あんまり汚らわしくて、目をつぶった。

    あなた、もしかして。

    代わりに先生の声が頭に響く。
    だんだん大きくなっていって、私の鼓膜が破れた。
    同時に、私は眠りに就いた。



    39 名前:汚らしい欲情は、日に日に膨らんでいくばかり。[] 投稿日:2010/12/26(日) 06:03:22.64
    「はーい、じゃあ、冬休みだからって羽目を外し過ぎないようにしてくださいね。
     たかだか数週間の休みのせいで、これからの数十年間を棒にふる、なんてことに、ならないように」

    終業式が終わって、冬休み前、最後のホームルーム。
    先生が口説いくらい念を押す。
    棒に振る。少し下品な洒落を思いついて、首を振った。

    「の、ど、か、ちゃん」

    たん、たん、たん、と肩を叩かれる。
    相変わらず、優しいあの娘。

    「今日はね、音楽室に行くの。だから、先に帰っていてね?」

    「あら、残念ね」

    何気なく言った一言を捕まえて、ムギが私の頬を人差し指でつく。

    「意地悪」

    教室の扉の近くから、間の延びた声が聞こえた。

    「ムギちゃーん、早く行こうよお」

    昨日ぎらぎらと目を光らせた友人からの、あっけらかんとしたお誘いに、
    少し戸惑った様子を見せて、ムギは笑った。

    「じゃあ、ね。またメールしてね」


    40 名前:吐き出してしまいそうに、膨らんだ胸。[] 投稿日:2010/12/26(日) 06:05:43.81
    「の、ど、か、ちゃん……ですって」

    教室に残っていた先生が、私の傍へ近寄ってきて、囁いた。
    ふっ、と漏れた吐息が、私の耳をくすぐる。

    「ふふ、まあ、どうでもいいんだけれどね、案外、キリストなんて大したことないと思うのよ」

    唐突に、そんなことを言う。
    でも、そうかもしれない。
    この人は、きっと簡単に、トナカイもサンタもキリストも、フライングVで殴り倒せるのだろう。

    周りをさっと見渡して、いたずらっぽく笑って、言った。

    「ジーザスファック、ってね。あなたの嗜好にどうこう言わないけれど、ま、上手く行けばいいわね」

    「上手くいかなかったら?」

    「そうね、ファックしてあげましょうか」

    私の口から息が漏れた。

    「ふふ、遠慮しときますよ」

    くつくつと笑って、先生は教室を出て行った。
    ちらとこっちを見て、背中に回した右手の中指を、小さく立ててみせた。

    ジーザスファック。

    日が傾いていた。

    41 名前:時折、嫉妬がそこを叩くのです。[] 投稿日:2010/12/26(日) 06:08:32.15
    日は完全に沈んだ。

    きーこ、きーこ。
    錆びた鉄が悲鳴をあげる。人工物にも、寿命はある。
    クリスマスイブ、今年は二十四日。
    前夜ばかりが祝われて、肝心なクリスマスの時は、お祭り気分は下火。
    ざまあみろ、なんて思ってしまう。

    だからこそ、今日の日は、あの鬱陶しい鉄製の倫理が、いつよりも強く私を締め付けるわけで、
    この日にここに彼女を呼んだのは、やはり正解だった。

    「和ちゃん、待った?」

    「いいえ、全然」

    別に、待っていたわけじゃない。
    ブランコを漕いでいただけなんだから、嘘はついちゃいない。

    「あら、待っていて欲しかったわ。私のために、待っていて欲しかった」

    「意地悪ね、ムギ」

    くす、と眉尻を下げて笑った。
    ムギは、いつもと変わらない調子で喋った。

    「あのね、私、ここに呼ばれた理由、分かるわ」

    だから、その前に、ちょっと雑談しましょう。
    そう言って、ムギは微笑んだ。


    42 名前:嫉妬を起こさせる和ちゃんが好き、嫉妬してしまう私は嫌い。[] 投稿日:2010/12/26(日) 06:13:38.14
    「あのねえ、今日、とても楽しかったわ。憂ちゃんと梓ちゃんと……えっと、純ちゃん、がね、ライブしてくれたの、私たちのために。
     今思い出しても、ちょっと楽しい気分になるわ」

    嘘。彼女の顔に、びっしり貼りつく。
    その寿命は長くない。
    今すぐにでも、腐食して、ひび割れてしまいそう。

    「今日からは、今までよりも一生懸命勉強しなきゃならないわ……大変よね」

    ぎいっ、と鉄が悲鳴を上げた。
    断末魔の叫び、に聞こえた。

    「ふふ、無理ね。やっぱり、和ちゃんの話し聞かせて?」

    ぽろぽろと、嘘は顔から剥がれていく。
    口元にだけ、仮面が残った。

    ぎい。鉄の軋む音が大きくなる。

    「ムギのこと、好きじゃないと思う」

    決壊したダムのように、溢れる水。
    ムギはそれでも笑っていた。



    43 名前:トナカイの代わりに飛んで来るのは枯葉、プレゼントは嫉妬。[] 投稿日:2010/12/26(日) 06:16:19.40
    「でも、ムギの髪の毛は綺麗だし、目もすきだし、顔立ちも、その柔らかい手も好きなの。で、それ、で……」

    言っていいのか。
    これは言っていいのか。
    公園の入口に、誰かが立っているような気がして、私はそこを睨んだ。
    心のなかで、中指を立てた。

    「ムギの、見た目が好き。写真にとって、ポスターにして、部屋に飾りたいくらい」

    鉄製の倫理をぶち破れ。
    どうせ、そんなもの、数千年前に誰かが作ったものだから、
    私がそれを破って、こんな風に背徳的なことを言ってしまっても、別に構わないだろう。

    「嬉しいな、照れちゃうよ」

    目元を指で拭って、相変わらず微笑んで、ムギが言った。
    優しく頭を撫でてやる。

    「ねえ、見た目が好きなのと、私が好きなのは、どっちが大きい円なのかな?中にあるの、それとも外に?」

    「わからないわ」

    「そっか、でも、接点はきっとあるわよね?」

    「きっと、多分、一つだけ」

    涙は乾いた。水を吸って、青々と茂る草木。

    「わかった。じゃあ、私、頑張るから……きっと、いつか……」


    44 名前:どこからか、愛しいあの人の声が聞こえた気がしました。[] 投稿日:2010/12/26(日) 06:18:15.26
    空を一生懸命駆けまわるおじさんに、威勢よく中指を突き立てては見たけれど、25日もクリスマスツリーは輝く。
    そして、明日には撤去される。
    結局、私の負けだ。

    誰か、私に手助けを。
    ムギ、今なら私、簡単に落とせるから。
    誰か、私を、助けろ。

    繁華街の大広場にのベンチに座って、ぼうっとクリスマスツリーを眺めた。
    一日中、眺めた。もしかしたら、私の視線で、焼き尽くせるかもしれない。

    けれど、そんな事はなかった。
    そりゃあ、そうだ。

    消火されて、少し湿った瞳を連れて、すっかり夜も遅くなって、私は家に帰った。

    45 名前:汚物をぶちまけろ。だけど、私の声が、声が……[] 投稿日:2010/12/26(日) 06:20:55.86
    家の前には、コートを着て、マフラーを着けて、立っている女の子がいた。
    きっとこの娘も一日中そこにいたのだろう。
    疲れたように塀に寄りかかって、時折空を見上げる女の子がいた。

    「何か用?」

    私が声をかけると、その女の子は私を見て、そして、瞳の中に炎を灯した。
    少し、暖かくなったような気がする。

    「つれない返事だね。頭、撫でてよ」

    ずいとこちらへ近づいて、女の子は笑った。
    私は、後ろに下がらない。
    そこに突っ立ったまま。

    「私だけ、私だけが、今、ここにいるんだよ。
     サンタもトナカイも無視して、ただ、これから数時間後、日の境に、和ちゃんの誕生日を祝うために。
     私だけが、ここにいる」

    もう一歩、女の子がずいと足を踏み出す。

    「お姉ちゃんじゃない、私だけがここにいるの。
     髪、結んでたら頭撫でにくいでしょう?だから、髪を下ろしてここにいるの」

    「言いたいことがあるなら言いなさい。私は、言った」

    そっと女の子の手を握った。
    女の子は口をパクパクさせるばかり。
    クリスマスの空には、生気を失った枯れ葉が舞った。きっと、トナカイも死んでいる。
    どこかで、鉄の鎖が切れるような音が聞こえた、気がした。

    46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 06:24:00.08
    憂「こんな感じで和さんと結ばれたいんです」

    紬「天才ね!私にも役得があるなんて!」

    さわ子「いや、もう……どうでもいいわ。二日酔いでつらいのよ、私」

    紬「やけ酒ですか。もう和ちゃんゲットしちゃいましょうよ!」

    さわ子「え、今の話私がメインなの?憂ちゃんじゃないの?」

    憂「メインでもサブでも良いんです!とにかく世界の何処かに和憂をください!」ユッサユッサ

    さわ子「いやでも私和さわ派……ちょ、揺さぶらないで、まじで……ちょっと……」

    さわ子「ウヴォロエェ……」ビチャビチャ

    憂「」

    紬「」

    さわ子「……汚物、ぶちまけちゃったわね」

    47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 06:38:41.45
    いったんおわっときます
    和ちゃん誕生日おめでとう!

    51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:05:33.42
    今気づいた
    変な言い方してしまったけど、汚物をぶちまけろはこれで終わり
    関係ない話を投下する

    紬「風子様万歳!」

    52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:08:35.90
    その一、激動の風子

    例えば、自分とそっくりな容姿の娘がいたとしよう。
    さらに、その娘は、自分とは対照的に、友人にも恵まれ才気に溢れていたとしよう。
    さあ、どうする?

    「どうするって言われてもねえ」

    私が出したお茶をすすりながら、彼女は頬杖を突きながら、私を眺めながら。
    尾籠な話かもしれないけど、と彼女は言った。

    「あなたは、あれで良かったの? あんなふうに、躾のなってない犬みたいに啼きながら、私に蔑まれるのが?」

    しわのついたシャツを着て、いつもかけている眼鏡を指でつまんで、所在なさそうに言った。
    だから、私は、床に放られていたシャツを羽織って、微笑んだ。
    多分、あの、私と瓜二つで、私と対照的な彼女には、真似できないような醜い笑い方で、ぎいっと笑った。
    口の端を吊り上げて、目を開いたまま、ぎいっと笑った。

    「それじゃないよ」

    彼女は、はだけているシャツを直して、私を睨んで言った。

    「そう、別に、もういいけどね」

    そして、もう一度、お茶をすすって、吐き捨てるように言った。

    「全く、美味しくもないわね。ムギのお茶とは比べものにならない」

    そう。私は、小さな声で囁いた。


    53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:10:53.33
    「はい、じゃあ、ロミオ役は秋山さんに決まりました」

    あらら。文化祭の劇の主役は、投票の結果、私のドッペルゲンガーのあの娘に決まった。
    真鍋さんは二位、どんな顔をしているだろうと思ったが、思ったより普通の顔だ。
    いつもと同じ生真面目な表情で、淡々と結果を述べている。
    全く、面白くもない。昨日とは比べものにならない。

    「では、次に、ジュリエット役を決めようと思いますが」

    昨日みたいな顔は、もうしてくれないのだろうか。
    それは、怖い。だから、私は、ありったけの嗜虐心を振り絞って、叩いて伸ばして、
    何とか見た目だけを勇気に変えて、声を上げた。

    「真鍋さんで良いんじゃないかな。ロミオの票数も次点だから」

    頬杖を突いて声を上げた私を、クラスの皆が見つめた。
    そうだね、私、あまり喋らないものね。
    真鍋さんだけは、教壇の上から私のことを、精一杯の軽蔑を込めて見下ろしていた。
    それがなんだか可笑しくて、私はくつくつと笑った。

    「平沢さんと、琴吹さんはどう思う?」

    ぐるっと左後ろを振り返って、軽音楽部の皆に意見を求める。
    大丈夫、秋山さんが軽音楽部だから、彼女たちに聞くだけ。
    なにも不自然じゃない。

    「ロミオ役はりっちゃんのほうがいいと思うよ、和ちゃんよりも」

    真鍋さんの幼馴染でもある、軽音楽部所属の平沢さんは、あっけらかんと言った。
    私は満面の笑みで彼女に頷いた。

    54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:14:39.14
    「風子ちゃんって、意外と笑うんだねえ」

    それからずっと、ことあるごとにくつくつと笑っていた私に、にっこりと微笑んで平沢さんが言った。
    私はというと、帰宅する時間になって、鞄に荷物を詰め込むときにも、まだ思い出し笑いをしていた。

    「意外だった?」

    私が訊き返すと、平沢さんは、慌てて手を振った。

    「あ、ち、違うよ、高橋さんが根暗だというわけじゃなくてね、いつも本ばかり読んでいるからね」

    悪いかしら、本ばかり読んでいて。
    わたしが微笑んでそう言うと、平沢さんは顔をひきつらせた。

    「風子ちゃん、その笑い方、怖いよ」

    「どんな、笑い方?」

    「口の端だけあげて、なんていうか……ぎいって」

    「そう、ごめんね」

    私は一度目を伏せて、無理に優しく微笑んだ。


    55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:20:55.09
    「楽しかったかしら?」

    放課後、誰もいなくなった頃を見計らって教室に戻ると、真鍋さんが、席に座って窓の外をぼうっと眺めていた。
    私はゆっくりと彼女に近づいていきながら、言った。

    「もっと楽しくなるよ、もうすぐ、きっと」

    彼女は私のほうを見ずに、言った。

    「不自然だったわよ、さっきの。ムギと唯にだけ訊いて、律には何も訊かないなんて、意図がバレバレよ」

    「そう、ぬかったかな。でも、平沢さんは気づかなかったね?」

    それが、どうかした。
    彼女は無理に、無表情な顔で、無機質な声で言った。

    「どうもしないよ。平沢さんもどうもしなかったんだよ。
     幼馴染なのにね。わからなかったんだね、真鍋さんがどう思うか」

    真鍋さんは、ちらりとこっちを見て、言った。

    「なに、にこにこしてるのよ」

    「あら、気付かなかったな、自分でも。まあ、無愛想なよりはいいでしょう?」

    真鍋さんは返事をしなかった。私は構わず近づいていった。

    「気づかなかったんだ、真鍋さんが、軽音楽部の人と比較されるときに、どんなことを思うか」

    幼馴染なのにね。私がそう言ったところで、彼女は立ち上がって、ずいと私に近づいて、私の胸ぐらを掴んだ。

    57 名前:>>56わたしです 最後にまた和さわ投下しようと思ってる[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:27:12.06
    「いつまでもにやにやと笑ってるんじゃないわよ」

    くすくすと、自分でも抑えきれない笑い声を漏らして、私は言った。

    「怖いなあ、真鍋さん。昨日みたいに優しくはしてくれないの……?」

    私は、風子のこと、ちゃんと見てるわよ。
    澪と比較したりなんてしてない。
    本を読むのが好きで、少し引っ込み思案な風子のこと、ちゃんと知ってるわ、なあんて。

    「もう、言ってくれないのかな?」

    自分で口に出しておきながら、私の頭の中で、いつもの嫉妬心が暴れだした。
    なんであいつが、どうして私は、と、意味も答えもない問を浴びせ続ける、汚らしい嫉妬心が。

    「言うわけ無いじゃないの、結局淫蕩で全てを解決しようとしたあなたに、そんなこと言うわけ無い」

    「あはは、やっぱりね。真鍋さん、私の言うこと聞いてなかったでしょ。それじゃないって、言ったのにね、私は」

    なんであいつはどうして私はどうすれば彼女はいつになれば私は?

    「なにが、言いたいの?」

    「真鍋さんがねえ、嘘つきだってはなし」

    どうして彼女はいつから私はどこまで彼女を彼女は私をどこまで?

    「嘘なんて、ついてないわ」

    「また、嘘」

    58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:33:04.77
    どうして彼女は私をそんな目で見つめて皆は私をそんなふうに考えて彼女はあんなことを言ったのに

    「嘘、嘘、嘘、ぜえんぶ、嘘。別に、もういいって、言ったくせに、今日はそれで私のことを嫌ったりしてさ。
     比較なんてしないって言ったくせに、私のお茶が琴吹さんより不味いなんて言ってさ」

    嘘嘘嘘、嘘ばっかりだよ。
    なんであなたはそんなことを昨日はあんなことを言ったのにすぐにあんな嘘をついて私は今日

    「風子、うるさい」

    頭を割って、嫉妬心が叫び続けていた。
    閉じ込めることができなくなっていた。
    ひどく頭痛がしたけれど、醜いものは頭から出て行ったから、私は冷静になれた。
    私は冷静に泣けた。

    「なんで嫌うの、嫌わないで。全部好きになってよ、何をしても、私のことを好きでいてよ」

    彼女は、澄んだ目で私を見続けていた。
    底が見えないから、彼女が私を嘲っているのか、蔑んでいるのか、よく分からなかった。

    「誰とも比べないで、私だけを見ていてよ。
     なんで、なんで秋山さんはあんなに、なのに、なんで私は……わ、わた、しは……」

    彼女は、ゆっくりと私の頬に手をそえた。

    「風子」

    彼女の顔は、張り付いたような、嘘くさい笑顔で満たされていた。
    彼女の目には、同情だけが爛々と輝いていた。


    60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:36:18.55
    「今日、風子が、私のことをジュリエット役に推薦してくれて、嬉しかったわ。
     いつも内気なあなたが、一日中、にこにこと笑っていて、楽しかった」

    「なんで、わたしは、ちょっと喋っただけで珍しがられないといけないの……
     ちょっと笑っただけで、奇妙な目で見られないといけないの……」

    「可愛いからよ、きっとそう」

    「嘘だよ、秋山さんは一杯票を貰ってたのに、私、全然だった。
     見た目は殆ど変わらないのに」

    「なんで、澪の名前が出てくるの」

    ゆっくりと、頬に添えた手を、首から下にずらしていきながら、彼女は私の目を覗き込んだ。

    「関係ないじゃない、澪は」

    「でも、じゃあ、なんで私ばっかり、みんな」

    「関係ないじゃない、みんなのことなんて」

    するすると、彼女はやわらかい手を、私の胸に当てる。
    ゆっくりと、シャツのボタンを外していく。

    「関係ないのかな」

    「関係ないわよ。だって、あなたは私しか見てなくて、私はあなたしか見てないんだもの」

    「そうかな、それは、本当のことなの?」


    61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:39:32.24
    彼女は自分の眼鏡を、そして、私の眼鏡を外した。
    近くの机において、私の腰に手を当てて、肩を抱いて私の体を支えた。

    「本当のことよ」

    彼女が私の目を覗き込むと、レンズとレンズが合わせ鏡になって、ずっと、互いの目だけを映し続けた。

    「私以外の人の話は、しない?」

    「しないわ」

    彼女が私の唇を塞ぐと、声は、私たち二人の間しか、行き交うことができなくなった。

    「寒い、よ」

    熱だけが、教室の空気中へ逃げ出していた。

    「そう、それじゃあ」

    そして彼女は……


    62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:43:16.58
    風子「……ふぅ……」

    風子「今日は真鍋さんの誕生日だから……ささやかだけど、妄想くらいはプレゼントしないとね」

    風子「真鍋さん可愛いよおおおおおおおおおお!!!!」


    紬「……かなり完成された練をかんじるわ」


    風子「さて、どんどん妄想しましょう」


    63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:46:02.77
    その2、投げ技の姫子編

    「ああ、っと……ごめん、今日は無理だわ」

    汗臭い部活を引退して、茶色く染めた髪を揺らす私は、もてあます時間を、何をするでもなく浪費していた。
    友人から遊びに誘われても、こんな風に適当に断って、ただなんとなく、家に帰る。
    それだけ。

    肩を落とす友人に、ひらひらと手を振って、私は帰路に着いた。
    なんとなく、そっと髪の毛に触れてみる。
    ぱさ、と、乾いた感じがした。傷んでいるのだろうか。

    だらだらと、イヤフォンから流れる音楽を聞きながら歩いてみても、気分は変わりはしない。
    相変わらず、憂鬱とも悲哀ともつかない、中途半端な諦観と不安の混ざった気持ち。

    勉強が得意なわけでも、推薦がもらえるほどにスポーツの才能があるわけでもない私。
    なんとなく、河川敷の辺りをうろつく私。

    ふと川のほとりを見下ろすと、短髪の眼鏡の女の子が辺りを見回して、足元の何かを拾っていた。

    「なあにやってんのさ、真鍋さん」

    私が近づいていって声をかけると、その女の子は、びくっと体を震わせて、ゆっくりとこちらを振り向いた。

    「なんだ、立花さんだったのね」

    なんだ、だなんて、なんだか悲しいことを言う。
    ちらと彼女の足元に目を遣ると、手頃な大きさの石が集められていた。


    64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:48:50.01
    「あ、あの、これね、川の清掃よ……っていうのは、無理がある言い訳かしらね?」

    私の視線に気づいたのか、真鍋さんは慌てて言って、笑った。
    一つ、石ころを拾い上げて、とん、と手の上で跳ねさせて、いたずらっぽく笑った。

    「あのね、内緒よ、これをね、川のほうにぶん投げるの……あまり褒められたことじゃないと思うけどね」

    小さく舌を出した。
    次の瞬間、彼女は大きく足を踏み出して、大きく腕を回して、石をほうり投げた。
    ぽちゃん、と音を立てて川に落ちた小石が、水面を揺らした。

    くたばれオクテット則。そんな訳のわからないことを言いながら。

    「ね、スッキリするでしょう?」

    真鍋さんは目をきらきらと輝かせて、大きく声を上げて笑った。
    そして、同じ、友達と内緒で悪戯をする子供のような目で、私に小石を一つ差し出した。
    私はそれを受け取って、少し迷って、投げた。

    左足を踏み出して、体重を受け止めて、振り上げた腕を、腰の回転で前へ。
    肩を回す肘を伸ばす手首をしならせる。
    鞭のように、ひゅっと高い音を出して、私の腕は、小石を放った。

    二次関数、物理で習った、綺麗な放物線を描いて、石は川に落ちた。

    「すごい、なんか……なんていうか、すごいわ!」

    クラスで見る姿とは打って変わって、小さく飛び跳ねて、手をたたきながら、真鍋さんは言った。
    私は、黙って、彼女に手を差し出した。


    65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 09:51:37.36
    「……ふふ、姫子、欲張り」

    彼女は私の名前を呼んで、小さく笑って、私の掌に小石を乗せた。

    まだ、どこかに残っていた、中途半端な気持ち。
    終わった部活にまだこだわって、これから来る未来に少し震えて、そんな気持ちを……

    「……知るか、第一宇宙速度っ!」

    おもいっきり、ぶん投げた。
    まっすぐに小石は飛んでいく。
    射出角は0度、真横に向けて投げた小石は、直ぐに、水面に当たって、空気と水の曖昧な境界線を蹴り飛ばして、跳ね上がった、

    広がる波紋が収まった頃、私は後ろを振り向いた。

    「すっきりしたかしら?」

    さっきまで子供っぽく笑っていた彼女は、きっと、私よりずっと前に、境界線を蹴っていた。
    子供と大人の、どこかにある、ぼやけた境界線を蹴り飛ばして、ずっと高くへ登っていた。
    少し、追いつけただろうか。
    そんなことを、頬杖を突いて地べたに座る彼女を見つめながら、思った。

    「ぜえんぜん。駄目だよ、まだ……」

    私は、水の中に飛び込んだ。

    「これくらいはしないとね」

    大きな同心円が幾つも広がって、ここにいると、境界線はここにあると、教えてくれた。
    ぱん、と私は平手で水面を打った。

    66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 10:11:02.95
    「風邪ひくわよ」

    くすくすと笑って彼女が差し出した手を、私は思いっきり引っ張った。
    水が、もしかしたら、空気が、必死で隠そうとしていた境界線は、なんどもその姿を暴かれて、批難がましく震えていた。
    それとは対照的に、彼女は、嬉しそうに笑った。

    「ふふ、びしょ濡れ」

    「水もしたたるいい女、ってね」

    「あは、そうねえ、そうかもしれない……ここね、きっと、この日。やっと見つけた、この日ね」

    「何が……って訊くのは、野暮かな?」

    「ええ、訊かないで……ただ、後ろを向けば何かがあって、前を向いても何かがあって、間にいる私なの。
     幅のない線が、きっと今日なの」

    なんとなく、彼女のいいたいことは分かった。
    急に愛おしく感じられて、水面を、撫でた。

    「そっか」

    「ええ、きっとそう」

    急に頼もしく感じられて、彼女の頭を撫でた。
    きらきらと日光を反射する、彼女の髪を撫でた。
    ガラスのような手触りだった。


    67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 10:14:47.82
    風子「立花さん……あんな見た目で面倒見いいのよね……」

    風子「……ふぅ……クリスマス後は捗るわ……積もり積もった嫉妬パワーね」


    紬「……近くに強大な百合気が……」


    風子「なんか眠たくなってきたわ……あ、眼鏡外すと私って本当に秋山さんそっくりね……」


    68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 10:19:22.71
    その3、滅びの歌の澪編

    「ああ、おはよう和」

    今日も私は、クラスメイトに挨拶をする。
    いつも通り、彼女は、教室の大きな窓から差し込む朝日に横顔を晒して、なんとなく寂しそうな顔を見せて、私を数瞬じっと見つめる。
    そして、ただ、息を吐き出すような、曖昧な声で言う。

    「おはよう、澪」

    私はまた、妙な気持ちになる。
    なんというか、そう、ただ、彼女の短い髪の中に、彼女の頭がある、ただそれだけのことが、大きな裏切りに感じられる。
    彼女のアンダーリムの眼鏡の奥からしか、彼女は私を見ない、それが、私への非難に感じられる。
    彼女の眼が、私を射通して、頭から踝まで、全てを無茶苦茶に溶かしてしまいそうな、そんな気がする。

    「おっはよ、澪ちゃん」

    ばん、と背中を叩かれて振り返ってみると、可愛らしい大きな目をした、茶色い癖毛の女の子がいた。
    この娘は、朝日の中で頬杖をつく女の子の幼馴染で、底抜けに明るい子だった。
    彼女の眼は、私のことを全て見透かしてしまいそうで、だから、もしそんなことになるくらいなら、私は……

    「ねえ、澪」

    幼馴染とじゃれあいながら、眼鏡の女の子が言った。
    寂しそうに笑って、言った。

    「今日、放課後どこかでお茶でもしない?」

    それを傍で聞いていた幼馴染の女の子は、ぶうっと頬を膨らませた。


    69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 10:23:13.03
    「私も行きたい」

    「めっ」

    そう言って、眼鏡の女の子に額を指で弾かれると、幼馴染の女の子は、ちぇっと言って彼女から離れた。
    今日は部活があったと思う。そういえば、ムギが曲を作ったって言っていたから、聞きに行かなきゃいけない。
    そんなことを考えながら、私は頷いた。

    「わかった、行くよ」


    「部活、あったんじゃないの」

    眼鏡の奥から、手元の紅茶をのぞき込みながら、彼女は言った。
    なんとなく気だるげに、どこか嬉しそうに、紅茶に口を近づけた。

    「あるよ、過去形じゃなくて、ある」

    そう、と短く返事をして、彼女は目にかかった前髪を払った。
    窓際の席に座る彼女を、また、朝のように、優しい光が包んだ。

    「日が落ちるまで、どれくらいかかるのかしらね」

    「さあ、あと二時間くらいじゃないかな」

    また、そう、とだけ言って、彼女は紅茶を飲んだ。
    ちらと窓の外を見て、言った。

    70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 10:30:26.89
    「それまで、一緒にいてもらってもいい?」

    彼女の眼に、必要以上にハイライトがかかっていたから、私は、一瞬息を飲んで、頷いた。

    「別に、いいけど、さ」

    「そう、良かったわ。いや、違うわね、良い、過去形じゃなくて、良い」

    彼女はくすりと笑った。


    「月って、真黄色よね」

    朝も、昼も、そして、今も、彼女は光りに包まれている。
    優しい月明かりに包まれている。

    「そう、だな」

    彼女がじっと見つめている月を、私は直視することができなかった。
    彼女は公園のベンチに座って、月を眺めたまま言った。

    「なにか、言いたいこと、ある?」

    彼女は耳のあたりで跳ねた髪を撫で付けながら言った。
    月を眺めたまま、彼女は言った。
    私は、彼女の隣に腰掛けて、口篭った。

    「言いたいことじゃなくて、聞いてほしいことなら、ある」

    そう、と、また彼女は言った。

    71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 10:34:07.26
    「最近、私は唯たちを騙してるんじゃないかって、そんな事ばかり考えてる。
     私は全然しっかりしてなんかいないし、真面目でもないし、それなのに、あいつらの中ではいい子ぶってる」

    そうかしら。初めて彼女は疑問形で返した。

    「そうだと思う。私は直ぐに折れるくせに、梓と一緒になって、練習しようだなんて言ってる。
     それなのに、みんながお茶をし始めると、私も加わる。私は、なにがしたいんだろう」

    「それで、最近唯のこと、避けてたの」

    彼女は、月から目を離して、私を見つめて言った。
    彼女の眼には、まだ月明かりが灯っていた。

    「そうだな、そうかもしれない。今になって、嘘くさい自分に耐えられなくなったのかもしれない。
     どうすればいいんだろう、あいつらは、私がこんなことを考えるような、陰気な人間だと知って、幻滅するかな。
     でも、隠し続けるのも、卑怯じゃないか」

    唯たちは、いつだって、真っ直ぐに、光がただ直進するように、真っ直ぐに私を見つめてくるのに。
    彼女は、また月を見上げながら、淡々と言った。

    「月って、裏側は見えないんだって」

    「うん、知ってる」

    「それって、すごいことよ。自転と公転が同期してなきゃならないもの」

    「すごいっていうか、月にとっては当たり前のことなんじゃないか」

    そうね、多分、そう。彼女は微笑んだ。


    72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 10:38:42.64
    「地球からは月の一面しか見えないのも、地球に住む私たちからしてみれば、当たり前のことよ」

    「そりゃあ、そうだ」

    「でも、私、どっちもすごいと思うわ。一面だけをずっと見せ続けるのも、一面だけをずっと見続けるのも」

    「なんでだよ」

    「だって、あなた、悩んでるじゃない」

    唐突に、突然に、彼女は私の話を始めた。
    じっと、澄んだ眼で、私の目の奥、脳の奥、体を通り越した、ずっと奥にあるものを見つめているようだった。

    「どっちもすごいわよ。唯たちの前で、ずっと"いい子のふり"を続けるのも、
     純粋に、いい子ぶってるあなただけを見続けるのもね」

    「そうかな」

    「そうよ、きっと」

    彼女はまた、月を眺め始めた。
    彼女は、横目に私を見た。
    眼鏡のレンズを通さず、横目に、ちらと私を見た。


    73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 10:42:14.33
    「どっちでもいいわよ。月の裏側を見るために、頑張った天文学者がいるんだから」

    「あいつらは、裏側がどんなに荒れ果てていても、汚くても、見たいと思うだろうか」

    「見ないと分からないじゃない、そんなこと。でも、多分、そうね、見れただけで喜ぶと思うわ」

    「そうかな」

    「そうよ、きっと」

    だって、私は嬉しかったもの。
    そうして、彼女は小さく、くつくつと笑った。

    「クサかったかしら」

    「そんなことないさ、全然」

    私は、そっと彼女の髪に触れた。
    髪をかき分けて、彼女の肌を撫でた。
    彼女は少し照れくさそうに、何よ、と眼鏡の奥から私を見て、呟いた。


    75 名前:>>74さるくらいまくりで死にそうだった[] 投稿日:2010/12/26(日) 11:02:34.06
    「なんでもない」

    「そう」

    彼女の髪の毛は、さらさらと流れる水のようで、少し冷たかった。
    彼女はさらりと言い放った。

    「月が綺麗ね」

    彼女の表情は、それまでと全く変わらなかったから、彼女が私と同じことを考えていたかは分からないけれど、
    真っ赤な顔が照らし出されないように、少し俯いて、私は呟いた。

    「うん、月が、綺麗だ」


    76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 11:06:13.58
    最後和さわを短いけれど書こうと思うの
    というか、汚物をぶちまけろは和さわのつもりだったの

    さわ子「生徒会長さん」

    77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 11:09:04.00
    肉が重なる、皮が形を変える。
    そんなことを何回、この部屋の中で繰り返してきただろうか。
    長い年月、押弦を続けたせいで、すっかり硬くなってしまった指先を眺めて、久しぶりにギターを弾いた。

    錆びついた弦、バラバラの音。
    チューナー無しでは、もうチューニングすら出来やしない。

    「……おはようございます」

    眼鏡をベッドのそばに置いて、寝ぐせのついた短髪を撫で付けながら、生徒会長は言った。
    服はぐしゃぐしゃになったドレスシャツ。
    皺になったスカートは、床に投げ出されている。下着も、一緒に。

    「おはよう。五月蝿かったかしらね?」

    薄く開けた目をこすって、生徒会長は首を振った。
    くあ、と大きく口を開けて、欠伸を一つ。

    「全然。休日でも、だいたいこの時間には起きてますから、気にしないで下さい」

    そして、ごろんと寝返りをうつ。
    白い肩が見えた。
    急いで目を逸らして、言った。

    「そう、じゃあ、音出すわね……」

    たまに、親からお見合いの話、なんてものももちかけられる。
    毎回、私は断る。
    三十過ぎて独り身なんて笑いもの、社会からズレた変な人。
    そんなことを、私の母は良く言う。

    78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 11:11:31.77
    「先生、音、ずれてませんか」

    ぼうっと天井を眺めながら生徒会長が言う。
    興味ないふりをしていても、彼女はいつでも私のことばかり見ていて、それでも興味のないふりをするのは。

    「あら、ばれちゃった。面倒くさいからね、音合わせてないのよ」

    面倒くさいから、だなんて。
    きっと、もうずっと前に、彼女は嘘だと気づいてる。
    誰かの、何かの助けがないと、チューニングは合うことはない。

    「ふうん……いつも思うんですけど、そのギター、妙な形ですね」

    彼女はいつでも、ギターの形ばかり気にする。
    音は気にしていないふり、それでも、時々、彼女は太い音は嫌いだ、歪ませ過ぎた音は嫌いだと零す。

    「格好いいじゃないの。好きでしょう、格好良いの?」

    生徒会長は上体を起こして、体操座りをして、こちらを見つめた。
    華奢な肩、シャツが脱げそうになる。
    ズレた部分を指でつまんで元に戻して、生徒会長は寝ぼけたように言う。

    「服、着たらどうですか……アビイ・ロードのパロディジャケットみたいに見えますよ」

    いつだか見せた、少し下品な、CDのジャケット。
    相変わらず、彼女が気にしてるのは見た目ばかり、そんなふり。

    「あら、スケベね……お腹すいたわ、ご飯作ってくれる?」


    79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 11:15:02.26
    相変わらずズレたままの音。
    いつだって調整できる、そんなふり。
    だけど、もう無理、チューナーまで壊れてしまっては。

    「はいはい、そのくらい自分で出来たほうがいいですよ……冷蔵庫空じゃないですか」

    スカートを履かず、ドレスシャツだけ羽織った、官能的な格好の生徒会長はため息を付いた。
    なんて横顔。急いで、指板を見つめる。
    それでも、我慢できずに、すっくと立ち上がった。

    「食材、買ってきますね」

    そう言って床のスカートをつまみ上げた彼女を、そっと抱きしめる。

    「服、着たらどうですか」

    全然動じていない。
    抱きしめられたら、何も見えない、だから全然動じない、そんなふり。

    「あなたもね」

    欲情なんてしていない。
    だって、彼女は男じゃないんだから。
    これはただのお遊び、そんなふり。

    「面倒くさいから、このままでいいですよね」

    面倒くさいだけ、その気になれば、いつでも戻れる。そんなふり。


    80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 11:18:57.46
    結局朝食はトーストだけ。
    マーガリンもない、ただ焼いただけの食パン。
    もしゃもしゃと噛んで飲み込んで、生徒会長は所在なさ気にテレビのチャンネルを回す。

    「さわ子さん、牛乳、わたして」

    口が、滑った。
    一瞬顔を曇らせて、それでも、真っ直ぐに私を見つめて言った。

    「さわ子さん、牛乳、こっちに渡して」

    どこまでが遊びなのか。
    境界線は広がっていく。
    手をつないで抱きしめて、唇を塞いで抱き合って、夜を過ごして朝食を食べる。
    それでも、押し広げてはいけない一線がある。

    「どうぞ、生徒会長さん」

    生徒会長さんと、先生。
    それだけは、変えてはいけない。
    二人で守るはずのその要塞を、生徒会長は壊そうとしている。
    それは、裏切りだ。

    「ところで、生徒会長さん、唯ちゃんとは最近どうかしら?」

    生徒会長さん、生徒会長さん、なんどでもそう呼ぶ。
    思い出しなさい、あなたが私と一緒にいるのは、どうして?


    81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 11:21:47.63
    「さわ子さんのお陰で、少しは進展したかな、と思いますよ。見た目だけは綺麗な、さわ子さんのお陰で、ね」

    そう、あなたが本当に抱きしめたいのは、あの少し間の抜けた可愛らしい幼馴染のはずで、
    私が一緒に時間を過ごしたいのは、生涯の伴侶となれる男性のはず、だから。
    そんな風に、瞳を潤ませて、上目遣いに私を見ては、いけない。

    「そう、私もね、ちょっとはしっかりしてきたでしょう、あなたと一緒にいるからね」

    だから、そんな顔をしてはいけない。
    そんな、嬉しそうな顔を。

    幼馴染のことが気になって、意識してしまう自分が嫌いで、それで、ただ自分が同性愛者なのではなく、
    幼馴染のことが、その人間性が好きなのだと、確認しようとしていた。
    それで、"見た目だけはいい"私の傍にいた、はずなのに。

    「そうだね、私の傍にいるから、ね。私が、傍にいるから……」

    そんな風に、瞳から涙をこぼしながら笑ってはいけない。
    私は、冗談交じりの花嫁修業で、この娘と一緒にいるだけだから、震える手を、彼女の頭において、
    その真っ直ぐで短い髪の毛を撫でてはいけない。

    「……そう、ね」

    急いでトーストを頬張って、浴室へ向かう。
    彼女の顔を見ないために逃げ出したのに、鏡は残酷にも、私の後ろにいる女の子の顔を映しだした。

    「逃げちゃ、だめ、ですよ、先生」

    かすれる声で途切れ途切れに言って、羽織っていたドレスシャツを脱ぐ。
    細い腕が、私の首に回される。

    82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 11:24:47.16
    「ねえ、今日、休日だから」

    分かっている。私が抱けば、この娘は喘ぐ。
    まるで断末魔のような声を上げて。

    「あなたは、目的を見失ってるわよ。手段が目的になってる」

    彼女の腕に手を触れてみるけれど、細いその腕は、鎖よりも力強く私を拘束していた。
    チューナーが壊れたなら。
    そんな考えが頭に浮かぶ。

    「さわ子さんが選んで。さわ子さんは大人だから……だから、さわ子さんが選んで」

    震える声で生徒会長が言う。
    チューナーが壊れたなら、ギターの音が合わなくても、しようがないんじゃないか。
    だって、絶対音感なんて無いもの。

    「そうね、私が選びましょう。ねえ、文句は言わないでね?」

    ギターを鳴らせば不協和音。
    アンプに繋いでエフェクターを使って、目一杯音を歪ませて、そうすれば、汚い不協和音は、きっと聞こえなくなる。

    「うん、そう、こっちを向いて……そう、いい子ね」

    彼女の柔らかい唇を塞いで、若さを踏みにじった。
    彼女の喘ぎ声しか聞こえないから、少しは気分が良くなった。

    「和ちゃん」

    全てが終わって、ようやく私はそう呼んだ。そう、呼んでしまったのだった。

    83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/12/26(日) 11:28:44.41
    おわりです。

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過去の名作たち

唯「ケーキ!」
澪「そっちの穴じゃないって言ったろ!バカ律!!」ゴツン
唯「あずにゃん、シックスのシをセに変えると?」
  1. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/12/27(月) 01:48:34 URL [ 編集 ]
    うおっ !!

    わからない ということ が

    わかった !!
  2. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/12/27(月) 03:22:42 URL [ 編集 ]
    いつもの和さわの人で安心したw
    この人の話は外れないなw

    今回も面白かった
  3. 名前: けいおん!中毒 ◆- 2010/12/27(月) 05:26:53 URL [ 編集 ]
    和さわマスターさすがですな
  4. 名前:   ◆- 2010/12/27(月) 07:12:52 URL [ 編集 ]
    いいなあ
    和さわって個人的にはそんなに好きじゃないけど
    この人が書くのはもっと読みたくなるなあ
    他のキャラもすごく魅力的に書いてくれるし

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